日曜日。今日は、一日中シンジといられる。なんて幸せなんだろう。
この部屋で一緒に過ごすようになってから数日で、シンジもだいぶ私の気持ちを理解してくれたみたいだ。
「おはよう、シンジ」
私はシンジに挨拶して、拘束を外してあげた。眠るときと、私が部屋が出るとき以外は手足を自由にしてあげている。抵抗なんてされない。
きれいな体をいつでも見ていたいから、ずっと裸でいてもらっている。代わりに付けた赤い首輪が、とっても似合っている。
「お、おはよう……山岸…さん……」
彼はまだ、照れがあるみたい。
「もう、そんな他人行儀な呼び方しなくていいんですよ」
けれど私が微笑んであげると、すぐに素直になってくれる。
「うぅ……おはよう…マユミ……」
私は満足して、シリアルにミルクを注いだ物をシンジの前に差し出した。容器はピンク色の犬用の物。
「……いただきます」
シンジは四つんばいで身を屈めて、食べ始める。舌を必死で動かしているのが可愛い。一日中見ていても飽きないと思う。
うん、今日は一日シンジを見て過ごそう。一瞬も目を離さずに。
けれど、私の思いはインターホンの音に邪魔されてしまった。
食事の途中で可哀想だけど、シンジをまた拘束して玄関に向かう。
なにかの集金か配達だろうか。いずれにせよ邪魔者だ。すぐに用件をすませて追い返そう。
私は胸中で毒づきながら、顔だけは穏やかさを装い玄関の扉を開けた。
「はーい」
「こんにちは、はじめまして」
見ると二十代後半くらいのなんだか軽そうな女性と、その後ろに二十代半ばくらいの眼鏡を掛けた男性がいる。
「どちらさまですか?」
見覚えはないし、集金の類とも思えない。
「あぁ、えっと……あれ、名刺、ポケットに入れてたと思ったんだけど……ごめん、ちょっと待ってね」
女性は、体のあちこちをまさぐりだした。ずいぶんとしまりのない人だ。初対面で馬鹿にされてるみたいで不愉快。
「葛城さん……どうぞ」
彼女の部下らしい男性が、彼女に名刺を渡す。ずいぶんと用意がいい。いつものことなのだろう。私は、その男性に同情した。
「あら、気が利くわね、日向君」
女性は、悪びれる様子もなくあっけらかんと笑顔で名刺を受け取って、私に差し出した。
「特務機関ネルフ、作戦部部長、葛城ミサト……」
読んでみて、私は心臓が跳ね上がりそうになった。
「父なら留守ですけど……」
私は内心の動揺を極力抑えて、口にした。義父は国連の技術者だ。今はネルフに出向している。だから、ネルフの関係者がきたら、父に用があると思うのが普通。これでいい。
「ううん、今日はお父さんじゃなくて貴方に用があるの。ネルフとして、というよりもシンジ君の保護者としてね」
わ、私に!? もしかしてばれているの?
私は、ぐらつきそうになる足に力を入れて耐えた。だいじょうぶ。シンジ君を家に入れたのは誰にも見られなかった。もし見られていたとしても、あのときの格好じゃ誰も男の子だなんて思わない。
それにばれているなら、すぐに私の部屋に押し入ってきているはず
「シンジ君のことですか……?」
「ええ」
ミサトという女性は笑顔で、真意は読みとれない。
「たしか、ネルフの研修で四、五日くらい前から休んでますよね」
学校では、そういうことになっている。だから私もそれに話を合わせなければいけない。私は、余計なことを言わないように慎重に言葉を選んだ。
「そのことなんだけど、実はシンちゃん行方不明になっちゃってるのよ」
「行方不明……。本当ですか?」
大げさにならない程度に驚いてみせる。
「ええ、全力で探しているのだけど手掛かりが少なくてね。クラスのみんなに聞いて回ってるってわけ。なにか心当たり無いかしら? 変わった様子があったとか、どんな些細なことでもいいの」
なんだ、なにも分かってないんじゃない。私は拍子抜けした。
「いいえ、私は転校してきて間もないですし……特に思い当たらないです」
「そう? 最近、仲がいいって聞いたのだけれど」
ぎくりとした。さすがに、そのくらいのことは調べているんだ。あまりにあっさり答えすぎて、返って怪しまれたかもしれない。
「そ、そうですね。私も碇君も本が好きで……話が合いましたから」
ネルフの女性は、じっと私を見つめている。私は耐えきれずに視線を泳がせた。さらに悪いことに、
ごとっ。
と、階上で物音がした。シンジが体を壁にぶつけるか、なにかしたに違いない。
だめだ。ばれちゃう。このままじゃ、ばれちゃう。もう、ばれちゃう。そうしたらシンジと離ればなれだ。もう会えないかもしれない。嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。
「音がしたみたいだけど、誰かいるの? たしかお父さんと二人暮らしよね」
女性は天井を見上げて言う。明らかに怪しんでいる。
私は覚悟を決めた。
「子犬がいるんです。雄なんで、ときどき噛まれたり吠えられたりするんですけど、とってもかわいいですよ」
「へぇ、私も犬好きよ。でも、躾はちゃんとしないといけないわね。小さい頃が肝心よ」
「ええ、私もそう思います。可哀想だけど厳しく躾て、それから――めいっぱい愛してあげようと思います。よかったらご覧になりますか?」
「いえ、残念だけど遠慮しておくわ。こんなときだしね。せっかくの日曜なのに邪魔しちゃったわね」
「そんな、私の方こそ力になれなくて、すみません。碇君、早く見つかるといいですね」
「そうね。じゃ」
二人が出ていって、私は玄関の扉を閉めた。
「しっかし、どこいっちゃったんでしょうね、シンジ君。保安部の連中泣いてますよ」
「肝心なときにこれじゃあ、職務怠慢って言われてもしかたないでしょ」
「やっぱ戦自っすかね」
「まっさか、いくらネルフを目の敵にしてても、そんな馬鹿なことするはずないわ。メリットもないし。それならよっぽど身内の方が怪しいわよ」
「委員会に、ゼーレですか。たしかに、ありそうですね」
ドアを開ける音。閉める音。エンジンが掛かって、その音が完全に聞こえなくなってから、私はその場に座り込んだ。
「はっ、ははぁっ」
おかしかった。勝手に笑い声が出てしまうくらい。ギャンブルで勝ったときというのは、こういう気分なのだろうか。
そう、私は勝った。シンジを守りきった。運命が、私に味方しているに違いない。
愉快だった。心底愉快だった。
私は床を手で叩きながら、哄笑を上げ続けた。