「はっ…………え?」
現実世界に戻った愛莉が最初に見たものは厳つい顔の男だった。
男は愛莉と目が合うと、ニカッと豪快な笑みを浮かべた。
「きゃああぁぁっ!?」
その瞬間、愛莉は男を突き飛ばし、自分も尻を突いたままの体勢で後ずさる。
『なんじゃ、思ったより元気そうではないか』
突き飛ばされたにも関わらず特に気にした様子もなく男は気さくに愛莉へと話しかけたが、彼女にとってはそれどころではなかった。
「え、え!? 誰っ!? っていうか、妖怪!? え? どういうことなの?」
枕返しが作り出した夢の世界から脱出できたと思いきや、目が覚めたらいきなり強面の天狗が自分を覗き込んでいたのだから仕方ないだろう。
落ち着いて整理する間もなく次々と様々な情報を押し付けられている状況に、愛莉は無意識に胸元に手を当てる――ぬちゃりとした感触がした。
愛莉の胸にはまだ生暖かい白濁液がべったりと付着していた。
「ぅ、ぁ、あぁ……い、いやぁ……もういやなのに……」
さらに内股や太腿にも犯された痕跡があることに気づいてしまった愛莉は、その場で泣き崩れてしまった。
『一応言っておくが儂ではないぞ? ほれ、嬢ちゃんを辱めておった奴の亡骸ならばそこに落ちてるであろう』
目の前に妖怪がいるにも関わらず戦わないどころか、いきなり泣き喚き始めてしまった退魔巫女の姿に天狗も困惑してしまっていた。
まだ彼女に指一本触れてすらいないというのに、自分の仕業と勘違いされたくなかったため弁明はしてはいたが、今の彼女の耳には届いていないだろう。
迂闊に近寄る事も声を掛ける事もできずに、結局天狗はそのまま愛莉が泣き止むのを待つことしかできないのだった。
『少しは落ち着いたかの?』
「ひくっ……ぐすっ…………すん……………………う、うん……」
『まぁ退魔巫女をしておれば、そういうこともあるからの。あまり気を落とすでないぞ』
「…………………………」
ようやく愛莉は今の状況の異常事態に気づくが、羞恥心のあまり顔を上げられずにいた。
本来ならば、忌むべき妖怪相手にこんな致命的な隙を晒すなどあってはならないと教わっていたのに……。
とはいえ、教えを思い出してしまった以上、泣き腫らしてボロボロになってしまった顔を他人に見られるのは死にたくなるくらい恥ずかしかったが、妖怪がいつまでも待ってくれているとは限らないのだからと、愛莉はゆっくりと顔をあげ、再び天狗と対峙する。
『ほれ。小娘、受け取れ』
「え?」
そう言うと天狗は腰に下げていた瓢箪を愛莉に向って軽く放り投げると、彼女はそれを反射的に受け取ってしまった。
手にした瓢箪の中からはたぷんと液体が流れる音がした。
『案ずるな。ただの水だ』
中の液体の正体に訝し気な表情を愛莉が浮かべると、天狗がぶっきらぼうにそう答えた。
さすがに愛莉も素直に天狗の言葉を信じるわけもなく、試しに栓を抜いた瓢箪を傾け地面に液体を垂らして中身を確認する。
結果は透明な液体が注ぎ口から流れ地面を潤しただけだった。
続いて手に垂らしてみたが、妖気を感じることも妙な匂いがすることもない。
それどころか、清らかな大地の霊力を含んでいる、まるで霊泉から汲んで来たような、そんな代物だった。
「……あ。本当だ。ごめん、疑って」
『かまわぬよ。そのまま疑いもせずにガブガブ飲むような者より、嬢ちゃんが聡明なだけじゃろうて』
愛莉は自身の失礼な行いに対して素直に頭を下げる。
天狗も当然の反応だと思っていたのか特に気にしている様子はなかった。
「うん。じゃ、飲むわけじゃないけど、使わせてもらうね」
『うむ。遠慮せず使うと良いぞ』
まずは胸にかけられた精液を洗い流そうと愛莉は衣服に手を掛ける。
胸元が大きく開かれ、豊かな双丘が半分以上露出してしまっていた胸元をさらに開く。
袖口から腕を抜き肩から下ろし、完全に上半身を露出させる。
そこで、改めて自身の穢された乳房を見た愛莉が表情を歪めていると、
