また次話(敗北)では凌辱描写があります。また以降の話も凌辱行為があった状態で話が進むため苦手な方は避けて頂けますと幸いです。
初花編(探索~戦闘)
伝説の大妖狐『九尾』との死闘を終え、数日の時が経過した。
この村の古くからの伝統の夏祭りも無事に終わり、現世を生きる者も霊も慌ただしく過ごすお盆も過ぎて行った。
今回の一件の最初の発端とも言える妖怪から被害を被ってしまった桂香さんと初花ちゃんの二人の両親の退院も近い。
水杜神社の面々がいつも通りの日常を取り戻すのも近い事だろう。
「まぁ、ナツ様の事でもう一波乱起きそうな気もするが」
「あはは。きっとお父さん達ビックリするよ」
「もぅ。初花、笑い事じゃないでしょうが。……まぁ悪い変化ではないんですけどね。多分、わたし以上に戸惑ってしまうと思います」
とは言え、こればっかりは今まで通りナツ様のされたいように、やりたいように、で望み通り触れず障らずに徹して受け身でい続けていたのだから、今後も変わらずに受け入れてもらうほかない。ナツ様が仕える俺たちとの触れ合いや温もりを求めているのだから。
「うふふ。そうですわね。幹也さんの言う通り、お二人にはこれまで通り『そういうもの』だと思って受け入れてもらうだけですからね」
「だから俺の心を読まないでくださいって、葉子さんっ」
「あら? そんなことありませんわよ。幹也さんのお顔にしっかりとそう出てましたから」
嘘だ。っていうか、絶対ワザとやって俺の反応を楽しんでいるだろ。
「――ええ。幹也さんは特に面白い反応をして下さるので」
「やってるじゃないですかっ!」
「あたしはナツ様といっぱいお話できるようになって嬉しいけどね。まだまだナツ様の知らないことがたくさんあるし、もっともっと仲良くなりたいな」
「うん」
天真爛漫な表情で告げた初花ちゃんの言葉に、ナツ様は柔らかな微笑みを浮かべながら嬉しそうに小さく頷いた。
ちょっと照れてるのかな。と思っていると、背後からまるで「惚れちゃいました?」とでも言いたそうな厭らしそうな視線を感じたが無視。
そんな中、おそらくこのメンバーで唯一、厳格な両親寄りの思考に属している桂香さんは板挟み気味の状況に頭を悩ませていたが、当の本人たちが返ってこない事には話の折り合いも付けようがないと気づき深いため息をついていた。
「さて、それじゃそろそろ出陣と行くか」
「うんっ!」
「はいっ」
俺達は『九尾』を祓った後も、この土地の霊脈の浄化を続けていた。
本来ならば霊たちの活動が最も活発になるお盆の時期までに完遂していることだが、今回ばかりは少しばかり事情が変わっていた。
最終決戦時は『九尾』を強制的に水杜神社に呼び寄せたことで、こちらが地の利を得た状況で戦闘を迎えることができたが、同じ事を『九尾』がやろうとしなかったわけがない。
いや実際は、人間相手にそこまでするつもりはないだろう。ただその場にいるだけで禍々しく強大な妖気が結果的に霊脈を汚染してしまうだけだ。
そして、『九尾』がこちらに宣戦布告するのと同時期に頻繁に起きていた地震。これも『九尾』が活動を始めたことが原因で起きていたのは間違いないだろう。
地震により霊脈が乱れ、さらにそこに膨大な妖気が流れ込むことで新たに汚染された霊脈が表出してしまっていてもおかしくはない。
それらを完全に浄化するまでは、安心することなんてできなかった。
妖気を吸収して強大な力を得るのは『九尾』だけではないのだから。
「……俺の考え過ぎだったか?」
「今のところはいつも通り、みたいですね」
「――よっと。はいはい、あんた達はジャマジャマ。こっち側に来たらダメだからね~」
人の気配に引き寄せられたのか、フワフワと漂いながらこちらに向かってきた雑霊や妖魚を、鬱陶しそうに雑に手で祓う初花ちゃん。
うん、平和だ。
「ふわぁ~……あたし、先帰って寝ていい?」
「こらっ、初花! あんたはまたそうやってすぐに怠けようとしてっ」
「だって何にもなさそうじゃない。これくらいの霊たちならいつものことだし」
