sideヒロ
「ちょっ…あな…、大……です…?」
真っ白い光に包まれたと思ったら女性と思しき誰かの声が……。
もしかして僕はまた死んでしまったのでしょうか?
そう思いながら目を開けると地面に寝っ転がっている僕をのぞき込む女性の顔が至近距離にありました。
「……ああ、やっぱり僕はまた死んじゃったんだ。
今度は女神様がお迎えに来て下さったのですか?」
「めっ女神っ!?
ま、まあわたくし程の美貌でしたら女神と間違えるのも仕方ありませんわね」
輝くような金髪が豪奢な縦ロールに、そして赤い眼にすっと伸びた耳、「美しい人」という言葉がぴったり当てはまるとてつもない美人のお姉さんです。
……父さんが言っていた「一目惚れした相手」というのはまさにこういう事なんだな、と魂で理解しました。
ひとまずお礼を言うために身体を起こし、お姉さんに正対して頭を下げました。
ああ、今の僕の顔はきっと傍目にも判るくらい赤くなっているでしょう。
「あ、あの。
助けて頂きありがとうございます、僕はヒロ・ブルーバードと言います。
お姉さんのお名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「わたくしはエリナリーゼ、エリナリーゼ・ドラゴンロードですわ。
ヒロさんと言いましたわね、あなたはわたくしの目の前で空中に現れてそのまま背中から落ちて気絶していたのですわ。
目を覚ますまで見ていただけですからそんなに気にしなくても宜しくてよ?」
とはいえもし誰もいない状態のままだったら最悪そこらの狼か何かに襲われていた可能性も決して0とは言えない訳です。
まして僕が倒れていたのは街道から少し離れた場所(50mくらいでしょうか)でした。
「それでも、です。
本当にありがとうございました。
…………えっと、それとですね」
「何かしら?」
うん、父さんの教えを今こそ実践すべき時だと思います。
かなりイレギュラーな旅立ちになった上、最初に出会った方に一目惚れしてしまうなんて全く考えていなかったのですけれど。
それでもここで告白しなかったら僕は一生後悔する、そんな確信がありました。
「あ、あのっ!
僕は貴女に……エリナリーゼさんに一目惚れしてしまいましたっ!
将来を考えたお付き合いをお願いします!」
「!?」
言い切った。
言い切ってしまった。
当然と言えば当然だけど、エリナリーゼさんはぽかんと口を開けて固まってしまっています。
流石に初対面で交際の申し出は想像外だった……と思いましたがエリナリーゼさんの美貌を考えたら実はそれすらも当たり前に経験していたかもしれません。
「あなた、それは本気で言っているのかしら?」
実際には数秒だったのだと思いますが、実際の時間より遥かに長く感じた沈黙の後エリナリーゼさんは困惑した表情で僕に問いかけてきました。
「はい!本気です!」
間髪入れずそう返した僕にエリナリーゼさんがため息をついた。
「わたくしにはあなたの思いを受け入れられない理由がありますの。
それをお聞きになる覚悟はおありかしら?」
エリナリーゼさんはそう問いかけ、僕はその話を聞きますと返したのです。
正直なところ、エリナリーゼさんの”理由”は流石に想定外でした。
呪いのせいで身体に魔力が貯まり、そのままでは死んでしまうこと。
それを避けるには男の精を浴びる事で体内に貯まった魔力を魔力結晶という形で排出しなければならないこと。
これを聞いた瞬間、僕の心にチクリと痛みが走りました。
そしてこの体質がある限り一人の男性だけと付き合う訳にはいかないこと。
確かにこれでは僕の告白を受け入れる事なんて出来ないでしょう。
話を聞き終えた僕の心は理由の分からない不快感、そしてもやもやした感情が渦巻いていました。
それはともかくとして、僕が持っている魔眼の力を使えばエリナリーゼさんの呪いはもしかしたらなんとかなるかもしれません。
「エリナリーゼさん。
一度、僕にその呪いを解けるかどうか試させてもらえませんか?
