敗北勇者(♂)と淫魔王(♀)のマジカルチンポハーレムライフ 作:ぷうち☆りん
咆哮とともにネクロ・ジャイアントはその巨大な足を踏み出す。だがライルは冷静にネクロ・ジャイアントの動きを見極めると
アキレス腱を切り裂き、ユールは槍で膝の皿の隙間に槍を通して切り開く。
手応えは確かにあるが相手は不死である。
腐臭を放つ土留色の血液が叢に飛び散り、それらを枯らす。
さらにはぐねぐねと切り口は蠢き即座に修復されていった。
「ユール。返り血には気をつけろ」
「そうね。肌が汚れちゃうもの♪」
(そういう意味ではないのだが……)
警告に対して軽口を叩くユールであったがライルを嘲笑する意図ではないのは無論の事だ。 気負いすぎる癖のあるライルの緊張を解し、激励する意図での軽口である。
自閉していた勇者と呼ばれていた時代のライルならば眉を寄せたであろうが、皮肉な事にフォルディアに敗れ、彼女と結ばれ、家族を得た事が彼の人間性を再構築していた。
「ライル! 右!」
「ああ!」
反撃とばかりにネクロ・ジャイアントの巨大な拳が振り下ろされるとライルは横へ跳ぶ。
ユールは跳び上がって回避するや、ネクロ・ジャイアントを指揮するシュヴァリエは毒矢にてユールの胸を貫くべく、矢を放った。
だが殺意がこもりすぎた正確無比な射撃は逆にそれが弱点。
軌道や射出のタイミングは容易く予想できるものだ。
着地間際槍を地面へ突き立てるとその柄を支点に宙返り。
刹那森林に轟音が轟き、爆風が若芽を散らし、新葉を落とし、大地が砕けた。
だが二人の姿は既にそこにはない。
ぐじゅり、ぐじゅりと剥き出しとなった腐敗した骨と筋肉が復元していく。
「反動のダメージもなしって事? 厄介ねえ……」
「手応えがあるのが更にな」
シュヴァリエは益々凶相を露わにして、二人を睨みつけた。
冷や汗一つかかず、ネクロ・ジャイアントを相手取り危惧も恐怖もしていないのだ。
単に二人を始末するのでは割に合わない。
両者に精神的苦痛と屈辱を味合わせないと気が済まなかった。
地に根ざしたエルフ族であるという選民思想と、醸造された
そんな彼女が瞬間閃いた。女神アルテアから聞いた話ではライルは魔人に変生。
その性質もアルテアの都合による秩序を維持する暴力装着から様代わりしたという。
ニマァッと屍肉食らいですら目を背ける表向き美しいが品性の欠片もない笑みを浮かべると指を鳴らす。
これ自体は演出以外に何の意味もない。
するとネクロ・ジャイアントの胸部がぐにゃぐにゃと蠢き出したではないか。
(肉弾でも飛ばすか……或いは分霊代わりの肉人形を展開する気か?)
ライルはそう予測したがそうした戦士の気概や誇りを感じさせる戦術ではない。
現れたのはオーガ達の顔だ。
『いたい』『くるしい』『たすけて』『くやしい』『にくい』
『アルテアさま』『アルテアさま』
更にキャラバンの人間達。精霊の顔。魔族の顔。ドワーフ達の顔。
何れもが落ち窪んだ瞳から赤黒い鬱血を涙のように滲ませながら譫言の様に救済を求めていた。
「あははははは! どう!! 醜いでしょう!? 地にあるものなど一皮剥けば糞尿と執着の詰まった肉袋! そんなもののために戦っていた感想は? 絶望? 失望? 義憤? 諦観? それとも肩の荷が下りたと言った感じかしら?」
「……」
若干の沈黙を経てライルは応えた。
「決意や使命は、相手の態度次第で変わるものではあるまい」
「そうね。あとシュヴァリエ。
そのネクロ・ジャイアントの中にエルフの顔がないのはどうして? まさか自分たちだけがそうした執着や怨恨がないなんて言いたいの?
