ダンまち 静寂IF 作:ショタ、コン?
「戦争遊戯だ」
「……は?」
フィンは唐突に宣言された内容に頭を働かせることは不可能だった。
そもそも自分達の本拠に【静寂】がいることも不可解で、さらに言われたことは最近オラリオで特に趣向の催しと変わり果てた戦争遊戯。
今ではほとんど恋愛絡みの戦争遊戯を仕掛けて、お互いが納得の行く形で眷属同士の婚姻を認めるというような一種のお祭りになっていた。昔から神々や関係のない一般人は冒険者の大迫力な戦闘が見られると人気だったが、今では冒険者が一番躍起になっている行事だろう。
歓楽街がなくなったことで恋愛に上向きになり、更にお金の使い道も武器防具や回復薬などのアイテムに使うばかりでその他に使うとしたら戦争遊戯の勝敗を競う賭けくらいになっていた。
少し前にオラリオに隣接するカジノがあったが、そこも裏で人身売買が行われていたとして取り壊しになっている。遊べる場所がどんどん潰れた結果、酒場や戦争遊戯が活発になっていた。お酒と闘いくらいしかオラリオでは娯楽がなくなりつつあった。
流石に全部をなくすと欲求が溜まって人間も神も壊れてしまうということで、細々と賭場や風俗は経営されているが本当に小規模だ。諸々が揃っていた頃と比べたら一割にも満たない。
今の戦争遊戯は基本的には眷属を渡したくない父親のような派閥と、結婚を申し込む息子を応援する義理兄弟による争い、といったところだ。相手を殺す気はないものの本気で戦うことがメインで、いざこざの解決方法としての戦争遊戯はめっきり減った。
今回はその珍しい理由での開催になるのかもしれない。
そして【静寂】がこの場にいるのは、門番が恐れて通してしまったからだろう。大慌てでフィンを呼ぶ部下について行ったらホールに【静寂】がいて、訪れた理由を聞いたらその一言。
たったそれだけではさしものフィンでも全てを理解することができないので、詳しく話を聞く。
「それは、僕達が何かをしてしまったということかな?」
「……そうか。停滞は罪ではなくなったのか。お前達、未だにダンジョン攻略は60階層で留まっているようだな」
それは耳の痛い話だった。
ロキ・ファミリアはヘラ・ファミリアが帰ってきたことでオラリオ二大ファミリアから転落した。規模という意味では今もオラリオトップクラスだろうが、だからと言って戦力ではヘラにもフレイヤにも大きく引き離されているだろう。
ロキ・ファミリアにはレベル七以上がいない。レベル六は増えたものの、レベル七へのきっかけが見付かっていないのだ。そのため三幹部と呼ばれる古参もステータスだけであれば十分な貯蓄ができているのだが、どれだけダンジョンに潜っても偉業とは認められずにランクアップができない。
フレイヤ・ファミリアはヘラが帰ってきて火が付いたのか、上位層が何人もランクアップしている。それこそオッタルがランクアップしたことでヘラ・ファミリアに匹敵すると民衆には思われている。他の幹部達のランクアップも鑑みて、ヘラに追い縋れるのはフレイヤ・ファミリアだけだという認識はそこまで間違ったものではない。
歓楽街での事件以降、ロキ・ファミリアはフレイヤ・ファミリアに溝を開けられるばかりだ。きっかけが欲しいと思っていて次のギルドが強制する大規模連合による遠征は当然ロキ・ファミリアも最大戦力が編成される第一軍に加わる。どういう編成で行くかを考えていたところにこの来訪だ。
ファミリアとしては達成扱いにならないが、60階層以降の情報が手に入る良い機会だと認識していた。その手に入った情報を元に、次のファミリアによる遠征で到達階層を伸ばそうと考えていた。
だが、この来訪でその全てが狂ってしまう。
