※この作品はR-18です。

僕のお姉ちゃんは憧れのヒーロー   作:サソリザ

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第1話

 人型ロボットの誕生からさらに先の未来。人工知能に極めて高度な思考能力を与える技術が開発された。

 やがて高機能人工知能“キー・ストーン”を搭載した、完全自律アンドロイドが誕生。キー・ストーンの搭載と「猫の手も借りたい人間を助ける子猫(kitten)」になってほしいという願いをかけて、“キトン”と名付けられたそれは、人間の生活を様々な場面で的確にサポート。人間は煩雑な作業から解放され、快適かつ創造的な生活を心置きなく享受する時代が到来した。

 また、各方面のロボット工学の進歩により、キトンの容姿や動作は人間とほぼ変わらないレベルまで向上。それも相まって、道具を越えた愛着を抱く者も現れ、人間の生活に欠かせないパートナーとなっていった。

 

 しかし、真に人間とキトンが共存していくためには、乗り越えるべき課題も数多くあった。

 キトンをハッキングして悪事を働かせるサイバー犯罪組織。反キトン過激派集団による、違法改造キトンを用いたキトン破壊活動。人間を排除する思考に目覚めたキトンによる反乱……

 かつてフィクションの中で予想されてきた問題が、次々とリアルのものとなっていく。その度に社会は、キトンを用いることへの不安を掻き立てられ、キトンを排除しようとする者と、キトンの可能性を信じ続けようとする者とに分かれた人間たちの争いすら始まっていた。

 しかし、ある1体のキトンが奇跡を起こした。所有者(マスター)からの愛情によって人間の善性を学習し、人格とも言うべきより高度な思考回路に目覚めたのである。さらに、マスターと心を一つにすることで、暴走状態のキトンを元の状態に戻せる武装へと変形する力を得て事件を解決。人々の大きな希望となった。

 それを皮切りに、次々とキトンと心を一つにして悪に立ち向かうものが現れ、いつしか彼らは“英雄猫(トムヒーロー)”と呼ばれる戦士として数々の事件を解決していった。

 また、彼らの雄姿に感銘を受けた各キトン関係企業も手を取り合い、事件再発を防止する機能の開発実装を進めていった。

 そんな中起こった、反人間キトン軍テロ事件。とある家事サポート用キトンが起こしたと言われている、最後にして最大の事件。

 全世界のトムヒーローが団結して立ち向かうことになったその事件は、とある青年の活躍によって幕を下ろした。彼の真正面からキトンと向き合う姿勢。彼とキトンの間にある信頼関係。それを見た人々は、キトンとの正しい向き合い方を学んだ。

 その青年の名は、最初にして最強のトムヒーロー、“ブレイブ・タイガー”こと虎山勇(とらやま いさむ)。

 世界は平和を取り戻し、人間とキトンが真に共存する社会が作られたのである。彼の命と引き換えに――

 

 

 心地よい微睡み。

 人間が感じうるあらゆる不快感から解放されたような、安らかな気分だ。意識を手放す前の満身創痍が嘘のようだ。まるで全身がそっくり生まれたての状態に戻ったような。

 長い眠りの間に、全身の傷が癒えたのか。

 流石に今度こそ終わったと思ったが、俺もなかなかしぶといもんだな。

 

 おっと。こうしてはいられない。まだ生きていたなら、やるべきことがある。

 惰眠との別れを惜しみつつ、意識を覚醒させる。

 しかし、どうしたことか瞼が開かない。睡魔に抗えない様の比喩などではなく、いくら目に、全身に力を込めても身体はピクリとも動かない。例えるならば電源コードが抜かれた機械のような、未知の感覚だ。

 

「おっ! きたきた! 反応アリ!」

「本当!? じゃあ……!」

「あぁ、ついにあいつに会えるぞ!」

 聞き覚えのある男女の声。毎日のように聞いていたはずなのに、どこか懐かしく感じる。随分と長く眠ってしまっていたようだな。

「メインバッテリー起動! 目覚めよ! 我が家の新しい家族……完全独自開発キトン、“ベル”!」

 俺のトムヒーローとしての戦いを支える、ロボット工学の若き天才にして親友、大橋研(おおはし けん)。飄々とした掴みどころのない男だが、人間とキトンの共存社会への情熱は本物だ。こいつが心血を注いで新開発した武器を手に取れば、どんな苦境でも跳ね返せる希望が湧いてきたものだ。