自分に都合の良い論拠だけ集めて御高説を垂れるだなんて、若い証拠よね♪」
(と、煽ってあの女を動揺させてみたけどネクロ・ジャイアントに変化はない……。
本体の影響下にないって事かしら)
(恐らくはな。あとあのネクロ・ジャイアントは自然魔法ではなく精霊呪術、シャーマニズムの色が明らかに強い。
シュヴァリエは魔力を送るための仲介。使い手は精霊女王の方だろう)
(相変わらずクールねぇ)
(そうでもない。フォルディア、ライラ、フォルト、そしてお前を公然と侮辱された事についてはそれなりに腹は立っている)
(あらそう♪)
シュヴァリエが猿のように頭をかきむしりながら反論できずにいるなか、二人は念話にて冷静に情報を分析しつつ情報を交換する。
道場剣法と実戦剣術の差がここにあった。
(となると、シュヴァリエを倒してもネクロ・ジャイアントは解除されないって事? どうしたものかしら……)
(地下にはミアン達が向かっている。
彼女らが何とかしてくれるさ)
ならば耐久戦に移行すべし。と両者は即座に判断を決めた。
ー
「なんとまあ、不潔にして不浄極まる。
生あるものも生命を営む行為もおぞましいものぞ。妾は心底そなたらを憎み、蔑む」
サカリツルの淫毒によるものとは言え、幼子相手に痴態を晒していたミアン一行と地上でのネクロ・ジャイアント戦を見比べていたディニアは唾棄すべきものを見る視線でミアン達を見下していた。
「おう、そうかい。そんなご高潔な精霊女王様にはオレの特別な一撃をくれてやるよぉ!」
ミアンが化転し、ラミアンナーガとしての真の姿を現す。腕は四本。腰から下は一頭龍を彷彿とさせる大木のごとき太さと逞しさだ。そして針葉樹の様に鱗が並び、更には鋭い棘が並ぶ。
禍々しさ、気品、豪気の三拍子というには少し語弊のある表現ではあるが、
土のカオスを拝名するに足る実力者の気風と覇気に満ち満ちていた。
「ぬっ!?」
「行くぜェ!! シルヴァン!! カッパー!!」
肩に乗せた2人に下知し、その巨体からは信じられない加速力でミアンはディニアへ向けて突進する。
無論ディニアもただ棒立ちしているわけではなく、無数の鉱物を合成させた返し刃付きの槍を投擲して反撃する。
「に、兄ちゃん! 怖いよぉ!」
「馬鹿だなお前は! ミアン様は俺達を信頼してついてこいって言ったんだぞ!! だから怖くってもミアン様の急所をお守りしなきゃダメなんだぞ!」
まだ酒の味も知らぬ、母の乳と菓子の甘さを好む年柄であろうオーガの幼子だがシルヴァンの瞳は怯えつつも気丈にも覚悟と責任とミアンへの信頼に輝き、大盾を構えて投擲槍からミアンの首筋や胸元を身を呈して防護していた。
「くっ……! 穢らわしい! 純血種としての誇りは何としたか!!」
「やい! ババア! ガキ共が身を呈してオレを守ろうって気概を穢らわしいとは何だ! 見下げ果てた女王だぜ!!」
啖呵と共にミアンは唾を地下に吐いた。純血種にあるまじき振る舞いではあるが、当然これには意味も仕掛けもある。
「ふっ! 大方貴様の腐食の力によって妾の鉱物を操る力の妨害を行う気であろうが、この精霊女王を甘く見たようだな!