「お前達の眷属など一人も要らん。弱体化させるつもりはない。強いて言えばベート・ローガかラウル・ノールドは興味があるが、我々は女所帯だからな。となると誰も引き抜くつもりはない。ただ私と他二名が胸を貸してやるだけのお遊びだ」
「お遊び、ね。ちなみにその二人の理由は?」
「いざとなれば孤高でも自信を鼓舞できる狼と、何もないその身一つでレベル四に至った冒険者の特異点を評価しない理由がないだろう。その他に才能がないとは言わんが、こちらとしても手を差し伸べる余裕などない。だから強くなるための一歩を与えてやると言ってるんだ。合同遠征まで時間がない。返答はこの場でしろ」
暴君と呼ばれていた十数年前を思い出し、フィンはこの歳下に対して苦笑を漏らしかけたが、ここで笑みなど見せたら殺されると考えて必死に取り繕った。
今の話だとレベル七以上の眷属が出てくる可能性が高い。【静寂】本人が出ることもほぼ確実だ。
この場にロキがいないために、即決するにはまだ情報が足りないと質問を重ねる。
「勝敗の後の、付与物は?」
「そちらが勝ったら60階層以降のマップをくれてやる。こちらとしては今更なものだ。それで貴様らのダンジョン攻略が進むならくれてやる。こちらが勝ったら、ロキの酒購入を三ヶ月禁止だ。酒場に行くことも禁止する。遠征などの打ち上げに行くのなら行ってもいいが酒は飲ませるなよ。その金をもっと別のことに充てさせろ。これが条件だ」
「その程度で良いならお安い御用だ。参加者は?」
「詳細は告げん。ダンジョンではイレギュラーが付き物だろう。三人ということ以上の情報は与えん。そちらは最低足切りラインがレベル三だ。だが私にすぐ潰されるような人間は選ぶなよ。時間の無駄だ」
「となると少人数同士での戦いか。わかった。それで検討させてもらう。もちろん受けるよ」
「ギルドに申請書は出してやる。ほら、記入しろ」
ロキには事後承諾をすれば良いかとフィンは戦争遊戯の同意書に署名。内容も問題なかったので【静寂】は用事が済んだとばかりに帰っていった。
そして帰ってきた全員に戦争遊戯について通達して、ロキは自分のお酒が三ヶ月禁止にされるかもしれないと知って発狂した。ヘラ・ファミリアの実力が頭一つ抜けているのは周知の事実。レベル七も多いので三人しか参加しないと言われても不安なものは不安なのだ。
戦争遊戯当日。歓楽街の跡地に作られた戦争遊戯用の巨大なコロッセウムで行われることになったトップファミリア同士の戦争遊戯には数多くの一般民衆が集まった。観客席のチケットは早々に完売し、既に満員の観客から熱意が溢れている。ありふれた趣向になったことと、冒険者の実力を近場で見られることから戦争遊戯のチケットは人気がある。
今回は特に大人気ファミリア同士の戦いということで販売されてすぐにチケットは完売となっている。ダンジョンに行っていてそもそも買えなかった冒険者は神の鏡で中継を見るしかないが、この一戦は生で見たかった人も多かったようでいじける眷属が何人もいたようだ。
ロキ・ファミリアは幹部と幹部候補生は全員。あとは有望なレベル四とレベル三では唯一の参加となるレフィーヤの二十人ほどのメンバー。
対するヘラ・ファミリアの参加者は最初の通達通り【静寂】。そしてベルとリリだった。その人選にロキ・ファミリアは予想が外れたと知り、フィンは利用されたと思い至った。
ベルとリリも
【静寂】は戦う気がないのか、いつものように目を閉じたまま近くの壁に背を預けてしまう。武器を構えているのはベルとリリだけ。二人がやられたら【静寂】が全てを吹っ飛ばす算段なのだろう。
ならば勝たせてもらおうと、フィンは指揮を執る。
まず二人に突っ込んだのはアイズとベートだ。速さにも定評がある二人が速攻で二人を潰そうと速力を乗せた一撃を喰らわせようとする。【静寂】と戦うことに集中するなら、名の知れたインファイターは邪魔になる。レベルが低いならさっさと潰した方が良いという作戦だ。
