※この作品はR-18です。

受難少年   作:微熱@

5 / 6
 アスカを追いかけて帰宅したシンジは、彼女に拒絶され失意の中、レイのマンションに向かう。


受難少年(5)

「アスカ、帰ってるかな?」

 

 エレベーターの中で、シンジはひとりつぶやいた。あの後、アスカを捜したのだが、校内にその姿は無かった。

 目的の階数になりエレベーターが止まる。扉が開いて、シンジは歩き出した。横目で見る眼下の眺めは、眩しい日差しに照らされている。

 

「まだお昼だもんね」

 

 たださえエヴァの訓練や実験で置いて行かれ気味の授業が、これでまた進んでしまうかと思うと鬱な気持ちになるが、今はそれよりもアスカの行方が気になる。

 自宅の玄関前にたどり着き、オープンボタンを押したシンジは首を捻った。

 

「あれ……ロックされてる。アスカ、いないのかな?」

 

 とりあえず中を確認しようと、シンジはカードキーを取り出して扉を開いた。短い電子音がした後で、扉が横にスライドして行く――

 

「――っ!」

 

 シンジは、声にならない悲鳴を上げた。

 アスカが目の前に仁王立ちしている。

 

「なにしにきたのよ」

 

 アスカは、ぶっきらぼうに言い放った。

 

「な、なにしにって……アスカのことが気になって……」

「私ならここにいるわよ。おかげさまでいたって元気よ。これで満足?」

 

 きっぱりと言われてしまい。自分でもアスカを探して、なにがしたかったのか分からなくなってしまう。シンジは言葉を捜しながら続けた。

 

「だから……その…謝りたくて……」

「ふっ、あんた馬鹿?」

 

 顔を和らげて、アスカは鼻で笑った。意味が分からず、聞き返す。

 

「えっ」

「なんで、あんたがあやまんのよっ!」

 

 シンジはアスカの怒声を正面から受けた。

 

「私が勝手に勝負して、勝手に負けたのよっ。それで、なんであんたがあやまんのよ?」

「それは……」

「哀れんでるつもり? あんたなんかに情けを掛けられるほど、私は落ちぶれちゃいないわよ!」

 

 何とか言い繕おうとするが、とりつくしまもない。

 

「あんた、ファーストの奴隷なんでしょ。あいつの所へ行けばいいじゃない。せいぜい可愛がってもらうのね。今日からあんたのうじうじした顔見ないですむかと思うと、清々するわよ」

 

 アスカはそこまで一気に言うと、扉を閉めてしまう。

 

「ちょっ、アスカッ!」

 

 シンジの叫び声は扉に遮られた。

 すぐに扉がロックされる。キーはあるのだから、鍵を閉められても何度だって扉を開けることはできる。けれど――

 シンジは、閉められた扉と手に持っているカードキーとをしばらく交互に見つめ、そして扉に背を向けた。

 

 

 扉に背を預け見上げていた空は、いつの間にかすっかり傾いて、綺麗だがどこか陰鬱な橙色に染まっていた。気を緩めるとわけもなく涙が出てしまいそうな、そんな色。

 弁当を公園で食べ、本屋で時間を潰し、しばらく逡巡した後でシンジはその場所にいた。

 うち捨てられたとしか思えない廃墟のようなマンション。実際、一時間以上ここにいるというのに人と出くわすこともないし、声も聞こえない。生活の匂いさえ全くしなかった。

 それはこの建物だけでなく、辺りに建つ他のマンションも同じだった。ミサトの話だと第三新東京市建設時に作業員達の住居として利用されていた区域らしい。

 

(綾波は、なんでこんな所に一人でいるんだろう?)