僕の左目は鑑定眼、右目は魔力視と魔力操作の魔眼なんです、この魔眼の力を使えばもしかしたら」
エリナリーゼさんの瞳に僅かな動揺が見えました。
僕の申し出、その内容に理解が追いついていないようです。
「……エリナリーゼさんのお腹、下腹部に魔力が貯まっているのが視えます。
そこに僕の魔力を流して同調させて呪いの中身を調べさせて下さい。
やれそうならそのまま呪いの解除にも挑戦します」
魔術そのものの解析も可能な魔眼のリンクであれば呪いの中身を多少なりとも解析出来る……筈です。
うまくいけばそのまま解呪する事すら可能かもしれません。
例え解呪が不可能だったとしても男の精を浴びてという部分だけでもなんとかしたい、それが僕の本音でした。
「そんなに言うのでしたら挑戦するのは構わないですわ。
……頑張ってくださいまし」
そう言って許可をくれたエリナリーゼさんの表情は恐らく無駄だろうという諦観9割以上に僅かな期待といった感じでした。
長い間苦しめられてきたであろう呪い、それが僕のような少年に解除出来るはずがない、と思われるのは当然といえば当然でしょう。
それでも僕はやると決めたのです。
「介入する魔力に近い方がやりやすいので、申し訳ないんですがお腹に手を当てさせて頂きますね」
そう言って僕はエリナリーゼさんの下腹部――エリナリーゼさんはおへそが見える服装だったのでそのまま触れる事が出来ました――に手を当てます。
「ああ、どうせならもっと下の方を触っても良いんですのよ?」
揶揄うようにそう言うエリナリーゼさん。
下腹部――はっきり言ってしまえば子宮の辺り――からもっと下といえばつまりエリナリーゼさんのアソコの事です。
正直、そこに手を伸ばしたいという欲求がないといえば嘘になりますが、今はあくまでもエリナリーゼさんの呪いを何とかするのが最優先。
両目の魔眼を起動させてリンク、僕の魔力をエリナリーゼさんに流し込んで呪いの魔力と同調させました。
「!?」
ある程度魔力を流し込んだところで僕の脳裏にエリナリーゼさんのものと思しき記憶が走馬灯のように過りました。
最初の結婚相手である男性と別離、呪いで死なないための行動で長耳族の村を追い出され、娼婦や奴隷になってでも生きていく日々。
その記憶を見た瞬間、僕は今までエリナリーゼさんを抱いてきたであろう数多の男達に対する敵愾心とでも呼ぶべき感情が沸き上がって来た事を自覚しました。
なんで僕がその立場じゃないんだ、何故僕がそこにいる事が出来なかったんだ、……これが嫉妬と独占欲なのでしょう。
エリナリーゼさんが欲しい、僕の恋人になって欲しい、将来は結婚して妻になって欲しい、エリナリーゼさんがどう思うかを無視した醜い願い。
そんな思いを抱いた僕にさらにエリナリーゼさんの記憶が流れていきました。
その中でもエリナリーゼさんにとって一番辛かったであろう記憶は子供や孫に自分の呪いによる風評被害が降りかかった事ではないでしょうか。
出会い頭に実子や実孫から罵倒され、ついには一人前になるまで面倒を見ても最後まで名乗らず自ら縁を切る。
前世の僕を薬開発の道具としてしか見なかった父親とは逆に子供に愛情を注ぎながらそれを理解してもらえない、愛情を持っているからこそ縁を切る、そんなエリナリーゼさんの宿痾を断ち切りたい。
改めてそう思った僕はさらに魔力を込めて「魔力結晶化の条件」を司る場所への干渉を強めました。
「……何、これ」
僕の目に見える景色が一変しました。
巨大な石が禍々しい雰囲気をまとって荒野に屹立していたのです。
恐らくこれが呪いの元凶で、魔眼の力によって僕に判りやすい形で具象化した……と考えて良いのでしょう。
石が纏う魔力に僕の魔力を流し込み呪いの元凶に介入する、そんな目論見はあっけなく瓦解しました。
あまりにも石が持つ力が強すぎるのです。
鑑定眼による解析をもってしても「魔力が身体に貯まる事と貯まり過ぎると死ぬ事に対し介入は不可」という絶望的な回答でした。
何か他に手はないか、僕は石が持つ禍々しい魔力にあてられながら必死に問題解決の糸口を探します。
そしてついに介入出来そうな場所を見つける事が出来ました。
エリナリーゼさんは身体に貯まった魔力を男の精を浴びて魔力結晶化することで生きる事が出来ています。
その魔力結晶化の条件にならギリギリ介入出来る事が判りました。
【警告:介入は可能、呪いの書き換えに右目の魔眼が耐えきれる可能性3%。書き換えに必要な魔力総量現在値の9割以上。書き換えに伴う身体負担による寿命減約100年】
介入する決意を固めた瞬間、左目の鑑定眼が警告を発しました。
寿命なんて元々1000年以上なので100年くらいどうって事はありません。