妾が操れるのは鉱物のみではない!! 地に下るもの、大地にあるものこそ我が眷属なり!!」
「ちいっ!!」
地割れとマグマの同時攻撃が見舞われ、彼女の閨は焦熱地獄の様相を呈す。
「ちょっと! アタイは生身の人間だっての!! 焼け死ぬ! 焼け死ぬっ!!」
「仕方ないねぇ。この勝負はあんたら若手に預けてアタシはアンタの保護でもしようか」
海賊とはいえ文字通りの火の海の中はいけない。狼狽するアスターテにディニアは鉄傘を広げ、保護魔法を発動。文字通りの助け船としていた。
尤もオベリアにも代償はある。
焼け焦げながらも再生を同時に行う彼女の乾いた肌がパリパリと剥がれ落ちていく。
そこにあるのは伝承にある見目麗しく、大地の母なる慈愛の化身として崇められていた姿などではない。
老木の皺、金属の錆の様な髪色、重金属の鉱毒を濃縮した様な肌色の異形の主。
それが今の老醜したオベリアの姿であった。
「お、おのれ……! よぐも! よぐも!! 妾の真の姿を晒さぜたなぁ!!」
「大地にあるものは自在? なれば……! 風は貴様に意に沿うものにあらじ!! 精霊女王オベリア! 御首頂戴仕る!!」
憤怒と憎悪、忘却への恐怖に囚われたオベリアにはミアンと共に悪しき精霊女王を始末したオーガ族の英傑の卵であるシルヴァンとカッパーしか映っていなかった。
単に隠れ身を使うだけでは魔力感知をくぐり抜ける事はできなかっただろう。
脇腹から忍刀を刺し、ぐるんと抉るのみでなく死出の旅地へのチケットを千切るかの様に薙ぎ払った。
「仕置はこれにて! 天蓮華!!」
更にニンニンの暗殺者としての奥義はこれに留まらない。腿をオベリアの首筋に纏わりつかせるや、彼女は印を結びながらヘリコプターの羽根の様に高速回転。
竜巻が生じ、ズタズタにオベリアの身体を切り裂くばかりのみでなく、彼女の首と胴をネジ切り、サッカーボールのオーバーヘッドキックの要領で閨の寝台へと頭を蹴り飛ばしてしまった!
「頭のみではマグマの海から脱出する事は叶うまい!! 己の悪因悪果を呪うでござる!!」
「アタシの頭の上に乗ってキメ台詞を言うな! あーっ!! オールが燃えてるっ!」
「あわわわ! バランスが崩れるでござる!
アスターテ殿! 落ち着けでござる!!
落ちるでござるーっ!!」
折角のキメが台無しとなってしまったがそんな事は問題ではなかった。
残念ながらニンニンは強者であるが勇者ではなかった。
悪因悪果、というニンニンの言葉がオベリアの憤懣の火薬庫に火をつけた。
(悪因悪果だと……!! 私が! 私が! 私が!! お前たちに何をしてきてやってと思う!! 神々の驕り高ぶり、人間や魔族の収奪を見て見ぬふりをしてきた奴等を亜空の彼方に追い出し……!
大地を癒し! 水を濯ぎ! 実りを分け与えてやってきた!!
そんな私にお前達が何をした!
口先で感謝だけ述べ……! 祠を立てた!
それだけだ!
時が経てば大地の実りを我々の知恵の成果とし!
水清ければ魚住まずと嘯き!! 果ては繁殖のために森林を切り払い、地下から水や資源を吸い上げ食い散らかす!!
それを悪因悪果……だと!! 私の逆恨みだと! 切り捨てるのか!! 許せない! 許せない!! 許せない!!!)
彼女の怒りはもはや長き時とアルテアの思考誘導により濃集されたウランの様に臨界寸前であった。
(ほらご覧なさいな。けど悲しまないで私の友。
間違っていたのは彼らが繁栄してしまった事。貴方が心を尽くした相手が貴方を理解できなかったこと。
そんな奴等に何を義理立てする必要があるのかしら?
