ダークエロ短編集3 作:カード読み込み
夕焼けが大地を舐めて燃やしていた。
遠くでサイレンが吠え、砂塵に覆われた鉄塔が不吉な影を伸ばす。
そこへ──まるで冗談のように──リザードマンどもがやって来た。
「おい! 装甲貫徹なんて聞いてねぇぞ!」
斥候用VTOLが閃光を撒き散らしながら墜ちていく。
火花は薔薇の花弁のごとく咲き乱れ、すぐに炎へと転じた。
彼らは赤銅色の甲羅を纏い、
二足で歩くのに飽き足らず、金属製の盾と曲刀を翻す。
「対策室? 会議は終わったか?」
誰かが無線越しにぼやいた刹那、第一線部隊の指揮官が絶叫した。
「M1A3戦車隊、展開完了! 着弾観測……っ!?」
画面いっぱいに映るのは、あまりに滑稽な光景だった。
鋼鉄の塊──あれこそ大国の威信のはずが──
膝ほどの高さまで浮いたところで押し返され、
尻餅をつくように横転したのだ。
主砲孔からは白い湯気が立ち昇る。冷えていく。
まさしく巨人に玩具を与えられた幼児の末路。
リザードマンの首領らしき個体が
肩を竦めたように見えた瞬間、群れが堰を切った。
「来いよ……来るなら来い!!」
射手は無意識にトリガーを引いた。
轟音とともに120mmAPFSDS弾が唸りを上げる。
しかし砲口を抜けたのは金色の流星だけであり、標的には届かない。
赤い鱗が波紋のように震え、衝撃波が空中分解していくのが見て取れた。
「バカな……物理防御フィールドじゃないのか……?」
識別不能の現象。理不尽そのもの。
こうして鉄の棺桶は一つまた一つ、文字通り錆びたガラクタへと回帰する。
キャタピラが踏みつけられるとリンゴのように破裂し、
火花が夜空に星屑を描く。
司令部からの悲鳴はまだ上がっていた。
「航空支援だ! 急げ!!」
応答したのは最精鋭の戦闘ヘリ旅団であった。
最新鋭ヘルファイアII誘導弾を抱え込み、暗紫の機影は
北東方向から加速する……はずだった。
が、月蝕にも似た陰りが彼らを飲み込む。
「こいつァ……まさか──竜なのか?」
機体側面カメラが捕らえたのは、鈍い琥珀色に濡れた眼球。
それは笑っていた。笑いながら、大きく顎を開いていく。
蒼白い稲妻が口吻の奥で渦巻くと、
次のフレームで編隊は三割消失した。
熱量センサーが真紅の領域を椡出し、
機体外板が歪む音さえ伝わってくる。
「被雷……違う! これは────雷撃ではない、雷槍だ!」
コックピット越しに見るドラゴンの口腔は
蠢く火口のように蠕動し、毒素を含む赤雷を貯蔵庫としていた。
「避けきれません! 至近距……」
言い終わる前に機体は折り紙のごとく屈曲し、
重油の雨を降らせながら地底へと墜ちていく。
残存機体は自棄になったか、チェーンガンを掃射した。
曳光弾が黒曜石の鱗に跳ね返り、夜空を人工の流星群で彩るのみ。
代わりに返礼として放たれるのは
紺碧の尾を引く粒子束──毒雷の奔流。
それを受けた後部燃料タンクはあっけなく蒸発し、
薄紫色の火柱を上げて消えた。
地上でそれを仰いでいるのは数十名の生存兵員だった。
すでに階級章も泥に埋もれかけている。
「なぁ、中尉殿……俺たち今日、生きて帰りゃしませんよねぇ」
誰かがしゃくり上げるように言った。
回答はない。答えなど最初から無いのだから。
### 第三夜 虚飾の壁が崩れるとき
戦域を支配するのは沈黙──否、鼓膜を突き抜ける狂騒だった。
「第三ヘリパッドへ直行! 脱出準備!」
その指令が遅すぎることは誰の目にも明らかだ。
北西区画はすでに屍累々とした地獄絵図であり、
搬送中の負傷者は呻き声を上げながら倒れてゆく。
監視ドローンが捉えた最終報告によれば、
空にはまだ三体の大型個体が遊弋していた。
それらはまるで戦果の順番待ちをする猛禽さながら
ゆっくり円を描いている。
胸郭の膨らみが一度収縮し再び拡張されるたび、
大気に潜む湿気が青白く燐光を放ち始める。
「くそっ! 奴らの心臓──
魔力炉心ってヤツがこのままじゃ世界ごと溶かすらしいぞ」
新任曹長が嘯いたその時、
遠方の丘陵地帯から耳障りな汽笛のような低周波音が響いた。
スピノアックス──
尾刃の太刀で大地を斬り裂く“斧”なる異名を持つ恐竜種が
超音速でこちらに向かってくるのである。
鋼鉄の柵など道端の枯枝同然。
装甲トラックを吹き飛ばし、瓦礫塚を作る様は
公園のベンチを蹴飛ばす子どもの遊びと同じくらい残酷だ。
そして最後の戦闘ヘリが飛び立とうとする寸前、
南空から垂れ込めた積雨雲が裂けた。
突如として天蓋を縁取る稲妻──
否、“雷”というより“青水晶の矢雨”といった方が適切かもしれない。
それは一点に集中し、機体内部へと吸い込まれていった。
「助かったのか?」
誰かが呟く暇もなく機影は閃光となり四散。
破片は流星雨となって司令部棟に降り注いだ。
兵士たちの視界の隅に
翼を広げた銀灰色の影が写り込んだ。
長い舌が触腕のように揺れ、三双の瞳が黄玉色に輝く。
“蛇竜(ナーガ)”──
通常サイズとはいえ侮るべからず。
その一撃で輸送車両がひっくり返り、
逃走経路はさらに狭まっていく。
もう祈りは誰に向けられているかも不明だ。
十字架を握りしめる者がいれば、
自身の銃器の引き金に誓詞を刻む者もいる。
どちらも救いにはならないことだけは確実だった。
### 黎明 朽ちぬ野ざらし
暁を迎えた戦場跡は異臭に満ちていた。
硝煙と油脂と焼け爛れた皮膚の匂い──
それがすべて混じり合い、甘く澱んでいる。
霞む視界のなかで見えたものは奇妙な対比だった。
一面に散らばるミサイルパーツの隣で
蜥蜴人の子どもたちが剥いだばかりのライフル弾帯を振り回し
歓喜の声を上げているのだ。
その笑い方は人間のそれと酷似していて
背筋を冷たく撫でた。
さらに空──
そこには最早“空”という概念は存在せず、
幾千枚もの青瑠璃の鱗が敷き詰められた
生物の天蓋が形成されていた。
全長1000mを超える黒淄龍、或いはその同族が
大陸上空を封鎖した結果なのだろう。
眼下では雷鳴めいた重低音が周期的に轟き、
