雷夏先生とゆく、緑蜜高等学校ダンジョン部!!! 作:山下敬雄
「大気中のクロノス粒子が活性化している。考えられる要因は──①島の漂流モンスターを狩るペースが上がった影響②パラドックスが身近で起こっているあるいはいわくつきの品がもちこまれた③私となにか関連する共通概念や人物が────」
ドアを数度ノックする音は集中した研究者の耳には届かない。
やがていつものようにうるさく鳴きだした猫の声に、集中モードを解いた白髪は椅子に長時間かけていた腰をいたわりながらラボのドアを開いた。
「まいかいはたしてこの段取りはいるのかキィちゃん? にゃんにゃん?」
「あぁーごめんごめん待たせてしまったねなっちゃんクウちゃん。んーこの段取りはね? そっちから開くと時間軸がずれて観測結果が変わっちゃうかもしれないからね、結構大事なルーティンなんだよこれあはは──ってまた大量だねぇ!! やったやったーー」
ドア前で待っていた雷夏とクウちゃんを出迎える。クロノスキー博士は彼らに持ち帰られた大量のチップの手土産にうれしそうに小躍りしながら、また流れるように椅子のキャスターを走らせ元の場所に座っていた。
試作品の亜空間万能レーダー調査機DORAYAKIの検索精度は改良を少しずつ重ねて上がっている。
島のモンスターの潜む位置や森に果物の群生エリアに至るまで、特定することに成功していた。
DORAYAKIによる一回のトータルチップ検索には検索範囲が広ければ広いほど、遠ければ遠いほどにチップを消費してまう。
既に2度、少なくないチップを使い雷夏はクロノスキー博士を伝い、楽天海都生徒の特別な校章バッジ(2つで1つの生命バッジ)と自分が履いているスーパースニーカーを現物で提出し検索するように言ったが────いずれもヒットせず。
「で、おそらくこれが今の手持ちだと最後になりそう。さぁさぁ、何を調べる?」
「んー…………それなら。────────確かめたい。コイツで」
「──!? なるほどなるほど……あはは。いいねぇ。実験に失敗と浪漫はつきもの。…ヨシッ、それしかないよね!」
不意に胸の内より取り出したその刀を鞘に仕舞う。
博士を驚かせあらたに提出したのは秘められし刀、彼女の大事なもはや体の一部。
刀の中途を水平に手持つ……雷夏の真剣な赤い眼差しに、クロノスキーは微笑み彼女の覚悟ごと承り預かった。
DORAYAKIのレーダードーム部にチップを挿入していき、モニターに示す検索範囲は円形に広がりつづけていく。そして物体を精緻にスキャンすることが可能な四角いレンズボックスの中に秘刀を仕舞いセットし……クロノスキー博士は最後の類似性検索を始めた。
激しいレンズボックスから漏れ出す光と、熱量を上げていくDORAYAKIは振動する。
やがて共震動していくラボ内で不吉な音がパリンパリンと響きつづける────
そして破裂するような大きな音が鳴り景色は眩くフラッシュした。
散らばる焦げた鉄片と、漂う白煙と、椅子からずり落ち椅子にすがりつく白髪と。
充満する白い煙を賢くその透明の身に吸い込んでいく猫が鳴いた。
ラボ内に騒がしくもあらわれた最後の検索結果は……破損したモニターに…ギラつき見開いた赤い瞳の中に────────
鏡鳥を撃ち抜いた手銃を成していた人差し指に息をさっと吹きかけ──指先に帯びていた痺れる青を消した。
「────ちがったか。妙なモンスターが多いな、ここは」
「妙な……っすか。たしかに! そっ、そのなんというか……やっぱりその、あ! シデンレイラさんやイザベラさんそれに月山さんのような共通概念ってやつだったりぃ…!」
「……あぁ。どちらかといえば概念じみた独自の能力や技を駆使してくるモンスターが多い。まるでダンジョンの探索者を相手にしているようだ」
「や、やっぱそうっすよね!! あ────……すんません……」
はじめて共感を得てうれしかったのか。つい軽口をしてしまったそのことに気付いた海都は睨む青髪の男の顔を見ながら、変になっていたテンションを勝手に自制していく。
「(いいセーブポイントは)……ここ辺りか。おい、そこをどけ」
そんな自制や言葉など気にせず、青髪の男は何故か一歩一歩その足で近付き、海都が立っていた辺りをどくようにその恐い赤目で促した。
意味が分からなく唐突なことだが歯向かう必要もない、海都はすぐに男の言う通りにその場から離れた。
「
青い鞘に仕舞っていた刀を親指で鍔部分をすこし上げ、僅かな刃をのぞかせる。
すると不思議な霧が辺りに漂っていく。
やがてみるみるうちに青髪の男を覆い、動揺する海都の四方景色すべてをも青く煙る霧で埋め尽くした。
「な、なななな!?? え、え?? これはいったいなんで煙って??? あの!! あわっ──!??」
『死にたくなけりゃ騒いで手を離すなよ、──よしこっちだ』
「しにたくな……えぇ!? は、ハイ!??」
一向に晴れない煙る不明瞭な視界に、何も分からなくなって慌てていた高校生の手がいきなりそれよりも大きな手に取られていた。その声はあの男の声、物騒なのか親切なのかよく分からないことを言いながらその手に引っ張られていく。
濃い霧の中を迷った足取りはない。
この晴れない霧の中でも道を知っているかのように先導する。
しかしまるで海都にとっては五里霧中の道のりか、いや五里ほどもない道を力強く引っ張られてゆく。そしてたどり着いたその先は────────
ガチャリと何かが響く音がした。木の軋むような出入る音がした。
気付けば青い霧を抜けていた。唐突に晴れた視界は、誰かの家の中の景色。
そうとしか言えない。
古めかしい木の匂いと、囲炉裏に揺らぐ火の色と、障子や襖に囲まれた空間。それは古風ながら誰かの家の中だ。
「へ?? ここはいったい……家? いろりが…ある……?」
「異界といえば分かるか」
「い、異界? それってたしかあのときの…ウツボ姫様のあの貝殻みたいなっ! 勝手に出れないヤツの……」
「あぁ。俺を倒すかどうかしない限りは勝手には出れない」
そう説明すると、青髪の男はまた背を向けて歩き出した。
そして既に二つだけ用意されていた椅子のひとつにおもむろに腰掛けて、男はなぜか青い鞘からゆっくりと冷たい色を滑らせた。
「さっそくゆっくり聞かせてもらおう。オマエ、────何者だ」
「え、────えええ!!?」
切っ先が真っ直ぐに睨む先は、黒目黒髪緑のブレザーいたって普通の男子高校生。
椅子に掛けた前のめりにソレを睨む存在の眼光鋭く、決して口から冗談を言い目元は笑ってはいない。
悠然と腰を据える……青髪の男は剣を向けて、赤い瞳は瞬きもせず。
記憶の奥底では埃被りでいた、そして今そこに突っ立つ深緑の装いを睨んで離さない。
抜き身の秘刀…ビタリとも動かないその突きつけた切っ先と同じように────
青髪赤目その強烈な存在が、手を引き誘い込んだ異界迷家のその中で、楽天海都をふきだし流れ出した冷汗とともにいたく歓迎した────────。