※この作品はR-18です。

バイト先の後輩ちゃんを巡るお話   作:大仁 裕

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映画館にて...その後

「木村さん」

 

「ああ、高瀬さん。真面目な顔しているけどどうしたの?」

 

「あの、今度映画を見に行きませんか?」

 

「えっ?」

 

「以前映画のお誘いをしたのが、そのままになっていたので...」

 

「いや、そんなことよりも俺でいいのか?」

 

「はい、木村さんにお願いしたいんです。」

 

「うん、ああ、じゃ行くよ。是非...」「観たい映画とかは決まってる?」

 

「いえ、これから選ぼうと思います。」

 

「それだったら、『怨念のアントニオ』はどうかな?」

 

「あ、私もそれ興味がありました。それにしましょう。」「今週の土曜日とかどうですか?」

 

「土曜日なら俺も空いてる。」

 

良かったぁ、OKしてくれた...前回誘ったときからずっと間が空いていて断られるかも知れないと思っていたから緊張していたけど、良かった。

 

それから、私はずっと上機嫌のまま仕事を終え帰宅した。大学の課題を終え、週末の予定、映画を観た後のことについて色々と思いを馳せながら幸せな気分に浸っていた。どんな話が出来るだろう?、同じものを観て、一緒に語り合って、楽しいだろうな、と。

 

(映画の後、どこ行こうか。特に行きたいところはないけれど、たくさん話が出来る所が良いな。)

 

話ができれば行き先はどこでもいい、これが正直なところだ。部屋に来てもらうのはどうだろう? 喫茶店みたいにお金かからないし、ずっといても文句言われない。それに...

 

高瀬さやかは、ハッとして赤面した。土曜日のことを色々と考えているうちに、思わぬ方向に想像を膨らませていたことに気づいたからだ。木村とそういう関係になることをことさら望んでいたわけではないが、成り行きでそういう関係になってしまっても良い、くらいには考えていただけに、知らず知らずのうちに妄想がエスカレートしてしまったのだった。

 

(私ったらそんな、今の想像はなし、なしっ...)

 

そう思いつつ体は既に火照っている。体が一度こうなってしまったら、無理やり別のことを考えたりすれば鎮めることはできなくはない...外ではいつもそうだから、でも、家にいるときはもっといい、つまり、手っ取り早くてより直接的で、そして気持ちいい方法がある。高瀬さやかは風呂場に向かった。

 

夏の暑さが去って秋らしくなってきたので外で汗をかくことは少なくなったが、それでも寝る前のシャワーは欠かせない。本当は湯船に浸かりたいところだが、毎日お風呂を沸かすのは金銭的に厳しいし、かと言って湯船のお湯を捨てず次の日に沸かし直して、というのもちょっと...それならシャワーで十分だ。

 

シャーッ

 

蛇口をひねってシャワーを浴び始める。熱くなった体を冷やすためにいつもより少しぬるめで...体温よりもわずかに温かいだけのシャワーは、体感的にはぬるいというより少し冷たく感じる。これがじんわりと火照った体の温度をわずかに下げるとともに、体の敏感な部分の張りが促進され感度が上がる。シャワーを浴び始めてすぐにその効果が現れ、胸の突起がツンッと立ち始めた。

 

体を洗って、泡を流しながら肌の表面を滑る手が固く膨らんだ胸の先端にふれた瞬間、ゾクッとするような快感が走る。今は我慢しなくて良い...手が、指が、快感を求めて体中の敏感な部分を弄び、体がそれを喜ぶかのように敏感な部分が大きく、固くなる。

 

(最初はこんなに膨らんではいなかったのに...)

 

大場によって開発が始まり、自らの探究心によって、大場と別れた後も開発が継続されている高瀬さやかの体は、恥ずかしいくらいに悦びを表現するようになっていた。そして、好奇心のまま続けた日々の開発により、自分の体にあるいくつもの快感ポイントを掘り当てていた。

 

「んっ! んっ! んんっ! んん゛ん゛ん゛んんーっ!!」

 

自分ですることを覚えてから数週間、的確なポイントを集中的に責めることで、今ではその気になればかなりの短時間で快感の絶頂に達することができる。

 

「はぁ はぁ はぁ...」

 

とりあえず、一回イクことで妄想の暴走はひとまず鎮圧できた。少しだけこのまま余韻に浸ってから、もう一度全身を軽く洗ってきれいにして...続きはベッドで。

そのままベッドに入った高瀬さやかだったが、万全の体制で妄想に臨んだものの、結局土曜日の映画で木村とどんな話をしようかと思いを膨らませている間に、そっち方面の妄想のことはすっかり忘れて、そのまま眠りについた。

 

...