「それを確かめるために出て来たんでしょうが」
本人としては、それなりにやる気になっていたのに出鼻を挫かれたのだろう。いきなり面倒くさそうな態度を表に出し始めた初花ちゃんを窘める桂香さん。
まぁ普段なら俺も是非とも初花ちゃんの意見を採用したいところだが……。
「桂香さんの言う通りだよ、初花ちゃん。今回ばかりはしっかり歩き回って直接確認してみないとなんとも言えないからね。霊脈が安定しているならそれでよし、もし何か異常が見つかったら、大事になる前に早期対応できるってことなんだ」
「それはわかってるんだけどね……はぁ、まぁいいや。それじゃ、ちゃっちゃと終わらせて早く帰ろうね」
「もぅ。幹也さんの言うことは聞くんだから……」
「えへへー、惚れた女の弱みってやつ? お姉ちゃんももっとダイレクトに行かないと、あたしがお兄ちゃんもらっちゃうよ?」
「――なっ!? それは今は関係ないでしょっ。っていうか、あんまり幹也さんにベタベタしないで離れなさいっ。女の子が、はしたないでしょっ!!」
俺の腕にじゃれつくように抱き着きながら、初花ちゃんは挑発的な視線を桂香さんに送る。送られた桂香さんはかなり怒り心頭のご様子。
「おーけい。二人ともそこまでだ。まずは探索に集中しような」
「……原因のお兄ちゃんが言う?」
「元はといえば幹也さんがはっきりしてくれれば」
ぴたりと姉妹喧嘩は治まったが、今度は二人の恨めしそうな白い眼が俺に向けられた。
しばらくその視線に晒され続けていると、二人がほぼ同時にどこか諦めたようなため息をつく。
「……はぁ」
「……ふぅ、せめて幹也さんが帰るまでには誰かを選ぶなり、全員断るなりはっきりしてくださいね」
「善処します」
誤魔化したと思われようとこれが今の俺の精一杯の答えなのは変わらない。
優柔不断と言われようと俺にはみんなの中から一人になんて絞れそうにないのだ。
「あっ! なんならお姉ちゃん以外の三人でハーレム作っちゃう?」
そんな俺の考えを見抜いていると言わんばかりの夢の様な提案を初花ちゃんがしてくる。しっかり桂香さんを抜きにしてと言ってる辺り絶対わかってて言ってるな。
「ちょっ……なんで葉子さんまで入れてるのに、わたしだけ仲間外れにするのよっ!?」
「だってお姉ちゃん、『わたし一人が愛されなきゃダメ』ってタイプでしょ? あたしもできればそうして欲しいけど手強いライバルも多いし。それなら共同戦線張ってまずはお兄ちゃんをしっかり絡めとってからの方がいいかなって」
「そ、外堀を埋めるのが目的なら別にわたしもいたっていいじゃない」
いかん、桂香さんまで初花ちゃんの考えに毒され始めている。
というか、二人とも俺がそんな大それた真似したら、まず間違いなく君たちの親御さんに刺されることくらい察しような。
「ところでお姉ちゃん、ちょっと聞いてもいいかな?」
「なによ?」
「さっきお姉ちゃん、『葉子さんまで』入れてるのに、自分だけ仲間外れにするんだって、言ったんだよ?」
あぁ、確かに言ってたな。うん。いってた、いってた。
「え!? や、そ、それは……べっ、別にたいした意味は……」
「あぁ、うん。答えづらいなら別に答えなくていいんだよ~お姉ちゃん。あたしもちょーっと気になっただけなんだから」
「は、初花……」
「なあに、お姉ちゃん?」
「お願いだから葉子さんには黙っててね」
「もちろんっ。明日の朝のおかず一品追加ね♪」
桂香さんの思わぬ失言から珍しく終始初花ちゃん優勢のペースだったな。
まぁ見た目自体は最年長の妙齢の女性ではあるからな、あの人。
加えて自分たちどころか、もしかしたら親の幼少期を知っているくらいだろうし、頭では理解してても先入観は出てしまうだろう。
そこが、まぁつい先日初対面となった俺と二人の違いだろう。
「……っていうか、お姉ちゃん気づいてないの?」
「え? なにがよ」
「現状葉子さんが一番のお兄ちゃんの大本命なんだよ?」
「いやそんな事はないが」