『ふむ』
まるで何かをじっくり品定めしているかの様な恭しい頷きが聞こえ、慌てて両手で胸を隠す。
「ちょ……見ていいなんて一言も言ってないんだけど?」
『なんじゃ? それなら儂に背を向ければよいだけのことじゃろう? もっともうら若き女子が卑しい妖怪相手に背を向けたらどうなってしまうかはわからんがのう。カッカッカッ』
「――っ!?」
『ま、冗談じゃ。これくらいの役得があっても良いかと思ったんじゃがの』
冗談半分に愛莉をからかうと、天狗はあっさりと彼女に背を向ける。
その行動に愛莉はますます困惑してしまっていた。
天狗が自身を女を犯す妖怪だと言うなら、自分はその妖怪を滅する存在だというのに。
地面に落ちている薙刀を拾い、そのまま無防備な背中に斬りかかってくるとは考えないのか、それとも自分程度の実力の退魔巫女など脅威とすら見られていないのか……。
(……ま、やめとこ。少なくとも今は敵意はないみたいだし)
簡単にだが胸元の汚れを流すと、天狗がこちらを振り向く素振りを見せないのを確認してから、愛莉は一瞬躊躇ったが、意を決して緋袴を腰まで捲り上げた。
そのままその場にしゃがみ込んで露になった下腹部に水を垂らしていく。
膣口から逆流してきた精液と水が混ざり合った液体が地面に流れ落ちピチャピチャと水音を立てる。
その音は間違いなく背を向けている天狗の耳にも届いてしまっていることだろう。
「うぅ……」
だからと言ってさすがに愛莉も彼に耳を塞げとまでは言えず、羞恥心に耐え切れず呻き声を上げることしかできなかった。
『ふむ。まぁ、あの程度の量では洗い流すには到底足りんだろうな』
「え? あ、うん。どうせなら今すぐにでも沐浴でもしたい気分だよ、無理なのはわかってるけどね……」
彼女の呻き声を不満からくるものだろうと考えた天狗が発した言葉に便乗するように愛莉もダメ元でと要望を告げた。
『ふむ。ならば良い場所に連れてってやろう』
「……それって、アンタの住処とかじゃないでしょうね?」
『儂としてはそれでも構わんが、まぁそう警戒するな。……そういえば嬢ちゃんの名は?』
「………………愛莉。篠宮愛莉……です」
まさか妖怪に名前を尋ねられるとはと逡巡したが、愛莉は素直に天狗に自身の名を名乗った。
そして反対に今度は愛莉が天狗の名を尋ねようとしたが、とっくの昔に忘れてしまったと、はぐらかされてしまう。
自分だけ教えてもらえなかった事に不公平な感じがして愛莉はむくれていたが、その反応すらも天狗はまるで楽しんでいるかのようだった。
『さて、儂が愛莉を抱きかかえて移動した方が手っ取り早いんじゃが……ま、それはまだ時期早々のようじゃの』
「うん。さすがにまだそこまで信用する気にはなれない。ちょっとでも変な素振りを見せたら……。その首、掻っ切っちゃうかもしれないよ?」
対峙した妖怪は例外なく全て退治せよ。
愛莉を始め、多くの退魔巫女たちは育成機関で修練に励んでいた時はそう教官に教わり続け、彼女たちもそこに何の疑問を持つことなく過ごしていた。
時には善意を装い狡猾な手段を用いる卑劣な妖怪も存在するとも教わっていたが、目の前の天狗がそんな存在だとはとても思えなかった。
退魔巫女としての教えと、目の前の妖怪に対して恩を感じている気持ち。
その二つを天秤に掛けた末に愛莉が出した答えが警告だった。
愛莉自身も助けられたのは自分の方だという自覚はあったが、それでもこの村に派遣されてからの数々の出来事から疑心暗鬼になってしまうのは仕方のない事だろう。
『カッカッカッ。そうかそうか、ならば着かず離れずで着いてくるが良いぞ。まぁ、多少儂から離れすぎた所で愛莉ならば、奴らの囲みを突破する事も、そもそもこの森から出る手段もあるじゃろうが、無理は禁物じゃぞ』
愛莉から幾度となく猜疑心を向けられても天狗は変わらず豪快に笑い飛ばす。
