雷夏先生とゆく、緑蜜高等学校ダンジョン部!!! 作:山下敬雄
〝ここでもクレープがつくれる!〟
まわりの些事を見失うほどの少年の熱意の方向は何故かどんどんと後先を考えない深みへとはまっていく。クレープのこととなると彼はダンジョンでの戦闘同様に熱くなってしまうようだ。
ウィスク(ホイッパー)でなめらかになるまで混ぜたが、手応えはいつもとちがう。
ボウルに混ざった液に指をつけ、そのまま味わう……生のままでもそれだけで焼くまでもなく〝いつもとちがう〟ことは彼のもつ舌にとって歴然であった。
「なんやうまいいってないみたいやな」
そんな彼の表情はその背からでもわかる。
ひょこっと静かに現れた鯛貝笑海貝長のエベザリスはエプロン姿の海都へと声をかけた。
「すんません……やっぱり生地の方がどうしても。なかなか……」
鯛貝笑海の洞、その奥にある天然の冷蔵部屋に保管されていた食材を試食しながらあつかうも。できた試作品5号は納得できるクレープ液には程遠いものであった。
やはりクレープ液が美味しくなければ、焼き上げたそのクレープはただ具材を巻いただけの外側。
四苦八苦あの手この手で未知の食材の分量を調整しかきまぜるも味はかきまぜた混沌、このままではとても客に食べてもらえるしろものではない。
材料を分けてもらえることになった僥倖もすぐまた第二の壁にぶち当たってしまう。
魚のすり身を用いるや貝でどうにかミルク感を出そうとするもそう簡単に持参したクレープ液の代用品を見つけることはできなかった。
「ならここ、いってみるとええわ」
そうなると見越して用意でもしていたのか、エベザリスは余裕そうに彼の落ち込み様にもすぐさままた別の餌を投げ入れた。
きょとんとした表情の海都は、その丸まった紙の縛りをときおそるおそる広げていく。
ひろげ伸ばしたそれは宝のありかか。手にした赤く丸印のつけられたわかりやすい海図を海都は訝しみ見た。
▼
▽
ここは一体なんなのか。
娯闘海から海図の案内通りに抜け出し、秘密の海流にのりたどり着いた秘密の小海には。
おおきなおおきなクラゲが幾多も浮かんでいた。
海都は思わず口をあんぐりとあけ、呼吸を忘れる。
透明クラゲがミドリの芽吹きをその中に秘めて、ぷかぷかとそれは優雅に浮かんでいるのだ。
そんな光景見たことあるはずもない。
幻想的というよりは脳の理解のおよばないミステリアス。
あるはずのない不可解な光景が夢のようにおおきくおおきく幾多もただよっていた。
「こっ、これはなんだろう……かいそ──んぶ!??」
とつぜん水中での呼吸が乱れ、水を直接飲み込んでしまった海都は慌て呼吸を正す。
やがてなんとか自力で落ち着きを取り戻した────不注意不慣れ…水にすっかり慣れたつもりで過信していたのか……苦しんだ顔を元に見上げ、今一度彼がクラゲたちを眺めようとしたそのとき────
「海藻ちがうよ。野菜やよ」
「どわっ!?? って、え???? やさい??? くらげぇ……これがぁ…?? ──んぶぶ!??」
「〝シープラント〟へようこそ。みてたさっきから興味津々お茶の子さいさいって感じやよ? ──ん? 大丈夫? 酸素いる?」
小さな透明クラゲを頭に帽子のように被る。
緑色づく髪が海藻のようにウェーブしながら揺れている。
そのみずみずしいトマト色の瞳はまっすぐにみつめる至近距離。
顔をやさしく未知の両手に挟まれて、吐息の泡粒が当たり、不思議そうにすこしひらいた彼女の唇がなぜかなぜか距離感がバグったように近い。初対面の距離にしては過去イチニに近い。
驚き、恥ずかし、苦悶する……いっしょくたになったカオスな状況に────
ぶくぶくと水泡をあわただしく吹かし上げながら、苦しそうな楽天海都は首を小刻みに横に振った。