 

 当然のように疑問に思うが、ミステリアスなレイの雰囲気には似合っているかもしれない。近所付き合いを親しくしている彼女の姿は、想像し難かった。そんな取り留めもないことを考えていると――

 カツン、カツンと、階段から靴音が聞こえてくる。

 シンジは身を起こして、階段の方を注視した。

 すぐにレイが姿を見せた。彼女はシンジを見つけると、一度目をしばたかせたが後は無言のまま歩いてくる。

 

「あ、綾波、あの、僕……」

 

 傍らまできたレイにシンジから話しかけるが、彼女はシンジの方を見もせずに鍵穴にキー――カードではない――を差し込み、ドアを解錠する。

 レイの態度にシンジは慌てた。学校を抜け出すときに、レイには止められている。

 

「いきなりで、迷惑だとは、思うんだけど……」

 

 突然、レイが振り返る。シンジは息を飲んで、緊張に耐えた。

 数秒、沈黙を置いてから、

 

「泊めて欲しいんでしょ。いいわ、入って」

 レイは中に入るよう、シンジを視線で促した。

 ほっと、胸をなで下ろす。シンジは、レイがなにも聞かずに泊めてくれることに感謝した。

 

「う、うん、ありがとう……」

 

 シンジはレイの後に続いて部屋に入った。

 

「お邪魔します」

「少し散らかってるけど」

 

 レイはそう言ったが、見回した部屋の中は一般的な散らかり方とはだいぶ違う――少なくともシンジが初めて訪れた時のミサトの部屋とは。そもそも散らかるほどには、物がない。パイプベット、ワンドアの冷蔵庫、テーブルに椅子が二脚。家具と呼べる物はそれくらいだ。ただ、椅子の背に靴下が引っ掛けてあったり、冷蔵庫の上に薬がばらまかれていたり、テーブルに汚れた包帯が転がっていたりする。

 パチッ、と照明のスイッチが入れられる。蛍光灯が明滅し光が灯る。白色が強く、寒々しくも思える明かりだ。

 

(もっと暖かい色のにすればいいのに)

 

 余計なお節介だと思うが考えてしまう。寒色系の明かりと暖色系の明かりでは、たとえば料理にしても感じ方がまるで違ってしまう。

 レイの部屋は、打ちっ放しの天井や壁紙の張られていない壁に至るまで、全てが無機質で無造作に存在しているようにシンジは見えた。

 

「そうだ。綾波って、あまり料理とかしないよね……よかったら、夕食、僕が作るけど、この辺ってスーパーどこにあるのかな?」

 

 間を保たせようと言ってみるが、レイの言葉はシンジを突き放した。

 

「そんなことをするために、ここにきたわけじゃないんでしょ」

 

 シンジの胸の内を見透かすようにレイが言う――いや、実際見透かされているのだろう。間違いなく。

 

「私も、そんなことのために、あなたを部屋に入れたわけじゃないわ」

 

 冷淡とも感じられるレイの口調に、シンジは押し黙った。レイが自分を部屋に招き入れた理由――それは努めて考えないようにしていたが、昨日今日の出来事から簡単に予測できてしまいもした。

 

(違う……綾波は、そんなんじゃ……)

 

 心の中で自分の考えを否定するが、次のレイの言葉を決定的だった。

 

「服を脱いで」 

「な、なに言ってるの……?」

 

 シンジはごまかし笑いした。冗談だよね、と続けようとして、レイの目が本気であることに気づき言えなくなってしまう。

 

「命令よ。服を脱いで」

 

 レイは繰り返した。

 

「なんでだよ……どうしてそんなこと言うのさ!」

 

 我知らずシンジは声を荒げてしまっていた。

 それに対するレイの答えは、明確だった。

 

「あなたは私の奴隷だからよ」

 

 勝負の勝者がシンジの所有者になる。それはアスカとレイが決めたことで、シンジ自身が認めた事ではない。否定することもできなかったが。

 

「僕は奴隷なんかじゃない……」

 

 シンジは弱々しく、うめくように言った。ここで抗えなければ、本当の〝奴隷〟になってしまいそうな気がする。

 

「嫌なら出ていって」

 

 レイは顔色一つ変えず、シンジに告げた。

(そんな……) 

