「アルベド……よくきたね」
いつもと変わらないふうにアルベドを迎え入れるタブラ。
いつものように店の一日分の売上を渡し、昨日の売上から給金をもらう。
「さて、アルベド」
タブラもアルベドに対して話があることはわかり切っていた。
「僕は……僕はこういうのは好きじゃない」
そういって取り出されたのはアルベドのヌードが掲載された雑誌。
「給金が足りなかったかい?」
タブラは怒るでもなく、問い詰めるでもなく、ただ悲しそうにアルベドへと問いかける。
「どうしても……どうしても一時的にお金が必要でございました」
アルベドもタブラに対しては正直に答える。
「それは、悟君に関連することだね?彼から金の無心を受けていたのかい?」
「飲み代や遊びに行くお金は……確かに。でも今回は私のためのお金でございます」
「お金を積んでも、心は買えないよ?」
「存じております。それでも……諦めきれないのでございます」
「そうか。アルベドは賢いから、きっとそんな事は理解しているんだろうね」
「申し訳ありません」
アルベドは深々と頭を下げてタブラへと謝罪する。
「お金なら……アルベドにならあげたのにな」
「それでは申し訳が立ちません。すべて私個人が稼いで、そのお金で成し遂げることでございます」
「強いなぁ……そして悲しいね。僕の大事なアルベドにここまでさせる悟君が少し憎いよ」
「申し訳ありません」
「うん。アルベドの顔が見られて僕は良かったよ。ちゃんと来てくれてよかった。ナザリックも続けてくれるのだろう?」
「はい、私にはそれしか生きる術がございませんので」
「じゃあこの話はもう終わりにしよう」
「ありがとうございます」
アルベドが席を立ち、襖を閉めようとするときにタブラから声が掛かる。
「僕は多分、アルベドがやろうとしていることは理解している。そしてそれを止めはしない。僕も異形の者だからね。」
「ありがとう……ございます」
ぽろりとアルベドの頬を伝う涙が見えたと思った時には襖は閉じられていた。
アルベドは涙をぬぐって、約束の公園へと向かう。
公園には、まだ悟は現れていなかった。アルベドは煙草を取り出して火をつける。
ふうと紫煙を吐き出した。昇り始めた太陽は忌々しく、目を細める。
「こんな朝早くに呼び出されるとは思わなかったよ」
アルベドの背中へと声を駆ける人物。
久々に見る悟の顔は、ほんのりと赤く色づいており、酔っているようだった。
悟も胸ポケットから煙草を出して火をつける。
「アルベド、さよならだ」
紫煙と共に悟が吐き出した言葉がそれだった。
「もう、戻れないのね」
「戻れなくしたのは君だろう?なんだいあのヌード雑誌は」
「私の雑誌掲載如何に関わらず、うちになんて戻ってこない癖に」
「ヴァンパイアってのはすごいね。異形の者なのに伯爵階級だぜ。食べ物も、飲み物すら違う。もう普通の生活になんて戻れるもんか」
「私はささやかでも、あなたと普通の生活がしたかった……」
「俺はそんなのお断りだね。良い生活をしていい絵を描くんだ」
「絵なんてほとんど描いてない癖に……」
「描いているさ。今はシャルティアさんを描いているんだ」
「筆も、絵の具も、全部うちに置いてあるじゃない」
「あんなボロじゃなくて、もっといい画材を用意してくれるからね」
どこまでいっても折り合わない二人の会話。
「もう……終わりなのね」
「終わりさ。さよなら」
そういって背を向けて悟が歩きだした時、アルベドは鞄から小さなナイフを取り出して悟へと一直線に走り出す。
肋骨の隙間から、心臓に達するようにしっかりと握りこんだナイフを差し込む。
「ううっ……」
ぽとりと悟の口に咥えていたタバコが落ちる。アルベドの漆黒の羽が宙に舞う。
ナイフを引き抜くと、血が噴き出しアルベドの顔へと跳ねる。
口元に飛んだ血をぺろりと舐めとると、うっとりと微笑む。
悟は地面へと崩れ落ちて、ひゅーひゅーと息をしながら血を流す。
アルベドは悟を眼下に見下ろしながら、悟がゆっくりと死んでいく姿を眺める。
やがて悟はごぼっと口から血を吐きだし全身から力が抜ける。
その姿を見るとアルベドはにんまりと笑い、鞄から赤い小瓶を取り出す。
そしてその小瓶の液体を悟の口に当て、一気に飲ませる。
すると悟の身体からシュウシュウと煙をたてて肉がどんどんと崩れ落ちる。やがて煙が晴れると骨だけの姿となった悟の遺体がそこにはあった。
通常の遺体と異なるのは、肋骨の奥に赤い球体があること。
やがて、悟の遺体……骸骨の指がぴくりと動く。そしてゆっくりと骸骨は起き上がりアルベドに尋ねる。
「ここは……どこですか?私は一体……?」
「私はアルベド。貴方は……モモンガ。モモンガ様。私の愛おしい方。愛する御方」
「そうですか。記憶があいまいで……」
「大丈夫です。ゆっくりと色々教えてさしあげます」
こうしてアルベドは、朝焼けの丘で悟を失い、モモンガを手に入れたのだった。
小さな、小さなスナック『ナザリック』。
大都市東京からは少し離れた駅、そんな駅から歩いて十分。
看板娘が三人もいる繁盛店である。
美人なのに顔をあまり出したがらない長女ニグレド。
元気が取り柄の健康的な三女ルベド。
豊満な肉体と妖艶な微笑みを絶やさない次女アルベド。
そして骸骨姿のアンデッドであるバーテン、モモンガ。
今日もその小さな店はひっそりと開店して男達を酔わせる。
酒に酔う者、色気に酔う者。様々いる。
そして招かれざる客、シャルティアはアンデットが好みなのだと言って憚らず、足しげく通う。
そんなアルベドとシャルティアが、モモンガを巡って対決する話は、また別のお話。