※この作品はR-18です。

アイマスのアイドルが童貞をもらってくれるシリーズ   作:ふりーじ屋/家庭内禁書

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デレステ「ストーリーコミュ」第22話では文香がアルバイトをやめている、と言及されました。たぶんこんな事情でやめたのではないでしょうか。

違うでしょうね。


鷺沢文香さん、魔が差してショタくんの童貞をもぐもぐしてしまう(非Pドル、おねショタ)

 

 私が、とある少年へと犯したみだらな過ちについて筆をとっているとき、ドナルド・キーンの言葉が思い浮かびました。

 いわく「世界に日本人ほど日記を付ける国民はないと思う」とのことです。

 アメリカ生まれのキーンは、大学で日本語の研究をしていたところ、第二次世界大戦で日本軍から押収した文書を解読する任務のため、米軍に召集されました。軍中の正式な文書のほか、日本兵が手帳に書き残した私的な日記も解読していたそうです(キーンはまず、日本兵が公然と日記をつけていたことにびっくりしたそうです。情報漏洩を防ぐため、米軍は兵士に日記を禁止していました)。戦後、日本文学や思想の研究を続け、日本文化の世界的権威と呼ばれる文学者になりました。日本人のつけた日記だけを取り上げたエッセイも、何冊か著しています。

 

 私が、とある少年へと犯したみだらな過ちについて筆をとっても、誰かが得するわけではありません(私に谷崎潤一郎並の文才があったならばともかく……)。

 私が、本来なら書を読むのにぴったりのひとり静かに過ごせる時間に、罪悪感に胸をじりじりさせながらこれを書き綴っても、それを読ませたい人など思い当たりません。

 むしろ、これが人目に触れてしまえば、この件にかかわった人の心を傷つけたり、私の評判を損なったりするかもしれません。

 にもかかわらず、書く手と、読み直す目とが止まらないのです。日記好きの日本人のさがでしょうか。こう書くと、ほかの日本人から「いっしょにするな」とお叱りの言葉をいただくでしょうが、しかし後に記す通り、いかがなものかという赤裸々な私生活をわざわざ綴った人間は、私ひとりではないのです……。

 

 少年のことを、ここからQ君と記します。

 私がQ君へ過ちを犯したのは、私が大学に入ってまもないころ、Q君が小学校高学年のころでした。私は大学進学のため上京し、神保町で書店を開いている叔父夫婦のもとに下宿していました。

 Q君は、私や叔父から少し親等の離れた親族でした。Q君の姉が慢性疾患を治療するため御茶ノ水の某病院に入院しており、Q君一家で上京していたようです。Q君の生まれは私と同じ信州でした。

 

 私とQ君が出会ったのは、東京のうだるような夏のころでした。私にとっては大学の期末試験、Q君にとっては夏休みが始まったばかりといった具合でした。

 私は叔父夫婦から「病気だからしかたないとはいえ、親御さんがお姉ちゃんばかりかまっていてQ君がかわいそうだ。せっかく信州から上京していることだし、なんとか時間を作ってかまってくれないか」とQ君のことを頼まれていました。

 私は戸惑いました。内向的な私が、年下の少年をうまく「かまって」差し上げられるか心配だったのです。

 ただ、それは杞憂でした。

 Q君は線が細く引っ込み思案で、本が好きな……つまり昔の私にどことなく似ている少年でした。またQ君も、姉がいるおかげか、男子小学生の割には年上の女とのコミュニケーションに慣れていました。それで、私が思っていたよりずっと労せず打ち解けることができました。

 そして、私が叔父の古書店の一角で店番をしていると、Q君がその隣にいすを並べて、ふたりで古書店の姉弟が仕事を手伝っていますよ、とでも主張するようなありさまで「かまって」いるようになると、叔父夫婦に呆れられました。

 これについては、私にも言い分があります。私も、当初とぼしい知識と経験を振り絞って都内で小学生男子が楽しめそうな場所を考え、Q君を連れて行ったのです。しかし、屋外ではじりじり肌を焼く太陽とむわむわ肌にまとわりつく湿気に襲われ、それらから逃れれば電車や屋内でいきなりきんきんに冷えた空気に……という過酷な環境に、ふたりとも嫌気がさしてしまったのです。

 

 Q君は国語と社会科が好きとのことで、一般向けの本もひとりでほとんど読みこなしていました。けれどお店の書棚の中には――私たちは、本を汚損せず、読み終わったあときちんと元の場所に戻す限り、お店の商品を断りなく読む許可を得ていました――旧字体や変体仮名が使われているなど、Q君の興味を引くだけ引いて中身を読ませてくれない書がたくさんありました。そこでそういった本は、私がQ君に教えたり読み聞かせたりしていました。私にとってはちょっとした先生気分でした。私がQ君に丁寧語で話していたのもその気分に拍車をかけていた気がします。くだけた口調で話すと、Q君に対して「私がお姉ちゃんの代わりになってあげますよ」と言外に示してしまうようで、差し出がましく思われたのです。

 もっとも、店番をしながらどうどうと本を読むのはお客さんの手前はばかられたので、カウンターの下に隠すように本を膝の上に置いたり、それだと本が傷むかもしれないので本と膝のあいだにクリップボードを挟んだり……と、先生気分の読み聞かせはこそこそしていました。

 

 

 Q君の夏休みが終わりにさしかかってきたころ、いつものように私が店番しながら読書にふけっていると、Q君が奇妙な冊子を私に手渡して、読んで欲しい、と頼んできました。

 その冊子は、重ねた紙の束の右側に小さい4つの穴をあけられ、糸で綴じられ……和綴じの四ツ目綴じの本でした。表周りだけ型紙で、中は淡いクリーム色の再生紙に、いちいち定規で引いたらしき縦罫線に沿って手書きで文字が記されていました。

 明らかに印刷物ではありません。

 では、昔の学生たちが仲間内で作って回し読みしていた同人誌……にしては、紙が古ぼけていません。だいいち、仲間内だけで回し読みする冊子でも、ガリ版刷りぐらい使うでしょう。

 

 Q君にうながされるままページをめくっていると、そこに書かれている文章の筆跡と内容が、装幀よりももっと私を困惑させました。パイロットのなかでもつけペンを模した書き味の万年筆で、ときおり独特に崩した字を……私はそれがほぼ間違いなく叔父の筆跡である、と判断しました。私が古書店の手伝いを始めたばかりのころ、解読にいささか手間取ったものです。Q君が読めなくても無理もないでしょう。

