ウナ「その割にはすぐに書いたじゃん」
ま、ゲームに興味がなくなって、本当にこれしか書いてないからね。
仕事してるかチャットしてるか、小説書いてるかだ。
ウナ「仕事中も妄想してるから、チャットか小説じゃないか」
妄想できればいいんだがな!
足を引っ張られてるか、後輩とバイオレンスな会話をしてるかだよ!
ウナ「ちょっと表現がオーバーな気がしたけど、読み返すとそうでもなかったね」
俺としてはまだ気になるけど、こんなもんかなぁ。
ウナ「そこはほら、創作だって事でさ」
ひとしきりふざけて笑い合った後、私は兄様に疑問をぶつけてみることにしました。
「あの、兄様。聞いてもいいですか?」
「構わないよ。きりたん相手なら身長体重スリーサイズでも、預金残高でもキャッシュカードの暗証番号でも教えるよ」
さらっと危ない答えが返ってきました。そこまでは怖くて聞けませんよ。
兄様は笑った後、無言で私を見つめてきます。
少し話してて判ったのですが、これは兄様が人に話を促す癖なのです。
そのまま兄様は、待ってくれています。
「私みたいな、エッチな小学生って…… 嫌じゃないんですか?」
言いながら、私は俯いてしまいます。
変だというのは自分でも判ってます。できる場所が少ないから回数が少ないだけで、出来るのなら毎日でもエッチな事をしてしまうでしょう。
「そんなにエッチかな?」
兄様はいつもこうです。
質問をするとまずは直接は答えないで、周りから埋めて行ってくれます。
「でも……」
「まぁ、回数とかどんな風に、って言うのは判らないし聞かないけど、そういう事をするのは普通だぞ。むしろ、興味ない方がおかしい」
本当に何でもない、例えば何で海が青いのかを答えるかのように、兄様は自然に返してくれます。
そして私の頭に、硬くて大きい手をのせてきます。
「まぁ、君たちは今が身体が変化していく頃だ。これまでと変わるから戸惑いはあるだろうね。でも、みんなそうなんだ。君一人じゃない」
私は頭を撫でられながら、兄様の話に耳を傾けます。
本当に優しい、恋人に愛されているって気持ちになってしまいます。付き合ってませんけどね。
「だから俺は君を笑わないし、バカにもしない。大丈夫。俺は君の味方で居続けるよ」
女たらし…… こんな事を、イタコ姉さまにも言ってるのかな? 兄様、イタコ姉さまとお酒をよく飲んでるし。
出来れば私にだけ、こういうことを言って欲しいです。
ずん子姉さまもイタコ姉さまも好きですけど、兄様だけは譲れません。
そんな気持ちを持つようになったきっかけはそう、あの日からでした。
「良いか、東北。ウナの事は心配いらないからな。ちゃんとご飯は食べるんだぞ。夜更かししないんだぞ? 朝と夜には歯を磨いて、夜には寝て、朝は早く起きるんだぞ?」
車の窓から両手を出して、音街は私の手を握ってそう言ってきます。
その顔は泣きそうで、思わずこっちも泣きそうになってしまいます。
「良いか、東北。隣のおじさんに変な事をされそうになったら、防犯ブザーを鳴らして遠くに投げて、大きな声で叫ぶんだぞ」
私の手を握る音街の力が強くなっていきます。
「ちょ!? 音街!? ギブ! ギブ!」
痛みに耐えかねて、私は手を音街の手の中から抜きました。
「そろそろ冗談はやめてください。お仕事に行くんでしょうに、なんでこんな二度と会えないみたいに言うんですか」
「あはは。演技の練習練習。でも、最後のは本当だぞ」
まったく、学校が終わってそのまま仕事に行く音街を見送ったら、こんな事になってしまいました。
音街とは仲がいいので、私は身の回りの話も良くしています。
自然と、この前隣に越してきたオジサンの話も言ってあります。あの部分はボカしましたけどね。
あのオジサンとは何度か顔を合わせましたけど、あの時の事を蒸し返す様子もなく一言二言会話して、たまにオジサンが面白いことを叫んだりしてるくらいです。
「お暑ぅございます」なんていつもと違う低い声で言われると、ついつい笑ってしまいます。
何も危ないことはなく、楽しいことが一つ増えました。
「大丈夫ですよ。意外と面白い人ですから」
「そう言って世間知らずの東北を騙して、部屋に引っ張り込んだりするんだぞ。気を付けろよ」
「世間知らずって、そこまでじゃないですよ。音街、時間は良いんですか?」
「う~ん、あと5分~」
「目覚ましじゃないんですから。運転手さん、音街をお願いしますね」
「と~ほくぅ~、またなぁ~!」
走っていく車から乗り出して、音街は手を振ってきます。危ないですってば、もぅ。
曲がり角で見えなくなるまで私も手を振りました。
さて、業務用スーパーに行かなきゃ。イタコ姉さまに買い物リストを渡されてたんでした。
我が家は貧乏ではないですが、裕福には程遠いんです。
何せイタコ姉さまの本業のイタコ業は、収入は良いけどいつ仕事があるか判りませんし、副業にしてる霊能者も同じです。
ずん子姉さまもバイトをして、家計を助けてるくらいです。
だから貯蓄は十分にあるようですけど、節約しないといつ路頭に迷うかって生活なんです。
私はかなりの距離を歩いて、業務用スーパーに向かいました。
いつ雨が降るか判らないような曇り空です。幸いにも雨は降りませんでしたが、帰りはどうでしょうね?
