きりたんの一人・・・を書くのに躊躇して、逃避で書いたものです。
まぁ、少なくとも31を過ぎてるオッサンと妖精がお酒を飲むだけの話ですが、箸休め程度にどうぞ。
ウナ「前菜と箸休めだけじゃないか。早くメインディッシュを作ってよ」
うぐっ・・・ いよいよ、きりたんのあられもない姿を書かなきゃダメ?
今日の仕事も疲れた。暑かった。
帰り道、スーパーで買った酒とつまみを期待しつつ、玄関を潜る。
取り敢えずは買ったものを、冷蔵庫に仕舞わなければ。
「痛いのだ。助けるのだ!」
と、玄関からそんな声。
普通のドアなので、全開にしなければ勝手に閉まる。
その閉まりかけたドアに、何とも表現に困るヌイグルミが挟まっていた。
しかもそのヌイグルミは、ジタバタともがいている。
「助けるのだ! 早くするのだ!」
まぁ、何だ。
ヌイグルミに痛覚があるか知らんが、痛そうにしてるから出してやろう。
もう一度ドアを少し開け、ヌイグルミの胴を掴んで部屋に入れてやった。
「まったく、ドアを閉める時は、誰か居ないか確かめるのだ!」
と、怒ってくるが、俺は片手で掴んでるそのヌイグルミを観察する。
頭は胴の倍くらいの大きさ、主に乳白色で、尻尾や頭の上の方は緑に近い黄緑色だ。
頭の上の方に耳のようなものが付いてる。
ふむ、何を模したヌイグルミだろう?
「いつまで持ってるのだ。離すのだ」
と、そのヌイグルミは俺の手から抜けようとする。
さっきからヌイグルミと言ってるが、毛糸やフェルトの感触ではなく、シットリと滑らかな手触りだ。
「ヌイグルミって、動くっけか?」
思わず声に出る。
「誰がヌイグルミなのだ! 違うのだ!」
と、訂正された。
ふむふむ、それを信じるならヌイグルミではないとしよう。
しかし、知ってる限り、こんな生物はいない。
では推論1、新種の生物。
新種と言っても、深海でもないし地中とかでもない。
地上で新種が見つかるのは稀だろう。
手触りからして哺乳類ではなさそうだ。しかし湿ってる訳でもないから、両生類でもないだろう。
残るは爬虫類だが鱗の感触もないし、細かい鱗があるわけでもない。
「仮に哺乳類だとして、毛のない哺乳類… あ、人間がいるか」
「何をブツブツ言ってるのだ? 離すのだ」
哺乳類カッコカリは、俺の手から逃げようとモゾモゾ動く。
「かと言って、哺乳類なら近縁種がいるだろう。だとすると別の考えが必要か?」
では推論2、全く知らない生物、あるいは地球外生物。
地球外… もう一度、手の中の謎の生物を眺める。
尻尾を含まない全長は30〜40cm程度。
哺乳類に似た顔があり、目、鼻、口は一通り揃ってる。
さっきから日本語を喋ってるようだが、口から発してるようだ。
む? 日本語?
「日本語、つまり現地語を理解しているということは、知能はかなり高い? いや、翻訳機か何かがあるのか?」
「何を理由の分からない事を言ってるのだ。離すのだ」
いや、話せることと、理解してることには大きな違いがある。
インコなどの鳥類は日本語を喋れるが、理解はしていないだろう。
「試しに聞いてみるか。こんばんわ」
「あ、挨拶がまだだったのだ。こんばんわなのだ」
ふむ… いや、これも鳴き真似かも知れない。
もう少し続けてみよう。
「君はどこから来たんだ?」
「隣から来たのだ」
隣… と言うと東北さんちだが、三女のきりたんのヌイグルミだろうか?
