結局、男子学生と初花は学園内で誰かの目に触れる事なく校内から出ることができていた。
すでに下校時刻を伝える校内放送もチャイムも流れた後で、学園内に残っている教師も生徒もほぼ残っていなかったのだろう。
男は初花を連れて夕暮れ時の中、民家や通りを外れ、学園から少し離れた森の中に入り今後の身の振り方を考えていた。
「なぁ、初花ちゃんも何か考えてくれよ」
「…………………………」
変わらず初花は虚ろな無表情のまま男の声に反応を示さずにその場で佇んでいた。
「こうなった以上は初花ちゃんも共犯みたいなもんなんだよっ。わかってるのっ!?」
「…………………………」
何の反応を示さない初花の姿に苛立ち始めた男は声を荒げるが、それでも初花の様子は変わらず、さらに男は憤る。
そして、散々嬲った相手の姿を見て、一時的とはいえ危機的な状況から脱した安心感からか、男に再び劣情が湧き上がり始める。
さすがに出せるかはわからないが、一発ヤっておこう。もうこのマンコは自分の物なんだ。
「言ってもわからないなら、またわからせてあげないとな」
袴を一気に捲り上げて汚れた秘処を晒してやろうと手を伸ばす。
――直後、男が行動を起こすよりも早く動いた存在が突然上から降って来た。
『キシャアアァァァァァァァッ!!』
「ひっ!? う、うわあぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然樹上から自分と初花の間に割り込む様に落ちて来て、そのまま初花の上半身に絡みついて来た巨大な蜘蛛の存在に驚き、初花ごと蜘蛛を突き飛ばし自分は後ずさりをした。
「なっ、なんだよっ、こいつ。こんな馬鹿デカい蜘蛛なんか見た事ないぞっ!?」
『大蜘蛛』は狼狽える男を気にした様子もなく、自分と一緒に男に突き飛ばされて仰向けに倒れた初花をまるで品定めでもするかの様に、細かい毛で覆われた薄気味悪い八本の足をその身体に這わせていた。
「や、やめろっ。は、初花ちゃんは、僕のなんだぞ…………ひっ!?」
大切な恋人が自分以外に穢される事を危惧した男が必死に所有権を訴えるが、声に反応した蜘蛛がいくつもの目で男を射抜く様な眼光を向けると、腰を抜かし恐れ戦くのを見て、再び興味を失い初花の品定めを再開する。
『大蜘蛛』からしたら邪魔さえしなければ無視してもいいと判断したのだろう。まずはいち早く発見できた雌との繁殖準備に勤しんでいたのだ、産み付けが終わった後や邪魔に入ってきたらその時に食せばいい程度の存在と見做したのだ。
『大蜘蛛』が、邪魔な衣服を剥ぎ取っていると、その間に続々と初花の雌の匂いに気づいた様々な妖怪達が殺到して来ていた。
「うっ、うわぁぁぁっ!? ひぃぃぃっ!? な、なんなんだよっ、いったいなんなんだよぉーーっ!?」
四方八方から巨大な虫や植物、蛇、サンショウウオの様な不気味な生物が次々と現れては、争う様に初花の身体に覆い被さったり、組み付き、完全に姿が男の視界から隠れてしまった。
「――っ!? ひぃぃぃっ!? うわっ!?」
男が恐怖のあまりに手に触れた物を思い切り握り締めると、それは異常な柔らかさとヌメりを持った『ハンザキ』のシッポだった。
自分の行動を阻害した男の手を煩わし気にシッポで叩くと、そのまま初花の元へと殺到する一匹として加わって行った。
彼が再び妖怪に群がられている少女の方に目を向けると、そこは凄惨な光景だった。
初花の全身に触手や蔦が絡みつき、まるで磔の様に四肢を広げられながら、身体を持ち上げられていた。