奴等が貴方を悪しき女王、生まれてくるべきではなかった怪物だと誹るなら、貴方はその本分を全うすればいいだけのことよ)
アルテアはテクノブレが反旗を翻した時の宣言を、意趣返しとばかりにオベリアに見舞った。果たして効果は覿面。
ネクロ・ジャイアントとオベリアの怨恨はシンクロし、更にはテクノブレらに敗れた悪霊の怨念まで乗算され増殖されていった。
ー
「大丈夫か?」
「まあまあね」
回避につぐ回避で若干の焦燥こそあったがライルとユールはネクロ・ジャイアント相手に耐久戦を見事にこなしていた。
シュヴァリエはそんな2人の様子を手詰まりと見たのか勝利を確信したかの様にせせら笑った。
「ハハハハハ! 大口を叩いた所でお前たちにコイツを倒す事はできないようね!」
「好き勝手言うわねぇ……」
ユールが毒づいたその時ネクロ・ジャイアントがピタリと停止した。
機能が停止したならばミアン達から勝利の報告があっても良さそうだがそれもない。
訝しみながら二人は構えているとネクロ・ジャイアントがデロデロに溶け出す。
「な、何が起こった!?」
「私たちにそれ聞いちゃう?」
恐慌に陥ったシュヴァリエに呆れ顔で小首を傾げるユール。
その中でライルはある仮説を立てた。
以前似たようなケースをスレイの分体との戦いで経験している。
スライムボディを地下に染み入らせて呼び水を出しての攻撃。それと類似している。
更にネクロ・ジャイアントは死者の嘆きや怨念の集合体。
(それらを呼び水にするという事は……!!)
「離れろ!! 今すぐここから離れるんだ!!」
「わかったわ!」
彼らしくもない雄叫びに等しい警告。
ユールの判断は早く、正鵠を射ていた。
即座に全力で疾走するのと同時に割れ目からどす黒いコールタールの様な濁流が噴き出してきたのだ。
「何っ……!? ぎゃああああっ!!」
飛沫を浴びたシュヴァリエは高潔さの欠片もない絶叫を挙げた。
恐らく顔の半分が腐食したのだろう。
何せ神戦時代からの死霊とブレンドされ、増量した屍肉の津波なのだ。
しかもそれは止まる事を知らない。
瞬時に膨張し、森と草原を汚染していった。
「ライル!! 私の槍を伸ばすわ!! 捕まって!!」
「頼んだ!」
流石は破戒神の加護を受けた槍というべきか。屍肉の濁流にあっても折れず、腐食もせずに天へと向かって伸びて、即席の安全地帯となる。しかしそれもいつまで持つか。
「ハァ……! ハァ……!! 死んで……死んでたまるものか!! 死ぬのは……死ぬのは嫌だ……!!」
しっかりシュヴァリエまで槍に登り、濁流を避けていた。
(どうする? 蹴り落とす?)
(無意味な事だ。それよりすまない。お前を巻き込んでしまった)
(今さらそんな事言っちゃう?
私は巻き込まれたんじゃなくて、自分から飛び込んだのよ♪ ダーリン)
この死地にあってウィンクまでする女丈夫ぶり。全くこのユールには敵わない。
もし人間の頃に彼女に出会っていたら何かが変わっていたのかもしれない。という可能性がライルの頭をかすめた。
(益体もない。俺は愛すべき妻と子を得ることができた。それでいい)
「糞! 糞ッ!! 私を揺り落すつもりか!! 落とされんぞ! 私は絶対に落とされんぞ!」
何を被害妄想に囚われているのか。
猿叫じみたシュヴァリエの呪詛が彼を現実に引き戻す。
(すまないが、槍をもう少し伸ばしてくれ。煩くて敵わない)
(やっぱり?)
ー
「ははははは! 死ね! 死ね!
私を捨て去った世界で安穏と過ごしていたお前達なんぞ死んでしまえ!!」
「バカヤロー! 何を勝手にほざきやがる! こんな事して何になるってんだ!!」
ミアンは狂気に染まりきったオベリアに問いかけというよりは罵倒に近い調子で声を荒げる。
土のカオス故に毒や呪いに耐性があるらしい。ミアンの言葉に対してオベリアは狗神の様に吠えた。
「何にもならぬわ!! だがそれがどうした!! どの道私を捨て去り、忘れ去った世界だ!! 消えぬ傷跡と怨嗟を残してやって何が悪い!!」
首だけの姿ではっきりと言い切った。
これは復讐でもなければ大義による粛清でもないと。絶望と失意によるただの八つ当たりに等しい無理心中なのだと。
ここまで拗れてしまったら最早話し合いでは解決できないだろう。とミアンは舌打ちして即断する。
「ちっ! テメェ! 何て事を!」
「黙れ!! このまま屍肉とマグマの海にて溺れ死ぬが良い!!」
ネクロ・ジャイアントの正体たる屍肉の大濁流がミアンを飲み込もうとする。
「馬鹿野郎! 誰がそんな事を許すか!!」
「戯けが!! 誰が許してくださいと嘆願したか! 廃棄された妾の一分を通すのに何の遠慮があるものか!!」
屍肉とマグマが融合し、鼻がもげるのではないかと錯覚する悪臭と骨まで爛れそうな熱気が閨と地底を埋め尽くした。
「うるさい! そんな事は知った事か!! アタイはお前さん達とは違って人間で! それこそお前さん達にとっちゃぁ取るに足らない存在かもしれないけれど! それでもこの大陸を愛する1人だ!
