速水奏ちゃんがメスガキ(?)を卒業したようです 作:ふりーじ屋/家庭内禁書
えっちシーンはキスとかもみやでおっぱいとか多めです。
「父さん、速水奏好きなの?」
「好き、と言えるほど詳しくないつもりだが……どうして?」
娘に嘘をついた。
「別に詳しくなくったって好きって言ってもいいじゃん」
「それもそうだ」
リビングの液晶モニタに映る顔は、確かに速水奏らしかった。
「……父さん、ふだんアイドルなんて見向きもしないのに」
「速水が中学のころ、うちで教えてた。俺は授業だけだったが」
娘につられて画面を見直す。
速水奏は、休日昼前の芸能ニュースで芸能レポーターからインタビューを受けていた。浮かべていたのは不敵な微笑だった。ドラマかなにかの番宣会見らしい。隣には高垣楓――さすがの俺でも、高垣楓ぐらいは知っている――の姿も。
「へぇ、速水奏の中学時代ってどんなんだったの?」
「見た目はあんなんだったよ」
「えっ」
「ええと……俺が教えてたのは速水が中3のころ。おととしで……」
「ウソぉ、わたしより年下じゃん、速水奏“ちゃん”じゃん!?」
娘は、速水奏の顔を見ながら絶句していた。キャプションで名前に並んでついていた年齢表記を見落としていたらしい。確かに速水奏は、知られていなければ、高垣楓と同い年=25歳です、と言い張って押し通せそうな外見と立ち居振る舞いではある。
「奏ちゃんって、中学時代からああだったの?」
「見た目はああだったが、アイドルやる性格には見えなかった」
「へぇ?」
「いつもおとなしかった。見た目がああだったから、広報課が広報誌やらパンフやらにどうしても在校生として使いたがったんだが、速水は撮られるのを嫌がって嫌がって」
中学時代の速水奏は、動画も写真も撮られるのを嫌がっていた。
その一方で俺は、1枚だけ、当時の速水とツーショットで写真を撮られ、いまも保存“させられて”いる。俺にとっても彼女にとっても、ろくでもないはずのシロモノだ。
その写真を撮られた日も、きょうと同じくらい初夏のころ。
学期末テストが終わってから夏休みまでのあいだは、生徒だけでなく教員もほっとして緊張が抜ける。職務熱心な教員だったら、夏季休暇の生徒指導やら秋の行事やらに向けてうんうんうなっているはずだが、俺は昔で言う“デモシカ”だ。公立じゃああるまいし、なるようになるだろうよ、と毎年たかをくくっている。
その日も、学期末テストが終わってから夏休みまでのあいだで、俺はほっとして緊張が抜けていた。
しかしいくら緊張が抜けていたとは言っても、校舎で生徒に挑発されて強姦に及んだのは、当時もいまもおかしいと思っている。
※
「あっ……!?」
下校放送が近い時間の太陽は、夏至からいくらも経っていない時候のせいか、まだ沈みきっていなかった。速水の白い肌と制服の紺地へ橙色味を塗りつけていた。
校舎上階の社会科資料室もとい物置きの壁は茶色く日焼けして、しかもほこりっぽい。そのうちの窓から1~2歩あたりの壁に速水の華奢な両手を突かせていた。プリーツスカートに手をかけると、ウエスト部分が外側に3回ぐらい折り返されているのに気づいて、無性にイライラした。ふだんの俺は、制服の着崩しなんて見つけても一言しか注意しないのに。
スカートをまくりあげると、白く真珠のような光沢のある下着が見えた。下着は作り物だというのに、速水の肌より生き物らしく見えた。なにせ速水の肌ときたら、白は白でも蝋人形か陶器のようにつるつるしすぎていた。下着を無理やり引き下ろす。俺の爪先で速水の尻にうっすら赤い痕がついて、彼女が生き物だと確認できた。
憎たらしいまでの早熟な体。
「ふ、ふ……先生、乱暴にして、くれるの、ね……?」
視線を上げる。速水の声がする方へ。後ろ髪は太くねっとりしているのに、うなじの産毛は細すぎてちらちら光っていた。
視線を下ろす。
まくりあげたスカート裾と、折りたたまれたままのウエストベルトをまとめてつかんだまま、いつの間にか勃起していたペニスを突きつけ、押し込む。拷問のようにきつい入れ心地。
「ひぐ、いッ、あ、ぐ……ひ、あぅぅっ……」
不愉快な鉄の匂いがした。まさかと思って、ペニスを抜き気味にしてみる。赤かった。鉄ではなかった。
「遊んでるように見えた……? 不正解、ね……」
動揺が遅れて舞い“戻って”来た。
「……いけないんだ、先生」
速水から蜘蛛の糸のようなささやき。俺が彼女からそうささやかれたのは、その日3回目だった。
「いけないんだ、先生」
「……おぉ、速水か。手伝いに来てくれたのか?」
「先生が来てくれって言ってたんでしょう。ずいぶん意外そうな顔しますね」
1回目。
まだ資料室に注ぎ込む陽光が白っぽい時間帯に、携帯灰皿でメビウスを一服していたら、速水に見咎められた。
「意外だとは思っているが、助かるとも思っている。見てみなさいな、このありさま。ここにスペースを作らなきゃならん」
「あの、先生。片付けって、まさか、これ全部ですか?」
「きょう全部やらなきゃいけないわけじゃないが、夏休み前にはすっきりさせないとならん」
俺は数十分前、自分が授業を担当している三年生の教室をぶらぶら回って、社会科資料室の片付けで手伝いを募っていた。なんでも資料室やそのまわりの部屋へ、夏休み中に耐震工事の業者が入るので、業者の人が作業できるスペースを作らなければならないのだとか。本来なら同じ社会科の担当教員と手分けして毎日進めていくのだが、その日は俺とともに作業するはずの同僚が急用で外してしまって、やむなく生徒から手伝いを募っていた。
まさか、手伝いを申し出る生徒がくるとは思っていなかったが。
社会科資料室は校舎上階の隅で、用事が無い限り生徒や教師がまず近づかない。社会科の教師でさえも。資料室といっても、実質的には使用頻度の少ない教材や資料を投げ込んでおく物置きだった。実は何が放り込まれているか俺たちも詳しくは知らなかったので、何があるか写真を撮って目録も作らなければならない。
そんなようなことを、素知らぬ顔で速水へ説明する。窓を開けて換気しながら。
「先生は、いつも喫(す)われるんですか?」
「学校と家以外では」
「家では喫われないんですか」
「嫁さんと娘が嫌がるから。ホタル族やるほど吸わなきゃならんニコチン中毒でもないし」
片付けの説明をして、一服していたのをごまかそうとしたが、速水はなぜかタバコにこだわって、少しイライラした。
「俺が中坊のころは、職員室に堂々と灰皿があったんだがな……」
「うちの学校に、ですか?」
「そう。どこもそんなもんだったらしい、なんなら……」
速水の言う『うちの学校』は、東京の私立中学といっても御三家やらなんやらと違ってお高く止まっていない。大学で食い扶持にあぶれていた俺をOBというだけで拾ってくれる、よく言えばふところが深く、悪く言えばいい加減な校風である。俺が生徒だったころは、それこそ公立中学のように教師が職員室や校庭の片隅でスパスパやっていた。