ある程度の知能を有している妖怪は、人間の雄の陽の気を帯びた精液を嫌っているのか、初花の胸や手を使って自身の生殖器を擦り付けていたり、陽の気を感じない口や肛門を犯そうと奪い合っていた。
そして、逆に知性が無く本能のままに生殖行為を行おうとする妖怪達もまた真っ先に雌の膣に精液や卵液を真っ先に注ぎ込もうと奪い合い、先に放たれていた人間の雄の精液の生殖能力が中和されていく。
あまりのおぞましい光景に男は腰を抜かしたまま尻を地面に擦り付けながら、必死にその場から逃げようと後ろへ後ろと後ずさりをしていると、
『あら? 恋人を見捨てて逃げるつもり? あなたずいぶん酷い男ね』
不意に頭上から掛かった声に男が顔を上げると、異様なまでに白く透き通った女がその場にいた。
美しい見た目に対してどこか冷ややかな態度と見下す様な目付き。氷の様に冷たい独特な雰囲気に人間ではない事を本能的に察し命の危険を感じる。
「ひぃっ!? ち、ちがいますっ、か、彼女は恋人ではなくてっ……」
必死に自分が助かるためだけの言い訳を考えていると、
『ふーん。あの子の身体からあなたの霊力を感じたんだけど、もしかして無理やり犯したの?』
「そ、それは……っ!? ちがいますっ! 無理やりなんかじゃないですっ!! だ、だから…………っ」
『まぁ、詳しい話はあの子から直接教えてもらうとしましょう。久しぶりのあんなにかわいい子。あんな奴らの苗床になんてするもんですか』
そのまま自分から興味を失ったかのように通り抜けて、妖怪が群がっている初花の元へと向かい始めたのを見て、男は後退し逃走を試みる。
しかし、直後男の腰から下が完全に凍り付き、身動きが取れなくなってしまった。
「ひぃぃっ!? あ、足が……っ!? う、嘘だろっ!?」
『……まさか逃げないわよね? まぁ足を捨ててでも逃げたいなら、構わないけれど……お勧めはしないわ。もっとも今この場を離れたら多分別の奴らがあなたを喰らうでしょうけど』
警告してきた女が自分の足を凍らせるのと同時に周囲の気温がガクンと下がったと感じたのはおそらく錯覚ではないのだろう。
今すぐ死にたくなければ、氷の様に冷たい女の言葉に逆らわず、目の前の光景を最後まで見届けなくてはならないと言う事を男は察した。
そして見ているだけで全身が縮こまる程の女の圧倒的な暴力によって巻き起こる一方的な虐殺を目の当たりにし、絶望と恐怖に怯え続ける事になるのだった。
***
「――っ!? ……っ、ぎっ……い、いやぁ……っ!! んんーーっ!!」
深い眠りに落ちていたように沈み込んでいた初花の意識と自我が突然蘇る。
何度も注ぎ込まれた妖怪の精液が遂に男の精液と共に流れて来ていた歪な霊力を相殺し切ったのだ。
今まで夢の中で見ていたように薄れていた記憶が突然、生々しい感触とともに鮮明に蘇り初花の脳内に膨大な情報となって襲い掛かる。
好きでもない男に身体を弄ばれ、何度も何度も精液を注ぎ込まれ、胸や口を穢された汚辱感。
そして現在進行形で異形の生物達に輪姦され全身を嬲られ犯される恐怖。
初花は発狂した様に暴れ必死に声を上げようとするが、そのどちらもが叶わなかった。
「んんーーーーっ!! ……っ、くっ……や、やだっ、げほっ、ごほ……っ、うげっ…………っ!!」
何本もの触手や蔦や手が初花の身体を完全に拘束し、代わる代わる思い思いの場所に精液や卵液を撒き散らして行く。
夥しい量の妖怪の体液を飲まされ、直腸に、子宮に流し込まれ、顔に、胸に、手に、尻に、腹に、腰に掛けられ、全身が穢される。
初花自身がもはや完全にもう手遅れだと自覚した瞬間、彼女の心は完全に折れてしまった。
(もう嫌だよ……あたしの身体、完全に汚れ切っちゃったよ。せっかくお兄ちゃんが綺麗にしてくれたのにっ)