 

「おっ、高瀬さん、おはよう。」

 

「あっ、木村さん! おはようございます。」

 

「高瀬さんを待たせちゃいけないと思って少し前に着くように部屋を出たんだけど、待たせちゃったね、ごめん。」

 

待ち合わせ時刻の10分前に到着した木村だったが、そう言って軽く謝った。

 

「いえいえ、今日すごい楽しみで30分も前に着いちゃったんですよ。」

 

「実は、俺もすごい楽しみで昨晩はあまり眠れなかったんだよ。」

 

そう笑いながら白状した木村の表情は、少し照れているようでもあった。

 

「実を言うと、私も今日は楽しみで朝早く起きちゃって、まだ眠る時間あったんですけど全然眠れなくて。」「それで、そのまま起きてしまったんです。そしたら、今度は部屋で時間を持て余してしまって...で、部屋にいてもしょうがないから早めに出て。」「それで、こんなに早く着いちゃったんですよ。」

 

高瀬さやかも同じように、少し照れながら笑っていた。

 

「じゃあ行こうか...」

 

「はい...」

 

そう言って映画館に向かう二人だったが、映画の上映までにはまだ1時間近く余裕があった。しかし、二人はそんなことは気にしていなかった。映画館でチケットを購入した二人は、会場までの一時間近い待ち時間を、特に持て余すこともなくバイトの空き時間にするような雑談をして過ごした。

 

二人が観た映画「怨念のアントニオ」は、架空の世界で司祭を務めるアントニオの死から物語が始まる一種の異世界ものである。アントニオが司祭としてだけでなく幅広い分野で残した功績が、彼の死後その世界に巻き起こる数々の問題を解決する鍵となる。それが後世になって、彼の怨念がこの世界を守護していると伝えられるようになった。そんな内容の映画で、いかにも木村が好みそうな映画だった。

 

映画館を出た二人は、食事をしようと歩いていたが、映画を見ながら飲み物とポップコーンを食べていたこともありあまり食欲がない。そこで、と高瀬さやかが指さしたのがサンドイッチの店だった。

 

「どうですか? 木村さん、サンドイッチは?」

 

「ああ、ちょうどいいかも。」

 

二人は早速サンドイッチと飲み物を購入し、店内が混雑して落ち着いて食べられそうもないので近くの公園で食べることにした。池を見ながらちょうどいい感じのベンチが空いていたので二人で座った。

 

「ああ、私のことなら気になさらなくても良かったのに...」

 

ベンチをハンカチではらった木村に、高瀬さやかが言った。

 

「いや、レディーに対してはこのくらいしなきゃ。」

 

「あはははは、木村さん面白いですね。でもありがとうございます。」

 

暑さが一段落した季節の午後、そよ風を感じながらサンドイッチ片手に観た映画について語り合う二人。高瀬さやかがアントニオの功績についての感想を語り、木村がアントニオのモデルとなったであろう歴史上の人物について語った。すると、高瀬さやかが、アントニオの建築上の功績が工学上においてどのように重要であるかを語るなど、高瀬さやかにとって、そして、木村にとっても、楽しい時間だった。

 

(もし、こんな友達がいたら楽しいだろうな...)

 

木村が望んでいるものは、こんなひと時なのかもしれない。そして、それは高瀬さやかも同じだった。

 

「高瀬さん、この後何か予定ある?」

 

「いえ、特にありませんけど。」

 

「折角だから夕食一緒にしない?」

 

「いいですね、どこかいいとこご存知なんですか?」

 

「いや、特に決めてはいないんだけど...」

 

木村としては、もう少しこの時間を楽しみたかっただけなのだが、彼にとっては勇気のいる申し出だった。そして、高瀬さやかがすんなりと受けてくれたことに内心ホッとしていた。

夕食の時刻まではまだ時間があるので、しばらく公園を歩きながら話をし、その後夕食のために繁華街を訪れた。ところが、静かに話ができそうな店が見当たらず、結局高瀬さやかの家の最寄り駅近くで探すことにした。

電車の中で二人で話をしていたが、

 

「木村さん、ちょっと眠くなってしまったので少し寝ていいですか?」

 

