新・嗜虐西遊記─北遊記/ビ・ク城篇【終了】 作:ドン・ドナシアン
「ハク・コ──。ハク・コ──。ちょっと来なさい──」
ハク・エンは、政務官付の執務室に隣接されている休憩所で、ハク・コが食事を開始したのを見計らって、大声でハク・コを呼び出した。
しっかりと女官に見張らせていたので、ハク・コがまずは水を飲み、次いでスープを全部飲み終わっているのはわかっている。
朝から理由をつけて、食事をする暇を与えなかったし、昨夜の食事も懲罰で抜かせた。それで、やっとありついた今日初めての食事を途中で取りあげられるのは、最初から与えられないよりも辛いだろう。
もちろん、それを狙って、声を掛けるタイミングを見計らっていたのだ。
さぞら空腹だとは思うが、目の前にあるパンや肉類を出されて、手を出す寸前に呼び出しをしたのである。
もちろん、いやがらせだ。
政務官たちに食事を給仕する者には、まずは飲み物をだけをハク・コに出し、準備に手間取っているという口実で、食事を出すのを遅らせるように指示していた。
空腹だったはずのハク・コは、予想通りに、とりあえず水を飲み、次いで唯一提供された薄いスープを口にした。それを見計らった給仕が本来の食事を載せたプレートを置いた瞬間に、ハク・エンが呼び出しをしたというわけだ。
ハク・コは、ほんの少し躊躇うような素振りをしたが、すぐに諦めたように立ちあがった。
「はい、すぐに参ります」
政務官付の事務室には、まだ十人ほどの女官が業務をしている。
すでに夕刻はすぎたが、多忙なので、まだ業務を残して仕事を続けている者も多い。
そういう者は、隣接する休憩室で食事を交代で受けることができることになっている。
ハク・エンがハク・コに命じている業務は、残業どころか徹夜が必要なほどの仕事量なので、ハク・コは当然に夕食もここでしか食事はとれないが、ハク・エンは、ハク・コを最後に食事をするように指示していた。
時間内に夕食を取り終わらなかった場合は食事の供与はないので、これで、ハク・コの食事はまた抜かれることになったというわけだ。
ハク・コが業務をする女官たちのあいだを通り抜けて、ハク・エンが座る席の前にやってきた。ここは政務官付たちの業務室であり、本来のハク・エンの執務室はこの奥であるが、ハク・エンが彼女たちを監督するための席も当然にここにはある。
ハク・エンは、そこに座っていた。
「この簿冊、どういうことかしら? なんで、字体を揃えてないのかしら?」
ハク・エンは、執務室にある主任政務官用の机上に横に置いていた十冊ほどの簿冊を叩きつけるようにして置いた。
この軍塞の司令官であるビク・トの正妻であるハク・エンには、軍塞管理に必要な事務業務の束ねとしての主任政務官というひとつの顔がある。
主任政務官の業務は、いわゆる要塞管理業務の総括であるが、ひと口に管理業務といっても、軍塞で働く兵士や役人や軍属たちの管理、占領地の領土管理、軍政施設管理など業務は多岐にわたる。
その中で最も重要なのは、奴隷たちを使って生産している「淫丹石」と「霊丹石」の管理である。
そして、叩きつけたのは、ハク・コに管理させている霊丹石と淫丹石の出納簿だ。
ハク・エンは、「淫丹石」と「霊丹石」の管理補佐を義理の娘ということになっているハク・コにやらせているのである。
北方の帝都からの命令でやっているものであり、ビ・ク城のような帝国直轄領には、各領土ごとに一定数の魔石の宮廷への納入が義務づけられていた。
病に倒れている姉の女帝の生命維持に大量に必要らしく、かなり厳しい数量を定期的に送るように指示されている。
魔石というのは、魔道や魔道具の動力源になる魔素を集めた結晶体であり、もちろん、回復術、治療術も魔道であるので、魔石はそのために様々に加工されて、女帝の治療に使われるのだろう。
