「高瀬さん、ちょっと。」
「えっ?! あ、木村さん!」
バイト先で木村の方から高瀬さやかに声をかけることは珍しい。声をかけてきた主が木村と分かって嬉しさがこみ上げる。
「今日ちょっと調べてみたんだけど、練習とは言え高速道路を外すことは出来無さそうだし、高速に乗るなら結果的に距離が伸びるので、それなら選択肢は結構ありそうだってことがわかったんだ。」
「そうなんですか、それなら日光とか...」
それなんだけど、日光の東照宮辺りまでならいいんだけど、どうせなら山の上行きたいよね。」「だとするといろは坂っていう難所が待ち構えてて、ペーパードライバーの俺がいきなり行くのはちょっと自信ないんだ。」
「んー、でしたら別の場所にしましょう。練習になりそうな場所で。」「例えば、富士山の見える...こないだ話に出た日本一長い歩行者専用の吊り橋とか興味ありますけど、ちょっと行きにくいでしょうか?」
「うん、その辺のことについて終わってからちょっと話せないかな?」「ここだとちょっと...」
「そう言えばそうですね。」「じゃ、また後で。」
「あれ? あれあれあれ~?」「木村さん、今日はちょっと感じが違ってないですかぁ?」「高瀬さんと何かあったんですかぁ?」
そこにたまたま通りかかった小泉が絡んできた。小泉にしてみれば、木村に用事があって近づいてきたのだが、いつになく高瀬さやかとの距離感が近いと感じたのでカマをかけてみたといったところだ。
「なんだ? いっ、いつもと変わんないだろ。」
一瞬目をそらした木村の表情を小泉は見逃さなかった。
「こんにちは、高瀬さん。」「木村さんと何かいいことあったの?」
「あっ、えへへ。実は、木村さんと一緒に映画に行ったんですよ。そして、次の日に...」
将を射んとすればまず馬を射よ、とばかりに高瀬さやかにターゲットを変更して全ての情報を聞き出した小泉は、次に木村に問いかける。
「へー、いーなー、高瀬さんとデート。それも2日連続...」
「うるさいなー、お前には関係ないだろ?」
「良いんですか? そんな事言って...」
そう言って、声のトーンを落として続けた
「例の件、少し掴めたので後で話をしようと思ったんですが、先約があるみたいなので後で電話します。」
「あー、分かった。ありがとな。」
「いえいえ、今度飲みに行きましょう。」
「いや、お前はまだダメだろ。」
「こないだ誕生日だったので今は大丈夫ですよ。」
「口の減らないやつだな。じゃ、今度飲みに連れてってやるよ。」
「ごちそうになります。忘れないでくださいよ。」
そう言って小泉はそのまま仕事に戻っていった。
....
バイト終了後、高瀬さやかとドライブの話を終えた木村が部屋に戻ると、すぐに小泉から電話がかかってきた。
(タイミングが良すぎやしないか?)
そう思いながら電話に出ると、真面目な口調の小泉の声だった
「木村さん、大場についてある程度情報が揃ったので伝えておきます。」
「おう、ありがと。今日のバイトのときはゴメンな。」
「いえいえ、高瀬さんとのことの方が大事でしょうから。」「まずは、既に感づかれていると思いますが、高瀬さんは大場さんとは別れたようです。」
「ああ、何となくそんな感じはしてたけど、そうか。あんな奴が相手とはいえ、高瀬さんも可哀想に...」
「いえ、大場の話によるとどうも高瀬さんの方から別れを持ち出したみたいです。」
高瀬さやかが大場と別れていたのは、彼女から直接聞いて知っていた木村だったが、別れを切り出したのはてっきり大場からだと思っていた。それだけに、彼女の「別れることにしました」という言葉は、文字通り彼女からの行動だったことに木村は少し驚いた。いつもの彼女らしからぬ行動に思えたからだ、しかし、らしからぬはあるものの、彼女にとっては必要な行動だったとも木村は思った。
「えっ?! それは意外だな。」
軽くそう答えながら、
(高瀬さん、頑張ったんだな。)
そう思う木村だった。
「やっぱり木村さんへの想いがあったんじゃないですかね?」
「オイオイ。」
「その余裕な感じからすると、遂に高瀬さんには告白したんですかね?」「いやー、おめでとうございます。」
「あ、まぁ、そうだな...ありがとう。」