重い荷物を持って傘を差すなんて、私は嫌ですよ。
私は入口のアルコールで手を除菌して、そのアルコールで買い物かごの持ち手も除菌します。
って、あそこで冷凍の野菜を覗き込んでるのは……
「こんにちわ。こんな時間に買い物ですか?」
お隣のオジサンでした。いつも黒い服だから、目立って判りやすいですね。
顎に手を当てて悩んでたオジサンですが、私を見て笑顔になりました。
「おぉ、その声はわが友、李徴子ではないか」
「オジサン、ネットのネタですか」
残念ながら、私にはよく判りません。
「そりゃ残念。きりたんも買い物?」
「はい、姉に頼まれまして」
「OK、ちょっと待ってくれ」
と、オジサンは携帯を取り出して、電話を掛けます。この流れで誰でしょうか。
「あ、うん、今大丈夫? きりたんに業務用スーパーで会ったんだ。だからまたシェアしないか? うん、うん。いいよ、今度何か作ってくれれば。それじゃお仕事? 頑張ってね」
そして携帯をしまって、ちょうど近くに積んであった山に自分の買い物かごを戻します。
「許可は取れた。買い物しようぜ」
「イタコ姉さまですか? いつもありがとうございます」
話の流れからして、またオジサンと食材を分け合うことになったようです。いくら安くて量が多いと言っても、良いんですかね?
聞いてみたら、別けてもその方が安いそうです。
「それに、俺一人じゃ食いきれないで腐らせちまうんだよ」
とオジサンは苦笑しました。と言うか外見からはそう見えませんけど、お料理するんですね。
それからオジサンは慣れた様子で、買い物をしていきます。引っ越してきて、そんなに経ってないんですよね?
サッカー台で買ったものを袋に詰めると、結構な量になってしまいました。
豚肉だけで1kgはありますし、他のものだって足せばかなりの重さです。
これを持って遠い道を歩くと考えると、嫌な気分になってしまいます。
ところがオジサンはさらに段ボールを貰うと、それも持ってお店を出ました。段ボールなんてどうするんでしょう?
「それじゃ、帰ろうか」
同じアパートのお隣さんだから、帰り道は一緒のはずです。なのに、オジサンはお店の裏手に向かいます。
まさか、そんなはずないですよね……?
私は防犯ブザーに指を掛けて、オジサンの後ろをついていきます。その先には……
「見せたことはなかったかな? これが俺の愛車、ドラッグスター・キャリアカスタムだ」
オジサンが満面の笑顔で示す先には、低い、長い、大きいって感じのバイクがありました。
黒くて悪そう、後ろから上に伸びてる棒みたいなのは何でしょうか?
オジサンは段ボールを足元に置いて、買った物の袋を入れました。
そしてそのままにして、バイクの後ろの棒に巻き付いていたベルトを外します。そして後輪の上のカバーに段ボールを載せて、ベルトで段ボールを棒に固定しました。
「これがあるからキャリアカスタム、荷台改造なんだよ」
そう得意気にオジサンは笑顔を向けてきます。その時の笑顔は私よりもさらに幼い、子供が宝物を自慢するような笑顔でした。
嫌味の無い、思わずつられそうな笑顔。女の子のなら音街や姉さまたちのを見てますけど、男性の笑顔だと、そんなのを見たのはいつぶり…… いえ、初めてかも知れません。
「ランドセルはどうする? CCバーに下げてもいいし、後ろに乗れば膝の上にも載せられるだろ」
「落ちたら嫌ですので、膝の上にします」
「OK。それじゃランドセルを背中から下ろして待っててくれ」
オジサンはヘルメットを被り、バイクにくっ付いてたもう一つのヘルメットを外して私に持たせました。
「被り方は判る?」
「う~ん、なんとなく」
そのまま被ると、頭の包丁飾りが邪魔になりますね。
私は包丁飾りを外してポケットに仕舞い、ヘルメットを被りました。サイズも丁度いいですかね?
