その後、二人は週末にはどちらかの部屋で過ごし、平日もバイトのシフトを合わせて二人で過ごす時間を捻出し、バイト帰りには必ずどちらかの部屋に立ち寄ることが日課となっていた。
しばらくすると、木村と高瀬さやかが一緒に出退勤していることで、二人は付き合っているという噂がたった。木村の後輩である小泉や、高瀬さやかの友人である三木朱梨といった一部のメンバー以外に二人が付き合い始めたことは伝えていなかったものの、以前から二人の仲が良いことは知られており、また、木村も高瀬さやかも噂の真偽を尋ねられれば本当のことを話していたので、バイト先では公認の間柄となった。
一方、木村と高瀬さやかが同じシフトになることで、大場のシフトを無理に避ける必要がなくなり、その結果、高瀬さやかと大場のシフトが時々重なるようになった。
大場は、高瀬さやかとは最初から体だけの関係と考えていて、面倒になったら切り捨てるつもりでいた。ところが、何の前兆もないまま突然彼女の方から別れを切り出されることになり、大場にとっては納得のいかないことだらけだった。高瀬さやかには直接問いただしたいことが山程あったが、今までは彼女と直接話をするチャンスはなかった。しかし、バイトのシフトが重なるようになるとその機会が作れる。大場は、その機会を伺っていたが、高瀬さやかの近くには木村の目があったことで話しかけるタイミングを掴めずにいた。
「久しぶり、高瀬。」
ほんの僅かなタイミングで大場が高瀬さやかの足を止め声を掛ける。
「木村さんと付き合うことになったんだって、おめでと。前から木村さんとはよく話していて仲よさそうだったからな。」
「はい、ありがとうございます。」
何を言ってるんだろこの人?、そう思いながら高瀬さやかは最低限の言葉を返す。
「ところで、お前たち、もうアレしたのか?」
今となっては「アレ」が何を指すのか分からない高瀬さやかではない。昨晩の木村との「アレ」を思い出して一瞬体が疼く、がそれもほんの一瞬のこと、すぐに冷静さを取り戻した。
「大場さんには関係のないことです。」
「そうだよな、でも木村さんが相手だと今の高瀬には淡白すぎて物足りないんじゃないか?」
「へっ?」
無意識ながら、間の抜けたような声を上げてしまった自分に驚きながらも、高瀬さやかは無表情を裝って言葉をつなげる。
「そんなことありませんよ。」
思わずそう素直に答えてしまった直後、「しくじった」という感情が顔から滲んだ。ここは肯定も否定もせず「あなたには関係ないでしょ」と答えるべきだった。
「えっ?」
高瀬さやかの想定外の反応に、今度は大場が思わず声を上げそうになっていた。いや、正しくは、大場が想定していた反応が高瀬さやかから全く感じられなかったことで、思わず声を上げそうになっていた。
これまで大場が他人から寝取った相手は、必ず大場との経験を体が覚えていた。そのため、相手との行為について尋ねると、大場との行為を思い出して一瞬体を震わせるなど何らかの反応が見られた。大場は、その小さな反応を見逃さない。なぜなら、そういった反応が得られた相手は、最終的にモノにできると彼が分かっているからである。
だが、高瀬さやかが無表情のまま「へっ?」と言ったとき、大場は自らの必勝パターンにほころびが生じたことを感じ取った。
「あ、まあ、そうだな。まあ木村さんに物足りなくなったら連絡くれよ。メアドそのままだし。」
「え? いえ、私ちょっと仕事の途中なんで...」
そう言って視線を逸らせると、高瀬さやかは慌てて大場のそばを離れた。とにかくこの男に関わってはいけない。高瀬さやかは木村のいる方向に早足で向かい、大場はぼんやりと高瀬さやかの後ろ姿を目で追った。
大場は、やや困惑していた。あれほど何度もセックスをして、高瀬さやかの体を数え切れないほど絶頂に至らせた。終いには彼女の方から快楽を求めて腰をふることもあった。にもかかわらず彼女の体はそれを覚えていないように見える。しかも、高瀬さやかの今の相手があの木村だ。奥手で恋愛沙汰には縁がなく、おそらくは高瀬さやかで童貞を捨てたに違いない、あの木村だ。高瀬さやかの体が木村とのセックスに満足しているはずがない。それなのに...いや、もしかして...木村の方が良かった、のか。
俺は木村に負けたのか? 大場はそんな苦い思いを噛み締めながら、再び高瀬さやかの方に視線を送った。その先には、木村と楽しそうに話をしている彼女の姿があった。