これは事前にフィンが取り決めていた。【静寂】というオラリオ最強の冒険者が参戦するとわかっていたのだから、その他の戦力を潰さなければ有望な若手が先にやられてしまう。
たとえ相手が他のレベル七だったとしても同じ初手を選んでいた。数の暴力をなくすために先手で数を減らす。戦場の常道を進もうとして、下界の未知に阻まれた。
ベートの回し蹴りはベルの剣によって防がれて、アイズの剣もリリの槍で払いのけられた。レベル六にもなった超級の一撃は、片方は匹敵するステータスを持って、もう片方は悠久の彼方から培った技量によって攻撃をいなしていた。
これには攻撃した本人達も第二撃で追撃しようとした他のロキ・ファミリアの面々も目を丸くする。レベル一の差は絶対の壁を映し出す。ステータスがDになってすぐランクアップを繰り返さない限りレベル差は覆らないということが冒険者の大前提だった。
それを覆される結果をいきなり見せたヘラ・ファミリアにこれが最強かと観客は湧き上がり、【静寂】は当たり前としか思わずピクリとも動かなかった。
ベルはそのまま剣で強引にベートを払い飛ばす。その膂力の強さにレベル四以上の圧を感じたベートは飛ばされつつ畳み掛けようと体勢を整えている間に、いち早くベル達の異常から復帰していたラウルが弓矢で援護射撃をしていた。それもベルは全て剣で弾いて、ベートではなくレベル四の集団へ突っ込んだ。
リリもアイズを無視するかのように一度槍でいなした後はベルのようにレベルが低い集団目掛けて走る。数が面倒なのはベル達も一緒だ。特に魔法は乱戦の状況で死角から放たれたら彼らでも対処が難しい。だからまずは後衛を倒す。接近戦なら誰が相手でも粘れると考えたからだ。
だが、そんな特攻を許すロキ・ファミリアではない。ベルにはファミリアの盾たるガレスが、リリには同じ槍使いのフィンが立ち塞がる。いくら広いコロッセウムとはいえ、味方の陣地に来るのであれば対処は間に合う。
ガレスを速度で振り切ろうとしたが、そこは歴戦のタンク。たとえ本人の敏捷が低くても素早い敵から何度も味方の窮地を救ってきた。ベルの撹乱に目線で追い付き、攻撃の瞬間を見逃さない。剣の振り下ろしのタイミングで斧を横にして受け止めたが、そこからはガレスも想定していなかった一撃が来た。
「【ファイアボルト】!」
それは無詠唱の魔法。左手から放たれた雷の速度で放たれた巨大な炎はガレスを丸々飲み込んだ。貯めに貯めた魔力のステータスから放たれたその一撃は、無詠唱ながらもガレスを鎧ごと丸焦げにする。
絶対なる信頼を置いていた盾のガレスが一撃で撃破されたことは、最初に攻撃を防がれた以上の衝撃としてロキ・ファミリアを襲った。魔法を詠唱していた者は魔法の詠唱が止まってしまうほど。彼女達はガレスがいたからこそ安心して後方で詠唱に集中できたのだ。
そんな戦術の要たるガレスが格下の少年に、始まってすぐ落とされるなんて今までにない事態に精神が乱された。
その空気を、音に敏感なアルフィアは感じ取りその迂闊さに心の内で溜息をつく。
(戦術が崩れるなんて当たり前だろう。精神的主柱が崩れることで全てが瓦解するなど何度も見てきた。その詠唱が続いていればベルかリリルカのどちらかは倒せたかもしれんが、もうその結末は消えた。私の魔法を知っていればベルの無詠唱魔法という可能性にも気付けただろうに)
(っ!流石母子ということか!同じような魔法を使うなんて……!ガレスのことだ、あの威力だとしても少しすれば目を覚ます!それまでにガレスがいない時の布陣で挑むしかない!ヘラ・ファミリアの有望株とは聞いていたがここまでとは知らなかったぞ……!)