 そして内容は、時代がかった文体や婉曲な隠喩をちりばめて糊塗されていましたが……しとやかな女子大生が、親戚である年下の少年に性の手ほどきをする……という性的なものでした。流し読みした限りでは、官能小説と言って差し支えないものでした。そう思うと、隠微な表現の一つひとつが、かつて、警察署からの呼び出しをくらわずに済ませるためなんとか直接的な表現を避けて読者にセックスを思い浮かべさせよう、と努力していた……と伝わる、官能小説家や編集者らのみだらで涙ぐましい努力と重なって見えてなりませんでした。

 

 私はQ君に「別の本にしましょう」と提案したのです。しれっと「すみません、字が崩れていて、私もよく読めなくて……」などとわからないふりをしたのです。しかしそれでは押し通せませんでした。どう説いてもQ君がいっこうに承知せず、困り果てました。私が流し読みしているようすをQ君はそばで見ていて、「読める」と察してしまったのでしょう。

 いまであれば……Q君が妙に強情なのは、叔父がQ君になにか吹き込んでいたのだろうな、程度の察しはついたのですが。

 そういうわけで、私はQ君といっしょに、叔父が執筆したらしき官能小説を読むこととなりました。

 

 

 

 Q君への読み聞かせを進めていくと、セックスを示唆する描写が書き記されているところがやってきます。そこはもってまわった表現が使われていたり、ふだんまず使われない語彙が選ばれていたりしたので、Q君の質問が多くなりました。

 私はQ君の質問に対して、保健体育の先生のような心持ちを努めて作り上げて応対していました。ですが、その心持ちをあまり長続きさせられませんでした。

 その原因の一つが、この官能小説まがいの書き手の書きぶりでした。作家が彫心鏤骨の思いで練った文章というよりは、とめどない妄想をなんとか走り書きした、という風情でした。私は筆跡の崩し方を見た時点でうすうす「走り書きしたのでしょうね」と推測していたのですが、私の推測以上に叔父は急いでいたようです。誤字脱字があっても清書し直さず二重線や校正記号で字句を消したり挿入したりで済ませて、手の小指かなにかでインクがかすれているのもそのまま。あるいは、叔父が妻や私の目を盗んで、短時間で執筆“しなければ”ならなかったせいかもしれません。その光景を想像してしまうと、なんだかおかしくて、どうしても保健体育の先生のような真面目さが保てなくなります。

 それならわざわざ真面目に読み続けなくてもいいのでは、という気がしてくるのですが、私たちは不真面目に読み続ける理由がありました。叔父が書いたかもしれない性的な文章を勝手に読んで、しかも店番中に……しかし好奇心が抑えられませんでした。さすがに叔父の日記だったら読むのを止めていたでしょうが、文に出てくる人間が女子大生と少年で、明らかに叔父自身ではないので……と言い訳がましくページをくりました。

 

 Q君とその冊子を読んでいる内に、冊子のままならぬ執筆事情が、行間からもちらちらと見えてきました。

 例えば――淡い桃色の小さな突起が、わずかに充血しながら少年の目前でふるふると震えている。少年がそれに触れると、陰門から淫靡な肉音がかすかに漏れた。少年にあえかな木の芽をひとしきり撫でさせたあと、包皮を剥かせ薄い赤紫色に膨張した女核をむき出しに――おそらく、作中の女子大生が自分のクリトリスを少年に愛撫させている場面なのでしょう。

 同じ人物の同じ場面の同じクリトリスを表現するのに、単語を毎回変えています。同じ表現が連続しないように、というのは純文学でよくあるルールですが、それにしても切り替えが慌ただしく不規則に感じられました。唐突にコイタスやヴァギナといった直截な言い回しも出てきます。コイタスがコイツスになっていたりヴァギナがワギナになっていたり、表記も不自然にゆれていました。

 まだまだ奇妙なことがありました。2~3段落前に書かれた表現が再び使われたり、性的表現の雰囲気が変わるとそれ以外の文体まで微妙に変わったり、女子大生が少年にクンニリングスをうながしたそばから乳房を揉ませているといった体勢の矛盾があったり……なんだか、手近な官能小説を書き抜いて連ねた、コラージュやパッチワーク作品のようです。叔父が性的妄想を書き記したいと思うのはともかく、なぜそれをここまで荒っぽく慌ただしく書き記さなければならなかったのでしょうか。もし十分な執筆時間と環境があったならば、性的経験にとぼしい私でも、もう少しそれらしい官能小説が書けたと思います。

 

 Q君は、私が手を伸ばせばすぐ触れられる隣で、私のたどたどしい保健体育まがいの説明を聞いています。私のすぐそばにこの線の細い体つき。160センチそこそこで運動の苦手な私でも、どうにか抑え込めてしまえそう。真剣な眼差しでしたが、頬がいくぶん赤らんでいました。セックスの意味はともかくとして、いま私と読んでいる本の内容は他人へ話すべきでない秘め事だ、とは理解しているようでした。

 そういうQ君に対し、真夏の昼下がりで誰もお客さんのいない古書店の店番をするふりをしながら、私は小説に書かれているフェラチオやクンニリングスの描写を説明していました。ひとつ説明するたびに、興奮と後ろめたさが頭蓋骨の頭頂部がわにじりじりと1文ずつ焼き付いていく心地でした。Q君は疲れを知らないのか、私に何度となく質問を浴びせました。特にペニスの皮を剥く描写の理解に苦しんでいたようです。彼の包皮がすでに剥けているかどうか……言葉のやり取りだけだと、私は判断しかねました。女性器の構造も彼にとって難しかったようです。きっとまだモザイクなしの女性器を観察したことがなかったのでしょう。

 ここまで来ると、ひとつを言えばふたつを言うも同じなのに、ふたつめを言うときに気づかれなければふたつめは言わずに通り過ぎたい気持ちが起こって来ました。後ろめたかったのです。しかし私はQ君にうながされるとあらためて性器の構造やペッティングやあれこれを説明しました。後ろめたいことを教えている自分に興奮していました。意思で否定しても、肌の内側にざわつく感覚が抑え切れませんでした。理性では「もうこれで、おしまい」と、かくれんぼを終わらせるように、本を閉じてわきのほうに押しやってしまえないか、と考えていたのですが、どうしてもできませんでした。

 Q君のお姉さんや家族が病気で心を痛めている最中に、私はこの有様です。いつかQ君を連れて歩いた上野公園か上野動物園で味わった夏の暑熱より、私の頭をくらくらさせられます。