グダグダ回りくどい言い回しをしているうちに高瀬さんにスパッと告白されたとは言い出せない木村だった。
「それでですね、大場の彼女さんの情報ですが、C大の2年生で間違いないです。T駅のそばで二人で歩いていることが多いらしいです。」
「小泉の読みどおり、大場にはちゃんと彼女がいたってことだな。」「それにしてもどうやってそんなことまで。」
「えへへ、まあ偶然といえば偶然なんですが、三木さんいるでしょ?バイト先の。彼女が手伝ってくれたんですよ。」「あと、飲み会の席で大場から色々聞き出しているうちにヒントみたいなものがあったので。」
「三木さんがなんで小泉を手伝ったんだ? むしろそこが気になるんだが。」
「ああ、三木さんは御存知の通り高瀬さんと仲が良くて、大場が高瀬さんを送ったあの飲み会に、高瀬さんに頼み込む形で誘ったのが三木さんらしいです。で、高瀬さんと大場とのことを知って、罪悪感に駆られたっていうか、そんな感じで大場には何かしら一矢報いたいという思いがあったみたいです。」
「なるほど...」
木村は高瀬さやかから聞いた内容からそのあたりのことは薄々察していたが、あえて何も言わなかった。
「で、木村さんはどうします?」
「そうだな、大場には少し反省を促す何かを投じてやりたいところだが...」
「本命彼女に全てをぶちまけるとか。」
「それだと何の罪もない彼女へのダメージも大きいだろう。」
「うーん、じゃあ、黙ってみてるってことですか?」
「全てをぶちまけるのではなく、大場の本性がなんとなく察することができて、本命の彼女がそうした上でどうするかを考える切っ掛けになる、くらいがいいのかな?」「それプラス、大場に反省してもらって、こういうのはもうやめとこ、と思わせるプラスちょっとした嫌がらせが入るくらいが良いが、そんな手があるかな。」
「相変わらず木村さんの言うことは難しいなぁ。」「とにかく、私の方で持っている情報は伝えましたよ。」
「ああ、分かった。」「とりあえず、大場が彼女と一緒にいるところに俺が鉢合わせするというシチュエーションからどうするかって考えてるんで、T駅付近でいつ頃、できれば何曜日の何時くらいまで分かるとありがたい。」
「えー、まあちょっと調べてみますよ。と言っても動くのは私じゃなくてエージェントなんですけどね。」
「エージェント?」
「そう、エージェントです。それ以上は木村さんにも秘密です。」
「そう言われちゃうとこれ以上突っ込めないな。うん、でもまあ無理しない範囲で頼む。」
「了解です。」
....
「おはようございます、木村さん。」
「おはよう、高瀬さん。」
ドライブ当日、木村は、レンタカーを借りてその足で高瀬さやかのアパート前に車で乗りつけた。車種はいわゆるコンパクトカーで、格好いいという車ではないが学生がレンタカーでドライブするには十分だ。
「いよいよですね、楽しみです。今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。まずは東照宮目指していこうか。」
「はい、よろしくお願いします。」
結局「練習を兼ねたドライブ」の行き先は日光になったのだが、これには理由があった。ペーパードライバーである木村は、今の自分にはつづら折りの山道は厳しいと感じていたが、一方ドライブの行き先として日光は魅力的だとも考えていた。それに、日光は高瀬さやかの提案でもあったので、できれば彼女の希望を叶えたいという思いもあった。そこで、高瀬さやかとドライブの話をした次の日、つまり月曜日にゼミをサボって一人日光の道を実際に走ってみたのである。その結果、いろは坂は地図で見るとつづら折りではあるが、実際に走ってみると片側二車線区間が長く、対向車もないので自分の運転でも危険はないと考え、行き先として木村の方から日光を提案したのだった。何のことはない、木村は「練習を兼ねたドライブ」の練習のために一度現地を実走してきたのである。
慣れた手つきでカーナビに目的地を入力し、何事もなかったかのように車を運転する木村を見て、高瀬さやかはすっかり安心していたが、彼女は木村が「練習の練習」をしていたことを知らない。
