雷夏先生とゆく、緑蜜高等学校ダンジョン部!!! 作:山下敬雄
「これでもうのろのろ。動けないみたい」
右足、左腕、両肩、胴、突き刺さる8つの緑ブロック。
どっと汗を垂らす月山をオーラブロックの
白いローブフードを被る灰色の鼠。近付いてくる羽根のように軽い足音と、今となっては可愛らしくはない白いミトンその伸びる手。
何かを欲するように灰鼠は、にんげんの女にその手を伸ばした────その刹那。
強張る両肩から発射したのは、知らなければ見抜くことはできない一対のオーラブロック。
斜めに打ち付け足元でブロックは爆発した。縛りに縛った獲物のまえで鼠女は勝負を急いだ。
土俵際の際で……待っていた瞬間のひとつが、押され押される危機に瀕した月山の目の前に望んでいた以上のいいカタチでぶつかり来ていた。
キラキラと赤い粒子は拡散し広がり一瞬、鼠女の鼻が酷く曲がる。
鋭い獣の嗅覚を満たすひどくイヤなニオイに、モンスターが見せた一瞬の隙に────
テトマズ(テトラマーズ)の機能にはゆるやかに落ちていくふんわりドロップもあれば一気にストンと落ちる
オーラブロックになないろのオーラをありったけ注ぎ込みもう一度盗まれたコントロール権を取り戻し支配し直した。そして今まで敵に刷り込むように見せていた〝超ふんわりドロップ〟と対となる概念効果をここぞの発動。
「〝スピードアップ〟!!!」
色を赤から緑に変えて打っていたZ字ブロックは既に先程爆発している。
ダンジョン鼠の知らないニンゲンのお遊びが──気を朦朧と揺らす。
その効果の詳細仕組みを知らなければ【ぬすむ】で盗んだオーラブロックの概念効果を扱うことは出来ない。戦闘中の月山はそれにいち早く気付き、土俵際まで追い込まれ、ここぞの〝反転〟手ぐせの悪すぎた鼠女を逆に土俵際に追い込んだ。
がっしりと、細身は細身に組み付き絶好機を逃さない。
「なに…? ぶにゅっぶちゅんッッごっほごほ…… ふちゅっ────!?」
その身に受け取った盗まれていたS字ブロックを背に結合し直して、RIKiSHIは歪なバランスでまっすぐに加速していく。
がっぷりと組み付けたのならばなんでも構いはしない、ただ敵を土俵外へと押し出すだけ。
レンガブロックを突き破り、お邪魔する──どなたの家からかなたの家へ──
待ち構えていたこの一瞬に全てを懸けて万能なテトマズのルールで超加速する月山はチュチュンを頭からぶちかまし──粉々に吹き飛ばした。
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『リビングのチュチュン、次の聖戦に出てください。先程しらべた朽ちたニンゲンの魂によると──できればあの珍しいオーラ色をもつ白いヒラヒラくんはこちらモンスター側に確保しておきたいので、あのニンゲンの少女を上手く誘いますので頼みます。チュチュンあなたの持つチカラならば勝てるでしょう』
『しろいにんげん、なれる?』
『しろいニンゲンですか。モンスターがニンゲン…おもしろいですね。あなたのその特別なオーラ技で純度の高い…それもあなたに合うニンゲンの魂を盗めれば鼠がニンゲンになれるあるいはニンゲンが鼠になる可能性は大いにありますよ。フフフフ』
『そう。──わかった』
リビングの壁に立てかけ飾られている。
素晴らしく美しい光景が切り取られたイチマイにおさまる。
白いベールに、白いドレスを着た美しい化身が、おおきなばってんから射す──白いヒカリに向かっている。
しろいにんげんになれますか。