そして天狗を恐れて近寄れない小物妖怪の存在や愛莉自身も完全に失念していた『帰還の符』の存在すらも把握していたのだった。
「――っ、………………くっ」
天狗の指摘を受けて愛莉はすぐに『帰還の符』を手に取るが、使用するのを躊躇ってしまう。
(こんな状況で戻ったら、またアイツに…………っ)
治療や霊力回復と称して犯される。
せめて依頼を果たしていれば、最低限の報告をしてその足ですぐに花杜神社へ帰還することもできただろう。
しかし、まだこの地に留まらなくてはいけない以上『適切な処置と支援』を愛莉の方から拒否する事はできない。
『……何か訳ありのようじゃの。いずれにせよ、それを使うのは目的地に着いてからでも遅くはないじゃろ。不測の事態に備えていつでも使える様にしっかり握り締めておくと良い』
そう言うと天狗は愛莉の返事を待たずに背を向けたまま歩き出してしまう。
――どうしてそんなに自分に親切にしてくれるのか。
天狗が動き出してしまったため、愛莉が彼にそう問いかけるタイミングを逃してしまう。
きっと今そう問い掛けたとしても行先も答えをはぐらかされてしまうだけだろうと感じた愛莉は、そのまま黙って天狗の後ろを着いていくのだった。
***
「え……すご……っ」
愛莉は目の前の壮大な光景に呆然と呟いた。
天狗に案内されながら、さらに森の奥へと歩いていくと、急に森を抜け視界が広がる。
まるでそこだけ木々をくり抜いたかのように大きな湖が広がっていた。
天狗が水筒代わりに持っていた瓢箪に入れていた水もここから汲んで来たものだったのだろう。
『カッカッカッ。どうじゃ、愛莉にとっては儂の住処で共に愛を育むよりは魅力的な場所だったじゃろ?』
「うん。なんか、ホントごめん。正直アンタの事すごい疑ってたから……申し訳ない気持ちでいっぱい」
『構わぬよ。ほれ、早う服を脱いで水浴びをするとよいぞ』
「…………………………」
相変わらず隙あらば露骨な下心を向けてくる相手に愛莉は冷ややかな視線を向けるが、天狗は動じることなくさらに揶揄う様に嘯く。
『なんじゃ? 儂の事なら気にせんでよいぞ。ほれ、汚れてしまったお主の『ぱんてぃ』を洗ってやるからの。他も全部渡してくれれば、水浴びをしておる間に代わりにしっかり濯いでおいてやるぞ』
「んなっ!? か、返せっ!!」
おそらく愛莉が枕返しに襲われた時に脱がされ、そのまま投げ捨てられていたのであろう下着を天狗はいつの間にか回収し、そしてあろうことか彼は土や体液に塗れ汚れてしまっていたその下着を今の今まで懐に大事に抱えていたのだった。
『なんじゃ、せっかく儂が洗ってやろうと思ったのにのぅ』
愛莉が顔を真っ赤にして自分の下着を取り返すと、天狗は心底残念そうに肩を竦める。
「いくら洗ったって、もうこんな汚れたの履けるわけないでしょうがっ! っていうか、何わざわざ持ってきてんのよっ!?」
『不要になったとは言え、森に物を捨てるのは感心せぬことだぞ?』
失念していた自分が悪いのはわかっていても、どうせなら気づかないままでいたかったという乙女の心情を理解していない妖怪に正論で返された愛莉はもどかしさに頭を抱える事しかできないのだった。
その後、愛莉は衣服を身に付けたまま水浴びを始め、できるだけ天狗から離れた沖側の方で身体と服の汚れを洗い流すのだった。
愛莉は水浴びを終えると、腰を下ろして寛いでいた天狗に倣い、自分も近くの岩に腰掛け、予め彼が熾してくれていた焚火で身体を温めながら濡れた衣服を乾かし始める。
「……ほんと気が利くね」
『カッカッカッ。どうじゃ、惚れたか?』
「ごめん、それはない」
『残念じゃのう』
わざとらしくがっくりと天狗は肩を下ろして見せた。
「……それで、そろそろ本当の事を教えてくれない? アンタはいったいワタシをどうするつもりなの?」
真剣な瞳でそう問いかけた愛莉自身も戸惑っていた。