 でも、叔父がこんなものを書いてよこしたせいです。私は理性が指摘する疑問点をしいて踏み消して、ともかくこれを叔父が書いたものと決めつけることにしました。

 あるいは、Q君がいつまでも質問してくるせいです。子供にまで責任転嫁している状態では、私の羞恥心など、私の頬を赤らめるぐらいにしかなりませんでした。

 

 本のなかで、私をモデルのひとりとしたらしき女子大生が――彼女は、私だけがモデル、とはとても思えないほどの美辞麗句で彩られていました――自分はまだセックスの経験がない処女であるが、それでも少年と肉体を重ねてセックスを教えて良いものか……と少年に告げるところで、叔父がとうとう書きあぐねたのか、紙幅がいくらか残っているのに官能小説が途切れていました。

 私はつい苦笑いしてしまいました。

 私は処女ではありません。高校時代の私は人並みに異性への関心があって、人並み以下ではありましたが男性とお付き合いし、セックスに及んだこともあります。それがあまりよい思い出ではなかったのです。それで大学生の私は、高校時代の私より非社交的になっているのです。叔父は、子供のころの私といまの大学生の私しか知らないので、未経験だと想像したのかもしれません。

 勝手に私を妄想の対象にしていた叔父の期待を裏切って“やれた”ならいい気味、なんて皮肉な笑いでした。

 もう私の中では、すっかり叔父が官能小説を執筆して、Q君を介して私にこれを読ませて楽しんでいることになっていました。さすがに「書きましたね?」などと確かめていませんが。本当だったら……それでも、姪・こま子を犯してそれを『新生』として公表してしまった島崎藤村よりはおとなしいですね。

 ひどい話です。

 叔父が藤村なら、その叔父の辱めにかこつけてQ君を犯して、それをここに書き綴っている私は誰でしょうか。しいて言えば徳冨蘆花がお似合いでしょうか。ドナルド・キーンの受け売りによると、蘆花は自殺した友人・小笠原善平の妹でまだ若かったお琴の生活を支援していたのです……が、欲情のあまり彼女に無理やり抱きついてディープキスしてセックスしようとして拒絶されたことを、克明に日記に書いています。ほかにも、蘆花の妻・愛子が入院しているとき、まめにお見舞いに行きながら、家では女中の「きよ」とセックスまがいの快楽にふけり、夫婦の写真の前で性器をこすりつけあっていた……などとも、克明に日記に書いています。印税にもならないのに。

 なお蘆花が没したあと、彼の日記は愛子が「日々を巨細もれなく、あらひざらひ書きとめてゆく彼の真剣さ、正直さ、人の前に書くのでは決してなかった。」といい、修正・削除いっさいなしとの条件で出版されたとのことです。

 叔父が藤村で、私が蘆花。思いつきの比喩で、嫌悪感と親近感を同時に覚えてしまいます。

 そういえば蘆花も、妻以外の女性とさんざん不貞行為をはたらきましたが、妻に対する愛か罪悪感かで、ついぞセックスを断念していたふしがありました。なんだか、このセックス寸前で止まってしまっている小説とこじつけて考えてしまいます。

 

 私はQ君を犯したのです。

 手ですぐ触れられるほど近いQ君を見ると、かつて持っていた異性への関心がむくむくと頭をもたげたのです。それを抑えられませんでした。

 もっともQ君が、もう少し二次性徴をしっかりと済ませていて、私以上の腕力を持っていたら、こずるい私はとっくに本を閉じていたでしょう。

 Q君は安全でした。線が細いので、私が腕力で抑え込んだり突っぱねたりできる子供でした。引っ込み思案なので、私に何かされたとしてもほかの大人に言いつけることができない子供でした。それでいて、もしセックスができるなら私の好奇心を満たせるかもしれない男でした。叔父が作中“19歳”の女子大生に「自分がまだ未成年だ」と語らせていたくだりを思い出しました。間違っています。もう私は、少なくとも法律上は大人扱いなのです。

 叔父の小説を、筋書きとして利用しました。私は「この本に書いてあったことについて、私の説明が理解できましたか」とQ君に問いました。Q君は「よくわからない」と答えました――私がそう答えさせたのです。

 それらが私を打算に走らせました。

 

 その瞬間、奇妙なことに、私は心のなかで「誰か助けてください」と叫んでいました。古書店にお客さんの一人でも入ってくるか、店内に入らずともちょっと中を覗いてそれを検知した自動ドアが動くだけでよかったのに。外出している叔父夫婦から、あるいは数少ない友人から電話の一本やメッセージのひとつでもやってくるだけでよかったのに。

 そうやって、本当に誰かに止めてもらいたくなっていたのか、ここで言葉に書いてはじめて、もしかしたら助けを求めたかった願望がいまさら生じてきたのか。われながら怪訝な目で自分の気持ちをながめています。

 実際は誰も助けてくれませんでした。

 私が“かつて”誰かに束縛されて自分の身を脅かされていた、“としましょう”。そういうとき、それなりの勇気を奮い起こし、それなりの知恵を絞り出せばどうにかなったものです。それからしばらくたって、私の勇気は図々しく、私の知恵はずる賢く成り果てていました。いったいどうすればよかったのでしょうか。

 いま考えても遅いですね。

 私のなかの、慎みと呼ぶにはおこがましい躊躇が、紙のように薄い壁となってぱたぱた倒れていったのです。

 

 

 

 

 

 

 

>入浴後、琴を抱く。而して接吻。細君を抱いたり接吻したりする様の気もち。琴が逃げも避けもせぬのは、余を恐れるのであらうか、余を愛するのであらうか。千円が役に立つた様では、詛(のろ)はれた金である。

(『蘆花日記 一』筑摩書房/大正3年7月15日)

 

 

>今日も琴を抱きたかつたが、機会がなかつた。犯さうかと思ふ。敗北がいやさに我慢して居る。

(同/大正3年7月16日)

 

 

>琴を抱く機会は今宵の外にない。千載一時と抱いたが、「おとうさん」とはぐらかされて、悶々でならぬ。「おとうさんではない、おれはお前に惚れて居るのだ、おれは是非ともお前を婬せねばならぬ」と云ふ機会が欲しかつたが、到頭其機会がなかつたのだ。例の通り不徹底である。思い切つて強姦すればよかつたのに。(…)

>[以下三行は夫人の書込み?]

>妻の誕生日を何ぞけがすの甚しき、やぶいて焼いてすてゝもよい此頃の日記ながら、胸底にひそむ清い生命までも亡ぼすにしのびない、暗涙をのんでいかして置く!