いや、イタコさんだってヌイグルミに興味を持ってもおかしくない年頃だろう。
取り敢えず、この手の中のナニモノカに知性があると仮定しよう。
ヌイグルミは喋らない… いや、喋るとしたら、オカルトがある。
このヌイグルミに、何かの霊が取り付いている。
そう考えれば、喋る事も頷ける。
「悪霊だと困るな。まぁ、霊なんて、大概は性質が悪いんだが」
「失礼なことを言うななのだ! 悪霊なんかじゃないのだ! 妖精なのだ!」
手の中の悪霊憑きヌイグルミは、怒ったようにジタバタと暴れる。
「なんか憑いてるヌイグルミなら、お焚き上げすればいいか」
「そんなんじゃないのだ! ずんだの妖精なのだ! 離すのだ!」
「ふむ…」
離すのは構わない。いい加減着替えたいし、シャワーも浴びたい。
この自称妖精が悪さをしないようにするには…
「外に投げるのがベストか?」
「投げるななのだ! 用事があってきたのだ!」
妖精が俺に用事。
古今東西、妖精なんて悪戯しかしない。
用事というのも、その類だろう。
聞いてやる理由はない。俺はドアからコイツを投げるべく、玄関に向かう。
「投げるななのだ! オジサンと話すために来たのだ!」
「話ねぇ…」
生憎と今日は、お隣の東北さんちは長女のイタコさんが居ない。
つまり、お隣に行く理由がないのだ。
彼女らと話すのは楽しいが、だからと言ってオッサンが夜に理由もなくお邪魔するのも気が引ける。
ならば、こいつと話すのも一興か。
「少し待ってくれ」
居間のテーブルにそいつを下ろし、俺は服を脱ぐ。
「いきなり何をするのだ!? エッチなのは駄目なのだ!」
と、何故かそいつは逃げようとする。
女というか、雌というか、そういうものなのか?
「汗をかいたんだ。シャワーを浴びさせてくれ」
構わず服を脱ぎ続けると、そいつは一丁前に手?前足?丸っこいので目らしきところを抑えている。
俺は構わず全部脱ぎ、洗濯かごに着ていたものを入れて風呂場に向かった。
夜風で身体は冷めてるが、乾いた汗でベタつくので暖かいシャワーで流す。
肌はさっぱりとしていくが、気分はメチャクチャだ。
そうかそうか。
いつか来るとは思ってたが、とうとう頭に来たらしい。
来るべきものが。
自称妖精と喋るだなんて、酒を飲みすぎたようだ。
ま、人生そんなもんだ。
おかしくなったなら、おかしくなったで仕方ない。
この際だ。
せっかく触れて話せる妖精が来てくれたんだ。
今日はそれを楽しむとしよう。
「オジサン! 早くなにか着るのだ!」
シャワーを浴びて戻ると、また妖精が目を覆った。
まったく、別の種族だと言うのに、何が困るんだか…
まぁ、こっちとしても、知性があるであろう相手と裸で話しても仕方ないので、部屋着に着替える。
「もう良いのだ?」
「あぁ、服を着たよ」
「レディの前で裸になるななのだ」
体に比して大きい顔を赤くして怒ってくる。
「そうかい。今後は相手の性別を聞いてから服を脱ぐことにするよ」
「普通は人前で服を脱がないのだ。って、どこに行くのだ?」
俺が台所に向かうと、妖精も浮いて着いてくる。
「飯がまだだからな。少し待ってくれ」
冷蔵庫を開けると、豚コマ肉があった。
ならば、大きめのフライパンにお湯を沸かす。
沸くまでの間に梅干しの種を取って細かく刻む。
刻んだ梅肉、オリーブオイル、酢を1:2:2程度で混ぜる。
それくらいでお湯が沸くから、火を止めて豚コマを入れる。
「肉、茹でないのだ?」
「茹でてるだろ?」
「火を止めたのだ」
妖精と話しながら、豚コマをお湯の中でほぐす。
豚こまが冷えてたのもあって、良い感じのピンク色になる。
「豚肉なら、しっかりと火を通さないと駄目なのだ!」
「だから通してるだろ。これで良いんだよ」
難しいんだよ、普通は。
だから沸かして火を止めてから豚コマを入れる。そうすれば良い感じに火が通るんだ。
と、うっすらとピンクが残るくらいでザルに開けて水で冷やす。
冷やして水を切る間に、今度はモヤシを茹でる。
これは短時間で良い。
これも別のザルに開けて水で冷やす。
後はモヤシの上に豚コマを載せて、自家製梅ドレッシングを掛ければ完成だ。
そして冷凍庫で冷やしておいたウィスキーを出して、テーブルに用意する。
取り皿は… 妖精のは醤油皿で良いか。
「妖精、お前も飲むか?」
「良いのだ? だけど、グラスじゃ大きいのだ」
「ふむ…」
お猪口で丁度良いか。
「ほれ」
お猪口で水割りを作るなんて器用なことは出来ないから、俺のグラスで作った水割りを分けてやる。
妖精の皿に豚コマ冷しゃぶを取り分けて… 箸でいいのか?