「ああ、いいよ。俺も少し寝ちゃうかも知れないけど。」

 

「すみません、ありがとうございます。」

 

そういうと、高瀬さやかは木村の隣で目を閉じた。そして、数分すると本当に眠ってしまったようで、木村の方に寄りかかってきた。木村は高瀬さやかの体温を感じながら戸惑っていた。彼女の力が抜け、頭が木村の肩の上に乗ると、彼女の髪のいい匂いが木村の心をくすぐる。

木村は内心では激しく動揺しながらも、自分にとっての高瀬さやかの存在について考えていた。こんな友達がいたらいいだろうな、小泉達に言ったこの言葉は照れ隠しでも何でもなく本心であった。大場のことがあってからは、そこに「守ってあげたい」という思いが加わり、妹みたいな、そんな存在になりつつあった。だが、今はそれも少し違う、彼女の体温が、鼓動が、息遣いが、高瀬さやかの重さが、髪の香りが、それら全てが愛おしく感じられた。

 

キーッ

 

停車駅で電車が減速し、脱力している高瀬さやかが隣の客の方に吸い寄せられる。

 

「あ、スイマセン。」

 

そう言って高瀬さやかの隣の乗客に愛想笑いしながら、彼女の肩を自分の方に引き寄せる。

 

(見た目よりも華奢なんだな...)

 

自分の中にそんな感情があったのだな、と今更ながらに驚く。自分は、なんというか他人に関心のないものだと思っていたから。でも、今は、自分の横で寝ている高瀬さやかという女性がとても大切で、彼女のことをもっと知りたい、そう思えてきた。

 

...

 

自分の家に向かう電車に木村と一緒に乗り込んだ高瀬さやかは、急に眠気を催してきた。折角の木村との時間なのにもったいない、そう思いながらも彼に断りを入れて眠りについた。

目をつぶって、最初はウトウトしていた。横にいる木村の体温と、そして少し動揺している木村の鼓動が伝わってくる。そしてそのまま眠りについた。

眠りながら、高瀬さやかはなんだかとても幸せな気分の中にいた。それは楽しい夢なのか何なのかは分からない。ただ、暖かい光に囲まれ、守られているかのようだった。一瞬、フッと何かに引き寄せられた気がした、何かとても自分のことを大切にしてくれる何かが、自分を抱き寄せてくれた、そんな気がした。とても幸せで、とても安心できる、そんな光のような何かに包まれていた。

 

「高瀬さん... 高瀬さん...」

 

「ん? んーっ.... あっ、木村さん。」

 

「ごめん、俺も少し居眠りをしてしまったみたいで、乗り過ごしたようだ。」

 

「え? あ、ホントですね。」

 

「とりあえず、ここで降りようか。」

 

「はい。」

 

本当に一瞬の判断だったが、二人はそこが比較的駅前が開けていることを確認してから慌てて下車した。

 

「どうしようか? 折角ここまで来たのもなにかの縁、ここで夕食を食べていかない?」

 

「あー、それ楽しそうですね。そうしましょう。」

 

高瀬さやかは思う。こういうちょっとしたトラブルが起きた時、普通の人はすぐに「正しい道」に戻ろうとする。それがいわゆる正解なのかもしれないが、自分はそれが必ずしも良いとは思えない。何か意図通りにならなかった時でも、逆に意図通りにならなかったそのこと自体を楽しめれば、人生はもっと楽しく豊かになる。だが、その思いを共有できる人は今まで皆無だった。

 

「脱線...ですね。」

 

高瀬さやかがつぶやくと

 

「そうだね、今回もいい感じに脱線したね。」

 

「この路線はいつも使ってるんですけど、こっちに来るのは初めてで...」

 

「俺はこの線を使うことが少ないので色々新鮮だよ。じゃ、行きますかね。」

 

「そうですね。」

 

二人は10分ほど歩いて、とある洋食屋に入った。オーナー自らが調理する家庭料理風の創作料理屋で、店の雰囲気も良かった。

 

「なかなか良さそうな雰囲気ですね。」

 

「そうだね。それにしても、ここが見つかって良かった。今日はラッキーだよ。」

 

「ホントですね。寝過ごしたときは驚きましたが...」

 

「いやぁ、高瀬さんの横で俺まで寝ちゃってホントごめんね。」「でもまあ、今日は意外な発見があったということで。」

 