 そういや最終決戦の前夜、平和な世界が実現したら自分のために作りたい新しいキトンについて語っていたっけな。メイド、ナース、バニーガール、巫女……あらゆる衣装を着こなす究極の女性コスプレイヤーキトンだったか。俺は正直引いてしまったが、夢を語るこいつはとても楽しそうだった。開発のこともコスプレのこともあまりよくわからないが、俺も少しは協力してやるかな。

「もう、こんなに寝坊しちゃって。……ずっと……待ってたんだから」

 幼馴染である河瀬梅子(かわせ うめこ)の涙ぐんだ声。昔から世話焼き気質で、ちょっと無茶してケガして帰ってくるたび大騒ぎしながら手当てしてくれた。

 トムヒーローになってからも、戦いから戻るといつも真っ先に駆けつけてくれた。お節介なところもあるけど、その優しさに何度も救われてきた。母親を早くに亡くした俺は、こいつに母性に近い感情を抱いていた気がしている。もちろん決して面と向かっては言えないが。……ともかく、今回も心配を掛けてしまったな。

 大事な仲間たちの声を聞いたおかげか、先程の奇妙な脱力感が嘘のように力が湧いてくる。さあ、完全復活だ。

「お帰り……勇、もといベルちゃん」

「って、さっきから誰だよベルって」

 ……何とも締まらないヒーロー復活の第一声となってしまったな。

 

 って、ちょっと待て。このやけに高い声はなんだ。それも寝起き特有の掠れ声などではなく、むしろどこまでもクリアな耳触りのいい声。

 そこで別の違和感に気づく。胸についた柔らかな重み。両手――これまた俺のゴツゴツした古傷だらけのそれとは別物の、細くしなやかなものになっている――で恐る恐る触れる。

「っ!?」

 ノースリーブのインナーウェア越しの、ふにふにとした柔らかい“それ”を触る感覚に触られる感覚。双方向からの触覚に脳を揺さぶられ、思わず声が出てしまう。男の胸とは決定的に違うそれは――

「おっぱい……? ってえええええ!? スマン! 触ったのはわざとじゃなくて――って俺についてる……? っておい! う、嘘だろ!?」

「ロボット、それも女性型キトンの声でそんな単語を聞くのも新鮮だね~。しかしその反応、姿が変わっても中身は変わらないようで安心したよ」

「あんた昔から女の子が苦手だったからね~。これからその身体で生きていくんだから、ちゃんと慣れなきゃダメよ?」

 動揺収まらぬ中、鏡を見せられる。そこに写るのは、目を見開き、ぽかんと口を開けた、18歳前後の女性。これが自分の顔だと俄には信じられず、両手でぺたぺたと触れる。それに合わせて、どこか作り物めいた美貌が撫でまわされ、視界の中で桃色の艶やかな髪が揺れる。

 よく見ると、首には黒いチョーカーが巻かれている。そこには、猫の手を象ったキトン設計規格合格マークが。

 

「どうだい? 新しい身体は気に入ってくれたかな?」

「やっぱり動くと可愛いわね~。しかも中身があのガサツな勇っていうギャップがなんかドキドキしちゃう。ヤバ……何かに目覚めそう……」

「あぁ、予想以上の破壊力だ。フフフ……自分の才能が恐ろしいよ」

「今回ばかりは同意見だわ……!」

 困惑する俺を置いてけぼりに会話を進める二人。

「お前ら……どういうことだこれはぁぁぁぁぁーーーーー!」

[newpage]

「じゃあ落ち着いたところで、あの日の話をしようか」

 

「長い話になるからね、まあお茶でも飲みなよ」

 梅子に促され、湯飲みに口をつけると、緑茶の渋みと香りが広がった。だがこの液体も、キトン用のオイル(機能上必須のものではなく、実質ただの嗜好品らしい)であり、味覚や嗅覚も疑似的に再現されたものであると知ると複雑な気分である。

 あの日、唯一無二の相棒であるキトン“アミ”と共に、反人間キトン軍の総指揮機体である“クイーン”と対峙した最後の戦い。お互いの信念をぶつけ合う決戦の末、俺たちは勝利した。