少し頭を振っても、ヘルメットはガタつく様子はなさそうです。
私がヘルメットを確認している間に、オジサンはバイクの下の方を指で持って、出っ張りみたいなのを増やしてます。
「俺の予備のメットだけど、サイスは良さそうだね」
そう言って、どれくらい重いのでしょう。オジサンはバイクのハンドルを持って起こし、スタンドを蹴って上げます。
そして後ろにバイクを下げて、走り出したい方に向けて、まず自分が跨りました。
「無駄な知識かも知れないけど、バイクの後ろに乗るときは運転手が先だ。後部座席が先に乗ると、コケたら怪我するからね」
「そうなんですか、覚えておきます」
「それと普通のバイクなら、運転手に抱き着くようにした方がいいぞ。そうじゃないと事故しやすくなる。こいつは安定性抜群だから、俺の肩に手を置くだけで良いけどね」
「そうなんですか」
バイクの後ろに乗るのは初めてなので、素直に言う事を聞いておきましょう。
車じゃないのは疲れそうですけど、歩いて帰るよりは疲れないはずですし。
「それじゃ、ここに足を掛けて跨って。右足も似たようなのがあるから、そこに足を載せてね」
と、さっき引っ張り出した出っ張りを指さします。後ろの人が足を置くところだったんですね。
言われた通りに出っ張りに左足を掛けて、跨りました。
片手で持っていたランドセルを、膝の上に落ち着かせます。
これで走り出すのかと思ったら、オジサンは私の右足を見て指を差しました。
「ここは踏むなよ? 排気が通るから熱くなるんだ。靴底なんてすぐに溶けるぞ。つ~か、レインコートは溶けた」
うんざりしかけたけど、溶けたと聞いてびっくりしました。やはりバイクって、危ない乗り物なんですかね?
正直な話、車で良いような気がします。と言いますか、バイクの良さが判りません。だって、車に乗るときはこんな注意をされたりしないでしょう?
この際だから私は聞いてみました。
「まだ気を付けることはありますか?」
「いや、後はないよ。強いて言うなら、俺に抱き着くなよ? 女の子に抱き着かれたら慌てて事故るぞ?」
「はい?」
今、なんか変な事を言われましたよね?
「それじゃ、出発するぞ!」
キュルンと言う音、続いてドルンって感じのエンジン音がして、周りの音をかき消しました。
バイクに興味はありませんけど、何かわくわくしてきます。
何かこう「今から動くぞ」って感じが、気持ちを楽しくさせてくれます。
オジサンの肩に乗せた手から腕が動く感触が伝わってきて、バイクはゆっくりと走り出しました。
最初はゆっくりと、そしてすぐに周囲の車とスピードを合わせます。
流れる風景に感じる風、耳から飛び込む風の音とエンジンの音。すべての刺激が楽しく感じます。
これが、バイクなんですか。
スーパーからアパートまで近いのが残念に思えるくらい、バイクの後ろは楽しかったです。
降りるときは私が先で、次にオジサンが降りました。
アパート前の車道で降りて、オジサンは駐輪場にバイクを止めます。
「ありがとうございました。すごく楽しかったです!」
停めたバイクから荷物を下してるオジサンに私は声を掛けました。
後ろの棒のベルトを締め終わったオジサンが振り返ると、またさっきの子供のような笑顔でした。
「気に入ってくれたか! それはこっちも嬉しいよ。自分が好きなものを理解してもらえるって、やっぱり良いもんだな」
すごく嬉しそうな笑顔で、こっちまで笑顔になってしまいます。
「さて、雨が降らないうちに帰ろうぜ」
と、オジサンは荷物を持って階段を上がります。
あれ? 荷物ってかなり重かったですよね? オジサン、片腕で抱えてません? 反対の手には2つのヘルメット……
オジサンの部屋の方が階段に近いので、そこで別れます。
「それじゃ、食材は解凍して分けて持っていくから、また後でね」
「はい、ありがとうございました」
手を振るオジサンに、私は頭を下げました。まだ髪飾りを付けてないので、私の長い髪が垂れ下がりました。
オジサンが部屋に入ったので、私もポケットのカギを探りながらドアに向かいます。
そしてカギを…… あれ?
