遠くから爆発音が響く。
遠くの浜辺に波の音と共にやって来る。
異形。
犬歯を剥き出しにしたどす黒いタールめいた物を塗る人型の化物。
ナタ状の片刃剣と旧世界に伝わるプラズマ銃を手にし、走り出す。
脂に濡れた髪、血走られた目つき、ボロ布にプレートアーマーを着けただけの格好をしたそのもの達はこう呼ばれている。
旧世界が廃墟と化し、どんな建物だったのか理解し難くなるにおおよそ数千年。
争い。
諍い。
其れ等を繰り返し続けた中で現れたその異形種は、決して人類に歩み寄ることも、まして和平など行うこと無く、あらゆる場所で殺戮を生業としたと伝え聞かされる。
村という村を襲い、町を血と阿鼻叫喚で染め上げ、都市を疲弊させる。
人類は其れ等と戦う為に、諍い続けた歴史から同盟を設け、新たに宗主たる〔皇主〕とその声を聞き遂げる5人の【五大頂】によって創られた【自由都市連合】は。
およそ10年の間、戦乱を続け、ようやく勝利した。
ふと目が覚める。
柔らかなシルクの手触り。
ふかふかのクッションが敷かれたベッド。
その上にボクが寝そべっている事がわかる。
「…あ…あれっ?……いっ…」
身体を動かそうとするも腕には何かが刺さっており、管を通してステンレスのスタンドに吊り下げられたパック入りの液体が見える。
もしかするとこれが"点滴"という物だろうか?
病院とかが入院患者等に使う薬剤や栄養源を入れた溶液を血管に入れて流すとか何とか。
兎に角其れなのだと考えたら此処は病院なのか?
辺りを見回す。
「………普通の家?」
ボクには普通の家という経験は乏しいけれども。
フローリングに控えめながら箪笥とサイドテーブル、椅子等が置かれた一室で、正直病院とは思えない内装だと感じ取った。
「………あれ?ボクの服は?」
今気付いたけれど、ボクは今薄手のワンピース程度しか羽織っていない。
靴や其れ等も、恐らく処分されてしまった可能性がある。
途端に恐ろしい事を考えてしまう。
「もしかして…」
ボクみたいな見た目に欲情する変態がこうしたのか?
路地裏のストリートチルドレンであれば面倒事は無く、ある程度綺麗にすれば乱暴して殺してしまっても特に問題はない。
想像出来ない程危険な事をされてしまうのでは?
そう思い始めると、自身の中にある危険信号を発し始めた気がした。
「……逃げなきゃ…!!」
幸いなことに、拘束はされていない。
路地まで逃げれれば何とかなる。
先ずはこの恰好では外で直ぐに凍え死にかねない。
点滴を抜き、衣装箪笥の前まで歩く。
大分古いものだけれど、中に何か入っていてほしい。
そう思って開けると。
「……良かった」
此処の住人の物だろうか?
自分より大きなジーンズやシャツなどが見つかるも、それ以外は全く見られない。
何としてでも出なければ。
そう思って見繕えそうな物を探し続け。
「血塗れ泥まみれの衣服はすまないが処分したぞ?」
「…!!?」
ドアを音を立てること無く開き、一人の男が立っていた。
「そう急くな。つい昨日まで敗血症になりかけてたらしいぞ?まぁ今は旧世界のマイクロマシン技術で治せたから健康そのものだろうがな?」
そう言いながら、ベッド脇のサイドテーブルに手に持っていたものを置く。
「ほら。腹減ってるだろ?」
指を差し、目で辿らせる。
置かれていたのは蓋付きの鍋と深めの皿。
少し蓋の穴から湯気が立ち昇っている。
それを見ていたら、お腹辺りから音が鳴った。
「……んっ…〜〜///!!」
「腹が減るのは生きてる証拠だろ。ほらベッドに戻って食べよう」
こうしてすっかり逃げるタイミングが失われ、男に言われるがままベッドへと戻された。
こればかりはどうしようもなく、次のチャンスを逃さないように此処は静観しよう。
「ほれ。卵と米だけだがこれで充分だろ?」
「………」
深めの皿に盛られたのは、恐らくお粥。
細かく散らばった卵の黄色と白米の白の2つの色が重なっている食べ物にボクはスプーンを差し込む事が出来ないでいる。
「…うん旨い。単純に塩と節だしで良いな」
ボクへの警戒を解く為なのか、同じ鍋からよそっては食べている。
よくよく見るとこの男は、あのモンスターを倒した探索者じゃないか?