ざわっ
大場の心にさざ波が走る。大場にとって、高瀬さやかは特に好きな女というわけではない。正確には、一発ヤッとくか、くらいには好きなのだが、本命の彼女にするほど好きではない。その上、大場には好みの彼女がいる。にも関わらず、自分との体の関係を引きずることなく木村と楽しそうに笑っている彼女を見ると心がざわつくのである。
寝取り体質
そんな体質が実際にあるのかは不明だが、大場は自分をそうだと思っている。とにかく、他人の女を横取りすること、元の相手に対する罪悪感を抱きながら自分との行為に堕ちていく女を見ることに興奮を覚えるのだ。そして大場は気付いた、それならば既に出来上がったカップルから横取りするのではなく、まだ付き合ってはいないが相思相愛にある段階の女を狙えば同じ興奮が得られ、しかも、相手の男から恨まれるリスクは少ない。なぜならば、付き合う以前の女は市場の品同然、誰が手に入れても恨みっこなしだからだ。
そこで大場は高瀬さやかに目をつけた。彼女が木村に想いを寄せているのは傍目に見ても明らかだった。それが恋愛感情だったかどうかは、当時の高瀬さやか本人にも分からないだろう。しかし、木村にその気があれば彼女になってもいい、そう思うくらいには高瀬さやかの想いが強いだろうことは一目で分かった。それに、高瀬さやかのルックスは大場の判定基準をクリアしていた。
今木村と楽しそうに話をしている高瀬さやかを見ていて、大場の中における高瀬さやかの位置づけが、ただのセフレから、他の男に横取りされた女、に変わりつつあった。そして、そのことは大場にとって非常に受け入れ難いことであった。更に、その横取りした相手というのが木村だということもまた、大場にとっては我慢ならないことであった。
とは言え、これから高瀬さやかに対して何らかのアクションを起こすことが無意味であることは大場も理解していた。自分には結婚を考えている彼女、中西理沙がいて、高瀬さやかは元々ただのセフレのつもりで落とした女。高瀬さやかのために、中西理沙を失うリスクを犯すのはどう考えても割に合わない。そもそも、大場は高瀬さやかを失ったことそのものではなく、自分が誰かに女を横取りされたこと自体にモヤモヤしているのである。
「大場さーん! ぼーっとしてどうしたんスか? 仕事中ですよ。」
ぼんやりと問題点が見えてきたところで、大場の意識が現実に戻る。声をかけてきたのは小泉である。どういうわけか大場には彼が少しニヤついているように見えた。
「あ、ああ。そうだった、悪ぃ、ちと考え事してた。」
そう言って、大場はその場を離れた。小泉は大場よりも学年が一つ下でバイトでも後輩にあたるが、正直苦手な相手だ。表面上は気さくな後輩だが、腹の底では何を考えているのか分からない。最近、バイト仲間の飲み会で大場が出席すると女子が全員キャンセルするんじゃないか?と言い出したのも小泉だ。もしかすると、最近の一連の不可解な出来事は小泉が絡んでいるのかもしれない。
どうも今日は頭がぼーっとして調子が悪い
大場はそんなことを思いながらも何とか業務をこなし、そしてバイトの終了時刻を迎えた。帰り際、バイト先の最寄り駅近くで、木村と高瀬さやかが手を繋いで仲良さそうに歩いているのを見かけた。二人は、大場が職場を出る少し前に上がったのだろう、それにしても...再び大場の心がざわつく。
こんな日は、理沙と一緒に過ごすに限る。
大場は、中西理沙にメッセージを送った。大場自身メッセージに直ぐに反応する方ではないし、相手に対してもすぐの返信を要求することはないが、このときばかりは中西理沙からの返信を今か今かと待ちわびていた。時間にして数分後、大場が帰りの電車に乗ってから中西理沙からの返信が届いた。どうやら、友人達との約束があり、今晩一緒に過ごすことはできないとのことだった。
しょうがねぇなぁ、じゃあ高瀬に...
大場は、そう思いかけてハッとした。形の上だけとはいえ、高瀬さやかにフラれたことを今でも引きずっている、自分自身そういうものとは無縁であると思っていただけに大場は少なからず驚いていた。が、すぐに気を取り直して、今晩を一緒に過ごす別のセフレを頭の中で見繕い始めた。しかし、2人目か3人目かの女の顔を思い浮かべたところで、ふと
まあ今晩は一人で過ごすか...