 今まで出会ってきた絆全てを糧に戦う俺たちの姿に、クイーンは人間を共に歩むべきパートナーだと判断。キトン軍の解体の命令を下した。

 だが死闘に次ぐ死闘により、俺たちは限界を超えていた。

 許容量を超えるエネルギーと機体への損傷によるクイーンの大爆発。既にボロボロだった俺もアミも避難できず、爆発に巻き込まれてしまった。

 俺の記憶はそこで途絶えていた。

「僕たちが駆けつけた頃には、すでにアミもクイーンも原型をとどめていなかったし、君もほぼ焼死体同然の状態だった。しかし、奇跡的に君の人格データだけは抽出できるだけの脳がかろうじて残っていたのさ」

「ちょうどアミちゃんがあなたに覆いかぶさるような姿勢で倒れてたの。だからきっと……」

「そうか……最期まで俺のことを……」

 俺は知らない間に、またアミに助けられていた。それと同時に、彼女はもういないことを実感してしまう。瞳からは涙のような液体がこぼれ始めるも、これもそれらしく再現された、この機体の機能でしかないと思うと、少し虚しい気分になる。

「僕たちは彼女の遺志を尊重し、君とシンクロ率が極めて高いアミとクイーンの機体をベースにキトンとしての肉体を用意して、そこに君の人格データを転送することにしたわけさ。でも、何しろ人間の人格を完全にキトンに移植するなんて前代未聞だ。本当に苦難の連続だったよ!」

 苦労したという割には楽しそうな顔で語る研。

「アミとクイーンを元にしたのはわかったけど、何で律儀にその……女型キトンの身体になるんだよ?」

 男として当然の疑問を呈する俺。

「下手にアミとクイーンのベースを弄るとシンクロ率に支障が出るかもしれなかったしね」

「それに、彼女たちが生きていたってことを、どうしかして遺したかったっていうのもあるし……」

「でも、一番理由は」

「やっぱり……」

「「可愛いから!」」

 ノリノリで声を合わせる研と梅子。しんみりして損した気分だ。それに気に入らないことがひとつ。

「お前ら、俺が眠っている間に随分と仲良くなってやがるな」

「そりゃ僕たち夫婦だからね」

「……は?」

 さらっと明かされたが、俺をキトンとして復活させる研究の間にしれっと結婚していたらしい。

「まぁ新しい人生なんだし、いっそ前世とは全く違う見た目の方が楽しいんじゃない? 美少女ライフ楽しんじゃいなさいよ~」

 呆れ顔になる俺の頬をぷにぷにと突く梅子。その指には確かに指輪が嵌められていた。さらに、ゆったりとしたセーターから双丘がちらりと見え、思わず目を逸らす。その様子がおかしかったのか、顔を緩ませながらさらに頭を撫でてくる。

 いつの間にか年齢を重ね大人の色気を備えていた幼馴染が、まるで女同士のような距離感で気安く接してくる。確かに見た目はそうだとはいえ、精神は男のまま。不覚にもドキドキしてしまう。

「真面目な話、君は世間的には自らの命と引き換えに世界を救った伝説のトムヒーローだ。下手に昔のままの姿で現れると、大騒ぎになるだろうね。外見をガラっと変えた方が、誰にも気を遣わず楽に過ごせる。僕たち夫婦は、実に合理的な判断に基づいてそのボディを設計したんだよ」

 キザったらしいポーズで眼鏡を上げ、得意げに語る研。こいつは多少無精髭が増えたくらいで、見た目も中身もまるで変わっていないようだ。

「まぁ、大体の状況はわかった」

 澄んだ高い声には未だ違和感を拭えないが、事情はだいたい飲み込めた。

「…………」

 改めて、鏡の中の美少女をまじまじと見つめる。この顔の元になった2体の姿が脳裏に浮かぶ。

 設計ミスによってキトンにあるまじきドジ娘アンドロイドとなっていた、家事サポート用キトンのアミ。ポンコツながら何事にも前向きで一生懸命な姿が、日常でも戦いでも大きな心の支えになっていた。俺の大切な相棒だ。

 同じく設計ミスを抱えた家事サポート用キトンだったが、元マスターからの虐待をはじめとした人間の悪意を学習したことから人間への反意に目覚め、「女王」として反乱軍を作り上げたクイーン。戦いを通して、人間とキトンが共存できる可能性を信じてくれた。