電磁バリアが大気分子を真空管のごとく裂く。
人間側最後の拠点となった旧州都議事堂屋上で
一人の若い中佐が遺体袋のひとつに身を預けていた。
「……完敗か」
言葉に色はない。
乾ききった唇を噛むと鉄の味だけが沁みてくる。
双眼鏡越しの市街地では
つい最近まで同胞だったものが
玩具の如き解体ショーに供されており、
その傍らで恐竜種アルマロサウルスが
三つの首を競うように獲物を啄んでいた。
かつては最先端技術国家として傲慢に誇ったはずの
USNA軍の影は今や微塵もない。
衛星通信網は沈黙し、原子力空母の艦影は
未知なる超重元素生成地点へと変貌した。
科学の王冠は地面に落ち、愚者の嘲弄の中で踏まれ続けている。
「それでも……終わらねぇのかよ」
中佐は小さく笑う。
そのすぐ背後で大きな影が差し込み、
鋼鉄の扉を爪先で小突く音がした。
見なくても分かる。
あの逆鱗が夕陽を受けて虹彩のように煌めいている。
「……いい加減にしてくれ」
呟きながらも銃口を向ける余裕すらなかった。
恐怖という感情が麻痺したのではない。
恐怖とは人間が持てる最後の希望の証明なのだ。
ならばここにあるのは単なる喪失。
何もかも奪われ尽くした者だけが辿り着く空白。
轟! と轟音が落ちてきた。
ドラゴンが嘴を鳴らし、喉奥に燠火を宿らせる。
吐息は硫黄と花崗岩の香りを伴い、
都市を丸ごと焼却炉へ投げ入れる前の祝詞のように思えた。
「まぁいいさ」
青年はふっと肩の力を抜いた。
「どうせ明日なんざ、とっくに燃え尽きちまった」
そして黄昏の空に巨大な弧光が咲いた。
まるで舞台裏から現れた照明灯が
惨劇の終わりを告げるスポットライトのように。
……
戦場に残されたのは、
焼き尽くされたコンクリートと
風に運ばれる細かな灰と
わずかな後悔と
膨大な静寂だけだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夜明け前、
ペンタゴン地下第九層の緊急会議ホールに詰め寄せた将官たちは、
まるで古いタイプライターが狂った調子で放つ文字の群れだった。
「第七方面軍全滅」「戦車三個師団蒸発」「対竜迎撃システム壊滅」
……モニターに踊る赤い活字は、
どれもが人間の想像力を鼻で笑う暴挙の報せである。
幕僚の一人が机を殴った。
「馬鹿な! あの防衛ラインは二十年かけて築いた“盾”だぞ!?」
彼の拳から滴るのはインクではない。
汗と怒号が混じった焦燥という名の液体だ。
だが報告官は顔色を変えずに続ける。
「副参謀長閣下。戦術ドローン最終映像をご覧下さい」
壁面スクリーンに映ったのは、
夜の大平原を疾駆する蜥蜴人の群れ──
いや群れなどという穏当な形容は許されまい。
彼らは整然とした陣形を組み、盾で対戦車榴弾を弾き返しながら、
戦車を“紙工作”のごとく折り畳んでいく。
その背後に控える竜種はブレス一つで地平線を焦土に変え、
空には無数の蛇竜が悠然と舞う。
「これが……我々の‘近代兵器’の末路か」
老齢の参謀長が呟いた途端、天井の非常灯火が点滅し始めた。
サーバー冷却装置が限界を迎えたらしく、電子音が蜂の羽根のように煩い。
会議室の空気はじっとりと湿り、
恐怖と困惑がクロスワードゲームのように絡まり合う。
「即座に残存戦力を再配置すべきだ!」
「いや撤退だ! 首都防衛が先決!」
声は重なり、互いを掻き消し合う。
誰もが正論を唱えながら、誰もが迷宮の出口を見つけられない。
そのとき若手の分析官がおずおずと手を挙げた。
「申し上げます。敵勢力の進行速度は依然として上がり続けております。
もし現在の増殖率で推移した場合……
およそ七十二時間以内にワシントン特別区が攻略される計算となります」
沈黙が氷柱のようにホールを貫いた。
七十二時間──人間が呼吸するより短い寿命宣告。
それは世界史の一ページが書き換えられる瞬間だった。
ひとりの空軍准将が椅子を蹴倒して立ち上がる。
「軍法会議など意味がない! いま必要なのは奇跡だ!
あの‘シリウス’はどうした!?
なぜヤツの一声で全軍をまとめることができんのだ!」
途端にざわめきが湧き起こる。
「彼女は既に太平洋方面へ赴任したと言うではないか」
「嘘だ! 私は諜報部の友人に聞いた。真実は別にある」
しかし真相を掴むことは叶わない。
外部通信網はほぼ遮断され、
内部ネットワークもゾンビのように徘徊するハッキングコードに侵されている。
現実逃避めいた憶測だけが肥大化し、
幻惑のドレスを纏った噂話が舞い踊る。
参謀長代理の女傑がマイクを取り上げた。
「諸君! 己を恥じよ!
我らUSNA軍は常に勝者として世界に臨んできた筈だ。
今さら後ろ向きの歴史修正家になりたいのか!?」
だが誰も聴いていない。
皆それぞれが孤独な迷路を彷徨い、
出口を探すどころか入口すら見失っていた。
やがてサイレンが断続的に鳴り始めると同時に、
蛍光灯がひとつまたひとつと火花を散らして落下した。
最後に残った明かりのもとで誰かが掠れ声で言う。
「……終わりだな」
誰も否定しなかった。
それこそが唯一の一致点であった。
ホールの窓外には巨大な影が去来する。
震電竜(プロトンサウルス)の足音が地殻を震わせ、
地上のあらゆる建築物を哀れなジャガイモみたいに潰していく。
かつて誇り高く建てられたペンタゴンさえも
子守唄程度の大きさに見える。
──────
【翌日の新聞見出し】
『USNA統合参謀本部 機能停止宣言』
『政府指導者たち 所在不明のまま』
『避難民三千万人が大陸離脱を試みる』
──────
終焉はあまりにもあっけなかった。
英雄譚も栄誉の碑もなく、
ただ混沌と愚かな自尊心が渦巻いただけだ。
けれど残滓はある。
地下室の隅で息を殺す若い通信士官。
あるいは瓦礫の下でなお抵抗を続ける憲兵。
あるいは民間シェルターで家族を抱きしめる一兵卒。
彼らはこれから何を選ぶのだろう?
過去の亡霊と共に朽ちるか?
新しい時代の雛形を求めて彷徨うか?