お前さんにそんな感情は無いのかもしれないけれど! それでもそんなお前さんを止めないといけない!!
だから! この命と魂でお前の暴挙を止める!!」
人間の身ではマグマと屍肉の濁流のなか生き延びる事など不可能。
そのことはアスターテも重々承知しているが言わずにはおれなかった。
その女傑の決意は確かに2人のオーガの幼子の勇気の燭台に種火を灯した。
「兄ちゃん!」
「ああ!」
カッパーとシルヴァンはアスターテの乗るディニアの鉄傘に飛び移り、櫓を漕いでオベリアの閨へと向かう。
もはや屍肉とマグマに包まれたそこは幼子が通れるかどうかまで入り口は狭まっていた。
「おお! カッパーにシルヴァン!
そのままオベリアに止めを刺すつもりでござるか!!」
「そうか! ガキども! オレがフォローしてやる! 英雄になってこい!」
ニンニンとミアンは素直に2人の剛勇を褒め、屍肉とマグマの奔流から守っていたが保護呪文を唱え続けるディニアの表情は曇っていた。まるでこれからの苦渋の選択を予期しているかの様に……。
「あっちちち! 兄ちゃん! 火傷は大丈夫!」
「馬鹿だなお前は! 俺達はオーガの戦士なんだぞ! 戦士は痛さや熱さ位でへばっちゃダメなんだぞ!」
その眩さがオベリアには気に入らなかった。何としても絶望の闇に叩き込んでやりたい。そんな昏い欲望が余命いくばくもないオベリアを饒舌にした。
「はっ! 肉を裂かれる痛みも、臓腑を焼かれる苦しみも知らぬ小童が生意気な! ならばそなたらに絶望を教えてやる!!
妾を滅した所でこの惨劇は止まる事はない! 地は焼かれ! 穢され! マナとオドが枯れ尽くしたこの地は未来永劫草木も生えぬ不毛の地となるだろう!!
悪神、鬼神、邪神であっても成し得なかった大破局よ!! はははははは!!」
「な、なんだと!?」
ミアンの目が見開かれ、後悔と失意の業火が2人以外の臓腑を焼き焦がす。
(もっと早く気がついていたら)
(油断さえしなければ)
(某がもっと強ければ)
だがそんなニンニン達の悔悟も、ミアンの激情も、カッパーの悲壮な覚悟さえも、オベリアにとってはただただ愉快でしかない。
「そうよ! そうだ!! これが私の世界!
私自身!! 全てが私にとっての敵ならば!
世界にとっての敵となってやる!! 悔やめ! 悔やみ尽くし! 世を呪え! 世界が私を拒むなら私も世界を拒絶してやるわ!! ははは! ははは! はーっはっはっは!!」
「おいら、そんなの良く解らないよ」
「なに?」
カッパーの純朴な態度と言葉にオベリアは僅かに戸惑った。
「ただおいら達はおばさんが寂しそうだったから側に来ただけだい」
「死んだら淋しいよ。母ちゃんも冷たくなって、動かなくなった時にそう言っていたもん」
双子は毒に侵され、火傷を負ってもなおオベリアの頭を赤子の様に優しく抱きしめた。
「おいらにはシルヴァン兄ちゃんがいたから淋しくなかったけど、おばちゃんはそうじゃないもん。だからおいら達が側にいるよ」
「馬鹿だなお前は。俺にだってお前がいたさ……」
穢れた種族として迫害された幼いオーガが見せた偽りなき博愛の抱擁。
オベリアはその慈しみと温もりに思わず涙ぐむ。
(やめよ……! やめよ!! 妾は……! 妾はこの身を焼く様な絶望と怨嗟こそが我が本分!! 今更情に流され……! 妾は……!! 妾は……!!)
