セッ○スしか娯楽がない! 作:性戦の別府
其の一
グラン暦772年 春。
ユリウスは父である皇帝アルヴィスの命で直轄領アグストリアの国主となった。
ユリウスは自らが選出した家臣達と共にアグストリアの旧首都アグスティを目指す。
直轄領アグストリア。そこは「グランベルに並び立つ強さを持つ」とまで呼ばれていたアグストリア諸公連合がかつて存在していた。
現在はグランベル帝国の統治下にあるが、住民感情は反帝国に傾いており、その結果たびたび反乱が起きる土地である。
アグストリアの住民はかつて存在した英雄エルトシャンのことが忘れられなかった。
英雄エルトシャンさえいればアグストリアは蘇る。そう信じてやまないほどだ。
いつか必ず祖国を取り戻す。そう決意するアグストリアの反乱軍のもとに二つの大きな情報が舞い込んでくる。
一つはグランベル帝国の皇子ユリウスがここアグストリアへ国主として赴任すること。
そしてもう一つが、英雄エルトシャンの妹がシルベール砦に囚われているという情報である。
その情報を手に入れた彼らはすぐに行動を開始した。
ユリウス皇子が着任して体制が万全に整えられるその前に、英雄エルトシャンの妹を取り戻さなければならない。
彼らに迷う時間は残されていなかったのである───
◆ ◇ ◆
走る。走る。男───いや、少年は走る。
少年が今いる場所はアグストリア北西部にあるシルベール砦。
ある日、少年が所属するアグストリア解放軍のもとに旅の司祭がやってきて、ここに“ある女性”が囚われているという情報をもたらした。
それを聞いたアグストリア解放軍はすぐさまこの砦へ攻め込んだ。
解放軍の目的。それは祖国アグストリアをグランベル帝国から取り戻すこと。しかしそのためには大義が必要だ。大義なき戦争は悪そのものである。そしてこの砦に囚われている“ある女性”はその大義に成り得る存在。故に無理を押してでも奪還作戦を決行しなければならなかった。
「───兄さん! こっちよ!」
「ジャンヌ!」
近くにある階段から聞き覚えのある声。それは少年の妹の声だ。
妹───ジャンヌは兄と共に階段を駆け下りる。その先に彼らが探し求めていた“女性”がいる。
そして少年……トリスタンは見つけた。
解放軍の大義に、象徴になる存在を。
「お、おはつお目にかかります! 私はアグストリア解放軍の騎士トリスタンです!」
「同じくアグストリア解放軍所属、ジャンヌです!」
「……初めまして、ですね。私の名はすでに知っているみたいですが、しかしあえて名乗りましょう」
シルベール砦。一年前までここはロプト教団の支配下にあった。
しかしある日を境に教団員は全員姿を消す。そしてそれと入れ替わるように本来の支配者たるグランベル帝国の兵士がやってきた。
「私の名はラケシス。獅子王と謳われしエルトシャンの妹です」
砦に囚われていた者達からマザーと呼ばれている女性があのラケシスであることを帝国兵は誰も知らない───
◆ ◇ ◆
◆ ◇ ◆
グラン暦772年 春 帝都バーハラ
現在帝都バーハラではパレードが行われている。
そのパレードを“男”は遠く離れた位置から注視していた。
彼の視線の先、それはパレードの中心にいる大きな馬車。
その馬車は天窓が開放され、中から一人の少年が身を乗り出し、民衆に向かって手を振っている。
(あれが例の……)
心の中で少年の名をつぶやく。
ユリウス。それはグランベル帝国の嫡男であり、次期皇帝とされている少年。
もっとも、彼にとってその少年は“恐るべき邪竜の後継者”という印象の方が強いが。
(噂だとアグスティへ、だったな)
ユリウス皇子はフリージ経由でアグスティ入りし、そこを拠点としてアグストリアを統治するというのが帝国から発信された情報だ。
アグストリア。そこは彼が一番の友と言うべき男と出会った国。
(……シグルド)
過去に思いを馳せる。彼にとってあの時代は決して色あせることのない青春の一ページとして心に残っている。