リヴェリアはベルの魔法を見て【静寂】の【福音】と同じような魔法が発現しているという予想は立てられなかった。彼女はレフィーヤのおかげもあってエルフの魔法に詳しいが、それでも無詠唱魔法というのは彼女の魔法しか知らなかった。
だからこそ彼女特有の、才禍の怪物にのみ許されたオンリーワンの魔法だと思ったのだ。ベルが【静寂】の息子だと喧伝されているのでその才能を受け継いだのかもしれないと思いつつも、ならばその才覚はいかほどのものか。
噂でしか知らず、本当の実力を知らない才禍の息子に、ここ最近では珍しい小人族で立身出世を果たす女傑。この二人のコンビは彼女が想定する以上の脅威なのではないかと今更ながら悟った。
【静寂】に拮抗するために、最初は温存するつもりだった。彼女が戦意を見せなかった段階でアイズとベート以外のレベル六は待機を考えたのに、たった二人のレベル四に引き回されている。
ガレスがやられた時点でティオネがリリへ突っ込んだ。躍進する小人族の女性ということでフィンが注目していることを恋する乙女が気にしないわけがない。
レベル六が二人して槍の聖女に突っ込む時、そこに聖女は居らず。
狂乱の赫に瞳を染めた、暴虐の化身がそこに居た。
さしものその変化にフィンは今日一番の驚きを見せる。彼は小人族の悪風を知っている。彼にも魔法として赤目になる狂化スキルがある。それと同じものを彼女が発動したとしたら、どうなるか。
レベル六になったばかりのアマゾネスの姉へ彼は咄嗟に叫ぶ。
「避けろ、ティオネ!」
もう攻撃体勢に入っていたティオネには遅すぎる忠告だった。彼女が持つククリナイフが迫る前に冷徹な紅く滾った瞳をした小人族の長槍がティオナの横腹を抉った。
その威力に元々軽装だったこともあってコロッセウムの壁まで吹き飛ばされる。それを成し遂げた彼女は槍を数度回転させてから相手の長であるフィンの額に穂先を向けていた。
狂っているのに静謐であるという矛盾を孕んだまま、彼女の口から呪詛のような言葉が漏れ出る。
「赤い、紅い朱い緋い赫いぃぃぃぃ!どうして、世界はこんなにも赫いのに‼︎いつまでも
レベル四では到底ありえない速度でフィンへ近寄り、額へ一閃。フィンは辛うじて槍で穂先を弾き初撃を防いだが、それでもリリの猛攻は止まらない。ラウルやアリシアが援護をしようと思ったが、魔法なしの状態ではロキ・ファミリア最速のフィンが戸惑うレベルの攻撃に割り込める者はいなかった。
それどころかフィンが押されているように見える。戦争遊戯は名目上殺しは禁止されているが、そのルールを忘れたかのように必殺の一撃が何度も飛んでくる。フィンはこのままでは殺されると思い、リヴェリアとラウルの方を見て後を託した。
狂っている相手には自身も狂うしかなかった。
「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】!【ヘル・フィネガス】っ‼︎」
詠唱によって作り上げた紅い魔力を自身の額に突き刺すことで瞳が赫くなり、全てのステータスを上げることと同時に凶戦士へと変貌する高揚魔法。
これを使うということは指揮を放棄することと同義だ。だからこそリヴェリアとラウルに全てを任せていた。
二人の戦いに誰も手出しができなくなったところでベルに戦力が集中する。レベル六も四もせめて彼だけは倒そうと躍起になるが、格上との戦いには慣れているのか決定打が打てない。
複数で取り囲んでも抜け出されて、むしろ一人、また一人と狩り落とされる。ベートをいなしてガレスを戦闘不能に追い込んだ時点でただのレベル四ではないと理解していた。それでもこの場にいるのだからとラウルの指揮の元で戦うが、レベル六以外がどんどん落とされていく。
どれだけ守りを固めようとレベルが低い者が落とされる。その雲を掴むような違和感を拭えず、結果立っている者はレベル六だけとなった。だが代わりと言ってはなんだが、ガレスが復帰してポーションを飲んでタンクとしてベルの攻撃を受け止めて魔法の援護のための囮になっていた。
ベルにどんな魔法が向かったとしても彼は避け切った。ロキ・ファミリアの幹部達の魔法は有名なために視認してからどんな魔法か予測して避けられる。味方を巻き込まないためにも大規模な魔法は飛んでこず、常に魔法師のリヴェリアのことは視界に入れているために不意打ちもない。
あとは目と耳、そして肌で感じる空気によって全ての攻撃を捌いていく。レベル六が複数で攻めてくるが、それはベルが鍛え始めてから当たり前の光景。
今やランクアップもして体が追いつくようになってきた。レベルも
(みんなとの訓練となんら変わらない!バロールやヒュドラよりも攻撃力はない!百を超える大群が襲ってきているわけでもない!魔法だって見えるなら避けるのもできる!リリが頑張っているんだからこそこっちは受け持つ!)