少なくとも今はまだ物語の頁は閉じていない。
虫の息であろうと、確かに綴られてはいる。
だから眼を伏せるな。
悲劇を嘲笑するでもなく、
偉業を夢想するでもなく、
ただ静かに耳を澄まして待つべきだ。
いつか次の物語が始まるその瞬間を────────
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
灰燼の上に建つ大理石の殿堂にて、最後の篝火を囲む亡霊たちがいた。
北半球最大の民主体制の頂点に坐すべき男
──USNA合衆国大統領エヴァレット・R・コール──は
肘掛けに凭れかかり、目前の巨大スクリーンを睨んでいた。
画面には紅蓮の文字が躍る。
"北米大陸異形分類体系 Ver.3.1"
一次審議通過率:0.02%
危機指数:∞(上限超過)
対抗案:なし
その文字を見るたび大統領は思う。
(数字は誠実だ。どんな美辞麗句も虚栄も数値の前では裸になる)
執務机を挟んで立つのは五つの影──
国防長官、国務長官、財務長官、司法長官、科学技術顧問。
いずれも疲労と恐怖の色を瞳に映す。
「諸卿」
エヴァレット大統領が嗄れた声を絞り出した。
「我々に残された時間は七十二時間を切った。
そこで改めて問う──このリストは我が国の未来を救うのか?」
一斉に黙祷のような沈黙。
最前列に立つグレイソン国防長官が咳払いで輪を開く。
「まず爬虫亜門第一位・蜥蜴人種〈リザードマン〉。
対戦車盾による主砲偏轉率九十八パーセント。
単独でのリニア・ガンタンク正面突破例が多数確認されました」
「冗談だろ」
国務長官ソフィア・ウェイルズが呆然と呟く。
「それでは要塞化した州軍すら歯が立たないと?」
「そうです」
グレイソンは無表情に頷き、次の頁を捲る。
「第二位・蛇竜種〈ナーガ〉。上空三百メートルでの突進速度マッハ30。
全長二十メートルの巨体が飛び回るだけで戦闘ヘリを含めた航空機が全滅ですな
しかも、彼ら自身は掻き乱された大気の影響を全く受けず、
優雅に無数の編隊を組んでランデブーです。
なにか、全く未知の原理で飛行しているのでしょう」
スクリーンに投影される映像は凄惨だった。
金属の翼が蜘蛛の糸のように千切れ、夜空を舞う。
爆炎が満開の花火となって降り注ぐ刹那──
長い尾を持つ巨大ナーガが、月光を舐めるように横切る。
「第三位・巨蟲竜〈メガウングゥイ〉。
重量100トン超。外殻硬度オリハルコン並み。
戦略ミサイルの信管起爆深度二百五十メートルで
甲殻に罅すら入らず、内部への到達率ゼロパーセントです」
「信じられん」
科学技術顧問クラウン博士が呻く。
「オリハルコン──あれは古代魔法文明期の産物ですよ。
そんな代物を現代の熱化学兵器でどうこうできると?
貴官らの報告書には、対抗魔法術式の記述が一行たりともありませんね」
室内に嫌な笑いが漏れた。
それは嘲笑ではなく自己憐憫の泡だった。
「第四位・毒鎧竜〈ターナスコラルス〉。
体内毒性腺から分泌される神経性霧状毒が
人口密集地帯に充満すると酸素濃度が瞬時に五パーセントに低下します。
既に五大湖付近では住民八百万が窒息死」
財務長官ヘンドリックが数字の羅列を止めた。
「予算額よりも死者数の方が早く成長していますね」
「第五位・影喰竜〈シャドーキャリバー〉。
光学迷彩を越えた質量擬態能力を持つ。
衛星画像は完全無力化され、空中早期警戒システムも機能喪失。
彼らは文字通り“見えない刺客”です」
グレイソンの声に抑揚がない。
「彼らは昼夜問わず霧を纏い
塹壕やトーチカに配備された兵員を引きずり出すのです」
映像切り替え。
深夜の荒野で幽鬼のように浮かぶ兵士たちの影。
兵士の断末魔とともに焚き火が揺れる。
大統領が眉根を摘んだ。
「第六位以降──詳細が必要か?」
誰も応えなかった。
会議室内には風穴が空いたような寒さが漂う。
***
「結論を申しましょう」
科学顧問が立ち上がった。
「この怪物共に対峙するには今の物理兵器だけでは不可能です。
仮に日本製の魔法発動機を導入したとしても……」
彼は言い淀み、壁面の暗号板を見遣った。
そこには〈FATAL ERROR〉の文字が赤く瞬いている。
「我々にはその装置を作る知識も素材もない。
対する敵には“原始的な”魔法陣や、
更には地球外文明から流入した“異物”を
自在に操る魔術師がいます」
彼は深くため息をついた。
「つまり」
「詰んだわけだな」
国務長官が目を瞑った。
***
重い沈黙。秒針の音だけが木霊する。
と、その時、後ろの扉が乱打される音がした。
衛兵の制止を振り切って現れたのは国防次官補。
「大統領閣下! 新たな報告です!
ニューヨーク近郊に『伝説級個体』接近!」
彼は息を切らせ、震える声で告げた。
「名称——
『震電竜』(プロトンサウルス)。
全高57メートル。質量1,000トン。
大地を踏み締めると黄金色の雷撃が迸ります。
長射程・高威力のプロトンビームを連発する生きた砲台。
電磁バリアは衝撃を99.9%防ぐ攻防一体の移動要塞です」
大統領の顔から血の気が引く。
「……何故、そんなモノの接近を探知できなかったのだ?」
「先刻の衛星群破壊により空間監視網はほぼ消失。
更に言うなら───奴は“宇宙”から降りてきたようです」
ざわめきが起こる。
グレイソン長官が拳を握り潰した。
「外宇宙侵略生物なのか?」
次官補は首を振る。
「いいえ。“異界の門”を通ってきたと考えられています」
「……“異界の門”?」
ソフィア国務長官が茫然と問い返す。
次官補はうなずいた。
「北部グランドキャニオン周辺で複数確認されています。
時空の亀裂─── そこに漂うエネルギー波長が“魔法”と類似していることから
我々の知らない次元と繋がっていると推定されます」
クラウン博士が苛立たしげに卓を叩いた。
「こんなSFじみた話に乗ってられるか!」
「ですが閣下」
次官補が押し返す。
「既に国内三十箇所以上の裂け目から、
未知の生物が溢れているのです。
それがすべて“門”経由だとしたら?
彼らの親玉が出てくるのも時間の問題でしょう」
沈黙。
まるで雷雲が頭上に垂れ込めているようだった。
窓外には夕日を拒む厚い霧が立ち込めている。
***
エヴァレット大統領が静かに席を立った。
「……諸君」
彼はゆっくりと顔を上げる。
「私の任期はあと半年だった。この国を正常に渡したい。
だが今や正常という概念そのものを模索する日々だ」
彼は一同を眺め廻す。
「ひとつの可能性を考えたことがあるか?