 そんな2体を足して二で割ったような顔立ちを見ていると、この身体を悪く言うのもどこか気が引けてしまう。

「君たちが手に入れた理想の未来だ。彼女らに代わって、その身体で未来を見届けるのも悪くないんじゃないか?」

 曲がりなりにも命の恩人であるのをいいことに、何ともズルい言い方をしやがる親友。

 研、梅子、アミ、そしてクイーン。みんなが繋いでくれた命。そう思うと、この身体での新しい人生というのも、悪くないと思えてきた。

 こうして俺の、新たな生活がスタートした。家事サポート兼お姉ちゃん用女性型キトンの身体には戸惑いだらけだが、みんなで作った平和な世界、存分に楽しむことにしよう。

 

 ――「お姉ちゃん」なる意味不明な仕事もインストールされていることを自らに内蔵されているAIで認識し、一抹の不安を覚えながら……

[newpage]

「トムヒーロー・コロシアム大会、ジュニア部門にエントリーされる方はこちらへどうぞー!」

「あそこだって! 行こう! ベル」

「待ってくださいですユウジ~! まだ受付締め切りまで時間はあるですよ~!」

 受付を担当するイベント運営用キトンの声を聞き、少年はあどけない笑顔を一層輝かせ駆け出す。それにつられて俺も慌てて駆け出す。緊急時以外は外見相応にセーブされている脚力では、油断すると置いて行かれかねない。

 大きく足を踏み出したその時、向かい風が吹いてくる。「お出かけするならこれ着てみてー!」梅子に嬉々として着せられた余所行きファッションのミニスカートが、ひらりと捲れる。

「きゃっ!?」

 反射的に可愛らしい悲鳴を上げつつ、片手でスカートを押さえてしまう。その瞬間――

「あっ」

 出力に応じて的確なステップを刻むはずのボディは何もない場所でつまずき、バランスを崩し派手に転倒。どうにか受け身を取ることができたが、顔面をしたたかに打ち付ける。研の野郎、アミの欠点まで忠実に再現しやがって……。

「う~……痛いです~……」

 目を潤ませながらつぶやく。当然の如く仕草や口調まで引き継がされており、ワイルド男子を自負する俺は鋼鉄の着ぐるみの中で羞恥に悶える。

「大丈夫!? ほら、立てる?」

 慌ててUターンしてきた少年は、右手を差し出し掴むよう促す。ただでさえ子供の頃の梅子そっくりの顔なのに、そんな心配顔をされるとますますあいつの生き写しかと錯覚してしまう。

 

 大橋勇児(おおはし ゆうじ)。俺にあやかったという何ともこそばゆい名前のこの少年は、研と梅子の息子。俺が眠っている間に結婚だけでは飽き足らず子供まで授かっていたとは。いや、死人に口なしということで割り切っているので、そこは別にいいのだが。せめて初日に教えてくれなかったものか。

 そして、「お姉ちゃん」なる用途を追加された俺に与えられたのは、この少年の姉として教育係を務める役割だった。

 サラサラで少年にしてはやや長めの髪、これまた長い睫毛、全体的に柔らかい印象を与える母親譲りの顔のパーツ。体つきをよく見れば男児だとわかるが、恐らく顔だけではは7割くらいの人は女児だと思うのではないか。

 この少年の面倒を「お姉ちゃん」として、中身が男だと隠しながら――そもそも研と梅子以外の前では「生前」についての情報は一切話せないようロックがかけられている――面倒を見るのが俺の仕事なのだが、やはり相当気恥ずかしいものがある。

 せめて「お兄ちゃん」だったらと、何度思ったことか。

 しかし幸いなことに、勇児自身は、純真で心優しい性格だった。俺が人工の女体に日々悶々として過ごす姿を楽しんでいるどこぞの両親から生まれたとは思えないほどに。

 

 新しい生活が始まってから1か月。

 慣れない身体での生活はトラブル続きだが、人懐っこい無垢な「弟」と見る新しい世界は何だかんだで楽しめている。特に俺たちが心を惹かれているのは、トムヒーロー・コロシアム。通称トムコロだ。

 キトン素体を簡略化した規格で作られた、トムヒーローを模したカスタムフィギュアにキトンのAIを転送。マスターは専用コントローラーで指示を出し、安全なフィールド内で対戦する……という、ゲームとして人間とキトンが共に戦う新しい文化だ。

 平和な世界で、トムヒーローはより人々に身近な存在として生まれ変わったのだ。今の俺と同じように。

 そして、今日は勇児が憧れのトムコロ大会に初めて参加する、記念すべき日だ。

「一緒に頑張ろうね。ベル」

「はいです!」

 まさかゲームという形で、戦いを心置きなく楽しむことすらできる世界になっているとは。かつての日々を思い返し、心を躍らせる俺だった

 