――不意に治療中に幹也が自分に対して掛けてくれた言葉が初花の心の中で蘇る。
(……それとさ。これは初花ちゃん相手だから言えること……っていうか、お願いなんだけどさ。妖怪に襲われて本当に辛いのはわかる。でもさ、それで自分は汚れた存在だから、もう俺や今後誰かを好きになる資格なんてない、なんて思わないで欲しいんだ)
どこか自分に対して懇願するような切実な顔で告げられた言葉だったが、今の初花にはもう遠く感じられてしまっていた。
(駄目だよ。お兄ちゃん。あたしの身体、酷い事になってる……もう無理だよぉ……)
口腔内にねじ込まれた魔羅が引き抜かれ、自分の顔に覆い被さっていた一匹が離れた時に一瞬見えた自分の身体を見てしまうと、初花は声を失った。
全身の至る所に触手に締め上げられた跡や、強く吸い付いていた吸盤の形に赤く腫れた肌。体を這い回ったり、胸を噛みつかれたのか、爪や牙が引っ掛かり無数の掻き傷が至る所に見えた。
妖怪の体液や精液、毒液に麻酔や媚薬効果があったのか、全身が熱く痺れる様な感覚に包まれている中、膣穴やせっかく幹也に処女の代わりにと捧げる事ができた菊門が大きく歪に広げられながら、今もなお異物が自分の中を暴れ回っていた。
ようやく初めて恋を知り始めた気がしたというのに、大切な身体は穢され尽くしてしまった。
人に裏切られ、妖怪に襲われ、自分はもうどうすればいいのだろうか。
このまま巣に連れ去られて、今度こそ妖怪を孕まされてしまうのではという恐怖が頭をよぎった。
(いやだよ……このまま妖怪を生みたくないよ…………っ)
苗床になるのは嫌だが、だからと言って仮にこの場から解放されたところで、行く当て等どこにもなかった。
もしかしたらいつまでも帰ってこない自分を大切な家族達が探しているのかもしれないが、誰にも見られたくなかった。
必死になって自分の身を清めてくれていた桂香や葉子。幹也とナツが慰め元気づけてくれて、ようやくまた立ち直ろうと思った矢先に、再び初花の心は完全に挫かれてしまった。
自分の身体が意志に関係なく嬲られ胎内が蠢いている。
全身がまるで焼け爛れてしまっているかの様な激しい熱さと痛みが走る。
目元から零れ落ちた涙さえ、すぐに何者かの舌が這い舐め取られ穢される。
――不意に全身が凍り付く程に冷たい風が吹き荒れた。
初花一人では絶望のどん底から這い出ることすらできない状況から、彼女をさらに冷たい闇へと導く存在が現れたのだった。
『可哀そうに……。とても辛かったでしょう?』
(……え? 誰? ううん。もう誰でもいいや)
すでに巻き起こった風は猛吹雪となって初花の周囲を取り囲んでいた。
彼女を犯し続けていた妖怪達の悉くがその生命活動を停止させていく。
そして、それらが彼女に向けて放ち続けていた体液どころか妖気すらも完全に凍り付かせていく。
やがて吹雪が止むと、初花と吹雪を巻き起こした女のみが、この猛吹雪の中で生き永らえている存在となっていた。
凍死してもおかしくない冷気に一糸纏わぬ姿で浴び続けていたにも関わらず、初花はむしろその冷風に心地良さすら感じていた。
全身を蝕む熱感や傷を冷やしてくれているのか、それすらも感じる事ができないくらいに身体の感覚が麻痺してしまったのか。
初花がぼんやりとした様子で、力なく閉じられていた瞳を開くと、目の前には自分を慈しむかの様な瞳を向ける女の顔があった。
「……『雪女』……」
『えぇ。その通りよ』
初花が女の正体を呟くと、あっさりと認めた。
まだ彼女の心も生命も失われていない事に本当に安堵しているかの様な表情を浮かべている。
