「ちょっとっ……、離れなさいよっ……!」
全身を這いずり回るぬるついた感触がどこまでも不愉快で、今すぐ拭いたかったが、しかし全裸の湊友希那は、己の全長とほぼ同じ大きさの蛞蝓を、押し退けることができなかった。そのため友希那は、胸部を下にして寝転んでいる、匍匐前進のような体勢の上からのしかかっているこの蛞蝓の、液体にも似た滑らかな体躯の感触を、頭髪が貼り付いた背中一面で感じることになっていた。腕を上げようとするとそこに粘液にまみれた蛞蝓がすかさず絡みつき、ゆったりと体重がのしかかって、その抵抗を無に還した。もはや友希那の身体の中で、蛞蝓の粘液の驚異に浸っていない部位は無く、全身がぬるついて、滑り、その未知の不快感によって、背筋が悪寒で震えていた。
(気持ち悪いっ……。どうして私がこんな目に……)
友希那はなんとかして前進しようとした。上から被さる蛞蝓から脱しようとした。しかし蛞蝓の湿った体重によって、四肢を満足に動かすことはできなかった。それでも微細な尽力の中で両手を動かすと、やはりそれを見かねた蛞蝓のどろりとした全身が絡みつき、友希那の脱するための奮闘を阻止していた。
(ううっ、こんなのっ、嫌あっ……!)
友希那は涙していた。背中と、その下の尻に触れるぬかるみがどうしても耐え難く、しかし逃れようと体躯を動かすと、体内にめり込んでくる勢いで蛞蝓が絡みつき、友希那を執拗に放さなかった。
感触の次に友希那に嫌悪を感じさせていたのは、蛞蝓から発せられる臭いだった。腐った青野菜のように生臭く、それが鼻孔に無遠慮に入り込んで脳まで達すると、その香ばしい汚臭にくらつく目眩と強烈な頭痛を感じた。
(とにかく、この蛞蝓を退かさないと……)
思考した友希那はひとまず蛞蝓の中で、自分の身体を回転させた。四肢を動かすことはできなかったが、回転させて仰向けになることはできた。蛞蝓が発する粘液が潤滑油のような役割を果たし、友希那の蛞蝓の中で、速やかに胸部を上に向けることができた。
しかし数秒後、それは悪手だったことを友希那は思い知った。
まず刺激的だったのは、蛞蝓の柔らかい体躯が、胸部の乳首と股間の膣口に触れるということだった。それまで背中と尻で感じていた嫌悪のぬかるみが三つの生物的な弱点に集中し、すぐに熱量となって友希那の神経を焦がした。それらのせいでただでさえ動かせなかった四肢の筋力が弛緩し、友希那は完全に身体を動かして抵抗することができなくなった。
次に来たのは臭いだった。それまで空気中に紛れ込んでいた激臭を嗅いでいるだけだったが、蛞蝓そのものが眼前に来たことによって、その流動体から直接臭いが鼻孔に侵入し、より強い、濃い臭いを嗅ぐはめになった。
(私っ……、このまま一生――)
仰向けになると蛞蝓ののしかかってくる迫力を先ほどよりも増して感じることができ、その強烈な質感は激烈な絶望感として友希那に襲い掛かっていた。友希那はもはや、このぬるついた執拗な悪魔から一生逃れられないのではないかと思った。すでに粘液で塗れた四肢を動かすことはできず、自分の身体の上で動き回る蛞蝓の、昆虫特有の悪意の無い自由気ままな蹂躙が体力を少しずつ奪い、しかし意識が無くなるほどの強烈な喪失はなく、ゆるやかで永続的で屈辱的な時間が流れ続けた。
すでに動けなくなっている友希那の上で、蛞蝓はなおも蠢いていた。