「早く食べな。結構冷めたと思うけど?」
「あ…う…うん……頂きます」
スプーンに一杯。
口に入れられる位の量を掬い、其れを運んで食べる。
数日ぶりの固形物と塩味が口の中に広がる。
確かに男の言う通りに美味しいと感じられた。
「…はむっ!」
思わず、一心不乱にお粥を食べる。
路地裏で手に入れた食材で作ったけれど、其れよりも遥かに美味しく、身に染み渡る味わいとは考えつかなかった。
「…ふっふ。そんなに慌てなくても逃げねぇよ」
男が笑う。
ただこれだけで自分の警戒心が解けたことを全て食べきってから判明するまで、全く感じなかった。
其れが世の中で言う【善き人】という人物なのかも知れない。
アビスの朝は早い。
というよりも、この時期は殆どを陽の昇らない極夜として過ごすこととなっている為に早く行動することとなる。
「あの店が探索者組合と提携してる官営鉄砲店。銃器だけじゃ無くて、
時刻的には朝8時近く、少女の案内の元、ミヤモトは街の中を散策に出ていた。
理由は簡単。
ミヤモトはまだアビスの区画等に何があるかと言うのを理解していない事。
そして、少女からの提案で街の案内をすることとなった。
「ほら。ミヤモトの好きそうな所が此処の"青春通り"。立ちんぼに娼館、おさわり厳禁だけどソッチのサービス充実なサロン形式も沢山あるよ?」
「男の夢と浪漫溢れる場所なのは間違いないな」
まだ営業をしていない為か、殆どの店のネオンは消えた状態にある。
夜遅くまで営業する店が多い以上致し方ないと考えられる。
「それよりも性欲より食欲優先にしたいんだが…」
「ああ……ご飯ならコッチ。市場の中央から一つ手頃なチャイナダイナーがあるんだよね〜♪」
奢ってくれ。
そう言わんばかりに少女は笑みをこぼしてミヤモトへと向ける。
たとえ幼子であろうとも、その笑顔を向けられればどうしようもないのが男の性と言えよう。
「それくらいは奢るよ」
ため息まじりに答えつつ、ダイナーがある市場方面へと足を進める。
遡る事前日の夜。
『………ありがとう』
『どういたしまして』
空になった鍋を片付けた後、ミヤモトはベッド脇に置かれた椅子へと座る。
少女は、今の自分に起こっている出来事を考えた後に一つ問いかける。
『あの四足のモンスターを撃退したの…貴方?』
『四足?ああ…』
撃退というよりも撃滅が正しいと考えるが、其処については特に必要はない。
『……どうしてボクを助けたの?』
『必要だと思ったからだ。それ以外には無い』
『ストリートチルドレンみたいなものでも?』
『今の俺には特に気にする事でも無い』
淡々と、彼女が何者だろうと関係なさげに答える姿に驚きを隠せず、ただ目を何度か瞬きするしか出来なかった。
であるなら少女はこれからどうするべきか考え、1つ必要な事を答えた。
『……〔蘇芳〕』
『ん?』
『ボクの名前、〔
『そうか。俺の名前はミヤモトだ。宜しく』
お互いの名を言い合い、互いの手が差し出され、握手をする。
蘇芳とミヤモト。
2人はまだ先の事は分からずとも、何となく上手くやっていけそうな不確定な思いを馳せながら、自分の事を話していく。
アビスより数km程先
大陸北方地帯の治安と平定を行う為、かつて存在していた大都市国家をそのまま組み込んだ軍隊がある。
【UCF北方防衛軍】
通称、【北方軍】と呼ばれる規模20万人以上が所属し、辺境と言われているこの大陸北側を護る軍である。
北方軍が所有する部隊は4つ。
軽装甲機動車等を所持するUCF北方防衛機動群第41機甲師団。
兵站や補給線確保の最前線に立つ第5歩兵師団。
各火砲、車両兵装を運用、戦闘ヘリ等を利用する第7機甲戦闘旅団。
