※この作品はR-18です。

四重奏に溺れる   作:あとらすR

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第二話:ギターが喜多ー

 

 STARRYは下北沢のビル地下、一見ではかなり入りにくい雰囲気を醸し出す階段の下にあるライブハウスだ。俺と一緒に暮らしている伊地知姉妹の姉、星歌さんが運営している。

「おう、奏か。虹夏たちならまだ来てないぞ」

「ああ、了解」

 階段を下りて扉を開ければそこにはまた階段、とはいえどちらもそう大きくなく入ってすぐカウンターで来客を待っている星歌さんと目が合う。

「何時から空く?」

「スタジオなら今日はずっと空いてるとこあるからそこ使いな。虹夏にも言ってあるから」

「あーい」

「……相変わらず可愛げがないな」

「男の俺に可愛げがあっても音楽の足しにはならない」

「そうかよ」

 口はいつも通りつんつんで厳しいように思えるが、口の端が少し緩んでいる。虹夏のバンドにメンバーが増えたことが嬉しいんだろう。星歌さんは虹夏が大好きで、虹夏のために売れていたバンドを辞めてまでSTARRYを開いたのだからそれも当然だろうか。

 空いているというスタジオの鍵を借りて一足先に入室する。楽器が置かれている以外はがらんとした部屋に、音はない。虹夏たちを待つ間の手慰みに、ドラムで思いつくままリズムを刻むことにした。

 頭を空っぽにして、閃いたフレーズを鳴らすこの瞬間が好きだ。俺がこれまで聞いて、作ってきた音楽が自分の中で再解釈されて結実する瞬間。ゆっくりとした悲しいフレーズも、心の奥底から叫ぶような激しいフレーズも脈絡なく思いついていく。思いついた音のどれが曲になるのかわからないけれど、今はただただ自由に音を散らす。

「おー奏やってるねー! いいフレーズできそう?」

 気づけば時間が経っていたらしい。スタジオに虹夏とベースを担いだリョウ、そして見慣れない制服を着た赤髪の女の子が入ってきていた。女の子はスタジオが見慣れないのか、きょろきょろと辺りを見回している。

 ……?

「さあ」

「さあってなんなのさあ」

「どんなフレーズも曲にならないならそれは俺の音楽が足りてないんだよ」

「どういう意味!?」

「フレーズに善し悪しはないけど作曲者の腕に善し悪しはある」

「そういうこと、リョウ正解」

「リョウ正解ってリョウ先輩と言われてるみたいで心地いい。もっと言うがよい」

「もう一生言わん」

 リョウは音楽に自分の世界を映し出している人間だ。だから俺の言いたいこともなんとなく伝わる。ただ音楽以外は俺と同じくらいには壊滅的なので尊敬の念とかそういったものは一切抱けないし抱きたくない。抱くくらいならギターで腹を切って死んでやる。

「あ、あのー」

 赤髪の女の子がおずおずと手を上げる。

「この人が虹夏先輩の仰っていた方ですか?」

「そうだよ! 遠山奏、私たちと同い年」

「どうも」

「よ、よろしくお願いします! 喜多です! リョウ先輩に憧れてここに来ました!」

「お、おうよろしく」

 すごい勢いで繰り出されたあいさつにたじろぐ。この子はあれだな、俺とは縁のない日向の世界の住人だ。この世界をありのまま生きられる強い人。

 しかしリョウに憧れてとはまた奇怪なもので。こういう子がリョウや俺みたいな人間に憧れる気持ちはよくわからない。こっちからすれば、むしろこちらが憧れてやまないものの多くを持っているように見えるのに。

 全く不思議なものだ。

「ところでギターボーカルの子はどこに?」

「え? 喜多ちゃんだよ」

「え?」

「え?」

 喜多さんを見る。ギターを背負っておらず、普通の学校帰りの女子高生といった感じだ。その指先は白魚のようにきれいで、ギターや他の弦楽器を弾いている形跡は見えない。筋力の偏りもそう大きくはない。

「いや、この子ギター弾いてないだろ」

「……ゑ?」

 辺りに沈黙が満ちる。虹夏はドリトスがピンと天を刺し、リョウはやっぱりか……とでもいうように気に留めることなくお菓子をもぐもぐ食べている。件の喜多さんはというとまるで氷漬けになったかのように固まったかと思うと、両目をぐるぐると泳がせ始めた。

「奏、一応聞くけど何でそう思ったの?」

「指がギター弾いてるように見えないし、なんかこの子の音楽をあまり感じなくて」

「音楽って言われてもわかんないから! 喜多ちゃん! そんなことないよね!?」

「あ、いえ、その……」

 虹夏が喜多さんの肩を掴んでぐわんぐわんと揺らしている。あれをリョウにするとカラカラと脳みその音がするが彼女に関してはそんなことはないらしい。ただその目は全く虹夏と合っていないし、可愛らしい顔には滝のように冷や汗が流れている。

 そして彼女は残像を残して消えた。

「何でもしますからどうかわたしをお許しください! どうか私を滅茶苦茶にしてください!」

「誤解を生みそうな発言止めて!」

 一瞬見失うほどの速さで見事な土下座を決めた喜多さんと、それを気にすることなく秒速でツッコミを入れる虹夏。なかなかいいコンビのようだ。

「じゃなくて! え、喜多ちゃんどういうこと? ゆっくりでいいから、ね?」

 土下座でヘドバンをしながらおよそ思春期の女子が男性のいる場でしてはならない発言を繰り返す喜多さんを虹夏がその天使力でなだめること十分、落ち着いた彼女はようやく事の次第を話し始めた。