無自覚の内に多少の優劣は付けてしまっているかもしれないが、未だに本気で俺は誰を選ぶべきか迷っているくらいだし。
むしろ掴みどころがなさ過ぎて葉子さん自体が本気なのかすら怪しいぞ。
「なに出鱈目な事言ってるのよ。幹也さんも違うって言ってるじゃないっ」
「はぁ~……。あのさ、お姉ちゃん。ナツ様はともかくとして、あたしやお姉ちゃんにも、お兄ちゃんってまだどこか遠慮があるんだよ。それなのに葉子さんにだけはズケズケと遠慮なしに何でも言っちゃってるんだよ。そこが葉子さんの作戦かもしれないけどさ」
まるで本当に解っていないのかと言わんばかりに溜め息を吐くと、その口から俺の三人と葉子さんに対しての接し方の違いを語り出す。正直言われた俺自身も心当たりがある気がして内心かなりドキリとした。
「油断してるとあっさり絡め捕られちゃうかも知れないんだから、お兄ちゃんも気をつけてよねっ」
「う、うん……」
なぜか初花ちゃんの言葉に何故か妙な説得力を感じてしまった。
見事葉子さんに絡め捕られてしまった未来の俺は彼女と次々と子を作り、沢山の子供に囲まれ幸せな家庭を築いてるような、そんな光景が容易に想像できてしまっていたのだ。
結局、どこか気の抜けた空気のまま探索を続けてしまうこととなってしまったが、それも道中一度も強い妖気を持つ存在も汚染された霊脈が発見されることがなかったからだろう。
***
「桂香さん。初花ちゃん」
「はいっ」
「わかってるよ、お兄ちゃん」
沼を越え山道から再び森の中へと足を踏み入れようとしたところで空気が変わった。
『一つ岩の森』の中を更に山側の方へ進んだ先。つい最近浄化したばかりだが、すでに妖気の濃度が濃くなってきていた。
おそらくこの近辺にいくつか汚染された霊脈が表出してしまっているのは間違いない。
俺は拳に霊力を込め、桂香さんは霊刀に、初花ちゃんは霊弓にと、それぞれの得物を握る力も強くなる。
「結構厄介な場所だが……まぁ、この辺はまだこっちの領分だろう」
人間にも妖怪にもそれぞれの生息圏があり、基本的にはどちらも越えてはいけない一定のライン弁えている節が太古からあった。
ある種の不可侵条約めいたものを互いに暗黙の了解という形で守っているとも言える。
もちろん全部が全部そうであるというわけではない。多少なりとも常に小競り合いなり、何らかの思惑を持ち相手の生活圏への侵入を果たそうと目論む者も当然存在している。
実際、妖怪を絶対的な悪と断定し、見つけ次第、即刻排するを是とする退魔組織もあれば、同じ大地に住む隣人とし、人々を害することがない限りは、こちらも過剰な敵対行為は行わないという退魔組織もある。そして滝峰家に連なる者たちは後者の考えに基づいて活動している。
「もともとこっからこっちが俺たちのテリトリーで、向こう側がそちらさんのテリトリーですよ~。なんて明確な線引きなんてされちゃいないが、グレーゾーンにこんなに妖気を撒き散らされちまっちゃあ、攻め込まれるんじゃないかと不安になっちまうぜ。おおかた『九尾』の一件で気が大きくなってんのかもな」
「ですね」
「どうでもいいよ~そんなの。さっさと浄化して帰りたいよ」
俺たちがそんな会話をしている間に、少しずつこちらの気配に気づいた妖怪たちが姿を見せ始めてきていた。
そして、そのほとんどが俺ではなくうら若き乙女の二人に視線がくぎ付けになっている。そうですか、俺は眼中にはないですか。
妖怪共の下卑た視線や威圧的、暴力的な妖気や視線を向けられていてもマイペースを崩さない初花ちゃんと、その初花ちゃんに妖怪以上の怒りの視線を向ける桂香さん。二人ともほんと見違えるくらい成長したよなとしみじみ思う。
一触即発という空気の中、数で上回っている妖怪たちが動かないのは、弓を引き絞り構えている初花ちゃんの影響だろう。
今にも放たれるであろう矢の先端――鏃には運悪く射貫かれた妖怪をもれなく一発で祓えてしまえるだけの霊力が込められていた。
当然俺と桂香さんの近接組も戦闘準備は完了している。
「……こいつら、全然動く気ねーなぁ、おい」