「ははは、本当にそうですね。」

 

高瀬さやかは、今まで会いたくて会えなかった人、トラブルがあってもそれを楽しむ、そんな価値観を共有できる人にようやく会えた、そんな気がしていた。

 

「今日は、夕食まで突き合ってくれてありがとう。それに寝過ごしちゃってごめん。だから、ってわけじゃないけど今日は俺が奢るから遠慮なく食べて。」

 

「じゃあ、お酒もいいですか?」

 

「お酒はダメ、法律的に。っていうか、お酒飲みたいの?」

 

「こないだ、木村さんと話して以来気になってて...」

 

「えっ、あれが元凶だったの? まあ麻薬とかでない分だけマシだけど...」

 

「じゃあ、木村さんだけでもお酒飲みません?」「木村さんが陽キャになったところを見たいので。」

 

「それもダメ。高瀬さんが飲めないのに一人だけってわけにも行かないし。」「それに、高瀬さんをちゃんと家まで送り届けないとね。」

 

「えー! 陽キャな木村さんが見たいです。今日は何でも言うことを聞いてくれるって言ったじゃないですか。」

 

「今日は俺の奢りだとは言ったけど、何でも言うことを聞くとは言ってないよ。」

 

この店の料理は、どの料理も美味しかったし価格もリーズナブルだ、今度この駅に来ることがあればまた来よう。会計を済ませながら木村はそんなことを考えていた。

 

「今日はごちそうさまでした、美味しかったですね。」

 

「ここの店は良かったね。また機会があったら来よう。」

 

「そうですね、今度も木村さんの奢りで。」

 

「あはは、じゃあ今度また誘うよ。」

 

「じゃ、そのときはお言葉に甘えてごちそうになります。」

 

「ところで、今日はもうこんな時間だし、家の近くまで送るよ。」

 

「はい、それであの...今日はもう遅いですし、私の部屋に泊まっていきませんか?」

 

「えっ?」「いやいやいや、それはまずいんじゃ...」

 

「私なら大丈夫ですよ、もっとお話したいですし。それに、お酒を...飲んでみたくて...その、保護者役をお願いしたいと言うか。」

 

「ええっ! まだお酒の話引っ張ってるの?」「まあ、そういうことなら...高瀬さんが一人でお酒飲みすぎて急性アル中になったらとかイヤだし...」

 

「はい、お願いします。」

 

この時点で、高瀬さやかは三木朱梨から木村がフリーであることを聞いていたが、木村は高瀬さやかと大場が別れていることはまだ知らなかった。そのため、木村の頭の中を大場が一瞬よぎったが、今日一日の高瀬さやかのことを思い出し、彼女の言葉を信じることにした。

 

高瀬さやかのアパートの最寄り駅を降り、コンビニで缶ビール2本と高瀬さやかが飲めそうなチューハイ2本と、つまみになりそうなお菓子を買って、彼女のアパートに向かった。

 

「ただいまー」

 

「えっ、高瀬さんって自分の部屋に入るときに『ただいま』って言うの?」

 

「あは、おかしいですよね。でもなんか習慣でつい...」

 

「それじゃあ、お邪魔します。」

 

「あはは、あんまりきれいじゃないですけど、どうぞ。」「なんか、こういう私生活を見せるのってなんだか照れますね。」

 

「これが高瀬さんの部屋ね、やっぱり女の子の部屋ってきれいだよね。」

 

「えー、掃除サボってるのがバレバレで恥ずかしいです。床の上も埃被ってるし。」

 

「いやぁ、男の一人暮らしはこんなもんじゃないよ。比較するだけ失礼かもしれないけど。」

 

「そうなんですかぁ? じゃあ今度木村さんの部屋にお邪魔しようかな?」

 

「それじゃ気合い入れて掃除しないと...」

 

そんな話をしながらテーブルの上に酒とお菓子を広げたり、テーブルを挟んで対面に向かうよう座布団を敷いたりして準備をして、二人共各々の席についた。二人は何となく落ち着かない空気の中、缶ビールと缶チューハイの栓を開け

 

「それじゃ、今日はお疲れ様でした。乾杯。」

「お疲れ様でした。乾杯。」

 

どちらから言うともなく乾杯した後、木村はビールを口に含んで心配そうに高瀬さやかの方を見る。チューハイを口にした高瀬さやかは、特に何事もなかったかのように普通に飲んでいる。

 

