エピローグ
KINVID-22遮断作戦から二週間が経とうとしていた。穴倉の奥で四人を相手に干からびかけていたことは、不幸中の幸いというか、通信が遮断されていたせいでヒマリに露見することはなかったようだ(実際の所は分からないが)。
結局の所、あの日だけでナノウイルスの産生を根絶するには至らず、長い時間をかけて地下水の流入を絶つ方向で新たに作戦を練り直すこととなった。そのための工事がシャーレで行われており、ここの所は重機やらも賑やかだ。配管工事のため、感染対策を施したエンジニア部一行やら芝犬職人の一団やらが頻繁に地下へ出入りしたりもしていた。
「先生、ちょっとお時間いいかな?」
「竣工したよ~! 見にきて!」
地下遺跡から戻ったウタハとほぼ時を同じくして、下倉メグが喜び勇んで執務室へ入ってきた。作戦当日に騒ぎを起こした、ゲヘナ学園最悪の集団とも言われる温泉開発部は「全員ぺしゃんこにしてやった」とヒナが言っていたはずだが、当のメグはケロッとした様子だ。なんでも「頑丈じゃなきゃゲヘナで生きていけない」とか。
「いい感じの泉質だよ! とろっとした炭酸水素塩泉で、お肌にすっごくいいヤツ!」
「バイパスして地上に送ったお湯の成分は問題無し。フィルターはちゃんと機能しているよ」
ウタハが言うには、結晶体に触れさせないよう地下水を吸い上げるパイプに、マスクと同じフィルターを数箇所噛ませてナノウイルスを濾過することで、安全な温泉として地上にお湯を送り出す仕組みになったそうだ。定期的にフィルター交換のメンテナンスを行う必要はあるものの、現状、ナノウイルスの拡散をこれで防御できることになる。
「おっ……これだね」
二人に案内されてシャーレ入口の裏手に回ると、プレハブの小屋が一軒建っていた。
「とりあえずこれで個室温泉にはなったよね? これからどんどん増築して、スーパー銭湯にするんでしょ?」
「ん? そうだったっけ……あ、それよりメグ。基礎工事で爆弾を仕掛けたりしてないよね?」
「仕掛けられるわけないじゃん。風紀委員長が抜き打ちで見にくるんだもん。シャーレに損害出したらマズいでしょ?」
ゲヘナ学園の生徒会にあたる万魔殿は、温泉開発部に、無償で工事を請け負うよう直接命令を出していた。線路が一部破断してしまい、地下鉄の運営会社から相当こっぴどく言われたらしい。怪我も癒えない内に工事に駆り出される部員は可哀想だったが、大手を振って臨む温泉施設の建築とあって、無邪気に工事を楽しんでいるのが救いだった。
「じゃ、先生、一番風呂に入っていいよ!」
メグが木製の扉を開くと、湿気が中から押し寄せてきた。視界の絡むような熱が晴れると、小屋の奥には木の浴槽がデンと腰を据えている。檜の香りがぷうんと漂ってきた。
「汲み上げたお湯をまだ分配できてないから、今は天然のジェットバスといった所かな、ふふっ」
ウタハの言う通り、滝壺のような轟音を立ててお湯が湯船から溢れている。小屋の入り口すぐが脱衣所、脱衣所からさらに扉を一つ開けば浴室だ。窓はついていないが、換気扇は回っている。浴室を覆い隠さんばかりの湯気と、温泉独特の香りが、私を誘っていた。
「ありがとう。じゃあ休憩がてら、ひとっ風呂浴びさせてもらうとするよ」
「うんうん、そうして! 今日の工事は終わりだから、のんびりしてていいよ!」
「ごゆっくり、先生」
メグとウタハが小屋を後にしたのを確認して、内鍵をかけた。ちょっと無防備かもしれないとは思いつつも、身に染みるような温泉に早く浸かりたかった。畳むのも忘れて乱雑に籠へ衣服を放り込み、駆け出したい気分で浴室に入った。
まずは体を洗ってから……と手桶にお湯を汲み、とろっとした肌触りの湯を浴びて、石鹸を泡立てる。いざ肩から洗おうかと言う時――
「やっほ~、ご主人様っ!」
「うわ、アスナっ!?」
「ご主人様の姿が見えたから、追いかけてきちゃった!」
突然浴室の扉からアスナが顔を出し、歯を見せて笑った。
「か、鍵を閉めてたのに!」
「鍵……? よく分かんないけどテンキー適当に打ったら開いちゃったよ? それより、背中流してあげるっ!」
そう言うや否や、スラっと長い生脚がドアの向こうから伸びてきた。長い長い髪をアップにまとめ、既にアスナは裸になっていた。タオルで体の前面を隠しているけれど、哀れにもフェイスタオルはアスナの肉感的なむっちりした身体をまるで隠せていない。辛うじて胸先と股間は覆われているけれど、白いタオルからは乳首の色も陰毛の存在も透けている。
「だ、大丈夫だよアスナ。一人ででき……ッッ!!」
"むにゅぅ……♡"
「大声出したら、外に聞こえちゃうよ?」
両肩に重たくて柔らかい凶悪なものがズッシリと乗っかってきた。背後で石鹸を泡立てる音がする。
「大丈夫、体を洗うだけだよ♡ 襲ったりしないから、安心して♡」
――そ、それなら、無我の境地でいれば……!
「ご主人様を綺麗にしたら、アスナの体も洗ってほしいな〜♡ お腹の中まで、ご主人様のブラシで、ピッカピカに、磨いて欲しいな♡」
――ヤバい、反応するな、反応するな……!
アスナの囁き声は魅惑の悪魔だった。ふっふっと耳の穴に息を吹き込んで私をくすぐり、至宝の弾力が背中を滑っていく。
――むっ、無理だ、助けて……!
――アスナに食べられちゃう……!
私は自らの理性を守ろうと必死に念じた。
でも、分かっていた。
それが無駄な努力に過ぎないことを。
事件が解決しても、向き合う課題は山積みだった。
「サカった生徒に襲われる先生の話」
完
あとがき
ここまでお読みくださいましてありがとうございました。
1.5周年フェスの頃、Twitterのタイムラインでブルーアーカイブを始める人が増え、その流れに乗って私も新たにキヴォトスを訪れました。2022年10月に初めて第一話を投稿し、その時点でもう誰を出してどのように終わらせるかは計画できていました。
しかしながら、自分の計画性のなさや実力不足から、「2022年中には」「年度末までには」と、最後まで書き上げることがなかなかできず、その間にブルーアーカイブ本編も最終編を完走してしまいました。Case 01を投稿した時点で「どんなに閲覧数が少なくても最後までやる」と決めた通り、自分の言葉は守らねばならぬと、少しずつ積み上げてきました。そこをしっかり守ることができた点については、安心しています。
自分で何話にもまたがるお話を作ったのは初めてのことで、各話の間隔がバラバラになってしまったことは大きな反省点です。今後また何かシリーズものを考える時は、何か月以内に完走するかを決めなければなりませんね。