雷夏先生とゆく、緑蜜高等学校ダンジョン部!!! 作:山下敬雄
瞬く間に過ぎていった時の針が、緑のジャージの左をジワリ赤く染め上げた。
その紫の悪魔を模したツギハギの人形を、久々すぎる痛みにすこし左に引き攣った顔で古井戸神子は見た。
「あたたた…なぁるほどね、わりとこの速さか、」
「ベアッハッハッハ見えなかろうミエナイ時を刻まれるのはさぁぁぞ恐かろう! 数多の時間を圧縮して解き放つ我の
悪魔人形は黒い針を丹念に舐めしゃぶり、付着していた血の味を笑いながら食していく。
常軌を逸した異様な光景にド神子は、頭をかきながら苦笑いを浮かべた。
「時間を圧縮? つまりどゆこと…? なにそれ、説明からしてヤァばいじゃん、あーてかネタばらしてんじゃん、訳分かっちゃったけど、はは、どすんの?、」
『ベアハハハバラしたところで我の呑み込んだ無限の時を止める術など世には存在せん、生きてきた時が違い生きている時が違うのだ! 貴様ごとき矮小なる存在がその小さな魂の灯火でいくら戯言をフカシ揺れ踊ろうと溶けゆく蝋燭の喚きにすぎんっっ超えられない時限の違いがわかったかカスめ』
黒い臍の緒をぐるぐるぎりぎりと反時計回りに回しながら、大口を開きえらくご機嫌な悪魔人形に、
「はぁー次元ねぇ、ま、そんなのさ、超えるまでもないじゃん、」
地に捨てあった珊瑚のインテリアは水を噴き出し小洒落たスタートダッシュをきる。濡れた柄は主の手元へと鮮やかに納まり────流れていく。
それは水の軌跡を引き、過ぎ去った。
一瞬に交差する紫と緑は──ワラう──嗤いながら歪みやがてわらう事もできないぐらいに喉が詰まる、狂ったように悪魔の臍の緒は時計回りに爆進を始めた。
描いていた水の線は地に同時に滴り落ちた。
首がぽすっと落ち、失せた首元から汚い赤い綿が噴き出していく。
「よーし、次ぃ、」
「ガッ──ぶ、馬鹿な…!??」
首とカラダが離れたしゃべる残骸に振り返った古井戸神子は、それよりもイヤに濡れた剣の柄を気にした。やはり幾度握ろうとしっくりこず苦笑うしかないのだ。
「あー、高卒だからわりとそういや馬鹿だわ、はは、ありゃ? じゃあド神子ってじみに──夏ちゃんより馬鹿? ──やぁばいわ、あっムスイはどうかな?」
やがて敗れた残骸は塵と失せていく……。
しかし再び屋敷を覆う肉壁は蠢き、──先程首を刎ねられたものと見目おなじな悪魔人形は慌てたように顕現した。
「おっ、また同じぬいぐるみきたんだけど、このゲーセンこれしか置いてないかんじ? まーちょっとはブス可愛いからド神子のぶん、ついでに夏ちゃん見舞いのぶんももらっとくか、」
「貴様ぁぁぁまさか我と同じ時限を! いやそんなハッ──」
「だから超えるまでもないんだって、」
「調子ぎっ」
「お調子は微妙、」
ぽすッと落ちた紫の熊の首がフタツ、胴体はみっともなく膝をつきながらハラ綿の断末魔を咲かせている。
片手で赤い埃を払いながら、黒い頭にのったかゆみを散らしていく。
新たな二閃を試し払った古井戸神子は、やはりどう握っても相変わらずしっくりと来ないフザケタ柄の握り心地に笑った。
「はは、無料のエロ剣ならこんなもんか、やぁばいわ────で、じごくざんだっけ? 時がどうたらっていう剣技ってさぁだいたいちょっと速いだけで、全部ウソばぁーっか、なんだわ、はは、ダンジョンにもいるのね。ときときじくうじくう病。はは、おもしろ、」
一向に時を超えられない時空剣術とやらに聞き覚え見覚えのある…ある道場の当主代行はこれに笑わずにはいられない。
むなしく床に突き刺さっているおおきな時間の針を3つ見つけ、また軽く女剣士は笑った。
幾度と嘲笑う女に、3度ものされ。3度も女のイカサマを見破れず時を失った。
そして、怒りを込めてギリギリとうごくおもちゃの人形のネジを巻くように、自身の針を巻き戻し巻き戻していく内に、悪魔人形は思い出せずにいた悪夢の一端をぼんやりと思い出した。