反対のポケットを探りますけど、やはりありません。
やだなぁ私、カギをランドセルに仕舞うはずが…… ありませんよね。
落としちゃいましたか!? それならどこで!?
私は覚えてる限り、記憶を探りました。
朝、学校に行く支度をしてる私。確かちょっと遅くなって、迎えに来てた音街を待たせてたはずです。
『とーほくー、まだか~?』
『もうすぐ! あと30秒待ってください!』
『きりちゃん? 今日はわたくしは仕事でもんちゃんも一緒、ずんちゃんもバイトがありますから、カギを持って出てくださいね』
『判りました、行ってきます!』
と、靴を履いて玄関にあるカギを…… 取ってません!
見えるはずがありませんが、ドアの向こうにカギがあるのは確かです。
私の前にずん子姉さまが家を出て、後にイタコ姉さまが出てますから、イタコ姉さまは知ってるはずですけど、何か手は打ってくれてるでしょうか?
そう、例えば郵便受けに…… ありませんでした。
ついでに要らない広告は捨てておきましょう。
「はぁ、どうしましょうか」
とりあえず、ヘルメットを外して下ろしたままだった髪を、ツインテールに結び直します。
その間に雨が降ってきました。
大粒の雨が色んなものに当たり、バラバラと音を立てています。
風も吹いてきて、急に気温が下がった気がします。いえ、下がってます。
イタコ姉さまは、ずん子姉さまは何時に帰るんでしたっけ?
そうしている間にも、私の身体はどんどん冷えていきます。
私はやれることもなく、何もできないまま、アパートの小さい軒先に身を寄せるだけなのでした。
私としては、かなり時間がたったと思います。
隣の部屋のドアが開いて、オジサンが出てきました。
「降ってきたか、ってきりたん!? 何してるんだよ!?」
「いや、その……」
オジサンの強い口調に、私は思わず口籠ってしまいます。
その様子を見て何か感じたのか、オジサンは口調を優しくしてくれました。
「いや、怒ってないよ? ドアを開けたらきりたんがいて驚いただけだよ。なんで外にいるのさ?」
良かった、怒られるのかと思ってしまいました。
私は安心して、オジサンに説明しました。
「それなら俺の部屋をノックすれば良かったじゃないか。頼ってくれていいんだぜ?」
「いえ、それは迷惑かと……」
「頼られて嬉しくても、迷惑と思う奴は…… 居るにはいるか。俺はそっちじゃないから安心してくれよ」
と、オジサンは私に言い聞かせるように、そう言って自分の部屋のドアを開けます。
「入んなよ。片付いてないけどさ」
「良いんですか……?」
「良くなかったら招かないって。入った入った。あぁ、冷えちゃってるじゃないか」
オジサンは私の手を取って、軽く引っ張って招いてくれます。オジサンの手は乾いてて硬くて、そして暖かい手でした。
「それじゃ、お邪魔します」
こうして私は、オジサンの部屋に初めて入りました。
隣同士だから間取りなんかは変わりませんが、家具とかで随分とイメージが違います。
入ってすぐの台所にはスチールラックが置かれて、食器や常温で大丈夫な食材が置いてあります。
台所なんかはあんまり変わりませんが、オジサンのところはIHクッキングヒーターでした。
私が玄関から眺めてる間に、オジサンは手に持ってた袋を冷蔵庫に仕舞いました。うちの分の食材でしょう。
「何してるんだよ。ほら、上がった上がった。リビングの方に行っててくれ」
「はーい」
私をリビングに行かせといて、オジサンは台所に残りました。
そこから顔だけ覗かせて「紅茶とコーヒー、ウコン茶とローズヒップティー、どれがいい?」と聞いてきました。
「えっと、こ、紅茶で」
「そんじゃ、ミルクティーで良いね。椅子は一つしかないから、それに座っててくれ」
「判りました」
と言われた椅子はパソコンデスクの椅子です。壁にくっ付いた棚にパソコンが置いてあって、それに向かい合うように椅子がありました。
私は椅子に腰を下ろして1/4回転させました。これで部屋の中が見渡せます。
窓際にはカラーボックスが置いてあります。服とかはその中でしょうか? その上には何かの鉢植え、意外ですね。
窓の外はうちと一緒で雨戸が閉めてあって、大粒の雨がバタバタと音を立てています。
「あんまりじろじろ見ないでくれよ、恥ずかしいじゃないか」
そんな声がして振り向くと、オジサンがマグカップを持って立っていました。
「あ、済みません……」