 

 今日は――今日だけはアスカのいる家に帰りたくなかった。逃げているだけなのは自覚している。明日になっても事態が好転するわけではないことも。それでも存在を否定されてしまうことは嫌だった。嫌で嫌で堪らなかった。

 

「脱ぐの? 脱がないの?」

 

 レイが答えを迫る。

 〝大きな嫌〟を回避するために〝小さな嫌〟を受け入れる。人生にはその選択しかない。すくなくともシンジには、他に無かった。

 

(しかたないよ……しかたないんだ。これまでだって、そうしてきたんだから)

 

 何度も言い訳して、正当化して、シンジは震える手でズボンのベルトを外した。

 ズボンから足を抜いて、下を向いてレイの方を見ないようにしながら、次にワイシャツのボタンを一つ一つ外していく。下に着ていたTシャツも脱いで、アスカに「なまっちろい」と表された肌が露出したところで、シンジは恐る恐る顔を上げた。

 残っている衣服は、真っ白なブリーフと靴下だけだ。

 

「どうしたの? まだ残ってるわ」

「あ、綾波……」

 シンジは瞳に力を込めて必死に訴えかけたが、レイは許しの言葉をかけてはくれない。しかたなくシンジは、まずは靴下に手を掛けた。と、

 

「待って。靴下は脱がなくていいわ。」

 

 レイの意図は分からなかったが、命令に逆らうのを諦めたシンジはブリーフをゆっくりと脱いだ。

 

「ふふっ、思った通り滑稽ね。奴隷にはとても似合っているわ」

 

 レイは満足そうに、笑った。確かに、性器を含め全てを晒しているというのに靴下だけきちんと履いているシンジの姿は、酷く間が抜けていて惨めだった。

 

(酷いよ……こんなの…裸よりも恥ずかしいじゃないか……)

 

 シンジはレイを恨みに思った。羞恥のために全身が火照って朱に染まる。特に胸の奥が熱かった。

 

「後ろを向いて」

 

 命令に従ってシンジは後ろを向いた。

 

「お尻も男の子とは思えないくらい綺麗よ、碇君」

 

 レイの言葉が背後から突き刺さる。シンジは自身の肉体の変化に気づいた。

 

(なっ!? なんで……?)

 

「いいわ、前を向いて」

 

 言われても、シンジはすぐに向き直れなかった。

 

「? もう一度言うわ。前を向いて。それともその格好のまま表に出されたいの?」

 

 語気を強めてレイが言う。今のレイならば本当にそれをしかねないと思う。それでも、シンジはレイに体を向けられなかった。変化が鎮まってくれることをひたすら祈る。しかし、

 

「早くして!」

 

 レイに一喝されて、シンジは目を閉じて振り返った。

 くすくすと、レイの笑い声が聞こえる。股間は手で隠しているが、きっと分かってしまったに違いない。

 

「手をどけて」

 

 目をきつく閉じて、さらに横を向いてシンジは性器を守っていた手を離した。

 

「勃起してるわね」

「うぅ……」

 

 レイに言われるまでもなく当然知っていたが、認めたくはなかった。

 

(なんで、なんで膨張しちゃうんだよ……こんなの恥ずかしくて、嫌なだけなのに……)

 

「目を開けて、自分のおちんちんを見て」

 

 目を開いて見下ろした先には、想像以上に大きく膨らんだペニスが上を向いてそそり立っている。シンジはペニスを切り取ってしまいたいと思った。切り取って、これは自分の思考とは全く別個のものなのだと、そう主張したかった。

 

「ストリップをさせられて、靴下だけの姿にされて興奮しちゃったのね」

「ち、違うよっ」

 

 最後の気力を振り絞って否定する。

 

「違わないわ。教室でだって用具室でだって、嫌だと言いながら、あなたはおちんちんを大きくさせていたじゃない。碇君はマゾなのよ。変態よ」

 