「キッサマぁぁぁ!!! まさか貴様ァ!? 時を圧し、思い出してきたぞ忌々しきアノ時ヲッ!」
「あ? なに、どしたトラウマ? まぁアレって食ってくための誇張だからさみんな分かってか知らなくてか道場にきてるしあんまり気にしなくていんじゃん、子供じゃないんだから、いっしょに免許かいでん取る? 宇都宮コースで、」
「ダマレっ!! 思い出したぞそのいつの間にか肉を斬られるそのイカれたハッタリ! 我の時限を奪ったその無駄口を! その穢れたオルラの色を…貴様かあああシロサヤああああ」
「し・ろ・さ・や?? ……おー、なるほど白蜜か、じじいの知り合い? まぁじ、こんなとこまでお散歩か、世話しなくても勝手に死ぬから大丈夫だと思ってたらやっぱボケてんねぇ、てかダンジョンにじじいいたんだ、はは、まじ、──意味不明だわそれ、」
機嫌を損ねた悪魔がいきなりあらぬ恨みをはじめましてで語ったと思えば、白鞘──白い鞘の秘刀名刀のひとつ【白蜜】のことをおそらく言っている。
古井戸神子は、あのじじいなら引退詐欺でやりかねないと笑うしかなかった。
『そうだ我の名はセカンドベアル、貴様ら下界のカスどもとは時限が──』
「セカンド──、ベアル? ごめん、まったく覚えてないわ、あー、いたっけそんな助っ人、セカンド、サード? カピバラ遊撃手、ごめん、だれ?、」
「もういいィィィ貴様はここで死んでおけッそして我の時限を返せくたばれオンナああああ」
いつの間にか肉壁から己のそっくりを増殖した、悪魔人形の群れは、素なのか恐れ知らずなのか口先から挑発を繰り返す独りの女に襲いかかった。
「いいねそういうシンプルなツッコミが一番たぁすかるわ、×○○。────きったない人形いっぱいゲットしたけど抱き枕のレギュラーにも微妙だなぁ、ウラカリでJKに売れるかな、はは、」
ごたごた……一斉に時のネジを巻き溜めかかった人形は、綿を散らして全て両断された。
一瞬だけ雷光を光らせ爆発的に内部レスポンスを上げた。それは速さ的には惜しみのない省エネの剣法で、手早く6、7と群がった製造クオリティの落ちた人形たちをあざやかに地に堕とし屠った。
しかししぶとい悪魔は仮初の人形の
『時の串刺しでしねえええええ』
「おー、荒れてる荒れてる。ってもうトキ関係ないじゃん、こんなときは【ライジングクレープフィールド】っと、(今命名)──あ、しまった夏ちゃんはライトニングか、はは、こっちの方がイカしてんね、結果オーラオーライ、」
時の串刺し、怒りに任せたその部屋全体の様相を無数に尖らせた避けるのもハードな全方位攻撃を凌ぐには、
全方位のガードを展開すればいい。
勢いよく床に突き刺した剣から広がった白い円形フィールドがバチバチと轟き、出鱈目な針に合わせて出鱈目に拡散する白き聖なる豪雷がスベテを打ち砕く。
部屋全体を焼いた……じゃじゃ馬娘が見せたどこかのだれかとだれかの技をツギハギしたアレンジ技は、
『べガァあああああああ』
当然のように敵に直撃。怒りに任せて守りを疎かにしていた胃袋に聖なる雷撃が穴を開け、マヌケな悪魔が呻き叫ぶ。
「おーガードボタン押しただけなのに気ぃ抜いて効いてるみたいラッキー、──ってことでおつかれ、エロ剣もういらないよ、そこでシコって待ってな。つぎは…あー、そういやこいつらもいたなぁイケるか、エロい二刀流、」
珊瑚の剣は、ひどくひび割れ焼き焦げながらも地に突き刺さり踏ん張っている。
しかし壊れかけの剣に価値はない、ド神子はドライだ。壊れる事を許さず壊れかけでその場に放置することにした。
そして次に取り出したこれまた勝手に彼女についてきたレアチップ──貝殻の剣、鱗の剣。これまた個性豊かな水の息吹を感じる柄を両手に握りしめた。
「エロは深海にひそむ……ツキヤマつっこんで、よっと!」