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長鼻から血がながれていく、
白いモヤと粉塵が立ち込める光景がうすれていく────
痙攣する足体で振り絞り…ゆっくりと立ち上がったのは、灰色──鼠女チュチュン。
「ねむむ……オマエみたいなかわいいにんげんになれる。…リビングのチュチュンが全部ぬすむから、悪く思わないでにんげん」
這いつくばり…見つめる、オーラを出し切ったにんげんがいる。
しろいはだのにんげんは、キラキラとひかる青い瞳で、わたしを睨む。
「ねずみがッッ…盗めるものなら……盗め…ばぁ…! はぁはぁ…………」
「わかったリビングのチュチュンはぬすむっ」
一歩一歩じゃりじゃり……にんげんにちかづいていく。
リビングのチュチュンは、ボロついたミトンで掴もうともう一度手を伸ばした。
目をぎゅっと──瞑るにんげんは、────パッと青い地球色を二つ咲かせた。
その鮮やかさと目の合った黄色い獣眼のチュチュンは、────おおきく見開く。
彼女の瞳に切り取られた、美しい光景がひろがる。
聖戦の前に渡されたハンドガンのチップは海都のスキルチップ入りであった。
月山が捨身で押し出したあのどさくさと粉塵にまみれ…仕掛けていた、心優しい彼からもらっていたとっておきのお守りがあった。
彼はぐっと堪えて状況を見守り、手に汗を握りながらスキルチップをとどめつづけた……そしてそれはここしかないここぞで発動された。
「こんなのあり、にんげんうそつき、────」
【策咲クレープグレープ弾】
聖なる槍がリビングのチュチュンを貫く、邪気が癒えて消えていくようなしろいヒカリに……あたたかさに包まれて……
「鼠もでしょ。はぁ…──ッ…さいあく。」
トドメの瞬間にヒートアップし鳴り止まない鼠たちの厚い拍手とワラい声のなか、どさり……罠にハマり倒れていたのは、
リビングのチュチュン、月山と海都の2人は白にあこがれた灰鼠のモンスターを撃破した。
▽▽▽
▽▽▽
真っ向から向かい雷斬を放つ、切り裂いた体に轟き響くが
巨大な黒紫の拳が迫る。宙に浮かぶ顔面にイッパツもらってしまった。
宙にいた青髪の小人は漆黒のブロックに打ち付けられ砕ける。
王牛は口と胸のハラワタを剥き出しで笑い、手痛いカウンターをもらってしまった青い小人は──笑っている。なぜ笑っているのか、不恰好に鼻血を垂らす顔を覗き込んだ後、王牛は自信満々の赤い目がながながと見つめる己の右拳を見た。
「図体がでかいというのも考えものだなははは【以下略雷酔斬】!!!」
巨大な人差しと中指の間、にぶい水かきに突き刺さったショートソードは、見開く赤目とともにバチバチと高鳴る。右の腕を焼き尽くす程の雷撃が立ち上る。カウンターにはカウンターを、このダンジョン生まれの女はただでは逃げない殴られない、ただでは済まないダメージを王牛に与えた。
しかし──王牛はその笑みを崩さない。
半分中途から消し飛んだ右腕の余りに、無事な左手で背から抜き出した黒針を刺した。
もくもくと斬られた部分から紫の綿は膨れ上がっていく。そしてひとりでに動きだした黒い針は目にも止まらぬ速さ機械のような正確な美技で、ひらひらと糸を尾にし自分の腕を縫い上げていく。
はぁ…と一度首をかしげる、『それはないない夏ちゃんだろう?』と笑いながら。
捨身の攻防でダメージを与えたはずが華麗に縫い合わせ失った右腕を回復する事に成功した。ゆっくりグーパー……新しい糸で結ばれた手を味わうように開いて閉じて、王牛は小人を見下しながらあそんでいる。