そう思い直して、それ以上別の女のことを考えるのはやめた。中西理沙の代わりに誰と過ごしても、誰と寝ても、今の自分のこの気持ちを癒やすことはできない、その日の大場にはそう感じられた。
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中西理沙は大学の友人たちと喫茶店で話をしていた。話題は、直前の授業で出された課題から始まって、美味しいお店の話題、そして彼氏のいるメンバーへの質疑応答。中西理沙は気の知れた仲間で集まり、こうして時間を忘れて話をする雰囲気が好きだ。ただ、最初の30分くらいで目新しい話題が終わって以降は、彼女にとってやや退屈な時間だ。その後の彼女たちの会話は、以前話題になった話の蒸し返しだったり、相づち以外反応のしようのない自己満足的な恋愛論を聞かされるなど、中西理沙にとって生産的でないことはなはだしい。それでも彼女がここにいるのは、この仲間と一緒にいるときの雰囲気が好きであることと、それから時々ピンポイントで突っ込みたくなるような面白い話に発展することがあるからで、数時間の中に数度あるかないかのその一瞬のためと言ってもいい。
(他人の恋バナなんて、順調なら順調で面白くないし、逆境であればあったで反応に困るでしょうに。)
そんな事を考えながら、恋人である大場からのメッセージに対する返信をしたりしていた。
「まさかこの二人が本当に付き合うことになるなんて思いませんでしたよぉ。...」
ふと、近くの席から聞こえてきた声の方に中西理沙が目をやると、近くのテーブルに座る学生らしき4人組が何やら盛り上がっていた。正確には、中西理沙から見て手前側の男女二人が盛り上がっていて、おそらくいじられているであろう奥側に座る男女二人は何やら照れくさそうにしていた。
(ふふ、私にもあんな頃があったわね...)
中西理沙は、二人の様子を見ながら、高校生の頃に憧れの先輩と付き合い始めた頃のことを思い出していた。
(女の子の方は私と同じくらいかな? 大学生になってから初めての彼氏って感じね。男子の方は少し上、雰囲気からすると4年生とか、落ち着いて見えるけど社会人って感じじゃない。憧れの先輩って感じではないけど、人は良さそう。)
自分の方から憧れて、初めて付き合った先輩が、実は複数の女子生徒に手を出していたことが発覚して分かれるまで3ヶ月、中西理沙はその間の想いを瞬時に脳内再生して、勝手に眼の前のカップルの男子を採点していた。
(ああいう素直そうな感じの娘には、あんな感じの真面目な男子がいいのよ...浮気しなさそうだし)
部活かサークルで知り合ったか、あるいは合コンか、二人の馴れ初めを勝手に想像しながら、ふと我に返って思った。友達の恋バナには全然関心が持てないのに、たまたま近くの席に座ったカップルのことに興味を持つのはおかしい、と。
そこで、眼の前で話をする友達の恋バナに耳を傾けたが、やはりどうにもつまらない。仕方ないので、再び件のテーブルに目を向ける。
(あの娘...真面目そうで雰囲気がいい...それに、よく見ると美人さん...、何だかあのカップル、応援したくなってきたわ。)
中西理沙は、いじられて顔を真赤にしている彼女を見てそう思った。隣りに座って照れ笑いをしている男子も恋愛には縁遠そうだ。そんな初々しい二人を見ながら、中西理沙は、過去から現在までに付き合った男性とのことを思い出していた。
中西理沙が最初に付き合ったバレー部の先輩と3ヶ月で別れてから、しばらく恋愛には興味がわかなかった。かっこいいだけの男子に凝りたということもあったが、単に好みに合う男子に出会わなかったという方が実態に近かった。
中西理沙が次に興味を持ったのは、高校3年生のクラス替え直後に出会った同級生である大久保君である。彼は、クラスの端のほうで何やらよくわからないことで盛り上がっているグループの一人だったが、ふとしたきっかけで話をするようになった。
それまで、自分はクラス内の華やかなグループの中で楽しい学園生活を過ごしている、と思っていたが、大久保君と話をするようになって少し考えが変わった。そして、彼と話をするのが楽しくなりすぎて、彼女のグループでの会話があまり楽しめなくなってきていた。結局、彼とは友達関係のまま終わってしまったが、その後、少しでも大久保君に近づくために勉強に取り組んで、無理めな第一志望のC大学に合格することができた。今の自分があるのは、大久保君のおかげだと思っている。
(大久保くんのこと、好き...だったのかな? 今ではどうでもいいことだけど。)
大久保君が、中西理沙に異性として興味がないのは何となく感じていた。彼がクラスの他の女子と楽しそうに盛り上がっているのを何度も見ていたからだ。その時の彼の笑顔は、自分と話をしている時のそれよりももっと楽しそうだった。それに、大久保君と彼女達との会話は、自分との会話で話題にしたアニメやらドラマやらマンガの話題であるとは思えない質の違う面白さに溢れていた。それは、彼女がそれまでクラスのグループでしていた会話では表現しきれないものだった。
