長い長い葬式がようやく終わったらしく、辺りの空気感は無音で澄んでいた。人の気配も無く、今まで悲しみにくれていた両親や親戚などの生きてる人間たちは、すでにどこか別の部屋に移動したようだった。
死んでいるという理由のため、棺桶の中の湊友希那は指の一本たりとも動かせなかったが、しかしどういうわけが、意識だけは滞在していた。視界もはっきりとしており、先ほどの泣きながらこちらを見下ろす父親や母親などを満足に認めることができたが、今は、ちょうど顔の位置に存在している小窓が閉じられているため、外の光景は一切見えず、暗闇が支配していた。
(この後、どうなるのかしら……)
友希那は暗黒の中で思考した。葬式に対する知識は乏しかったが、一通りの工程が終わった後は火葬なのではないかと思った。
もしこのまま、つまり意識を保ったまま、全身を焼かれるとなると、それ相応の痛みを味わうのではないかと思った。はたして今の自分に痛覚という概念があるのかはわからなかったが、意識があるままで身体を熱されるというのは、ただでは済まないような気がしていた。
(少し、怖い……)
友希那は確かな恐怖を感じていた。すでに死んでいる自分だったが、生への執着のようなものは、確かに、まだ、あった。
そうやって感じたとしても、死人なりに生を求めたとしても、身体の方は依然として動かすことができず、少なくとも肉体は完全に死んでいるのだと思い知った。
友希那はどうしたものか、と思考を巡らせた。
すると、ふと、自分のこの棺桶に近づいてくる気配があった。
(だ、誰……?)
気配は棺桶のすぐ近くまで来ると止まった。闇の中の友希那はまた遺族が自分の死を悲しみに来たのではないかと思った。気配はそのまま数秒ほど静止すると、それから思い切った大胆な具合で棺桶に触れ、小窓の扉を開いた。中の友希那に光が差し込み、同時に人の影が見えた。
(この人……)
男だった。ぶよついた唇が特徴的で、鼻はニンニクのような形をしていた。
友希那はその男に見覚えがあった。この葬式に来ている人間は当然、友希那と血縁的に関係がある人間だけだったため、視界に光と共に現れた男とも面識があった。
彼は友希那から見ると比較的遠い位置に居る親戚の男で、確か年齢は三十代。しかしその年齢とは裏腹にいつまでも定職に就かず、親の金で暮らしているようないわゆる『ニート』の部類の人間だった。生前、数回ほど喋ったことがあったが、はっきり言っていずれも、あまり良い印象は抱けなかった。こちらのことをどこか見下しているような雰囲気の中に、隠そうともしない卑しい光が瞳に浮き、夏場に会うと、必ず露出した素肌をじろじろと見つめてくるような男だった。
男は小窓から友希那の顔を数秒見つめてから、棺桶の蓋に手をかけた。
(な、なにを――)
男は大きな蓋をひょいと持ち上げた。中に収納されていた友希那の死体が外気に久しぶりに触れた。友希那は困惑していた。男の意図が読めなかった。すでに死んでいる自分になにをするのか見当もつかなかった。
蓋を適当に置いた男は次に中の友希那を抱き寄せた。両肩に両手を伸ばすとそのまま上半身を起き上がらせた。肉体を動かせない友希那は無抵抗でそれに従うことになった。男はそのまま友希那の腰の位置に手を伸ばして持ち上げた。平均を下回る友希那の肉体は簡単に棺桶から離れた。
(どういうこと……?)
なぜ男が自分の肉体を棺桶から出したのか、やはり友希那にはわからなかった。必死に思考を巡らせたが、それでも男が無遠慮に自分の遺体を動かす理由は出てこなかった。
男はそのまま友希那を動かすと、ゆっくりと床に下ろした。棺桶よりは柔らかい、しっとりとした床の感触が頭頂部や背中に触れた。
そして男は友希那が着ている白色の死装束をに手を伸ばした。
(ちょっと! 何をしてるの!)
男の奇行に友希那は叫んだ。身体を動かすだけではなく、唯一の衣服までに手をかけるとなるとそれはもう友希那にとっての異常事態だった。しかし生きている男にその声は当然届いておらず、男は少し躊躇いながらも確実な手つきで服を脱がせた。その顔には逸る気概が見えた。明らかに友希那の裸体を目指している眼差しだった。
友希那の裸体があらわになった。凹凸の無い平坦な身体つきで、全体が色白だった。
(や、やめなさい!)