とりあえずド神子は焼け焦げた部屋が焼け落ちる前に走った。
見知らぬ廊下を駆け抜けていく、左の肉壁からのそり…苦し紛れに配置した鼠の行列を水の一閃、二閃で両断しながら勝手気ままに横断していく。
「てかド神子でシコりすぎなんだけど。まじ握り心地独特3姉妹。ダンジョンってほんと変なのしかいないよね。んーなぁんかパクれる技あったっけなぁ、魚属性に×ボタンはもたないか…めんどっちぃなどっちぃド神子…んーと、あ、そだ、高飛車な槍、【
ただ斬るだけでは相変わらずダンジョンは効率が悪い。
思い出したのは遠い思い出、伸びる槍や勇敢に回り続ける大車輪…印象に残る金色の豊かな巻き髪。
脳裏に浮かんだそのおぼろげなシーンを真似するように両手の二刀を器用に振り回し回転させながら流れ始めた水のオーラに水車は駆け抜けていく。
やがて凄まじい斬れ味を得た水のカッターは二輪の轍を描き、立ち塞がる出来の悪い人形のモンスターを物ともせず、ただ部屋から部屋、天から天を走る。
鼠屋敷の中を元気に跳ね回る水車は、おおきな屋敷のマップを隅から隅まで埋める勢いで効率よくダメージを刻んでいく。
中から構造物を刻まれ肉を刻まれる、マヌケな小娘を一匹捕らえたはずがこれではどちらがマヌケか分からない。
「トマッッ──」
「おーおーなかなかいいじゃん、やっぱみんな天才だわ、はは、ド神子ドライブいくよ、ドベアル!」
「貴様ァトマれえええええええ」
「駐車はまだ先なんだわ、」
古井戸神子は止まらない。悪魔の指示に逆らい、その水飛沫吹き上げる両輪が止まることはない。
溢れて止まらない水のオーラは部屋という部屋を刻み尽くし──やがて厚い悪魔の肉の天を裂きひさびさの陽光射す外へと登りつめた。
「よっとぉ、到着────アレ、ない?」
やっとのことで悪魔屋敷の外に出たはいいものの、しかし目指していたそこにあるはずの鼠色をした本丸が見当たらない。
屋上にトマった…鳩が豆鉄砲を食らった顔をしていると、辺りが素早く翳っていく、
『馬鹿めええええ』
数多のレンガで作り上げた左腕を屋上に力任せに振り下ろした。爆発させたフラストレーションと、
『マヌケめええええ』
布でツギハギした異様で巨大な紫、獲物が出てくるのを爪を研ぎ布を縫い待っていた悪魔の右腕を、狂気と怒りを込めて突き刺す──
不意に翳った予想外も、回りつづけた想定内。そのまま思考を回転させ、勢いがつきすぎた水輪をとりあえず二つ投げつけてこれを迎撃。
オーラ量と威力十分に悪魔屋敷の両腕、馬鹿とマヌケに迫る手を切り裂いた。
しかし息つく一件落着とはいかず、
周囲視界を散りばめ覆う────
崩れ落ちる腕は数多のレンガ礫、さらに裂かれた人形の腕は混じり合う赤い綿の目眩しとなり、これが小娘に最も有効であると悪魔は勝算を組み立てていた。
同時に足場から生えた針という時計の針が、彼女を串刺しにしようと襲い、彼女を守護するバチバチと雷鳴唸る白い円形に消されていく。
物量、物量、このフザケタ仮初の図体をどうせなら余す事なく全て使い数で押しツブツ、圧し潰す。
そして弱まり縮まった白い円形フィールドに、荒れに荒れる視界を切り裂き本命のご尊顔が牙を剥いた。
「時後求の悪魔、我セカンドベアルに呑まれろハッタリがああああああああ」
大口を開けた鼠の巨顔が丸呑みにしようとしている。
近付く、
近付く、
肌色の多くなった緑ジャージの背は振り向く、
悪魔の腕が口内で蠢く、その悍ましい光景に──一瞬の雷は飛び込んだ。
刻む刻む、たとえ悪魔にその身を単身呑み込まれようとも、己に流れる時は流れ続ける。
それは何者よりも速い、神にも届く、悪魔にも牙を剥きその肉を引き裂く、時空を超えうる剣術。
「ハッタリでいいじゃない、ド神子だよ、」
その一瞬に幾度も斬った後も轟き重ね咲いた雷は、悪魔の口内を腕々をズタボロに切り裂きつづけ、やがて悪魔が乗り移っていた鼠の巨顔のウシロを突き破った。