人類が〈犠牲者〉から〈共存者〉へ変わる道だ」
「共存?」
司法長官が愕然と尋ねる。
「我々は彼らの餌と化したのですぞ?」
「違う」
大統領は否定した。
「奴らに“秩序”を与えればよい。
支配者たちは常に秩序を求め争う習性がある。
ならば奴ら自身の法廷を作り、その執行者となれば?」
一瞬、理解不能の目が集まる。
しかしそれはすぐに怪訝なものへ変わり、
やがて一つの思索へと結実した。
グレイソン長官が俯いて呟く。
「外交官か……」
「そうだ」
大統領は言った。
「血と死骸のみで塗られた地図に、交渉という線を引く。
敵もまた“生き物”なら必ず利益と損失を秤にかける」
「だが閣下」
クラウン博士が苦笑する。
「言葉もなく文明もない存在と、いかにして契約を結ぶ?」
エヴァレット大統領は胸ポケットから一枚の羊皮紙を取り出した。
淡い蒼の紋章が刻印されている。
「これは三十年前、“秘匿条約”と呼ばれる古代魔法の写し。
当時は戯画的だと嗤われたが……今は違う」
彼は静かに微笑んだ。
「これを使えば、“言語”以外の領域で意思疎通が可能になると
日本の専門家は予測していた」
「まさか……日本に救援を乞うつもりですか?」
国務長官が口を開きかけたが、
「違う」
大統領は首を振った。
「彼らもまた戦場の只中だ。救援など期待出来ない。
──だからこそ我々自身でこれを完成させる」
博士が息を呑む。
「つまり“オリジナルを盗用して”ということですね」
「盗用ではない」
大統領は胸を張る。
「〈借用〉だ。彼らが戻ってくる日まで預かるのだよ」
静かな拍手が沸いた。
それは嵐前の閑けさだったかもしれない。
だが確かに光明への橋が掛けられた瞬間でもあった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
午後の風は石炭を挽いた粉塵の味がした。
黒曜石の塔が無作為に並ぶ瓦礫の中腹で、少年はフェンスに腰掛けている。
漆黒の髪が熱風に靡くたび、鈍い光沢を撒いた。
傍らに立て掛けた鋼刀は鞘に納められているものの、
柄には微かに冷気が滲む。
人差し指ほどの隙間から零れるのは、静かな忍耐の吐息。
──―嗚呼、なんと滑稽な。
煌夜は薄い笑みを唇に湛えながら、眼下に広がる半壊の街を睥睨する。
遥か南方からは雷鳴のごとき咆哮。竜種が地表を引き裂く足音。
そして此処には届かない銃声が重なる不協和音。
なのに、通信機越しに聞こえる上層部の会議は
“秩序”と“法律”の二語を反芻するばかりだ。
(彼らに“法”という名札をつけたところで、
牙が削れるわけでもなければ、逆鱗が和らぐわけでもない)
煌夜は目を閉じた。
瞼の裏には竜種の“法廷”──―
すなわち夜明け前の大空を埋め尽くす翼の隊列が過ぎる。
螺旋状に舞い上がった一千頭の翼竜が陽光を透かし、
雲間から滝のような影を落とす様。
それは紛うことなき儀式であり、彼らに固有の序列律なのだ。
優先するは速さか? 重さか?
否。それはもっと原始的で無慈悲な三角行列の公式だ。
(翼が折れれば墜落する。だが墜落しても序列に叛くことは赦されない──―)
その秩序を前にすれば人間の立法行為など、幼児の泥遊びにすぎない。
“秩序を授ける”?
権威の衣装を着せて縛ろうとでも?
笑止千万。その思想自体が過信の徒花だ。
煌夜の思考は、突然、鮮烈な視覚に塗り潰された。
ビル下層の路上でリザードマンの一団が何かを取り囲んでいる。
彼らは軍事輸送車両の残骸から
装甲板やエンジンブロックを掘り出しているところだ。
無造作に扱うかと思いきやそうではない。
幼生竜を護るように隊列中央で作業させ
傷一つ負わせまいとする慎重さがある。
(ああ……本当に笑わせるな)
煌夜は喉の奥で哂った。
獣といえど“育児”を心得ているというのに
人間どもは“秩序”の起源さえ忘れたのか?
通信機から再び声が上がる。
「竜種との言語媒介実験班を結成するべきでは?」
「古代条約の翻訳精度はどれほどだ?」
「翻訳? そもそも“言葉”など通用するのか疑問だがな」
煌夜の瞳孔が鋭く縮んだ。
(翻訳? 君たちは竜種の舌が如何に高速で回転するか見たこともない癖に)
思い出されるのは半月前──―
ヨークタウン平原で遭遇した蒼銀鱗の幼竜。
その吠え声は風琴のごとく多重奏となり
数十種の非人間言語を織り交ぜた。
たった数秒で七億八千言が重層的に響く。
人間の鼓膜など即座に破裂する奔流だ。
(さて彼らは、自分の顔と同じサイズの発声器官に
対話のテーブルを据えられるとでも?)
