雷夏先生とゆく、緑蜜高等学校ダンジョン部!!! 作:山下敬雄
見つけた世の目、アイノスケが作り出した古風なエレベーターに乗り、地下へ潜るよう、とある青髪の迷い神は案内された──────。宇宙星模様の中を自在にゆくエレベーターが止まり……鉄の襖のドアが静かに開かれた時、眼前に広がったのは、一転、青々とした光景だった。
どこまでも続くかのような広大な緑の野と、青い天がガライヤ・ガラシャが足を踏み入れた場にはあった。空は抜けるような青さで、遠くには山並みが霞んでいる。
その壮大な景色の中に、ただポツンと、黒髪の黒セーラー姿が立っていた。
彼女の漆黒の髪は、まるで墨絵のようだ。鮮やかな緑の中にその存在は黒く、際立っている。吹く風に吹かれたままに髪が靡く……神々しいまでの静寂をまといながら。既にここに迷い込んだ来客の正面を、早乙女雅はとうに察していたとでも言わんばかりに見据えていた。
対するは、覚悟をもって現れたガライヤ・ガラシャ。彼女もまた、この招かれた異空間に臆することなく、真っ直ぐに早乙女雅と向き合っていた。
草を静かに踏み鳴らしながら、迷い込んだ彼女もまた吹く風のままに────青い髪が堂々と靡いた。
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この広大な空間に、座るための椅子は一切ない。その意図はまだ明確ではないが、ホストがゲストに茶を汲み、座して談笑する雰囲気ではないのは確かだ。
草原に立つのは2人だけ。まるで試し合う、探り合うような会話が2人の間でつづいた。
そして今、3日前のダンジョン内での出来事を振り返り、ガライヤ・ガラシャはもう一度、早乙女雅に対しそこで起こった事実と彼女の意思の確認をした。
「では、あのお言葉のとおり、ダンジョン部……雷夏の好きにさせていただけると」
ガライヤの問いに、早乙女雅は感情をほとんど見せずに答える。
「そう。今までの通り」
早乙女雅がそのとき、雷夏に「勝手になさい」と言った言葉がある。言葉の意味の通りに撤回することはないと言うのだ。それは、雷夏の自由を許す言葉であると同時に、ダンジョンに挑むことに対するお墨付きを与えたようにも思える。
だが、言及されたのは雷夏ただ一人について。それだけの確認ではここに話をしに来た意味などない。ガライヤは、早乙女雅のその言葉の裏にある真意を探るように、さらに堂々と踏み込む。
「あの時のたたかいは?
「そう、引き出されてしまったわ。あなたにはどう見えた?」
問うたはずがあっさり答えられ、さらに問い返された。早乙女雅の問いに、ガライヤは失礼ながらもまた臆せずに、雷夏と早乙女雅のした戦いの感想を答えることにした。
「どう見えた……と? それは、やはり雷夏にはなにか…未知の困難をも切り開く力があります!」
今言い放ったガライヤの言葉には、熱烈な希望が込められている。まるで英雄のことを語るように、青い瞳を闘志にも似たもので燃やし輝かせている。
しかし、早乙女雅は、その青くかがやく希望に不穏な黒い霞をかけた。
「あなたにはそう、希望的に見えるのね」
鋭く突き刺さる鋭い黒目。向けられた早乙女雅の対照的なポーカーフェイスを、ガライヤは訝しみ見た。
「希望的とおっしゃると? その逆を……お思いなのですか?」
「そう。人がオーラを肥やすこと、それを恐れるのは」
「神……だと……?」
ガライヤは思わず答えてしまった。このやり取りが以前の繰り返しのようにも聞こえたからだ。だが、此度は「話をしに来た」、この前のような感情のコントロールの乱れは起こさず……神にしては熱くなりやすいその熱意を、ぐっと飲みこみ、口にした。
神妙な顔つきに変わったガライヤのことを見ながら、早乙女雅はゆっくりと頷いた。だが、半分。ガライアの口にした言葉は正解であはあるが正解ではない。