これら全てが、北方の要、遥か先の凍える大洋に現れたとされるダークワンとの戦いに投入される防衛部隊である。
北方軍基地
強固なフェンスと地雷原の敷かれた敷地内に冬季は使用不可能な滑走路に、幾つか走らせること無く鎮座する戦車や軽装甲機動車等の兵器の雪を払う。
前大戦以前の骨董品ではあるが、まだ動かせる故にメンテナンスを行う。
彼等歩兵師団の役割としては寒風吹き荒れる中で雑用をこなしながら、不平不満を口から出さぬよう無心に働くしか無い。
「ひぇ〜。寒い…」
「後で茶を沸かすから頑張れ」
「手が悴んできた…」
防寒着は無論の事、厚手の手袋での作業をしているも、幾つかの部位によっては素手で行わねばならず、薄手のゴム手袋を着けてから触れる。
もっとも、金属に触れて直ぐに凍結でべったりと貼り付く為気をつけなければ、皮膚が破ける場合もある。
「畜生。機動連隊の奴らは悠々と格納庫で作業かよ…」
「仕方がねぇよ。ARMSの稼働上極寒地帯で置きっぱなしは出来ないからな」
「…〔モウロ〕中将お抱えだからか?……クソだな」
──それを言うならば此れ等の車両も同じだと。
そう言いたげに苦々しく顔を歪ませる。
兵士達の間にある階級差では抑えられないであろう不平不満は少しずつ降り積もる。
今現在の雪景色のごとく。
其れを遠くで佇まい、静かに見る男が居た。
整髪料で右八分に分けた髪型にベレー帽を被り、寒冷地用のコートを首元まで閉め、サングラス越しに様子を窺いながら、兵舎へと戻っていく。
「………調査が必要だな」
男が周りに聞こえぬ様、一言呟く。
兵舎の中も外と然程変わらない寒さを感じ取り、兵士達の不満が募ることを理解する。
如何に僻地とはいえ、それなりの予算が充てられている事を男は知っている。
であれば何故此処まで空調等の設備が使われていないのかが不可思議に思う。
「……とはいえ。新任の文官に任せられる仕事など無いだろうがね…」
先程言った言葉とは異なる弱気にも見える言動に自身へため息をこぼす。
見る者からすれば、中央出のお坊っちゃまが軍内政争に負けて左遷されたと見るだろう。
其れについてはあながち間違いではない事に男は顔を渋る。
ただ、左遷したとしても階級は変わらず、給与は支払われるし、満期で勤めれば年金は月に5,000ガルズは手に入る。
後は静かに副業として好きな刺繍アートと菓子作りの店でも作って暮らせることを夢見て置こう。
そう考えていた矢先。
「…………ん?」
考え事をしながら充てがわれた自身の執務室の椅子へと座り、机へと向かうと、鍵のかかった引き出しを見つける。
試しに開けてみようとするも、鍵が閉じられており、無理矢理開けたならば何かが起こる可能性を考え、一旦止める。
「どういうことだ?」
鍵穴を眺めながら疑問に思う。
前任者も同じく、佐官であった。
であれば、この引き出しは持ち出し厳禁の書類を入れる場所であろう。
しかし、引き継ぎは前任者の部下と言っていた尉官の女性が最低限の書類を渡し去ってしまい、その尉官も別の基地へと異動、情報を得ることは難しい。
どうしたものかと考え、仕方がなく刺繍に使う針2本を鍵穴へと差し込み、ゆっくりと奥に押してみる。
「左に2回…右に1回…」
鍵穴付近に耳を当てながら鍵の形状を想像し、解錠を試みる。
本来ならば違法になるだろうが、あくまでも開かない設備を開ける為の手段。
見られなければ大丈夫だと心に念じながら最後の山を探り当て、音が鳴った。
「……よし」
引き出しの取っ手を持ち、引いてみる。
なんの苦もなく開けられた。
恐る恐る中を覗くと。
「………何だこれは?」