友希那は視界の中の男に向かって叫んだが、それは友希那にだけ聞こえるむなしい独白として消えていった。男は友希那の裸体を見下ろした。その目の中にはあの卑猥なねっとりとした光が浮き、ぎらついて友希那を凝視していた。一方的に眺め廻されることで、友希那には竦むような苦痛の羞恥が襲った。男は友希那の肉体を、最初から性的に消費するだけの玩具として認識しているようだった。すでに死んでいる友希那を前に、己の中で躍動する性欲の炎をより強く滾らせて、その肉体を視線で辱めていた。
ふと、友希那は男の視線が自分の胸部に集中しだしたのを感じた。その目はより一層のぎらつきを湛えており、自分の控え目な乳房をじろりと睨まれたことで、友希那は死んでいるにもかかわらず、息苦しさのようなものを感じた。
「まさか死んでくれるとは……」
男がついに口を開いた。至極下卑た口調だった。友希那の死を心の底から懇願していたことが窺えた。男はそのまま震えた素手でズボンとパンツを脱ぎ捨てた。下半身全裸になった男の股間を見た友希那は言葉を失った。中心に聳える男根は激しく勃起していた。肌よりも焦げ茶の風味が強く、先端は肥えており赤かった。友希那は困惑した。死体という不気味なものを前にして、勃起するほどに興奮している男のことが、何か人智を超えた魍魎の類なのではないかと思った。魍魎ならば通常の人間の価値観などは通用せず、ならば死体を前にした時の行動も読めなかった。
男はそのまま、下半身を露出したまま勢い良くしゃがみ、友希那の胸部の辺りに馬乗りになった。男の体重を感じた友希那は、その不快な素肌の熱量に身体が一瞬ビクリと動いたような気がした。
(なにを、する気なの……?)
友希那の胸中の声を聞いていない男は、そのまま友希那の制止した顔面を見下ろしながら、股間の竿を一気にしごき始めた。ぬちゃぬちゃぬちゃという粘液の音が鳴り、呆けた顔の男の呼吸が荒くなった。友希那はさらに困惑した。男が何をしているのかがわからなかった。大胆に勃起した陰茎をしごくことで、なにを成そうとしているのかを察することが、どうしてもできなかった。しかし男はそんな友希那の思考など少しも気付かず、独りで、より一層速く竿をしごいた。高揚した顔の男はハァハァハァと呼吸を乱し、その目は友希那の顔面に留まっていた。
「うっ、イくっ……!」
男が呻きながら竿を友希那の顔面に近づけた。するとその先端から何かが飛び出し、友希那の顔面に振りかかった。何度も飛び出す白色の濁った液体は友希那の頬や額、前髪にぶちまけられてべっとりと絡みついた。
(なに、これ……)
顔面に滞在するしっとりとした熱が、どこまでも不快だった。それは独特の青臭さも持っており、思考がくらつくほどの激臭はやはりたまらなく不快だった。今すぐ拭いたかったが、しかし死んでいる肉体は動かず、友希那は自分の顔面にへばりつくその粘液の存在感を、いつまでも肌で意識するしかなかった。
男は身勝手に友希那の顔面を『使用』し、そのまま己の欲望をその顔面に放っていた。友希那はこの液体の正体を知らなかったが、不条理で不名誉なものであることはなんとなく察せられた。つまり今の友希那は男の粘液によって理不尽に汚され、ただ男の欲を満たすだけの道具に成り下がっているということだった。
(気持ち悪いっ……)
友希那は嫌悪した。男の行動にも、自分にぶちまけられた謎の粘液にも激烈に嫌悪した。怒りの火炎はそのまま死んだはずの脳に溜まり、やがて全身をカッと熱く煮えさせて鼓動をわなわなと震わせた。
しかし、男の奇行は止まらなかった。
むしろ、一度友希那を汚したことで、内なる欲望を完全に開放しているという具合だった。
男は友希那から降りると両足に手をかけた。そして左右をぐいと押し広げると、友希那の股間が目立つようになった。
(――なっ、そ、そっちはやめてっ!)
男は友希那の膣の亀裂を見つめながらゴクリと喉を鳴らした。そして竿をぎゅっと握った。男根は一度射精したというのに少しも萎れていなかった。死体である友希那を前に極度の興奮に至っているようだった。
(こっち来ないでっ……。それ持ってこっち来ないでえっ!)