「それも正解だけど違うわ。────人自身よ。今は平和とも呼べるここにもかつて、十二の国をそれぞれに支配する強大な妖気を持つ存在がいたわ。そのような人の力を逸脱した人ならざる者を、どうにかしたいと恐れるのよ」
「それならば……! マオウとたたか──」
なんと、今、目の前に発された早乙女雅の言葉と、自分がやろうとしていることの間に、どこか重なる理屈を見出してしまった……。強大な妖気、オーラを持つマオウとの戦い──その言葉がガライヤの喉まで出かかった瞬間、早乙女雅は言葉をかぶせ気味に遮った。
「雷夏が最後に放った、あの剣、あなたには見えた?」
突然の思いもよらぬ問いに、両手を広げ前のめりの姿勢でいたガライヤは言葉を詰まらせた。
「!? 私は……今のオーラでは……それは……」
今の力では、オーラでは、雷夏の最後に放った「剣」を彼女の目に追うことすら叶わなかった。しかし、早乙女雅は見透かすようにつづけた。
「万全ならば自信はあると言いたいのね。私より」
「決してそのようには……! しかし」
「当てがありそうね」
早乙女雅の鋭い指摘に、秘めていた事を言い当てられたガライヤは一瞬たじろぎつつも、また青く灯らせたその眼差しで応える。
「!? はい、既に私にも希望の欠片というものを……なんとなくそうではないかと、ハイっ! 当てがあります!」
神としての力を取り戻すための算段のひとつが、ガライヤには既に見つかっているという。しかし、早乙女雅はそれもまた彼女のいつも言う「希望」にすぎないと思い────
「その欠片だけでは足りないわ」
そして、早乙女雅はおもむろに、その黒髪を留めていた一対の髪留めをひとつ外した。それは、精緻な彫刻が施された漆黒なカメオだった。そのカメオを宙に浮かべ、ゆっくりと漂い……ガライヤの手元へと届けられた。
「!? これは……」
思わず、水を両手で掬うように収めた……おそるおそる収め……。ガライヤの目に、驚きと困惑の色が浮かんだ。
「あなたはまだ終わるつもりはなさそうだから。迷い神にここにずっと居られても迷惑だわ」
「これを……雷夏を、ダンジョン部を、私にくださると?」
「そうよ。そのまま勘違いはしないことね。それをあなたに預ける意味を」
「本当に……よろしいのですか?」
「あれだけ欲していた割に、臆病なのね」
早乙女雅は煽るように言った。しかし、まだ受け取ったその両手の器を崩せない。まさかの贈り物なのである、早乙女雅の大胆すぎる行為にガライヤは驚き顔のままでいるしかなかった。
「そ、そういうわけでは!! しかしこれは神にとって……」
ガライヤの手の中に届いたカメオからは、ただのオーラではない、それこそ両手で掬わないといけないほどの膨大な神力が満ちているのがわかる。これを預けることが、神にとってどれほどの意味を持つのか。そんなことは初めてであるガライヤ・ガラシャは、まだ、唐突すぎて信じられなかった。
「安心なさい。いつでも取り上げることはできるようになっているわ」
ガライヤの表情に再び緊張が走る。
「!」
「誑かせる、お人好しかと思っていた? それは呪いよ、呪いの契約。神らしく」
早乙女雅の口から告げられたのは、「契約」という、重い意味を含む言葉であった。
両手に今のせた、ちいさな黒いカメオは、より一層重く重く、重い意味合いに化ける。
「これが……契約」
「そう契約。終わったときには、【あなたの全て】を貰うわ」
「!」
「終わったとき」「あなたの全て」──その言葉の真意は早乙女雅、ガイア神にしか分からない。分かりようがない。
漆黒の欠片をその白肌の指に握りしめれば最後、破棄のできない目の前の神に一方的に優位な破滅の契約か。それとも、喉から手を出してでも掴みたい希望に満ちた光か────
迷い神は今、見開き、手にした。
目を閉じながら浮かべた様々な希望を闘志を悔しさを、
真っ直ぐ向いたガライヤ・ガラシャのその瞳には、再び灯りだした────青く揺るぎない決意が宿っていた。