(同/大正3年7月18日)

 

 

>おれは八畳の額にあるシスチン(ヴァチカンの礼拝堂)、マドンナのマリアさへ眺めていると、婬したくなる。

>陽物の短小と、気力の弱いのが気障である。摺古木(すりこぎ)大の陽物をもつて、一夜に三十人の娘を満足さす様に働きたいのだ。

>お琴をすら婬し得ぬ様では、おれも駄目だ。

(同/大正3年7月19日)

 

>夜また交合。細君の裸体は、白くて肉づいて美しい。余が秋草的に近来性慾猛烈なので、彼女は観音的慈悲心を起し、実は静養すべきを自ら迎へて相手になつてくれる。気の毒でもある。然し観音様の抱き心地は甚好い。

>但(ただし)美は美でよく、醜はまた醜でよい。霊肉共に美しい観音様を抱くのも好いが、それで満足出来ぬが多情子の本分である。

(同/大正3年8月4日)

 

 

 

 

 

 

 

 官能小説の筋書きにかこつけて、初めてQ君に私の乳房を触らせました。彼の手つきはこわばっていました。私は服とブラジャーごしにも、彼の指で押される痛みを感じられました。痛いです、と眉をひそめながら、口角で笑っていました。

 それからしばらく、Q君は線の細い体のくせに、私の乳房をオモチャのように乱暴に扱っていました。それでいてQ君の目つきや吐息は、興奮と執着とを孕んでいた気もします。官能小説をふたりで読んでいるのに、私だけがセックスの意味をしっかり知っていて、私だけが興奮して……というありさまだったので、Q君がいらだっていたのでしょう。私は、着ていた野暮ったいサマーニットを乱暴にめくりあげられても、「しかたない子ですね」と許してあげました。許すふりをして、「これでQ君も共犯者ですよ」とみだらな禁忌へと引きずり込みました。

 

 Q君が私にしていたこと……公衆の場で、明確な性的同意なしに(私は、叔父の作中の女子大生より狡猾に立ち回っていて、明確な性的同意を与えていませんでした)女性の服を剥いで、ブラジャーを露出させ、乳房の膨らみを手でもんだり、谷間に顔を突っ込んだり……いくら小学生であれど、言い逃れできない性的暴行です。同じことを、かつて体を許した男性にされたら、私は恐怖にかられて何もできなかったか、予想もできない何かをしでかしていたと思います。

 でも、やはりQ君は安全でした。おかげで私は、脳漿が沸騰して目や口や鼻や全身の毛穴から吹きこぼれているのではないか、という錯覚を味わっていました。スカート越しの膝の上にあった官能小説が、クリップボードとともに落ちそうになりました。落ちたらさすがに本に悪いですし、クリップボードと床がぶつかってがちゃんと鋭い音でもなってこの狂った雰囲気が壊れでもしたら……と、私が考えられる余裕があったほど安全でした。

 そのぶん私は危険なことに挑んでしまえるのです。いくらQ君が安全でも無意味です。これでは私が世界一“安全”な相手とセックスできたとしても同じぐらい危険になるでしょう。

 

 Q君は興奮や緊張でいっぱいのままのようでしたが、私の反応で勢いづいてきたのか、私の肌にあざがつきかねないほど強く握ってくるようになりました。

 無理やり手をどけてたしなめます。「だめですよ、乱暴しては」……ここにいたって保健体育の先生づらをした自分に失笑してしまいます。笑い事ではありません。そしてレジ台に堂々と官能小説を広げて読み直しながら指図します。「女性にふれるときは、臆病と思えるぐらいがちょうどいいのですよ」「女性は、セックスする相手に肌を晒しているという状況だけで、本当にどきどきしているのです。それは苦しいけれども心地よくて……ぜひとも大切にしてもらわなければならないものです」「女性が痛みをこらえるようすを、快楽をこらえるようすと勘違いしてはいけません」……私は偽善らしい物言いをQ君に言い聞かせるほど興奮しました。

 Q君が神妙にうなずいていました。ちゃんと私の指摘が頭に染み込んでいたようで、だんだん愛撫が優しくなりました。私が「ん……っ」「あっ……」などと悩ましい声をあげているあいまの、限りなく浅薄に聞こえるであろうお説教だったはずなのに。

 さらに興奮しました。

 

 ふとQ君のズボンを見ると、股間が不自然に突っ張っていました。私の体をQ君にもてあそばせているのに夢中になって、ようやく気が付いたのですが、彼のペニスはいつのまにかしっかり勃起していたようです。

 私はQ君のペニスをいますぐめちゃくちゃにしたくてたまらなくなりました。だって彼も私とまぐわいたくて興奮しているからこんな反応を表にしているのでしょう。Q君が恥じらいを必死でかみ殺すように、くちびると頬を歪めているのが見えました。私はいっそう煽られました。男性が女性の体を快楽でかき乱してしまいたくなったり、同性愛者が男性同士や女性同士で相手を身も世もないほど喘がせてしまいたくなったり、という話も聞いたり、一部では実感させられていたりしたので、それと同じだと思います。どうしても自分がじゅうぶんに報いきれない贈り物をもらってしまったような気後れも、ちょっぴり感じました。

 私はあつかましい自制心をはたらかせながらQ君にささやきます。「もし君が望むのであれば……本の筋書きにそってですが、私が君の……その、男性器、を……」つい仮定法で語りかけていました。仮定法だと、洗礼(バプテスマ)を受けたばかりのイエスを荒野で誘惑していたサタンじみた気分になっていきます。もし私に従うなら、世界の国々のすべての栄華……ではなく、目前の女の体と快楽を与えてやろう、と。

 イエスは旧約聖書を引用してサタンを退けましたが、Q君がそこまでうまく私をあしらえるはずもなく。

 

 私は自分の着衣が乱れたままなのも気にせず、Q君のズボンをおろしてしまいます。私もQ君もいすに腰掛けたまま、彼のズボンを無理やりおろしたので、布地からかすかに不穏な音が聞こえました……が、気にしていられません。少年らしい素朴なブリーフのゴムも引っ張って、勃起したペニスをあらわにしました。Q君が羞恥のせいか手の指や膝をかたかた震わせていて、それが伝染したように私の胸や腹の下あたりもなにやらうずうずしていました。

 Q君の男性器は、年齢を考えれば立派すぎるぐらい大きく太く勃起していました。私の両手でもじゅうぶんな手応えを感じました。林間学校や修学旅行でクラスメイトと入浴し、それとなく比べあったことがあるのでしょうか。あったとしましょう。そのときQ君は、これを誇らしく思ったのか、恥ずかしく思ったのか。