「すごかったねベル! 大活躍だったよ!」

 大会を終えた帰途。歩きながら準優勝の証である銀メダルを掲げる勇児。夕日に照らされた顔が何とも誇らしげである。

「はいです! ユウジの指揮もすごく良かったです!」

 やはり何かを成し遂げた少年の顔は見ていて気持ちの良いものである。こちらも嬉しくなる。小さなヒーローの頑張りにエールを送ろうとすると、脇を締めて顔の前で両手でガッツポーズを作る愛らしい仕草に補正されるのだが、この気恥ずかしさも、今なら目をつぶれる。

「でも、まさかベルがあんなに強かったなんてびっくりだよ! まるで本物のブレイブ・タイガーみたいだった!」

 激闘を振り返っているのか、キラキラした目で宙を見上げる勇児。

「えへへ……ちょっと熱くなりすぎちゃいましたです……」

 勇児がこの日のためにカスタムを重ねてきたヒーローフィギュアは、元俺ことブレイブ・タイガーがモデル。しかもトムコロ用フィギュアのボディに入っている際は、言動矯正の縛りから外れるらしい。

 勝手知ったる身体、しかも日頃の縛りから解き放たれて思いっきり大暴れできるとあって、つい今の俺の立場は愛嬌溢れる女性型キトンだということも忘れて夢中になりすぎてしまった。

 結局、ボディの耐久力を超えた動きの連続により、決勝戦では限界が来て自壊して敗北したのだが……もしかしたら今頃、トムヒーロー・コロシアム界に現れた期待の新星として話題になっていたりするかもしれない。

 心優しい反面どこか引っ込み思案なところがある勇児が自分に自信を持つきっかけになってくれると、保護者としては喜ばしい。

「僕、ずっとブレイブ・タイガーに憧れてたんだ。父さんや母さんからタイガーの話を聞いてからずっと……。どんな時でも信じた未来のために諦めず戦い続けたんだよね。本当にカッコいいよ」

「いやぁ……それほどでもです~……」

「?」

 自分のことのように反応するというベタなやらかしに、勇児が一瞬不思議そうな顔をする。この身体にはほぼ必要ない行為である咳払いで誤魔化す。

「僕、こんな風にひ弱だしいつも大事なところでなかなか勇気が出せないんだけど……挫けそうな時にはトムヒーロー図鑑の中のタイガーを思い浮かべて頑張ってるんだ。そしたら今日はベルがタイガーみたいにカッコよく戦ってくれて、すっごく嬉しかった! まるで本当にタイガーと一緒に戦ってるみたいだったよ!」

 急にこちらに向き直り、俺の両手を握る勇児。

「ベル! 僕たちもっと仲良くなろう! それでもっともっと一緒に戦おう!」

 真っ直ぐな瞳でこちらを見つめる勇児。

 屈託ない純粋な好意。その眩しさに心が洗われるとともに、幸福感が心を満たしていく。

 ああ、またこの感覚……しかも今日は一際強い。「姉」の本能として刷り込まれた衝動が、男としての理性を押し流していく。

「わっ!? ちょっ! どうしたの急に!?」

 気が付くと、大切な「弟」の背中に腕を回し、小さな身体を抱え込むように抱きしめていた。そのまま頭を撫で回し、頬ずりする。

 可愛い。愛しい。大好き。

 そんな甘酸っぱい想いが、人工の思考回路を埋め尽くしていた。

「や、やめてよ! さすがに恥ずかしいよ!」

 本物と違わぬ(らしい)感触の高級シリコンの双丘に押しつぶされた、無垢な少年の上ずった声が聞こえる。

 やってしまった。慌てて勇児を引き離す。

 あまりに刺激が強かったのか、目を回し顔を茹で上がらせる勇児。

 その容姿や性格から普段はあまり意識することがなかったが、勇児も子供とはいえ一人の男だ。急に降って湧いてきた「姉」を、異性としてまったく意識するなという方が無理な話だろう。事実、勇児は今まで新しい家族として優しく接しながらも、どこか一定の距離を保っているように感じる。

 俺もそれを尊重した自然な接し方をしているつもりだが、キトンのボディに刻まれた本能――造られた用途の仕事で人間を喜ばせることによって、多大な幸福感を得る――によって、たびたび「弟」への愛情の赴くままにベタベタしたくなることがあった。