雪の様に冷たく白い手で初花を抱き起こすと、傷ついた少女の心を慰め、優しく愛でる様に撫でて行く。
『本当はちゃんと契約してからなんだけど、昔を思い出しちゃったから、完全にとはいかないけど特別に先にあなたを治してあげるわ』
「……え?」
いきなり『雪女』から告げられた言葉の意味がわからず、呆然とした表情で聞き返していると、その間に『雪女』は言葉通り治療を始めていた。
初花の全身にこびり付いていた様々な妖怪の体液は先ほどの猛吹雪で完全に凍結しており、それが彼女の身体から氷と一緒に剥がれ落ちて行く。
そして『雪女』が妖気を高めると、初花の全身は透き通る程透明な氷に包み込まれた。
初花を包み込んだ氷は彼女の体温に触れるとたちまち溶けて水になり、彼女の身体の汚れを洗い流していく。
氷が完全に溶ける頃には、初花の身体の『表面上の傷や汚れ』は完全に消え、きめ細かく瑞々しい綺麗な柔肌が元通りに治療されていた。
自分の見るに耐えない穢れた姿が、まるで夢だったと思える程に、一切の痕跡がなく癒えている。
「うそ……。どうして……っ!?」
その事実に気づき、初花の心に歓喜が湧き上がる直前、猛烈な吐き気に襲われる。
突然全身の穢れが消えた反動で、口腔内に残っていた物や飲み込んでしまった精液や体液の異臭やえぐみがぶり返してきたのだ。
「――っ!? うぐっ……うげっ……げほ、げほ……うぇぇ……っ」
ここで吐き出してしまえば、せっかく綺麗になった身体がまた汚れてしまう。そんな恐怖から反射的に口元を抑えて必死に吐き気を堪えるが、たまらずすぐに嘔吐してしまう。
『交渉材料に使うつもりだったのだけれども、ごめんなさいね。こっちも先に取り除いてあげるべきだったわね』
「んぅっ!?」
吐瀉物塗れになってしまった初花の口に躊躇することなく口付けをすると、初花からしたら癒しの効果があるとしか思えない不思議な水を流し込み汚れた液体を浄化していく。
冷たく不純物がない真水の様な液体が流れ込んでくると、初花は夢中でその液体を飲んでいた。
『ん……ん、ちゅぷ。うふふ。私の氷、そんなに美味しかった?』
「あっ!? ……う、うん。口の中すごく気持ち悪かったから……えっと、ありがとう」
口付けに応じるどころか、まるで自分の方から求めてしまった事に気づき恥ずかしそうに頬を染めつつ、彼女の好意に素直に礼を伝えた。
『あなた、名前は?』
「初花。音羽初花って言うの」
『初花か……。ここからは交渉になるわね。私の要求は一つ。初花、私の物になりなさい』
「そ、それは……助けてくれたのは、本気で感謝してるんだけど……でも、あたしは…………」
『残念だけど、初花。あなた、もう手遅れよ。妖気を大量に取り込み過ぎてしまっている………………すでに妖怪化が始まっているわ』
「――え?」
初花には『雪女』が言っている意味が理解できなかった。理解したくなかった。
『誤解がないように言っておくけど、私が治療をしたせいじゃないわ。霊力が尽きている時に色んな妖気を大量に注ぎ込まれたせいよ。……昔の私と同じくね』
淡々と告げられた残酷な真実に初花は言葉を失う。
反射的に初花は嘘だと叫びそうになったが、できなかった。
もはや自分の身体には一切の霊力が流れていない事に気づいてしまったから……。
「……ごめん。ちょっと待って。どうしたらいいの? あたし、どうすれば……」
初花が錯乱状態に陥ってしまうのも無理はないだろう。あまりにも理不尽に事が進み過ぎてしまっていたのだ。
無抵抗にされた状態で男に犯され、気づいたらそのまま大量の妖怪にも穢し尽くされ、妖怪になる一歩手前?