 ペニスは亀頭がほとんど皮に包まれていました。私が茎をぎゅうと握って根元側にしごき亀頭を露出させようとすると、Q君がか細い声でやめて欲しいと漏らしました。「痛かったり、しびれたりするのですか?」と、私があえて筋書きから外れて、いかにも心配げに聞き返すと、彼は涙目になりながら首を振りました。そのときの私は、背筋まで鳥肌が立っていたと思います。首が縦に振られたか横に振られたか、よく覚えていません。

 ふたたび、みたび、ぎゅう、ぎゅうとしごいて、ついに亀頭を露出させてしまいました。

 

 Q君の竿を右手でぎゅうぎゅうと握り、陰嚢を左手でふにふにともてあそびます。叔父の官能小説の中で、女子大生が少年に手淫とフェラチオをしてあげる描写が含まれていたことは断言できるのですが、それに陰嚢が含まれていたか、そこまで細かく覚えていません。

 私がQ君のそれらを愛撫したのは確かです。

 Q君の亀頭は、白く細かくつぶつぶした恥垢にまみれていました。私が愛撫を続けると、涙のように透明なカウパー腺液が上塗りされていきました。私がふぅーと吐息を吹きかけると、彼が下腹部や臀部をびくりとさせるとともに、亀頭もかすかに膨らんだり縮んだりしました。出し抜けに、私が彼ぐらいの年頃の夏、田舎の川で夜にぼうっと光を放ったり消したりするホタルの発光器を思い出しました。

 私がQ君の左耳にささやきました――「ペニスの先は亀頭と言います、こうして皮に包まれている部分は汚れがたまりやすいので、お風呂に入ったときなどに洗ってくださいね」――またぞろ、エセ保健体育教師の顔が出てしまいました。自分が正しいことをしている“かのような”素振りとともに自分の欲望を満たせる、という状況は、歯止めがきかないのです。小学生男子の勃起したペニスをもてあそんではいけない……というタブーに及んでいることについて、理性がそれなりに言い訳を立ててくれていました。理性が性欲に歯止めをかけるどころか、性欲の下働きをしてくれていました。書きながら思い出すいまだと、恐ろしくてたまりません。

 私は汗拭き用のハンカチを取り出して、Q君の先走りまみれの恥垢を取り除いていきました。彼が泣きじゃくるように声や手足や首や肩を震わせていて、さっきよりエスカレートしていました。私の胸や腹のあたりのうずうずも、彼を追い越さんばかりにエスカレートしていきました。

 私が2度3度と亀頭をすりすり磨くように清めるあいだに、Q君の恥垢はすっかり落ちてしまいました。それでも先走りがぷく、ぷく、と鈴口から漏れてくるので、それを洗うふりをしながら余計に彼の亀頭を清めました。ときどき「あっ、うっ」と聞こえてくるうめき声が高くなると、私はQ君の表情が気になって、ペニスから彼の顔に視線をずらしました。

 それを何度か繰り返すと、彼はその視線から咎められたように思ったのか、くちびるをひしと噛み締め、気力を振り絞って嬌声を抑えるようになりました。彼が嬌声を抑えるほど、私の興奮と罪悪感が膨れ上がりました。

 それから、視線をずらすのと同じぐらいの頻度で、ペニスを刺激する手を止めて「痛かったり、しびれたりするのですか?」とリフレインのように心配顔をしてあげました。

 きわめて悪辣な“おためごかし”です。

 他人から心配されて、それを素直に受け止めて助けを求められる人は、あまりいません。それが成長途上の男の子であればなおさら。つい強がって、実際よりも平気な顔を見せてしまうのです。

 Q君は素直で優しい子だから、そうすれば漬け込めるだろうと私は理解していました。

 

 ついでなので、そういう男の子の意地もめちゃくちゃにして差し上げることにしました。

 クリップボードと冊子をどけてから空いていた私のロングスカートごしの膝を、左手でポンポンと叩いて見せます。「おっぱい、吸ってみませんか?」……右手は、ペニスを握ったまま、わざと幼児語で問いました。Q君は声を上げて拒みました。子供扱いされたようで恥ずかしかったのでしょう。ぐちゅぐちゅ、ぬちゅぬちゅ。拒絶の声を喘ぎで塗りつぶさせました。指に垂れてくる先走りが、彼の汗か涙のようでいっそう心地良かったのを思い出せます。ぐちゅぐちゅ、ぬちゅぬちゅ。しつこく刺激しました。ペニスはすっかり亀頭まで腫れ上がってもうこれ以上大きく硬くなれないようですが、存外に射精の気配が遠くて、もっと、ぐちゅぐちゅ、ぬちゅぬちゅ。先にQ君が屈服して、すがるように私の乳房へ。

 膝と太腿に布1枚挟んで感じられるQ君の肌と髪の毛、吐息も。特に重みが心地良くて、彼の体重の大半を委ねられている(委ね“させ”たのですが)感覚で、背筋も胸もうずうずしました。そのうち彼の眼差しや息遣いも、私の興奮にあてられてか、だんだん熱く湿っぽくなっていきました。左手でQ君の肩や首を撫でると、思っていたよりはしっかりしているのですが、やっぱり力ずくで抑えきれてしまいそうに細いと再認識しました。男性器はしっかり勃起しているのに。

 両手でQ君をうながして、私の乳首をくちづけさせました。おずおずと差し伸べられたくちびる。まだためらっているのか弱々しくてじれったい。これでは乳汁の一滴も飲めません、などと冗談を飛ばしそうになりました。

 ぐちゅぐちゅ、ぬちゅぬちゅ。手淫を少し強めに繰り返しました。乳首に吸い付いてくるQ君の頭を左手で撫でながら、右手で「もっと、このぐらい強く」とねだるつもりで、彼を促します。叔父の官能小説に「乳首を吸わせる場面」と「ペニスを手で刺激する場面」はそれぞれ書いてありましたが、同時にやってしまったのは私の勝手な改変です。私もよく考えてのことではなく、手淫している最中についさせてみたくなったから、やってみて、意外と同時にできるものなのだ……と書いているいまになって驚いています。Q君の背が伸び切っていなかったおかげでしょうか。

 ぐちゅぐちゅ、ぬちゅぬちゅ。ようやくQ君の吸乳もそれらしくなってきて、私の胸乳がべとべとになっていきました。Q君の舌や口内がほわほわと温かいのに対して、よだれあとが蒸散しているところはひやりとしました。Q君が私のバストに突っ伏してはぁはぁと悶えていました。何かうわごとをつぶやいているようですが涼しいばかりでした。