そんな経験を経て、高校3年生になりたての彼女が感じたのは「大久保君との会話をもっと楽しめるために、頭が良くなりたい」ということだった。それがきっかけとなり、本格的な受験勉強を経てようやく入った大学での友達との会話が「ヤバい」「マジウケる」で大体の意思疎通がなされる高校2年生時代までのあのノリだった。
「ねぇ、ねえってば! 理沙、聞いてる?」
隣りに座っている友人の声で、中西理沙の思考が中断した。。
「ん? ああ、ごめんね、少し考え事してたよ。で、何の話?」
「もう、しょうがないなぁ、可憐ったらまたヤバい男に引っかかりそうなのよ...」
「え? またなの? しょうがないなぁ、男を顔だけで選んじゃダメよ。」
「でもさぁ、理沙の彼氏みたいにイケメンで性格いい男だっているわけだし...」
(はぁー、またこの話か。何かっていうと理沙の彼氏は...って。まあ、学はイケメン...ってほど整ってないけど顔はまあまあ好みだし、一緒にいて楽しいけどね。それに...)
中西理沙は、眼の前の友人達の会話を適当に受け流すと、再び高校時代に意識を飛ばした。そして飛んだ意識の先でふと思った、近くのテーブルで友人たちにいじられて顔を真赤にしている男子の雰囲気が、高校時代の彼に何となく似ている、と。
(大久保君、今頃どうしているのかしら?)
今、彼がどこの大学で何をしているのかは知らない。中西理沙が彼の進路について聞いても冗談交じりの返事しか返ってこなかったからだ。
その後、大学に入ってサークルで知り合ったのが先輩である菊池君である。当時は「菊池さん」と呼んでいたが、付き合うのを機に彼から求められて「菊池君」と呼ぶようになった。菊池君とは、サークルの飲み会でたまたま席が隣になり、ドラマの話で盛り上がったのがきっかけでよく話をするようになった。大久保君に似た匂いを感じたこともあり、告白された時にはすぐにOKした。
菊池君と過ごす時間は楽しく、彼のマニアックな話には大久保君と話をしているときのような深みのある面白さがあった。しかし、菊池君との距離感はほとんど友達みたいなもので、関係は中々進展しなかった。それでも、休日のデートを繰り返すことで少しずつ二人の距離は縮まり、一年経つ頃には二人で泊りがけの旅行をするようになっていた。
彼女が大場と出会うのは、その数カ月後である。
「ええーっ! 木村さんもあのドラマ見てるんですかぁ?」
「ああ、高瀬さんから面白いからと教えてもらって途中から視始めたんだけど、面白いね、あのドラマ。」
近くのテーブルからの声で、中西理沙の意識は再び過去から現在へと引き戻された。声の方向は、例のカップルのテーブルの方向で、実際に目を向けるとやはり例のテーブルだった。はっきりとは聞き取れないが、どうも中西理沙が気に入っているドラマの話題のようで、眼の前の友人たちの、半ば愚痴と化している恋バナよりは面白そうだ。
「あ、ごめんね。ちょっと...」
そう言って、中西理沙は席を外し、トイレに行くふりをしてドリンクバーで飲み物を調達、その後、例のテーブルの隣のテーブル席に座った。ここなら彼らの話がよく聞こえる。
「こないだの話で、彼がいきなり訪ねてきましたよね。あれって本当に味方になってくれるか気になりますよね。」
「あれはね...」
そう言って少し間を置くように話を始めた木村を視て、中西理沙はまたもや高校時代の大久保君を思い出していた。
「...あれは、多分味方にはならないと思うよ。」
「えっ?」
えっ? 中西理沙も心の中で隣のテーブルの聞き手と同じ反応をしていた。あの場面で彼が味方についてくれれば視聴者にとっては望み通りの展開。そこからは敵となる勢力を一気に追い詰めることが出来る。
「木村さん、どうしてそう思うんですか?」
そう訪ねた例のカップルの女の子を見ながら、中西理沙は一人頷く。
「そうだな、まずこのドラマの登場人物のネーミングには規則性があって、主人公の側の人物の名前は、東京23区から取られているのに対して、相手陣営の人物には他県の市の名前...今のところは県庁所在地の名前が当てられている。作り手がこういう規則性を持ち込むときは、そこになんらかの意図が隠されていることがあるんだ。」「話を戻すと、彼の名前は富士、つまり山の名前だ、これがずっと気になっていてもしかするとこないだのような展開もあり得るとは思っていたんだ。でも、彼は主人公の味方ではない、多分、敵でもない。そう思ったんだよ。」
中西理沙は、半分興奮状態で木村の話を聞いていた。これは大久保君ばりの屁理屈っぷり、だが説得力はある。
「何となく地名みたいな名前ばかりだと思っていましたが、そこまでは気づきませんでした。だとすると、まだ出番が多くないですけど町田もちょっと気になりますね。さっきの規則からすると、ギリギリどちらでもないですし、富士とも違うじゃないですか。あれ? 富士って山の名前ですが市の名前でもありますよね、県庁はないですけど。」
(ん? そんなキャラいたかしら?)