「僕は変態なんかじゃないっ!」そう叫びたかった。しかし、マゾ、変態と呼ばれたシンジの性器はレイの言葉を肯定するように痛いくらいに硬さを増し、血管を浮き上がらせ、びくんびくんと脈打ちさえした。

 気がつくとシンジは涙を流していた。絶望で心が壊れてしまいそうだった。

 

「悲しいのね。自分がマゾで、そのことを認めなくてはいけないことが。でも泣く必要はないわ。変態だということは、普通よりも多くの快楽を得られるということなのよ」

 

 レイはシンジへと歩み寄り、涙を舌で舐めとった。不思議とそれで涙は止まった。

 レイはいったんシンジから離れると、椅子をシンジの前に置きそれに足を組んで座った。

 

「せっかく元気になったんだから、オナニーをして見せて。私が全部見てあげるから、おもいっきりね」

「な……」

 

 信じられない命令にシンジは言葉を失った。

 

「いつもしているんでしょ?」

「……」

 

 そんな質問に答えたくはなくて、シンジは黙ったままでいたが、

 

「答えて。どのくらいしているの?」

 

 レイはしつこく聞いてくる。シンジはしぶしぶと、正直に話した。

 

「……週に一回くらい」

「少ないわね。本当は、毎日しているんじゃないの?」

「ほ、ほんとだよ。すぐ近くにアスカやミサトさんがいるのに、そんなにできるわけないじゃないか」

 

 なおも訝しげなレイに、シンジは弁明した。自室にはいつアスカやミサトが入ってくるかもしれないし、浴室やトイレに長くいるのも怪しまれてしまう。使用後のティッシュの処理にさえ、シンジは気を遣っていた。

 

「そう。じゃあ、いつもみたいにしてみせて」

 

 レイに促され、シンジは半ば自棄気味に自らの陰茎を握った。ゆっくりと手を前後に動かし始める。

 

(無理矢理させられたって、気持ちいいはずない……)

 

 理性では間違いなくそう思うのだが、ペニスをしごくたびに快楽が脳を刺激した。自然と手の動きが早くなってしまう。

 

「する時は、なにをオカズにしているの?」

 

 レイの口から〝オカズ〟などという言葉が出ても、もはや驚きはない。シンジは手の動きを続けながら答えた。

 

「ケンスケから借りた写真集とか……」

 

 気まぐれで、シンジは遠慮したのだが強引に渡されたグラビアアイドルの写真集を見ながら、してしまったことは確かにあった。だが実を言えば――

 

「それだけ? 弐号機パイロットや葛城三佐のことを思ってしているんじゃないの?」

 

 考えていたことをレイに先読みされ、ぎくりとしながらシンジは言葉を返した。

 

「えっ……う、うん…た、たまにはね……」

 

 口ではそう言ったが、自慰をするときはアスカやミサト、それにレイの姿を想像してすることがほとんどだった。

 

「ふふっ、下着を盗って使ったりはしていないの?」

「そっ、そんなことするわけないじゃないかっ!」

 

 レイの発言に、シンジは手の動きも止めて叫んでいた。思った以上の大声にシンジ自身、驚いてしまう。

 葛城家の洗濯を一手に引き受けているシンジだ。洗濯前の下着を手にとって観察してみたい衝動に駆られたことはある。しかし、それを実行に移してしまったことは天地神明に誓って無かった。

 

「碇君らしいわね。それなら――」

 

 レイは微笑し、組んでいた足を解いて立ち上がった。おもむろにスカートの中に手をやり、

 

「私のを使ってもいいわ」

 

 ショーツを引き下ろすと、シンジの前に差し出した。

 一瞬ならず、シンジはレイの純白の下着に目を奪われた。それに気づき慌てて首を振る。

 

「い、い、いいよ」

「遠慮しなくてもいいのよ。それとも、私のじゃ嫌?」

「そ、そんなこと……ないけど」

「だったら」

 