“なんなら速水の親御さんに聞いてみろ、昔はどこもそうだった”と言いかけて、かろうじて引っ込めた。速水は俺の娘より年下だ、と思い出した。速水の親御さんは『そうだった』と言われてもピンとこないかもしれない。
話を片付けに無理やり戻す。
「……とにかく、手を貸してくれるんならありがたく借りるぞ。こいつらのうちのいくつかを、じゃまにならない場所へ移してやる必要がある」
どの教材ならどこに動かせなどと、速水に説明するのも速水が説明されるのも億劫だと思ったので、どこに置かれてもなんとかなる書類やファイルを俺が掘り出して、速水に箱詰めさせようと考えた。速水はそれに最初はおとなしく従ってくれていたが、不意に動きをとめて声をかけてきた。
「この資料室、ずいぶん、年代物も混じっているようですね」
速水は木箱入りの機械が空き机に載っているのをしげしげと眺めていた。ふつうの手伝いなら真面目にやれ、とうながすところだが、いまは速水が自主的に来てくれたので咎めづらい。
速水のそばに歩み寄ってみる。
「……タイプライターですか? 実物を見るのは、初めてです」
「タイプライターなんてよく知ってるな」
木箱は速水の肩幅より少し狭い幅をしていた。奥行きもその幅と同じぐらい。高さはその幅・奥行きに対して半分ぐらい。QWERTY配列にアルファベットのキーが並んでいるが、いまどきのパソコンのキーボードと違ってキーが丸い。
「昔の洋画を見ているときに、登場人物が使っていたので。でも、実物を見たのは初めて……」
速水の言葉に少し驚いた。
速水が類まれな美女――思春期に入り込んだばっかりの年齢だが、“美少女”と呼ぶのははばかられた――を絵に描いたような顔とスタイルのくせに、品行はクラスでも部活動でもあたりをはばかるように控えめで、写真に映るのも嫌がるほど……というのは、校内のほとんどが知っていた。けれど他人が映っているのを見るのは好きらしい……その好みを知っている人間は、どのぐらいいるだろうか。速水の友人は少数のようだった。彼女らは、タイプライターなんて出てくる古い洋画について感想を語り合うのだろうか。
「速水、惜しいな」
「惜しい……ですか?」
「勘違いするのも無理はないんだが、それはタイプライターでもないし実物でもない。エニグマ(Enigma)のレプリカだ」
「えにぐま……?」
速水の知らない語彙だったらしい。復唱が、彼女の大人びた外見に不釣り合いすぎるほど、たどたどしく聞こえた。
「昔のドイツが使ってた暗号機さ。エニグマ(=謎めいたもの)ってのも、正式名称か、イギリスあたりが名付けたコードネームか忘れたが、シャレてると俺は思う」
「これで、暗号が作れるんですか」
「この……RとかTとかのキーのそばに、3つのダイヤルがあるだろう? これで暗号の設定をする。設定をしたあとは、タイピストがパチパチパチって暗号化前の平文をアルファベットで手打ちすると、このエニグマが自動的に暗号にしたアルファベットをパチパチパチって出してくれる。この暗号化もけっこう手がこんでて、例えば平文でA、A、Aって打ち込んでも、暗号ではX、G、Kって出てくる。いつも違うアルファベットに変換される」
「解読するときは……?」
「解読っていうか、復号は……送信元と同じ型のエニグマと、同じダイヤル設定があれば簡単だ。この3つのダイヤル設定をあわせてから、暗号文のアルファベットを打ち込んでやると、なんと平文がパチパチと出てくるんだ」
そこまで語って、俺はふと我に返る。
「はいはい、課外授業はここまで。片付けが進まん」
「私はこっちのほうが楽しいですけれどね。先生が楽しそうに話してくれるんですもの」
速水がまだ俺のおしゃべりを引き出そうとするのを、背を向けて遮る。
「ねぇ、先生。これ私がいただいてもよろしい?」
「はぁ?」
「使うあてがないのでしょう。さっき目録作ってましたよね。それに書かなければ、黙っていても」
「それは否定しないが」
「いただけませんか。お手伝いの報酬として。私、はりきってしまうかも」
振り返ると、速水が木箱を抱えようとしていた。俺が止める間もなく、両腕で抱えて、持ち上げて――
「あっ」
「速水っ」
――速水は古い機械の重さを推し量りそこねたらしく、ぐらつく。細い肩がかしぐ。慌てて足を、手をのばす――かろうじて支える。
「せ、せんせ、ぃ……っ」
「……オモチャじゃないんだぞ」
速水はエニグマを抱えながら、俺の体へ寄りかかっていた。
どきり、とする。心臓が口から飛び出そうになる。年代物を生徒が壊しそうになった焦り……だけではない。速水から、頭髪に絡む桃のような甘ったるさと、プリーツスカートごしに弾む尻の柔らかさを押し付けられていた。
オンナだ。
俺が、男子中学生に引き戻されていく……気持ちだけだ。体はついていかない。速水のほの白い首筋が艶めいているのを見ると、俺の首の皮がタバコで黒く煤けてだぶついているのも見えてしまう……鏡もないのに、おかしな話。
「そいつを下ろせ。見た目より重いだろ」
「……先生」
「そんなもん家におみやげで持って帰ったら、仰天されるぞ」
「先生」
「友達同士で内緒のメッセージでも書きたいか? それなら、イギリスが確かスマホ上でタダで使えるエニグマ公開してるから、そっちでガマンしなさい」
無理やりエニグマの話をすれば、自分が『先生』に戻れる気がした。速水の腕からエニグマを取り上げる。速水の制服ごしの胸が、エニグマにむぎゅむぎゅと押し付けられていて、こっちも立派なオンナだと気付かされる。
もう片付けがはかどらなかった。
「このぐらいにしておくか。おつかれさま」
学校運営から取り残された社会科資料室で、速水と二人きり。そんな状況にいまさら危うさを覚えて、エニグマを部屋の隅っこへ追いやってまもなく、速水に作業終了を宣告する。
「まだ、しばらくかかりそうですね。お片付け」
「そうだな。でも、生徒に手伝いを頼むことは、そうそうないだろうよ」
まかり間違って、また速水が手伝いに来てくれてしまったら、片付けは終業式前に終わるまい。
「そうですか。それは……残念ですね」
「残念?」
速水は半身に薄色の夕焼けを浴びながら、小首をかしげて俺の目を見ていた。ふたりとも直立していると、身長差で速水は自然と上目遣いになる――だから媚態じゃあない、と自分へ言い聞かせる。
「ところで、喉が渇いていないか。きょうも暑いと思わないか」
「それは、そうですね」
「ジュースかアイスでもおごってやるよ」
「よろしいんですか?」
「本当はダメだが、エニグマを進呈するわけにもいかんし、それに……」
「それに?」
「……こっそりタバコ喫ってた口止めも頼まなきゃならんし」
速水が頬を緩めると、俺の呼吸器が引きつけを起こす。
「いま、この場で……キス……してくれます? してくれたら、黙っててもいいですよ」
引きつけが首から頭まで伝染した――キス?