 ぐちゅぐちゅ、ぬちゅぬちゅ。

 私が夢中になっていると、不意にQ君が足をばたばたさせて、私の膝枕と隣のいすから転げ落ちそうになって、ようやく私は手淫を止めました。転げ落ちそうになっていたQ君の肩をつかんで抱きとめました。「だいじょうぶですか……?」……思い出して書いているいま、私は自分に呆れ果てています……。

 

 そうした乱暴狼藉の末、すっかり私はその気になっていたのですが、Q君を押し倒そうとして……はたと気づきました。

 さすがに、店の片隅で行為に及ぶのは嫌でした。狭いですし、床や壁の肌触りが硬くて冷たいですし、手足を書棚にぶつけて本が落ちてきたらことです。

 避妊具もありませんでした。いきなり常識人面し始めた自分に驚きます。なんだか怖くなってきました……この時は。だいたい相手の幼さ、無力さに漬け込んで体を貪るとはどういう了見ですか。明日から私はQ君にどんな顔を見せて会えばいいのでしょうか。

 そうして急に動きを止めた私に、Q君は困惑したようで、小さく「お姉ちゃん」とつぶやいていて……それを聞かされた私の心は逃げ出します。こずるい口が逃げ出す方便を投げつけます。叔父の官能小説がここで途切れていました。

 だから「ここから先を決めるのは私たちです」などと言って、一方的に性行為を打ち切りました。

 

 その日の夜、私はたいへん後悔しました。自室のふとんで、右肩を上にしたり左肩を上にしたり突っ伏したり仰向けになったり……と、無為にごろごろしていました。翌朝に髪がめちゃくちゃになって、叔父夫婦から心配されるほどでした。してしまったことに後悔していた……のもありましたが、正直に書けば、しなかった心残りのほうが色濃い気分でした。あの中途半端なところで終わった官能小説がいけないのです。私をその気にするだけしておいて。冊子はQ君に押し返してしまいました。Q君があんなもの私に読ませなければよかったのです。私をその気にするだけしておいて。淫行後から就寝までのあいだ、Q君とは、ごはんができたとかお風呂があいたとか生活上最低限の会話しかしませんでした。

 そうやって私は、もっともらしい社会規範や他人の行動を記憶から引っ張り出して、後悔のような自傷行為にふけっていました。Q君と同居する前に見た神保町の名画座を思い出しました。叔父は古書のほかに古い映画も好きで神保町シアターにときどき通っていて、私もそこで何回か昔の映画を観ました。60年代の東映を支えたやくざ映画を特集していた日だったと思います(私はやくざになんの興味もありませんでしたが、どうも三島由紀夫がこの手のやくざ映画をかなり好んでいたらしく、ポスターとパンフレットに三島の名前と文章を読み取った私はそれにつられました)。

 この時代のやくざ映画はほとんど筋書きが同じです。上映時間90分のうち、主人公のやくざは最初の60分でひたすら苦しめられます。敵やくざに辱められ、子分や女を殺され、そうして観客の鬱憤が最高潮になった時、主人公は日本刀や銃や爆弾を持ち出して敵やくざの本拠地にたったひとりで乗り込み、敵を派手に殺して殺して殺し尽くして観客の鬱憤を晴らしてエンディングです。要するに、そういう派手な殺しが人気だったのですが、一方的で「人を殺してはいけない」という掟を破る者は、それより先に理不尽な目にあって、掟破りも仕方ない……と観客に同情されなければならなかったようです。少なくとも物語の主人公はそうです。

 私は自分自身に対して、理不尽に苦しめられている自分を演じていたのです。

 本当に理不尽なのは私のほうなのですが。

 

 ところで、その日の私が私自身にじゅうぶんに同情するには、一晩で足りました。

 その日が暮れて、夜が明けて、次の昼にとうとう――というより、早くも――私はQ君とセックスに及んだのです。

 

 

 私が朝起きてすぐQ君に挑みかからなかったのは、髪をとかして、経口避妊薬の買い方や使い方を調べて、それを買いに行く時間が必要だったためです。本来なら、望まぬ膣内射精を受けてしまった女性が緊急避難のために使うものなので、さすがにきまりの悪い思いをしました。そういう良識ぶりを、Q君にも発揮できていればよかったのですが。

 私はQ君を、自分が下宿している部屋に引き入れました。本箱より重いものを持ったことがない私にこんな力があったのか、と自分でも驚くほどあっさり引き入れられました。といっても、本箱は中身次第でいくらでも重くなります。ものぐさな私は、往復の回数を減らそうと本をできるだけ多く詰め込んで、叔父から「腰はだいじょうぶなのか? あぁ、若いっていいなぁ」などと言われたことが……私にQ君をいいようにする腕力があっても、不思議ではありませんね。

 其の時間帯、叔父夫婦はお店の仕事をしていました。私が「家事をやっておきます」と申し出て、叔父夫婦を店に行かせたのです。そのあと家事をおざなりに済ませておきました(居候 角な座敷を 丸く掃き、とはこのことです)。

 Q君の両親はQ君のお姉さんのお見舞いに行っていました。Q君がお見舞いに同行しなかったのは朝から“気分が悪かった”から、とのこと。

 私のようすは、髪を直した後であれば、叔父夫婦やQ君の両親から不自然に思われなかったようです。シンプルなブラウスとロングスカート。化粧っ気のないいつもの私でした。

 

 私は自室にQ君を引き入れたくせに、黙ってQ君をじぃっと眺めていました。Q君がうっすら涙ぐみながら、座布団に腰を下ろして、部屋のあらぬところと――男子小学生が興味を持つものは、私の部屋に置いていなかったはずです――私の顔とのあいだで、無防備にふらふら視線を往復させていました。それを見るだけでも楽しかったのです。もっともそれは、ある本を開いて読み始めてプロローグを気に入った、と思ったぐらいのもので、けっしてそれだけで満足できる楽しみではありません。

 私が「あの本の意味が……わかりましたか?」とつぶやいただけで、Q君の肩がびくりと上下しました。Q君はTシャツにハーフパンツ姿でした。のどぼとけが見えるかどうか、という首筋がまぶしく見えました。

