「……初花ちゃん、そろそろ起きようか」
「う~ん……あと5分……ふにゅ……」
「それもう10回目なんだけど……」
あのあと結局、延長に次ぐ延長でなし崩し的にそのまま一緒の布団で寝てしまった少女の身体をダメ元で揺すり起こそうと試みるも目下連敗記録を更新中。
俺の普段の起床時間はとうの昔に過ぎ去ってしまっていた。
もうじき現在全裸のまま俺と抱き合い、二度寝を堪能中の音羽家で最も起床が遅い少女の起床時間にも迫りつつある。
俺がいつまでも禊場や居間に姿を見せない時点で、この家の他の住人達はそれぞれ何らかの思惑や疑念を抱いてしまっている事だろう。
加えてこのまま入院中のご両親に代わり、現在この家で最も厳格な立場にいる桂香さんが傷心中の初花ちゃんの様子を見に、彼女の部屋へ足を運ぶのも時間の問題だ。そして部屋がもぬけの殻なのを確認してしまえば、もはや疑念は確信に変わるのは必然。
なにより大切な妹が治療後も男と一緒の布団でヌクヌクしてるのを見るのは精神衛生上大変よろしくない。
というわけで、
「お願いだから、そろそろ起きてくれ。初花ちゃんっ」
「んんっ……うるさーいっ」
「――ごふっ!?」
寝起きの悪い少女が放った右ストレートが俺の顎をとらえた。
「……あれ? ………………あっ……う~ん、ぐーぐー……」
いつもと違う手応えに違和感を覚えたのだろう。伸ばした腕の先に視線を向け確認しようとして俺と目が合うと、わざとらしく狸寝入りを始めた。
「こらこら。寝たふりするんじゃないっ」
「え、えへへ。おはよう、お兄ちゃん。昨夜は凄かったねっ♪」
思わず寝起きの第一声がそれか、という声が出そうになったが、もしやと思いマジマジと初花ちゃんの表情を見つめてしまう。
「だいじょうぶっ。確かに、まだちょっと辛いのもあるけど、今は幸せの方がいっぱいだからねっ」
「ほっ。それなら良かった」
俺の心配に気づいた初花ちゃんが朗らかな笑顔で応えてくれる。それがただただ嬉しかった。
「……だけど、実は……お尻が少し…………まだお兄ちゃんのが入ってる気がするよぅ……」
「ぶっ!? 言っとくけど、俺は一応忠告したんだからね?」
「それはわかってるよ。でも、あれでまだ半分くらいだったんでしょ? あんな大きいのがもっと奥までかぁ……」
実際は半分も入れてなかったりするが、さすがにそれは本人には伏せておいた方がいいだろう。
「えへへ。残りのもう半分は、ちゃんとあたしと付き合ってからだからねっ」
頬を染めながら上目遣いで告げられた不意打ちに思わずこちらも赤面してしまう。というか本気で全部入れる気なのか、初花ちゃん。
「それじゃ、ちょっと名残惜しいけど、そろそろ起きよっか…………っとと」
初花ちゃんが勢いよく布団を跳ね上げながら身体を起こすと、その弾みで二つの小ぶりな膨らみもぷるんと揺れた。
慌てて胸を両手で隠す仕草に、こちらも朝から良からぬ衝動を抱き掛けてしまいそうになる。
「……後ろ向いてるから、早く着ちゃいな」
「……うん」
互いに背を向け合いながら、気恥ずかしさを隠すように身を整え始めていく。
昨晩の行為の記憶が何度も頭にチラついてしまうのは、きっと初花ちゃんも同じだろう。
もはや治療と言う枠を完全に超えてお互いに愛し合ってしまったのだ。
「えへへ。さっきのでしばらくはあたしの裸は見納めだね」
「わかってる。帰る前にちゃんと答え出すよ」
本来ならば男として責任を求められても仕方がないのだが、それでも初花ちゃんは「自分の実力で落としたわけじゃないから駄目」の一点張りだった。
意地になってる部分もあるのかもしれないが、俺がこのまま状況に流されて安易に初花ちゃんを選んでしまうと、考えたくはない事だが、今後もし桂香さんが同様の悲劇に見舞われてしまった際の事を心配しているのだろう。
当然治療の際は俺も立ち会う事になるだろうが、おそらく桂香さんは治療の相手に俺を選ばないと初花ちゃんは確信していた。
せっかく結ばれた二人の関係に水を差す様な事はしたくないと。
だからと言って治療をしないわけにもいかないため、協力者を募りその者に行為を求めるはずだと、「逆の立場だったらあたしだってそうする」と告げられた言葉に俺は頷く事しかできなかった。