教官たちから教わり、実際に自分自身も相対してきた妖怪たちと比べて、目の前の天狗はあまりにも異質な存在だった。
仮に人間の様に優しさを見せながら近づいて、わずかに心を許した瞬間にどん底へ突き落すつもりなのだとしたら、すでにその目論見は達成されてしまっているだろう。
結局妖怪は全て同じだったと深い絶望と悔しさを感じながら、捕らえられた自分は無理やりこの妖怪の仔を孕まされ続ける惨めな最期を迎えるだけだ。
だが、ただ自分を絶望させたいだけにしては、彼の行動はあまりにも回りくどく、余計な事をしすぎているのだ。
『うむ。単刀直入に言おう。愛莉よ、儂の妻とならぬか?』
「……………………は?」
『一目見た瞬間ビビっと来たのじゃ! この女子こそ儂の求めていた最高の伴侶となる者じゃと!!』
「…………………………」
『して、愛莉よ、儂のぷろぽおずに対しての返事は如何様か?』
一方的に告げられている情熱的な求愛の言葉を呆然と立ち尽くした状態で聞き続けることしかできなかったのは仕方ないだろう。
妖怪から求婚を受けるという、あまりにも常識外れの出来事に直面してしまっているのだから。
「それって、その……お前を苗床にしてやる、とか孕み袋にしてやるってこと?」
きっと違うだろうと思いつつも愛莉は確かめずにはいられなかった。
多少状況は違うが、妖怪達からの宣戦布告としても天狗の言葉よりももっと口汚く低俗な言葉を吐かれた事はある以上、安易に頷く事はできないと。
『なんじゃ? その方がお好みとあらば、望み通りにしてやってもよいぞ?』
「――っ、ち、違うっ! そんなんじゃなくてっ!!」
『わかっておる。儂も若かりし頃は次々と女子を捕らえては有無を言わさず儂の仔を孕ませておったからの』
「やっぱりアンタも悪い妖怪じゃないの」
『否定はせんよ。元々儂ら妖怪は女子を孕ませてなんぼの存在じゃからな』
結局こうやって会話に応じたり親切心を見せることがあっても、ただの気まぐれの遊び心に過ぎないのだろう。
心のどこかで全ての妖怪が悪と限らないのでは、と感じ始めていた愛莉は自分で気づかずに落胆するが、その間も天狗は昔話を続けていた。
『いつもの様に潜り込んだ村で良さそうな女子の物色をしておった時に、その娘を見つけてしまった』
「……なんか意味あり気に言ってるけど、結局無理やり連れ去ったんでしょ」
『……そうじゃな。今まで出会った事もない程に素晴らしい女子を手に入れたと浮かれておったよ。この娘にも儂の仔を孕ませてくれようとな』
「最低だね」
『そうじゃろうな。この娘は間違いなく今までの女子よりも優れた仔を産み落とすと思い、すでに孕んでいようが、いまいが夢中で何度も何度も犯し続けて……目を離した隙に自殺されてしまった』
その言葉に愛莉の視線が鋭く批難するものへと変わっていく。
退魔巫女として彼の悪逆非道の行いを許せるわけがなかったからだ。
彼女の厳しい視線を受け続けながらも、天狗は懺悔する様に話を続けていく。
『何度も犯している内に、あるいは一人、二人と仔を産ませてしまえば諦めて堕ちるかと思ったんじゃがの……。結局、娘はいくら儂に抱かれても抗い、注いだ妖気すらも拒み続け、妖怪化することも、孕んだ仔を産む事もなく死んでしまった……』
「アンタにとってはその人だけが特別だったのかも知れないけど、アンタが踏み躙った女の子は他にもたくさんいるんだよ」
『わかっておる……いや、あの者がきっかけで気づかされたと言った方が正しいかの』
「それで今度は妖怪に襲われてる女の子を助け回って罪滅ぼしをしてるつもり?」
『カッカッカッ。手厳しいのぅ。だが、残念ながらそこまで人間側に協力するつもりはない。お主を助けたのは先ほど言った通り妻に迎えたいからじゃ』
辛い過去を語っている最中の悲痛な表情から一転させ、まったく悪びれたも様子もなく答える天狗に愛莉は薙刀を突きつける。
「無理。ワタシは妖怪の妻になんかならない」
『やはりダメか。残念じゃのう』