『残念だけど『人』のままでいる事はもう無理よ。せめてもの情けとして私の手で初花を私の仲間にしてあげる』
「……それは駄目」
『どうして?』
「あたしは水杜神社の巫女だから。まだまだ全然修行不足の半人前だから…………あっさり、妖怪に……やられ、ちゃったけど…………ひくっ……自分から進んで妖怪になっちゃったら、絶対にお父さんも……お母さんも……お姉ちゃんも、お兄ちゃんも…………みんな怒るし、悲しむもん………………だから………っ」
途中で泣きながらも初花は必死に最後まで自分だけでなく大切な一族としての誇りを告げる。
今もこんなボロボロになってしまった自分を血眼になって必死に捜索してくれているであろう家族を裏切る選択をしたくなかった。
決して全ての妖怪を害するつもりはないが、だからと言って理不尽な妖怪の凶行を許すつもりも、それに屈するつもりもない。
『そう。強いのね』
「……強くなんかないよ。弱いから、こんな目にあっちゃったんだし…………それでも、お姉さんみたいな妖怪にあえて良かったよ。身体の傷とか汚れ、綺麗に治してくれてありがと」
このまま森を出て人通りのある所まで向かうべきか、妖怪らしく宛もなく森を彷徨うべきか。未だにどうするべきかは迷い続けていたが、まずは、
(どっか水がある場所かな。前も後ろもすごい気持ち悪いし。ちゃんと洗いたいな)
『待ちなさい。中、気持ち悪いでしょ。そこも綺麗にしてあげるわ』
話は終わったと踵を返し立ち去ろうとした初花に『雪女』がそう呼び止めた。
魅力的な提案ではあるのだが、進んで妖怪へと堕ちる選択はできないと言った手前、受け入れにくい所でもある。
『本当はそこも勧誘に使うつもりだったけど気が変わったわ。あなたがそこまで強い意志を持っているのなら、私も本気で初花を口説き落としたくなっちゃったからね』
「でも……」
『ふふ。それなら治療費を頂こうかしらね』
「治療費?」
『治療が終わったら初花の処女を頂くわ。それでどうかしら?』
処女という言葉に初花の表情が暗くなる。自分はもう初体験が残ってる場所などどこにもない。
それどころか唯一捧げたいと思った相手との行為の余韻すらとっくに失われてしまっていたのだから。
そんな初花の悲痛な表情に気づいたのか『雪女』は早々にネタバラシを始める。
『実はこの氷は『おちみず』を使って作り出しているの』
そう言いながら『雪女』は自身の手の平に氷の塊を出現させた。おそらくこれと同じ物で先程の治療を行っていたのだろう。
「え……」
初花は自分の身体を治してくれた物の正体に思わず固まる。もし『おちみず』が、自分が知っている物と同じだとするのならば、ある意味納得できるのだが、逆に別の不安が生まれて来てしまう。
「そんなの中に入れちゃったら、今度はそいつに卵産み付けられちゃうんじゃないの?」
初花の言動が自分に対して大分打ち解けて来たような言葉遣いになって来た事に『雪女』も嬉しさを感じているようだった。
『ふふ。大丈夫よ。だってこいつの妖気、私が全部奪って私の妖気しかないもの。せっかく治療して綺麗にしてあげた女の子を他の妖怪なんかに孕まされてたまるもんですか。まぁそれを信じるかどうかはあなた次第だけどね』
「っ。ぷっ。あはは……そっかぁ。ほんとは簡単に信じちゃいけないんだろうけど、お姉さんの言う事はなんだか信じてもいいかなって気がする……あ~でも、お姉さんの仔を産むのもちょっと遠慮したいんだけど……」
『それも大丈夫よ。女を『雪女』にして仲間を増やすのが良く言われてる方法だけど、ちゃんと自分で見定めた孕みたい相手の仔を孕むこともできるし、逆に無理やり孕ませようとしてきた相手の妖気や精を拒絶して打ち消す事もできるわよ。妖怪とは言っても女なんだから、ただ好き放題に誰彼構わず精を撒き散らす雄共とは違うわ』
「へ~」
もっともいくら自力で打ち消すことができるとは言え、さすがに打ち消し切れない程の量を注ぎ込まれればその限りではないが、少なくともこの近辺を縄張りとしている妖怪達のボスである目の前の『雪女』に限って言えば、彼女が望まぬ仔を孕まされる可能性は極めて低いだろう。
