※この作品はR-18です。

エリート変人と麗しき変人の奇妙な契約   作:aoiaoi

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決意

 8月初めの朝。

 GSのバイトへ出かける準備をしながら、明るい日差しが注ぐ窓を全開にした。

 

 まだ少し涼しさのある海風が、心地よく流れ込んでくる。

 

 沢木さんと話してから、色々考えた。

 そして、思い至った。

 このまま、ここでこうしているわけにはいかないのだと。

 

 時期外れではあるが——就活を始めてみよう。

 自分が学んできたことを生かせそうな求人を、片っ端から探してみよう。

 

 もちろん、新卒生の就活のようにスムーズに進まないことはわかっている。

 しかも——

 なぜ、新卒の時期に就活をしていないのか。なぜ卒業から今までアルバイトなのか——。

 その部分は、おそらく履歴書の印象にも影響するだろうし、面接でもまずそう聞かれることは間違いない。

 

 それでも——やっぱり俺は、家を建てる仕事をしたい。

 神岡の会社を見学した時の高揚感が、俺の中で熱を持ち始めていた。

 それを叶えるために……今できる事は、何でもやりたい。

 いつまでも立ち止まっていては、何一つ物事は進まないのだ。

 

 そして——傍目からは微妙に映るであろうそのアルバイト期間で、自分が何を得たのか……それを隠すことなく、自信を持って伝えてみよう。

 誰が何と思おうと、それは俺にとって、今までのどの時代よりも大切な時間だったのだから。

 

 就活と並行して、公務員試験の勉強も始めようか。

 試験の点数なども選考に含まれるし……新卒が断然有利な民間企業への応募よりも、道の開ける可能性が大きいかもしれない。

 ただ、自分が本当にやりたかった「家を建てる」仕事がそこでできるかどうか……それはわからないが。

 

 

 学生時代を終えた段階で、自分の意思で自分の道を選んでみて……とりあえず思った。

 実際に足を踏み入れて経験しなければ理解できないことが、人生にはたくさんあるのだ、と。

 

 自分の選んだ道が予定と違う。振り返れば、そんなことだらけにもなりそうな気がする。

 

 でも……予定通りの道しか歩けないと言われたら、それもまたつまらない。

 自分の思ったことを、思うようにやってみたい。そうでなければ、せっかく生きている意味がない。

 

 だから——どんな状況の時も。

 今、目の前にあることに全力で向き合う。

 自分の選んだ道を後悔しない方法は、それ以外にないのかもしれない。

 

 

 この月末に、ここの部屋も出ようと思う。

 これからどう動くにしても、とりあえずアクセスの良さは確保しなければ。

 アルバイト先にも、月末で辞めたい旨を伝えた。——短い期間で、先方には申し訳ないのだが。

 

 深呼吸を一度して、窓を閉める。

 アパートの外階段を駆け下り、いつものGSへ向かった。

 

 一日の始まりの海は、まだその色も淡く、なんとも爽やかだ。

 この海とも、またしばらくお別れだ。

 

 次に来るのは、いつだろう——そんなことを、漠然と思った。

 

 

 

 給油機の点検などをしていると、今日最初の車が入ってきた。

 

 シルバーの、美しく輝くメルセデス・ベンツだ。

 

 ——ここでも、この車に乗ってる人いるのか。

 懐かしい。

 

 車は、駐車スペースに滑らかに止まった。

 

「いらっしゃいませ」

 車に走り寄ろうとすると——持ち主が静かにドアを開けた。

 品の良い物腰で、座席を降りる。

 

 すらりと長身の、誰の目をも惹きつけるハイクラスなオーラを纏う男が、ドアの外に立った。

 

 

「—————」

 

「見つけた——柊くん」

 

 

 最初に会った時のように——彼は、大股に俺へ向かって歩いてくる。

 喜びと、痛みと、苦さと……様々なものが入り混じった、この上なく複雑な表情で。

 

 ——なぜ、ここが……?

 ここへ、何をしに?