 ほら、と言ってレイは下着を持った手を、さらにシンジに近づけた。

 眼の前にある薄布を見つめ、シンジは唾を飲み込んだ。それから、緩慢な動作でそれに手を伸ばす。

 

(しかたないよ。これも命令だもん……)

 

 言い訳でしかない。いつものように他人のせいにして、自分の欲望を満たそうとしている。そう思う――思うが、手は止まらない。

 触れたショーツは柔らかく、彼女の体温でほのかに暖かった。

 

「ふふっ」

 

 レイは、シンジの手にショーツを握らせる。

 

「……」

 

 シンジは、それを顔の高さに引き寄せて凝視した。手が震える。いや、体全体が微かに震えていた。

 両手を使って裏返すと、中心付近に純白の中でそこだけ違う色の筋が見つかる。

 ちらりとレイを伺うと、

 

「匂いを嗅いでもいいのよ」

 

 彼女は、甘く囁いた。

 

(だめだよ……そんなことしたら…ほんとに変態になっちゃうじゃないか……)

 

 シンジは理性を総動員させ、社会性と倫理観、さらにはわずかな信仰心まで持ち出して、どうにかすんでのところで欲望を抑えた。

 

(だいじょうぶ……下着の匂いなんか嗅ぎたくない……こんなのただの汚れだもん)

 

 だが、レイの言葉がシンジの脆い理性を破壊する。

 

「迷うことはないわ。あなたは私の奴隷で、変態なんだから」

 

(いいの……? 僕は綾波の奴隷で変態だから、してもいいの?)

 

 シンジはショーツを鼻に押し付けた。すえた匂いが鼻孔を犯す。

 

(これが綾波の匂い……)

 

 呼吸する度に、体の中心が熱を帯びる。シンジは、片手でショーツを押さえたまま、再びペニスをしごき始めた。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ」

 

 シンジの呼気が荒くなる。レイのショーツの匂い全てを体の中に取り込んでしまいたかった。

 

「あぁっ、気持ちいいっ。気持ちいいよぉ」

 

 目の前にレイがいることも忘れ、シンジは悦楽の声を出した。背徳感が興奮を加速する。汚れて墜ちていくことが心地よかった。

 かつてないほどに熱くたぎったペニスは、すぐに沸点を迎えた。

 

「はっ、ああっ、ああぁぁっ」

 

 ペニスの先端から白い欲望の塊が、勢いよく吐き出される。いくらかは間近にいたレイのスカートにあたり、白い筋を作った。

 シンジはその場に両膝をついた。射精した後だというのに、ペニスはいっこうに縮まる気配がない。自慰をした後に襲われる自己嫌悪も今はなかった。

 シンジは興奮が冷めやらぬまま、陶然とした眼差しでレイを見上げた。

 

「もう一回ね」

 

 レイの命令に、シンジは喜びを覚えた。

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 アスカはキャミソールにショートパンツというラフな格好で、テレビの前に横になり、見るとはなしにバラエティ番組を眺めていた。もとから笑うつもりが無いので、ちっとも笑えない。演出で挿入されている笑い声だけが虚しく居間に響く。

 壁に掛かってる時計を見やると、時刻は八時少し前だ。別になにかを待ってる訳ではないのだが、先ほどから時計に目をやる回数が増えてしまっている。気になることなど、なにもないのに。

 と、玄関でドアの開く音がして、アスカは身を固くした。平静を装いながら、意識を背後に向ける。だが――

 

「たっだいま~」

 

 聞こえてきたのは脳天気なミサトの声で、アスカは脱力した。緊張が解けてほっとするが、すこし残念にも思う。

 

(ふぅ……ん、なによ、私…がっかりしてるの……? そんなわけないじゃない!)

 

 が、アスカはその考えをすぐに振り払った。こんなのはちょっとした気の迷いだ。ちょっと長く一緒にいたせいで、いないのが落ち着かないのだ。すぐに慣れるに決まっている。

 

(そうよ、シンジなんて置物と同じよ。あんなやつのことなんて、知ったこっちゃないんだから!)