一層ひりつくボス級の予感しかしないこのステージ。
使命の無い能天気な勇者が魔王城へと出発し、色とりどりの牛人形の道を薙ぎ払い貫きながら最奥へと────たどりつき、玉座からおもむろに腰を上げたのは、今目の前で笑う黒紫の牛の王だった。
開けてしまったのは王の間への扉ではなく、ダンジョン部の顧問にとってパンドラの箱だったのか。
ところどころみすぼらしく破けた青ジャージが不格好でもかまっている気はない。履いていた青い布に手汗をなすりつけ──雷夏は気持ちあらたにチップから抜き出した槍をしっかりと握りしめた。
「おい、雷夏何をまだ遊んでいる。まだあの図体だけでせいぜい中ボスの2匹を倒せてないのか?」
「オーー! やっと起きたかムゥちゃん、って寝ぼけがなおってないナァっ!! どう見ても中ボスではないが、夏ちゃんが華麗に消し飛ばしたはずの右腕を自分で縫い合わせて再生する裁縫上手なお嬢様筋肉牛だぞ、まったくうぅ」
聞きなれたクールで低い女剣士の声が後ろから聞こえてきた。
槍をにぎった青髪はいいタイミングでボス部屋にきた声に振り返った。
腕をえらそうに組み、目をそれなりに見開いている、ネムリから覚めた赤髪の女剣士だ。
「いちいち言わなくてもお前の鼻垂れは見ていたからな、それぐらい知っている」
「ははははなたれ夏ちゃん知っていたか、ナァら♡?」
「手強いモンスター相手だ、何もくだらないプライドにかけ1人で勝つ必要はない。おおむかしの勇者だってだいたいそうだ」
「オーー? んやんやいいこというねぇー! 勇者雷夏ちゃんもそう思うぞ♡! よっルゥスイのばくすいのお姫様っ」
「フッ、」
「あれ言い返さない? ひょっとしてうまいことばが思い浮かばない?」
「だまれ。」
「シンプルだなぁあああー、ははははは」
「むこうのお嬢様はこれ以上待てないようだぞ、細胞を再生する裁縫をどうやって倒すヘンな勇者」
「もちろん右と左、同時夏ちゃんムゥちゃんだ!!」
「フッ、案外まともな作戦だな──ノッタッッ!!」
黒紫の布地に花柄の刺繍を咲かせるのにも飽いた王牛は拳と拳を胸の前で衝突させ、無謀な小人を返り討ちにすりつぶす、準備は万端。
びりっびりっ……だるく垂れ下がっていた余計な青い布を豪快に手で破いた。
指摘された鼻垂れも左親指で漢らしく消し去る。
地を払ったヤル気の剣と、溜まっていた体と気の凝りをぐるりと頭上に回し全快した槍。
ネムリから覚めたお姫様が血をたらした勇者の元に合流しここからは2人で、
横並び一瞬目を合わせた赤髪と青髪は、それぞれの得物を手にし左右に分かれるよう──駆け出した。
ステージ天から変わらず射し込む穏やかな陽光。
カラッとした無言の街並みは荒らされていく。たたかいを盛り上げるためだけに作られた偽物の賑やかしの景色のナカで、
見据える前方に構えた白いヒラヒラは駆けてきた4本指の拳を受け止めた。
緑のブレザーは衝撃で飛ばされながら上手く距離を取る。普通のスニーカーは荒れた石畳を引き摺りながら踏ん張り、やがてぶつかった家壁にもたれ態勢を立て直した。
もたれたそのまま両手の双銃から惜しみなくトリガーを引き、垂れ流す、あざやかな光弾が灰色のターゲットに突き刺さっていく。
が、やはり──あまり効いていない。見て取れる成果は、鼠の灰色毛のボディにせいぜい少々の煤汚れがついたぐらいだ。
書斎にいた丸眼鏡の鼠、海都は既にあの鼠屋敷のリーダーと思わしきモンスターとの聖戦を受けて立っていた。しかし分厚い黒い本を両手にし降りてきた鼠は何回りも体格をビルドアップし、小さな書斎部屋に納まりが悪くなるほどの大きさになっていたのであった。