煌夜は皮肉っぽく溜息をつき、鋼刀を僅かに滑らせた。
刃筋が大気に溶けた刹那、涼風が巻き起こる。
煤煙を薙いだ透明な刃痕がビル背面に跳ね返り
塵埃を真珠粒に変えた。
「秩序は他者によって授かるものじゃない」
ほとんど独り言。
「自分で掴み取るものだ。そして掴めなければ──―淘汰される」
下層階で爆発音。
おそらく上層部が送り込んだ特戦隊の一部が
リザードマンの巡回隊と接触したらしい。
銃声が蜂の巣を突いたように連なり
次いで通信障害の警告が耳朶を叩く。
煌夜は悠然と立ち上がった。
足元に広がる混沌に背を向け、夕陽の方角へ視線を移す。
そこには黒淄龍を思わせる巨影の輪郭が浮かんでいた。
空に蠢く黒点。
その一つ一つが山脈ほどの質量。
「やれやれ」
口角を吊り上げる。
「これじゃあ助け舟なんか出したくなるわけがない」
母上の願いは煌夜と幸せに暮らすこと。
それを果たすためには多少の屍の道標が必要なだけ。
ましてUSNAの自滅など見物料にもならない演劇だ。
煌夜は踵を返し、屋上の非常階段を降り始める。
だが途中で一度だけ振り返り、遠ざかる竜影を見詰めた。
「君たちは“秩序”を求める相手を間違えたんだ」
呟きが風に攫われる。
「竜には竜の典範がある。
それを知ろうともしないのに秩序を持ちかけるなんて──―
これほど可笑しいこともあるまい」
下層で轟音が再び。
爆炎が橙色の帳を染め上げる。
しかし彼の眸には、もう何の感情も映らない。
ただ一片の憐憫を遺憾の底に沈めるように。
煌夜は薄く嗤い、剣鞘の飾紐を握り直した。
夕陽に照らされた刀身が儚く朱に煌めき、
彼自身の行く先を仄かに反射する。
「さあ帰ろうか」
囁くように告げて。
「リーナの元にね──―」
風が吠えた。
瓦礫の山が悲鳴をあげ
彼の黒衣が翻る。
その影は闇に飲み込まれる寸前まで
孤高な月光のごとく揺らいでいた───。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鉄臭い風が、剥き出しになったコンクリートの残骸を梳いてゆく。
夕焼けは瓦礫の丘に熔けて朱色を濃くし、
朽ちかけたハイウェイが肋骨のごとく地面に突き刺さっていた。
崩れ落ちたビルディングの骸は黒い墓標となり、
遠方でひっきりなしに轟く砲声が哀悼歌のかわりに鳴り続ける。
それでもここはまだ「生」の匂いがあった。
薄汚れたユニフォームの兵士たちが銃を抱えて塹壕へ逃げ込み、
焦土から吹き上がる煤塵が戦車の影を歪める。
最後の最後まで「国」という幻影を守るために──。
「……来た」
その呟きは乾いた唇から洩れた。
双眼鏡のレンズ越しに、鉛色の空が裂ける様を見て取った瞬間だった。
最初は鳥かと思った。あまりにも小さく見えたから。
しかし倍率を上げても上げても、その黒い塊は一向に縮まない。
雲を切り裂きながら、徐々にその輪郭を大きくしていく。
震電竜《プロトンサウルス》。全高57メートル。質量1000トン超。
まるで世界最大級の陸上ダンプカーが
四六時中フルスロットルで疾走しているような
重低音とともに姿を現したその巨躯は──
「…………」
兵士たちの叫び声が、もはや意味を持たなくなっていた。
空気が粘つくような圧力を孕んでいる。
全身の毛穴が収縮し、
肺の中で酸素が泣きわめいているかのような錯覚に陥る。
竜は雷鳴と共に大地を踏みつけた。
稲妻のような黄金色の閃光が四方へ放射状に弾け飛び、
鋼鉄の壁ごと建物を爆砕する。
「退避──!」
将校の怒号が銃弾よりも速く伝播したが、すでに遅かった。
後続の部隊が雪崩れ込むように潰れ、
砲撃陣地は地平の彼方に沈み、一瞬にして数百の灯火が潰えた。
残された兵士たちは這いつくばったまま恐怖の眼差しで見上げる。
黄金色の雷を纏った巨体は天を仰ぎ
咽喉の奥から“声”ともつかない地殻運動に近い振動を響かせた。
「これが……神話の再来か」
誰かが呻く。
だが──―
「いや、“神話”などと甘美に呼ぶべきものではない」
冷たい声が闇を裂いた。
アンジー・シリウス。USNA軍スターズ総隊長。
夜色の瞳に灰褐色の長い髪。
琥珀色の肌は薄闇に溶け込むようで
その肢体は凛とした鋼の弓のように張り詰めていた。
「我らはあの程度の化け物に“祈り”など捧げはしない。
──叩き潰すまでよ」
彼女の掌から青白い燐光が膨張する。
《分子ディバイダー》
電子の符号を逆転させ、結合を分断する機密術式。
アンジーは迷いなく発動した。
直後──―リザードマンの陣形が砂糖菓子のように溶解し宙に散った。
切断面から蒸気のように噴き出した血肉が
地面に到達する前に凝固する。
「第二射。照準合わせ──」
彼女の指令を受けた魔法士たちは
互いのエイドス・スキンを同期させながら一斉に詠唱を始める。
薄紫の波動が大気に波及し
震電竜の周囲に環状の魔法陣を形成していく。
「ミュートレイトフィールド展開完了!」
「プロトンビーム阻止結界構築開始!」
だが──
金色の雷霆が弧を描いた刹那、
幾重にも張り巡らせたバリアを貫く凄まじい轟音。
眩耀する光芒が直撃し、
魔法士の前列が数十メートル後方まで吹き飛ばされた。
「怯むな! 分散して迎撃しろ!」
アンジーの叫びが戦場に劈きわたる。
散開した魔法士たちがそれぞれ異なる魔法を放つ。
氷柱が竜の鱗を抉り
灼熱の球体が肉を穿ち
電磁場が四肢の動きを狂わせた。
震電竜は吼える。雷鳴。
その巨体に宿るプラズマ核炉が臨界に近づこうとしている!
「あれはヤバい──」
「まさかここで全周囲プロトン爆発を!?」
悲鳴と怒号の入り混じった混乱の中
アンジーは冷静に状況を俯瞰した。
震電竜の“逆鱗”を探す必要がある。
だが通常の竜種と違い、
プロトンサウルスは生体反応ごとに逆鱗が形成/消滅する。
しかもその位置は一秒たりとも固定していない。
「厄介なのは承知してる。
だけど──私には決意がある」
アンジーは両脚に重心を掛け、大地を蹴った。
《アクセラレーター》
肉体そのものに働きかける加速魔法を併用し
漆黒の流星と化して竜の腹部へ潜り込む。
間合いゼロ距離。
至近で炸裂するプラズマ爆雷の火花が頬を炙り
鼓膜を潰さんばかりの轟音が襲う。
「あんたみたいな“神話”のイミテーションが!
私たちの明日を奪おうなんて百年早い──!」
体内の魔力路が悲鳴を上げる。
血管の端から端まで充填した魔法が出口を求め咆哮する。
──―《ムスペルスヘイム》!!