魔力総量は……魔術師として大成出来なくなるでしょうが、それでも1割残れば並の魔術師にはなれるでしょう。
右目の魔眼だって無ければ無いで生きていけなくなる訳じゃありません。
それよりも惚れた女性を助ける事の方が大事です、例え結果として振り向いて貰えなかったとしても。
「……見つけた。
”男の精を受けて体内の魔力を魔力結晶化する”これを”自らの意志で体内の魔力を魔力結晶化する”に書き、換、え……!」
ようやくの事で見つけた体内魔力の魔力結晶化条件に介入を開始しました。
魔力を流し込んで同調させ、呪いの一部を書き換えようとしましたが石が纏う魔力が僕の魔力に抵抗し始めました。
全体ではなく書き換えようとした一部からの抵抗とはいえ、少しでも気を抜くと一気に押し返されそうです。
ロキシー先生に魔術を教わっているときに実践して見せた魔術への介入なんてこれに比べれば児戯同然でしょう。
その強烈な抵抗をいなしつつ、より深いところまで僕の魔力を流し込んでいきます。
「これで……書き換え、完了ッ!」
遂に呪いの抵抗を崩し切り、魔力結晶化の条件を書き換える事に成功しました。
魔眼のリンクを切った瞬間、意識が現実に引き戻され――――。
「があっ……」
右目に激痛が走りパンッという破裂音が鳴り響きました。
眼球が弾け飛んだ、と認識すると同時に意識が遠くなっていきます。
それでもエリナリーゼさんにこれだけは伝えなくては……。
「魔力…結晶化と強…く念じて、下さ…い」
そこで僕の意識は完全に途切れました。
sideエリナリーゼ
突然目の前に人が落ちてきましたわ、例えではなく本当に。
5m程度の高さで背中から落ちましたがちょうど背負っていたキャリングパックが衝撃を吸収したらしく、慌てて駆け寄りましたが幸い命に別状はありませんでしたの。
「ちょっとあなた、大丈夫ですの?」
聊か朦朧としているようで、意識をはっきりさせようと声をかけたのですが。
「……ああ、やっぱり僕はまた死んじゃったんだ。
今度は女神様がお迎えに来て下さったのですか?」
「めっ女神っ!?
ま、まあわたくし程の美貌でしたら女神と間違えるのも仕方ありませんわね」
目を覚ました彼の言葉に気になるところはありましたが、ひとまずお互い名乗り合いましたら突然愛の告白を受けましたわ!?
……わたくしの悪評が広まって数十年、正面から告白されるなんて物凄く久しぶりの事でしたわ。
とはいえ見たところ相手は大人の仲間入りをしたばかりのお子様、わたくしの評判も知らず勢いだけで告白したのだろうというのは容易に想像が出来ますの。
目の前の子――ヒロ・ブルーバード――を諦めさせるためにわたくしは自らの呪いとそれに伴うあれこれを説明しましたわ。
数多の男達の上で腰を振ってきた女、好きとかそういう感情とは無関係に男の精を浴びねば生きていけない存在。
それを説明したにも関わらず、彼から返ってきた言葉は。
「エリナリーゼさん。
一度、僕にその呪いを解けるかどうか試させてもらえませんか?
僕の左目は鑑定眼、右目は魔力視と魔力操作の魔眼なんです、この魔眼の力を使えばもしかしたら」
まさかの解呪を試させて欲しいと予想外にも程がある回答でしたの。
万が一成功すれば万々歳、失敗するのが当たり前、そんな思いでわたくしは彼の提案を受け入れましたわ。
呪いの魔力に近ければ近いほどやりやすいとの事で彼の手が私の下腹部に当てられましたの。
「ああ、どうせならもっと下の方を触っても良いんですのよ?」
揶揄うような声音でこのままわたくしの身体を抱いても良いんですのよ、と含みを持たせてそう言ってみたら一瞬目を逸らしましたがそのまま彼は解呪に挑みましたわ。
……本気でわたくしの呪いをなんとかしようとしているのが見て取れ、真面目に対応してくださっている彼に少し引け目を覚えてしまったのは仕方ないと思いますの。
そして彼が魔力を流し込んで呪いの元を探り出した瞬間、わたくしの中に「知らない記憶」が流れ込んで来ましたわ。
産まれた直後に実の母親から見捨てられ、血縁上の父親に押し付けられる赤子。
5,6歳くらいになって学業を学ぶために通い始めた場所で排斥され、常に独りぼっちの子供。
少し育ったと思った時にはその子は病気に罹り小さな部屋でベッドに横になって定期的に薬を飲まされ血を抜かれる日々、金属製の板のようなものに映し出される物語を一人で読んでおりましたわ。
見た目は違うのに何故かわたくしはその子供が目の前にいるヒロ・ブルーバードであると確信出来ましたの。
結局そのままその子供ははベッドの上で少年と呼べる年齢になった頃に亡くなり、次の瞬間赤子を抱いた夫婦の姿が映りましたわ。
「セリア、元気な男の子だぞ!