だが幼子の体温と純朴な慈しみがかつてアルテアの眷属達に慕われていた頃を思い起こさせていた。そして幼子の抱擁に包まれた記憶も。
(オベリア様。私の大切な主……。
貴方と貴方が愛したものの為に、私はこの大地に命を捧げ、花や実となりましょう……)
(いや! 皆! 死なないで!!! 私を一人にしないでよ!)
アルテアの神威により誕生した彼女に母と呼べる存在はいなかった。
だが眷属達が母の様な愛情を注ぎ、育んでくれた。
そんな日々の尊さと大切さ、そして温かさが溢れ出し、オベリアの濁り澱んだ魂魄を清流の様に洗い清めていった。
さらに……。
「この砂漠に花なんて植えてどうするんだ」
「どうせ神々やその尖兵が踏み荒らして枯らすんだ」
「なら彼奴等を滅ぼすのが先じゃないか」
理不尽に住まう地を奪われ、家族を奪われたオーガ達は嘗てのオベリアをそう糾弾した。だが……。
「それでも私は花を植えます。これは私が母達に託されたものですから。憎しみは何も実らせません」
10年……100年……200年……或いはそれ以上の月日が流れた。
大地の精霊や女神達は長い時をかけてこの地を耕し、種を蒔き、水を与え、大地の恵みを実らせたのだ。だからこそテツジン、ディニア、オーガ達はこの地に住むことを選んだ。 だからこそ……。
(そうか……。私はこの子達の様に大地と仲間を愛せていたんだ。
それを忘れていたなんて、愚かなのは私の方だったわね……)
そして……。
「待てコラッ!! クソガキども!!
オレはテメーらにそんな事させるために連れてきたんじゃねえ!」
「やめなミアン! このマグマの中を泳いで渡るつもりかい!! 死んじまうよ!」
「それにあの幼子らの決意と信念を踏みにじり、晒し者にするつもりでござるか!」
「うるせえーっ!!
踏みにじったがどうした! 接ぎ木をすりゃいいだろ!
晒し者にするのがどうした!!
ガキどもに石を投げられたら傘になってやりゃあいいだろうが!! フォルディア様はオレ達をそういう風に守ってくれただろうが!!」
噴火のような烈しい愛情の叫び。
地母神が顕現したかの様な大地の咆哮。
その卑賤も優劣もない姿勢はオベリアの汚濁を吹き飛ばした。
「そうじゃ……。この地に住まう生きものは全て我が子よ」
「おばさん? 目を瞑ってどうしちゃったの? 眠いの?」
オベリアの顔が嘗ての若かりし頃に戻っていき、屍肉とマグマが徐々に混ざり合って相殺していく。それらは肥沃な泥へと変じ、大地は新たな生命を宿す豊饒の地へと変わっていく。
「おばちゃん! 行っちゃいやだよ!!」
「バカだなお前は! おばさんはお役目を終えて遠い所に行くんだぞ! 悲しくても胸を張って送らなきゃダメなんだぞ!」
2人の幼子の姿にオベリアは僅かに逡巡する。できうることならば彼等の守護精霊として彼等の生命を全うするまで加護を与えたい。しかし、一度怨霊になりかけた身でそれを望むのは恥知らずにも程がある。
これ以上私情に駆られて精霊女王としての最後の勤めを投げ出してはならないのだ。
『見送りをしてくれるというのですか……私は許されざる罪を犯した大罪人だというのに……。ディニア。本当に申し訳ありません。
私は嘗て託された思いを忘れ、貴方達に嫉妬し、この様な惨劇を……。許して欲しいなどとは申しません。ですがどうかこの子らの未来を……』
「ああ! ああ! その言葉だけで十分だよ。私の最愛の友。アンタの罪も功績も、アタシらがしっかり語り継いでやるよ!」
『ありがとう……。私は花となり大地に潤いを齎しましたが、花とは枯れるもの。貴方達は種籾になりなさい。
大地に根を張り、豊穣の実りをもたらしなさい。私の事ばかりにかまける事なく、健やかに、豊かに。生きる歓びを謳歌するのです』
ディニアはオベリアの手を取り、涙ながらに抱擁した。だがその涙は別れを惜しむ涙ではない。オベリアの罪は贖われ、そしてこれから生まれ変わる事を祝す慈しみの涙であった。
「そうかよ……。テメーの決意は固いって事かよ……」
「その通りでござる。この上は彼女の遺志を引き継ぐ事こそ某達に出来る恩返しというものでござろう」
オベリアは微笑み、ミアン達は目を伏せる。その中でカッパーとシルヴァンはオベリアの首を抱き締め、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でオベリアを見送る。
「俺、おばちゃんの事忘れないよ!