「……それは、エニグマよりまずいな」
何を馬鹿なことを言っているんだ――と言いかけて、かろうじて引っ込める。
俺も娘が生まれる前に教師稼業を始めて、その娘がもう高校生になる。思春期の生徒の扱いもさすがにわかってきている。絶対に馬鹿にしたような態度をとってはいけない。
「タバコ味のキスを、教えてもらいたいと思って」
特に速水のような、容姿にすぐれた女子生徒はそうだ。
近くで見ると少し青みがかっているショートの黒髪。色は重たいが、ヘアスタイルは常に風をはらんでいるようにふわふわしている。昔に和歌などで讃えられた烏羽色の髪を、俺は速水で初めて目のあたりにした。
ただ速水がもし平安鎌倉に生まれていたとしたら、和歌で讃えられることはなかっただろう。顔は左右対称でフランス人形のように整っていて美しいが、親しみを感じさせるとは言えない。
いちばんひどいのが目だ。まつ毛は、理科室のマッチ棒1本なら余裕で載せられそうな長さと密度。まぶたは気怠げに細められているのに、それでも大きいとわかる。目の光は月明かり。不吉なまでに美しい。日本の伝統画法で目を引目に描くのは、瞳が不吉だと考えられていたから……俺はその感覚を初めて理解した。
「いけませんか、先生?」
速水が一歩こちらに近づく。制服を内側から圧する胸の膨らみが、ゆさりと揺れる――こいつ絶対にわざと揺れる歩き方しやがったな――それでこちらが目視させられるほど揺らせるのだから大したものだ。
俺だってさえない中年教師だが、人並みの女性経験はある。風俗でデカパイ女を指名したこともある。それらと比べても速水の胸のボリューム感は引けを取らない。カップ数だけならともかく、若々しい肉のハリか、砂時計じみて引き締まったウエストとの対比を合わせれば……俺の主観では彼女がいちばんデカパイだった。
「ねぇ、先生」
そしてさっきの一歩でわかった。この女は、自分の体の魅力をわかっている。
もし速水相手に大人が上から目線で説教をかましたとしても、その大人がヘテロの成人男性なら、速水が首や肩をみじろぎさせるだけで骨抜きにされる。いまは夏服だ、デコルテがちらりと見えてしまっている。もうだめだろう。鼻の下が伸びて、説教の口が閉じられてしまう。これで男を馬鹿にするな、というのが無理な話だ。
そんな相手に、少しでもこちらが『馬鹿にしたような態度をとっては』、もう意地の張り合いのチキンレースになる。かといって教師――というか、大人――の立場から下手に出れば、速水を増長させる。
「俺は、人をわざわざ幻滅させる趣味はないよ、速水」
「幻滅?」
「俺が女と付き合うと、いつも“禁煙しろ”って言われるんだよ。キスしたとき、口が臭くてたまらないって」
だから、上でも下でもなく、対等の位置取りを狙う。
「幻滅したりなんか、しないわ」
「驚くかもしれんが、喫煙者の女ですら自分のこと棚に上げて、俺に禁煙させようとしてきたんだぜ」
速水は目線を俺に貼り付けたまま、くちびるを薄く開けたり閉じたりした。『いつも“禁煙しろ”って言』ってくるのは嫁さんと娘だ。俺が応じないので煙たがられていた……タバコだけのせいでもないか。『喫煙者の女ですら自分のこと棚に上げて』というのも半分ウソで、とっさに出たハッタリだ。本当は、俺が喫煙者だった元カノへ要求したのだ。重いタバコを吸うくせにコーヒーまでがぶ飲みするから、本当にひどかった。
「……こんなさえない中年教師が、キスを語ったらおかしいか。まぁ、笑ってもいいぞ」
俺は速水を笑わせようと思った。クスクス、あるいはニヤニヤ。それでいい。速水の笑顔は危ういほど魅力的だが、しかし口で笑いながらキスはできない。
「笑えよ。キスなんてそんなもんだ」
速水はもう一歩近づいた。
女の匂いで殴られる。
「笑ったら、キス、してくれる?」
速水は、あの不吉な目だけで笑っていた。
「してよ、先生」
俺が『対等の位置取り』をしたのは失策だった。
教師――プロフェッショナルとして、このあたりの年頃の子供を理解できていなければならない。俺だってわかっているはずだ――という立場を背負っていなければ、俺はどうやって速水から魅力で押し切られるのを突き返すのだろう?
