雷夏先生とゆく、緑蜜高等学校ダンジョン部!!! 作:山下敬雄
分政官ハイロ・ドーフィン:
パーストという謎の機関に属する女。
クロノス神を最高神とし崇め、巨大な力を持つ二十二の時政官の管轄のうちパーストⅠドーフィンと呼ばれる水の時空に属する分政官。
分政官とはビョウと呼ばれる下級仕官の上の階級であり、ビョウでは手に負えないレベルの時空の歪にたいして時間の徴収を行う者である。
そしてそれとは別にⅠⅥⅧ……時間と空間を指し示し設定支配し顕れた分政官ハイロ・ドーフィンは〝矯正〟を行う。
パーストⅠでもとくに歪を1分1秒まで厳正に取り締まることで有名な彼女は自ら気の向く仕事を選び、一度目を付けたターゲットを逃がさない。
支配、徴収、矯正これらを仕事にし神に与えられた範囲の幸せをきっかりと享受する。みだりに時を乱す愚か者どもにその罪に応じた責苦を与えつづけることが彼女の
「ここからは全て私の時間だ」
そう言って始まった厳粛なる矯正行為は徐々にエスカレートしていった。
不思議なチカラで指一つも自分では動かせない程に完全拘束した青髪の男を痛めつける。
宙に並べ浮かべた時計の針のような鋭い器具のコレクションを鞭の先に取り付け、取り換え、鞭打つ────繰り返す暴虐行為に青髪の男はその全身を無抵抗で打たれ続けた。
(いきなり現れたこの人なんだ!?? ヤッ、やばい!? とにかく……! このままじゃあの人が……そうだこういう時は【策咲CG弾】で一旦────)
そんな暴虐の嵐を動けず見ているしかなかった海都は思い立ち、ひっそりと少しづつオーラを練り上げ────やっと練り上げたスキルチップを床へと落とそうとしたそのとき。握っていたままのクレープをひっくり返すパレットナイフはその汗ばむ手になく。
「共犯か? お前もあとで連れ帰り〝矯正〟してやろう。コート掛けらしく終わるまでヨダレを垂らしおとなしく待っていろ──落とし物だぞ」
「な、ナ……!??」
丸い切っ先が喉元へと、ぽたりぽたり……顎から滴る汗をそのステンレスの刃にのせている。
分政官はパレットナイフを口に寄せ長く出した舌を這わせながら、ゆっくりと水滴を舐めとる……。
そして女の指に挟まれていた煌めく一片の落とし物は没収され、企んでいた海都の技はそのチップを彼女の色に染め上げられ発動することはできなかった。
このようにその女は鞭打つ度にテンションを上げ豹変していった。
もはややりたい放題、相も変わらず時計の針は1時30分40秒からびたりとも動かない。
短針はⅠを分針はⅥを秒針はⅧを指し示し、ハイロ・ドーフィンの時間は終わらない。
パレットナイフを机に置き、また宙に並び浮かぶ針をほくそ笑みながら選び始めた。
「つまらないことに時間を使うんだな」
「やっと口を開いたかと思えば──ハハハハハ、そうかそうか…つまらなかった カッ!!」
痛めつけられてもうんともすんとも音を上げなかった青髪の男が挑発するように口を開く。
誘われるがままに、帽子を手で整えた分政官はまた針突きの鞭を振り始めた。
鞭は容赦のないスピードで打たれ、口答え以外は何もできない男をいたぶる。
「ハハハ──いいなぁその顔、お前みたいな反抗的な目をした愚者を鞭打つ度にィィィ私は今お前の手足をカラダを時間を支配していると存分に実感できるというものだ」
「人形相手にちまちま時間をかける小者らしい存在価値だな」
「ハハハ大物はまだまだ余裕なようだな、ナラバ──貴様の黙する罪をッ、過去をッ、存分に痛めつけながら冷たく赤い地べたに許しを乞うまで吐き出させるッ!!! ソレは一体どんな愚か者のエピソードだッ、欲する盗みを働いたかッ、恨む人を殺したかッ、妬む女を犯したかッ!! さぁ言え、その面の皮の裏の貴様はどんな種類のクズだ!!! どちらにせよ過去にすがりつくヤツはクズだ、ひとつの例外なくクズしかいないのだよ!! すかしている貴様も同じだ、バレないとでも思ったか? 今までさぞ優越感全能感を味わえたか? 私が見逃すか! 貴様のような男をッックズをッッ!! 叩く叩くお前の身からナカからスベテを吐き出すまでナンセ時間はたっぷりだ、これからの貴様が死ぬまでに刻む時間はアアアアアア──分政官ハイロ・ドーフィンが直々に鞭打ち与えるこの戒めの針だけダ!!! ハハハハハハ怯えろ、漏らせ、過去を顧み後悔しろどうにもならないものだとみっともなく泣き喚けええええアッハハハハハ」