「箸は使えるか?」
「馬鹿にするななのだ、使えるのだ!」
と、渡した割り箸を丸っこい手?前足?で器用に割って持つ。
どう持ってるんだよ?
まぁ良いや。
幻覚だか妄想だか知らないが、付き合ってもらえるなら構わないか。
俺は妖精にグラスを近づけた。
「乾杯!」
「乾杯なのだ!」
理解してるのか、妖精は俺のグラスにお猪口をぶつけた。
そしてお互いに、グラスをお猪口を呷る。
「オジサン、このお酒、強いのだ」
「判るって事は、結構飲むのかよ?」
「イタ… あんまり飲んだことはないのだ。偶にワインとかを貰ってるのだ」
「誰にだよ誰に」
「言っちゃいけないのだ」
「まぁ良いさ。どうせ俺の妄想だろうしな」
「何を言ってるのだ? ボクはここに居るのだ」
「判ったから。ほれ、冷しゃぶも食え」
面倒なので、箸の反対を使って妖精に取り分けてやる。
妖精は顔いっぱいに不審そうな表情を浮かべながら、一切れ摘み上げる。
「これ、本当に火が通ってるのだ?」
「疑り深い奴だな。ほれ」
と、俺が先に食って見せる。
うん、火を止めたお湯で茹でたから、良い感じに火が通ってる。
パサついてないし、ドレッシングとの相性も中々だ。
「オジサン、後でお腹が痛くなっても知らないのだ」
「そうは言うが、空酒は胃に悪い… 妖精って、胃があるのか?」
「あるのだ! オジサンはボクを何だと思ってるのだ!」
「妖精の知り合いなんて居ないからな。いちいち聞かなきゃならないんだよ。ま、火は通ってるんだ。食ってみろよ」
「これでボクがお腹を壊したら、言いつけてやるのだ」
渋々と言った感じで、妖精は冷しゃぶに口を付ける。
「誰に言いつけるんだよ、誰に」
「言いつけたら、オジサンが困る人なのだ。あれ? 火が通ってるのだ」
「通したんだよ。少しは信じてくれよ」
さっきまで疑ってたのに、一転してガツガツと妖精は食べ始めた。
そしてたまにお猪口を煽り、また冷しゃぶを口にする。
まぁ、相手が人間ではないし、そもそも俺の幻覚かも知れないが、それでも美味そうに食ってもらえれば嬉しいものだ。
しかし、俺が言いつけられたら困る相手ねぇ…
つまりこいつは、誰かのペットか何かなのか?
冷しゃぶを美味そうに頬張る妖精を見ながら、俺はグラスを傾け…空か。
俺は新しく水割りを作りながら、妖精のことを考えた。
ん? 隣から来たと言わなかったか?