海都より一回り以上大きい灰色鼠は、眼鏡の鼻かけをクイと指で押し…イヤな形相でうっすらと微笑んだ。
「フフフフやけに大人しいと思いきや聖戦となると元気なスイッチの入るオスですねぇ、ですが、ここらで諦めたらどうです」
「(やっぱしただの弾じゃ効かない…オーラを込めても…)何言ってんすか!?」
「先程も申し上げたとおりここで全滅するか、我々の仲間になるか。アー、寒くてせまい地下室に押し込んだりはしませんよ。空いたリビングを使ってもらっても構いません」
「て、て敵の仲間ってどういうことなんすかああ!!」
「敵ですか、それなりの数の魂を読み漁ったところ──フフフそのとおりの関係性で正解のようです。が、──このダンジョンと皆に呼ばれる世界は思ったよりも広くその広がりがああっ…とてつもないケイオスを圧縮しているということですよっ我々鼠はレベルアップする前も大いなるそれに従っていたのです、そして箱舟はご存知ですか? 長く険しい旅にニンゲンのツガイも欲しいと思っていましてね、フフフフ」
「せ世界は広いってケイオス…?箱舟…なんてっそんないきなり漠然なことを言われても…ダンジョンってずっとワケ分からなくてこわいもんはこわいんすから!」
「フフフフこわいですか? そのような気構えで我々モンスターと戦うとは変わったニンゲンもいるのですね。こわいならばそちらの青き国に引きこもっていればいいではありませんか。臆病鼠でケイオスに挑みにくるとはニンゲンとは物好きですねぇ」
「だってぇ俺は……ダンっ──!?」
べらべらとよくしゃべる眼鏡鼠に…海都は時間稼ぎをしながらもじゅうぶんに距離を取り気を張り警戒していた、はずであったが、
急速に接近する灰色のカゲに──咄嗟に反応した海都は吹き飛ばされていた。
「!? 痛ッッッ──」
「今のはジャブです」
「じゃ、じゃぶ……(コイツにひびが…)」
尻餅つきそうによろついた足腰を、ささえる後のない意地で持ち直した。
しかし、海都をここまで支えていた白い牙城についに亀裂が入る。数々のピンチを凌いでいた、絶対的な硬度を誇っていた頼れるレアチップがいともたやすく絶対的ではなくなる…。
今出来うる限りの全力を用い、真剣に強敵に挑んでいた海都の表情が湿り曇りゆく。
もし仮に反応するのが精一杯であったアレがハッタリではなくジャブであり、未熟ながらもこれまで築きあげてきた守りの戦法が万全ではなくなれば……厳しいものになる。
しかし──青年は構える、ひび割れた純白はまだ砕けてはいない。陽光を味方にし、その白さを正しさを守るべきものを失ってはいない。
灰色の鼠は微笑う。
青年が魅せた無駄なプライドに責任感に──理解を示してしまったモンスターは、微笑わずにはいられない。
「鮮度がいいお相手もたのしいですが、互いを削り合い騙し合い盗み合うまでわからない先程までとちがい…結果の見える勝負とはやはァァァり──面白味がありません」
またも一瞬見えた灰色のカゲは、白いヒラヒラを打った。
周囲の窓々が鋭く音を立てて弾け、物語る…空気すら歪ませるその威力エネルギーを。
握り拳の先から白煙が立ち上る程の、ジャブ。
無情にも構えた盾の亀裂は深まり、受けた衝撃に溜め込んでいた青年の汗水は仰け反った表情とともに飛び散った。
「フフフフフ打ち込みがいのある──おや、……これはこれは一本取られましたね」
痛烈に仰け反り天を見上げた青年は────息の詰まる苦しい顔で正面に向き直る。
そして瞳に映る成果を見た、相変わらず左手に厚い黒本を手持ち、しかしココア色に染まった右腕が…地に滑り落ちていく──