つい好奇心で眺めちゃいましたが、あんまり眺めるのは失礼ですよね。
「ほら、紅茶を淹れたから温まりな。5月でも雨が降りゃ寒いからな」
オジサンは私の横から、テーブルにマグカップを置いてくれました。
「頂きますね」
実は身体が冷えていて、目の前で湯気を立てるミルクティの魅力には逆らえませんでした。
私は声を掛けて一口すすります。
「熱っ」
特にすごく美味しいとか、変わったところがある訳ではありません。
でも、寒いと外にいて冷えた身体には、とても嬉しい熱さでした。
「ふ~っ」
思わず声が漏れてしまうほどです。
私はマグカップを吹いて冷まして、更にすすります。
「ありゃ、イタコさん、出ないなぁ」
と、隣のオジサンは耳から離した携帯を見ています。イタコ姉さまに電話してたのでしょう。
でも、お仕事にずんだもんまで連れて行ったのですから、厄介な事になってるのでしょう。
「イタコ姉さま、もしかしたら今日は帰ってこないかもしれませんね」
「何ぃ!?」
私の呟きに、オジサンは驚いて大きい声を出しました。
「あ、ずん子姉さまはカギを持って出てるはずですから、済みませんがそれまで居させて貰えれば……」
「いや、迷惑とかじゃなくてさ、小さい子を部屋に連れ込んで、その、えっと」
え? 小さい子? もしかして私の事ですか?
意外な言葉に、私はオジサンを見上げて見つめてしまいます。
「オジサン、私は幾つだと思ってますか?」
「え?」
私が聞くとオジサンは目をちょっと開いて、私を見ては横を見て、私を見ては上を見て、すごく回答に悩んでるようです。
「う~む……」
なんでそんなに悩むんですかね。見た目通りに言ってくれればいいのに。
しかし、その見た目通りに答えてくれた結果は、私も驚きました。
「9…… いや、10歳……?」
「え!?」
「違った!? わかんねぇよ! 女性の歳なんて!」
オジサンは外した言い訳を必死にしてきます。
「俺は女性の歳は口にしないようにしてるんだよ! 当てても外しても碌なことにならないからな! それに女性は化粧で化けるんだぞ! 年齢なんて軽く10歳は誤魔化せるわ!」
必死に言い訳するオジサンを私が眺めてると、オジサンも見つめ返してきます。
「その…… なんかごめん」
変な謝り方をされました。でも、すごく年上なのに素直に謝るなんて変な人です。
「ふふっ、私は5年生で11歳ですよ。そう見えませんか?」
何か焦ってるオジサンに笑い返すと、オジサンは焦りながらも落ち着いてくれました。
「そっかぁ、11歳か~。覚えておくよ。うん」
私はこの歳にしては小さすぎますし、中学年に交じっても判らないでしょう。ちょっと意地悪でしたかね?
あ、そう言えば厄介なものがランドセルに入ってるんでした。
私は足元に立てたランドセルから紙を取り出して眺めました。
「済みません。これ、捨てていいですか?」
と、一応聞いてみます。紙の一枚くらい構わないと言いそうですけどね。
「構わないけど、それは親御さんに……あっ、ごめん」
「捨てていいですよね?」
「じゅん子さんは無理としても、イタコさんは?」
「あの耳があるじゃないですか。あまりそういう場には出たがらないんですよね」
と、私は頭の上で手を伸ばして、ピコピコと動かして見せる。
「あの耳は一体…… いや、本人に聞くよ」
「そうしてください。私たち姉妹には来てくれるような大人の人はいませんからね」
オジサンの目を見ながら、私は事実だけを述べます。
しばらくオジサンも、私の目を見つめていました。
そして……
「ぼくちゃんちゃい」
は……?
たっぷりと5秒間は見つめ合ったでしょうか。
「ぷっ……!」
私は吹き出しました。
「あはははは! なんですかちゃんちゃいって! あははは! ちゃんちゃい! ふふっ!」
つられたのかオジサンも声を出して笑ってます。
しばらく笑い合って、変な緊張がなくなったときに、オジサンが真顔に戻って言います。
「俺じゃ、頼りにならないかね?」
と自分を指さして言います。
「そんな、悪いですよ。ただのお隣さんなのに」
「それを言われると痛いなぁ」
オジサンも台所から自分のマグカップを持ってきて、観葉植物をずらしてそこに座ります。
そして一口飲んでから、「この際だし枯れ木も山の何とやら、いないよりは俺みたいなんでもいた方が良いんじゃねぇの?」
一理あるかも知れません。
でも、小学校の授業風景なんて見ても面白いもの…… あっ!?