「ん、んっ」
生意気な舌の割に、控えめなくちびる。
こっちが笑いそうになる。
「ミントみたいな味がする……言うほど、まずくないわよ」
「……好きなんだよ。メンソール」
メビウス・プレミアムメンソール・フローズン・8だった。オーソドックスなメンソール。軽くもなく、重くもなく。
「速水がおおっぴらにタバコを買えるころには、発禁になっているかもしれないが」
「そうなの?」
「メンソールはな。もうヨーロッパでは禁止。じきにアメリカでも喫えなくなるそうだ。俺も禁煙、はじめなきゃな」
だから、もう俺にタバコ味のキスなんかねだるんじゃない、と言外に含めたつもりだった。
「先生、スマホの連絡先教えてください」
「なんでだよ。教えないぞ」
「渡してあげなきゃいけないデータがあるんです」
「スマホどうしでデータ渡すだけなら、Bluetoothで……」
速水が取り出したスマートフォンのモニタには、俺と速水の写真が表示されていた。
キスの瞬間が器用に切り取られていた。あの写真嫌いの速水が。
「ファーストキスの思い出、わけて差し上げたくって」
ああ、これは速水が男を馬鹿にするのも無理はない。
ふつうなら、こんなばっちりカメラで撮られて気づかないわけがないのに、速水の体と物腰と言葉に翻弄されて。
「……いけないんだ、先生」
2回目。
自分が危険な物体になっていく。
「はぁっ、うぁっ、はぁっ……!」
下校放送が近い時間の太陽は、夏至からいくらも経っていない時候のせいか、まだ沈みきっていなかった。速水の白い肌と制服の紺地へ橙色味を塗りつけていた。
ほこりっぽい斜陽の中で、俺は女子生徒の速水奏を犯していた。
血の匂いを思い出す。
ちょっとぐらい女とセックスをした経験はあるが、処女血を浴びるなんて初めてだった。もしかするとただの経血だったのかもしれないが。とりあえず血ではあったはずだ。
「速水、お前まさか」
「……私、遊んでるように、見えた……?」
でも、あの速水奏が弱々しくうめくのまで思い起こすと、あれは処女だったんだ、と思うしかなくなる。立ちバックで突っ込んでいるこっちの足腰までガタつく。速水の腰と尻のふくらみを両手でつかむ。まるでこっちがすがっているみたいだ。
「うふ、ふ、ふはっ……残念、でした……見た目じゃ、わからないものでしょう……?」
「笑い事じゃ、ないだろ……お前」
繰り返しになるが、速水奏は中学時代から、20代半ばの高垣楓にぎりぎり張り合えるぐらいの雰囲気をまとっていた。美貌やスタイルがそうだった。振る舞いも言葉もおとなしかった。落ち着いている子、というところで衆目一致。そう理解されていた。不吉な美しさが詮索の視線を弾いていた。
偏見を覆されて驚く俺のようすが、速水は愉快でしかたないようだった。
「残念、ね……速水奏が、見た目通りの子じゃなくって……ふ、ふふっ、あははっ」
理解し合える人が誰もいない、と嘆くのは中学生のクラスの半分ぐらいにありがちだった。
速水はもうひと回りこじれていた。『理解されていた』のを覆したがった……らしい。
そう、『らしい』だ。
速水奏という女は、理解されたがっているくせに、理解されたがらなかった。そんな矛盾があった。彼女がエニグマを欲しがった素振りで、俺がそう思い込んでいるだけかもしれないが。
「くっ……こんな、おま、えっ……!」
血で押し返されるようにして、射精寸前のペニスを膣内から抜いた。それで緊張が抜けて、速水の太腿と尻の境目あたりに精液をぶっかけてしまった。
「……終わり? 終わらせちゃった……? そう……」
誰かが目撃したら百人が百人ともレイプと指弾する光景だった。もし自分の娘が同じことをされたら、俺はちょっと正気でいられる自信がない。それを言う資格が俺にあれば――速水にしでかした当の俺が、まだ正気であるならば――わからない。速水に流されるうちに、自分のことまで理解できなくなる。
「……写真、送るからね。消さないで、ね」
目の前の速水は、泣き笑いを浮かべていた。
写真の中の速水は、少しだけ幼い陶酔を浮かべていた。
※
速水奏は、こちらに謎をかけてくるくせに、解答を示すのは拒絶する。そんなできの悪い教師みたいな態度を俺へ取り続けていた。そのくせ、資料室の一件で手に入れた俺の連絡先に、思わせぶりなメッセージを送りつけてくる。
俺はそれにうながされ、わざわざ校舎の中でセックスに及んだ。教師と生徒がセックスのために二人きりで天下の公道を歩くわけにもいかないから。
けれど、真面目(?)にこの関係を隠蔽していたか、とも言い切れない。
もし露見したら教師人生も家庭も破滅してしまう。確かにそうだが、そんな危惧は無駄だった。たまたま露見していなかっただけ。自重しても遅い。速水が気まぐれであの写真を学校の理事会かどこかへ垂れ込めばそれだけで終わり。
いや、速水が何もしなくても終わるかもしれない。学校から明らかに浮いている美女と、冴えない中年教師。その二人の中に意味ありげな所作が一瞬でも立ち現れてしまえば……探る目、咎める目、嘲る目、好奇心に光る目……この狭苦しい思春期の精神病院の中でそういう目を想像すると、この中年でもそれだけでいたたまれなくなる。
二人のあいだのメッセージはエニグマ暗号機のエミュレータを通していた。エミュレータを公開していたのがイギリスのGCHQ(政府通信本部)だったので、マニュアルの英文は俺が翻訳してやった。俺が彼女に対して教師らしかったのはそれだけだった。
速水とセックスしたことのある場所は、いま校舎を歩いていても、避けて通ってしまう。心も体も、あのころの興奮と後ろめたさに引きずり込まれて、おかしくなってしまうからだ。
初夏は、進路指導室だった。用途上、人払いがしやすい。ただ、何度も使うとさすがに怪しかった。
夏休みは、屋上でした。立入禁止でも生徒が来たがる場所なのでいろんな意味で危ないのだが、俺の危惧を見て取った速水がますますしつこくせがんできて、折れた。
初秋は体育倉庫でした。小春日和で、速水の肌は体育の授業の汗を這わせたままだった。彼女は汗の匂いを嗅がれるのを嫌がったので、俺は嫌味のように彼女の腋下や乳房裏を舐めた。あらわにした腋窩に舌を這わせようとすると、彼女は肘を脇腹にめり込ませてまで拒んで、ひどく手間を取らされた。その汗の匂いは甘ったるいくせに、味は俺と大差ないぐらい塩辛かった。
秋が深まって、プール併設のシャワー室を試した。体液の後始末がしやすいかなと思って使ってみたが、水泳の授業がないシーズンに水音が鳴るとひどく目立って、冷水以上にゾクゾク肝を冷やされた。
冬。そろそろ校舎を歩きにくくなった。あちらこちらから速水の姿と匂いと声が立ち上ってくる。職員室や社会科の指導室や視聴覚室でしなかったのは幸いだった。かろうじて授業だけはまともにできていた。速水以外は、俺の変化をまともに指摘しなかった。もともと授業以外は手抜きしていた教師だったので、違いがわからなかったのだろう。俺は校内で注目を浴びる存在でもなかったし。
