休息というものが、次の労働のガソリンやブースターの役割を持つことを、指揮に秀でた者は知っている。
いや、知っているという意味では、知らぬ者を探すことの方が珍しいかもしれないが、このことを実感として持っているとなると途端に少なくなるのだ。
特に、英霊ともなると激減する。
「ほほう、疲労ですかな。筋肉を育てるにはそれも必要なものです。プロテインなど如何でしょう」
王でありながら中隊規模の兵を率いた、最も丁度良い指揮官の視点を持つレオニダス王でさえ、この捉え方である。
他の王の位を持つ者の視点は、更に遠い。
「褒美? 戯け、我(オレ)のために戦うのだ。それが一等の褒美であろうが」
休息自体を褒美と、最もズレた視点を持つ英雄王。
「休息か。良いところに目をつけた。余も難儀したぞ。なにせ辿り着くまでが本当の戦争だ。苦心したわ」
と、ここまでは理解した様子の征服王。
「ちと小耳に挟んだが、東の方では梅の木を連想させて歩かせた王(丞相)もあったそうだな。いざという時にはそういう小知恵も使えよう」
根本的に休ませようという結論に辿り着くことがないから、これもやはり問題がある。
ならば実働の経験で休息の必要性を痛感している者が適任だと考えたが、無駄であろうと首を振った。
なにせそういう輩は軒並み英雄である。超常ならざる身に労苦や休息の必要性など、考えたことすらあるまい。
「なに? 休み? これは驚いた。暴君からそんな人道的な言葉が出るとはな。誰の影響かはわざわざ推し量るものでもないが、休みを必要としない人間などこの世にあるものか。能力があるとみるとどいつもこいつも缶詰めで、仕事を仕上げるまで檻から出そうとせん獄吏に化す。
能力を役目に見合わせようと背伸びをしている凡人には、その周囲の振る舞い方こそが最も効果的な拷問になるだろう。
ふん、盾の少女やドクターはなるほど人道的だが、スケジュールはその程度の人情では救いがたいレベルだ。しかもあの人の好さだ。シミュレーションに付き合えとせっつかれれば、腰を上げずにはいられんときている。死にたがりでないなら弩級のバカだな」
参考程度に訊ねると百倍の弁舌が返ってきたので、童話作家の批評は八割を流して聞き、
「大体、男のことを男に訊ねるのが手っ取り早いと思っている貴様もバカだ。男には女にしか判らんこともある。訊くなら最初に女に訊け。それで判らなければ、そこで初めて男に訊け。どうしても判らん場合に本人に訊け。親切に効率を求めると歪む。
最適は、戦闘より癒しに優れ、そのうえで観察力のあるやつだ。硬い頭でせいぜい悩め、バカめ」
多少頭にくることもあったが、一言一言がいちいち真理をついていたので、出力を四分の一に抑えた卑王鉄槌で水に流すことにした。
「戦闘ではなく癒し。観察力に富む、か」
直前の透明化で直撃したか否か確かめる術をなくし、破壊された作家連中の仕事場を後にして、セイバー・オルタは呟いた。
そこで、微妙に気が合うナイチンゲール、自身が少し苦手としているメディア・リリィに意見を求めたが、参考にはならなかった。
「休息? 当然のことです。疲労と体力低下は免疫力の低下を招きます。仕事に明け暮れて眠りを疎かにするなど以ての外。清潔と栄養と休息こそが、健康を形作るのです」
発言の内容は至極まともで理に適っているのだが、彼女もそんなことは百も承知なのである。問題はそこからなのだが、小陸軍省は狂化故に人の話を聞いてくれない。なので諦めた。
「そういう時には、パンケーキなんてどうでしょう。きっと身も心も癒されます」
食の好みが絶望的に合わないため、こちらも断念した。
結局、この黒い王は途方に暮れてしまった。かつて、経験のないことであった。
数多の異種族や侵略者、果ては幻想の怪物からグレートブリテン島を守り通した伝説の騎士王、その、より暴力的で直線的な面を強調したアルトリア・オルタが、こうまで戸惑ったことはなかったであろう。
そもそも発端は、彼女が発見したマスターの疲労である。
「馬鹿げている」
と、彼女は呟いた。
なるほど、その通りだった。
彼女が世界を救うために契約した少年は、底抜けに善人だった。
世界を救うため、自分に出来る最善を仲間と躊躇も余念もなく実行出来る強い子だった。弱音も吐かない。救う過程でどうしても拾い切れなかった者たちを心の荷としながら、それに屈せずに前を向いて自分の役目に進んでいける――――まるでかつての自分を見るような――――悲愴でさえあった英雄である。
