※この作品はR-18です。

剣聖外史始末旅   作:KKS

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 程昱との二人旅が続いた。

 歩き疲れたというから、途中でなぜか肩車をすることになっている。精神まで子供っぽいわけではない。それに、ふれている箇所ではしっかりとやわらかさを感じるのだ。たぶん程昱自身も、理解したうえでからかってきているのではないか。

 いずれ、追手と斬りあう羽目になるかもしれない。それとなく事情は伝えたが、程昱が離れていくことはなかった。

 互いに、腹のうちを探りすぎないでおくべきだ。知りすぎれば、きっと余計なしがらみに絡み取られる。

 始末屋の裏稼業のこと。そして、程昱の目的のこと。長沙に着くまでは、自分はただの用心棒でいい、と一刀は思っている。肩車をされて船を漕いでいる少女とは、偶然旅先が同じだけのことだ。

 

「んんー、ふぇ……。はふぅ……。歩いているだけなのも退屈ですし、お話でもしてみましょうか。なんでも構いませんので。お兄さん、風に質問とかないのですか」

 

 程昱のあくびを聞いていると、つい眠気を誘発されそうになる。そうだな、と一拍あけてから一刀は言った。

 

「ン……。それなら、国の情勢でも聞かせてもらおうか。旅人として、いつか詳しく知りたいと思っていた。スマホや新聞が使えないと、こう……手足が短くなった気分になる」

「すま……ほ。ふうむ……。そうなのかなー、って感じてはいましたけど、お兄さんはいったいどちらから?」

「どうかな。私も、はっきりとした答えを出せる自信は、あまりないのだが」

 

 肩に乗った程昱が、顔を左右から腿で締め上げてくる。やわらかい。それ以上に、甘い香りが漂ってくるようだった。

 これはきっと、降ろしてくれという合図なのだろう。おのれの足で地面に立った程昱が、満足そうに笑っている。差し出された飴を口に含むと、懐かしい甘さで疲労が吹き飛ぶ。当然のように舐めかけなのは、もはや気にならなくなっていた。

 

「私は、一度死んだ身なのだ。そして、意識を取り戻したときには、野盗を三人斬っていた。たぶん、ここよりずっと東の国からきたのだと思う。あの子、諸葛亮は天の国と呼んでいたな」

「天の国……。しかも蘇ったとなると、かの始皇帝もびっくりな延命方法じゃありませんか。お兄さんの話をすべて信じるかどうかは別として、なるほど、なるほど……」

 

 少し鋭さの増した程昱の視線。

 危ない目に遭わせるかもしれないのだから、このくらいのことは教えるべきだと思った。いまとなっては、始末屋の仕事の方が遥かに優先順位が高くなっている。

 

「ではでは、そんな生まれたての赤ちゃんのようなお兄さんに、程昱先生が勢力図を解説して差し上げましょうか。あっ、しまった。どうせなら、有料にしておくんでしたねぇ、これ」

「悪いが、私の手持ちはほとんど使ってしまっている。旅の資金は、連れの懐中だ」

「ふむう、それは残念」

 

 飴をねぶりながら、程昱が平坦な声で言った。

 正体や目的はともかく、程昱が旅人の先輩であることだけは間違いない。聞けば、郭嘉や趙雲、徐晃といった三国志の有名どころと各地を放浪していたらしい。旅仲間のその後までは聞かせてもらえなかったのだが、いずれも興味深いことばかりだ。

 

「黄巾の乱はさすがにご存知なのでしょうか。そこから説明するとなると、長くなりすぎて眠気に勝てる自信がありません」

「平気だ。だいたいの流れは、おそらくあっている」

「あって……? ふむふむ。でしたら、もうちょっと時間を先に進めましょうか」

 

 左手に、果てしなく大きな湖が拡がっている。あまりにも雄大で、知らなければ海だと勘違いしていてもおかしくなかった。

 ここまでくれば、孫家が縄張りとしている長沙まではもうひと息。黄祖の麾下も、敵領では自由な動きを取れなくなる。

 