海都は一か八か、あの一瞬に技を合わせていた。
盾から一瞬噴き出た扇状の高出力ビームは、見事にジャブ打つ鼠の太腕をざっくりと落としていた。
負けられない戦いにだまって負けている余裕はない、月山のがんばりを、先生の勇姿を彼は思い出し、迫るモンスターに抗ったのであった。
命綱である盾の状態を確認し、敵とじぶんの状態の差をしっかりと見た。度重なる拳で受け揺らされたその身にひどく乱した息を整えていく。
(や、やった…!!! つ、次は──)
「その勇姿に惜しみのない拍手を送りたいものですが…困ったことに拍手する手がありません、では惜しみなくもう一本──」
ぱらぱらと黒い本は開かれていき、海都は目撃した。
ページから飛び出た火の玉が鼠にあつまり、──六つ腕。
鋭い爪や太い5本指、大小奇抜様々なカタチをした腕が灰色の脇腹から生えている。
ぐー…ぱー…とひらいてとじて確かめる。
ひとりでに靡いていた本を閉じ、力んでズレた丸眼鏡を新しい手で掛け直し、馴染みのない新たな形態…その新たな感触に鼠は微笑った。
「フフフフ六つ、いやヒトツ訂正しましょう、ニンゲンにしてあなたは突飛アイデアメンタル堅牢で予想外におつよいです…やはァァァりッ」
「やばっ…!?」
白いヒラヒラは、激しい灰色のラッシュに打たれる。
ニンゲンではあり得ない動き、あり得ない手数がただのニンゲンである海都に襲いかかった。
殴りたくる、殴りつける、圧倒的な暴力手数、
最後に一回転したおおきな鼠は太くしなやかな尾のオマケを、不細工な純白に叩きつけた。
普通のスニーカー底は火花を散らし滑走していく。
「遠慮なくビシッとチカラを振るうのは気持ちの良いことです……。フフフフ、1発仕返しするつもりでしたが、またまたいいお反応です。それに〝オマケのこれ〟も、そこそこゾクリと身震いさせてもらいましたが…一度見せてしまっていた小細工でしたので惜しかったですね。さて──ヒラヒラくんの健闘に免じてもう一度問い直しましょう」
手掴みでパキリと容易く折られていく地から突き出た聖なる槍、眼鏡鼠の顔面を襲ったものの思惑……かなわず。
「全滅か、我々の仲間か」
構えた────聖なるミドリを纏う白い盾は崩壊していく、やがてパリンと音を立ててダンジョンの空気に散り失せていった。
尻餅をつき後頭部をはげしく打ちつけた緑のブレザーは、痛む体でゆっくりと立ち上がっていく。
しかし、普段なら褒められるような気概をみせても……立ちはだかる明らかな差に、青年は理解せざるを得なかった。
(こ、これはもう……打つ手……)
六つ手のひとつに本をパラパラとめくりながら余裕を見せる眼鏡鼠がいる。その鼠が幾度か刷り込むように発した言葉の意味を際の際まで追い込まれてしまった……海都は考えた。
彼は振り返り、眠れる同級生とお辞儀をするタキシードを見つけ……やがて向き直る。
この戦いの意味はなんであったのか、レアチップの盾があってもなくても、むしろ無い、無くなった今のほうが彼女の身は安全だったのではないか…。
十分にたたかった、これ以上はない……未熟なじぶんでは決して敵うことが、ない……
彼は何をすべきか分からない。ただ抵抗の意を示すことだけは、ない。
それはしらず自然と、日亜国民の血にしたがい彼は────
海都はゆっくりと両膝を地につき、
それでもまだ高い頭を────
『さげる必要はないさ』
空から斜め疾る──赤い閃光が、黒い標的を撃ち抜いた。
千切れ飛び出た古ぼけたページが、赤く燃えていく。