彼女に自分の仔を孕ませようと虎視眈々と狙っている雄も数多く存在しているが、下手に手を出せば先ほど初花を助け出す際に振り払われた者と同じ末路を辿ろうだけだ。全身を凍結され粉々にされるか、腹が減っていればその妖気を喰われるのみ。
自身を助けてくれた存在であり、今もどこか親し気に語り掛けてくる存在に初花はすっかり心を開き打ち解け始めていた。
『ところで……『あれ』はどうするつもりかしら?』
「え? …………――っ」
不意に『雪女』が指刺した方向を目で追い、『あれ』と称された存在に気づくと、笑顔さえ見せ始めていた初花の目が険しくなる。
二人の視線の先には初花が妖怪化してしまった全ての元凶とも言える存在がいた。
『あの男はあなたの恋び――』
『――冗談じゃないよっ!! あいつのせいであたしはっ!! 許せないっ。絶対に許さないっ!!』
「ひっ!? ひぃぃぃっ!?」
男の存在に気づくや否や激しい怒りと同時に殺気だけでなく妖気までもが初花の身体から放たれ始めた。
刺し殺されそうな程に鋭い二人の視線に男は無様な悲鳴をあげることしかできなかった。
逃走防止に氷漬けにされた両足は完全に地面に貼り付けられており、逃げられない。
『……恨み骨頂ってわけね』
まだ妖怪として完全に覚醒し切ってない時点で、すでに自身の妖力を上回りそうな程の力の放出に一瞬怯んだ表情を見せたが、初花が理性を失っていない事に気づき安堵する。悪戯に彼女を挑発しないで、怒りの矛先を向けられない限りは、間違いなく彼女は心強い仲間となってくれると確信したからだ。
『何もできないあたしを無理やり犯して楽しかった? 気持ち良かった? ねぇ、どうだったの?』
「あ、あわわ……わ、悪気はなかったんだ……ただ、初花ちゃ……音羽さんの事が好きで、魔が差しただけ――ひぃぃっ!?」
相手を軽蔑し切った冷たい視線で淡々と問い詰める初花の迫力に、悲鳴交じりに答えにならない返事を口走りながら、必死に自由に動かせる両手をバタつかせると――右腕の肘から下が凍結しそこからバラバラに砕け散る。
完全に凍り付いていたため、痛みも血が吹き出る事もなかった。
男が呆然と突然失われた右腕があった辺りの場所を見つめているが、初花の糾弾はまだ終わらなかった。
『もしかして、あたしで上手くいったから、今度はお姉ちゃんを同じ目に遭わせるつもりだった?』
「――っ!? どっどうしてそれをっ!? ……あっ、いや、ちがっ…………ぎゃああぁぁっ!?」
この期に及んでまだふざけた事を考えていた男の左腕が失われた。
同時に、男の制服のポケットから小さな物体が転がり落ちる。
『すっかり忘れてたよ。そういえばこういうのもあったよね。あたしを犯した時の様子をしっかり録画してたもんね』
「――っ!?」
男の両腕の喪失は、初花の殺しへの葛藤が原因だった。激しい怒りの衝動のままに妖気を放てば、簡単に男を殺せたにも関わらず、男を生かしていたのは初花の人として、そして巫女としての葛藤と良心が残っていたからだった。
しかし、地面に落ちたカメラの存在が視界に入り、そこに記録されているであろう内容を思い出した瞬間、初花の最後の良心が消え去った。
直後、断末魔を上げる事もできずただ無様に大きな口を開けた状態で男は完全に氷漬けとなり、生命活動を完全に停止した。
『…………やっちゃった。これで、もう、完全に妖怪の仲間入りだね。あたし……』
越えては行けない最後の一線を越えてしまった事を悲しみながら、初花は自嘲気味に呟いた。
『因果応報だと思うけどね。ここまで下衆な事できる人間、そうそういないと思うわよ』
『人間も妖怪もそんなに変わらないのかな…………はぁ…………』
初花は自身の手で作り出した凍死体をぼんやりと見つめていた。
不思議とそれほど後悔を感じてはいないが、やはりどこか物悲しさを感じてしまっていた。
仮に男がまだ生きていれば、間違いなく怒りを越えて殺意や憎悪を煮え滾らせていただろう。
『……で、『それ』、どうするつもり?』
『今のあたしじゃ供養なんてできないよ……妖怪になっちゃったんだし』
『…………はぁ。ほんと、こんな優しい子がなんで、こんな目にあっちゃうのかねぇ……』
