レンズナイフ。
それは彼らには聞いたこともない名前のナイフだった。
とある刀鍛冶のナイフらしいが有名な刀鍛冶の作ったナイフなら、もしかしたらオークションにも出品されているかも知れない。
だが、伝説の暗殺者一家の捜し物はそこらのオークションではまずお目にかかる事が少ない品物でもあったのだ。
「骨董品なら様々なオークションがネットで開かれているから手に入るかもな」
「……それがそうもいかないから話したんだよ」
「え?」
「私の捜し物は無銘の刀鍛冶の暗殺者用のナイフでね。刃には僅か0.1ミリグラムでクジラすらも殺してしまう猛毒が仕込まれている。刃の形は特徴的な品物で、シリアルナンバーは刃に直接刻まれている」
「シリアルナンバーって何? お父様?」
アリスはそこで素朴な質問をした。
レンブラントは軽く説明する。
「製造番号みたいなものだよ。特に
「その鑑定書があるってだけで金額がとてつもなく高くなる場合も多いよな」
「限定生産品にも大抵シリアルナンバーがある。そのシリアルナンバーの品物はこの世で唯一の品物だから大枚を叩いて手に入れる事に躍起になる人物も多い」
ウイスキーをグラスに注ぐレイスは、骨董品の世界の深さに驚くばかりだ。
「
「そういう事だな。有名な作家の使用した万年筆とかなら確かに直に触れてみたいし、それがもし世間一般に高級ブランド品なら更に高値がつく。そうでなくてもあのハリウッドの誰々が使用した品物とか言われるとプレミアがつくからね」
「そこが面白いんだ。ガラクタだと思っていたものが明日には宝物になる可能性があるからね」
エリオットはグラスに注がれたウイスキーを眺めながら、長らく行方を追う品物を少し語る。
「レンズナイフは元々、生産本数はそんなにはない。せいぜい100本あるかどうかだ。私はそのナイフのシリアルナンバー13番が欲しい。だけど、無銘の刀鍛冶が暗殺者の為に打った刃物なんて、そうそう表の世界でも取り引きされるものでもない」
「……裏の業界では紛い物ばかりが目に付く、と……?」
「……だからこそ、この機会に表の世界へ姿を現したんだ。この時代、ネットが普及している今なら、もしかしたら見つかるかも知れない。時代も変われば価値も変わるものだからね」
「そういうものですか? お父様?」
レンブラントにボトルのウイスキーをグラスに注ぎながらレイスは聞いた。
彼はその話を耳にして、その答えを曖昧にして答えた。
「半分はそういうものと言えるし、半分はそうでもないかな」
グラスに唇をつけて注がれたウイスキーを含む。
「時代が変わっても変わらない価値もある。どんな品物だってね」
その言葉はエリオットにとっては、好感の持てる言葉だった。
彼の捜し物は先祖代々が捜している品物でもあるから。エリオットの父親、ラファエルは素知らぬ顔をしているが、気になる事柄ではある。
ラファエルは過去にはこだわらない。だが、それでも自分達の先祖に関わる品物なら観てみたい。だから現在の当主の彼がそれを捜している事も許している。
無銘の刀鍛冶の暗殺者用のナイフ。
どのような品物なのか観てみたいレンブラントはエリオットにこのような打診をする。
「何かの縁だ。私達、バートン財団もそのレンズナイフとやら捜してみようか?」
「ルーファス辺りなら
「捜してくれるのは有り難いが、私の正体まで暴いて貰っても困る。あくまでも一個人として、私はレンズナイフを捜しているのを忘れないでくれよ」
「君の仕事について、とやかく言う程にバートン財団は野暮ではないよ。なぁ、ジョン?」
「そうだな。そんな事言ったら、俺だって社長として生活できたものじゃないよ」
話が一区切りする頃に、レンブラントの妻のノイズがパーティー会場から帰ってきた。
鮮やかな金髪の女性は、見知らぬもう一人の銀髪の男性を見つけると夫にすかさず誰かと尋ねる。
「レンブラント。そちらのナイスミドルはどちら様?」
思わずエリオットは振り向いた。声色が艶やかで彼は反射的に顔を観たくなったのだ。
「その方はエリオット・ゾディアック。かのゾディアック家の当主だよ。ジョニーの友達の親父さんだ」
「こんばんは。ノイズ・バートンですわ」
「こんばんは。マドモアゼル。お会いできて光栄だよ。エリオットだ」
世の中には自分に似ている人物が何処かにいると言うけど本当に存在していたのね……。
ノイズはエリオットと名乗るこの人物に、何かレンブラントとの縁を感じずにはいられなかった。
そして自分自身にも何処かで縁が通じているのかも知れないとも感じでいた。
夜も更け、パーティーもお開きになり、ゾディアック家の人物達は自らの屋敷へと帰る。
すっかり打ち解けたケイトとアリスは軽く挨拶を交わし、ジョニーとエリアスもまた学院で会おうと約束を交わして、リムジンに乗り込む。
エリオットはふと軽く言った。
「最近、マフィア共の動きがやかましい。バートン財団も気を付けた方がいいかもな」
そうしてリムジンは闇夜に溶けるように走っていった。
「ねぇ、お父様」
「何だ、アリス?」
「最後のエリオット様の言葉。気になるな、私……」
「……ああ、あれは意図のある警告だな」
彼らが捜し物をしに来ているのは恐らくは嘘ではない。
だが、それだけではない。
彼らには明確な標的がこのイギリスにいるのであろう。
だが、レンブラントは素知らぬ顔をして、その警告を口にする事を避けた。
そうして、バートン財団は無銘の刀鍛冶が制作したという【レンズナイフ】捜しを仲間内の間でする事になったのである。