今回えっちはないですがぼっちちゃん登場です
「みなさーん、昨日言ってたギターの子来てくれましたー!」
今日も陽の気に溢れた明るい声でSTARRYに入ってきた喜多さんの後ろには、全身ピンクジャージにキュービィロップのヘアゴムというおしゃれという概念を脱ぎ捨てたかのような子がゾンビのような顔で引っ付いていた。
ピンクのモンスターだ。しかしギターを背負っているこのモンスターのような子を何も気にせずに引っ張って来られる喜多さんも物理的にモンスターではあるまいか。
「おー、ギター!」
「ほら後藤さん、自己紹介して」
喜多さんに促され、ピンモンが前に出て自己紹介をする――俺と一瞬目が合った――かと思いきや傍にあったマンゴーの段ボールの中に飛び込んだ。
「なんで!?」
「おお、完熟マンゴーか」
「いやどう考えても違うでしょ!?」
「お、お、男のバンドマン……女を侍らせてあんなことやこんなことを……」
プルプル震える段ボールの中から聞こえてきた怨念のような声に、俺と虹夏の動きが止まる。なんだか身に覚えがあるなあ……。
「いやあ、そんなことはない……よ?」
「虹夏、そこはせめて言い切ってくれ。でないと誤解を生むから」
「……誤解じゃないくせに」
ちょっと、小声でもそういうこと言うのやめてくださいませんか? ほら、星歌さんの目が半分細められててさあ!
そしてピンモンは喜多さんに段ボールという隠れ家を奪われて再び現れた。まるで生贄に捧げられる少女のようだ。
「シュ、シュウカコウコウイチネンセイ、ゴトウヒトリデス」
「ひとりちゃんね、よろしく!」
「い、いきなり名前呼び……」
ああ、この子は虹夏や喜多さんと違って日陰に生きるものだ。心なしかカビのような匂いが……気のせいだと思っておこう。
ここまで度が過ぎて陰にいるのは、自己肯定感が死ぬほど低いのかもしれない。
「イエーイ俺は武道館アーティスト」
ほんとに?
*
何はともあれここにいるのは全員ミュージシャンだ。語るなら言葉より音楽を介したほうが幾分もいい。音楽に没頭した人間に完璧なコミュニケーション能力というものを期待する方が間違いなのだから。虹夏と喜多さんは数少ない例外に入る。
結束バンドの四人がそれぞれの楽器を準備する。ちなみにここまでに後藤さんのあだ名がぼっちちゃんに決まっていたり、喜多さんがリードギター要員を探し回っている時に『バンド』という言葉に露骨に反応したことで見つかったことが明らかになったりした。
いやあ、ここまで来るといっそ清々しいまでに陰の者だなあ。
そして虹夏がスティックを叩き合わせるのを合図にセッションが始まる。俺はそれを眺め、全体も部分も漏らさないように音を拾う。
喜多さんはまだギターの練習を始めたばかりで時折ミスが混じる。こればかりは仕方なく、ボーカル兼任であることを考えるとむしろよくやっていると言えるだろう。
リョウはいつも通りだ。リズム隊として安定して演奏できているというのは紛れもない実力の証。ただ時折自分の世界を出そうとするのは、練習を重ねていないメンバーですることじゃない。
虹夏も安定している。俺はいつも彼女の努力を見ているし、彼女も俺に積極的にアドバイスを求めてくる。一緒に練習している時間が一番長いから、いつも通りだとわかりやすい。このバンドのリズム隊は、高校生の平均レベルを上回っているだろう。
――その一方で。
ぼっちちゃんは走りに走っている。一人だけずっとソロをしているような状態でずれ続けているんだ。それはバンドとしては致命的なずれ、下手くそと言われても仕方がない。
でもきっと違うんだ。下手なんじゃない。彼女が周りとの合わせ方を知らないということと、周りもぼっちちゃんには合わせられないという二つがこのずれを生んでいる。
ぼっちちゃんの演奏は今、自分の演奏と周囲に合わせた演奏の間で中途半端になっている。それがなければ、彼女は上手い。もしかすると俺よりも。
何より彼女の奏でる音が言ってるんだ。もっと自由にやりたい! こんなんじゃない! って窮屈さを訴えてる。
……このまま終わるのは勿体ないな。
セッションが終わる。リョウと虹夏が顔を見合わせた。喜多さんは違和感を感じてはいるんだろうけれど、それが何かはよくわかってないようで首を傾げている。
「ドヘタだ!」
虹夏が口に出してしまった言葉はぼっちちゃんにとってショックだったようで、彼女はゴミ箱の住人と化してしまった。
でも虹夏、違うだろう。それを口に出すのはまだ早いだろう。
「虹夏、そこ変わって」
「奏? いいけど……」
「喜多さんも見てて欲しい」
「はーい」
「リョウは頑張ってついてこい。多分死ぬ気で」
「……」
ああ、リョウが眉をしかめたな。それもそうだ。お前の全力でぎりぎりだって言ったようなもんだもんな。
でも本当にそうなのかもしれないんだぜ?