灼熱の獄炎が奔った。
仮想領域内で原子が再結合し
瞬間的に膨張した超高熱プラズマが竜の胃袋ごと突き破る。
巨躯が痙攣した。
黄金色の雷光が途切れ
代わりに赤黒い血潮が瀑布のように空中へ投げ出される。
「今だ! 各員集中砲火!」
地上からの支援射撃が束ねられた矢のように命中し
震電竜の姿勢が乱れた。
背中に載せていた甲冑のような雷雲が剥がれ落ちる。
だが──
咆哮。
傷口から放射状に放たれたプロトンビームが
二次被害を拡大させた。
数百の魔法陣が一瞬で融解し
瓦礫どころか地形そのものが吹き飛ぶ。
それでも尚、アンジーは後退しない。
血濡れた片腕を掲げ、残った魔力を凝縮していく。
「これで終わりよ」
夜色の瞳が妖しく光る。
《分子ディバイダー》 限定解放。
剣形に圧縮した虚無の刃を槍のごとく突き出した彼女は
雷雲を切り裂きながら最後の一撃を見舞った。
肉と骨を斬り裂く感触。
硬いはずの龍鱗を通過した刃先が
遂にプラズマ核炉を破壊した。
震電竜の全身が停止する。
雷光が消え去り、地響きもまた唐突に止まった。
「……終わったか」
誰かが呟いた。
だがアンジーは警戒を緩めなかった。
むしろ気配を探るように天を仰ぐ。
疲弊した身体に鞭打つように片膝を立て
夕焼けのグラデーションを浴びたまま宣言する。
「北米最後の要塞はこの私が死守する。
リーナ──あなたが来るまで、政府の旗は必ず護り抜くわ」
遠くで救援のサイレンが鳴り始めた。
崩れ落ちた街の中にかすかな秩序が生まれる兆しを感じながら
アンジーはゆっくりと眼を閉じた。
この破滅の土地でさえ、夜は更けて朝を迎えるのだ。
そしてきっと──新しい英雄が日の出と共に駆け付けるだろう。
彼女は信じていた。
竜種に蹂躙されようとも
人間の営みは何度でも甦るという奇跡を。
◆◆◆◆◆◆
ネットワーク。
それはまるで時間そのものが持つ巨大な記憶装置のようなものだ。
過去の出来事を量子データの粒子に還元し、
必要なときに取り出して“再生”する。
雨粒一滴の落下角度さえも正確に復元できるほどの精密さを誇るが、
同時に「見たい部分」に集中すれば他が疎かになるという致命的な欠点を孕む。
使い手の集中力と解析能力がそのまま成功率に直結し、
理想の楽園を作るか奈落の淵を覗くかは使い手の修養次第と言える。
北米大陸を覆う黒煙の海はまさに奈落の象徴であった。
灰色の雲が太陽光を遮断し、
昼間だというのに灯油ランプの黄色い光が唯一の光明となっている。
瓦礫の山に咲く錆びついたバラ園では、
腐敗した肉汁を啜る甲虫の羽音が旋律のように響き渡る。
そんな絶望の楽譜を背景に、
ネットワークの欠片から漏れる青白いホログラムが虚空に映し出されていた。
《コードネーム:アンジー・シリウス》
《階級:USNA軍少佐・スターズ総隊長》
《現在戦域:コロンバス北方 残留兵力3%》
映像の中で灰褐色の髪を靡かせるアンジーは、
震電竜(プロトンサウルス)の胸部を串刺しにする魔法陣を描いていた。
刹那、雷撃の如き咆哮が地表を震わせる。
再生された「過去」であっても迫力は衰えない。
煌夜は画面から目を離すと、傍らで息を殺していたリーナへ向き直った。
「すごいな。アンジーたちはよく戦ってる」
「……当然よ」
リーナの金髪がランプの光で炎のように燃える。
「私たちの祖国。USNA最強の魔法師で私の師の一人だもの」
その拗ねたように尖らせた唇を見て、
煌夜はふっと微笑んだ。指を伸ばして柔らかな頬に触れる。
するとリーナは肩を震わせ、驚いた猫のように瞳孔を縮ませた。
「嘘ばっかりつくなよ」
「え?」
「本当は帰るつもりないんだろう?
俺の隣に居ることを選んだくせに」
言葉尻を捕まえられ狼狽えたリーナの唇に、
煌夜の薄い唇が静かに重なった。
初めは羽根が落ちるような触れ合いだった。
けれど次の瞬間には深い泉へと沈む潜水夫のように大胆に侵食していく。
<────>
口腔内を泳ぐ二人の唾液の温度差が妙に淫靡だった。
熱く滾るリーナの吐息と
冷たく湿潤な煌夜の舌苔が擦れ合う摩擦は
蜂蜜よりも甘くとろみがあり、
それでいて硝子を擦るような危うさを孕んでいる。
互いの前歯がかちりと当たり、小さな鐘の音がする。
歯茎を舐める煌夜の動きに追従しようと必死に舌を絡ませるリーナは
頬を紅潮させ涙目に近い表情で喘ぐ。
「ん……ッ♡ こぉやぁ……ッ♡」
彼女の喉から漏れた呼び声が媚薬になり、
煌夜の背筋に電流が走った。
リーナの手がもつれ合うように煌夜の肩布を掴み、爪を立てる。
震電竜の唸り声をバックグラウンドに、
二人の息遣いだけが狭い部屋に充満していく。
「なあ……あの震電竜だって俺らの情事なんて興味ないさ」
「はぁ……っ♡ やだ……そんなこと言わないでぇ」
「けどね……」
唇を離し一呼吸置いた煌夜は
リーナの首筋に舌を這わせた。
「リーナの可愛い声を聴いたら……
スターズのみんなもきっと勇気づけられるんじゃないかと思ってな」
そんな冗談めいた台詞にリーナはくすりと笑い、
次の瞬間には唇を寄せ返す。
愛情表現の代償行為なのか挑発なのか区別のつかぬまま
二人は再び濃密な接吻へと沈没した。
重なった身体が発する体温の上昇曲線はまるで急勾配の火山崖だ。
暗闇の中で絡まり合う影と影。
ネットワークの残滓が青く尾を引く光の中で
ふたつの生命体は確かに生きていることを確かめ合っていた。
「リーナ……お前は綺麗だ」
「煌夜こそ……バカみたいにカッコ良すぎるよ……」
震電竜の咆哮が遠のいていく。
雲が割れ始め、久しぶりの陽光が瓦礫の頂に差し掛かるころ
ネットワーク映像は自動停止し闇となった。
しかしそれは物理的な終焉ではなく
新たな誕生の兆しでもあった。
未来に向かって進む希望の糸が
闇の奥で静かに芽吹きはじめた──
煌夜はリーナの額に軽くキスを落とし、囁いた。
「さあ行こうか。
アンジーたちが命懸けで守った“明日”のためにね」
「ええ……」
リーナは潤んだ瞳で肯く。
黄金の髪が陽光を浴びて燃え上がり
まるで新しい時代の到来を告げる狼煙のように輝いた。
白磁のような肌が煌夜と密着して艶っぽく染まる。
そこから滲み出す熱は甘やかな毒のように脳髄を蕩かし、
互いの境目を曖昧にしていく。
「ちょっと……待ってよぉ♡」
リーナの鼻腔が震え、
吐息と共に漏れ出す甘い媚音が耳朶を打つ。
彼女の桜貝のような爪が肩甲骨に食い込み、
柔肌同士が汗で貼り付く感触に羞恥と快楽が交錯する。
煌夜の指が金色のツインテールを梳くように絡め取り、
その房を顎先に垂らすと、彼女は抗議するように首を捻り、
宝石のように煌めく碧眼で睨んだ。
「意地悪な視線だな。
そういう表情……好きだぜ?」
「だめぇ♡ もう……煽らないでっ♡」
リーナの舌が唇を這い、
羞恥と欲情の狭間で躊躇いながらも受け容れる準備をする。
瞳孔が潤み、睫毛が震えるたびに照明が反射しダイアモンド屑のように閃く。
「何言ってんだ。
君のほうがずっと扇情的なんだけど?」
煌夜は冷笑混じりに囁くと、
左掌でリーナの乳房を包み込むように撫で上げた。