ただ、姉妹とはいっても、年齢がかなり開いてて、ハク・エンが幼い頃にはすでに女帝だった姉とは、ほぼ面識もなく、どのような病気なのかも知らない。知っているのは、治療には大量の魔石、あるいはそれに類するものが毎日必要ということ程度だ。
ただ、自然界にある魔道の根源である「魔素」を集めたり、あるいは、魔獣などの魔素を体内に蓄積した獣を狩ることで獲られる魔石は生産性が低く、供給量もなかなか安定しにくい。
それに代わるのが、「霊丹石」であり、「淫丹石」だ。
霊丹石というのは、空の魔石に人間の生命力を奪って蓄積するものであり、淫丹石というのは、人の性行為によって発生する「淫気」と呼ばれる力を蓄積して、魔石化したものになる。
自然界に存在する魔道の源の「魔素」、人の生命を維持する「霊魂力」、性行為によって生じる「淫気」。これからが本来同一のものであるというのは面白いが、まあ、そういうものらしい。
とにかく、占領地から定期的に霊丹石や淫丹石を作るための若い女を里に出させ、生産管理し、帝都に送るというのがこの軍塞における最重要の業務ということであり、正妻にして主任政務官のハク・エンの役目であり、その補佐がハク・コというわけだ。
「どういうことと申されても……」
ハク・コがいつものようにおどおどした態度で、困惑した表情を向ける。
一方で、周りにいるほかの政務官付の女官たちがくすくすと笑った。
ハク・エンは、この義理の娘のハク・コという少女が嫌いだ。
いや、大嫌いだ──。
そもそも、ハク・エンは、義理の娘であるハク・コの素性をほとんど知らない。
承知しているのは、夫の傍系になる家の遠縁の娘ということ程度だ。いや、一応、養子縁組に際しては、書類や資料を夫のビク・トから渡されたが、聞いたこともないような下級貴族の出身だった。
如何せん、もともと帝室育ちのハク・エンには、主流ではない下級貴族のことなど頭に入っていない。
だから、遠縁の娘というのは真実なのか、虚偽なのかはわからないのだ。
とにかく、十年の夫婦生活でまだ子ができないという理由で、突然に夫のビク・トが養子縁組をして連れてきたのが、目の前のハク・コという少女だ。
事前に妻である自分にまったく相談がなかったことは信じられないことだし、ハク・エンからすれば、得体の知れない少女を突然に連れてこられて、娘として扱えと言われても、当然に承服できることではない。
さすがに腹が立ち、猛然と糾弾したが、これについてだけはビク・トが頑なであり、ハク・エンの一切の抗議を受け付けなかった。
そもそも、ハク・エンに知らされたのは、全ての手続きが終わってからのことであり、女帝である姉の許認も得ていたのだ。
正妻でありながら、蚊帳の外に置かされてたハク・エンをこれだけ馬鹿にした話もない。
これをきっかけに、ただでさえ冷え切っていた夫婦関係は、いよいよ破綻し、夫婦としての夜の関係は完全に途絶えてしまった。
一年前のことだ。
そもそもである。
四十代のビク・トはともかく、ハク・エンはまだ二十九歳だ。
それに対して、一年前に養女とされたハク・コは当時、十六歳だったのだ。
ハク・エンからすれば、娘というよりは、妹というような年齢関係だ。実際、現在の女帝の姉とハク・エンとは三十歳の年齢差だってある。
一年前にビク・トが帝都屋敷にハク・コを連れてきたときには、養女という名目で愛人を連れてきたのではないかと思ったほどだ。
十六歳のハク・コは、年齢以上に外見が大人びていて、ビク・トとの距離も、父娘というよりは、男女の関係を感じさせるものだった。
そして、そのときのハク・エンの勘は当たった。
養女であるはずのハク・コが夜中にこっそりとビク・トの寝室に呼ばれることが多く、ときには朝までそのままのこともあると、ハク・エンに幾人かの侍女が密告してきたのである。
今度こそ激怒した。
すると、ビク・トはハク・コと男女の関係であることをあっさりと認めた。ただし、遠縁の娘であることも本当だと言ったのだ。
これを境に、隠すことなくハク・コを閨に呼び出すようになった。