アマゾネスの両刃剣の大振りの攻撃も、ドワーフの斧も、狼人の肉弾戦も、ハイエルフというエルフの王族の協力無比な魔法も、精霊の愛し子の風を纏った攻撃すらも、全てを紙一重とも言わず余裕を持って避けられつつカウンターをされれば上位者だと思っていたロキ・ファミリアの面々は堪らない。
未来予測でもしているのかと疑ってしまうほど単体の攻撃も、ファミリアお得意の連携による攻撃も通用しない怪物に、やられてしまったアマゾネスの双子の妹であるティオナが叫ぶ。
「もー!何で当たらないの⁉︎」
「見切られてるからだ、娘っ子!しっかし、アイズとベートの波状攻撃さえも躱されてしまうとはの……。手詰まりか?リヴェリア」
「そうとも言える。魔法も普通の攻撃も当たらない。ただのレベル四と考えるのは無理だな。この上【静寂】も居るんだ。フィンの暴走状態に全てをチップするか?」
「あっちもいっぱいいっぱいに見えるがの?」
ガレスは小休止とばかりに顎髭を撫でつつ、フィンとリリの戦いへ目を向けた。
片や魔法によってレベル七相応になった、智将の面影もなく暴れ回る彼らの団長。片やスキルによって似たような効果を発揮してレベル四のはずなのに拮抗している、フィオナ騎士団を尊敬しているかのようなうら若き少女。
ティオネを撃破したことといい、今の拮抗具合といい、彼女はまさしく一騎当千の英雄だろう。あの魔法さえ使えばレベル七当時のオッタルに匹敵すると言われたフィンと互角に渡り合っているのだから。
とはいえ、オッタルと本当に拮抗したかは定かではない。その二人は戦ったこともなく、レベルの差を魔法でひっくり返せるということはオッタル側にも同じようにステータスを引き上げたり逆転のための強大なスキルや魔法があるという前提で話さなければならない。
片方だけの情報で拮抗するという噂話を民衆に信じさせたロキの手腕は見事だが、噂はあくまで噂止まり。この光景を晒してしまえばとてもレベル七に匹敵するような特別な力ではないと知らしめてしまったことだろう。
これもヘラ・ファミリアの策略の一つだった。噂によって拮抗しているシーソーゲームを作り出したのは見事だが、結局なすべきことはダンジョン踏破と黒竜の討伐だ。噂でどちらも完遂できるのなら見逃すが、現最強がそんなまやかしをそのままにしておく理由はなかった。
だがこれも、フィンの魔法がそこまで強大ではなかったという証明にはならない。民衆やロキ・ファミリアにはそれが真実だと思われるだろうが、ヘラ・ファミリアと神ゴブニュだけはこの戦いの真実に気付いている。
オッタルに届くかは眉唾ではあるが、オッタル以外のレベル七には拮抗できるほどの強力な増強魔法ではあっただろう。理性をなくすデメリットがあるのだからそれくらいの恩恵はないと困る。
問題はリリが使っている赫目の魔眼。こちらが純正のもので、効果も質も在り方も、どれもが正しいということが救えなかった。
この魔眼の真価はステータスの上昇などというものではない。過去に同じ魔眼を持った者の戦闘技術・智慧・意志・無念といったその人全てを継承するという破格の効果を持つ。これにより年齢に見合わない戦闘技術を手に入れ、その戦闘技術に見合うように肉体を改造する。
全てを未来の一族へと継承する、まさしく
狂気に堕ちるという副産物は、その人の人生こそを味わうために絶望や最期なども感じ取ってしまう。どれだけ強い一族の勇者だったとしても、権力者に飼い殺しにされ、策略に負け、大事な人を奪われて、人質にされて、無残に殺されるという経験を百人以上も累積して受け継げば発狂もするだろう。