「弱体化した漢室に、さらなる試練が訪れました。大将軍である何進さんと宦官の仲違いが限界に達し、弾けてしまったのですよ。内側で斬った張ったをしていると、外から脅威が迫っていることには、なかなか気がつきませんよね。西涼からでてきた董卓さんが実権を掌握するまで、ほんとうにあっという間だったそうです」

「大将軍何進、か。弾けたといったが、具体的には」

「はい。宦官は謀殺を企てたようなのですが、どうやら取り逃したようでして。それも、妹の何太后さままでご一緒に。もっとも、表向きには両名とも亡くなられたことになっていますけど」

 

 程昱の話を聞いていて、傾のことを思い出さずにはいられなかった。以前から気になっていた振る舞いといい、あの二人こそが逃亡中の姉妹なのだろう。

 だからといって、ことさら付き合い方を変えようとは思わない。傾と瑞姫は、いまを精一杯生きている。一刀にとっては、それだけがすべてだった。

 

「董卓は、まだ洛陽に居座っているのか。それとも、長安に」

「お兄さん。気が早いですねぇ。いつもは、もっとゆったりと構えておいでなのに」

「すまない。単に、この手の話が好きなのだろうな。たとえ現実でも、遠いところにあるとおとぎ話のように思えてくる。私も、反省しなければ」

 

 程昱が、不思議そうに首を傾げている。

 市井に生きる始末屋と、乱世に輝く群雄たちとでは吸っている空気が違いすぎる。だから、どうにも雲を掴むような話に思えてしまうのではないか。

 朱里や思春と寝食をともにしていても、史上の英傑と同じ時間を過ごしている、という実感はまるでない。どちらも等身大の始末屋仲間であり、好意を向け合う相手でしかないからだ。

 

「董卓さんなら、もうどこにもいませんよ。時の流れというのは、いつも無情なものです。反董卓連合軍に押し切られ、洛陽は制圧。天下は、完全に群雄の時代へ突入しています」

「洛陽の闘いで、董卓が敗けた。そうか……。世界を跨ぐと、結末はひとつではない、ということなのか。そう考えると、剣丞と久遠のふたりも」

 

 歴史はうねり、姿を変化させ続ける。ひとの営みのうえに立っている限り、すべてが一定のはずがない。洛陽で董卓が敗れ去ったのも、その一環なのだと思うしかなかった。

 

「中原の覇権は、袁曹の両家で争うことになるでしょう。公孫賛さんにも地力はありますけど、野心のなさが仇となります。乱世では、欲望の大きさこそが強さに直結しますから。ですので、荊州の争乱も普通にいけば、孫堅さんが制するんじゃないでしょうかね」

 

 そうやって、普通に勝ち負けをつけるのが一番難しいのですけどね、と程昱は最後につけ加えた。

 命を張った熾烈な椅子取りゲームだ。気迫と野心で相手を押しのけ、席を確保した人物だけが覇者となる。変化していく歴史のことを考えるとあの江東の虎も、と思わなくはない。ただ、いつも隣に落とし穴が潜んでいるのが、乱世ともいえる。

 

「それで、劉備は。どこかで、領主でもしているのか」

「へえ……? 劉備さんのことまでご存知だったとは、お兄さんも結構通ですねえ。もしかして、大きいお胸しか愛せない御方だったりして」

「なんの話だ。それに、大切なのは胸の大小ではないだろう」

「あっ、逃げた……?」

 

 胸の話題になった途端、程昱がやけにしつこくなる。

 朱里も思春も、確かに大きな方ではない。それでも抱き心地は少しも悪くないし、肌を合わせれば気持ちだって昂ぶる。肉つきのいい傾の相手をするときとは、ちょっと勝手が違うだけだ。

 

「くふふー。お兄さん、澄ました顔してやらしいこと考えていませんか。いま、絶対そういうお顔になっていましたよね?」

「いいから、急ごう。肩車でもおんぶでも、好きな方を選んでくれていい」

「あっ、やっぱり逃げた」

 

 程昱の勝ち誇ったような声が、湿り気を含んだ風にかき消された。

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