この子は将来絶対大物になる、俺とお前の子供だからな。
きっと英雄として歴史に名を刻むんだ、だからこの子の名前は英雄(ヒーロー)だ!」
物凄く浮かれた様子の男が妻と思しき女性にそう声をかけていますわ、流石にそのネーミングセンスはどうかと思いますのよ?
「アレク……流石にそれはこの子が不憫過ぎるわよ?
普段から英雄(ヒーロー)なんて呼ばれるのは流石に」
ああ、女性の方は普通の感性をお持ちのようですわね。
加えてわたくしと同じ長耳族、と言う事はこの赤子がヒロという事でしょうか?
「でも英雄(ヒーロー)のようになって欲しいっていうのは判るわ。
だからヒロ、というのはどうかしら?」
「おお、ヒロの方が呼びやすいな!
じゃあ今からこの子はヒロだ、良いかー、お前は将来”誰かにとっての英雄(ヒーロー)”になれるよう頑張るんだぞ!」
「私にとっての貴方みたいに、ね?」
「そういうことだ!」
この赤子がヒロである事がはっきりしましたわ、それにしてもとても個性的なご両親をお持ちですわね……。
そう思っていたらまた場面が切り替わりましたわ、今度は少年に成長したヒロとご両親ですわね。
「良いかヒロ、冒険者になってどこかで一目惚れした相手が出来たならその場で告れ、俺はそれで母さんをゲットしたんだ」
「お父さんったら、野盗に襲われてたお母さんを見ていきなり「俺の嫁に手を出すんじゃねぇ!」と言いながら野盗に切りかかったのよ?
5人くらいいた野盗を倒して敵がいなくなったと思ったら最初の一声が「俺と結婚してください!」だもの」
ああ、あの子がいきなり告白してきたのは父親の影響でしたのね、確かにこんな経験談を聞かされていたのならあの行動も理解は出来ますわ、理解は。
そして次の瞬間、わたくしの意識は現実に戻りましたの。
目の前にいる少年ヒロ・ブルーバード、わたくしの前で真っ青な顔でいかにも疲労困憊といった状態でがくがくと震えていた彼の右目が突然破裂、周囲に眼であったものと血が飛び散りました。
彼の身に何が起こっているのかまったく理解出来ないわたくしに倒れこみつつ彼が発した、
「魔力…結晶化と強…く念じて、下さ…い」
という言葉が耳に届きました。
「ちょっとあなた!?
ああもう完全に気を失っていますわね、右目の応急処置だけでもしませんと……」
気絶した彼の頭を膝に乗せると眼球が吹き飛んだ右目の止血をして軽く包帯を巻いて応急処置、呼吸は普通で右目以外に外傷はありませんわね。
この状況、どう見てもわたくしの呪いに介入した事で彼の右目が犠牲になった……と考えざるを得ませんわ。
そして気絶寸前の彼の言葉。
「……魔力結晶化」
言われた通りにそう強く念じた次の瞬間、わたくしの右手に魔力結晶が――今までは男に抱かれ精を浴びなければ作れなかったそれが――現れたのです。
「本当に、出来ましたわ……」
未だ気を失ったままの少年を見つつ、この子は何故わたくしの為にこんなに自身の犠牲を顧みない行動をとるのでしょうか。
わたくしに一目惚れしたと言っても本来ここまでするような義務はないはずです。
それなのに貴重な魔眼を犠牲にしてまでわたくしの呪いをなんとかしようとする、判りませんわ……。
「ん、ん……」
「!
目が覚めましたの!?」
.
彼の左目に生気が戻って来ましたわ、右目に治療魔術をかけたのか痛みは治まったようですわ。
って、この子無詠唱で治療魔術を使えますのね。
身体を起こして向き合った彼の視線はわたくしの右手……魔力結晶に注がれていますわね。
「……良かった、呪いの一部書き換えは成功したみたいですね。
実際に見るまで確信が持てなかったので……」
彼の口から最初に出たのはわたくしの呪いをなんとか出来た事に関する安堵。
普通なら成功したことはまだしも、魔眼を失った事に狼狽えたりするところでしょう!?