堂々と……。
だから、ハク・エンは、ハク・コが大嫌いだ。
まだ、愛人であれば許せる。
しかし、そうではなく、養女としたのは、ビク・トの地位や財産をいずれは、相続させることもできるからだろう。
正妻であるハク・エンへの当てつけなのだ。
いずれにしても、なにをいっても、ハク・コのことだけはビク・トが引きさがらないし、受け入れないとわかったとき、ハク・エンはこの一件については諦めることにした。
いや、諦めざるを得なかった。
すでに、女帝の承認まで得ている養子縁組だ。
帝室の一員だったものの、全く姉と親しくもなかったハク・エンには、これを覆ることはできないのだ。
その代わりに、ハク・エンは、ある条件をビク・トに叩きつけた。
養女として認める代わりに、娘としての躾は母親のハク・エンがすることと認めさせ、躾については一切の文句をビク・トが言わないと約束させたのだ。
そして、その後、ハク・コには、ハク・エンから、躾という名目で身の程というものを知らしめてやった。
徹底的にだ──。
約束通りに、これに関しては、ビク・トは口を出さず、また、ビク・トにはもちろん、家人にも助けられることはないと認識すると、ハク・コはすっかりと大人しくなった。
いまや、ハク・エンの言葉に逆らうことのできない人形だ。
面白くないのは、いまだに数日置きには、ハク・コがビク・トの閨に呼び出されることだが、ハク・エンはそのたびに、別の理由を作って、ハク・コに躾という名の嗜虐をして、溜飲をさげている。
この軍塞に入ってからは、主任政務官の立場を与えられたハク・エンに直属する部下の扱いも加えた。
昨日から今日にかけて、ハク・コをいたぶっているのは、一昨日の夜にまたしても、ハク・コがビク・トに呼び出されたという報告を受けたからだ。
あの愛人扱いにして後宮に監禁しているホウといかいう東帝国の女道士といい、ハク・コの存在といい、ハク・エンには腹立たしいことばかりである。
「この簿冊よ。見なさい──。おかしな癖字がいっぱいあるじゃないのよ。お前は、これが大切な簿冊だということがわかっているの──?」
ハク・エンは、簿冊の一冊を拡げて、大声をあげた。
こうやって、難癖をつけては、ハク・エンがハク・コを叱るのは、いつものことなので、女官たちはまたかという顔で笑っている。
一方で、ハク・コはすでに追い詰められたように、顔を蒼くしている。
「しかも、字が汚い──。特に数字のところは、おかしな汚れだってあるし、お前は、出納簿をなんだと思っているの? 明日までに全部書き直しなさい──」
ハク・エンは机を叩いた。
この軍塞にハク・エンたちが着任してからのことなので、出納簿だけでも二十冊はある。
ほかの簿冊も確認したが、ハク・コに管理させている淫丹石と霊丹石関係の簿冊は全て、妙な癖字が混ざっているものが多く、ハク・エンはその全部を書き直しをさせるつもりである。
多分、毎日徹夜に近いほどに残業をしても、五日はかかるのではないだろうか。
だから、そのあいだは、せいぜい愉しく過ごせそうだ。
「……は、はい、わかりました……」
ハク・コが
ハク・エンは、手にしていた竹鞭で、思い切りハク・コの手の甲を叩く。
「きゃああ──、いたっ」
ハク・コが悲鳴をあげて、手を引っ込める。
「どこに行くのよ──。ここでしなさい。淫丹石関係の簿冊は、この軍塞の最重要の書類なのよ。わたしの目の前でやりなさい──。ほかにも三人の監督をつけるわ。交代で見張るから、すぐに開始しなさい。目の前の全部の簿冊の書き直しが終わるまで、その席から立つことは許しません──」
ハク・コに怒鳴りつける。
そのときには、事前に示し合わせていた三人の女官がハク・コの周りを完全に塞いでいた。
この手のハク・コへ苛めするときには、いつも立ち合わせている三人だ。完全にハク・エンの息がかかっていて、最近ではハク・エン以上に、嬉々としてハク・コへのいたぶりを進んで行う。