 曰く、路上ライブでリョウに見惚れて勢いで加入したはいいものの、歌はともかくギターはからきしなのだとか。一応買って練習は始めたが全くそれらしい音が出なくてさっそく行き詰まりつつあるらしい。

 ……それは本当に全く別の楽器を買っていたりしないだろうか。例えばベース、それも弦の多いものならば勘違いしている可能性はある。そもそも初心者が適当に引いたところでギターである以上ギターらしい音は出るものなのだ。細かい音階やギターによって異なる音のニュアンスなど、ずぶの初心者に聞き分けられるはずもない。それなのにギターらしい音が出ないと思うのなら、恐らく本当にギターではない楽器を弾いている。

 まあこれは今度持ってきてもらって確かめればいい話だ。今はそれより、死刑を待つ囚人のような青い顔をしている喜多さんを虹夏のバンド、『結束バンド』に引き留める方が先だ。

「煮るなり焼くなりお好きにしてください……。来世はリョウ先輩の娘に生まれ変わりたいです……」

「俺がギターを教える、それでいいか?」

「え、奏が力を貸してくれるの!? 喜多ちゃんがいいならお願いしたいな」

 バンドリーダーは快諾した。肝心の本人はというと、状況が飲み込めていないようで頭の上にはてなマークが浮かんでいそうな様子だ。

「え、わたし追放されないんですか? お前みたいな役立たずバンドにはいらないって」

「それどんな物語なの!? 大丈夫だよ、奏は音楽に関しては誠実だし喜多ちゃんを追い出すつもりもないから」

「でも……」

「というより、結束バンドには喜多ちゃんが必要だろう。そもそもメンバー足りてないし、歌もうまくない。特に虹夏」

「う"っ! ちょっと、それ言う必要あった?」

「自分で言ってたことだろう」

「それはそうだけど……」

「喜多さんはいい声質してそうだし、バンドのフロントマンとしても十分な容姿をしてる。後は歌が上手ければ文句はないが、自分でメンバーに名乗りを上げてくるくらいだから……」

 そこまで言ってふと思う。そういえば喜多さんはギター初心者の状態でバンドに加入してきたのだった。となると歌に関しても初心者の可能性があるのか?

「ごめん一回歌聞かせてもらってもいいか? 演奏はこっちでやるから」

 

*

 

 喜多さんが最近よく聞いているという流行りの曲を歌ってもらった。演奏を終えた俺たちに、不安げな顔で喜多さんは振り向く。

「どうですか……?」

 三人で目配せして、頷く。ドラムスティックを持った虹夏が、笑顔で親指を立てた。

「すごいいいよ! 喜多ちゃん歌うまいじゃん!」

「まだ改善点はあるけど、ボイトレもなしにこれなら十分だな。人を惹きつけるいい声だ」

「郁代には素質がある。流石私の後輩」

 俺たちの答えは、文句なしの合格。喜多さんはちゃんと歌が上手い子だった。ただ才能でうまいのではなく、音楽を聴いて真似できるように練習したことがわかる歌。俺達とは対極にいるように思える彼女も、人前で歌えるようにきっと見えない努力を重ねたのだろう。

「あ、ありがとうございます!」

 ぱあっと明るい笑顔を見せて腰をぶんと直角に折り曲げた喜多さんは日向にいる人間の中でも、いい感情を素直に表せる良い人なのだろう。こういう人が虹夏の周りに来てくれたことは喜ばしい。

「さて、ギターは俺が教えるとして後は……」

「リードギターが欲しい。奏並みかそれ以上に上手い人」

「そうだねー。今のままだと喜多ちゃんの負担が大きくなっちゃうね」

「え、奏さんが入ればいいんじゃないですか?」

 喜多ちゃんは俺が結束バンドのメンバーになれば解決すると思っているらしい。しかしそれはナンセンスだ。

「俺は俺の音楽がしたい。だから自分で全部楽器を演奏できるようにしたし、曲も書いてる。でもそれは虹夏が目指す音楽とは全く違うんだ」

 俺は自分が求めるままに音楽に溺れて、曲を作っている。そこに聞く人を楽しませようだとか、売れたいだとかそういうものはない。自己満足と言ってもいいだろう。

 けれど虹夏が目指すのは星歌さんのように人気のあるバンドだ。なら俺の自己満足の、感情を殴り書いた懺悔のようなそれはむしろ邪魔になる。

 演奏だってそれは変わらない。俺は自分で好きなように演奏する。臨時でお金をもらってヘルプで入るのなら合わせもするが、メンバーとして入ってそれはお互いのためにならない。

 俺の音楽は、どこまでも他人のことを考えていないんだ。

「俺は結束バンドを応援するだけだよ。その輪の中に俺は入るべきじゃない」

 少しだけ、虹夏とリョウが寂しそうな顔をしていた。

 

 後日喜多さんが練習に持ってきたのは予想通りというか、六弦の多弦ベースだった。ギターではないと知ったときの彼女の顔は、全財産を溶かしたような絶望とともに魂が抜けたもので、新しい音楽に繋がりそうな面白さを見せてくれた。

 




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