まさかこのオジサン、やっぱりそういう趣味があって!
「いや、無理にとは言わないよ。いろんな事情があるんだろうからさ」
あれ? 私が考えていると、オジサンは意見を引っ込めてしまいました。
そういう趣味の人なら、もっとグイグイと来てるでしょう。本当に親切心なのかも知れません。
でも、私にも大人の関係者がいると判れば、バカ男子たちも大人しくなるかも……
「面白いものじゃありませんよ? 多分」
「そりゃそうだろう。それじゃ、俺で良いって事かな?」
「良いんですか?」
次にオジサンが言ってくれた言葉は、私が初めて言われるものでした。
「甘えて良いんだぜ。少しは大人を頼ってもいいんだ」
甘えても…… 良いんですか……
今まで周りに、頼れる大人なんていませんでした。
それこそが私たち三姉妹が、故郷の東北を離れてここにいる理由です。
誰にも頼れず、甘えられず、私はまだ姉二人がいますけど、イタコ姉さまはどれだけの苦労をしたのでしょうか。
目の前のオジサンは、頼っても、甘えても良いと言うのです。
私の頬を、暖かいものが伝い落ちました。
「きりたん?」
止めようと思っても止まりません。涙が次々に溢れて流れ落ちていきます。
甘えて良いんだ。頭じゃなくて心で理解できた私は、子供のように声まで上げて泣いてしまいました。
でも、オジサンは呆れたりしないでしょう。判ります。判るんです。
涙で歪んだ部屋の中で、オジサンが慌てて私の方に歩いてきます。
頭でも撫でてくれたら嬉しいのですけどね。
「えっと、俺、何か悪い事を言っちゃった? すまん、その、謝るし出来ることは何でもするから、泣き止んでくれ。判った、授業参観の話もなし、なし。済まなかった」
オジサンは見当違いの事を言ってきます。
「違います……」
私は頭を横に振って応えました。盛大に泣いたから、声も変になっちゃってます。
「あた、頭を、な、撫でて、くだ、ひっく」
私は考えてないのに、口が勝手に言ってました。
「あ、頭を? えっと、こうかな?」
オジサンはおっかなびっくりと言う感じで、私の頭に手を乗せて撫でてくれます。大きい手…… こんなに大きい手で撫でてもらうのは初めてです。
猫が撫でられてる時、嬉しそうにしてますけども、こんな気分なんでしょうか。
鳴るならば、私の喉はゴロゴロ鳴っていたでしょう。
「オジサン、もっと撫でてください……」
「とは言っても、強く撫でる訳にもなぁ……」
あ、わがままを言い過ぎたのでしょうか。オジサンの手が離れて行ってしまいます。
違いました。
私の目の前が突然、真っ暗になりました。
顔が柔らかい、その奥に硬いものがあるものに包まれて、頭の後ろには腕が……
オジサン、私の頭を抱きしめてる?
苦しいので頭を横に向けると、オジサンの右手がゆっくりと動いて、私の頭を撫でています。
私がすっぽりと収まっちゃう、大きい身体。そんなの大きいのに、私を優しく扱ってくれる。
もっと小さい頃は、ご飯を貰えないこともあったのに、大人は私になんて見向きもしないと信じてたのに。
この人はそうじゃない。
私が笑えば一緒に笑ってくれるし、私が泣いたら飛んでくる。
嬉しい……!
もし、こんな人が家族だったら、兄様だったら、私はどれだけ幸せな人生を送れたのでしょう。
でも、今はこんな人がお隣さんで、いつでも頼っていいと言ってくれてるのです。
それじゃこのきりたん、いっぱい甘えちゃいますよ? 良いんですね?
私の兄様……
「済みません、取り乱しちゃいました……」
「構わないよ。落ち着いた?」
「また恥ずかしいところを見せちゃいましたね」
またです。いくら甘えて良いと言われても、さすがに顔が赤くなってしまいます。
今では私は落ち着いて、私は椅子に、兄様はカラーボックスに腰かけて紅茶を飲んでます。
紅茶はすっかり冷めてるけど、さっきの騒動で、それと兄様の体温で私は温まっています。
「それで、授業参観の話はナシにする?」
「もぅ、それで泣いたんじゃないですってば。来てくださいね」
授業参観のお知らせの必要事項を全部書いて、兄様に渡しました。
切り取れるようになっていて、先生に渡す方と兄様が持っていく方、両方に私と兄様の名前を書きます。
そして切り離して父兄が持つ方を兄様に渡しました。
兄様、こういう名前なんですね。私はいつか、この苗字になるのかな……? なんて!