「ひゃぁんっ! ♡」
甲高い嬌声と共に細腰がしなり、
タイトな軍服の皺が捩れて窮屈そうに張り詰める。
布地の下で自己主張する双丘の頂きは
既に蕾が開花したような硬度を持って主張していた。
煌夜の指先がその頂きを執拗に摩ると、
リーナの下腹部に疼きが走り、内腿が激しく擦り合わされる。
布地の狭間から甘い蜜香が立ち上り始め、
彼女の羞恥心は理性の堤防を決壊させてしまう。
「お願い……焦らさないで……ッ♡」
潤んだ声が切実な懇願に変わった刹那、
煌夜は軽く息を吐いて上着を脱ぎ捨てた。
引き締まった裸身が室内の陽光に晒され、
彫刻品のように均衡の取れた筋肉の隆起が露になる。
リーナは魅入られたように固まり、
そして慌てて腕で顔を覆い隠そうとする。
そんな初心な仕草が余計に嗜虐心を刺激し、
煌夜は薄い嘲笑を浮かべた。
「こんなにおびえてて……
それでも俺を誘ってきたのは君だろう?」
耳元で囁く声音は低い艶を含み、
リーナの脳髄を直接揺さぶるような快感が突き抜けた。
彼女は無意識に唇を噛み締め、
それでも抑えきれずに喘ぎ声が零れ出る。
「あぅっ♡ ……だって……怖くて……気持ちよくて……っ♡」
「矛盾してるなぁ。
まあいいさ。ちゃんと俺が導いてやるよ」
煌夜の右手が軍服の襟を掴み
ゆっくりと裾を捲り上げていく。
縞瑪瑙のような黒と灰色の肌着が
汗で透けたヴェールとなって浮かび上がり、
その下に揺れる白桃のような乳房が仄かに色付きながら露わになった。
「綺麗だよ」
その一言だけでリーナの身体は官能の鎖に拘束されてしまう。
細い腕で抵抗しようとしても
彼の左手が既に腋窩を押さえ込んで自由を奪っている。
煌夜の唇が首筋から鎖骨へと滑り下り、
微かな痛みと共に烙印のような鬱血斑を刻んでいく。
「だめぇ……こんなの……見つかっちゃうよぉ♡」
「ああ見つかっちまうかもな。
でもそれがどうした? 後悔しないと言えるのか?」
質問は残酷な刃のようにリーナの心中を刺し貫く。
答えられない彼女の沈黙を肯定と受け取った煌夜は
乳房を挟み込むように揉みしだき
敏感に勃起した突起を舌先で嬲り始めた。
「ひぃぁあっ♡ 奥まで……当たってるぅ……ッ♡」
リーナの腰が大きく反り返り
机を蹴飛ばさんばかりに震える。
煌夜の膝が自然と彼女の股座へ滑り込み
硬質な布地越しに押す衝撃が子宮へ直撃し
甘く痺れる波紋を全身に広げる。
「んっぁ♡ ……欲しいのぉ……煌夜ぁ……♡」
恍惚とした表情で訴えるリーナの瞳は
恋慕と欲望と怯懦が複雑に混在しており
その揺らぎ具合が芸術品のように美しい。
煌夜は一旦動作を止めると
リーナの頬を両手で包み込み真正面から見据えた。
「良い目をしてる。
そういう強弱が混ざった瞳……ゾクゾクするよ」
「わ、わたしの……こと、見ててくれる……?」
不安に揺れる問いかけに答える代わりに
煌夜はリーナの唇を貪るように奪った。
短く荒い呼吸が交互に弾け
唾液の水音が室内に反響する。
濃密な接吻の後
二人の唇を繋ぐ銀糸が切れることはなかった。
お互いの呼気が絡まり合い
外界と完全に遮断された真空管のなかで
二匹の蝶が交尾を試みるような耽美的な空気が漂う。
「もちろん。この先もずっと見ててやるからな」
掠れた声での誓いを受け
リーナの眉間から力が抜け穏やかな安堵に染まっていく。
しかし安息の暇を与えぬまま
煌夜の指先は再度ショーツの辺縁を探り当てた。
「でもまずは……今の君を全部味わわせてもらうよ?」
意地悪い宣告とともに
温もりと湿度が籠もった秘密の谷間へ侵入してゆく。
指先が触れるたびリーナの肢体が跳ね上がり
甲高い啼き声が幾重にも重なりあう。
「あんっ♡ あっ♡ そこぉっ♡」
「好きなんだろ? ここが一番感じるって知ってんだぜ?」
「わかんないッ♡ んあああっ♡」
否定できない快美感が濁流となって押し寄せ
リーナの理性は音を立てて砕け散っていく。
汗に濡れた軍服は剥ぎ取られ
黄金のツインテールもいつしか解けて背中全体を覆い隠している。
真白い肌と対照的な漆黒の髪束が
シルクを滑る蛇のように蠕動しながら二人を包み込んでいた。
「ほら……そろそろ俺も限界だぞ」
煌夜がベルトを外す金属音が不気味な序章を奏でる。
屹立した猛禽の矛が鈍色に光り
リーナは息を飲む。それは畏怖であり期待でもあった。
「……来て……♡」
蚊の鳴くような囁きとともに
彼女は自ら両脚を開き両手で己の秘裂を拡げて見せた。
そこは既に充分すぎるほど潤い
桃色の媚肉が震えながら煌夜を迎え入れようと脈動している。
「素晴らしい」
純粋な賞賛を残し
煌夜は体重を預けるように挿入を果たした。
灼熱の楔が窄まりを抉り
肉襞を一枚ずつ裂くように奥へ進むにつれ
リーナの口からは絶叫が迸る。
「あ"っ──♡ あああァ"♡」
眼球が裏返りそうになるほど痙攣し
背筋が弓形に反り返る。
それでも内側の器官は拒絶するどころか
歓喜の涎を滴らせながら煌夜を搾り取ろうと蠕動する。
「凄いな……こんなに締めつけてきて……ッ」
感嘆と困惑を半々に呟く煌夜の動きが
徐々に激しさを増していく。
抽送の度に卑猥な水音が撒き散らされ
床に敷かれた絨毯が二人の体液で湿り気を帯びはじめる。
「だめぇ♡ 死んじゃうぅ♡」
「死なせないよ。最高に可愛がってやる」
そう言うや否や
煌夜は上体を倒しリーナの胸元へ顔を埋めた。
ぷっくりと膨らんだ乳輪に牙を立てて嚙み付きながら
最奥を目指す突き上げを繰り返す。
「んあぁっ♡ 深いぃ♡ 逝っちゃううぅ~~ッ♡」
金髪を振り乱し嬌声を撒き散らすリーナは
もはや思考力を失い本能の傀儡と化していた。
膣内が断続的に痙攣し
精を搾り尽くさんと躍起になっているのがわかる。
煌夜もまた限界に瀕しつつあった。
愛しい少女の痴態を目と耳と肌で堪能しながら
煮えたぎる熔岩の如き欲望を抑えきれない。
「一緒に逝こうか……」
耳打ちした直後
リーナの腰を掴み根元まで一気に貫く。
亀頭が子宮口を穿ち
耐え難い快楽が全身を焼き尽くす。
「きちゃうっ♡ きちゃううっ♡」
「俺もだ……ッ!」
互いの歯列がぶつかりそうな距離で
二人は極限の絶頂へと辿り着いた。
白濁した激流が隘路を埋め尽くし
リーナの胎内では灼熱の奔流が何度も跳ね返る。
「あ"ぁ♡ ──イグッ♡」
絶叫とともにリーナの視界が白く霞み
脳髄には桃色の火花が連続して炸裂する。
全身が引き裂かれそうな程の性感に身悶えながら
彼女は無我夢中で煌夜の背中に爪痕を刻んだ。
十数秒……あるいは数十秒にも感じられた長い陶酔のあと
二人は荒い呼吸とともに脱力した。
煌夜はリーナの頬に優しく手を添え
汗で濡れた前髪を掻き分けながら囁く。
「どうだった?」
「……すごかった……♡ 生まれ変わってたかもしれないくらい……♡」
煌夜に抱かれて以来、孕み頃に育ったエロ尻を掴まれ、
沢山の赤子を育めるたわわな淫乳を揺らして媚態を晒す麗女。
美しく健康的で若々しい艶が極上の女体に映える。
少女は自分の下腹部を撫でながら言う。
「こ・れ・で……私も正式に貴方のモノだからね?