 腰をつかんで、押さえつけて、ズボンを引きずり下ろします。すでに勃起しかかってパンツをつっぱらせているペニスがちょっと引っかかった以外、勢いそのままにあっさり脱がせてしまえました。パンツも下げてしまいました。仮性包茎の皮を剥いてあげると、きのう剥いたばかりの格好と違って、恥垢がまったく見えないピンク色の亀頭が……「きちんと洗えて、えらいですね」……Q君が本当にペニスをお風呂で洗ったかどうかはわかりません。きのう恥垢がこびりついていても、私の乱暴な手淫で剥がれてしまっていたでしょうから。

 Q君から「お姉ちゃん、恥ずかしい」のような言葉が聞こえたのですが、だめです。もう「お姉ちゃん」では私を止められません。だいじょうぶです。きのうより優しく気持ちいいことをしましょう。このままペニスを勃起させたままでは苦しいでしょう? 気持ちいいことを私とすれば、これもすっきりして、楽になれます。安心してください、Q君のこれは病気ではありません。だから私のすることも治療というわけではありませんが……などと、なだめすかしました。丸めこみました。

 丸めこんでいる最中は気付かなかったのですが、あとから振り返って書いている最中に気付いてしまいました。この私の物腰は、かつて、私のような大人しい女なら押せば“ヤれる”、などとうそぶいていた人々に似ています。いかにも相手のためのような言い方で自分の欲望を満たそうとする手口です。遠くない将来、Q君も私のことをそう思い出すのでしょう。

 ちょっと、泣きたくなりました。

 

 そういった自己嫌悪にまで頭が回っていなかったあの日の私は、自分で上着とブラジャーをずらして、Q君に胸の脂肪を押し付けました。Q君のペニスがますます勃起して、Q君がますます苦しげです。

 仕方ありませんので、胸をいったん離して、Q君のしこりたっているペニスに向き合います。顔を近づけて、これみよがしに匂いを嗅ぎます。ちょっとアンモニア臭がします。

 そのまま、くちづけ……しようとして、Q君に押し留められます。「そんなとこ、汚い」というようなことを言ってくれました。

 安心しました。興奮しました。

 されるがままの相手では、盛り上がり切れませんからね。「汚い」というのは確か叔父の官能小説の中で少年がつぶやいたセリフです。それをQ君が思い出したのでしょう。そのあと作中のお姉さんは「汚くなんかないよ」と強引にフェラチオまで進むのですが、私はもっとずるいセリフを用意していました。「汚いのなら、きれいにしましょう。私の口と同じぐらいだいじなところに、君のここがこれから触れるのですから」……経口避妊薬のついでに買ってきたウェットティッシュは、赤ちゃんのお尻なども拭けるタイプとのことでした。安心してすりすりとQ君のペニスを清められました。

 Q君が息も絶え絶えになったあたりで、彼の両肩を押して私のベッドに押し付けます。仰向けのQ君が私を見上げています。そこにのしかかって、昨夜の私がもそもそ寝乱れていた湿っぽいシーツにQ君をあらためて押し付け直します。そうやって、力では抵抗できないと彼に理解させてから、足を開かせて、そのあいだに私の体が割り込ませます。先走りにまみれてつやつやしている亀頭と陰茎とを、乳房で挟んでぎゅうと圧迫します。Q君が目を見開いているのは、ペニスへの圧迫が強すぎたのか、私の行動に面食らったからか。

 そうです。パイズリ、なんて下品な名前と行為と呼ばれていますね。やろうと思ってやると、下品さ具合がぴりぴり刺激的で癖になりそうです。私の乳房は、下着選びで店員さんにお世話にならなければうまく選べなかったり、乳首を吸わせていたQ君をうっかり窒息させそうになったりするぐらいのサイズがあります。しっかりQ君の勃起を包み込んで、むぎゅっと押し付けると、女の子のような喘ぎが聞こえます。Q君が声変わりしきっていないのかもしれません。ずりゅ、ずりゅ、ぬちゅ、ぐちゅ。ちょっと強すぎでしょうか。自分がQ君に胸を揉ませたときは、優しくしてくださいね、と言っておきながら、自分で胸を扱うときはこの調子。でも他人に触らせるときと自分で触れるときではぜんぜん違いますから。

 私もQ君もなんだか汗ばんできて、油断するとずるずるっと滑ってペニスが胸からずれてしまいます。Q君の根本からぎゅうと抑え直します。先っぽが埋もれそうになりながら顔を出していました。ぬるぬるの鈴口がぜぇぜぇと息を切らしているように緩んだり閉じたりしていました。

 そこにくちづけしました。パイズリしながらフェラチオ……は、ちょっと首が厳しくて止めておきましたが、Q君のペニスがもう少し大きく育っていたら、あるいは。……私はパイズリとフェラチオを気まぐれに切り替えてQ君のペニスを愛撫しました。Q君の声が黄色っぽい悲鳴になっていました。彼の手足が動揺して、それが私の腰や足に伝わってきます。足を閉じようとすると、彼の内腿で抱きつかれ縋られている気分になります。苦しいのですか、助けてほしいのですか? 射精したら楽になれますよ、なかなか出そうで出ないといった様子ですが。もう少し力を抜いてもらったほうがよいのでしょうか。叔父の冊子も、二次性徴まっ最中の男性器事情をもうちょっとだけ書いてくださっていたら私の役に立ったでしょうに。

 たぷんたぷん、だぷんだぷん、ぎゅうぎゅう、ぢゅうう。Q君のペニスがしっかり硬く頑張っているのでつい力を入れてしまいます。なかなか射精しません。Q君は涙目で悲鳴をこらえてこらえきれていないありさまなのに。むしろ私が焦れったくなって耐えきれなくなりました。

 

 いったん止めてペニスから乳房を離すと、私のよだれかQ君のカウパー腺液か、ぬちゃぬちゃした汁がかすかに糸を引いて一瞬で切れました。心臓がどきどきして、首筋の太い血管までぴくぴく動揺している感じがしました。

 Q君のペニスはこちらを睨むように屹立していて、Q君は食い入るような眼差しで私を見ていました。胸を見ていたのか顔を見ていたのか、書いているいまは気になるのですが、うまく思い出せません。

 さてどうしましょう。

 私の心だけでなく体も焦れったがっていて、女性器がじっとり下着と内腿を濡らしていました。挿入しようと思えばできるでしょう。

 私はQ君に問います――「その大きく固くなったペニスを、私の女性器に入れるのが、セックスです。ご経験、ございますか……?」――それが、叔父の書き損なった続きです。Q君は「したことない」と、蚊の鳴くような返事。安心してはいけないのに安心しました。もしQ君が経験済みだったらどうしようかと思っていたのです。もっと乱暴にセックスしてしまっていたかもしれません。

