セントマリアンネ学院の小等部、つまり小学校に値する教室ではエリアス・ゾディアックが学校の先生から紹介されている光景があった。
「今日からセントマリアンネ学院のこのクラスに転校してきたエリアス・ゾディアック君です。皆さん、エリアス君と仲良くしてあげてくださいね」
「エリアス・ゾディアックです。よろしく」
(かったるー。こーんな挨拶しなきゃならねーなんて親父は何で小学校に通わせるんだよ)
エリアスは表向きは笑顔を振りまき愛嬌を振りまくが心の中では実に気だるげにしていた。彼の教育をしているゾディアック家は暗殺技術はもちろん、普通に英才教育とも取れる勉学の教育は小学校レベルではない。
既に中学後半で教えるような内容まで勉学は進んでいるのであった。
だが親のエリオットは勉学以外の分野の学びをさせる為にセントマリアンネ学院へ転校を校長に頼む。学院側からすれば途轍もないセレブが転校をしてくれるとの事であっさりと許可してくれたのだ。
そうして小等部の教室にて授業が開始されるが皆は黒板は見ないでタブレットを観ている。西暦2030年までになるともう黒板に書いて授業を進める事はしない。皆、個人のタブレットを観て、それをノート代わりにして授業を受けるのが主流だった。
そうして、何ともエリアスにとっては退屈そのものの授業が終わり、昼休みになる。
エリアスは木陰で腕枕しながら木に寄りかかり、誰ともなくぼやく。
「あ〜あ。もう、早速ふけるかなぁ〜。退屈だしー」
ふわぁ〜とあくびをして木陰で休むと側で、誰かが誰かを虐める声が聴こえた。普通の人間では到底聴こえない所、約15メートルも離れているが常人ではない聴力を持つエリアスには筒抜けだったのだ。
「アンタ、私のジョニーにちょっかい出しているんでしょ? ちょっかい出さないでくれない!? あの子は可愛いからアンタみたいな野暮ったい女よりもアタシの方が似合うのよ!」
「私は別にちょっかいなんか出していないよ。ただジョニー君が私を誘って遊んでくれるの。私もジョニー君、好きだし」
「大した金持ちじゃない癖に生意気だよ!」
「そうだ! そうだ! イギリスでも10番手以内に収まる金持ち、ノスフェラート様に楯突くって言うのか!?」
その光景に耳を傾けるエリアスは、少しずつ距離を詰めていた。
ああいった親が金持ちだから威張り散らす奴ほど腰抜けと父親のエリオットはよく引き合いに出す。そういった輩は父親は毛嫌いして、小さい頃は脅しまくっていた事も話していた。
(親父。そういう奴さ、見かけたらどうすればいいの?)
(それはお前が考えろ、エル。お前にとってメリットがあるのか、デメリットが大きいのか。仕事をする上での知識としてこれは役に立つ)
父の教えが頭の中に流れるが、この虐めは防ぐべきだろう。別に金持ちだからとか、貧乏人だから恋愛も友情もしてはならないなんて動機はない筈だ。
誰と遊んだって構わないじゃないか。
精神的苦痛を浴びせるノスフェラート一家のお嬢様は高笑いしながら眼の前で泣きっ面を晒す女の子に更に罵倒している。
「誰もアタシに敵うわけないわ! アタシに敵う御相手はあのバートン家のあの方だけですわ!」
「そうだ、そうだ! 世の中、金なんだよ!」
「止めなよ、そういう虐め」
「誰だよ、お前!」
エリアスは泣いているアリシアを庇うように前にきて、ノスフェラートのお嬢様に鋭い眼光を送っている。
向こうからすれば腹の立つ男子だった。
まるで格好付けて一匹狼ぶっている嫌味な男子だ。
ここぞとばかりに子分が煽る。
「何だ、てめぇ。ここにいらっしゃるのがノスフェラート様である事は知っているのか〜?」
「別に。関係ないじゃん。親が金持ちだからって。肝心なのは中身だぜ」
「まあ、金持ちボンボンのお嬢様には判らないだろうけど、オレさ、そういう奴が一番嫌いなのよね。大した事もないくせに」
「このガキ、知ってるよ。今日、この学院に転校したばかりの余所者だよ」
「別にここに来たくて来たわけじゃないけど」
「じゃあノスフェラート様の事は知らないってか?」
「知らないし、知る必要もないね」
「ボス。今日の所は見逃してやりましょうぜ」
「そうね。ジョニー君に見つかったら恥ずかしくて死んじゃう」
「今日の所は許してやる。次は無いからな! 転校生!」
「はいはい」
そうして虐めの仲裁に入ったエリアスは泣いてる女の子の顔を覗きこんだ。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとう。えーと……」
「オレはエリアス、気軽にエルって呼んでいいよ」
「ありがとう、エル君。でもあの人達と喧嘩するのはやめた方がいいと思うよ……」
「何故なんだよ?」
「あの人、特にお嬢様の方は指折りの金持ちなんだって……。親に頼めば即座に退学にする事もできるとか」
「つまり親のスネばかり齧るクソ野郎って事か。悔しくないの? そんな奴に虐められてさ」
「だって……本当なんだもん。私の家、そんなに金持ちとは言えないし、普通の家だから……」
「関係ないんじゃないの? 生まれがどうの、育ちがどうのって。大事なのはあんたがこれからどう生きるかと言うことさ」
目を見開く眼の前の女の子は不思議な人生観を持つこの転校生にただならぬ雰囲気を感じていた。
「凄いね、とても小学生とは思えない……」
「……それはオレも常々感じているよ……」
「ねえ。エル君の事、学校が終わったらジョニー君に紹介していい?」
「あ? まあ、別に構わないけど……」
その後の出会いはエリアス・ゾディアックにとってはいつまでも忘れる事のない出会いであった事は当時の彼には知らなかった。
「学校って退屈なだけかと思っていたけどそうでもないんだな」
エリアスはそう言って午後の授業を報せる鐘が鳴るのを聞いていた。