「――幹也さんっ、初花を知りませ………………やっぱり、ここにいたんですね」
「あっ。おはよーお姉ちゃんっ」
「お、おはようございます、桂香さん」
まるでタイミングを見計らっていたかの様に桂香さんは現れた。そして概ね状況は把握してしまったのだろう。
訝し気な表情で溜め息交じりに呟いた桂香さんに元気に手を上げながら挨拶する初花ちゃん。
俺達の起床があともう少し遅ければ、まさに言い逃れができない状況を目撃されてしまっていた辺り、まさにギリギリだった事に冷や汗を流す。
……とはいえ、治療後もそのまま俺の部屋に初花ちゃんがいたと言う事は、要するにそういうわけで……。
三人の間に気まずい空気が流れてしまうのは仕方のない事だろう。
「さぁ~て、あたしは禊済ませに行くから、お兄ちゃん。お姉ちゃんに説明お願いねっ」
「あっ!? ちょ、ちょっと初花…………行っちゃった」
「……初花ちゃん、それはないんじゃないかな………………」
どんどんと遠ざかっていく背中に向かって俺は情けない声を上げるが、立ち止まってくれる事なく走り去って行ってしまった。
互いに出方を伺い合っている様な膠着状態の中、俺に全説明を丸投げするという形で初花ちゃんは素早くその場から一目散に逃亡する。
「はぁ……。あんたが逃げてどうすんのよ」
「えっと、桂香さん。初花ちゃんの治療は見ての通り完了したよ」
「えぇ。それはわかります。妹がお世話になりました。ありがとうございます幹也さん」
「それで、まぁ、その、その後なんだけど……」
とりあえず最低限伝えるべきだろうと思った事だけを、かいつまんで桂香さんに説明する。
まぁ、治療と関係のない延長戦があった可能性を疑われていても仕方がない。事実だし。
さすがに初花ちゃんの口や尻を使って行為に及んだという事は伏せてしまったが。後々で初花ちゃん自身から誇張表現で暴露される可能性はあるものの……。まぁ、その時はその時だ。
「事情はわかりましたが、すごい複雑です」
「だよね。本当なら責任を取るべきなんだろうけど……」
「そうですね。嫁入り前の初花ちゃんにあんな事までさせちゃうなんて、本当に悪い人ですね。幹也さんは」
「――うおっ!?」
突然沸いた背後からの気配と言葉に全身が総毛立つ。
「あんな事?」
「いいですかナツ様。現代の人間社会では本来の男女の営みをそのまま行ってしまうと色々と不都合な点が出てしまうため――」
「葉子さんっストーーーーっプ!! それ以上はマジで止めてくださいっ!? ってか、なに普通に説明しようとしやがってますかあんたはっ」
「あら? いけませんでしたか?」
「駄目に決まってるでしょうがっ!?」
そもそも今の葉子さんのセリフのせいで、桂香さんの中の疑惑が確信になってしまったのだ。
俺に向けられていた疑惑の眼差しがより鋭い眼光を放ち始めているのだ。
これ以上余計な事を言われるのはシャレじゃ済まなくなる。
「まぁ、そうですわね。こういう事はやっぱり初花ちゃん本人の口からじゃないといけませんでしたね。失礼しました」
「幹也さんっ」
「はいっ」
「……これ以上は、初花と正式に付き合ってからにしてくださいね。今後は絶対に許しませんからっ」
「肝に銘じておきますっ」
俺に向かってピシャリと言い放つと、それでこの場は怒りを収めてくれた。
頭ではわかってはいても、どうしても俺に釘を刺す様な事を言わないと気が済まなかったのだろう。
まるで二人のご両親の代わりというよりは、桂香さん自身もなんだかんだで初花ちゃんを溺愛しているところがあるからな。
元より俺もいつまでもこんな不誠実な関係を続けるつもりはないのだが、今回の一件で猶予が大幅に縮まってしまった気がする。
その後、遅れて禊場に向かったがすでに初花ちゃんの姿は無かった。どうやら手早く済ませたのだろう。
俺も禊を済ませると一度自室として借りてる部屋に戻り、白衣と浅葱色の袴を身に着ける。
みんなのいる居間へと向かうと、すでに朝食が用意され、他の四人がそれぞれの席に着いて俺を待っていた。
「おはようございます……って言っても、さっきみんな俺の部屋に居ましたよね」
「そういえば挨拶をしそびれていましたね、おはようございます」
「みきやおそい。ナツお腹空いた」