「お酒って何か特別なものだと思っていましたが、とりあえずは普通にジュースみたいですね。」

 

「まあ、飲みやすいのを選んだからね。少しだけビール飲んでみる? 苦いと思うけど。」

 

「それじゃ、少しいただけます?」

 

「コップとかある?」

 

「そのままでいいですよ。」

 

「あー、じゃあ、はい。」

 

「んー、ああ、これ美味しいじゃないですか。たしかに苦いですけど。」

 

「ええっ? 普通最初は苦いって言うもんだと思っていたけど。ところで、高瀬さんのご両親ってお酒は強いの?」

 

「そうですね、よくわからないですけど両親ともお酒は強いと思います。近所のおじさんがそう言ってました。」

 

「そうか、だとすると高瀬さんもお酒には強い体質かも知れないね。それでも油断は禁物だけど。」

 

「はい、気をつけます。」

 

お菓子をつまみながら、木村は酒を最初に飲んだ頃の思い出話をしながら高瀬さやかの顔色を観察していた。特に顔色が変わる風でもなく、本当に酒に強い体質かも知れない。一方、高瀬さやかは、最初の30分くらいでチューハイを開け、木村の2本目のビールをねだった。

 

「仕方ないなぁ、くれぐれも無理はしないようにね。」

 

「はぁい。」「ところで、木村さんは今付き合ってる人とかいないんですか?」

 

「女の子はそういう話好きだよね、っていうか高瀬さん酔ってる?」

 

「私は大丈夫ですよ。で、どうなんですか?」

 

「俺にはそういうのはないよ...」

 

「私はですねぇ....最近まで大場さんと付き合ってる...ことになってました」

 

「えっ!!」

 

勿論、木村にとって初耳というわけではないが、高瀬さやかが自分から大場とのことをカミングアウトするとは考えてみたこともなかった。

 

「なんか、木村さんにはこういう隠し事は良くないと思って...全部話しますね...」

 

高瀬さやかは、大場がこの部屋で高瀬さやかを犯したこと、その後度重なる行為の中で彼女自身が快感に目覚めてしまったことなどについて話をした。途中、自嘲気味に苦笑したり、悔しそうな表情をしたり、こんな話をするだけでも、思い出すだけでも辛いだろうに、木村は高瀬さやかの心を察したが、有効な解決策を見つけられず、ただ彼女の話に耳を傾けるだけだった。彼女が酒を所望したのは、酒の力を借りてこの話をするつもりだったのか、あるいは酒に酔った形でこの話をしたかったのか、それも木村には分からなかった。

ただ、大場があの日、自慢げに語ったあの話の中で、高瀬さやかが、どういう思いで大場との時間を過ごしたのかをひしひしと感じていた、そして、大場に対する憎しみも同時に再燃した。

 

話を続ける高瀬さやかの目は、いつからか涙が溢れそうになっていたが、それでも話をするのをやめようとはしなかった。それは、大場に対してということだけでなく、あの場における自分の甘さや、快感の沼に溺れてしまった不甲斐なさを含んでいるのだが、それらは木村の知るところではなかった。

「男は女の涙には勝てない」そんな言葉があった、それに対して「そんなことあるかい!」とバカにしていた昔の自分を思い出しながら、木村はあわてて高瀬さやかの横に駆け寄り、彼女の頭の上に手をおいて言った。

 

「分かった、辛かったね。もう話さなくていいよ、俺は...話を聞くことしか出来なくてごめん。気の利いたことも言えず、こんなことしか出来なくてごめんな。」

 

高瀬さやかは首を振って

 

「私は...木村さんには全部知っておいて欲しいんです。ですから、最後まで話を聞いて欲しいんです。」

 

「....分かった...」

 

高瀬さやかはその後も話を続け、途中泣きじゃくったり、笑顔を作って元気を装ったりしながらも、友達に相談したことや、大場に対する気持ちの変化についても触れた。そして最後に。

 

「それで、大場さんとはお別れしました。今はシフトが被らないようにしてますし今後会うこともあまりないと思います。」

 

「そうか...それは、良い決断をしたね。」「今の話を聞く限り、大場と一緒にいても高瀬さんは幸せになれそうにないって思っていたから。」

 

「はい...」「それから、木村さんにもお礼を言いたくて。」

 

「俺?」

 