早すぎます。甘えて良いって言われただけなのに! 私、チョロ過ぎますよ!
「で、ここを引っ張って切って…… はい、に…… オジサン! これを忘れたら、不審者扱いされますからね!」
言い間違えそうになって、とっさに声を荒げてしまいました。
「不審者扱いはやだなぁ。そんなの一度で充分だよ」
「あるんですか?」
「ツーリングしてて道を聞こうとしたら、逃げられそうになった。慌ててメット外してサングラス外して『怪しいものじゃありません』って言ったわ」
「そのセリフ、人生で一度でも言う人って少ないですよね」
まったく兄様ったら、ネタに困らない人生を送ってるんですね。
私は切り取った半券? を兄様に渡すと、兄様はそれをパソコンの横にあった小さい引き出しに仕舞います。
「あとは当日、学校に行けばいいんだが…… 少し口裏合わせとくか」
「口裏ですか?」
「流石にね」
そこで兄様は紅茶を一口。
「ないとは思うけど、何か聞かれたときに、俺ときりたんで違ったら困るでしょ。そうだな、俺はきりたんの遠い親戚になるか」
「遠い親戚、ですか。そうなると、呼び方はオジサンですか?」
私も釣られて、紅茶を一口。
「うん、それで良いね。そうだな、たまたま休暇で近くに来てたから、来るように頼んだって事で良いんじゃないかな?」
「休暇ですか。なんのお仕事をしてるんでしょうね?」
そう言えば、私は兄様のお仕事も知りません。そのうちに教えてもらえるでしょうか。
「そうだなぁ」
と、兄様はつぶやいた後、にやりと笑いました。
「どうせなら遊んでしまおう。何年か前からアフガニスタンに行ってたけど、休暇で帰ってきたって言うのはどうだ?」
「アフガニスタンですか?」
何処でしょうかそれは? 聞いたことがあるような無いような。
「うん、知らないくらいで良いよ。かえってその方が面白くなりそうだし、突っ込みも来ないでしょ」
「それじゃ、私は答えられなかったら『知らない』と言えばいいんですね?」
「そうだね。俺の方は出鱈目を答えるよ」
そう言う兄様の目は、面白いいたずらを思いついた子供のようです。
「あとは何か……」
と兄様が言いかけると、階段を上る足音がしました。
このアパートの2階には、私たち姉妹と兄様しか住んでいません。イタコ姉さまとずんだもんは帰ってこないでしょうから、ずん子姉さまでしょう。
「そろそろ戻らないといけませんね」
私が言うまでもなく、兄様も立ち上がって冷蔵庫から食材を出してくれます。
それを受け取って、私は頭を下げました。
「今日は色々とありがとうございました。紅茶、美味しかったです」
「俺も楽しかったよ。それじゃ、授業参観には行かせてもらうね」
「はい。それじゃ行きますね」
玄関で手を振ってくれる兄様に背中を向けて、私は兄様の部屋を出ました。
廊下ではちょうど、ずん姉さまがカギを差し込んでいるところで、ドアの開く音でこっちを振り向きました。
「あら? きりたん、どうしてお隣さんに?」
当然の事を聞かれてしまって、私は頬を掻いて変な笑いを浮かべてしまいました。
「いやぁ、カギを中に忘れてしまいまして。廊下に居たところをお隣さんに助けてもらったんですよ」
ずん姉さまは私の返答を聴きながら、カギを回してドアを開けます。
「そうなの。その袋はお買い物?」
「はい。業務用スーパーでお隣さんと会って、またシェアすることになったんですよ」
二人で部屋に入りながら話を続けます。
ずん姉さまと話しながらも、心の片隅で兄様は何をしてるのかな? と壁の向こうが気になって仕方ないのでした。
あれから兄様とは、朝に会って話をして私は登校する、兄様は仕事に行くという日が続きました。
兄様は「良く会うなぁ」と言いますけど、それはそうです。私が合わせてるんですから。
玄関前で会って、階段を下りながらのお喋り。1分もない時間ですけど、私には大切な時間です。
たまに音街が迎えに来たりしますけど、私はなるべく兄様と話をするようにします。
音街とはその後に話せるのですから。
音街は「あのオジサン、東北の事を狙ってないか?」とか怪しんでますけど、そんな訳ないでしょう。
兄様がいくつか知りませんが、親子ほども歳が離れてるのです。私なんて相手にしてもらえないでしょう。
そして音街の言葉を否定しても、噓ではありません。えぇ。
兄様が私を狙ってるのではなく、私が兄様を狙ってるのですから!