どうやら最初に動いた奴が死ぬことがわかる程度には知能があるのか、こちらを警戒しつつ忌々し気な視線をぶつけてくるだけだ。
戦いに乗り気でないなら、さっさと去ればいいのだが、久々に現れた二人の女を前に待望の繁殖タイムという夢を捨て切れないのだろう。優柔不断な奴らめ。
「幹也さん、先手を取りましょう。いつまでも睨み合ってる間にも、どんどん新しい妖怪が沸いて来てしまいます」
「お兄ちゃん、射っていい? さっきから私に、すっごく厭らしい目向けて来てる奴がいるんだけど」
俺達の中で唯一飛び道具を持っている初花ちゃんに口火を切ってもらうのがセオリーだろう。だけど、その直後に妖怪の大半が間違いなく二人に雪崩れ込むのが容易に予想できる。
「……いや、俺が先に行くよ。ある程度は俺が引き受けるけど、二人の方にも向かってくる奴が絶対にいるから、桂香さんは自分と初花ちゃん、二人の身をしっかり守ってくれ。で、初花ちゃんは、最初に確実に仕留めておきたい奴をぶち抜いてからでいいから、その後で俺の援護をしてくれ。もちろん二人の方が危なそうなら自分たちの身を守ることを最優先に動くようにっ――以上、解散っ!」
俺からの指示に二人が小さく頷くのを確認するのとほぼ同時に、地を駆り、手頃な妖怪の密集地帯へと飛び込む。
本当に俺の事なんか眼中になかったようで、まるでいきなり見てない所から奇襲を仕掛けられたように反応が遅れ、戸惑いまくっている様子に怒りを覚えた。
勢いそのままに殴りやすい所にいた餓鬼に霊力を込めた拳を放ち、頭部を撃ち抜く――直後、後ろの方から「あ~~~~っ!!」という驚きとも怒りとも超える大声が上がったが、どうやら初花ちゃんが狙っていた奴と被ってしまったようだ。
首無しの餓鬼がそのままバタリと地面に崩れ落ちる様を目の当たりにし妖怪共がざわめく――動揺が広まっている隙にもう一匹。
俺に狙われたことに気づいた木霊が咄嗟に触手を束ねて身を固めていたが、無駄だと言わんばかりに手刀で触手ごと本体を切り払う。
ここで一早く冷静さを取り戻した妖怪――白蛇の一匹が他の妖怪の躰を隠れ蓑にするように、スルスルと間を潜り抜けながら俺の死角へと回り込んでいた。
お返しだとばかりに無防備な俺の背中に牙を突き立てようと飛び掛かってくるが、そこを突然飛来してきた矢に頭を射抜かれ、そのまま矢と一緒に奥へと飛ばされて行き奇襲は失敗に終わる。
「お兄ちゃん、一回下がってっ!」
白蛇の奇襲を防いでくれた少女の声に従い、素早く後退し呼吸と霊力を整える。
直後、大きな弧を描く様に放たれた数本の矢が妖怪の群れへと殺到した。
頭上からの攻撃に対しての対策が乏しいのは基本的に人間も妖怪も変わらない。
突然自分に向かって飛来してきた矢に反応できずに貫かれる者。
そもそも矢が飛んできていることにすら気づかず、そのまま脳天から股間へと矢が突き抜ける者。
近くにいた他の妖怪の後ろに回り込んで盾にしようとして一緒に撃ち抜かれる者。
互いに別々の矢を避けようとしてぶつかり射抜かれるまぬけ。
多少の手傷を負ったり、致命傷は免れたものの、深々と突き刺さった矢に地面と縫い付けられた者もいた。
戦果としては最初に俺が飛び込んだ集団の大多数を戦闘不能にしてしまったといったところだろう。
というか、俺が飛び出さなくても良かったんじゃ……。なんか無駄にイキり散らかしたみたいですごく恥ずかしい。
初花ちゃんが戦況をしっかり見てくれていたから、防御を考えずに追撃に行ったけど、その後の絨毯爆撃とも言える連射は完全に初花ちゃんの成長を甘く見てしまっていた。
「もしかして俺、邪魔だった?」
「ううん。そんなことないよ。お兄ちゃんが、あそこでしっかり足止めしてくれてたおかげで、あたしも集中できたし」
「あんなせわしなく動いててどこが集中よ。もっと一矢一矢丁寧に打ちなさいっていつも言ってるでしょ」
「むぅ~、あたしなりにちゃんと狙ってたんだもんっ。そもそも実戦でそんな悠長なことできるわけないでしょ」