でも、名前も何も言おうとしない。
構わないと言えば構わないが、少しは知りたいものだ。
だが、お隣の東北さんと関係あるなら、慎重に行きたい。
大きな声では言えないが、俺はお隣の東北三姉妹の一人が好きなんだ。
この妖精が関係者なら、機嫌を取って損はないだろう。
「ふむ、妖精さんよ、もう一杯どうだ?」
「頂くのだ。強いお酒だけど、慣れると美味しいのだ」
「香りが良いだろ? 俺のお気に入りの酒なんだ」
少々値が張るが、アーリータイムスホワイトを買っておいて正解だったかも知れない。
これは値段の割には上等で、強いのに口当たりが良くて飲みやすい。
イタコさんに勧めるつもりだったが、まぁ、また買えばいいか。
「強いけど、飲み易いのだ。ボクを酔わせてどうするつもりなのだ?」
「いや、純粋に歓迎してるんだが? もっとなにか欲しいのか?」
「オジサンは気が利かないのだ。女の子には甘いものと決まってるのだ」
「そりゃあ、気が利かなくて済まなかったね」
確か冷蔵庫に、ウィスキーのつまみ用のチョコレートがあったな。徳用の安物だが。
ご機嫌取りのために、紙皿に盛り付けて妖精に差し出す。
「これでどうかね? ウィスキーにも合うと思うぞ?」
「本当なのだ? チョコとお酒って、想像できないのだ」
「妖精さんは、少しは俺を信じても良いんじゃないかね?」
妖精はチョコの包みを剥きながら、こっちを見ないで言ってくる。
「イタ… 隣の狐耳の女の人にちょっかいを掛けて、信用しろというのが無理なのだ」
また口を滑らせそうになってる。元々、口が軽いのかも知れないが、酒で余計に軽くなってるのかも知れない。
ちょっと強めに作っといて正解だったか。
ちなみに、俺には50:50割でも丁度いいくらいだ。
「イタ………コさん?」
イタコさんは、お隣の東北さんちの長女だ。
何か知らないがキツネ耳が付いてるが、どう見ても作り物ではなさそうだ。
と言うか動く作り物なら、是非とも触らせて欲しいものだ。
「イタコじゃないのだ! イタコなんて言ってないのだ!」
妖精は誤魔化すように、両手?もう手で良いや、でチョコを持って囓る。
「そうかいそうかい。でも、イタコさんにちょっかいを掛けたつもりはないんだけどなぁ」
本当に無い。天地神明に誓って無い。
せいぜい、鶏モモが冷凍庫から溢れた時に、イタコさんに声を掛けたくらいだ。
まぁ、最初は不審者のように見られたが、大量の冷凍の鶏モモを見せて納得してもらった。
それからと言うもの、あれこれと話をしたり、イタコさんが二十歳になったら酒の飲み方を教えたりと…
あれ? ちょっかい出してる?
「いや… イタコさんに何かするつもりは無いんだが…」
「本当なのだ? オジサンとお酒を飲む日は、イタコはソワソワしながら下着を選んでるのだ」
「知りたくなかったなぁ!」
つ〜かそもそも、三姉妹居るところにお邪魔してるのに、何をする気なんだよ!
「オジサンはイタコが好きなんじゃないのだ?」
「ど〜してイタコさんと決めつけるのか知りたいわ」
「イタコが一番、オジサンに歳が近そうなのだ。違うのだ?」
妖精は首を傾げて悩んでから、またチョコを齧ってお猪口を傾ける。
「美人だとは思うよ? だけど、好みじゃないんだなこれが」
「それを聞いたら、イタコは泣くのだ」
「だったら、その胸に仕舞っといてくれよ」
と、俺もグラスを傾けながら、妖精の胸の辺りをつつく。
「善処してやるのだ。オジサン、お酒が無くなったのだ」
妖精も酔ってきたのか、遠慮なくお猪口を差し出して来る。
もう割るのも面倒になったので、ストレートでお猪口に注いでやる。
ついでに自分のにもストレートだ。
一口啜ると、舌を焼く感触が来る。
空気を入れないように口に含み、飲み下す。
「それじゃオジサン、ずん子と付き合いたいのだ?」
「今度は次女さんかぃ」
緑の長くてサラサラした髪に、スレンダーな肢体。
女子高生という少女と大人の境目の、なんとも言えない魅力を持ってる子だ。
「つ〜かずん子さん、俺がお邪魔すると、何か睨むっていうか… 俺に気をつけてない?」
「そうかも知れないのだ。ずん子はオジサンがイタコにエッチなことをしないか見張ってるのだ」
もはや隠しもしなくなったな。こっちも大概、ほろ酔いと言うにはもう少し酔ってるが。
自慢じゃないか、俺は酒に強い。無駄に強くて酒代で困るくらいだ。
妖精がどれだけ酒に強いか知らないが、かなり酔ってるだろう。
「残念ながら、その心配も杞憂ってやつだ。女子高生も、ちょっとなぁ」
「そうなのだ。オジサンはオジサンだから、ずん子とも釣り合う歳でもなさそうなのだ」
「歳は言ってくれるなよ。泣くぞ?」
「いい歳して泣くななのだ」
いや、歳は取りたくないと言うか、そこまで歳な訳じゃないが…
妖精は感覚が鈍ってきてるのか、お猪口のウィスキーをグイグイと煽りながらチョコを囓る。
「それじゃ、オジサンは何で東北家に遊びに来てるのだ? イタコもずん子も好みじゃないのだ?」
痛いところを言ってくれる。
正直、オジサンと呼ばれても自分でも納得できる歳なんだが、女性の好みの歳は、全然上がらない。
我ながらおかしいとは思ってるし、胸の内に秘めたまま墓に入るしか無いんだが…
そう自分に言い聞かせながらも、同時に栗色の柔らかそうな髪、それをツインテールにして見えるうなじ。
髪と同じ色で切れ長の瞳、俺の鳩尾までしかない小さい背丈、俺の腕と同じくらいの太さしか無い太もも…
一部をとっても美しいとしか表現出来ないのに、その全てを持ってる美少女。
誰にも言えないが俺は小学5年生の少女、東北きりたんに心を奪われている。
「オジサン、黙っちゃってどうしたのだ?」
「いや、まぁ、何だ…」
誤魔化すか、それとも頼ってみるか?