では、速水は……? あの美貌と思わせぶりな物腰で、ほしいまま以上の注目を浴びてしまう彼女は。
わからなかった。
それでも、とにかく、速水とのセックスが止められない。あまりにもひどいので、彼女が送りつけてきたキスの写真を見たことがある。そういえば思わせぶりな写真は1枚も送ってこなかった。写真を見ると、彼女は年相応に見えた。
現実の速水に相対する。だめだった。彼女の動作の継ぎ目と、その隙間から、セックスがよだれのように滲み出ている。
校舎の外へ出ていくことになった。
「先生、娘さんがいるのよね」
「いるよ。速水に教えた記憶はないが」
「家族写真が……」
どこで見たんだ、とはわざわざ聞かなかった。
速水が“さぁ、どこでしょうね?”とうれしそうに煙に巻くようすは、想像するだけでお腹いっぱいだ。
「……もうすぐクリスマスだけど、プレゼントは用意してあげるの?」
「なんだ、速水はクリスマスプレゼントがほしいのか」
「いいえ。あなたが娘さんに何を用意してあげるか、気になっただけ」
速水の口ぶりに含みはなかった。それで『あなた』呼ばわりも素に聞こえた。『あなた』と呼ばれるのも馴染んできた。すっかり教師面も形なしだ。
「……どうしたもんかな。最近ねだってくれなくなったんだよ。何かは用意しようと思ってるんだが」
「プレゼント選び、手伝ってあげましょうか?」
「あぁ、助かる……近頃の若者のことは、さっぱりわからないから」
速水は、キョトンという擬音が鳴りそうなほど目を丸くしていた。
「……もしかして、冗談のつもりだったか?」
「いいえ、いいえっ。手伝わせてちょうだい」
「どこか行きたいところがあるか? 車でいけるとこなら、ついでに連れてってやるよ。なにせちょっと遠出しなきゃならんしな」
出かけるなら、顔見知りに遭いそうもないところへ。まだ俺は、速水との関係が露見するのを恐れていた。俺はもう間違いなく手遅れ……にもかかわらず。
露見したら、速水ともうセックスできなくなるから?
「……映画を」
「映画?」
「映画館へ。あなたの隣の席を」
「見たい映画は決まっているのか?」
「これ……アラン・チューリングの」
「誰だ? そんな名前の俳優か、監督か……」
「違うわ、これ……」
「……アラン・チューリング? あの?」
アラン・チューリング。イギリスの数学者。コンピュータの父と言ったらチューリングかノイマンか、なんてレベルの功績を残しているから、数学なんて高校以来サボっている俺でも知っている。
そしてエニグマの暗号解読にもっとも貢献した、とされる人物。速水が俺の隣で見たがったのは、彼の生涯を元にした映画だった。
おかげで、速水がせっかく俺のプレゼント選びにくれた助言はまったく記憶に残っていない。
速水が所望したチューリングの映画はそれなりの話題作だったので、都内の映画館で上映館がいくらでも見つかった。ただ俺たちが見つかるわけには行かないので、わざわざ横浜方面まで車を走らせたる。
「いい車ね」
「速水は、車が好きなのか?」
ありふれた深緑色のミニバン。娘が小さかったころ、家族旅行のために買ったものだ。速水が関心を持つとは思わなかった。
「いいえ。ぜんぜん。でも、ほら、名前が」
「名前?」
速水は車体のリア側に歩いて、車種名の飾りを指差した。
「ODYSSEY(オデッセイ)。家に帰りづらそうじゃない?」
そして勝手に助手席側のドアを開けて乗り込んだ。
大型商業施設に併設されたシネコンで、いちばん番号の大きい奥のスクリーンへ。
速水は社会科(そしてほかの教科も)上の下ぐらいの成績だったが、洋画を見るうちに知識を蓄えたのか、ヨーロッパ関係の一部に偏って詳しかった。ODYSSEYの語源の『オデュッセイア』も守備範囲だったのだろう。どこのクラスにも2~3人いる、戦国時代や幕末の授業でだけやたらにはしゃぐ男子生徒みたいだと思った。
「ねぇ、先生。チューリングは、決して暗号解読のプロでもなんでもなかった。数学の研究をしていて、戦争の前は、アメリカのプリンストンでゲーデルの不完全性定理を研究していたの」
速水は、本当にアラン・チューリングという映画のテーマそのものに興味があったらしく、映画の待ち時間でパンフを読みながら、どこかで聞きかじったと思われる予備知識を、俺へ楽しそうに語って聞かせてくれた。
「ゲーデルの不完全性定理というのは……ふふ、ご存知?」
「なんだっけか。人間がどれだけ考えに考えても、真偽を証明できない命題があるんだっけ」
確かそうだったはずだ。チューリングと同時にフォン・ノイマンを思い浮かべてたせいか、量子力学みたいだと思った。いまの奏は、どこかの猫のように、大人の状態と子供の状態が重ね合わせになっているのか。シュレディンガーやアインシュタインは“そんなのありえるわけないだろ”と容れなかったらしいが、現代の俺たちは、ボルンだかボーアだかそんな感じの名前をした科学者のおかげで、量子力学のスケールでは重ね合わせがありうると教えられる。教えられて理解しているか? と言われると、もちろん自信はないが。
「第一不完全性定理。公理的集合論が無矛盾ならば、証明することも反証することもできない定理が存在する。第二不完全性定理。公理的集合論の無矛盾性を証明する構成的手続きは存在しない」
「やめてくれ、頭が痛くなる」
「うふふ、私もよ。あなたの頭を痛くさせてみたかっただけ」
速水は上映開始ぎりぎりまでしゃべり続けるつもりらしい。
「エニグマの解読は、初めのほうは古典学者や言語学者がやっていたけど、さっぱり歯が立たなくて、チューリングたち数学者にお声がかかった」
「チューリングたち、そんなヒーロー扱いされてたっけか?」
「……そうね。実際は、お国のために無理やり引っ張っていかれたってところ」
速水にかつて説明したとおり、エニグマの強みは、複雑な暗号を作ったり平文に戻したりが手早くできることだ。これでは解読の速度が追いつかない。イギリスへの輸送船を襲うためのUボートの出撃命令を傍受したとして、輸送船が撃沈される前に解読できなければ意味がない。
じゃあ、俺と速水の関係が解読されるのは? いつなら意味があるというのだろう。
「チューリングは、エニグマで暗号化された暗号文のアルファベットと、平文のアルファベットが絶対に一致しないって気づいたの。これで、暗号解読に一気に近づいた」
速水は楽しそうに知ったかぶりを続けていて、俺はまわりの観客に対して申し訳ない気持ちになった。速水は知識を披露できるのが嬉しいのかぜんぜんネタバレに配慮していない。まぁ事実を元にしている映画だから、歴史的事実をしゃべるのがネタバレか、と言われると微妙だが。それにしても速水は、よっぽどおしゃべりの機会に餓えているのか。
そりゃあそうだろうな、とも思う。ゲーデルの不完全性定理について速水にしゃべられながら、彼女を退屈させない合槌を打てる人間など、中学生どころか大人を含めてもそうはおるまい……俺のうぬぼれか?