「はい、今の話の途中、何度か木村さんの言葉っていうか、以前木村さんが私を誘って話をしてくれたことがありましたよね。」「あの時の話を思い出して、なんか救われたっていうか、あ、これは仕方ないから気持ちに乗っちゃってもいいんだ、とか、なんか必要以上に自分を責めないで済んだっていうか。」「でも、それだけじゃなくて、この気持ちは譲れないから、なんとか気持ちの上で折り合いをつけて、みたいなことで気持ちが壊れずに済んだっていうか。」「なんか、うまく言葉に出来ないんですが、木村さんに少し守ってもらった気がしました。」

 

話を終えた高瀬さやかが飲んでいたピールのコップは既に空になっていた。

 

「そっか、よく分からないけど何かの役に立てたのなら良かったよ。」

 

木村は、高瀬さやかの頭の上の手をどけた。顔を上げて木村の方を向いた彼女の真っ赤な顔は泣き笑いのようなぐちゃぐちゃな表情で、そんな高瀬さやかの顔を見て、改めて愛おしさを感じていた。

 

高瀬さやかは、そのまま木村によりかかるように座り、木村の手を掴んだかと思うと自分の頭の上に乗せた。

 

「すみません、しばらくこうしてもらっていいですか?」

 

「あ、ああ...」

 

木村はそう言って、空いた手でビールの缶を口に運び、残ったビールを飲み干してから話を始めた。

 

「高瀬さんがバイトに入ってきて、それからしばらくして、俺とか高橋とかによく話しかけに来てたろ?」「あれ、結構嬉しかったんだよな。俺なんか女子と話をする機会がなくて、こっちから話しかけても話が合わなくて結構避けられたりとかそんなことばっかりだったからな。」「でも、俺なんかはもう院生で、バイト先ではバイト先のお兄さん的なポジションだったから、どうしてもそういうポジションで対応しなきゃいけないっていうか、ちょっとそっけなかったかも知れないけど、そんな感じだったんだよ。」

「でも、あの時思ってたのは、もっと対等な立ち位置で高瀬さんと話ができたらなって。高瀬さんみたいな友達がいたら楽しいだろうな、って思っていたんだ。」

 

「...はい...」

 

「そんで、高瀬さんが大場と付き合うって話を聞いて、ちょっと複雑な気持ちだったけど、高瀬さんがそれで幸せならそれでもいいか、って思ってたんだけど。」「二人の様子を観察してみると、どうも普通に「付き合ってる』って感じじゃなくて、なんかこう歪な関係に見えたっていうか。」

 

「.....」

 

「それで、余計なおせっかいかも知れないけど、あんまり説教臭くならない感じで高瀬さんに話を聞いてもらおうと思ったんだ。」「俺も何をしたらいいかよく分からなかったから、とりあえず、って感じだったんだけど。」「でも、高瀬さんの中で役に立ててくれて本当に良かったと思ってる。」

 

「...やっぱり...知っていたんですね...大場さんとのこと。」

 

「詳しくは知らなかったけどね...ただ変だなって。」「そのときに、高瀬さんと話をしていて、本当に楽しかったんだよ、俺。改めて、高瀬さんと友達みたいに話ができる関係になれたら良いなって、そう思っちゃったんだよ。こんなに歳が離れてるのに...」

 

「...歳が離れてるって、たった4年じゃないですか...」

 

「世間的に言えばそうなんだけどな...」「それで、今日も一緒にいて凄く楽しくて、電車で隣りに座ってて、今もこうしてくっついてて、なんか凄くドキドキしてて、いい歳して情けないな。」

 

「...私もしてます...ドキドキ...」「それに、ドキドキするのは情けないことじゃないと思います...」

 

「そんで、俺、バイトの先輩だし、歳が4つも違うし、高瀬さんといると楽しいけど、とても大切だって思ってるけど、でも好きになっちゃいけないって気がしてて。」

 

「...そんな...」

 

「でも、こんな俺だけど...その、高瀬さんを好きになってもいいかな?...」

 

「....」

 

「...やっぱり...ダメだよな、そんなの...」

 

そのとき、高瀬さやかの両腕が木村の背中に回り込み、そのまま彼女の体が木村に密着するように締め付けた。

 

「...ダメじゃないです...」

 

高瀬さやかは顔を上げ、もう一度言った

 

「ダメじゃないです。」

 

テーブルに手を伸ばし、缶に残ったチューハイを飲み干した高瀬さやかが、木村の申し出に応える形で語り始めた。

 