幸いにもその効果があるのは目が赫くなっている時だけなので、効果が切れれば精神は安定する。特にフィンの方の傍流の力は本流の力を継承した際にとある精霊によって封印が施され、大精霊の力によってONOFFができるように調整がされていた。
しかもフィンの前世がその力を一度手放した時に大精霊がその忌むべき力の大部分を一緒に持って行ってしまったのだ。つまりフィンに残されたのは元々持っていた傍流の力のみ。本来再び発現するはずのなかった力が、強くなる意志によってこじ開けられただけのもの。
リリの持つ、聖女フィアナの本流の魔眼に比べれば欠片のような力だ。
リリは逆に、その魔眼の真価を十二分に発揮していた。本人が前世は聖女フィアナだと認識を持ったことで特にフィアナの力を継承。それが彼女には一番合った戦闘スタイルで、過去の自分に合わせるように力を使っていけば、当然英雄時代の最強の覇者と同じような力を手に入れられる。
その力はフレイヤの護衛として付いてきたオッタルをしても、闘いたいと願うほどの強者だった。
「これが、こんなものが!勇者の行き着く先だと⁉︎フィアナ騎士団に憧れているくせに、最期は自分一人での単騎駆け!指揮を捨ててまで自分の力に頼るな、こんな呪い棄ててしまえ!貴方が目指すべきものは過去の栄光などではなく、この時代の勇者でしょう‼︎小人族を言い訳に使うな、過去をなぞろうとするな、現実から目を背けるな!今の貴方の立場は、道化の眷属の長でしょう!」
「っ!」
「……それができたら苦労はしないのだ。【
リリの叫びにフィンは歯を食い縛り、観客席で見ていたゴブニュはそっと呟く。
彼は彼女が前世を思い出していたことを知っていた。彼女の専属鍛治師を名乗り出て、彼女のための槍を拵った。彼女のスキルでリリが聖女フィアナだと知っているのはヘラ・ファミリアとゴブニュだけ。そしてそのゴブニュがこれも巡り合わせかと思い、彼女のための槍を作った。
そしてフィンの青臭さも知っている。彼はフィアナ騎士団に憧れた。そして今の小人族の惨状を知った。だからこそ小人族のためにファミリアの団長となり、自分がこれだけやれたのだから他の者も頑張れとケツを叩く役を演じている。その矛盾は世界が悪いとも言えるし、事実小人族で称賛される者がついぞ現れなかったことも悪い。
これを敢えて悪癖と言うのであれば、フィアナ騎士団を復讐のために利用した前世の彼と同じなのだ。あの頃も最初は世界のことが見えていなかった。だからまずは復讐を為し、その後に世界を救う作戦に参加した。
彼は本来、上に立つ者ではない。更に上に立つ者が、導き手がいて壮大な使命も捨てて直走れる、中間管理職が似合う男なのだ。誰も彼もがフィンに頼るのではなく、同格が何人も居て、合わせて何かを為す。そのことに真価を発揮する人間なのだが、本人にその自覚がない。
それを他派閥のゴブニュが告げる理由もなく。となると更なる最強の眷属がこうした場で突きつけるしかなかった。
このままジャイアントキリングが起こるかと思われたが、その人物は突如として復活した。そしてガレスと拮抗していたベルを背後から羽交い締めにする。気配を感じ取っていたベルも、ベートの高速移動を織り交ぜた攻撃とガレスの執拗なインファイトに足を止めざるを得ず、そこを捕らえられた形だ。
「お姉ちゃん⁉︎」