 けっきょくセックスはしたのです。パイズリやフェラチオよりは穏やかな勢いで。「セックスは……お互いが、したくて、できる……とはっきり気持ちが通じ合っているときでなければ、いけませんが……」などと前置きして。さっきまでの私の所業はなんだったのでしょうか。店番中にQ君に乳房を手荒くもまれた仕返しでしょうか。それだってほとんど私がそうさせたのですが。

 Q君は腰が座ってきたのか居直っていたのか、何度も首を振りました。こんどは、ちゃんと縦だと何度も確認しました。最後の方は首を大きくぶんぶん振りすぎてか、つられてペニスもぶるんと揺れていて、見ていた私は吹き出しそうになりました。据え膳にきちんと「いただきます」が言えるQ君が将来有望で、たいへん心が躍りました。

 ロングスカートと下着を脱ぎ捨てて、こんどは私が仰向けに。指で入り口にふれると、わかってはいたのですがにちゃにちゃとした感触が否応なく伝わってきたいまさらながら恥ずかしい。恥ずかしさに酔いしれつつ、Q君の挿入を誘導します。左手で陰唇を開いて、右手で膣孔を示して。こちらですよ。君の根本か先に指を添えて、ゆっくりですよ。慌てないで、滑ってしまいます……覆いかぶさってくるQ君。手こずっているのを、焦らないようにとなだめます。私に3本も4本も手があれば、ぎゅっと入れさせてしまったのに。先っぽが入り口に沈んでいく感覚。そこです……しつこいようですが、慌てないで。自分の重心に気をつけながら腰を突き出してください。私は太腿でQ君の腰を挟んで捉えたくなるのを必死でこらえました。

 ずぶずぶずぶっと、奥まで。ぎゅうぎゅう締め付けたくなるのをがまんして、力を抜きなさいと自分に言い聞かせます。Q君が童貞だからって私もなんだか処女のような気分になりました。Q君は挿入の衝撃で私の忠告が記憶から消し飛んだのか、ずちゅずちゅ、ぱんぱんと乱暴に腰を使って、ずるっとうっかりペニスが抜けてしまいます。

 もう笑いをこらえきれません……ほら、もう一度。こんどは前よりスムーズに挿入。遠慮なしに腟内でペニスをきゅうきゅう締め付けて、Q君が悶えるさまを楽しみます。しょうがないのです。お腹で笑ってると勝手に引き締まってしまうじゃないですか。Q君はもう一度うっかりペニスを抜いてしまって、3度挿入して、なんとか慣れてきたようです。私の膣内の奥まで深く、深くのめり込んでいきます。気持ちいいですか……? 声も言葉も聞かせてください。おしゃべりしましょう。初めての心地はいかがですか? 肌で触れ合っているときこそ、言葉をかけあってください。そうすると安心できます。

 例の女の子のようなQ君の嬌声が、不意にぎゅうって細くなって、びく、びく、びくっと震えてから、湯気でも立ちそうなほど熱く濃いためいき。わかります。射精、したのですね? Q君も生殖能力という点ではすでに大人の仲間入りをしているようでした。私とのセックスは、それを証明しただけです。処女と違って、童貞を失うことを「卒業」という意味を理解できた気がします。卒業はそれそのものが何か学問のためになるわけではなく、学問を修了した証のセレモニーですから。

 挿入したまま、Q君と汗でべたべたする肌を重ね合わせて、くすくす忍び笑いしあういい気分だった……のですが、ぬちゅぬちゅと交合から精液らしき粘液が漏れてきて、拭うためにやむなく体を離します。するとQ君から「精液って、こういうのだったんだ……」とつぶやきが聞こえました。

 まさか、夢精も未経験だったのですか(余談ですが、叔父の官能小説のなかの少年は精通済みでした)。確かに、手淫やパイズリやフェラチオでなかなか射精しなかったこととつじつまは合うのですが……そう考えてしまうと、どうしても自分がじゅうぶんに報いきれない贈り物を再びもらってしまって、きのう以上にたまらなくなりました。「セックスしたあとの女性には、優しい言葉をかけてあげて」などとQ君に平静なふりをして、実際は自分にそう言い聞かせていました。

 

 Q君の体を拭いて解放してあげたあと、私は耐えきれず自慰にふけりました。お腹にまだ残っていた精液が、罪の烙印のように耐えがたくて、なのにそれが自慰しすぎて膣口からだらだら垂れ落ちてしまうと寂しくもありました。乱暴にこすりすぎて女性器がひりひりしてきて、そのうちめまいと吐き気もやってきました。

 私は、大人として許されない暴挙を現実にしてしまったのに、夢想からやっと現実界の人間になった気がしていました。

 めまいと吐き気は経口避妊薬の副作用だったらしく、一晩寝るとすっきりしました。膣粘膜はもう少し長いあいだひりひりしていました。

 

 

 

 Q君一家は、夏が終わるより前に長野へ帰っていきました。Q君の姉の病状が小康状態になったから、とのことです。もし、お姉さんの病状が最初からこの程度であれば……などと、詮無く思ってしまいます。

 

 それから私は、驚くべきことにアイドルにスカウトされて、デビューすることになりました。これまでの私であったら詐欺だと思ってぜったいに応じないスカウトだったのですが、しっかり説明していただいたことと、あんなことをした自分を何か変えなければ……という焦りがあって、応じました。

 叔父にかこつけてQ君と体を重ねたことで叔父と顔を合わせづらく、古書店アルバイト以外の収入も欲しかった……という、もっと現実的な事情もありました。勝手に官能小説の材料に使われたことも腹に据えかねています……が、それについては私に批判する資格がなさそうです。

 

 本当は、これを書くべきではないのでしょう。書いてしまったなら、すぐ燃やしてしまうべきなのでしょう。

 けれど、私が自分の犯してしまった過ちと向き合うには、こうするしかないのです。書かなかったところで、あるいは燃やしてしまったところで、なかったことにはなりません。むしろ、書かないままでいると、いつのまにかなかったことにしてしまいそうな自分が、私はあんまりな気がしてならないのです……。

 

(おしまい)

 

 




作中に出てくる徳冨蘆花の日記は(実際に読むとわかりますが)大部分が日常の覚え書きです。たま~にいきなりバイオレンスやセックスが挟み込まれる程度です。
文香が読んでいたドナルド・キーンの本は『続百代の過客 日記にみる日本人(下)』(朝日新聞社、1988年)です。ご参考までに。
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