そんな日が続いて、授業参観当日になりました。
でも、他の子の親が教室の後ろに並んでも、兄様は来ませんでした。
来てくれなかった? いえ、兄様はそんな人じゃありません。だとすると来れなかった?
家族ではないことがバレたのかもしれません。
私は授業なんて聞いていられず、何度も後ろを確認してしまいました。
そんな事をしてると怒られそうなものですが、隣同士、席の前後で大っぴらに話をしてる児童。そんなのは可愛い方です。
授業中だというのに席を立って他の席に喋りに行ったり、馬鹿笑いしたり消しゴムのカスを私に投げてくる男子もいます。
それを指摘もできず、先生はこちらに構わず動画であるかのように、授業を続けます。
授業が始まって数分した頃、後ろのドアが開きました。
「失礼。遅くなりました。東北の叔父です」
兄様の声! 兄様です!
言わないでもいいのに、わざわざ挨拶してます。それもいつもよりも低い、力強い声で。
その声に圧倒されたのか、クラスが静まり返りました。先生までも授業を一旦止めてしまいます。
それもそのはず。兄様の黒いスーツはところどころ突っ張って、中に筋肉が詰まってる事を示していました。
兄様、着痩せする人だったんですね。
私は兄様に向かって手を振りますけど、兄様は真顔で頷いただけでした。
そのまま兄様は目立つ位置で、手を後ろに組んで軍人さんか何かのように立っています。
決して大きい方ではないのですが、事情を知ってる私でも本職ではないのかと疑ってしまうほど威圧的でした。
「おや? お騒がせしてしまいましたか。どうぞ、お気になさらず、授業を進めてください」
また低い、力強い声。
兄様、騒がせてません。静めています。
誰も騒ぎもしないし、声も上がらない。もちろん、立って歩いてた男子までも自分の席に戻って小さくなっています。
学年が変わってから、こんな授業は初めてです。
そんな新鮮な授業は、チャイムと共に終わりました。
この後、父兄会があるはずですが、兄様はそれには参加しないと書類に書きました。ボロが出ても仕方ありませんしね。
でも、せっかく来てくれたんです。
私は兄様に駆け寄って、頭を下げました。
「オジサン、忙しいのにありがとうございました」
でも、兄様は張った背筋をそのままに周りを見渡しながら返してきます。
「いや、構わない。これからも困ったことがあれば、何でも言うと良い」
その声は低くて、でも通る声で、まるで私にではなく周りに言っているようでした。
たまたま兄様と目が合ったバカ男子は、青ざめてお母さんのところに行ってしまいました。
「では、俺はここで失礼しよう。きりたん、また後で」
兄様は素っ気なく言い残して、教室から出て行ってしまいました。
「東北、あれ、いつものオジサンなのか? 何者なんだ?」
それまで遠巻きに見てた音街が隣に来ていました。
「何年か前にアフガニスタンに行って、ついこの間帰ってきたんですよ。たまたま近所に来たから、来てくれるように頼んだんです」
そう言うと音街は何か言いたそうに口を開きかけましたが、私はウィンクで「話を合わせて」と伝えました。
私の言葉が聞こえたのか、教室の中がざわつきました。
「アフガンって…… まだ紛争してたよな?」
親たちの中から、そんな声が聞こえて、更にざわつく教室でした。
兄様、遊んじゃうってこういう事でしたか……
「あの後、色々あったんですよ? 親しくない男子にまで兄様が何者か聞かれたり、意味もなく謝られたり」
「あっはっは……」
二つ目のおにぎりを食べ終わって、兄様は愉快そうに笑います。
「でも兄様、なんであんな威圧的な動きとかできたんですか? それが未だに謎なんですけど」
「ま、それは謎のままで、って事で一つ」
はぐらかしましたね。まったく謎な人です。
それでも私の隣で笑ってる人は、私の味方、私の理解者。私の最愛の人です。
でも、私は兄様のとんでもない秘密を知ってしまったんです。
人に言えない、言ってはいけない、そんな秘密を……
あ、軍人っぽい動きとは関係ありませんよ?
(つづく)
本当は授業参観は別の章にするつもりでしたが、試しに書いたら一晩で書けました。
短いんじゃないかなぁ~、って思ったら案の定、短かったし。
ウナ「あと2章書いて、それから東北さんちと『兄様』が引っ越して、そしたらやっと、ウナきりのエッチかぁ。
オジサン、早く書くんだぞ?」
つ~か、この『兄様』なんの仕事してるんだ?