「レフィーヤ!私達ごとやりなさい!」
「ごと⁉︎儂もか⁉︎」
「はいっ!【ウィン・フィンブルヴェトル】‼︎」
ティオネがベルを捕らえたまま、もう一人復帰していたレフィーヤがこっそりと詠唱をして広範囲を氷で埋め尽くした。相手の戦力を削るためとはいえ、レベル六のリヴェリアが使うような極大魔法にはベルはもちろん、ティオネとガレスも取り込まれて全員仲良く氷像になってしまった。
これにはフィンと戦っていたリリも動きを止めてしまう。
「ベル!このっ、退きなさい!」
フィンを軽々しく横払いで弾き飛ばし、そのまま残りのロキ・ファミリアも蹴散らしてベルを救出しようとしたが、そこまで待機していたリヴェリアの魔法で再びコロッセウムに氷山が作られ、リリはそれを避けるのが精々だった。
その氷山の後ろに隠れてアイズが風を乗せて斬りかかる。それもリリは技量によって払い退けて大技でベルが捕らえられた氷山を破壊しようとしたが、その前に誰もが恐れる最凶が動いた。
「ここまでだな。【
たった一ワード。それだけで氷山が全て砕け散り、中に囚われていた人達は解放される。
彼女よりも弱い二人に翻弄されていたのに、ここからはレベル八も参戦すると知って武器を握る手に力が篭る。
【静寂】はそんな相手の状況を気にせず、ベルの元まで歩いて彼が使っていた剣を拾い上げる。
「ご苦労、二人とも。やはり対人戦は訓練ではどうにもならないな。他の実戦は基本格下ばかり。強者との対人戦もいつかは必要になるかもしれんと今回の段取りを組んだが、レベル六が複数だとこんなものだろう。ベル、リリルカの目を塞げ。後は私がこいつらの壁になる。蹂躙になったら、その時はその時だ」
「はい。お義母さん、後はお願いします」
そして数分後。
ロキ・ファミリアはたった一人の暴虐に潰された。この結果にロキは酒が飲めなくなることもそうだが、自分の自慢の眷属達がこうもあっさり負けたことに放心した。
フレイヤは目指すべき頂きを再認識して、収穫はあったと帰っていく。ロキ・ファミリアでも今回のことが偉業にカウントされたのかレフィーヤとラウルがランクアップするという恩恵はあったものの、自分達の弱さも再認識した。
そしてこの結果から、彼らは自分達の常識に照らし合わせてこんな結論を出した。
「【
「だがヘラ・ファミリアがレベルの過少申告をする理由は何だ?税金対策、などというせせこましい理由ではないはずだ」
「宣伝じゃろ。優良なスキルや魔法があれば活躍できる。ジャイアントキリングもやれる。そういうテストケースじゃ。可能性を見せ付けて、下位の冒険者に発破をかける。そうして黒竜への対抗手段を一つでも育てる。奴らは少人数じゃからな。手をかけるべきところとそうではないところを冷静に見分けているわけじゃ」
「……随分確信的に言うね、ガレス?」
「そりゃあのう。終わった後にベルが教えてくれたわい。僕は負けちゃったのでとか言って教えてくれたぞ」
ガレスがちゃっかり情報収拾をやっていたことにフィンは頭を抱えつつも目論見が分かったので頭を働かせる。
発破をかけたのはあの場にいた全員だろう。この少数戦力程度に負けるようではいけないと上位者には伝え、努力やスキルや魔法によっては格上にも勝てると下位の者に伝えて。
彼らは本気で黒竜を倒すために戦力を作り出している。
しばらくしたらギルド主催の合同遠征がある。ここで彼らの実力を今一度見て、ダンジョンの予習もして。殻を破ろうと改めて彼らは誓った。