雷夏先生とゆく、緑蜜高等学校ダンジョン部!!! 作:山下敬雄
「さっきからすごい汗だわ。大丈夫?」
男は女のハンカチを受け取らない。
男はクレープにも口をつけていない。
じっとひとつの椅子に座り、黙していた。
そんな男が静かな空間で集中し感じ取ったのは二つ。一瞬よぎった痺れる気配がひとつ、ぞわり纏わりつくような奇妙な気配がひとつ。
(共鳴? チッ────もうひとつは……コイツは…なんだ? この気配、この気持ち悪いオーラ、さっきまでのモンスターじゃない)
汗が床に滴る前に青髪の男はおもむろに席を立った。
「お前らはここにいろ、外の様子を見てくる」
「え、あの!」
振り向きそう告げた男はその歩きだした背のままに、扉を開けて──しめた。
突然出ていった男に海都とイロハ残された2人は顔を見合わせた。やがて静かにしていたはずの囲炉裏の火はぶわり一瞬高くなり、2人は見合わせた怪訝な顔を深めていった。
迷家に迷えるのは──お呼びでない客だ。
ただよう霧の中に浮かび上がっていくものは黒く……黒ずんでいく霧が一歩一歩、家のある方向へとゆっくりとした足取りを乱さず進んでいる。
まるで瘴気、白を汚して黒を吹き込む。
ソレが歩いた後は草が高くなり、枯れてゆく。
水たまりが波紋を重ね騒ぎ、蒸発する。
その毛にとまった虫が石ころになり死に落ちてゆく。
そして自分の庭のように好き勝手はた迷惑に行進するソレに────ギラり息を潜めていた赤目が一瞬点った。
ソレが知覚し低い重い頭で振り向いた時にはもう────視界は宙を逆さに浮かんでいた。
やがてぽとりと虚しく落ちてゆく。その一瞬にて刈り取った首を、青い獣が見つめると。
見つめている、いやわらっている。
その羊のような角に老人のような顔をした琥珀の瞳が、妖しく輝く。
その瞳に見られ不吉な予感、不吉なオーラをぞわりその身に浴びた青髪の男は咄嗟に自分の腹に刃を向けた。
そして迷わず自分の身をその刀で貫いた。するとその眼と同じ琥珀色の中に閉じられていた身が青く発光した。
ひび割れてゆく、琥珀の結晶が宙を荒ぶる一気に吹き出した雷のオーラに粉砕される。
そのまますぐさま青髪の男は手銃を構えて放った。
青い膜は狂った羊頭を捕らえて、天から青雷が降り落ち焼き尽くす。
吹き出していた汗の量は尋常ではなく、痛そうに貫いた刃を締まる身から引き抜いていく。肝を冷やしたオーラ攻撃に青髪が荒い息を整えていると────
「ハァハァ…なんだこの化物は…………ナ!?? コイツ!?? チッ!!!」
首を刎ねたはずの四足の獣が動き出した。
ない首をもたげたそれは、その切断面から紙を噴き散らした。
トツゼンの紙吹雪、黒い黒い紙吹雪が白い霧を祓っていく。
そしてまた噴き出した、琥珀は狗の吠えるような音を鳴らし煌めく流星となり散らばり降っていく。
のっそりと歩くうつむく獣の首を刎ねた青髪の剣士は間に合わず、黒い風に呑まれながらやがてその焦燥の目に目撃する。
異界黒く染まりゆくツギハギの頁の空と、秘められた琥珀の眠りから覚めゆく化物たちの呻めき声を────
これから始まるそれは最悪の宴、重い獣の頭から噴き出したありとあらゆるモンスターたちの歴史、黒歴史。息を殺し…斬り裂いたのは決して破いてはいけない……時空の狭間を彷徨く、うつむく者のコレクション。
あぁ、異界は暗く不吉な風にカサカサと手拍子しざわめいている。
隠れ潜む霧は晴れる。憩う白い安息地などもうそこにはない。
だが安心するといい…迷える羊の罠にかかった迷える愚かな人間たちの、還る場所は皆此処である。
黒いページの腹ん中────────