「日光のいろは坂、地図で見ましたけど運転大変そうですよね。」「いろは坂登らない範囲でも大丈夫ですよ、東照宮とか見るところたくさんありますし。」
安心しながらも木村の練習としての難易度を考えて、高瀬さやかはプランBを提供する。
「いや、多分大丈夫だよ。調べたけど道はそれほど狭くないみたいだし、上りは追い越し出来るところが結構あるからゆっくり走っていても後続に迷惑かからないから。」
「そうなんですか...」
「それに、華厳の滝見たいでしょ、中禅寺湖とかも...」
「そうですね...それじゃお願いします。」
車内での二人の会話はそれなりに弾んでいた。「それなりに」というのは、木村が車の運転に不慣れなことで必要以上に意識を運転に集中していて、会話に脳内リソースを十分に回せなかったことによるものだった。一方で、高瀬さやかは、木村が運転に神経を使っていることをすぐに感じ取ったが、彼女にとってそれは問題ではなく十分に会話を楽しんでいた。
「ふぅ...」
「運転お疲れ様でした。喉乾きませんか?」
「ありがとう。そうだな、ちょっと喉乾いたから軽く何か飲み物買っていこう。」
「でも木村さん運転上手ですよね、全然不安を感じませんでした。」
「ありがとう。でも、車の運転自体が久しぶりだからこれでも結構緊張してるんだよ。」
練習の練習をしといてよかった、木村はそう思いながらも高瀬さやかに本当の話をできずにいた。だが、ここで種明かしをしても、それはそれで面白いんじゃないか、とも思っていた。
高速道路のサービスエリアは、学生の二人にとって目新しく、食堂やフードコート、コンビニや出店、高速道路情報を示す液晶画面など、興味のままに立ち止まっていた。
一通り用事を済ませると、木村は何気なく出口においてあった高速道路の無料パンフを手にして持ち帰った。
「木村さん、それ何ですか?」
「ああ、高速道路の情報パンフらしいけど作りが情報誌みたいな感じで面白そう。」
「えー、私も貰っておけばよかった。後で読ませてもらっていいですか?」
「いいよ、っていうか欲しいならあげるよ。」
「えー、何か悪いですよ。」
「全然悪くないって、タダで貰ったものだし。」
そう言って、木村は高瀬さやかにパンフを渡した。いずれにしても、車の運転には必要のないものである。二人は車に乗り込んで、日光に向かった。
「木村さん、これ面白いですよ。」
助手席でパンフに目を通している高瀬さやかが言った。
「俺もよく知らずに取ったんだけど、どんな事が書いてあるの?」
「旅先の特集記事みたいなのがあって、本当に旅雑誌みたいなところもあってこれはこれで面白いんですけど、私は高速道路の地図が面白いですね、全国の高速道路が網羅されてて、インターチェンジとかパーキングエリアとかの情報もあって、眺めてるだけでどこか行きたくなります。」
「あー、なんか分かるな。地図見てると楽しいとか、時刻表見てると鉄道旅に行きたくなるとか。」
「それそれ、そういう面白さですね。」
そんな会話をしているうちに最初の目的地である日光の東照宮に到着した。駐車場に車をおいて二人であるき出す。秋のシーズンということもあり土曜の午前中から結構な人出である。二人のお目当てはとりあえず陽明門だった、動物の彫刻がいたるところに施されており、建造物でありながら彫刻作品としての一面を持つ。二人は石段の上に建つ陽明門を見上げて立ち止まった。
「ようやく来ましたね。」
「ああ、来たね。」「思ったよりも小さいな、それに思ったよりも落ち着いた雰囲気だ。」
「そうですか? 私は写真で見た通り贅沢な作りだと思いました。動物の彫刻が可愛い...」「あっ!」
人混みの中、ゆっくり立ち止まって建物を見ている観光客は少ない。高瀬さやかの肩に他の観光客の肩がぶつかり、そのまま彼女が倒れそうになった。
「っ!」
咄嗟に木村が手を伸ばし高瀬さやかの手を取った。
「大丈夫? ここだと通行人のじゃまになるから少し場所を変えよう。」
「ありがとうございます。私ったらぼーっとしちゃって。」
「仕方ないよ、これだけ混んでると細かいところまでじっと眺めるのは難しい。」
(いきなり手を握ったりして、高瀬さんに嫌がられたりしないかな?)