友希那にはその竿が、ただの男性器ではなく自分の肉体を脅かす圧倒的で驚異的な牙のように思えた。その鋭い突起で自身の隠されていた亀裂を突き、そのまま縦横無尽に愉しむのだと思うと、亡くなったはずの背筋が凍り付いた。
(動いて! 動いてよおっ!)
死んでいる友希那は精一杯の力で肉体を動かそうとした。しかし全身にどれだけ力を込めても、自分のものだったはずの身体は少しも主の言うことを聞いてくれず、依然として静止を貫いていた。友希那はその現実に落胆した。なぜ自分は死んでしまったのだろうかと強く思った。男という驚異が目の前に迫ってきているというのに、その危険信号もしっかりと感じているというのに、肝心の身体は少しも対抗しようとしていないという事実に、終了した人生の中では感じ得なかった悔しさを得ていた。
男はというと、にやけながら膝立ちになり、そのまま友希那の、下品に左右に退けられた股間に近づいた。ゆっくりと狙いを定めるようにすると、そのまま陰茎の先の亀頭で友希那の秘裂をノックした。その瞬間、友希那の中には熱が走った。それは明らかに陰茎からの異質な熱だった。すでに肉体は死んでいる友希那だったが、男という敵に対してははっきりとした恐怖を感じていた。
(やめて! やめなさいっ!)
友希那は、自分が何か霊的な存在となり、現代科学を超えた方法で男の脳内に直接言葉を発信したいという欲求に駆られた。今すぐこの強行を止めさせ、この肉体などさっさと焼いてほしかった。しかしどれだけ念じてもそのような規格外の力などは発揮されず、何も知らない男は腰をゆっくりと進めていった。
(嫌っ……! やめてやめてっ、お願い――)
強固な男根がそのまま友希那の亀裂の中の膜を破り、機能を喪失した胎内を押して味わっていった。
「おおっ、処女なのかっ……」男は友希那を見つめながら呻いた。
(いっ……。痛いっ……)
死んでいるにもかかわらず、友希那は確かな痛みを感じていた。股間の内側から迸る破瓜の激痛は、そのまま情緒を揺るがして、のたうち回りたい衝動のようなものを感じさせたが、肉体は当然動かず、そのため友希那は、ただされるがままに痛みと膣が広げられていく強引さを感じていた。
(さ、最悪っ……。なんなのよこれっ)
死してなお、いや、死んだからこそ、その肉体を自由に弄ばれている感覚が、そのまま純粋な苦痛となって友希那を覆っていた。男の硬く発揮された男根は友希那の膣をえぐるように際限なく押していき、潰す勢いで奥まで到達してゆったりと滞在していた。
(気持ち悪いっ……。抜いてよっ! 今すぐ抜いてえっ!)
友希那は膣に広がる違和感に、死んでいるはずの腹から持ち上がって喉元を支配する吐き気のようなものすら感じていた。しかしそんな友希那の怒気など少しも知らない――知ることすらできない――男は、無遠慮に腰を動かし始めていた。生きている人間が死んでいる肉体に気遣いなどを要するはずもなく、その身勝手でどこまでも性欲まみれな情緒は、そのまま荒い腰遣いに現れていた。ガツガツと貪るように腰を打ち付け、膣の壁で己の竿をみっちりと擦る動作は、友希那の胎内を余すことなく味わうという豪胆で卑怯な気概を感じさせた。
「おおっ……。身体つきはヒンソーなクセに、ナカは極上じゃねぇかっ」男は腰を動かしながらそんなことを吐いた。「親戚の集まりの度に思ってたんだ……。身体はがっかりだけど顔が良いからいつかレイプしてやろうって。計画してるうちに死んだから、こりゃ万々歳だなっ。へへへっ」
そして男は友希那に覆いかぶさるようにして腰の蠢きを速めた。男の下半身が友希那の腰にぶつかる度に、友希那の脱力した肉体はがくがくと震えていた。
(はやく終わってよ……。こんなの)
友希那は自分の顔の位置で緩んだ表情を披露する男に毒を飛ばした。もちろんこの毒は男には認知することすらできない無毒ではあったが、しかし友希那は、己の不自由な身体を自由に『使用』する倫理観のおかしな男に毒を発射せずにはいられなかった。
すると男が友希那の両手を持ち出した。
「これ、一度やってみたかったんだよなっ……」
男は呟きながら友希那の両手を左右でそれぞれぎゅっと握った。しかしそれはただ手のひら同士を連結させたものではなく、五指と五指を互い違いに強引に絡めて握った複雑な掌握だった。
「へへっ。これでおれたち、恋人だっ」
男は嬉しそうににやけた。
(何がっ、何が恋人よ……。ふざけないでっ!)