 

 一気に疑問が溢れ出るが、思考は全くまとまらず……声にすらならない。

 

 その時——完全に停止した脳を甘く溶かすように、何かが俺の感覚を強く刺激した。

 

 ——ああ。

 これは……ホワイトムスクだ。

 

 彼の匂い。

 たまらなく甘く、懐かしい匂い。

 

 

 めちゃくちゃに混乱した俺の手首をぐっと掴むと、神岡は店舗へと向かって歩く。

 

 店のドアを入ると、彼は美しい微笑と艶のある声で礼儀正しく店長へ会釈する。

「——店長。このように突然お邪魔しまして申し訳ありません。

 私は、こういうものです」

「いらっしゃいませ……は?」

 状況がよくわからないままに神岡に渡された名刺を見て、店長の目はみるみる丸くなる。

 

「あの……神岡工務店の、副社長様……?

 私どもに、一体どのような……? あ、うちのスタッフが、何か粗相でも!!?」

「いえ、そうではありません。

 こちらのスタッフの三崎 柊くんに用がありまして。

 実は……彼は、当方と結んでいた雇用契約をまだ終了しておりません。

 つきましては、大変身勝手なお願いなのですが……その件について彼と早急に話し合う必要がありますので、今日一日、彼をお借りすることはできないでしょうか? 残念ながら、本日中にはこちらへは戻ってこられないと思うのですが……

 このお詫びは、私から充分にさせていただきますので」

 

「え……雇用契約がまだ?

 いえいえこちらこそ、そうとは知らず……三崎くん! そういうことなら、きちんとこの方とお話をしなきゃいかんだろ!?

 もちろんです、どうぞこちらのことはお気になさらず……!」

「えっ、あ……雇用契約って……あれはもう……」

「僕はまだ、君のあの申し出を受理した訳じゃない」

 俺のわずかな反論に、神岡は冷静な横目で俺を制す。

 

 うあ、やばい……

 もしかして、怒ってる……??

 

 ロッカールームに戻って急いで作業服を着替え、リュックをひっつかむ。

 ああ……もしかして、これからすっごい怒られるんだろうか、俺……??

 会えて嬉しいどころか……ものすごいペナルティ背負わされる、とか……?

 

 わたわたと混乱したまま神岡の元へ戻り、慌ただしく店長に謝罪する。

「あの……そういうことみたいなんで……店長、すみません……なんかご迷惑をお掛けして……」

「店長、ご配慮深く感謝いたします。じゃ、三崎くん、行こう」

 

 俺はびくびくと縮こまりながら、神岡に連行されるように店舗の外へ出た。

 

「君も乗ってくれ」

 車に乗り込み、俺を助手席に着かせると、彼はすぐにスマホを取り出し、誰かと通話を始めた。

 

「……はい。見つけました。これからすぐに戻ります。

 ——では、着いたらすぐに面談ということですね。……はい。よろしくお願いいたします」

 

 通話を終え、ビジネスバッグへスマホを戻すと、彼はすぐにブレーキレバーを下げて車を発進させる。

 

「あの……神岡さん」 

 

「会いたかった」

 

「…………」

 

「君に話したいことが……まとめきれないくらい、たくさんある。

 けれど……今はまだ、何も話す気にならない」

 

「————」

 

「いきなりで、本当にごめん。

 でも……君を迎えに来るための準備が、やっとできたんだ。

 これから、君を連れて会社へ戻る。

 そこで、親父……社長と会ってほしい」

 

「……は?」

 

「——君を、ウチの会社の設計部門に採用したい。

 もちろん、君に来る気があれば、の話だが。

 そして——父が君と会って、採用という結果を出せば」

 

「…………」

 

「父は、今日君と面接をして、すぐに採否を出すと言っている。

 その結果を、まず聞いてから……それから、全部説明したいんだ。

 

 そして……僕との雇用契約は、今を以て解除する。

 僕と君の繋がりは、これで一切なくなった。

 これなら、君がウチに入社しても何の問題もないはずだ」

 

「…………わかりました。

 ならば、お受けします。神岡工務店の採用面接」

 

「——ありがとう」

 

 そのまま俺たちは、ほとんど何の会話も交わすことなく——ただ神岡工務店までの道をひた走った。

 

 

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