速水がそう俺にうぬぼれさせて面白がっているのか?
「でも、暗号を解読したとしても、それがドイツにバレてしまっては、新しい暗号機を開発されてしまう。秘密にしなきゃいけない」
それにしても、速水は何を好き好んでこんな小難しいうんちくを語るのか。速水が数学を好むという評判は聞かない。じゃあ……顔が大人びているから顔の中身も必死で背伸びしているのか。そうだと考えればいじらしい。そう俺に思わせようとしているならば大した演技派だ。
「だから時のイギリス首相は、自国の都市が大空襲の標的にされていると暗号解読で判明しても……」
速水の一挙手一投足がすべて演技に見えてくる。そうだとしたら……恐ろしいほどこっけいで、こっけいなほど恐ろしい。
「続きは本編を堪能してから聞くよ」
上映開始のブザーは、まだ鳴っていなかった。速水はまだしゃべりたそうにしていた。しょうがないので、肘掛けの上に乗っていた速水の手を握って黙らせる。速水側の座席へ顔を近づける。
「速水」
「なに」
「俺、あの時代のあのあたり、けっこう好きなんだ。卒論、修論、博論とテーマにしたぐらい」
「しゅうろん……はくろん?」
「ようは大学で研究してたってこと」
「あら。エニグマを見たときいきなり饒舌になったのも、そのせい?」
「そうかもな。で」
声を落としてささやく。
「コヴェントリー爆撃をチャーチルがわざと見逃した、ってのは陰謀論の類だ。俺の生徒なら、ドヤ顔で披瀝しないでくれると助かる」
これだから俺は生徒に人気がない。俺に並の社会科教師ぐらい人気があれば、あの日、速水以外に、歴史や地理マニアの男子生徒が何人か手伝いに来てくれただろうか。
「そろそろだな。楽しみだ」
「え、ええ」
速水があんなに真っ赤な頬で恥ずかしそうな表情をしていたのは、上映開始のランプが落ちるまでの、わずかなあいだだけだった。
スタッフロールが完全に終わって、ランプが再び灯されても、速水はしばらく席から動けなかった。
速水は泣いていた。化粧が用をなさないほど泣いていた。健気なほど押し殺してすすり泣いて、呆然とした時間が挟まり、またすすり泣くのを繰り返した。
映画は、乱暴にまとめればとてもできの良い悲劇で、しかも歴史考証に気合が入ってつい見入ってしまい、社会科教師としても満足だった。DVDなどが出たら買って授業に使おうかとまで考える(文科省管轄の教育機関だと、授業で扱う限りで、著作権のしばりが多少ゆるくなる)。
俺も、横の速水からぐすぐす聞かされてなければ泣いていたかもしれない……しかし速水、お前あんだけうんちくを傾けてくれたんだ。チューリングの不遇と最期について、知らんはずはなかったろうに。
速水のことをわからないまま、彼女へハンカチとジャケットを貸してやると、ジャケットは彼女自身の顔にかぶせられてしまった。俺は彼女の手を引いてスクリーンを出なければならなかった。まるでマスコミの前で警察に引っ立てられる容疑者みたいだった。
引っ立てていく俺こそ、捕まってないだけの犯罪者なのに。
※
人気のない公園に停めたオデッセイの中で、速水を助手席に座らせ、俺は運転席で何をするでもなくぼーっとしていた。
すぐに帰路へ走り出せる姿勢のまま、まったく動かないでいたら夜になっていた。いや、夜なんだろうか? 時刻で言い表せば、資料室で速水を犯した夕方と大差ないはずだ。太陽がいなくなるのが早くなっただけ。
速水がジャケットから顔を出せるようになるまで、もうしばらく待つ。そういえば俺も昔は、世間並みの親のフリして、娘がぐずるのをあやしていた。
「帰ろう。遅くなる」
「まだ、帰りたくない」
「心配されるぞ」
「うっかり泣けちゃう映画を観て、泣きすぎて友達に心配されるほどだったって言えばいいわ。ウソじゃないもの、バレやしない」
速水の正当化は噴飯ものだ。
俺と速水の『ウソじゃない』部分がバレたら、少なくとも俺はチューリングのように入獄だ。まぁチューリングと違って万一にも名誉回復なんてされないだろうが。
「じゃあ、抱いて。ここで」
失敗した。
さっさと走り出していれば、こんなこと速水に言わせず済んだのに。
「俺、車でなんてしたことないぞ」
「ここで、すぐ。じゃなきゃ、いや」
涙のあとが薄れるほどに、速水は駄々っ子じみていく。やめてくれ、子供みたいな顔をぶら下げながらセックスなんてねだるな。頼むから俺を困らせるための演技であってくれ。
それが速水の本心であったら耐えられない。
「ん、ぷっ……!? あぷ、んふ、んんっ……ぢゅ、ちゅ、んぐっ……」
初めて、俺から速水にキスをした。彼女の顔と声から逃れるための、みっともないキスだった。
助手席と運転席では腕の一本も絡められなかったので、速水の体を抱いて車外へ出て、すぐ後部座席へ投げ込んで寝転ばせる。
「……いけないんだ、先生」
数え切れないほど聞かされた速水の揶揄。
「ここ……奥さんとか、娘さんとか、座ってたんでしょ? そこで、教え子の私を……ねぇ」
ライトを点けようとして手探りしたら、ごつんと手が天井にぶつかる。つくづくセックスに不向きな狭さ。そういえば、ここはラブホテルでもないただの夜の駐車場だ。明かりは点けないほうがいい……手を下ろす。
「そうだよ、俺はいけない奴だよ。悪い奴だよ」
「じゃあ私と寝てよ。悪い奴ほどよく眠る」
「あれはそういう意味じゃないよ。速水、邦画は疎いんだな」
きょうここまでちゃんと目を向けてやらなかった速水の私服へ、薄暗い夜にまぎれて手をかける。
かっこいい白一色のコートと俺のジャケットは助手席に置き去り。冬らしいグレーのもこもこしたオフショルダーニット。黒くタイトなロングパンツ。可愛げを意識的に切り捨てたコンサバ。彩度があるのは彼女の肌とくちびるだけ。いよいよもって女子中学生の形(なり)ではない。