「二人とも、反省会はお家に帰ってからにしような。次の団体さんがお出ましだ。こいつらをさっさと祓って霊脈を抑えてしまおう」
隙あらば姉妹喧嘩が勃発しそうなくらい仲良しな二人を軽く宥めつつ、その怒りの矛先としてこちらにワラワラと近寄ってくる妖怪達を指さす。
作戦は変わらずに俺が最前線でとりあえず叩き、討ちもらしを桂香さんと初花ちゃんに処理してもらうつもりだったが、桂香さんも前に出ると言う。
「幹也さんが強いのはわかりますが、あまり無茶しないでください。さっきだって初花を信じてくれてたんでしょうけど、無理に攻め過ぎです」
「わかってはいたんだけど、今まで本来の実力が発揮できなくて鬱憤が溜まってたもんでね。それに俺の後ろは頼りになる仲間に安心して任せられるからね」
「他に、あたしとお姉ちゃんができるだけ危ない目に合わないように、だよね? ナツ様からもらった符術で妖怪を使役してた時もそうだったしね」
さすがに露骨すぎたかと反省。とはいえ、妖怪使役に関してはそれが普通の判断だろう。確かに一度に使役できる数には限りがあるが手札を温存して二人が危険な目に合うどころか取り返しのつかないことになってしまえばそれこそ本末転倒だ。
「――それなら自分の事もちゃんと守らせないと駄目だよ。無理やり霊脈を浄化しに行こうとしてた時だってあったじゃん」
「ちょっ、は、初花ちゃんっ!? なんで初花ちゃんまで、葉子さんみたいに俺の考えを――」
「読めるに決まってるじゃないですか。言い訳めいたこと言いそうな顔してたらバレバレですよ」
読心は葉子さんだけの専売特許だと思ってたのに……っていうか、俺ってそんなに顔にでやすかったのか? 気をつけよう。
「幹也さん。わたしも初花もちゃんと戦えます。だから、一緒に戦わせてください」
「そりゃあ、妖怪に襲われるのだけは、ぜーーっっっったいに嫌だけどさ。元々はあたし達の家のお務めでお兄ちゃんはそれを手伝いに来てくれてるんだしね。お兄ちゃんが側にいてくれるんなら、あたしも頑張って戦うよっ」
いかん。二人の言葉に目頭が熱くなってきた。そんな柄じゃないのに。
「幹也さんの足手まといにならないように、頑張ります」
「そんなに気負う必要ないって。今の桂香さんと初花ちゃんの実力なら、もう十分戦力になってる」
初対面の時の、なし崩し的にいきなり戦場に連れて行かれた頃とは比べ物にならないぐらい成長しているのだから、ご両親もさぞお喜びになるだろう。
そんな事を思いながら桂香さんと肩を並べながら前へと出て、初花ちゃんは自分たちのやや後方に待機してもらう。
「それに一匹たりとも初花の側には近づけさせませんっ」
直後、ヒュッという風切り音を発しながら矢が俺と桂香さんの間を通過し、樹上にいた大蜘蛛を射抜いた。
腹部を撃ち抜かれポトリと落ちた蜘蛛がビクビクと痙攣しているとやがてピクリとも動かなくなった。
「そう思ってるのは初花ちゃんも一緒みたいだね」
「はぁ、いつもこれくらい真面目でいてくれるなら頼もしい妹なんですけどね」
日々の怠け癖全開の妹の姿を思い浮かべているのだろう、どこか苦悩を感じている様な溜息を吐きながら、桂香さんは霊刀の鯉口を切り、正眼に構える。
そして退魔士と妖怪との戦いが始まった――
***
戦闘は開始早々から退魔士側が優勢のまま展開して行く。
元より数は妖怪側の方が多いが、個々の戦闘力は幹也達の三人の方が上なのだ。極力乱戦を避け、向かってくる相手から順に迎え撃って行けば負けることはなかった。
幹也自身は徒手空拳故の手数の多さとその速さに加え、手足に込められた高出力の霊力で次々と妖怪を祓っていく。
桂香もこれまでの修行と実戦の中で培ってきた剣術を存分に発揮し、相対した妖怪を一太刀の下で斬り祓う。
そして初花が特に桂香が攻撃した直後から、再び刀を構え直すまでの間を護る様に弓を放ち牽制する。最もその牽制目的で放たれた矢も並の妖怪を祓えるだけの霊力が込められている事から、妖怪側からしたら脅威以外の何物でもないだろう。
