雷夏先生とゆく、緑蜜高等学校ダンジョン部!!! 作:山下敬雄
異界迷家その古風な空間に迷える者たちがいま不思議と集まる────
また時が進み出した……霧中の古家で、温かな火が薄らと均一に綺麗な縮緬模様を焼き上げる。
【みたらしメープルクレープ】:
みたらしソースとメープルの香りが漂う甘じょっぱさがくせになる。
プレーン、チョコ味、抹茶味などの一口サイズの餅玉をクレープの中に詰め込んであるので、もっちり食感と様々な味をこの一巻きに楽しむこともできる。
香り立つ甘いニオイに誘われて…………よほど腹が減っていたのか食欲旺盛にそれは口元へと運ばれる、余り物の材料で作り上げたクレープは好評のようだ。それが何者であれ若葉バンダナをした料理人はその彼女の食べる姿に、ひとつこっそり笑みを浮かべてしまう。
そんな藤色髪の珍客はがっつかず綺麗な所作でたんたんとまたひとつクレープを平らげた。
脳天を雷に撃たれ倒れて……また目覚めてからというものの、まるで人や性格がそっくりすげかえ変わったかのようにその女の様子はおだやかだ。
しかし藤色髪は記憶を喪失したわけではなく数分前の自分の姿を把握していたようだ。焼きたてのクレープをご馳走になってから、冷静に立ち返り口を開いた。
「分政官ハイロ・ドーフィンの記憶は本物よ。たどっていくと……ハイロ・ドーフィンとして私はどこかの組織に属しその奇妙な職務を繰り返しながら過ごしてきたようだわ。別人のように思える彼女の記憶が念じれば途切れ途切れ思い出せるようにある……そして今の私が何者かは分からないけど。あなたたちに…あなたに、ひどいことをした事も────記憶しているわ。この後にどんなことをされても異議を申し立てるつもりはないわ──〝クレープ〟ありがとう、とても美味しかったわ」
分政官ハイロ・ドーフィンそう名乗る人物が自分であることを記憶し知っている。
しかし今の自分が何者であるかわからないと彼女は言う。
そしてどんな罰をも受け入れるつもりだと、クレープ職人をちらりと見てご馳走になったクレープの礼を言い、最後に椅子にかける青髪の男の横顔を見つめて告げた。
「何を今さらに語ろうが信じるつもりはない。そいつの属する組織とやらにも時間を割く興味はない」
青髪の男はブレず、そのやけに冷静を装う藤色の女へとだらりと下げていた刀の切っ先を向ける。
そんな緊張の息をのむ中、汗垂らす海都が何か思い切って口を挟もうとしたそのとき──
その注目の切っ先は瞬きもしない藤色の瞳から真っ直ぐに横を滑り──明明後日へと向かい出す。
向かった先は部屋墨に置かれていた漆色のタンス。そこでピッタリと刃は止まっている。
「ここは異界迷家。百の騙りよりそれを見りゃあソイツが何者かわかる。欲望は────人を表す道具だ」
ゆっくりと指示された方向に足音を立てて向かう。
箪笥の奥にはひとつ折り畳まれていた……その藤色の衣と赤い帯。
正座してその引き出しを開けた彼女は何も言わずにそれを眺め────ゆっくりと誰かのことをいだくように抱きかかえた。
ここは異界迷家。
その縮こまる藤色髪の背に、鞭打つ悪人を重ねることは居合わせた2人の男どちらにもできないようだ。
迷える由は知らない。されどその一着を大切に思う気持ちは背姿所作ふるえる指先から共有される。
欲望は人を表す道具であり、道具は人の想いを宿す────
箪笥の中に仕舞われていたのは誰からの贈り物か。
いくら刻を越えてもなお、古く宿されたつらいおもいやあまい匂いは……今を生きる人の記憶にのこりつづける。
ぽたりぽたり滴る見知らぬ涙に、きっと彼女に良く似合う華やかで鮮やかな藤色の袖が濡れていく……。