気落ちした素振りを見せる天狗に愛莉は油断することなく薙刀を構え戦闘態勢を維持する。
「それで、フラれた妖怪は今度は力づくでワタシを襲うんじゃないの?」
『そんなことはせぬ。少なくともお主に手荒な真似をするつもりはない』
「ふぅん……ま、それならワタシも今はアンタと敵対するのはやめとく」
愛莉は薙刀を下ろしゆっくりと構えを解いた。
目の前に妖怪がいるのに自分から手を引く決断をすることに多少なりとも葛藤を感じずにはいられなかったが、現状最優先で倒さなくてはいけない妖怪が他にいる以上、余計な敵を増やす行為は得策ではないだろう。
そんな打算的な考え方をしつつ、多少なりとも世話になり恩を感じてしまった相手と刃を交える事が避けられたことに愛莉はどこか安堵していた。
『まぁしばらくはお主の周りを付き纏わせてもらうことになるがの。いつ心変わりしてくれても構わんぞ?』
「なっ……ちょ、迷惑だから」
すんなり身を引いてくれたと思ったら一転、今度はストーカー宣言をしてきた天狗に愛莉は心底嫌そうな顔をする。
そんな愛莉の反応を見た天狗は邪険に扱われているにも関わらず不思議そうに首を傾げる。
『なんじゃ。儂の力は不要か? 自分で言うのもなんじゃが、儂の実力はちょっとしたものだぞ?』
「え……?」
愛莉は天狗の言葉の意味が理解できなかった。
確かに妖怪を使役する術はあるが、それはあくまで自分の霊力と符術でその妖怪と契約することで初めて行使できるように手段だ。
「……もしかしてワタシと契約するってこと?」
確かにこの天狗なら戦力として申し分ないが……。
『残念じゃが、愛莉の霊力で儂と契約するのは無理じゃろうな。儂は強いからのぅ』
「くっ……わかってるわよっ」
一流の退魔巫女ならともかく今の自分では純粋に実力不足なのはわかっているが、面と向かって言われ愛莉はムッと頬を膨らませた。
『カッカッカッ。別に契約せずともお主の手助けくらいはできるじゃろうて』
「……手伝った見返りに結婚しろとか言うんじゃないんでしょうね?」
『そんな事は言わんよ。そんな方法でお主を手に入れてもつまらぬからの。自分の意志で儂の妻になると誓ってもらえるように好感度を稼いでおるだけじゃよ。存分に儂を利用するとよいぞ』
「あ、そう……]
これまでの言動からもおそらく天狗の言葉に他意はないのだろう。
それは十分に頭では理解できるのだが……。
「で、アンタの方はワタシを信用できるの? 油断してたら背後からいきなり斬り掛かられるかも知れないのに」
『カッカッカッ。果たして不意打ち一つで儂に勝てるかのぉ? ……まぁ、何より少なくとも今の状況で愛莉がそんな事をするとはないと踏んでおるが、それは儂の見立て違いじゃったかのぅ?』
「はぁ……そうだね。せめて借りを返すまではワタシから先にアンタに刃を向けないくらいの約束はできる、かな? うん」
『そうかそうか。それは重畳。よし、では話も纏まったことじゃし、そろそろ行くとするかの。準備は良いか?』
「え? 行くってどこに?」
『この地の霊脈を己が物として妖気で侵した奴を祓いに来たのではなかったのか? 退魔巫女よ』
「――っ!! うん。お願い、案内して」
終始天狗のペースで振り回され困惑し続けていた愛莉だったが、この言葉にハッとすると表情を引き締める。
覚悟を決めた愛莉の凛とした表情と気配を感じ取った天狗は、徐に彼女を抱き抱える。
「今度こそ、負けな……え!? なっ、ちょ……っ!?」
『ゆくぞ。振り落されぬよう、しっかり掴まっておるのじゃぞっ』
愛莉の動揺に気づかない振りをしながら、どさくさ紛れにそのまま彼女を抱きかかえると天狗は空高く跳躍する。
「きゃああああぁぁぁっぁぁぁぁぁーーーーっ!?」
一目惚れした女に、強く抱き着かれ、その豊満な身体の温もりと感触という役得を存分に堪能しながら、天狗は木々を踏み台に大空を滑空するのだった。