「う~ん……。この感じだと近くにもそこそこありそうだけど、少し奥に行ったとこにもあるんじゃないかな?」
幹也と桂香が目の前の相手に集中している中、戦闘を開始してしばらくは二人への援護射撃を続けつつ遠距離故に広く戦場を見れる位置にいる初花は新たに発生しこちらに向かってくる妖怪達の動きから、だいたいの霊脈の位置に当たりを付け始めていた。
ちょうど自分たちを挟むように左右にいくつかまとまっているものと、ほぼ直線方向に少し先に行ったところからも、わずかな数がこちらに向かって来ている。
今も幹也と桂香が戦線をどんどん押し上げている以上、このまま向かってくる妖怪を祓っているだけでもいずれ霊脈を制圧することが可能だろう。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。あたしちょっと先に奥の霊脈抑えてくるから、ここお願いねっ」
これは彼女が自分なりに戦況をしっかりと把握できていたが故の考えなのだろう。
二人が自分の援護射撃がなくとも十分このまま戦線の維持どころか制圧ができること。
長期化することで自分の矢を使い切ってしまう事への懸念と、妖怪の増加速度の抑制。
今、交戦している妖怪程度の強さならば、自分一人でも十分に対応できるという自信。
そして早く帰りたいという気持ち。
結果、初花は戦闘の効率化を図るために、独断専行する判断をしてしまう。
「初花ちゃんっ!?」
「初花っ!! バカッ、勝手な事しないで戻ってきなさいっ!!」
予想外の行動に幹也も桂香も慌てて初花を追い掛けようとするも、反応が一瞬遅れてしまい、それが妖怪からの足止めを受ける結果となってしまった。
そして当の本人は戸惑う幹也の声と自分を叱責する桂香の怒り声を背中に受けながらも、気にせず進路上にいた木霊や靫蔓を射抜くとそのまま奥へと走り去って行ってしまった。
「幹也さんっ! 早く初花を追わないとっ」
突然の妹の暴走に気が気でないのであろう。桂香は激しく動揺し幹也に合流を求める。
桂香の懇願に近い提案に幹也は、向かってくる妖怪を捌きながら戦況を確認し冷静に分析した。
なんだかんだ言って頭の回転も理解力も高い彼女が考えなしにこんな行動を取るはずがない。
妖怪と至近距離で交戦中の自分達と違って比較的自由に動ける状態だからこその判断なのだろう。
実際、彼女が霊脈を数か所だけでも浄化してくれるだけでも、こちらの制圧も早く済ませることができるのは間違いない。
「………………いや、この程度の奴らだったら初花ちゃんが負けるはずがない。一刻も早くこの辺りの霊脈を浄化してから追い掛けよう。多分、その方が確実だ」
今の状況ならわざわざ戦力を分散するメリットはそこまで高くはない。少しばかり霊脈を抑える効率が上がる事よりも、個々の安全を重視するべきというのが幹也の考えではあった。正直初花の行動は想定外ではあったものの、彼女自身の実力も判断も信用しているからこそ、非常事態が起きた時はすぐにこちらに引き返して来てくれるだろう信じていた。
このまま何もなければ遅れて到着してきた自分達の姿を見るなり「お兄ちゃんも、お姉ちゃんも遅いよー」なんて、憎まれ口を叩きながら待っている姿さえ幹也には容易に想像できた。
――結果、その判断は大きな過ちだった。
二人が初花の元へ辿り着くとそこには、妖怪に無残に純潔を穢されてぐったりと力なく倒れ、尚も妖怪に自身の性欲を満たそうと犯され続けている彼女の姿があった。
初花を犯す事に夢中になっている妖怪を激しい怒りの衝動のままに抹殺するも、悔やんでも悔やみ切れない後悔と苦渋を幹也と桂香は味合わされることになるのだった。
せめて妹の身を案じていた桂香を先に行かせるべきだったのでは。
幹也に無理を言ってでも初花との合流を優先してもらえるように言うべきだったのでは。
調子に乗らず、ちゃんと二人の言う事を聞くべきだった。
自分達の脅威となる程の強い妖怪がいない森の中で、それは三人に決して癒えることの無い大きな傷跡を残していったのだった。