告白すら受けていない相手と恋人認定されたことに対する不愉快な感覚は凄まじかった。友希那には恋人や恋愛といった概念に対する興味関心はほとんど無かったが、だからと言って身勝手に恋人に設定されるのは嫌だった。まさに死人に口なしだったが、今の友希那は己の中だけとはいえ言葉を発することが可能であり、だからこそこの男のさらなる奇行に激怒し、今すぐこの手を振りほどきたかった。
「へへ。これが恋人セックス……。友希那、ちゃんと中に出すからなっ!」
友希那の中の男への嫌悪感はいよいよ限界まで達しており、それは男に勝手に「友希那」と呼び捨てで呼びかけられただけで、亡いはずの背筋が凍り付くほどだった。
(中に出すって、何を――)
そのまま自分の膣を堪能しているらしい男の顔は高揚しており、その表情筋は限界までたるんでいた。顔を動かすことができない友希那はその『アホ面』を見つめることしかできなかった。
みっともない男の恥ずべき顔は、友希那の動かない視界の中で激しい呼吸を繰り返していた。両手はさらに強くがっしりと握られており、男から発せられる汗の熱量がじんわりと響いてきて不愉快だった。
「ううっ。もう出るぞっ……。死体友希那に中出しキメるうっ……!」
男の腰は徐々にその速度が上がっていき、それに応じて男の、胎内で揉まれているらしい陰茎からの快感による呻き声も、甲高くなっていった。
(なにっ……、なんなのっ! やだっ、やめてっ!)
それは何かの発現の予兆を感じさせる激しさで、性知識の無い友希那はこれから何が起こるのかがわからなかったが、それでも男の激しさが、死体の友希那に縋るような獰猛さが、何か恐ろしいものとして映っていた。
「――うっ、出るうっ!」
男が叫びながら、腰を友希那の肉体にぴったりと這わせた。それは友希那という肉で構成された置物に自分の下半身を擦り付けるような具合で、胎内で最奥地まで進んだ陰茎の先からは、ぬるい衝動が飛び出していた。
(なに、これ……)
それは友希那の死んだ膣を温かく濡らし、そのままべっとりと付着して染み込んでいった。
「くうーっ! 精子全部持ってかれるっ……!」
友希那には何もわからなかった。男が自分にめり込ませた突起から何かを放出したのは理解できたが、それが具体的にどんなもので、自分の機能していない膣に吐き出すことで何があるのかもわからなかった。
(なんだか、嫌っ――)
しかし、勘の域ではあるが、それが生命としてとてつもなく重大なことで、同時に、男にとっては何よりも背徳的なものなのではないかと思った。そうでもなければ、男がこうして終わったはずの葬式会場にわざわざ戻り、死んだ後の肉体を勝手に使うことに対する理由が本当にわからなかった。
ならば友希那は、この男の謎の『発射』に嫌悪感を得た。
(気持ち悪いっ……。お腹の辺りが、すごく気持ち悪いっ!)
死んだとはいえ自分の身体を好き勝手に使い、あまつさえ中に出すという行為は、死んだ自分に対する何よりも強い侮辱であり、到底許される行為ではないと思った。
「あぁっ。駄目だっ。まだ全然萎えねぇ……」
腰をゆっくりと引いた男は自分の股間を見つめながら呟いた。友希那の膣から半分ほど出ている竿は確かに少しもその大胆な勃起を納めておらず、まだまだ友希那の死んだ膣を堪能したいと願っているようだった。
「……友希那の死体まんこ、最高だぜっ!」
男は独りで呻きながら、再び腰を友希那に打った。
(うそ……、まだやるの……?)
竿が拡張された膣にめり込み、死んでいる肉壁が男根を舐っていった。
(はやく終わってえっ……)
視界の中で腑抜ける男を見つめながら、友希那は己の身体が揺れ動くのを、ひどく傍観した雰囲気で感じていた。