酔った頭で理性を総動員して、テーブルに座ってる妖精を値踏みする。
いや、こいつが味方だとは決まってない。
ただでさえ社会的に問題のある好みだ。慎重に慎重を重ねて、それでも疑うべきだ。
俺はグラスの酒と一緒に、言葉を飲み込んだ。
「まさかと思うけど、きりたんが好きとか言わないのだ?」
そこに妖精の奇襲。
思わず酒と一緒に空気を飲み込んで、俺はむせて吐き出さないようにするのが精一杯だった。
ひとしきりむせて咳き込んで、どうにか気管を落ち着かせる。
酒が溢れたよ。勿体ない。
「歳の差を考えろよ。歳の差を」
「幾つ離れてるのだ?」
「まぁ、20じゃ効かないな」
「親子なのだ」
気が付くと、妖精はチョコを齧るのを止めて、ニヤニヤとこっちを見ている。
「おい、何を考えてるんだよ」
「な〜んにも、なのだ。オジサンがきりたんの授業参観に行ったのは知ってるのだ」
「ちょっと待て!」
妖精のニヤニヤは止まらない。
「イタコも知ってるけど、黙ってるのだ。ボクが教えたのだ」
おぉう、余計な事を…
前に一度、鍵を忘れて部屋を締め出されたきりたんを招いた時に、相談を受けた。
何でも家の人に言い難かったらしいが、それなら… と、俺が勝手に代理を努めた。
きりたんの許可と、ついでに学校で「叔父さんです」と証言してもらったので、問題はなかっただろう。グレーだけど。
まぁ、葬式にも結婚式にも使える黒のスーツで行ったから、かなり威圧感はあったと思う。それが目的だったんだが。
俺が教室に入るとざわつき、それから緊張感ある静寂が訪れた。
生徒の方も、学級崩壊って言うのか? 今はそう言わないんだっけか?