「おまちなさいな!
ここはわたくしの呪いをなんとかする為に右目を失った事に関して愚痴ったり文句を言ったりするところではなくて!?
本当に、何故そこまでわたくしなんかの為に自分を犠牲にするのです、あなたは……」
わたくしの喉から出た声が半泣きだった事に気付いたのは彼にそう問いただした後でしたわ。
「エリナリーゼさんが好きになったから自分の意志でやりました。
代償になるものも鑑定眼で知って自分で納得して受け入れたものですからエリナリーゼさんは気にしないでください」
「あなたがわたくしを本気で好きになっているのはこれ以上ないくらいわかりましたわ!
でも、だからと言ってそこまでするような義務も義理もあなたにはないでしょう!?」
感情的になっている、そのことを自覚しつつ彼に言い募るわたくしがいました。
ええ、彼の行動にはわたくしが好きだという理由はありますが、だからと言ってそこまでする義務も義理もないはずなのです。
それなのに。
「愛って見返りを求めないものでしょう?
エリナリーゼさんがお子さんやお孫さんにしていたのと同じです」
ああ、わたくしが彼の過去を見てしまったようにこの子もまたわたくしの過去を見ていたんですわね……。
過去を見た、それはつまり娼婦や奴隷としてのわたくしや男達の精を受けるために媚びる姿も見られてしまった、という事は間違いないでしょう。
まだ少年の彼は少年らしい潔癖症できっと私の過去を侮蔑する、そう確信しましたわ。ところが。
「……でもそれは本音ではありますけど建て前でもあります。
僕が自分の力を犠牲にしてもエリナリーゼさんの呪いを何とかしようと思ったのは嫉妬が理由です、軽蔑されても仕方ないなんです。
エリナリーゼさんがたくさんの男達に抱かれている姿を見て! 奴隷として扱われている姿を見て! 生きる為に精を受ける必要があるから男達に媚びを売っている姿を見て!
そんな男達の記憶を僕が呪いを何とかすることで上書きしたかった、エリナリーゼさんに僕の事を見て欲しかった、それが一番の理由なんです!!!」
「あなたは……あなたは大馬鹿者ですわ!
出会ったばかりのわたくしの為にそこまでして!」
想像もしていなかった彼の答え――叫びと言っていい声――に茫然としたわたくしは気付いたら彼に抱きつき号泣していましたわ。
この子は本気でわたくしの事を考えているのだと、だからこそ過去の男達に嫉妬してわたくしに振り向いて貰いたいが為に自らの魔眼まで犠牲にしてしまったのだという事に。
姓の捌け口としての対象ではなく、一人の”女”としてのわたくしを見て下さる殿方など数十年、下手をすれば100年以上もおりませんでした。
気付けばわたくしの口から出たのは殆ど逆プロポーズのような言葉でしたわ。
「決めましたわ!
過去は消せませんし変えられません、でも未来は変えられます。
ヒロ、わたくしを抱く最後の男になってくださいまし!
何よりわたくしを惚れさせた責任、果たして頂きますわよ!」
そう言うとわたくしは……。
sideヒロ
……エリナリーゼさんに告白して色々あって呪いを何とか出来たと同時に僕の心の醜い部分を吐露して自己嫌悪に陥ったと思ったら逆告白されました。
自分でも何を言っているのか良く判りません。
僕がエリナリーゼさんに受け入れられた、脳がそれを理解するまで僅かな時間が必要でした。
「ほ、本当に僕で良いんですか?
こんな嫉妬心に塗れたような僕で」
「あなたが良いんじゃないですわ、あなたじゃないとダメなんですの!
ああもうっ、じれったいですわね!」
エリナリーゼさんの両手が僕の顔を押さえた……と思った瞬間、唇に柔らかなものが押し当てられました。
目の前には目を閉じたエリナリーゼさんの顔、つまりこれはキスをされていると理解するのに数舜の時が必要でした。
そして理解した瞬間、理性を押さえきれなくなった僕はエリナリーゼさんの腰に手をまわして抱きしめたのです。
どれくらいキスをしていたのでしょう、唇を離した時は僕とエリナリーゼさんの間に粘つく橋が架かっていました。
初めてのキスにぼぅっとしていた僕に頬を赤く染めたエリナリーゼさんから声がかけられました。
「……続きは近くの町に宿をとってから、ですわ」
その言葉の意味する事を僕は正確に理解し――同時に股間が熱くなるのを感じながらコクコクと頷いたのでした。