脳内で登場人物の検索をしながら、中西理沙は別のことを感じていた
(この娘...今の話をフォローできてるだけでなくこの切り返し、できる...)
大久保君との会話で、パッとこういう返しができていたら大久保君はもっと楽しく笑ってくれたかも知れない、そして、自分ももっと大久保君との会話を楽しめたかも知れない、中西理沙はそう思った。
そして、中西理沙は自分でも信じられないくらい積極的な行動を起こす。
「あのっ!」
「えっ?」
いきなり隣のテーブルから声をかけてきた中西理沙に、ドラマの話をしていた4人の視線が集まる。
「あの、隣で話を聞いていたんですけど、興味深かったので少し話に加わって...いや話を聞かせてもらってもいいですか?」
「あ、是非どうぞ、こんなバカ話で良ければ。」
真っ先に口を開いたのは木村だったが、それに続けるように小泉が誘った。
「それならこっちのテーブルにいらしてはどうですか?」
木村達のテーブルは6人席、片側3人座ると食事にはやや窮屈になるが話をするには十分だ。
「それでしたらお言葉に甘えて...私、中西といいます。学生です。」
「私達も学生ですよ、私、高瀬と言います。」
「あ、私は三木、そして...」
「あ、俺は小泉で、こっちは木村さんです。」
「あっ、木村です...」
お互い自己紹介を済ませると、再びドラマに話題が移った。
中西理沙が「席替え」をしてから1時間ほど経って、恋バナが一応の収束を見せた彼女の友人達が場所を変えるために店を出ていくことになった。
「理沙、そろそろみんな帰るよ。もう、途中からいなくなってどこに言ってるかと思えば...」
「えー、みんな先に帰っててよ。私は、みんなともっと語りたいから。」
「すみません、理沙がご迷惑をおかけしたみたいで、この子ちょっと変わってる所あるから。」
「いえ、こちらこそ中西さんが加わってくれて楽しかったです。」
中西理沙は、そのままテーブルに居残り彼らと話を続けた。この日、このテーブルで話をすることで、ここ中西理沙は、彼女の中の漠然とした不満が小さくなっていくのを感じた。高校時代の、大久保君との会話に似ていながら、大久保君との会話にはなかった彼女のことを受け入れてくれる雰囲気があった。知識があるとかないとか、そういうのを感じることなく楽しく語ろう、そんな空気の中に身を置くことが彼女にとってとても幸せに感じられた。
「それじゃ、今日はこれでお開きにしましょう。中西さん、飛び入り参加ありがとうございます。とても楽しかったです。」
「こちらこそ本当に楽しいひと時でした、ありがとう。ところで、皆さんと連絡先交換したいのですが、良いですか? また機会があれば皆さんとお話したいので。」
「そうですね、私もまた中西さんとはお話したいと思っていますので。」
「ありがとう。私も高瀬さんとお会いできて良かったわ。」
そんなやり取りの後、中西理沙はいつにない興奮とともに帰路についた。
前回から更新が滞ってしまいましたが、最初に考えていた結末が何となく気に入らなくなってしまい、どうやって話を着陸させるか悩んでいるところです。
既に話がここまで進んでしまっているので、修正できる範囲は広くないのですが、なんとか納得できる形になるよう頑張ります。