 

 そのうちにミサトが居間に入ってくる。

 

「ただいま、アスカ」

「おかえり、ミサト」

 

 胸中の葛藤を悟られぬよう、アスカは背中を向けたままぞんざいに挨拶した。

 

「ありゃ、シンちゃんは?」

 

 ミサトが、すっとんきょうな声を上げた。

 

「帰ってないわよ……」

 

 アスカは――変わらず背中を向けたまま――憮然と言った。

 

「えー、なんでよ? 今日の晩ご飯はシンちゃんの当番じゃない。楽しみで、日向君の飲みの誘い断って帰ってきたのよ、私」

 

 ミサトはいじけたように頬を膨らませた。もっとも夕食の当番は週五回シンジで、残りの二回もアスカやミサトがなんやかんやと理由を付けてやらせているので、ほぼ毎日なのだが。

 

「適当にあるもん食べればいいじゃない」

 

 ダイニングのテーブルには、アスカが食い散らかしたレトルト食品の残骸が散乱したままになっている。

 

「ええっ、嫌よ。シンちゃんの手料理に慣れちゃったら、レトルトになんて戻れないわよ~。ねえ、シンちゃんどこいっちゃったの? まさか――誘拐されたんじゃ。アスカ~、心当たりはないの?」

 

 ミサトがアスカの肩を揺すりながら、言う。冗談で言ってるのだろうが、今のアスカには鬱陶しいとしか思えない。

 

「知らないわよ。ファーストのところじゃないの?」

 

 アスカはミサトの手を払いのけながら、答えた。十中八九そうだろう。他にいく場所もないだろうし。

 

「なんで、シンちゃんがレイの所に……?」

「さあね、もう帰ってこないかもよ。いいじゃない。帰ってこなかったら、こなかったで。家事くらい私がやってやるわよ」」

 

 いい加減、会話を打ち切ろうと、アスカはここで初めて振り返り告げた。

 ミサトは顎に手を当てて目を上向かせ、考える素振りを見せた。しばらくして、ぽんと手を打つ。

 

「はは~ん、分かったわよ~。アスカったらシンちゃんとけんかして、『あんたなんか、レイのところへいっちゃえ』とか心にもないこと言っちゃったんでしょ。それで素直なシンちゃんが本当にレイのところへいっちゃったもんだから、やきもち――」

「馬鹿言ってんじゃないわよぉっ!」

 

 ミサトに最後まで言わせずに、アスカはあらん限りの声で怒鳴った。そのまま、耳を押さえているミサトの脇をすり抜けて、自室に駆け込む。

 ふすまをぴしゃりと締めて、アスカはベットにうつぶせに倒れ込んだ。

 

「ちょ、ちょっと、アスカ」

 

 ミサトの声が追いかけてくるが、部屋の中にまで入ってくることはないだろう。表面上は〝話せるお姉さん〟ぶっていても、一定以上、心の中に踏み込めない。ミサトは、そういう女だ。

 

(だから嫌いなのよ……)

 

 案の上、数回ノックの音がした後、声は止んだ。

 アスカは寝返りを打って、ぼんやりと天井を見上げた。

 

(あの馬鹿……ほんとにレイのところにいっちゃったわけ?)

 

 確かにアスカは、シンジにレイのところへいってしまえと言いはしたが、だからといって素直にそれに従うことはなかろうと思う。

 アスカは枕を手に取ると、天井に放り投げた。

 

(馬鹿じゃないの、あいつ? 本気で言っているかどうかくらい分かりなさいよ!)