『ふぇ? なんて言ったの?』
あまりにも根が優しすぎる少女の言葉に、『雪女』思わず溜め息交じりに放った世の中の理不尽に対しての呟きは本人には聞こえなかったようだ。
『そいつの身体、私がもらっていい? 人の身でここまで穢れた魂なんて、人肉も含めて滅多に味わえない一品だからね』
『うぇっ!? た、食べるの……?』
『ん? あぁ、あんたが食べるってんなら、別に取らないわよ?』
『うぅ……そうじゃなくてさ~……』
どこか会話が噛み合わない様子に『雪女』は首を傾げつつ初花の言葉を待つ。
『えっとさ……あとでお姉さんに約束通り、その、抱、抱かれなきゃ、でしょ? お姉さんに抱かれるのは、大丈夫なんだけど、でも……あいつを食べた後にっていうのが……なんか、ちょっと嫌だなぁって』
『あぁ、そういうことかっ。ごめんごめん。ちょっとそこまで気が回らなかったよ』
あははと軽く笑い飛ばしながら、初花の心情を察すると、同時に思いついた悪だくみを提案する。
『それじゃ、バラバラに吹き飛ばして、他の妖怪達に食べさせてみない? 魂も肉体も食べられちゃうから、簡単には輪廻に戻れなくなるわよ』
『うへぇ……いいのかなぁ?』
『ふふ。今更、神も仏もないでしょ』
『……うん。そうだよね。……んっ。それじゃあ、あたしの新たな妖怪人生……? の第一歩として――』
二人が妖気を解放すると、冷たい風が周囲に巻き起こり始めた。
少しずつ強まっていく風は、やがてチラチラと雪を降らし始め、辺りの景色を白く染めて行く。
自分達が作り出した猛吹雪の中、その冷たい風と氷を全身に気持ち良さそうに浴びながら、互いに笑顔で頷き合う。
『いくわよーーっ!』
『せーーーのっ!!』
男の凍死体は空高く打ち上げられ、その最高点に達すると同時に跡形もなく粉々に砕け散った。
吹き荒れる風に乗って粉雪の様にキラキラと光を反射させながら森中に散らばり、やがて一切の痕跡を残すことなく消えて行った。
『はぁ……こんな事思っちゃいけないのかもしれないけど、少しは気が晴れた……のかな?』
『場所を移しましょうか。ここだと初花の治療と代金をもらってる間に、どんどんと邪魔者が沸いてくるだろうしね』
『あっ。ちょっと待って……』
ふと思い出した様に初花は地面に転がっていた自分の学生カバンと周囲に散乱してしまった彼女の所持品から何かを探し始める。
そして、目的の物を見つけ出すと、一瞬表情を曇らせたが、すぐに首を振ると少しだけ儚げな笑顔を浮かべた。
『おまたせ』
『……持ってく物はそれだけでいいの?』
『うん……他のは人間だったあたしはもういないから諦めが付くんだけど、これだけは、ね』
初花が両手に大切そうに抱いていたのは、所々が傷つき、汚れ、液晶画面にも皹が入ってしまっていた携帯電話だった。
彼女の表情から『雪女』も、何か未練や思い入れのある物なのだろうと言うことだけを察し深く追及はしなかった。
『それじゃ、いくわよ。……あっ』
思い出した様に『雪女』が自分の着物の帯を解くと前をはだけ、初花を手招きする。
その行為に一瞬初花も心の準備もなく身体を求められているのかとドキリとしたが、それは杞憂だった。
自身の肌を晒しながら、着物の片側の端を掴みまるでマントの様に広げ、自分も一緒に包もうとしてくれていることに気づいたのだ。
『さすがに女の子が裸を安売りしながら森を歩くのは駄目ね。おいで』
『うんっ。えへへ、これからよろしくねっ。新しいお姉さんっ』
互いの身体は冷たく冷え切っていたが、それでも寄せ合い触れた肌はどこか安心する温もりを感じるものだった。
こうして二人の『雪女』は森の奥深くへと消えて行く。
二人の姿が見えなくなる頃には、真冬の雪山の様な姿をしていた周囲の木々や地面に降り積もった雪は溶け、すっかり真夏の風景へと戻っていた。
終始陰鬱な展開になると思ってましたが、気づいたら初花と雪女が意気投合してました。
途中でどこかのタイミングでぶつ切りにして、その後の展開をダイジェストっぽくする予定でしたが、切り時がなかなかしっくりこないため、そのまま一区切りが付く所まで書き進めました。