 久々にトムヒーローとして戦えた満足感、それを見た勇児に喜ぶ充実感。それらに流され、つい浮かれて油断してしまった。

 

 その後、お互い気まずさから顔を合わせることもできず、両者もじもじしながら人ひとり分の距離を保って帰宅するのであった。

[newpage]

「どうしたんだい? 大会では大活躍だったんだろう?」

 夕食を終えてすぐ風呂に入った後、そそくさと自室に戻っていった勇児。それを見届け、研は問いかける。

「あんたの現役時代さながらの活躍を見たら、タイガーファンのあの子絶対大喜びすると思ってたのに……」

 トムコロは今や一大人気興行であり、ジュニア部門のローカル大会ですら速報動画がすぐ配信される。俺の「本性」むき出しの戦いの様子は研と梅子も知っており、食卓はその話題で持ちきりになるはずだったのだが、勇児はどこか上の空でいまいち盛り上がらなかった。

 というか、もしや今日の大会で俺が水を得た魚のように活躍することもこの二人の想定通りだったのか。こいつらの手の平の上で踊らされるのも少し癪な話だ。

「もしかして……あんたたち何かラッキースケベなことでもあったの? 転んだ拍子にファーストキス♡ とか!」

「なっ!?」

 キャー!という黄色い悲鳴を上げて一人で盛り上がる梅子。ほぼ正解を言い当てられて焦る俺。

 それにしても、こいつ昔はもっとこう、わかりやすく奥手なツンデレキャラってやつじゃなかったか? 恋愛どころか結婚さらには出産まで経験して色々とタガが外れたのだろうか。もう受け入れてはいるが、色恋沙汰とは無縁のまま人間の男としての生涯を終えた俺には羨ましい話だなチクショウ。

「おやおやその反応……もしや図星かい?」

 ニヤニヤ笑いを浮かべながら俺を凝視する研。こいつもこいつでマッドサイエンティスト脳で研究対象外のホモ・サピエンスの生殖活動など眼中にないタイプだったはずだが……恋は人を変えるのだろうか。

「バカ! そんなわけねーだろ。予想外の俺の強さにまだビックリしてるだけじゃねーの?」

 ここはビシッと否定しておく。

「まぁ君も勇児もせっかくトムコロという新しい楽しみに出会ったんだ。くだらない意地を張ってないで仲直りしてくるといいよ」

 勇児の部屋に行くよう促す研。言い方はともかくとして、俺もさっさとこの気まずい空気を解消したいのは確かだ。

「頑張ってきなさいよ、ブレイブ・タイガー。あんたがまたトムヒーローになれる場を見つけて、勇児も相棒として一緒に戦いながら成長して……私たちも、そういうのを期待してるんだから」

 梅子に背中を押され、覚悟が決まった。男同士、ちょっと腹を割って話をしてくるか。

 

「ユウジ~入っていいですか~? 一緒にトムコロの話をしたいです~」

 ノックの後、中の様子を窺う。この能天気な口調への矯正も、不要な警戒を抱かせないために役立ってくれており、今だけは感謝する。

 しかし待てど暮らせど反応はない。明かりはついていることから、中にはいるようだが……

 そこで耳を澄ましてみると、人間より高性能な聴覚が部屋の主の声を捉えた。息は荒く、うわごとのように何かを呟いている。呼吸のペースは徐々に上がっていく。まさか……

「大丈夫ですかユウジ! どこか具合が悪いですか!?」

「えっ……?」

 病気か何かかと思って慌てて部屋に入った俺。胡坐をかいた姿勢で固まる勇児。半脱ぎになったズボンから顔を出している小ぶりな男の象徴は片手で握りしめたままだ。近くに置かれていたのは家庭用ホログラムに写るのは、はにかむ勇児と満面の笑顔の俺。今日の準優勝記念に撮られたツーショット写真だが、改めて見るとなかなかの密着度である。横乳を勇児の顔に押し当てる形になっており、つくづく俺が浮かれていたことを思い知らされる。

