エリアスが屋敷へ帰ってくる。久しぶりに笑顔になっているのを見たエリアスの執事カトリーナからどうしたのか聞かれた。
「ご機嫌ですね。エル様」
「まあね。あのセントマリアンネ学院の同学年の女子がとんだ鼻持ちならない女でさ、ちょっとだけキツイ事を言っちゃったよ」
「どういった人なんです?」
「確か、マリーナ・ノスフェラートって名前だったかな」
「どういう意味ですか?! ノスフェラートって旦那様が標的にしているあのノスフェラートですよね!?」
「血相を変えるなよ。カトリーナ。確かにそんじょそこらにいるような名前じゃないけど、彼女は親父を引き合いにしてイキリ散らかしているだけの女だよ」
「……はぁ、それならいいですけど、ちょっかいは出さない方が旦那様の為になります」
「親父は?」
「マイクとワトソンと一緒にノスフェラート一家の次の標的を話し合っていると思います」
その夕陽が傾く頃合い、情報解析をしている二人の部屋にエリオットが姿を現して、二人に相談しながら次の標的を選別している。
パソコン画面に集中してデータ解析をするのはマイク。ワトソンはその補佐としてコーヒーを用意したり、周りの世話を焼く役割をしている。
後ろのソファにはエリオットが黙って動向を探っていた。薄暗い部屋にパソコンの青白い輝きが目には辛い。
ワトソンからマグカップに注がれたコーヒーを受け取るエリオットはそれに口をつけながら淡々とマイクに聞いた。
「マイク。次の標的に相応しい奴はいるか? ロンドン市内に?」
「今夜はロンドン市内では奴らは動きませんね。ノスフェラート一家は他の国でも活動している一家ですし」
「ふむ。じゃあ今夜は仕事を休んでも差し支えは無さそうだな」
「ええ。流石にジョーが殺された事には連中も警戒していますね」
「なら、わざわざこちらから正体を示す必要もないな。御苦労。お前達もたまには休めよ。ノスフェラート一家を暗殺する事ができるのはチームとしてのお前達の働きによるものが大きいからな」
「ありがとうございます」
マグカップを持ちながら廊下に出るとエリアス担当の執事カトリーナがエリオットを外で待っている様子だった。
どうやらエリアスが何かに会ったらしい。
一体、どうしたのか──?
「エリオット様。ご報告がありますがよろしいでしょうか?」
「重大な報告かね」
「はい」
「この場で差し支えはあるか?」
「改めて場で話す事でもないと思います」
「言いたまえ」
「今日、エル様のセントマリアンネ学院の転校初日でしたが、あのノスフェラート一家の娘とエル様が口喧嘩してしまった様子です」
「マリーナ・ノスフェラートと接触したと?」
「はい」
「エルはそいつがノスフェラート一家と知っていたのか?」
「初めて見たらしいです。エル様も「そんな奴には興味ない」と仰っておりますが」
廊下で話しつつ、壁に背中を預けて静かに耳を傾けるエリオット。
転校初日にしてノスフェラートの娘に会うとはお前もなかなか良いものを持っているな。
だが、あくまでも仕事をするのは自分だ。エル、お前は学生生活を堪能しなさい。
「カトリーナ。報告御苦労だった。エルには明日からも普通に学院に向かって普通に過ごせばいいと伝えてくれ。エルも薄々気付いているだろう。学院で事に及ぶとまずい」
「わかりました。言伝はしておきますが、多分、明日もそのノスフェラートの娘が喧嘩売って来るかもですよ」
「エルなら1秒あれば殺せる女だろう? 口喧嘩くらいはさせてやれ。君は心配し過ぎなんだよ、カトリーナ。そんな事ではゾディアック家の執事はやっていけないぞ」
「申し訳ございません……」
「あ、あと一つ、言伝が。フェネクスからです」
「話してくれ」
「今夜の御相手はその道のプロなので昨夜よりも楽しめる筈ですよ、と」
「そうか。じゃあ夕食も彼女と食べようかな」
「旦那様、奥さまの嫉妬の電話がきたらどうするんですか?」
「適当に流すさ」
カトリーナはこの報告はちょっと世話の焼き過ぎかなとこの時点ではそう考えた。
ふと、窓を観ると赤い夕陽が西の彼方へ沈もうとしている。
だが、当主エリオットからすれば、これから面白くなる時間でもある。
──私も頑張らないとね。
カトリーナは少し頷いて、また執事として仕事に戻った。
厨房ではシェフ達の噂話が聴こえてくる。
「おい、聞いたか? 今夜の当主様の相手はとびきりの美人って話だぜ」
「聞いた、聞いた! 界隈ではなかなかの有名人らしい。とある財団が後ろ盾になっているんだってさ」
「後ろ盾のある娼婦って、きっと大物だぞ」
噂話に興じつつきちんと自分達の仕事もこなすシェフ達は、今夜の夕食に牛のステーキとベイクドポテト、新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダに、スープはコーンポタージュスープを用意して、炭水化物に焼き立てパンも用意する。
約束の時間は18時。
彼女はきちんとその10分前に到着していた。
「この屋敷ね」
鮮やかな金髪のロングヘアの女性はイブニングドレス姿で送迎車から降りると、最近話題のセレブに会う為にドアをノックした。
彼女はそこで強烈な既視感を味わう事になる事も知らず……。