その結末を、アルトリアは知っている。
「馬鹿げている」
誰に言うでもなく、彼女は呟いた。
自分の場合とは違うかもしれない。何故ならここはブリテンではなくカルデア。仕えるのは騎士だけでなく数多の英霊なのである。同じ結末はありえない。
だがそれでも、アルトリア・オルタは自身のマスターの窮状を嘆いた。
「休んではいる。眠ってもいる。余暇などはマシュを相手に部屋でカードなどして遊んではいる。だが、人間の体と心がそれだけで保てるなら誰も壊れない」
おそらく本来のアルトリアでは気づけまい。
強さを肯定し、それを妨げる躊躇、いや自律を認めない彼女はより直線的に物事と人物の心情を捉え得る。アルトリアなら理解するだけで終わった。だがアルトリア・オルタはそこから否定に発展した。
「休息も褒美も、あれは押し付けないと享受しない」
自分に褒美を、休息を超えた娯楽を。人のまま人の世を救いたいのなら、滅私を習慣にしてはいけない。その考えから、彼女は動いている。
が、問題があった。
かつて自分に対して褒美の一つも用意したことのないアルトリアである。なにをやるべきかが判らない。
話を訊きにカルデアを歩き回ったがなんの参考にもならない。
とうとう途方に暮れた時、その出会いは訪れた。
まったく、なんという勘違い。なんと恐ろしい食い違いであろう。
アルトリア・オルタは出会ってしまったその英霊こそ、アンデルセンに諭された最適解であろうと見た。見てしまったことが、カルデア全体を巻き込んだお祭り騒ぎに発展してしまうのだ。
「・・・・・・居たな、最適の人材が」
黒い王は口元を歪ませて笑った。
後に、アンデルセンはこう語る。
「いちいち答えをくれてやるのは作家の仕事じゃない。答えが欲しければ教師にでも訊くべきだ。ケイローンだのヤギュウだの、それなりの教師は揃っている。
だからまあ、俺は教えてやらなかったわけだが・・・・・・反省している。まさかあの暴君があそこまでバカ、いや、最適に躊躇がないとは思わなかった」
実のところ、この口が悪いが親切な童話作家が提示した英霊は、マリー・アントワネットやブーディカであった。特にブーディカはアルトリアと故郷を同じにする英霊だから簡単に辿り着くかと思ったのだが、そうはならなかった。
「? どうされました、怖い方のアルトリア様」
黒い騎士王の目には、百の夜を己の身と知と心で超えた、語り部の姿があった。
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「ほう、ハレムとな。貴様にしては趣のある褒賞を選んだな、冷血メイド。いや、今は騎士であったか。余も賛成だ。あれが望むなら二つや三つは用意してやるべきだろう。
なに? 余をそのハレムにとな? あ、いや、それは許すがよい。マスターは良き勇者であるが、余を奏でる者はもう決めている。
余の美しさを愛でさせてやれぬのは残念だが、なに、あれが別の余と出会っておれば、その機会もあるやもしれん」
豪奢を愛し、美しさと絢爛さを至上とする薔薇の皇帝は不参加を表明した。
最もその方面の勝手を知っていそうな英霊の不参加を受けて、アルトリア・オルタの構想に僅かに影が差した。
「この分では七人も集まらんのではないか?」
傍らの不夜城のキャスターを顧みた。
「はあ。いえ、怖い方のアルトリア様。それで丁度良いのです。殿方は女性を以て幸福の一となされますが、精力には限度があります。七人など集まって英霊の体力を以てすれば、癒す前に枯れてしまいます。
それではさすがにマスターも、腹上死・・・・・・恐ろしい。死んでしまいます」
「ふむ、他ならぬ貴様の言だ。そうなのだろう。ならば人選は慎重にいくか」
こうして、目標や目的に対して予断も躊躇も遊びすら見せない暴君と、頭脳に関してはカルデアでもトップクラスにも関わらずいつも判断がズレた方向に猛進する語り部の、世にも恐ろしいコンビによる勧誘が始まった。
「あ? ハーレム? お前さんにしちゃ随分男を判った提案じゃねえか。フェルグスなら喜ぶだろうが、マスターはどうかねえ。
まあ小僧でも男は男だ。女に手を付け放題となりゃ、喜ばないわけはないんだろうが、マスターに関わってる連中は碌なもんじゃねえからな。よっぽど気をつけねえと血を見るぜ?