「ダメなわけないじゃないですか、木村さんに好きになってもらえれば、凄く嬉しいです。」「大体、私は好きって言われたこと滅多にないから、だから『好き』って言われれば嬉しいんですよ。それが、木村さんだったらなおさら...」「だから、木村さんには私の事、好きになって欲しいです。」

 

「...え? ああ、それは良かった...少なくとも嫌われはしないんだな...」

 

「そんなことあるわけないです。」「私は、バイトに入って、分からないことは先輩方に聞かないとって思ってて。最初は木村さんとか怖いかもって思ってたんですけど、仕事のこととか聞くとちゃんと優しく教えてくれるし、そのうち色々なことを話しかけてもちゃんと聞いてくれて...とても楽しかったんですよ。」「そのうち、木村さんと話をするのが楽しみになって...友達にも聞かれたりしたんですよ、木村さんのこと好きなのか?って。」

 

「....」

 

「その時は、好きかどうかは分からない、って答えたんですけどね。私って、人を好きになるってどういうことかよく分からなくて。」「だから、木村さんと話をするのは楽しくて、もっと話をしたくって、それで映画に誘ってみたりしたんですけど。」「今日は、ずっと幸せな気分で...うまく説明が出来ないんですけど電車で隣りに座ったときとか、ずっと幸せだったんですよ。」

 

「...」

 

「でも、大場さんとのこととか、私のこと全部話したら木村さんどんな顔するだろうって、ちょっと不安で、でも木村さんのことだからいつも通り斜め上のリアクション返してくれるかもって期待もしてて。」「思い切って全部話したら...木村さん...ちゃんと受け止めてくれて...そんな私でも大切だって言ってくれて...とても嬉しかったんですよ。」

 

「....」

 

「その時にふと思ったんです、人のことが好きってこういう気持ちなのかな、って。」「この人と一緒にいて楽しくて、幸せで、ずっと一緒にいたいって思える、それだけのことだったのかな、って。」

 

「...えっ...」

 

「ですから木村さん。私のこと、好きになってください。」「そして...」

 

「あっ、ちょっと待っ...」

 

「私も木村さんのことが好きです...」

 

「あー、それはこっちから言おうと...」

 

「あはは、これは先に言ったもの勝ちです。」

 

そう言って、高瀬さやかは自分の顔を木村の顔に近づけ、一瞬いたずらをする子供のような顔をしたかと思うまもなく、自分の唇を木村の唇に重ねた。

 

「!!」

 

驚く木村の表情を確かめると、

 

「これも...先にしたもの勝ちです。」

 

そう言って、高瀬さやかはもう一度口づけをし、そのまま木村に全体重をかけた。決してガタイが良いとはいえない木村だが不意を突かれなければそのまま受け止められただろう。しかし、ほろ酔いのせいか、このときはそのまま押し倒されてしまった。

 

(もう...高瀬さんはいつもこうやってグイグイ来るな)

 

半ば呆れながらも、木村も自分の感情に素直に行動する高瀬さやかに感化されたのか、そのまま彼女の体重を受け止め、両手で彼女をギュッと抱きしめた。いつも目にする高瀬さやかのイメージから、細身であることは分かっているつもりだったが、こうして抱きしめてみると細いというより華奢な印象だ。そして、思っていたよりも柔らかく、温かい。

二人は口づけをし、時々お互いの顔が見える距離まで離れて見つめ合い、そして口づけを繰り返していたが、木村が口づけの最中に舌を入れた。高瀬さやかは舌の絡め合いに応じ、お互いがお互いを求め合うかのように激しく抱き合った。

 

「んっ んんっ んっ んっ...」

 

室内には、舌を絡める二人の鼻息と、わずかに漏れる喘ぎ声、お互いの服が擦れる音。木村は、高瀬さやかのガードを一枚一枚確かめるかのように、彼女を抱きしめている手を服の上から服の内側へと滑り込ませる。一方、高瀬さやかは木村に対して何もガードをしていない、彼女にしてみれば、もっともっと強引に来てくれても良かったが、木村が自分を気遣っていることを十分に承知しているだけに彼のペースを尊重することにした。

 

(ただキスをしてギュッとしているだけなのになんだか凄く安心するし、気持ちいい...)(このまま最後まででも私はいいけど木村さんはどうなんだろう?)

 

そんなことを考えながら、高瀬さやかの意識はぼんやりとフェードアウトしていった。

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