微笑う形相の失せた鼠は遅れて狙撃された方を振り向いた。
そこにいた白い影が赤屋根を走っている。
慌てて向かおうとした鼠の死角から──殺気。
空を駆け降りてきた幾つかの牛の頭がホーミングし、明後日に向かおうとした鼠の背とバランスの悪い腕に食らいついた。
そして灰色の爆撃が地を揺らし、おまけの赤いダイヤの雨が景気良く降り注いでいく。
突然の荒れ模様と眩しさに、爆風にさらされた渦中の青年は──包まれ──引き寄せられた。
「やぁ獅子くん、こんなところで鼠あそびかい?」
「し、シデン・レイラさん!?? たすけにッ」
青年は白黒リバーシブル見覚えのあるダイヤ柄マントの中に収まる、そして見覚えのあるゴージャスなメイクを施した、おしゃべりなあの顔が近い。
またも海都の目の前、ここぞのピンチに現れたのは聖タクティクスグリフォン伝説の登場サブキャラクター黄金の守り人、〝シデン・レイラ〟。空想、異世界ガライアの物語からそのまま化けてあらわれたのだ。
「シ──とりあえず今のキミは邪魔だ、派手なパーティーになりそうさ、後ろでよぉく見ておくんだ。そのときはエスコートをたのむよ♦︎」
よろよろともたれかかる足腰お疲れの青年をシデン・レイラはやんわりとささえ見下ろす。
立てた小指をいっぽん、しゃべろうとした彼の唇に当て、一度眩しくお茶目なウインクを披露。
「え、えっとどわっ!? ────」
そして彼を包んでいたダイヤのチェーンは今度は背に伸びゆき、邪魔な海都は場外へとはげしい夏風のように吹き飛ばされていった。
本をパラパラと開いていく音が、おとなしくなった風に鳴る。
「魂データベースによると────…どなたですかあなたは?」
鼠は訝しむ、気付かぬうちに突如はげしいご挨拶で現れた。これ程までに見目輝かしい存在感と美しく制御されたオーラを放つ、白黒の異質なニンゲンに。
「どなたもナタリーもあなたさ! なぁに、しゃべる鼠からはおもしろい話が聞けそうさ、さぁ──どこのメーカーのチーズがイチバンうまいんだい?」
おしゃべりはするがいらない、高速の菱形を特別な双銃から垂れ流しながら荒れた街を駆けていく。突き刺さる、チクチクとするこれまたご挨拶に鼠はワラった。
「フフフフなるほどなるほど…イカれたあなたとは…どれほど語りあえるのでしょうねええ!!! フフフフ奇襲の次は追いかけっこですかいいでしょうっ、この聖戦においてェェェ鼠がネズミをトルのもまた一興ゥゥゥチュゥゥゥウイッッッ」
灰色六つ腕の鼠は黒本を片手に素速いツートンカラーを追いかけていく。
生徒のピンチに颯爽と現れたシデン・レイラは、どんな舞台でも自らの役にのめり込み微笑む。
黄金の銃からダイヤのチェーンを煙突に伸ばし絡め、迫力満点に壊れる舞台をあざやかに駆け上った。
話も途中にトツゼンの夏風に飛ばされた海都は、
いっぽんの電柱にぶつかった。
──いや、それは電柱ではなく背にはやわい…まるで高級クッションの感覚。
「おぉー、おとこらくてんかいと。あせだくかいと」
「ふにゅワっ──ご、ごずさん??」
ふたりしてゆっくりと尻餅をついた。おおきな女の胸元におさまり、上からのっそりと覗き込む灰髪灰色目を見上げ、海都はまたも見慣れた…今となってはなつかしの顔と目が合った。
「なにやってんのこれ? どれがてき? なんでツキヤマ寝てんの?」
一度にみっつシンプルな質問をぶつけてきた頭上の牛頭梢に困りながらも、痛む身でたちあがった海都は荒れた街中に目を左右しながら、その方を見つけ見た。
見張り役をたまわった鼠執事はナイフをゴシゴシと白い布で磨きながら立っている。