そんなことを考えながら、高瀬さやかの手を握り直し彼女の顔に視線を向けた。高瀬さやかはそんな木村に笑顔を向け、より強く手を握り返した。
(よかった、嫌がってはいないみたいだ。)
高瀬さやかから好きだと言われたにも関わらず、そして、その晩に更に色々なことがあったにも関わらず、木村は常に彼女の真意が言葉通りでないかもしれないと思ってしまうことがあった。それは、彼のこの方面における経験値の不足や小中学時代から続く自己肯定力の不足などによるものである。だが、高瀬さやかを助けるために咄嗟に握った彼女の手を、あれこれ考えながらもそのままずっと離さずにいたことは、彼の心にささやかな変化があったのかも知れない。
結局二人は、駐車場に戻るまでの間、ずっと手を繋いでいた。高瀬さやかはずっと上機嫌で木村に話しかけ、木村も普段通りに話をしていたが、初めのうちは中学生男子のような思考がループしており、時間の経過とともに徐々に落ち着きを取り戻し、駐車場に着く頃には高瀬さやかと手を繋いでいることに何の抵抗もなくなっていた。
「高瀬さん、次は華厳の滝に向かうけどその前になにか食べる? お腹空いてなければそのまま行っちゃおうと思うけど。」
「そうですね、私はまだ平気なので先に華厳の滝に行きたいです。食事は行った先で考えましょう。」
「わかった。それじゃあ華厳の滝に向けて出発。」
「お願いしまーす。」
東照宮から華厳の滝に至るには、いろは坂を通らなければならない。木村にとっては一度通った道だが、高瀬さやかはそのことを知らない。
「木村さん、(カーナビの)地図だとこの先の道が凄いくねくねしてます、かなり大変そうなので気をつけてくださいね。」
「ああ、いろは坂だね、結構大変そうだけど道が狭いわけではないみたいなので多分大丈夫だよ。」「あ、もうすぐいろは坂だけど、高瀬さんは車酔いとかし易い方だった?」
「家族でドライブに行ったことは結構ありましたけど、車酔いをしたことはなかったです。」
「じゃあ、普通に走っても大丈夫だね。でも、気持ち悪くなったらすぐに教えて、スピード落とすから。」
「はい、お願いします。」
暫く走ると、走行中の車線だけが2車線になり、大きなカーブを描きながら橋を渡り、そこから一気に登り坂になる。
「木村さん、これからいろは坂みたいですね。」
「ここはカーブごとに『い』『ろ』『は』って名前がついていて看板が立ってるらしいよ。」
「それでいろは坂なんですね。」
「次が最初のカーブだから『い』だね。看板ありそう?」
木村にとっては一度通った道で、看板の場所も覚えていたがあえて聞いてみることで話題を振ってみた。
「あ、ありました。『い』って書いてありますね、面白い。」「次は『ろ』ですね、楽しみ。」
木村の運転の速度だと強烈な横Gがかかることもないので、助手席の高瀬さやかは前方、横、時々後方といろは坂の車窓を楽しんでいる。
「あ、本当に『ろ』って書いてありますね。面白い。」
「ああ、そうだね。」
二度目で道が広いとは言え、頻繁なハンドル操作が要求される山道では普通の会話が難しい。木村にとっては、適当に相槌を打ちながら、何回かに一回だけちゃんと考えた受け答えをするのが精一杯だった。
途中、明智平で軽い休憩がてら山の景色を堪能し、その後、長いトンネルを経て華厳の滝に到着した。
「ふう、ようやく着いた。」
「お疲れ様でした、木村さん。」
「お待ちかね、華厳の滝だよ。」
前回は練習のためドライブの想定コースを走っただけで、実際に華厳の滝を見るのは木村にとっても今回が初めてだ。車を降りた二人は、今度は当たり前のように手を繋いで華厳の滝の展望台へ降りていった。
ゴォォォォォ
展望台から見える華厳の滝は、大きく見えるが滝までの距離は100m以上はあるだろうか、かなり離れている。にも関わらず轟音と、水しぶきが風に乗って冷たく感じられる。
「ひゃあ、気持ちいい。ここまで水しぶきが飛ぶんですね。」