オフショルダーから剥ぎ取っていくと、暗いのに細く肌に色を引く深紅のブラ。どんな年齢の女であっても、身につけるのに覚悟がいりそうな、押し出しの強いデザインとカラーリング。
「は、ぁ……ふぅうっ……ぁ、うっ……」
速水が気合を入れて選んでくれたかもしれないブラのラインは、彼女自身の乳首でうっすら歪んでいた。彼女の乳首や乳輪のあたりは、冗談のように整っている乳房に対してちょっとぽってりしている。彼女自身もそれを気にしてか、プールのときはサポーターが手放せないとか。そこから指先でいじってやる。
「きゃっ……ん、ふ……いじ、わる、シちゃって……っ」
指を速水の乳輪へ伸ばしつつ、手のひらや手首は、アンダーバストや横乳をさする。重力に逆らってふるふると丸くたたずむ乳房をもてあそぶ。汗のたまりやすい場所らしく、ほかの部分の肌よりしっとりしている。ブラのカップも速水の匂いをたっぷり吸っている。手のひらでなめるように愛撫する。味蕾がかつてなめたそこの味を思い出した。
「あ、ふ……ひっ、いぁあっ! いきなり、なんて」
「あぁ、気持ちいいよ、俺……速水の、おっぱい」
おっぱい、というのは速水の感覚ではあまりおしゃれでない言い方らしく、聞かせるとすねてしまう。腋と肘をしめてこっちの胸愛撫を邪魔してくる。イライラはしなかった。むしろもっと邪魔してくれと思った。
ブラをずらしてしまう。
「いやらしい、やつ」
「そんなんじゃ、ないわ……」
速水の素肌の乳房にふれる。こちらがそっと触ればやわやわと柔らかい感触だが、少しでも指先を曲げて立ててやるとみちみちと押し返してくる。
「胸をいじられるのは、お嫌いで?」
「ふ、ぁ……さぁ、どうかしら、ね……」
胸をいじりながら、仰向けの速水にじりじり迫っていると、こちらの膝頭あたりで、びくりとした緊張を感じた。俺の膝が速水の内腿あたりをつついてしまったらしい。カーセックスの狭苦しさがいまさら実感される。密室感がいつもよりひどい。
「そう言ってくれるのがいいな」
「あなた、何を……?」
「胸をいじられるのが好きだ、とか言われたら、どう反応して良いのやら」
爪先と、指の腹と、指の間と、あれこれと手探り乳輪を虐める。速水の嬌声か悲鳴がぱらぱら散らばる。
「や、ぁ……ぁ、あ、く……んぁ、う、んんぅーっ……!」
手触りと音と匂いと……なかなか目を開けていられない。こんな状態で至近距離から速水の視線を突き刺されたら、どうなってしまうんだろう。
「あ、なた……それ、わた、し……だ、めぇ……んぁ、う、んんぅーっ……!」
「止めてほしいか」
「い、や……とめ、ないで……」
乳首とか乳輪とかは、俺の指先でしごけるぐらいの反発に育っている。血が入り込んで勃起しているのか。興奮しているのか。ガブリエル・デストレだかその妹かみたいに、親指と人差し指できゅっきゅっとつまんでやる。
「ぁあ、あっ! は、ひぁ、あ……っ!」
手でも足でも速水の身じろぎを感じられる。シートから衣擦れがするするとこぼれる。
「ち、ちくび、そ……され、て、わた、し……んっ、はぁあ、ぁあ……!」
別にそんな乳房フェチではなかったはずなのだが、速水の反応がよいのにうながされて、いつしか彼女の胸をいじりまわすと奇妙な安堵を覚えるようになってしまった。まだ俺は彼女に体を許されている、と思える。おかしな話だ。その行為自体がまさに許されない淫行だってのに。
「あ……」
乳房から手を離してやった瞬間の声が、寂しげだったのは、気のせいだと思いたい。
タイトなロングパンツのベルトへ手をかけると、察した速水が腰を浮かせてくれる。狭い車内で、さらに距離が近くなって、もう手足を絡めあっているようだ。
「ごめんな。一張羅、シワになってしまって」
「一張羅、ねぇ。背伸びしてるように、見えちゃったかしら……」
せめて変なシミがつかないようにと、上下のアウターを脱がせて遠ざける。オデッセイのグレートーンのシートに、速水のほんのりむちっとしてきた白い太腿が映える。下着と女性器まわりは泣いているように濡れていた。彼女がこんなにあっさり濡らしたことはなかった。
そういえば正常位も初めてだ。いつもは立ったままか、せいぜいが座位でだった。ごろりと寝転がれる場所ではセックスできない身分だから。
「ぁ、ふぁっ、んふっ……ぁ……っ」
脱がさないまま弄る。指先と舌先が速水の愛液を思い出す。下着に染みが上塗りされていく。わずかな光さえ照り返すほどになる。
「入れるぞ」
下着をずらしてねじ込む。速水がくちびるを噛んで声を我慢していた。噛みしめるためのハンカチを渡してやろうとして、映画館で渡した1枚きりしか持っていなかったと気づく。入れる直前に確かめたコンドームは2枚あったのに。
「……来てよ、先生」
クルマに手足をぶつけないように、相変わらず縮こまった体勢で腰を使う。夜の静かな公園が緊張感を煽ってくる。水音や肉がべちべちと叩かれる音が際立つ。
「入れちゃった、わ、ね……あなたの、奥さんとか、娘さんとか、乗せてた車なのに」
速水がオデッセイを蒸し返してくる。そうだよ、帰りづらいなんてもんじゃない。
「お前、その趣味は……」
「んっ……なぁに……?」
速水の膣内は、ぎゅうぎゅうと精液を搾るというモノではない。むしろ締め付けは穏やかで、手コキやフェラでよっぽど下準備されていなければ、三擦り半の心配はない。
「……その趣味は、そろそろ卒業したほうが良い」
「あっは……んっ、ふぁ……卒業、させてくれるの……?」
「嫌でも、させられる卒業があるのさ」
締め付けは穏やかなのだが、膣内そのものは大したものだ。入れ心地は数の子天井を絵に描いたようなシロモノで、ペニスをじりじり慎重に動かすだけでも、つぷつぷと細かいヒダがくすぐってくる。襲ってくる。
「あっ……うぁ、あぅ、えぅ……っ!」
速水の好みは膣奥のちょっと皮膚側によったところらしい。そのあたりをこつこつと堪能させてやると、じきに腰を小さくびく、と跳ね上げたり、くちびるを赤いO(オー)の字に開く。