あ? スカサハ? ああ、まああの女もケルトの女だ。メイヴのやつと似たり寄ったりな男好きでもあるんだろうが、まあやめときな。あの女一人でぶち壊しになるぜ」
「へえ、そいつは結構なことで。頑張ったやつに頑張った分だけのご褒美ってな、当たり前だが素敵な話だ。で? オレになんの用で? 人選? ああ、まあね。そりゃそこそこ見てますよ。なにせ集団で一番怖いのは内輪揉めだ。
人が慎重にトラップ作っても、その傍で悶絶するような歌を歌われると台無しでしょう? 適材適所。ゆるーくやるには見とかんとね。
ああ、人選だっけか。まあ二人は確実に止めといた方がいいのがいるな。皇帝には断られた? そいつは結構。んじゃついでに狐もやめといた方がいい。両方さ。あと、エリなんとかちゃんてのとファラオも止した方がいいでしょうな。ほら? あんたらもマスターの寿命を縮めたいわけじゃないでしょう?」
「おお、美しいイングランドの王。なにやら魅惑的な企画を思いついたとか。私も美しさには一家言ある身、ぜひ助言、いやなんなら私も加わって――――」
「我が王! 王のご指導はマスターのお株も奪いかねません、ここは自重を!」
煩くなりだしたのでここで卑王鉄槌。
「むう、探すと意外におらんものだ」
「冷たい騎士王様、勧誘もよろしいですが、ご自分から参加なさろうとする方をお諫めする方法も考えておかねばなりません」
ほう、とアルトリア・オルタは振り返る。
「自分から望んで参加するのなら好ましいのではないのか?」
「我が王は心お優しいお方。私もハレムによるおもてなしには大賛成でございます。閨房に長けた私の手管も、我が王にご満足いただけるなら振るってみせましょう。
ですが、世の中にはそういう手管で殿方をダメにしてしまうお方もおります。耳に挟んでしまえばきっと喜び勇んで顔を出してしまわれるでしょう」
アルトリア・オルタの頭にも、数人の顔が浮かんだ。
「なるほど、なかなか聡い。貴様、軍師も務まるな」
「恐れ入ります。ですが軍師など、負けてしまっては重い責任を・・・・・・恐ろしいことです」
アルトリア・オルタは、歩き出した。
確かに、と思うのである。適任者を選定して宴の内容を詰めるよりも、その宴自体を台無しにしかねない危険人物を遠ざける方が、物事の優先順位としては上だろう。
カルデアの廊下を歩き回り、目当ての人物を探し当てた。
「ほう、小さい方の私か。似合わぬ考えで奔走していると聞いたが、早くも窮したか?」
性格のよく似た、しかし体型だけは似ても似つかぬもう一人の自分と、
「いえ、語り部殿までついていてそれはありえないでしょう。まあ、明後日の方向に脱線した挙句、ロケットの如く本来の意図とはまるで見当違いの結論に行き着くことは、充分にあり得ますが」
性格も体型もまったく違うもう一人の自分であった。
「駄肉を並べてほざくな、私。姉面も良いが自分たちも当事者になり得るということを忘れるな」
くい、と語り部が袖を引いた。
別に喧嘩を吹っ掛けに来たわけではないのだが、ついこの調子になる。特に黒い方の槍騎士王はアルトリア・オルタを判っていてよくからかう。逆に白い方は窘める側に回るのだが、その性格にも体型にも余裕のある居様がどうにも癇に障る。