「俺もここに来るのは初めてだけど凄いなこれ。」
「落差が100mもあるって、これはずっと見てられますね。」
「あそこから落ちたら助からないだろうな。」「自殺の名所だったって聞いたことあるよ。」
「それは...ありそうですけど、ちょっと想像したくないですね。」
そんな会話をしばらくした後、二人は無言のまま手を繋いでそのまま華厳の滝を眺めていた。木村は、時折滝を眺める高瀬さやかの横顔を見つめた。一度だけ、木村の視線に気づいた彼女が、振り向いて微笑んだ。
お互い黙ったまま20分くらい滝を見ていたが、先に口を開いたのは木村だった。
「いやあ、十分満喫したな。マイナスイオンも浴びたし。そろそろ次行かない?高瀬さん。」
「うーん、いつまででも見てられますね、滝。でも、私も十分満喫しました。」
「その前にお腹すいたね。なんか食べない?」
「そうですね。とはいえ何か特に食べたいものってないですし...。」
そのまま二人は展望台からエレベータで駐車場フロアに上がり、華厳の滝をもう一度見た。展望台からとは違うアングルで少しの間見入っていたが、しばらくすると先程立ち消えになった食事の話を思い出し、結局駐車場周辺の店で軽く食べてから車に向かった。
「次は中禅寺湖をちょっと見に行こう。」
「はい。」
二人はそのまま車で10分くらい走り、中禅寺湖展望台で車を停めた。眼下に中禅寺湖を眺めることができ、対岸には男体山がそびえる。
「わあ、いい景色ですねー。」
高瀬さやかがはしゃぎながら木村の腕に抱きつく。木村は咄嗟のことに驚きながら。
「うん、中禅寺を眺めるならここが良いってネットに書いてあったんで来たかったんだよ。」「日光といえば中禅寺湖っていうくらい有名な湖なんだけど、滝と違って眺めるだけで満喫できるわけじゃないからね。」「でも良いスポットがあってよかった。」
「あそこに見える富士山みたいな山も格好いいですよね。あれ何ていう山なんですか?」
「あれは男体山だよ、ってこれもネットで調べたんだけどね。」
二人は中禅寺湖と男体山を前に、手を繋いだまま景色を堪能していた。秋空に高原の風が心地よい。
「本当は、もっと上の方に行って他の滝とか湖とかも楽しみたかったんだけど、帰る時間も考えるとあんまりゆっくりしていられなくて。」「でも、高瀬さんとここに来られて良かった。」
「私も、木村さんと一緒に来られて楽しいです。」「私、田舎育ちなんでこういう自然が多いところに来るとちょっと思い出しちゃうんですよね、昔のこととか。」「まあ、実家のあたりにはこういう絵葉書に使えそうな景色はなかったんですけどね。」
「そろそろ行こうか、あんまり遅くなると帰りの高速が混みそうだし。」
「名残惜しいですけど、また来ればいいですしね。」
「そうそう。」
まだ夕方と言うほどではないが、もう日が傾きかけてきている。高速の渋滞と、レンタカーを返却する時刻を考えるとあまりゆっくりはしていられない。
「それじゃあ行こうか。」
「はい、帰りの運転もよろしくお願いします。」
結局、当初の目的であったダムなどの巨大建造物の見学を計画に折り込むことはできなかったが、二人にとって、それは些細なことに過ぎず、初めてのドライブに大満足だった。
帰路は所々で渋滞に巻き込まれたが、その中にあっても車内の雰囲気は和やかだった。渋滞中は、運転に注意力を割く必要があまりないこともあり、木村が普段に近い形で会話ができたこと、また密閉された空間に高瀬さやかと木村の二人しかいないという安心感によって、渋滞中の時間を楽しく過ごすことができたからである。
帰路についた時刻が早めだったこともあり、レンタカーの返却時刻には余裕を持ってレンタカー屋に到着できた。そこでの返却手続き終了後、二人は高瀬さやかのアパート最寄り駅近くの「例の」喫茶店で夕食を取り、コンビニで少量のアルコールを含むちょっとした買い物をして高瀬さやかの部屋に行った。