 

 落ちてきた枕をおもいきり蹴り飛ばす。枕は壁に叩き付けられて、床に落ちた。

 

(人の言うことにただ黙って従うだけなんて――まあ、それがあいつの処世術なんでしょうけど――そんなのただの人形じゃない)

 

 シンジは、人に逆らわないことで波風を立てず自分が傷つかないようにしているつもりなのだろうが、そういった態度がいらいらする人間だっている。誰も傷つけずに、自分も傷つかずに生きることなんてできはしない。傷つきたくなかったら、自分が強くなるしかない。それが結果、他人を傷つけることになっても。

 

(ほんと…馬鹿よ……)

 

 アスカは、少しだけシンジを哀れに思った。傷つくことに臆病で、いつも他人の目ばかり気にしている。本来誰にでもいるはずの無条件に自己を肯定してくる者がいないから――自分の居場所がどこにもないから、〝ここ〟にいてもいい何かになろうと必死にもがいている。それはまるで――

 

「あぁ~~もぉっ、なんで私が馬鹿シンジのことで悩まなくちゃいけないのよ」

 

 アスカは陰鬱に支配されつつある思考を吹っ切ろうと、声に出して言った。

 

(もうシンジがどうなろうと、知ったこっちゃないわよ)

 

 毛布を頭まで被り、目を閉じる。嫌な気分の時はふて寝してしまうに限る。目が覚めれば、いつもの自分になっているはずだ。

 だが、

 

(――っ!)

 

 意識して考えないようにすれば、かえって無意識に思い浮かべてしまう。昼間の、レイがシンジの性器を咥えている映像が頭の中でフラッシュバックして、アスカは息を飲んだ。

 自然な流れで、今頃ふたりがなにをしているのかを考えてしまう。

 

(……きっと、シンジのやつが晩御飯作ったんでしょうね。ファーストは料理できそうもないし。で、あいつのことだから、部屋の掃除を始めたりして――)

 

 思考が望まぬ方向にいかぬように、アスカはあえてシンジがしそうな行動を子細に想像した。が、それも長くは続かない。

 

(それから……そうね…それから……えーと)

 

 アスカは目を閉じたまま、呻いた。

 

(お、お風呂に入って……って、お風呂!?)

 

 アスカはミスに舌打ちした。これは思い浮かべてはいけない単語だ。だが、明晰な頭脳は勝手に答えを導き出してしまう。入浴を済ませ、身を清めた男女ふたりがすることといったら――

 

(人形女のファーストと、根性なしのシンジがふたりきりでいたからって、どうにもなるわけないじゃない)

 

 以前であれば、そう一笑に付すこともできただろうが、昼間のレイの様子からいって間違いなく彼女は〝する〟だろう。シンジがそれに逆らえるはずもない。

 レイに騎上位で責めたてられるシンジの姿が、鮮明に脳裏に浮かび上がる。

 アスカは毛布を払いのけて、跳ね起きた。

 

「か、関係ないわよ。シンジとファーストが裸で抱き合おうが、セックスしようが。だいたい、シンジは昨日も教室で犯されたって言ってたじゃない」

 

 口ではそう言うのだが、頭の中ではシンジの喘ぎ声が響き続けていた。それがアスカの身体の芯を熱くする。

 アスカは、ショートパンツ越しに熱の中心を見下ろした。

 

「関係ないんだから……」

 

 またつぶやいて、ゆっくりとパンツを脱ぎ去る。淡いブルーのショーツには、薄っすらと染みができていた。

 アスカは染みのできている部分を、そっと指でなぞった。

 

「うぅく……」

 

 心地よさに声が漏れる。アスカは指の動きを繰り返した。

 

「関係ないわよ。私は性欲を処理するためにオナニーしてるだけで、シンジなんかとは何の関係もない……」

 

 関係ない。そう何度も弁解するが、シンジの嬌声は一層艶っぽさを増して耳元で聞こえる。

 手淫を続ける内に、ショーツは愛液を吸って染みを大きく広げていた。

 

「はぁっ」

 

 アスカは、もどかしくなりショーツをずり下ろした。まだ短くまばらな恥毛の下に、淫らに濡れた性器が晒される。

 直に陰唇を撫で擦ると、今までに倍する刺激が思考を吹き飛ばした。

 夢中になり、アスカは自らの性器を弄った。が、それもやがて物足りなくなり、

 

「……」

 

 ほんの一瞬躊躇してから、右手の人差し指を膣内に挿入した。

 

「あっ、あぁぁっ」

 

 指を通して、ヴァギナの熱さ柔らかさ、圧迫を感じる。

 

( 私の中って……こんなに熱いの?)