入念に入念に────チラリと海都と目を合わせ、銀色の照り具合を確認した彼はまた、磨き始めた。
よほど暇を持て余しているようだ。
そんな入念な手入れをするタキシードの前に、いちまいの毛布をかけられた…月山といっぴきの鼠が眠っている。
その見たことのない光景が意味するのは…人質なのかなんであるのか、海都には未だはっきりとは分からないが、彼の目にはタキシード姿の鼠がこれ見よがしな邪気を放っているようには見えなかった。
女の子とおんなのこ? が横顔を合わせ、鼻先をつんつんとくっつけながら寝ている……。
そんなさまを遠くからしばし見つめた、起きている2人組。
しばらくして海都は牛頭の方に向き合い今置かれている状況を──指差し分かりやすいように伝えはじめた。
「えっと…とりあえずあの丸眼鏡の腕6本の大鼠っすね…! 間違いなく今はアレは、敵っす…!」
「おぉさっきのおおきい蜘蛛みたいな? ねずみだったの? なんで腕6本もあんの? ねずみが? ちゅー?」
「ねずみの…ボスだから? かと…(ちゅー……)」
無傷のダルメシアンツナギと背の破れた緑ブレザーを纏う男子が見つめる先では────
びゅんと風音が鳴りつづける。白黒と灰がもつれ合いかすみ、目を凝らし見守る生徒たちの目が見失うほどの速さで状況は動き出していた。
嘲笑うように赤いダイヤをまき散らしながら飛び移った煙突屋根を駆け、白黒マントが疾風のリズムにノッテ踊っている。
そんな上手なパフォーマンスに笑う丸眼鏡はちょこまかと走る獲物を追いかける。突き刺さるダイヤの雨を幾本もの太腕の盾で凌ぎつついきおいをトメズ駆け抜け、六つ腕の鼠人形は信じられない程おおきく跳躍した。
獲物の逃げる先を先回りした激しい着地音とともに、面を喰らいすかさず進路を変えようとした獲物に対して。
1本、2本、3本、4本──腕をあますことなく存分に躍動させながら、ひらひらりと右往左往する細身を目掛け、踊り場にしていたその屋根ごとを激しく破壊していく。
宙にはげしい粉塵雲が立ち込め…屋根から屋根へしつこく三棟にも渡る六つ腕の破壊行動は止んだ。
その羽毛のように軽い標的はどこへと吹き飛んでいったのか、
すす汚れた眼鏡を、持て余していた手に摘んでいた白黒のマントの切れ端で拭き取っていく。
依然戦闘中──六つ腕が一つの脳で一瞬、のめり込んでいたその余裕にトツジョ、
キツく鋭く──鼠の左足首に絡みついたダイヤのチェーンは、発射され連なる黄金の銃口に引き戻っていく。
素速い赤蛇に一瞬にして脚を取られてしまった大鼠は立っていた体のバランスを崩し、半壊した石の屋根から転げ落ちていった。
騒がしい煙の中を蠢き貫いた赤蛇は腕はおおいが足元不注意な鼠の足をすくうことに成功した。
しかし相手はただの齧歯類ではなく六つ腕の生えた珍獣、足を一本取られようとも咄嗟に屋根端を左手で反応し掴み、すぐさま鼠は飛びかかった。
そのまま腕のチカラだけで飛び、崖下からの奇襲を仕掛けた。
「【ダイヤル10】」
銃と銃を合わせて、あらたなジュウ。
レアチップの黄金と普通の銀はシデン・レイラのスキルチップを介して混ざり合い、ビルドアップ。ゴージャスな金銀かがやく即席のショットガンとなり、お越しになったその瞬間を、笑い煌めいた星色の瞳が狙い撃つ。
細身は石屋根を滑り──一度に爆発するように射出された。
見据えた星色の視界一面に、拡散された多量の赤い菱形が散らばっていく。
意表を突く渋い判断で対空処理を。
崖下からやってきた灰色の体躯を、臆せずただ笑う道化師がリズムを合わせ弾き返した。