わたわたバチパチと口内味蕾で弾けるは、雷味の遅れて咲き誇りつづける斬撃の重奏。
時間の針を模した鼠の髭はぐにゃりとおかしな顔をして歪んでいき、悪魔らしい奇怪な断末魔を喚きあげながら────
「おっ、今のなかなかいいじゃん。あー…………これもそういやなんだっけ────冬牙、アイツか、────────」
鼠の鳴き声とともに、崩れ落ちていく……時と魂の失せた大屋敷。膨らみすぎた風船が内側から圧され破裂するようにその巨顔は散り……。
彼女は握る黒紫の柄と月のように美しい秘刀の刃を眺める。この身に余った余韻はなんであるか、このバチバチの感覚は、設計図は、知っている…アイツが考えアイツの残した技。
古井戸神子はこののこされた厄介な懐かしさにしばし抱かれながら崩壊したソラを、優雅に堕ちていった。
ブロック作りの魔王城にて身勝手な勇者雷夏、爆睡から目覚めたお姫様ムスイの、大ボスである王牛との最終決戦はいよいよ大詰めを迎えていた。
ふんわりと盛り上がったピンクッションの背から射出された針々は宙を飛び交い、多角から鋭く攻め立て2人を貫こうと躍起になっている。
2人の女剣士は火花オーラを散らしながら集りつづける硬い針を剣でへし折り弾く。
しかしこれがモンスターの本命ではないのは見て取れる明らか。遠隔から針を精密にオーラ操作し激しく攻め立て2人を寄せ付けないでいた王牛は隙を見て何本かの針を帰らせ、自身の右肩にそれをブッ刺した。
じわりじわりと綿は膨らみ増え、針はひとりでに糸を縫い合わせていき…失った形を取り戻そうと、
「【爆雷斬】!!!」
厄介な針の包囲網を潜り抜けた雷夏はすかさず再生を始めていた王牛の腕に爆雷の剣撃をお見舞いしてこれを阻止した。
笑い顔を浮かべる青髪に、思惑を阻止され面を喰らった王牛は──ニヤリ、真逆の形相へと変えた。
牛顔の口に含み残していた隠し針が、唾吐くように鋭く放たれ雷夏の心臓を狙う。
いってん驚いた雷夏は空中で鋭いこれを手掴みなんとか胸元一寸のところで反応した。雷オーラを纏わせた手で危機一髪、命を狙った隠し針を粉砕。
どたばたと慌ただしく着地したところに、着地を狙い横から迫るおおきな足払い。これを後ろに跳びながら避け今度は飛んだところに、かわいらしいピンクッションの背から放たれる針の風がお見舞いされる。
槍に持ち替えた雷夏は、
「んやそういうっ! 【婆沌永遠水車】!」
雷槍を回しながら迫る針のショットガンにただしいコマンドで対応していく。
両者はげしく切り替わる攻防の果てにやがて、せわしく風を切る音が止んだ──────。
「おい、何を一人でおかしな踊りをしている。アレは見るからに肉を斬らせての囮だろう、牛の頭に負けているぞ。どうやらヤツは追っつかない燃費の悪そうな再生よりもそれを餌に利用した攻めにも転じたようだぞ、あと針から出る糸に服を縫われるのだけは気を付けておけ、ヤツの変な執着だ、避けるなら最後まで避けろ斬るなら全部斬れ。お前は目先だけで足元不注意そうだから──ナッッ」
赤髪は地に突き刺さった針から青いジャージの左脚部に巻き付いた糸を水剣で断ち切り、尻餅をついた青髪の手を取り力強く引っ張り起こした。
謎の花柄刺繍が施され元に縫われたジャージの左脚に、落ちてる槍を拾いながら雷夏は苦笑い。
「んやんやなるほどぉぬかったぬかったはは! って全部夏ちゃんがヤラれたあとの後出し情報じゃないかムゥちゃん、まったくぅぅ。まぁまぁ説教もホドホドにぃ、あちらさんもおもしろくなってきたところ! そしてのこすところは! …後一息だなぁ」
「あぁ、ここまでやって腕なしで笑うわけのわからんヘンな牛のボスに負けたら一生の恥だぞヘンな勇者」
「はは、わかっ──」
剣を手に取り槍を巨大なモンスターに向ける。これからいよいよ決着が着きそうな熱い予感を携え、──目撃した。