スティックを構えて叩くのはONE OK ROCKの『完全感覚Dreamer』の間奏で入るシャウトのドラムパート。手数が多く次々に叩く楽器が変わるそこを完璧に叩ききってぼっちちゃんを見据える。こっちはここまで来てるんだぜ、なあ、ぼっちちゃん。
「君はまだそんなもんじゃないだろ。今度は君がメインだ。好きなように弾きなよ」
俺の言葉を信じられないというようにぼっちちゃんは大きく目を見開いている。でもこれ以上は何も言わない。ただ音楽で語ろうぜ。そんな意思を込めてまっすぐ彼女を見つめ続ける。
やがて決心が決まったのか彼女は再びギターを手にして俺たちの前に立った。
さあ行こうか、ヒーロー。
*
演奏が終わる。皆が紡ぎだしていた音が響き合って、余韻を残して消えていく。じわりと照明に焼かれているような肌から清々しい汗がにじみだす瞬間。
沈黙と俺たちの息遣いがスタジオに残る。けれど先ほどとは明らかに皆の熱量が違った。
「後藤さん、すごいのね!」
「ぼっちちゃん、うまいじゃん!」
「……悔しい」
素直に喜ぶ喜多さんと虹夏に、汗をぬぐいながら悔しさを顔にはっきりと表しているリョウ、そして何がどうなっているのかわからない様子のぼっちちゃん。
突如スポットライトを当てられ、逃げ場を探す子どものような彼女がやがて俺を見た。
「ぼっちちゃん、君は下手なんかじゃない。むしろこの中で一番うまいだろう」
「じゃ、じゃあさっきは何で……」
「君が周りに合わせることができないこと、そしてそれ以上に君の全力についていけるだけの実力が結束バンドにはない」
はっきりという。ここは隠しても何にもならないし、むしろ双方にとってデメリットになる。ほら虹夏、俯くなよ。まだ話は終わってないだろ。
「ぼっちちゃんの腕はプロに劣らない。そのうえで虹夏、お前はどうしたい?」
「……え?」
「ぼっちちゃんに結束バンドへ入ってもらいたいのか?」
虹夏、お前が本気で夢を叶えたいと思うならこの子は間違いなく大きな助けになってくれる。けれど一人だけ滅茶苦茶に上手いバンドはよく他のメンバーがお荷物扱いされたりもするんだ。きっと今のリョウみたいに実力の差を感じたり、劣等感に苛まれることもある。それを受け入れてでも、ぼっちちゃんを結束バンドの輪の中に入れる勇気があるのか。
「私は……」
ぎゅっと拳を握りしめて、顔を上げる。
「私はぼっちちゃんに結束バンドに入ってほしい。今はまだ全然かもだけど、追いつけるよう頑張るから」
「え? え?」
「だってさぼっちちゃん。君はどうする」
「わわわわわわたしですか!?」
「そう」
「わた、私、私は……こんな私でも、温かく迎えてくださる皆さんがいいなら、むしろお願いしたいデス……」
よし。
「後藤さん、ありがとう! 私も始めたばかりでまだまだだけど、これから一緒に頑張っていきましょうね!」
「あ、あ、あ、ァ……」
ぼっちちゃんの顔溶けたけど本当に大丈夫か? でも自分で福笑いができるようになるのは結構新しいロックかもしれないな。
*
「それにしてもぼっちちゃんの演奏、ギターヒーローみたいだったね!」
「!(わ、私だ)」
「ギターヒーローってなんだ?」
「私も気になります!」
「ほら、この動画投稿してる人なんだけどすっごい上手なの」
「……上手いな」
「かっこいい! 私も登録します!」
「えへ、えへへへへへ」
「でしょでしょ! 私もファンになっちゃって新曲の通知もONにしてるんだー」
「かっこいいと言えば、さっきの奏さんのドラムも凄かったですよね。奏さんって一体……」
「ああ奏はね、はいこれ」
「溺れるP……? ひょっとしてボカロPさんなんですか!?」
「まあそうだな。楽器は一通り自分で弾いてる」
「でも奏も歌下手くそだからねー」
「虹夏よりはましだろ」
「よーし今度カラオケで勝負しよっか。負けたら罰ゲームね」
「……おう」
「……あっ」
「ヒィっ(登録者数五万人、私より多い……イキってすみませんでした……)」
曲名だけなら楽曲コードが要らないと初めて知りました
次は多分虹夏ちゃんとちょっとえっち
あと作者は音楽に関しては小学校のリコーダー以外演奏したことないレベルです
もしおかしなこと言ってたらお許しください