まあ、この三人に限らず、この部屋にいる全員の女官がハク・エンの絶対の部下であり、ハク・コをいたぶる協力者だ。
ハク・エンが目配せをすると、彼女たちがハク・コの左右にそれぞれ手錠をかけて、反対側の手枷を机の脚に嵌めてしまう。鎖の部分はそれなりに長いので、業務をするのに邪魔にはならないが、これでハク・コは手錠を外すまで、机から離れられない。
「あっ、なにを……」
ハク・コがはっとしたように抗議の声をあげた。
ハク・エンは立ちあがって、ハク・コの右頬を思い切り平手打ちした。
「ひいいっ」
ハク・コの身体が横倒しに倒れそうになる。
じゃらりという音がして、ハク・コの両手に掛けられている手錠がそれを阻む。
「つべこべ言うんじゃない──。さっさと始めなさい──」
怒鳴りあげると、それだけで泣きそうな顔になり、ハク・コの顔から抵抗の色が消滅する。
この一年、繰り返しやった「躾」がハク・コがハク・エンに口答えも拒絶もできなくしてしまっているのだ。
ハク・コが諦めたように机に向かう。
手錠に繋がっている二本の鎖がジャラジャラと机の上で音をさせる。
「では、筆記具と用紙はここに置いておきますね、ハク・コ様。なくなれば運んできますので、ご安心ください」
「しっかりと見張ってますので、どうぞお始めください」
三人の女官が自分の机の前から持ってきた椅子に座って、ハク・コを囲む。
だが、ハク・コには椅子はない。
誰も運んでこないし、机から離れられないハク・コが自分で運ぶこともできない。
ハク・コは困惑して、おろおろしている。
「徹夜になるかもしれないんですから、椅子などない方がいいのでは? 眠ってしまうと大変ですよ」
ひとりが嘲笑とともに言った。すると、周りの三人だけでなく、室内のほかの女官の馬鹿にしたようにくすくすと笑う。
「誰もお前に椅子など持ってこないわ──。すぐに始めなさい」
ハク・エンが大声をあげた。
「は、はい……」
意気消沈したように、ハク・コが机の前でやや屈むような姿勢で最初の簿冊にとりかかった。
だが、しばらくしないうちに、ハク・コが落ち着きがなくなり、そわそわと太腿が動き出した。
ハク・エンはそれに気がつき、ほくそ笑んだ。また、監督をしている三人もにやにやと微笑を浮かべる。
ハク・コがどうして、急に腰や脚をもじつかせだしたのか、ハク・エンだけでなく、この部屋に残っている全員が知っているのだ。
夕食を取りかけていたハク・コが口にした水とスープには、強力な利尿剤が大量に混ざっていたのである。
尿意に襲われたなら、それが耐えられないものになるのは、あっという間だろう。
すぐに、ハク・コの太腿がきつく密着して、痙攣のようなものを始めた。
「あ、あのう、少しだけ、席を外させてください……。お願いです」
ハク・コが切羽詰まったように、いつの間にか真っ赤に染まった顔を激しく左右に揺さぶった。
すると、周りに三人のうちのひとりが、準備していた乗馬鞭を出すと、下袍の上から思い切り、ハク・コの尻を打った。
「ひんっ」
ハク・コが悲鳴とともに、身体をびくんと伸ばす。
「失礼しました。ハク・エン様より、懲罰の鞭打ちを許可されておりますので、容赦なく、これからも打たせていただきます。ハク・エン様がおっしゃられた通りですよ。その簿冊の全部の書き直しが終わるまで、ここを離れることなど許されません。さあ、続けてください」
「で、でも……厠に……」
そして、今度は布のない部分のふくらはぎを乗馬鞭で鞭打つ。
「くうっ──。う、うう……。は、はい……」
それでも厠に行かせてくれと重ねて哀願する気力は、もうハク・コにはないはずだ。
一年以上に及ぶ「調教」がハク・コからそんな気概を奪っているのだ。
ハク・コは半泣きになりながら、再び簿冊を清書する作業に戻った。
だが、その脚が軽く足踏みをするように動いている。
ハク・エンは、ハク・コの苦悶の姿に心からの満足を覚えた。