〝べたん。〟
天に穴が空き、白い巨柱が舞い降りた。
ステンドグラスのように彩っていたクリアブロックは粉々と突風に散り、地のブロックと王座を砕き沈み込む重い二足。
やがてはっきりと見える、人間の一目には収まらない…白帽に白い巨体、黒い子牛を叩き潰したおおきな白い平手。
黒い綿が突風に押され、王の間に広がっていく。
部屋の空気を塗り替える黒いカゼに現れた白い巨人を2人は黙したまま見つめ。やがてムスイは隣の青髪に目を合わせず口を開き、淡々とことばを発した。
「……そういえばあのお前に似た面をした中ボスが言っていたな雷夏。弱小モンスターが少し骨のある帽子被りの巨人のおこぼれから下剋上したと…」
「ははは…下剋上システムがあるならそのまたお上のお殿様がいるということだなっ。だから言ったろぅ?ダンジョンは思っているよりずっとひろい…つまりダンジョンセカイ! ようこそダンジョンへ眠りは覚めたかなお姫様!」
「ふざけるな! 今度は…瞬きも許されそうもないヤツが嗅ぎつけてきたみたいだぞ。お前のよく言う絶対的の果てとやらがコレか? お前はまだアレと遊びたいか?」
ムスイはなおも目を合わせない、聳え立つおおき過ぎる横槍に視線を逸らさずにいる。
「んや夏ちゃん的にはまだまだ余裕の夏ちゃんだが……とりあえず魔王城から脱出ー!!!」
「お前にしてはいい案だ! ノッタッ! 急げッッ!!!」
2人はゆっくりと、笑う目と厳しい目つきを見合わせた。
そして、聳え立つおおきな帽子の鍔がこちらに向いた白に対して2人の取ったコマンドは──逃走。
目の前の光景は笑い事ではなく、明らかに異様──にデカい。漁夫の利とはいえ平手のイチゲキで屠られた王牛その光景に、募らせた危機感を解放。取るべき行動を取り素早く背を見せながら足音を立て脱していく。
のそりのそり、破砕したブロック床に埋まった巨足を白い巨人はゆっくりと上げていく。
揺らり崩れゆく予感が立ち込める城の…閉ざされた扉を斬り裂き、ジャージと道着の剣士たちはとにかく外へと急いだ。
▽
▽
────鼠屋敷は跡形もなく崩壊した。
見知らぬ悪魔を討ち取り、ソラから舞い降りた古井戸神子は颯爽と駆けつけたシデン・レイラにお姫様キャッチされ無事を得た。
それからは、あわただしい足音と少年少女たちのよぶ声、騒がしい勝ち鬨が上がり、だれかとだれかのハイタッチがバチバチとこだました。
言い渡された役目を見事にやり遂げた…古井戸神子の気分は悪いものではなかった。なつかしくもあり、目的もなくひとりで剣を振るい流す汗よりはこの汗は……なにかを目指してともにふける部活動のようで悪くはない。
やがて、難局を乗り切り生き残った一行は真のボス級を討ったからかこれ以上訪れることのなかったモンスターの気配に荷物をまとめ上げた。
きっかりこれ以上の悪運はなく全員分。7つの切符チップを荒れた地を探索しながら集め終え、そのうちの黄色い1つを駆けつけてきた青年が、ひとり荒れ果てた彼方を見つめたたずむ彼女に手渡した。
「おーあったかナイスぅ。つごうよくできてんねーダンジョン。──あー、あと、先行ってて、毛布くんたち、ちょっと放置して消えたエロ剣探すわ、」
「え、えっとなるほど…わかりました! シデンレイラさんたちにそう伝えておきますけど……あのぉなんか聞いた話だと先生たちもやっぱりどっかに巻き込まれてるんすよね? アッチにもあのしゃべる屋敷や腕いっぱいのボス鼠がいるなら…やっぱ援軍を急がないと…」
「あ? あー、そういやド神子もそだったね。あーーでも青い鳥がさ、ぴーちくぱーちく睨んでたの、こっちのルートだったから大丈夫じゃない?、夏ちゃんもド神子とおそろいボタンで若干的に強くなったし、ムスイもなんかいつのまにかオーラのコツべらぼぅに掴んでるしねぇ、あの2人は強いよ、わたしより。」