 

 そして膣には指の異物感を感じた。完全な快楽とは判断できないが、本能的になにかを疼かされる。昨夜、シンジのペニスを挿入させた時には痛みばかりで、他にはなにも記憶に残らなかったが、疼きの正体を知りたくてアスカは恐る恐る指をさらに深く差し入れた。

 

「ひゃあっ」

 

 指が膣内の敏感な部分に触れて、アスカは悲鳴を漏らした。

 

(これが感じるってこと……?)

 

 アスカは、もっと快楽を得たくて指を前後に動かした。

 

「はぁ、はっ、あぁぁっ」

 

 妄想のシンジの喘ぎ声に同調して、アスカの声も激しくなっていく。

 アスカは、今度は躊躇わず二本目の指を足し入れた。

 

「うぅぅっ」

 

 大きさを増したことで、ヴァギナのより多くの部分が刺激される。

 アスカは二本の指を激しく抽挿させた。溢れるほどの愛液が、くちゅくちゅと淫靡な音を立てる。

 

(シンジのって……これよりも、ずっと大きかった…よね)

 

 今度迎え入れることができたなら、痛みではなく快楽を感じることができるだろうか。いつの間にか妄想の中でシンジを犯すのはレイではなく、アスカ自身に変わっていた。

 指の出し入れは続けたまま、左手ですっかり膨らんだ突起を摘み上げる。

 

「はぁっ、うぅ……あぁぁぁっ」

 

 アスカの意識は急速に押し上げられ、妄想のシンジが彼女の中に精を放つのと同時に、絶頂を迎えた。

 

「あぁぁっ、シンジィっ!」

 

 浮かんでくる後悔と虚しさを振り払うように、アスカは恍惚の中に身を委ねた。

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「あっ、あぁぁぁっ」

 

 快楽が全身を突き抜けて、外へと放出される。

 

(もう何度目だろ……)

 

 立て続けに三度自慰をさせられ、レイの口に執拗に愛撫された後、彼女に跨られさらに三度。

 なにをしているんだろうという疑問も、この快楽なしでは生きていけなくなるのではないかという恐れもあったが、

 

(いいんだ……僕は、綾波の奴隷なんだから)

 

 なにも考えなくていい。ただ黙って従っていれば、レイが快楽を与えてくれる。

 

(これはきっと、僕が望んでたことだ……)

 

 シンジは期待を込めた目で、レイの次の命令を待った。

 レイは微笑して立ち上がった。膣からペニスが抜けて、流れ出た精液がシンジの腹にぽたぽたと滴り落ちた。

 

「さすがにもう限界みたいね」

 

 萎えたシンジのペニスを見て、レイが言う。まるで全てを絞り尽くされてしまったようだ。

 

「奴隷〝ごっこ〟も終わりね。早く帰った方がいいわ」

 

 レイの突然の言葉に、シンジは脱力感も忘れ飛び起きた。

 

「なっ、なに言ってるの……」

 

 信じられない思いで訊く。

 

「ここはあなたの家じゃないわ」

「だって、僕は綾波の奴隷じゃないか!」

 

 シンジは必死に叫んだが、

 

「ふふっ、そんなこと本当にできるわけないじゃない。シャワー浴びてくるから、その間に帰ってね」

 

 レイは馬鹿にするように笑って、裸のままバスルームに消えてしまう。

 残されたシンジは、呆然と虚空を見上げた。もう自分の居場所はないのかと思うと、涙が出た。泣いてしまうことが情けなくて、さらに涙か溢れてしまう。

 それでもレイが出てくる前には消えようと、のろのろとベットを降りて脱ぎ捨ててある衣服を身につけた。

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