あったのはただ一枚の紙。
四つ折りにされた紙を手に取り、開いてみる。
| これを見た者に告発する。モウロ中将は何らかの手段を講じてUCFに対し、クーデターを行おうとしている。 私が調べた中で気になったワードは【月】と【塔】の2つ。 これが何を意味しているかは分からない。私も調べていることに気づかれている。 もしも、君にまだ良心があるならば…頼む。 |
|---|
「…………はぁぁ…」
好奇心は猫をも殺す。
その言葉を思い浮かばせながら、男〔ムスカ〕は自身を呪うのだった。
蘇芳。
ショートヘアとまだ幼さを残した青少年とも言える年齢の子供が路地を拠点とするストリートチルドレンになったのはありふれている酷い訳がある。
両親の記憶はおぼろげ。
気が付くと地下街の路地に居たらしく、其処だけはホットパイプによって暖かさが保たれ、生きながらえた。
とはいえ、食料は必須である以上多少なりとも出てきた残飯を漁り、盗みも平気で行ってきたと話した時には少しばかり辛さを感じ取った。
「今回の仕事もさ…上手くいくと思ってた」
仕事。
つまり背負子役はアビスでも他でも珍しくはなく、手に入れた戦利品で重くするわけにも行かない探索者が使う手である。
しかし襲われたとはいえ、背負子役を囮にする行為は三流のやること。
次を考えたら多少のリスクを負ってでもと考えたが、自分の甘さ加減の現れかも知れない。
「…でも。まぁ…ミヤモトと会えたし。良かったよホントに」
「なら良かった」
自分にとってみれば其れ程大それた事では無いが、無力な少女には応えたであろう。
身を守る武器もなく危険地帯に足を踏み入れようとする管理能力の無さには頭が痛いものの、反乱などを恐れて武装をさせない者も少なからず居るだろう。
何方にせよ、こう出会えたお陰で色々な情報を得られた事や顔馴染の店などの品揃えを見ることが出来た。
「グロックとベレッタ、どちらが使いやすい?」
「うーん…、どっちも樹脂ポリマーだし。此方のベレッタで」
「はいよ。マガジンは2つオマケしてやる」
「ありがとう、爺ちゃん」
白く蓄えた髭の老人が売る屋台でベレッタ製
ついでに9mm弾の箱を4つ買うと、セットの弾倉2つにもう2つオマケを貰う。
中々に商売上手だ。
多分部品取りで余った弾倉があったのだろう。
それの処分と考えれば在庫にするより良く、こうして良客を増やすには丁度良い手段だと思う。
その後、マーケット内の食べ物屋からラップサンドや串焼き等を買っては食べ、必要になりそうな装備を着けては買う。
前回の収穫からの売上がどんどん目減りしていくだろうが、これも安全マージンを優先した結果だ。
「動作は大丈夫そうだな…9mm×39弾?随分と珍しい奴だな…」
マーケットを過ぎてから入ったのは官営鉄砲店。
蘇芳の体格に合わせた銃ともなればそれなりに威力がありつつ身体にフィットする物が良い。
出来れば自動小銃がいいのだが、生憎彼女の身体では長い小銃は扱いづらく、短機関銃かその他となってしまう。
「…うむ…」
何が良いかと考えた結果、見つけたのはM9A3と同じ口径の
同社の
「使えそうか?」
「…やってみる」
店主から奥の射撃所を使わせて貰い、試射を行う。
「照星と合わせ、撃つ」
9mm特有の発砲音が響く。
彼女も初めて撃ったのか、少し驚いた顔でまじまじと見ていた。
「今後は指切りやトレーニングも追加してくぞ?」
「…あっ、はい…」
こんな事で驚いていたらアビスで生きていくのは難しい。
本格的に潜る迄、どれ程教えられるか楽しみになっていたのは言わないでおこう。
to be continued