勝手に喋ったり歩き回ってたのが、嘘のように大人しくなった。
だが見逃してない。
クソ男子が、俺の天使に丸めた消しゴムのカスを投げつけていたのを。
俺は映画で見た、兵隊の休めの姿勢を崩さずに、内心でため息を付いた。
案の定…
子供が親や家族に言えないって言うのは、こんなもんだ。
いっそ、他人の俺のほうが言い易かったんだろう。
まぁ、理解できなくはない。
きりたんの整った容姿、今風とは言えない和服っぽい服、頭の包丁型髪飾り。
俺には百点満点でも、クラスで浮いてしまうだろう。
要は、イジメの対象だ。
こんな想像が当たっても嬉しくない。
もう一度、心の中でため息を付いて、それでも姿勢は威圧的な休めの姿勢を続けた。
何かボロが出てはいけない。
だからすぐに退散するつもりだったが、授業が終わるときりたんが駆けつけてきた。
「オジサン、忙しいのにありがとうございました」
丁寧に頭まで下げてくる。これが演技じゃなさそうなのが、この子の可愛いところなんだよなぁ。
「いや、構わない。これからも困ったことがあれば、何でも言うと良い」
俺は周りに聞かせるように、口の動きを意識してやや大きい声で応えた。ついでに周りを見渡すと、さっきのクソガキと目が合った。
クソガキは、青ざめて俺から視線を逸らす。
そこまで怖いか? 俺。
授業参観の話はこんなもんだ。
後はきりたんから「クラスの男子が大人しくなった」とか「男子の一人(あのクソガキらしい)が交通事故にあった。犯人は捕まってない」とか聞いたが、俺は関係してない。
「あれからきりたんは、学校に行く時明るくなったのだ」
妖精が結果を教えてくれる。
そうか、良かった。こんなオッサンでも、きりたんの役に立てたらしい。
それだけで良い。ただのいい人の振りで充分だ。
邪な欲望は、俺が抱え続ければ良いんだ。
「そうかそうか」
気分が良いと酒も美味い。
妖精の話を聞いて、俺の口の端が上がるのがわかる。
俺のやったことが、きりたんの笑顔に少しでも役に立てた。
「どうしたのだ、オジサン。嬉しそうなのだ」
妖精の不思議そうな声に、思わず鼻で笑ってしまう。
「いや何、きりたんの役に立てて光栄だなって思っただけさ」
そうだ。愛する子の役に立てたんだ。俺は幸せに違いない。
そんな気持ちに、グラスを傾けるピッチが上がっていく。
「ほれ、妖精も飲め飲め。いい話をありがとうな」
「良くわからないけど、どういたしましてなのだ」
そうして俺と妖精の宴は、妖精が「もう飲めないのだ。ご馳走様なのだ」と、風船のように漂って帰っていくまで続いた。
当然、次の日の目覚めは最悪だった。
頭痛、胃もたれ、食欲不振。要は二日酔いだ。
それらを薬でどうにかしてシャワーを浴び、外見だけは整えて俺は玄関を出た。
「まったく、どこで飲んできたらそんな風になるんですか。しっかりして下さいよ」
お隣から少女にしては低めの、しかし鈴を鳴らすかのような耳に気持ちいい声がする。
見やると、天使こときりたんが家の中に苦言を投げ入れていた。
「済まないのだ。今日は大人しくしてるのだ」
東北家からはどこかで聞いたような、幼児っぽさの残る声が聞こえた。
どこかで聞いたような… しかし思い出せない。
この声でいい話を聞けた気がするが、思い出す前に頭痛がこみ上げる。
ついでに胃からも込み上げるが、それは堪えた。天使の前だ。
「あ、オジサン。おはようございます」
きりたんは俺に気づくと、花が咲くような笑顔を向けてくれた。
子供じみた元気いっぱいと言う感じてはない。どこが陰りがある、庇護欲を駆り立てられる、そんな笑顔だ。
「きりたんがそんな声を出すなんて、珍しくないか?」
「あはは、恥ずかしいところをお見せしちゃいましたね」
そう言って、きりたんは後頭部を搔く。照れた顔も素敵だ。
「調子を崩したのがいましてね。大人しくしてるように言ったんですよ」
それにしては、姉に言うような口調ではなかったが。
まぁ、人の家のことに、嘴を突っ込んではいけないな。
「まぁ、なんだ。あんまり叱っても仕方ないぞ」
「でも、あんなんでもお酒を飲めるだなんて…」
何か思い出しそうだけど、やはり込み上げるのは胃液だ。
「酒に関しては、俺も人の事を言えないからなぁ」
「兄さ… オジサンも、身体には気を付けてくださいね。途中まで一緒ですよね? 行きましょう」
今、きりたんは俺を何と呼ぼうとした!?
俺の横を歩くきりたんを見ても、前を向いたままだ。
強いて言えば、美しい耳が赤いか?
ふぅ、今日も良い日になりそうだ。
(おわり)
御覧の通り、ただただ地味~なオッサンがブツブツと言うだけになりました。
このオッサン、うるさいよ。私の分身なんですがね。
正直、逃避で書いたものですが『兄様』が安易にきりたんに手を出さない理由、それときりたんとの馴れ初めの一つを書けたので、私としては良しと思ってます。
さて!
次からR-18だ!
私や読者の皆さんを満足させられる、実用的な文章は書けるのか!?