いつも通り不定期投稿です
人の死は突然に、理不尽に襲い来る。
そのことを幼心に知ったのはもう遠い昔の事。
まだ物事の白黒も知らない俺は、四角い黒縁の中に納まった両親の姿をぼんやりと眺めていた。
後から聞いた話、音楽を通じて出来ちゃった婚をした両親はどちらも実家から勘当されていたそうだ。
両親の訃報に際しても、我関せずの態度を貫いたらしい。
だから葬式を執り行ったのも、参列していたのも音楽を通じて出会った人達。
両親の死は多くの人に惜しまれていたけれど、俺は幼くして天涯孤独の身となった。
若いミュージシャン夫婦に遺産などあるはずもなく、一人では生きていく手段もない身の上。
そんな俺を助けてくれたのもまた音楽を通じて知り合った人達だった。
養子として俺を迎え入れてくれた伊地知夫妻。
楽器について教えてくれたバンドの人達。
けれど俺は両親が、二人が紡ぎだす音楽がもう聴けなくなってしまうことしか頭になくて、どれだけ助けられていたのかなんてわかってなかったんだ。
俺は自分の心が空虚になってしまったような気がして、その穴を埋めるために両親がたった一つ遺した物――音楽に縋りついた。
息を止めて、深く深く暗い海の底へ溺れ行くように。
*
「おーきーて!
「……あー、徹夜したからあと三時間」
「また徹夜したの!?」
「いいフレーズが浮かんだんだ。それで気づいたら朝」
「この音楽バカ!」
ぼふぼふと布団を殴る音がする。小さな衝撃が体に伝わってくるが力がこもっていないそれはむしろ心地いいくらいで、再び意識が夢に沈んでいく。
「起きたらちゃんとご飯食べるんだよ? 冷蔵庫に入れておくからね。後連絡もちゃんと入れてね」
よくある日常。いつも通り訪れた朝の中、よく手入れされて艶やかに輝く金髪が眼の前で揺れている。ぼんやりとした意識のなかでも、やらなくてはいけないことがまだ寝るなとがなり立てていた。
「わかったよ。虹夏、リボン」
「……うん、お願い」
赤い水玉模様の大きなリボンを目の前の少女――虹夏から受け取る。俺はそれを彼女の制服の襟元へ結び付けた。いつも行っている作業は滞りなく、蝶ネクタイのように結ばれたそれは一つのしわもムラもない。うん、今日もばっちりだ。
「ほら、出来たぞ」
「いつもありがとね」
「ほんと一体いつになったら自分で結んでくれるのやら」
「だってこうでもしないと奏は絶対朝起きてくれないでしょ?」
「そりゃそうだが」
「
デーン! という吹き出しが背後に飛び出してきそうなくらいに誇らしげに虹夏は胸を張る。しかし悲しいかな、高校生になったというのにその胸は全く成長していない。
無い胸は いくら張れども 山ならぬ
ゴミみたいな詩だ。曲には使えそうにもない。というか使ったら多分虹夏はめちゃくちゃ怒るだろう。頭のドリトスが天を衝き、サイドテールが唸りを上げることになる。
「年は同じなんだからその上下に意味はないだろ……」
「私の方が早く生まれてるもん! 悔しかったらちゃんとした生活をしてよね!」
「いやどうでもいい」
「なんで!?」
「ほら、さっさとしないと学校遅れるぞ」
「ほんとだ。じゃあちゃんと起きるんだよー」
慌ただしく部屋を去っていく虹夏を見送る。制服の上にエプロンを付けたその姿は、高校生ながら新妻のような家庭感を漂わせていた。
きっと虹夏は今すぐ結婚しても相手の世話をしっかりできるだろうし、かいがいしく尽くされる相手も幸せだろう。なんといっても虹夏には俺と星歌さんという二人の家事能力壊滅人間の世話をしている実績があるのだから。
下北沢の大天使と誰かが呼んでいたことを思い出す。ああ、確かに天使のように優しくまばゆい子だ。あの子が幸せになれないならこの世界は心底ろくでもないだろう。まあ、俺がここにいる時点でかなりろくでもないとわかることだが。
歌詞にもならない愚痴、眠りに落ちる前の戯言はやがて夢のまにまに霧散した。
*
「おかあさん、おかあさん……」
目の前で小さな女の子が泣いている。見覚えのある金色のドリトスは昔から変わらない、小学生の頃の虹夏だ。
俺たちが九歳の時、虹夏のお母さんは交通事故で無くなった。また突然大事な人がこの世を去っていったというのに、俺の心は音楽のことばかりであまり悲しみを覚えなかった。あるいはもう麻痺していたのかもしれない。
葬式が終わった後の伊地知家はとても寂しい場所だった。父親は仕事で海外を飛び回っていて、星歌さんは学校やバンドがあったから日中は家にいなかった。俺は俺で、今よりも伊地知家と壁を作って接していたから、あの頃は皆ばらばらだった。虹夏と俺しかいない家の中はやけに広くて、もの悲しかった。
今でも覚えている。いつものように楽器の練習をして部屋を出ると、母親の遺影の前で泣き崩れる虹夏がいた。小さな泣き声は静かな家の中でははっきりと聞こえてしまい、いたたまれない。虹夏の手には今と同じものではないけれど、彼女がいつも母親に着けてもらっていたリボンが握りしめられていた。
親が子どもに遺した物。それが子どもにとってどれほど大切なものであるかを俺は知っている。愛が深ければ深いほど、形の有無にかかわらず一生心に残り続ける。
確かにその時俺は虹夏に自分を重ねたのだ。親が遺した音楽に溺れる自分と、想い出に縋る虹夏を。
『それ、貸してみろよ』
『かなで、くん……?』
『暇だからつけてやる』
『う、うん……』
もちろん音楽の事しか頭にない男がいきなり女の子のリボンを結べるはずもなくて。
『あ、あれ。こっちがこう……違うのか?』
『……」
『んん? もうちょっと待ってくれ、多分これでいいから』
『……』
『ダメだ。この人、すごかったんだな』
『……結んでくれないの?』
『いや、練習する。それで毎日結んでやる。……大事なんだろ、それ』
『……うん』
その後何日か練習して初めて結べたリボンは、びっくりするくらいバランスが悪くて不格好で虹夏の母が彼女に着けてあげていたのとは比べるべくもなかった。
『かなでくん! ありがと!』
それでもたんぽぽのように小さく咲いた彼女の笑顔は、今でも心に残っている。
*
ティロンというロインの通知音で目が覚めた。時計を見れば時刻は既に太陽が頂点を回る頃、俺しかいない家の中は静かで暗い。
虹夏:ギターボーカルの子が見つかったよ! 奏も今日STARRYに来て!
彼女が結成した『結束バンド』は現在ドラムとベースしかいない。バンドに必要不可欠なボーカルとギターを兼任できる子がどうやら見つかったようだ。
これで本格的にバンドとして活動できるようになるのだろうが、果たしてどんな子だろうか。
とりあえず虹夏がSTARRYに辿り着く夕方まではさっきの夢で得たインスピレーションを形にしてみよう。
虹夏ちゃんには重い背景がある主人公と共依存してほしい
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