チップとレアチップをツギハギし新たな武器とし武器のチカラの限界を突破。そして高エネルギーを必要とするスキルチップ【ダイヤル10】の使用にも耐え得る耐久性を摩訶不思議にも実現させた。ダンジョン経験豊富なシデン・レイラだからこそ成せる、その知恵その美技。
銀と黄金のロングバレルの銃口にしゅーしゅーと良い白煙が立ち上る……。
ドガリッ……脅威の奇襲むなしくも地に打ち付けられた大物がだした、情けない音が地を揺らす。
そして何故か6つ腕を違い違いにパズルピースのように組み合わせ自分自身をハグするように──丸々となった灰色がいる。
しばし変なポーズそのままに…ほんの先程もらった赤一面の菱形のプレゼントを思い出しじっくりと味わうように起き上がった。
背筋を用い大鼠はまえに跳ねる、さっと二足で立った鼠は見上げている。
銃を放った衝撃で屋根に食い込んだ白の右ヒール、黒の左ヒール、とあるホームセンターで揃えた種類メーカー違いの二足。
石屋根に食い込んだ踵を引き上げ抜き、コツコツとつま先をうち元に整えた。
そしてどこから出したのか、尻とスウェットの間から出した──尻に敷かれたモノを叩き、黒いシルクハットにし被った。
さらにいつの間にやら、白黒ツートンの髪を耳より下に、二つに結んでいる。
髪型をチェンジ、鼠が眼鏡のお手入れをするのならばこちらも戦闘中にオメカシイメチェンで対抗を。大人かわいいツインテールスタイルで。
シデン・レイラはシルクハットの前鍔を斜めにし表情にカゲをつくる、細い煙突に細身をもたれながら、口をひらいた。
「やぁ、たとえばひょんなことからてにいれた…。みどりのポッケにヒトツあった賢者の石に人はねがう。そして、にょっきり!ねんがんの六つ腕を手にし手にハイハイしたのなら…ラーメン。カレー。かき氷。クレープ。シチュー。チューペット。ゆめの同時食いに挑戦するのさ」
「フフフフ、道化師と死合うのははじめてですが……そのつかみどころのない動き、合格です。フフフフフフフさて、わたしが大いに学べるあなたの減らない減らず口はあといくつホドですかねェェェフフフフフチュゥゥゥゥィ────」
灰色の人形に突き刺さった数多の赤いトゲは、ぶるぶるとシバリングし急に一回り膨らんだ灰色肌に押され吹き飛んでいった。
割れ、鼻かけ部の折れた丸眼鏡をくしゃりと握り潰し、同時に色違いで新品の丸眼鏡を別の手でその長鼻に掛けハメた。
オメカシにはオメカシを、減らず口にはうずうずを握りしめた鉄拳を。
また一段その体躯をビルドアップさせた大鼠は、道化師に飛びついていった。
突然に吹いた、さわがしい風と風がまたぶつかり合い、
やぶれたシルクハットがひらひらと落ちていく────
「ご、牛頭さん…アレ、ナニやってたか……見えたっす…か」
「おぉー。ばっちしらくてんかいと、もっちょり」
「マジすか?? 俺には全然…もしかしたら俺とやってたときよりあの鼠さらに速くなってるのかもしれない……でもソレを撃ち落とした…シデン・レイラさんの方が勝ってる?? とにかく、す、すごすぎる…! たしかに俺なんかが今あそこにいたら…エスコート?どころか…邪魔でしか……」
「屋根の上シルクハットとツインテール、ばっちしもっちょり見えてる。らくてんかいとあそこだよ目と耳でよくみて」
「えっと…それは俺にもさっきから……(耳…?)アッまたッ──!!!」
「らくてんかいとちょっこしうるさい。わからずや──いっしょに牛頭梢の2ターン後に集中…でぇす」
「え、?? す、すんません…?」