おっかなかった事も! 綺麗だった事も!」
「おいらも!!」
子供たちの約束を受けてオベリアは安堵したのか光の粒子となって天に還る。
彼女の肉体は泥の中で蓮根となり、巨大な睡蓮の葉が一行を乗せて地上へと運び出すのであった……。
ー
枯れかけた森林が再生し、淀んだ川は清水と変わり砂を含んだ熱風は薫風へと変わる。まさに劇的な変化であったがライル達にとってはオベリアが己の贖罪と罪滅ぼしと果たしたことはわかっていた。
「終わったな」
「桃源郷があるとしたらこういう所なのかしら……ふふ、別に力を使い果たしたワケじゃないからそんな顔しないでよ」
顔面は蒼白で息は乱れていたがユールの
瞳と声色はまだ活力に満ち満ちていた。そんな彼女の様子にライルもようやく安堵の溜め息を漏らした。
「だが歩くのは辛いだろう」
ライルは外套を即席の敷布とし、彼女を姫のように抱えて集落へと歩き出す。
「あら? いいの? フォルディアが嫉妬して精霊女王以上の大波乱を引き起こすかもしれないわよ」
「そんな狭量な女性ではない」
「そう♪ ならこのくらいはいいわよね?」
と、悪戯じみた笑みを浮かべてライルの首に両手を絡めだす。
「お、おい……。全くお前にはかなわんな……」
そんな2人を鬼の形相で背後から睨みつけるシュヴァリエの姿があった。
(今なら殺れる!!)
片目とその周囲の肌は失ったがその程度でエルフの弓技が損なわれるワケではない。
弓を構え、照準を定める。狙うのはライルの延髄。ゆったりと歩いているため距離は然程離れてはいない。
エルフ族ならば目をつぶっても当たる必殺の距離。
「くそっ……!」
だが誰も振り返らない。誰もシュヴァリエを見ていない。
ライルやユールは勿論、草花や木々、果ては風や清水に至るまでお前などそこにいるかといったように戦いの終わりを享受し、平穏な日常へと回帰していく。
それが余計に彼女を苛立たせた。
無視されている。なかった事にされている。
「ふ、ふざけるな……!」
震える指で毒矢を番える。ライルを、淫魔王の片腕たる裏切り者の魔人を射抜こうとする。だが。なぜか指が動かない。なぜか弦を引く力が入らない。魔力もまだある。殺意もある。
だが……エルフの魔導騎士たる矜持と心は折れて、砕け散っていた。
「私は……! 私は勝つんだ! 私は負けていない!!」
シュヴァリエは種を撒き散らした蒲公英を押し潰すかの様に大地に手をつく。
声は掠れ、叫びは嗚咽に変わる。
(私は……私は……何のために……!!)
泣き叫ぶ声だけが蓮畑に響いた。
その嗚咽に反応するものは何もない。
ヒロインって誰が好き?
-
フォルディア
-
ユール
-
ミアン
-
ニンニン
-
アクエス
-
スレイ