あ、正常位だといつもより刺激しやすいな。
「ぇう、うぁ……お、おく、まで……あ、あぁぁあっ……!」
速水はすぐに尻肉をぺたんとシートへ着けてしまう。くちびるはきまり悪そうな笑みに引き絞られる。こんな暗い夜の車なのに、デコルテの陰影が浮かび上がってくる。激しく首を振りたいのをこらえているのか。
そういう均衡を乱してやる。何度でも乱してやる。むっちりとした尻を両手でつかみ、ペニスを何度も押し込む。弾力と、汗かなにかでヌルヌルしていたのとで、しっかりつかんでいないとすぐこぼれ落ちそうだ。尻のヌルヌルのせいか、社会科資料室で速水の尻へぶっかけたのを思い出す。
「んっ、うっ、あぁぁっ……やぅ、あぁっ、はぁ、あぁ……っ!」
速水が頻りに腰を浮かせるようになる。ビクビクと上下に腰を揺するようになる。両手でくちびるを隠し声を殺す。
もう締め付けはぜんぜん気楽じゃない。膣圧がきつくなる。それであの数の子天井だ。気がつけば太腿とふくらはぎがが俺の腰へ回されている。かかとでドコドコ叩かれる。応じてペニスを膣奥から浅いところまで丹念にズルズルさせる。まるで騎手から拍車をかけられているウマだな。
「あ、あっ、ふか、ぁ……! ……そ、ぇ……それっ、わ、たし……っ!」
速水ののけぞりが大きくなる。のけぞったり、へたったりの周期が短く不規則になる。甘い汗の匂いがきつくなる。
「は、ぁ……くぅ、んん……ひああぁ、あぅく……! あ、ふぁ……や、ぁ、ま、まって、本当、に……っ」
腰から肩までまるごと押し付ける、ペニスとその他の体で押しつぶすぐらいの勢いで。それを速水は押し返す。ぶるぶると身体を細かく震わせながら。声も吐息もとぎれとぎれ。下手すればペニスと膣道からあふれるぬちゃぬちゃした水音とか、ぶぴゅぶぴゅした空気音に混じってしまいそう。
「出そう、だ……速水……っ」
「お、お、く、や、め……ぁ、あ、い、ぅ、ぁ、あ、あっあっ……!」
速水の締め付けがふっと緩む――いや、入り口だけは噛み締めてくれたまま。速水の指で半分隠された彼女の視線は、俺の頭向こうあたりにそれていて、せっかく大きな瞳もかなり隠れてしまっていた。どんな美人でも白目を向かれれば怖い。笑えないぶん、むしろブサイクの白目より怖い。
でも速水のはそう感じなかった。俺がおかしかった。いままで不吉な目だと心中でこき下ろしておいて。
「ッッ……んぅっ、ひ、ぃっ……ぁ、お、おく、ゥ……っ」
奥の、速水の好みらしいところをとらえなおす。
「い、イッて……わらひ、イキっぱなし、な、の……も、もう、ぁ、め……っ」
ついに言葉まで絶頂へ染まった。
「ふぇぷっ、ふぁ、あ、んぷっ……れりゅ、んぅうっ……!」
女にキスしながら射精するのは初めてだった。
帰り、速水は後部座席を離れたがらなかった。行きは我が物顔で助手席を占拠してたくせに。
※
冬が終わる。
速水がこの学校を卒業する直前、彼女へ関係の解消を切り出した。連絡先も消してしまった。
速水の顔の向こうに、色がつきはじめた校庭の梢が散らばっていた。
「……いけないんだ、先生」
別れる理由は……速水の将来を案じて、とかそんなことを言ってやった。速水の肌より白々しい名目だった。仮に速水があした死ぬとしても、俺は不倫でアウトだろう。
「いいわ……奥さんと娘さんを大切にね」
速水の笑みと声は、泣きたくなるほどきれいだった。彼女に対して“大人びている”なんて評価は不足だった。『奥さんと娘さんを大切にね』……その言葉をそんな言い方で、一生に一度でも口にできる大人がどれだけいるのだろう。
「速水」
「なぁに」
「なんで俺だった?」
「……いままで聞かなかったくせに」
速水の『聞かなかった』は半分ウソだ。確かに俺は何度も聞きかけて、ここまで言葉にして質問できなかった。しかし言外にはにじみ出ていただろう。
「言わなきゃだめ?」
「なにも本音を言え、とは言ってない」
「なにそれ、おかしい」
理解されたがらなかった速水には、俺の妙な言い回しが効いたらしい。
「あのね」
「おう」
「前に見かけた先生のタバコの吸い方、昔見た洋画の主役とそっくりだったの」
「……おう?」
「かっこよかったわよ……それで、好きになっちゃった」
それが速水の本音だったのか。俺が未練をすっぱり断ち切れるよう、わざと子供っぽい理由を口にしたのか。それとも俺にこうやっていつまでもあれこれ考えさせたかったのか。どれも的外れか。
それらがいつまでもわかりはしない、ということだけはわかっている。それでよかった。
互(かた)みに思うちよろずの、こころのはしを――一言だけでも、お互いを案じられる関係として卒業できるのだから。
※
「ファーストキスかぁ」
「……えっ?」
「奏ちゃん、すっごく早く済ませてそう」
アイドル・速水奏を映した芸能ニュースは、まだ続いていた。インタビュアーが速水に“ファーストキスの思い出は?”と聞いた。ずいぶん不躾な質問だ、と俺は自分を棚に上げて憤った。
画面の中の速水は“秘密です”とあっさり返した。
あれが本当に俺の知る『速水奏』なのか、と思う。彼女は撮影されるのが苦手だった。理解したような顔をする――マスコミなんて最たるものだ――態度を嫌がった。
逆に、このモニタの向こうの速水奏が、ファーストキスの思い出を語ったら、俺は彼女が『速水奏』と信じられるだろうか。学校で、社会科資料室で、さえない中年教師から……。
速水の連絡先は消してしまった。
タバコも吸えなくなった。こころなしか煙たがられ具合がマシになった。
エニグマは新しい資料室で前より少し大きな顔をしている。
あの写真は消せていない。
「ねぇ、父さん」
頭がおかしくなっているのは、ニコチン切れのせいだと言い聞かせた。
※
速水奏のウワサ①
常になにかしらの
隠し事を抱えているのが
美貌の秘訣らしい。
(おしまい)