戦争が起こると、その余波がいくつかある。
敗戦国であれば、戦争で人的にも物理的にもリソースを失い、市民層は貧困する。その国の貨幣価値が失われ、商品は不足するのでインフレが発生し物価の上昇が起こる。
戦争は、男が戦い死んでいくものであるが故、女が余る。男女平等を謳い、女性の権利をなどと叫んで労働力として、社会の歯車として額に汗して社会に貢献しても結局のところで女のみでは子を生せず国は傾く。したがって女同士で数少ない男の取り合いが起こる。
男は狡いもので、複数の女性と身体を重ねて遊ぶが、最終的には多少器量が良くなくても、お金持ちが選ばれる。そんな風刺画が出回る程度に男女の優位性ははっきりと分かれる。
次に、戦勝国と敗戦国の問題。戦争というのは最終的にどちらか一方が、相手の国土に侵入し武力的制圧を行う。先にやったほうが勝ちなのである。歴史の中では進行してきた軍を撃退し、反転攻勢に出て一気に相手領土まで攻め入ることで勝利をおさめた戦争もある。
ただ、更に問題になるのは戦争孤児と、混血児。食うや食わずやの市民にとって、それも男手は戦争に駆り出されて残ったのは女達。軍人は敵でも味方でも、糧食を持ち武器を持つ。
すると必然的に、春の売買が始まる。そこにあるのは金銭でも、プライドでもなく生にしがみつく女と、性を使う男がいるのみ。今日の相手は、昨日自分の夫を殺した男かもしれない。そんな不安が一瞬脳裏をよぎる。それでも目の前に詰まれた食料や、幼い子供のために身体を使う。
ではそれが異世界の、異形の者だった場合はどうなるのだろう。
きっとそれは何も変わらない。現在の我々が生きる世界線では、日本人にとって米人、英人は『鬼』だった。赤鬼であり青鬼だった。それでも結局女達は強かに、生きる事を最優先にして時代を乗り越えた。
だから今回も……この世界でも……
人間同士が戦い合う太平洋戦争などではなく異世界から襲来した異形の者たちと人間の全面戦争が発生。一つの国であれば、同時に攻め入ることができる国の数など知れている。最小で一国。最大でも隣接している国の数。ところが異形の者は勝手が違った。
北アメリカ大陸に侵攻したアンデッド軍、南アメリカ大陸に侵攻したドラゴン族、ヨーロッパ大陸に侵攻したのは悪魔軍、南アフリカ大陸にはオーク軍、亜細亜一帯は、サキュバス・インキュバス軍が侵攻した。
北アメリカ大陸では物量と物量のぶつかり合いが果てしなく続き、南アメリカ大陸では人類の抵抗むなしく、ドラゴン族に一掃されてしまった。一方のヨーロッパではバチカンを敵本陣とみるや、空中からの一気攻勢で陥落させた悪魔軍が、そのままにロシアにまで進攻しユーラシア大陸のほとんどを手中に収めた。
南アフリカ大陸では、元々の食糧事情が潤沢ではなかったことで、オークそのものが食料になると気付いた人々によって次々とオークを刈り取り、人類の強さを見せつけた。
亜細亜一帯の攻防は激しかった。大陸侵攻の種族とは異なり、サキュバス・インキュバス族は全員が翼を持っており空中からの攻撃が可能である。が、それだけなのである。更に他種族のように昼夜問わず活動ができるでもなく、夜しか活動ができない。海を越えて進軍する必要があったにもかかわらず、あまりにも攻撃能力が低かった。
ただし、本来はそれに見合うだけの戦闘能力や、夜の篭絡作戦が得意であったはずなのに『夜に寝ず、昼間寝れば何の問題もない』という攻略法をあっさりと人間に見破られると、彼らの進行はそこから進むことがなくなり、形勢はあっという間に逆転。日本軍は次々と亜細亜地域をサキュバス・インキュバス軍から解放し勝利を挙げる。
そんな劇的な勝利から二十余年、世界は三分の二が異形の者に支配され、残った三分の一は人間が異形の者を支配するという不思議な世界が出来上がった。
時の天皇は異形の者との対話を望み、その技術力、その文化、その人民を受け入れる建前を押し込んで元号を『招和(しょうわ)』とした。