「えっと、これは、その……」

 顔を赤くしたかと思えば青くし、目を泳がせる勇児。気の毒になるほど狼狽っぷりだ。同じ男としてただただ申し訳なくなる。

「あの、今日の写真を……見てて……」

 苦しい言い訳。お前の気持ちは痛いほどよくわかるぞ。これくらいの年頃の男なら、誰だってやっていることだから。

「ご、ごめん……っ」

 絞り出すように謝罪の言葉を告げる勇児。顔を伏せたままホログラムを片付けようとするが、震える手は端末を握り損ねる。

 かつて少年だった者としてわかる。このままでは二度と俺に顔向けできなくなる。

 俺にできることは――

「ユウジっ!」

「わっ!?」

 気が付くと、しかし今度は確固たる俺の意思によって動いていた。勇児の両肩を押さえ、カーペットに押し倒す。

 これが正解かはわからない。

「続き……していいですよ?」

 いっそこうしてくれた方が救われる。……ような気がする。少なくとも、俺ならそうだ。

「男の子の……えっちなことをする方法。私も知ってるです」

「ぼ、僕はそんなつもりじゃ……――――っ!?]

 有無を言わさずこちらのペースに持ち込むため、己の唇で勇児の唇を塞ぐ。

 不思議と抵抗がなかった。勇児が幼い頃の梅子そっくりな顔立ち。遠い過去の淡い恋心を疑似的に満たせるという状況に気付いてしまい、その背徳感がさらなるスパイスとして俺の機械仕掛けの女体を盛らせる。

 少年とは思えない瑞々しい唇と、機械とは思えない艶やかな唇。二つが触れ合う。

「――――ぷはっ」

 内面的には男同士とは思えないほど甘美な口づけをたっぷり堪能した後。息継ぎを入れる。

 驚きと興奮に包まれ、腰を抜かしたように動けない勇児。

 惚けた顔に目線を合わせる。

「私を好きでいてくれて嬉しいです。その気持ちに私も応えるです」

 先ほどのキスは衝撃の方が大きく性欲に結び付かなかったのか、肉棒は未だ小さく萎えている。根本に陰毛も生えておらず、色素の薄い皮を被った発育途上の男根。

 白磁のような手で収みこみ、にぎにぎと感触を確かめる。かつて俺にも生えていたソレに触れていると、どこかノスタルジックな気持ちになってくる。

「わっ!? ちょ!? 何してるの!?」

 変声期前の声をさらに上ずらせる勇児。他人、それも女性に禁忌の場所を触られる未知の感覚で嬲られ、ひたすら悶えている。

 その様子が、とても可愛らしく見えてくる。

「ダメだよ! そんなとこ触っちゃ汚いよ!」

「大丈夫ですよ~? 大切な人のものなら触っても平気なものです~」

 とても自分から出たとは思えないほど艶やかな声が出る。

 「弟」から劣情さえ含んだ愛情を向けられる。「姉」として愛情をこめて大人の階段を上らせることができる。それが嬉しくて堪らない。

 心のどこかで危険な自覚はある。自分の人格にはない感情に引っ張られる禁忌。だがもう止まれない。

 男として、姉として、自分を慕う弟を愛でることへの至高の悦びには抗えない。

「そ~れっ」

「っ!」

 なるべく痛みが無いようにゆっくりと皮を剥き、穢れの無いピンク色の亀頭を曝け出させる。

「可愛いです~♪ じゃあ……それそれ~」

「はうぅっ!」

 緩急をつけたストロークで小さな肉棒を扱く。手の平の中でムクムクと大きくなる感触は懐かしさを引き起こし、ますます夢中になってしまう。

 男としての性戯の記憶がフラッシュバックしたところで、精神的快感だけでは物足りなくなってくる。

 シャツのボタンを一つ二つと外し、ブラジャーも外し、胸を外気に晒す。大きすぎず小さすぎず。造形美に優れた美乳を見せつけるように揺らす。

「ほらほら~。ユウジの大好きなベルのおっぱいですよ~」

 固唾を飲んでくぎ付けになる勇児。俺にはよくわかる。あの反応は、物心ついてから初めて生乳を見る者のそれだ。初めてが自分であることが無性に喜ばしく思える。

 幸福感に浸りつつ、胸で半勃ちの棒を挟み込む。そのまま上下にリズミカルに揺らし、胸の柔らかな感触による刺激を与える。

「ああっ! なにこれ……っ! 気持ちいいよぉ……!」

「じゃあ私もご一緒するですね~……」

 パイズリを継続しつつ、指先で乳首をコリコリと弄る。すると、背筋を電流が駆け抜けるような快感に打ち震える。

 俺も男だ。ある日突然美少女の見た目になり、女型アンドロイドの身体と立場に振り回され羞恥心に身悶えしていたとして。異性の肉体への興味がゼロになるだろうか。

 答えはNoだった。初めて一人きりになった夜、聞きかじりの知識を元に、性感帯と思しき部位を弄ってみる。「人間の五感を忠実に再現しているというキトンには、性的快感のデータも実装されているのかを確かめる」という自己弁護の下の行為。