昔を思い出すたびに心の中が暖かくなる。しかし次の瞬間には頭を振ってそれを忘れようと努力した。
男は自覚している。自分には過去を思う資格など最早無いのだということを。
もう一度パレードに視線を向ける。ユリウス皇子はまだ民衆に向かって手を振り続けている。
その姿を男は───レヴィンはずっと見続けた。その顔を忘れないように。その姿を忘れないように。ずっとずっと見続けた。
◆ ◇ ◆
バーハラからフリージへと続く街道
「───やあ、待たせたね」
「お疲れ様です、殿下」
天窓を閉め、馬車の中へ戻ったユリウスを迎えたのは顔見知りの青年だ。
彼の名はイシュトー。フリージ家の嫡男であり、次期当主の青年である。
「ボクの耳に入れておきたい話があるって聞いたけど?」
「はい。それも二人きりで、さらには誰にも聞かれないような場所でです」
「うん。ならこの馬車の中はうってつけだ。中にはボクと君しかいないし、中の声は車輪の音でかき消されるから外にいる者達の耳まで届かない」
「はっ」
ユリウスはグイッと身を乗り出す。イシュトーもそれに合わせるように前のめりの姿勢になった。
「……なにかマズイことでもあった?」
「母が動いております。目的は伯母上達です」
思わずユリウスは「うわぁ…」と声をもらす。イシュトーはイシュトーでウンザリとした表情でため息をつく。
「父から言伝を預かっております。自由にしてもらって構わない。以上です」
「……生殺与奪の権利をボクに預けると?」
「はっ」
「なるほど。とうとう切り捨てられたか」
上体を起こし、その勢いのままドサッと椅子に身を預ける。
フリージ家は正室のヒルダを切り捨てた。イシュトーが持ってきた話とはそういう話だった。
フリージ家の当主ブルームは、妻のヒルダに対し強くものを言うことが出来ない。
男尊女卑が当たり前である貴族社会において、しかしこの二人の関係は真逆を行っていた。
なぜこんなことになっているのかというと、それはヒルダの出自が関係している。
ヒルダは聖戦士ファラの傍系。つまりグランベル帝国皇帝アルヴィスと血の繋がりがあるヴェルトマーの一族だ。
もしヒルダに無体を働いて機嫌を損ねてしまったら。もしそのことをアルヴィスが知ってしまったら。
そういった「もし」を考えてしまった結果、ブルームはヒルダに対し強気な態度を取ることが出来なくなってしまった。そしてそれが二人の立場を完全に決定付けさせてしまったのだ。
ブルームの考え方はやや悲観的な、ともすれば臆病な考え方ではある。しかし彼は「もし」を切り捨てることが出来なかった。
もっともそれは過去の話。
今のブルームはヒルダを切り捨てることにいささかの迷いも無かった。
彼がここまで強気の決断が出来たのには理由がある。一つはアルヴィスの息子であるユリウスと個人的に繋がったこと、もう一つは彼の妹であるティルテュに対し行った非道の数々を知ったことだ。
彼はヒルダを許せなかった。いつか必ず報いを与えると心に決めていた。その好機がやっと訪れたのだ───
「皇帝陛下にはボクから伝えておくよ。だからそっち関係は気にしなくていいとブルーム殿にお伝えしてね」
「はっ。ご配慮に感謝します」
「よし、それじゃこの話はここまで! ここからはお互いの近況について話そうよ。聞いた話だと最近上級魔法に手を出し始めたらしいけど、今はどんな感じ?」
「なかなか上手くいきませんね。トローンならまだしもサンダーストームは……」
「遠距離魔法かぁ。あれって未熟な魔道士が使うと一発で失神するんだっけ」
「精密な魔力操作が必要となりますから。それが使えるだけで精鋭部隊入りが確定とまで言われてるんですよ」
「ん~……思い返したらウチでメティオ使える魔道士全員皇帝陛下の親衛隊だわ」
馬車内の空気がガラリと切り替わり、互いの話で盛り上がる。
フリージに到着するまで若者二人の会話は止まることなく続いた───