「青い鳥……あーあのダンジョンで飼ってる…(たしかに俺も月山さんのときに…同じかんじだったような)そ、そっすよね? 先生とムスイさんは俺たちなんかよりかなり…強いっすもんね? あはは、あもちろんシデンレイラさんや! ド神子さんもかなり別格っすけど! こんなの俺じゃぁどうしようもなかったですし…あはは…」
「おー、いちいちアイコだしてフォローするのさすがだわ無限毛布くん、はは、えいえーーい、」
「え、ちょ、痛、ありが、と、ございます?? いたっ…」
真顔の女から突然繰り出されるチョップに、両腕のガード上からでも頭頂を打たれ続ける海都は戸惑いながらも痛みながら礼をした。
「あーでも、しゃべるチューチューハウス。アレ相手だと若干的な夏ちゃんじゃちょっと荷が重いかも? はは、」
「ええ!?? 荷が…じゃ、じゃあ急がないと! あのっ! ド神子さんも!」
「ウソだけど、」
「え…?」
「はは、わりとおもしろすぎだわ、反応、あんなヘンタイチューチューハウスがふたつあったらド神子もさぁすがに観念してシコられてのっとられるわ、はは、」
さらに唐突すぎる危機を示す発言に、唐突すぎる嘘──転じて笑い。
海都の心臓の鼓動の速さは、左右に揺さぶるド神子の厄介なトークのストロークに振り回され、やっと溜めた息をついた。
「のっとられ…? はぁ……じゃあ」
「てかながい、さっさと行きなド神子お姉さんはレアいエロ剣さがしでいっそがしいの、──あっ、そういやあのクレープまじ美味かったわ、75てん、製作者につたえといて、」
「あ、はい! ──え、75!? てん…あの今、美味いってぇ……ハイ! 伝えときます! じゃ…俺もう行きます!」
「うぃー、おつかれ、エロ盾も、ってまた死んだ? はは、」
海都は苦笑いしながら頷き、急いで待つ皆の元へと駆けていった。
やがてその背がちいさくなり──集まった6人は一点をのぞいた忘れ物がないかを確認したあとに切符チップをきり、用の無くなったこの場から失せていった。
女は腰に両手を当てぼーっとたたずむ。
それをひとり、たしかに見届けた。
「そこそこにはヤバかったんだけどね、結果はてぃーーん。フツウに誰も死ななかった。──うぃーーぃ。てことはアイツら4人いや夏ちゃんぬいてぇ…冬牙に、ヤリバラに、ヘンなのすすめてくるヘンなの、の3人か? なぁんで死んだんだろ────そんなよぉわかったっけ。はは、いみふめいなヘンタイチューチューハウスでこれだもんね、調子乗ってもっとヤぁばいの引いたかな。──はは、ヤァばい、涙ってェミジンもでないらしい。それよりじじいは何やってんだか、どうせ天とか剣がどうたらでかんがえるだけブドウ糖だろうけどっ、よっと、よっと、あのエロ剣はっと、」
答えのない物思いにふけていた古井戸神子は、そよ風に吹かれた黒髪をぐしゃぐしゃとかきみだしながら整えた。
もう疑問に出す言葉も思い出したうすい思い出もそれ程もなく出し尽くし、これ以上かんがえるだけ厄介な青春というあやふやな名の迷宮に迷いこむだけなので、──彼女はまた歩き始めた。
とりあえず背を押されるそよ風にやわく乗りながら、珊瑚柄の剣をさがし歩きはじめて、────またたちどまる。
やはり、ニヤリと、彼女はしつこいその気配に笑う。
チリも積もれば……再生していく悪魔はカタチを成す。
カタチを成す……壊れた鼠屋敷の悪魔は壊れたことでより自由を取り戻し、散らばるステージのチリを固めてまた聳え立つ。
チリを集めて嗤う熊耳の悪魔はかわいらしいものだ。
勝ち誇るように鎮座するモザイク柄のおおきな熊のぬいぐるみに、彼女は顕現させた赤い鞘からさっとツルギを抜いた。
「んじゃぁ、」
「神牙流秘刀秘技────」
「【クリティカルショット】」
切先をするどく伸ばした────
切先の先の閃光に────
ダンジョン部、古井戸神子は笑った。