 結果は予想以上だった。人間の男だった頃とは比べ物にならない感度で、ダイレクトに伝わる快楽。愛らしい容姿をしながら性的な目で一切見たことが無かった相棒に似た身体を操り、色欲に溺れる背徳感。

 あっという間にその悦びの虜になり、週に二、三度は自慰に耽るようになった。

 そして今は愛すべき者と行為を共にしている。それが身体をますます熱くする。

「はうっ! イイっ! ユウジと一緒に感じるの、すごくイイですっ!」

 愛しい存在とともに感じる快楽。それは凄まじいものだった。こちらまで骨抜きにされそうだ。

 更なる快感を求めるように乳首が勃起し、それに比例してより敏感になる。快楽に身体が震えるたびに乳ははしたなく揺れ、挟んだ肉棒に更なる刺激を与えるループ。

「はひっ! で、出ちゃう! 出して……いい……の……っ!?」

「いいです! 出しちゃってくださいです! 私のおっぱいの中で……!」

「あっ! ああああぁぁぁっ~~~~~!」

 まだまだ小ぶりながら立派にそそり立った男根から、白濁液が降り注ぐ。その温かさに浸りつつ、乳首を強く押し込む。

「んああぁぁ~~~っ!」

 一際強い快楽の雷が落ちる。視界が明滅するような感覚。その後押し寄せる快楽の波。

 俺たちは心地よい虚脱感に浸る。

「これで……おあいこですね……私たち二人とも悪い子です……」

 荒い呼吸のままうつ伏せになる勇児に微笑みかける。

「そうだね……。僕たち二人とも、いけないこと……しちゃった……」

 微笑みを返す勇児の顔を見て、幸福感に包まれる。

 同じ夢を持って共に歩む男同士としての友愛。女として歳の離れた男児に感じる母性。姉という設定により引き出された姉弟愛。

 それらが全て重なり、この子がかけがえのない存在に感じる。

 ああ、こんな人間とキトンの関係も悪くないかもな……もしかしたらあいつも、こんな気持ちだったのかな。

 

「ベルのことは元々その……か、家族として好き、だったんだけど……今日の大会でずっと憧れだったタイガーにも見えてきて……」

 後始末をしながら、改めて勇児の心境を聞く。家の作り的に、俺たちの嬌声は研や梅子には聞こえていないはずだ。早めに証拠隠滅すればなんとかなるだろう。

「それで、ベルのことはタイガーの生まれ変わりだと思ってちゃんと尊敬しなきゃって思ったんだ。そうしたらベルに急に抱きしめられてビックリしちゃって……。あの時からベルのことを見ると胸がドキドキしちゃって……」

 勇児の熱っぽい視線に身体が火照りだそうとするのを、俺の自我で抑える。そして、ブレイブ・タイガーとして、ベルとして、自らの奥底にある紛い物ではない気持ちを弟に伝える。

「私はユウジに好きでいてくれるなら、どんな理由でもうれしいですよ~。お姉ちゃん用キトンな私も、ブレイブ・タイガーの生まれ変わり……かもしれない私も。どっちも私です。私が好きな人たちのためにも、私を好きでいてくれる人たちのためにも、どこまでも頑張れちゃうです!」

 出してしまったアレコレを拭きとったティッシュをまとめ、ゴミ箱に投げ入れ――たつもりが、わずかに届かずカーペットに落ちる。

 まったく。つくづく締まらないポンコツボディだ。落ちたティッシュを拾い上げようとしたところで、ふたつの手が触れ合った。

 ベタな状況に顔を見合わせ、微笑み合う。

「僕たちなら虎山勇とアミよりも最強のコンビになれたりして。だから僕も……ベルに相応しい相棒になれるよう、これから強くなるよ!」

「改めてよろしくです! ユウジは強い男になると、私が保証するですよ! なんていったって、私の自慢の弟ですからね!」

 俺はこれからも、キトンとして、お姉ちゃんとして、頑張っていくよ。

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