その女の時間は終わらない。乱れ飛ぶ狂気の鞭が、青髪の罪人にその針を刻む。
汗の次は血を、血の次は涙を、涙の次はみっともない汁を。出るまで打ちつづける、針が折れれば取り換えてまた打ちつけては実感するその至福の時間に女は飽きることはない。
息を乱すほどに興奮し打ちつける戒めの針がまた────────
「あいにくもうお前の時間は終わりだ」
受けとめられた────
知らぬ戒めをその手に硬く握り血を流しながら、乱れた青髪に赤い瞳が灯り女を見てワラっている。
「なっ、動い……キサマッッなぜ動ける!!?」
ありえない──視界に映る青髪赤目はありえない。ハイロが支配する時間は相変わらずⅠⅥⅧをさしている。彼女の許可なく動けるはずがないのだ。
どこかに見落としたエラーはないのかと、彼女は見開いた目を配り驚きながらも素早く確認していく。
しかしない────
「さあな。打たれれば痛い。痛かったら相応の反応はするものだろう、ニンゲン」
いくら探してもない。なぜならばそれは胸の内から────今、真っ黒に顕現したからだ。
「貴様まさかそれはパ、パラドクスウェポン!?? 動くなあああああ!!! 私の時間で、誰が動いていいと言ったカあああああ!!!」
構える黒刀に鞘はない。男が揺らす切っ先が己の身を示すその前に、
時の針のコレクションが宙を急ぎ泳ぎ向かう。
男の全方位を取り囲み、鋭い殺意がスベテ────
一瞬に眩くフラッシュし男の身に轟く青のオーラに、撃ち落とされた。
「【巻き取れ】──緑蜜」
そして【一言】だけ、青髪の男はその秘刀緑蜜に命じる。
すぐさま後ろの古時計を絡め取り繋がる青い糸は、内部時計盤に侵入し短針分針秒針、時の針へと巻き付いた。強制的に時を進めようとするその邪なオーラの糸に、抵抗するためにちいさな時計盤の舞台に隠れていた藤色のイルカがたまらず顕れた。
糸を食いちぎり時計盤の中を円く泳ぎ回るその示現獣に、ミサイルのように追いかけ続けるのは細かな細かな青い糸の軌跡。
やがて誘い込んだ痺れる蜘蛛の巣にぶつかった一つ目の藤色イルカの示現獣は、流される雷に焼かれ──消滅する。
ありえない精密なオーラ操作術を駆使した糸はそのちいさな盤上の世界をも制圧する。
そして完全に制圧されたひとつの古時計の────時は黒く動き出した。
「クロックダウン!?? 馬鹿な!!??」
振り返る必死の女の形相が壁際の古時計へと手を伸ばす。
ゆっくりと
ゆっくりと
指し示す時刻は1時30分39秒──時の針は一歩後退した。そしてそのちいさな音を、焦げ付いた古時計の時計盤に重く刻んだ。
「さっきは食いそびれたナ……。今度はスベテだ!」
「アアアアアあああああああああああああああああ!!!!??」
轟雷部屋に鳴り響き、古時計と一対の起点物質である女のピルボックス帽の頭に電撃が走る。
なだらかな黒い帽のてっぺんはそれが隠されていた時計盤のように光り表示され、その頭上の針をぐるぐると狂ったように巻き戻していく。
頭を抑えながら女は悶える、頭が割れるような痺れる痛みに藤色の髪が乱れゆく。
やがて膝から崩れ落ち、纏めていた藤色はあられなく……。
焼け焦げた帽がひらり…無惨に舞い落ちた────。
「時間も、俺の邪魔をするな」
全ての状況はシミュレート済み。
その男は時を止めても、止まらない。
誰にも時間さえ支配することはできない邪道を堂々とゆく。
止まった異界迷家の時の中……黒い秘刀が古時計に1秒起こした逆行のパラドクス、その僅かな歪で、悠然と時間を支配していた分政官ハイロ・ドーフィンは頭をかかえ狂いながら雷に打たれくたばった。