「ナツ様は先に召し上がって頂いてても良かったんですよ」
「ううん。みんなで食べた方がおいしい。だからちゃんと待ってた」
「だよねー。さ、お兄ちゃんも座って座って」
初花ちゃんに促される様に席に着きながら、ふと気づく。
「そういえば二人共。今日から二学期だっけ?」
「はい。なんというか、今年の夏は色々あり過ぎまして、なんだかすごく久しぶりに思えてしまいますね」
「お兄ちゃんはまだまだ夏休み中なんでしょ? いいなぁ~」
「まぁ大学は他と比べれば長い方だからね」
おかげで休みに入る度に毎回武者修行だの精神鍛錬だのなんだのと、どこかしらに助っ人として送り込まれているが。
「ま、学校から帰ったらお兄ちゃんがいるってのもいいかもね」
「すみませんが幹也さん。私たちがいない間、ナツ様のお世話と葉子さんが悪戯しない様にしっかり見張っててくださいね」
「あら心外ね、桂香ちゃん。いつも社務所でお仕事してるのに」
不意に騒がしくなる朝のひとときに思わず表情も緩む。
きっとそれぞれのちょっとした気遣いやおふざけが重なり合った事で、辛い事も乗り越え、こうしていつもの日常を迎える事ができているのだろう。
ぼんやりそんな事を考えていると、この家でもっとも賑やかな少女がその場で立ち上がる。
「ほらほら~お兄ちゃん。この格好を見て何か言う事はないの?」
そして俺に魅せ付ける様にクルッとターンを決めてみせた。
立ち上がった拍子に見えたのは気のせいかと思ったが、ふわりと広がりながら回るスカートを見てそれは確信に変わる。
「――ちょっ!? は、初花っ!?」
「あらあら」
どうやら俺が気づいたことに桂香さんと葉子さんも気づいた様だ。慌てて初花ちゃんに呼び掛ける桂香さんと……。
対して俺のリアクションとそれに対する初花ちゃんの反応のそれぞれをとても楽しそうに傍観する事に決めこんだ葉子さんという二つの反応に分かれた。
「……初花ちゃん、スカートのファスナー開いてる」
「ふぇっ? あっ、わわっ!?」
俺に指摘されて慌ててファスナーを上げた。
際どい太腿と一緒に端の部分がチラりと覗けていた薄黄色の下着が完全にスカートの中に隠れる。
巫女装束を纏っている時の純白とは違い、おそらく普段使い用の下着なのだろう。
下着をチラ見せしてしまった初花ちゃんの姿に「もうっ。だらしないんだからっ」と苛立たし気に桂香さんは頭を抱えていた。
「すぐに指摘して教えてあげるのは優しいんですけど、ちゃんと品評もしちゃう辺り、幹也さんも殿方なんですね」
「ちょっ!? 誤解を生むような発言は止めてくださいっ!?」
「へ~。やっぱりお兄ちゃんも、こういうの好きなんだ」
「さすがに普段からそういう目で見るのは、え、エッチだと思いますっ」
さっそく誤解が生まれてしまった。別に見ようとしたわけじゃなくて、たまたま見えてしまっただけなのに……。
ぶちぶちと抗議文を考えていると、今度はその思考を読み取られてしまっている様な気配を感じ、即座に思考を停止させる。
「だから俺の思考を読まないでくださいっ!!」
「いえいえ、全然読んでませんよ。ですのでお好きなだけ弁解文をお考えになってくださいな」
俺と葉子さんの漫才めいたやり取りを見て他の三人の楽しそうな笑い声に釣られ、俺達も自然と笑みが零れた。
「あはは。でも見られたのがお兄ちゃんで良かった。すぐに教えてもらって助かったよ」
「まったく。本当に学校じゃ気を付けなさいよ? ただでさえもそそっかしいんだから」
「はぁい」
さすがに初花ちゃんも下着を安売りするつもりはないのだろう。素直に桂香さんの言葉に頷いていた。
その後、なぜか初花ちゃんのおかずだけ一品多い事に対して、葉子さんからの追及をのらりくらりと必死にはぐらかし続ける桂香さんと、その姿に初花ちゃんが含み笑いを零しながら、羨ましそうに見ていたナツ様とそれを半分こにして仲良く食べていた。
騒がしくも穏やかな朝の時間はあっという間に過ぎて行き、二人の登校時間となる。
「行ってきます。すみませんが留守中の事、よろしくお願いしますね」
「行ってきま~すっ」
「いってらっしゃい」
俺は二人に声を掛け、仲良く並んで歩いて村の学園に向かうその後ろ姿を見送る。
その日、初花ちゃんは行方不明となった――