「まあ良い。私の可能性の話だ。聖剣でなくば私もこうなっていたということだ」
そう思えば、多少、体型に関しては慰められもする。
「当事者と言ったな。勧誘ならば断わる。私は槍だ。主の敵を貫き砕くことは出来ても癒すのは領分の外だ。他を当たるがいい」
「嵐の王、貴公には他に役目がある」
ふむ、と黒い槍の騎士王は顔を向けた。
「セッショウインを止めろ。おそらくこの話は筒抜けだ。親切にも童話作家辺りが足止めをしているだろう。事が終わるまで、具体的には明日の夜明けまであれを隔離しておけ」
「面白い。そういうことなら協力しよう。味方までも邪魔になる時があるとは、あの主にしては珍しいことだ」
と、黒い槍の騎士王は一人で背を向ける。
「白いの。貴様も行ってやれ。一人だからと後れを取るなどありえんが、突破されることはあり得る。立香には騒動の気配さえも嗅ぎ取らせたくはない」
「いえ、それは心得ているでしょう」
白い槍の騎士王は去っていた背中を見る。
「よう、嵐の王(ワイルドハント)。どこぞへお出かけかい?」
「丁度良いぞ海賊王(ワイルドハント)。少し手伝え。上手くいけば英雄王の酒蔵を襲う話に私も乗ってやる」
角も曲がらぬうちに無二の同盟者を手に入れていた。
あれならば、とアルトリア・オルタも背を向けた。他にも勧誘すべき相手は多く、また障害になりそうな者も多い。
「勧誘は順調なのですか?」
足を速めるが、隣に白い槍の騎士王が並んだ。
「芳しくはない。みな、立香を憎からず思ってはいるが条件がある。全てを一夜の遊びと割り切れ、色事にも慣れ、そのうえで童貞のあやつを惑わさん者でなくてはならん。間違ってもバーサーカーのクラスの者には任せられん」
かつて焼き殺した思い人を重ねる竜の化身と、母性愛に狂った坂東武者を頭に描きながら言った。
「なるほど。では、私が加わりましょう」
思わず、オルタが顔を向けた。
白い肌を僅かに紅潮させた珍しい表情があった。
「正気か、槍の私」
というより、話を聞いていたのか。色事に慣れ、というのが条件の筈だが、こちらはそもそも男の欲情を解することにさえ難がある天然ではないか。
異論を唱えようとしたが、またも語り部が袖を引いた。
「殿方にも矜持がおありです」
なるほど、とアルトリア・オルタにも判った。
「いや、やはり異論はない。好きにするがいい。立香がその駄肉を好めばいいがな」
嘲うような笑みは、やはり嫉妬の裏返しだろう。無論、白い槍の騎士王は判っている。
「肉体の発達程度で心を乱されるような主ではないでしょう。全てを含んで見てくれる方だからこそ、貴女もこんな酔狂を思い立ったのでしょう?」
アルトリア・オルタは不快げに鼻を鳴らして歩調を速めた。どうにもあの姉のような物言いは調子が狂う。
そこで、
「ピンポンパンポーン、英霊の呼び出しをするよー。そこかしこで黒い聖剣を振り回して施設破壊に勤しむ小柄な怪獣、すぐに管制室まで出頭したまえ。事情は加害者被害者の両方を聞いたうえで公平にジャッジするし、面白そうなら私も交ざるからー」
おおよその事情を察しているであろう万能の天才が館内放送で呼びかけた。
「・・・・・・四人目だな」
黒王は確信した。