離れたりしたら許さないから」
「まぁ落ち着けって。俺もお前を手放すつもりはない」
そう言って二人は抱き合う。互いの体温を感じ合う幸せに浸りながら……
リーナのメス顔が熟れた果実のように弛緩し、
汗で貼りついた金髪が額で渦巻いている。
瞳孔は焦点を失いかけながらも煌夜の眼差しへ執拗に吸い寄せられ、
「もっと……お願い……♡」
切ない囁きが唾液に溺れるように漏れた。
煌夜は満足そうに微笑み、
彼女の乱れた髪を指で梳きながら言った。
「いいだろう。だが今日はスターズの勝利を祝う日でもある」
戦場の雄姿と寝室の媚態──
相反する二つの極を一つに束ねる愉悦に彼は酔いしれていた。
廃墟に差し込む斜光が黄金の髪を稲穂のように煌めかせ、
リーナは無防備な仰臥姿勢で彼を迎え入れる。
太腿を押し拡げる手つきには軍人の剛毅さが垣間見え、
「あっ……♡ もう……そんなに大きく……?」
羞恥と期待が入り混じった声が震えた。
その声色はもはや戦士ではなく愛玩動物のそれであり、
煌夜は獣のように首筋に歯型をつけながら
彼女の最も柔らかい部分を暴き出す。
指先で弄んだ蕾は既に花弁を開ききり、
蜜洞から滴る甘露が薄明かりを反射して淫らに輝いた。
「お前のココは今日も美味そうだ」
挑発的な言葉とは裏腹に慎重な挿入が始まる。
戦場の生死を託された手指が今はただ一つの目的──
彼女の肉体を支配するために蠢く。
リーナの腰が僅かに浮き上がり
待ち焦がれた充足感が脊椎を貫いた。
「んあぁっ……! 煌夜の……奥まで届いてる……♡」
碧玉の瞳に星屑のような光点が散り、
彼女の下腹部が細波のように揺らぐ。
かつて数多の怪物を葬ったその掌が
今や柔肌を愛撫するためだけに使われている皮肉──
「リーナ」
名を呼ばれただけで膣壁が痙攣し
子宮口が貪欲に吸い上げる。
「俺のもっと欲しいんだろ?」
問いかけに返す間もなく抽送が始まれば、
「はい……っ♡ 欲しいですぅ……ッ!」
喘ぎ声が壁に反響し廃墟全体を淫靡な楽園へ変える。
腰の律動が早まるたびに
黄金のツインテールが水面の藻のように揺れ動き、
軍装の残滓たるジャケットが彼女の汗で透き通りかけていた。
「以前の戦いの後……ずっと逢えなくて寂しかった?」
突然の問いかけにリーナの眉が八の字になる。
「当たり前よ……こんなに……焦がれてたのに……」
涙ぐみながら首を横に振る姿はまるで幼児のようで、
その隙を見せた刹那、
煌夜の攻めが一層苛烈になった。
「なら今夜は存分に味わえ」
最深部への一撃が脊椎を駆け上り、
「ひぃっ……! 消えちゃう……ダメになっちゃうぅっ!!」
リーナは自身の指を噛み締めて絶頂を押し殺そうとするも、
「もう一度俺の名を呼べ」
「煌夜ぁ……しゅきぃ♡……んあぁあっ!!」
最奥を抉られた刹那に彼女の背中が弓形となり、
白磁の肌が桜色に染まりきった時にはもはや言葉は紡げない。
ただ荒い吐息と痙攣だけが二人の結合部で渦を巻き、
煌夜もまた限界を超えんとする瞬間、
彼女の耳元に低く囁いた。
「これからも……リーナは俺だけのものだからな」
熱い濁流が胎内で弾けた時──
リーナの碧眼には黄金の稲光が踊り輝いた。
その眸の奥にはスターズの栄光と情事の悦びが溶け合い、
「ずっと……傍にいるよ……」
気絶寸前の意識で呟きながら
彼女の指先が煌夜の胸板へ刻印を刻み込むかのごとく這った。
それは盟約であり愛撫であり──
新たな戦争前夜の静謐な宣誓でもあった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一方、その頃、遠く離れた辺境で……
月光が鋼鉄の残骸を鋭く刻む中、深雪は戦場の冷たさに震えていた。
かつて学友と過ごした日々は遥か彼方に霞み、
いま彼女を支えるのは煌夜との再会という儚い希望だけだ。
白いミノタウロスの巨躯が闇夜に佇み、血に汚れた角が燐光を宿している。
これは単なる生殖ではない。戦いの女神が血の契約を結ぶ儀式なのだ。
「恐れることはない」
深雪は自身に言い聞かせながら決意を新たにする。
学園制服の袖口が翻り、魔法学院時代の少女の面影が月影に揺れる。
これが敵と交わる醜行であろうと、仲間を救うためならば。
白い怪物が跪く仕草に一瞬の躊躇が走る。
その瞳の奥で渦巻く理性の残渣——彼はまだ完全に堕ちていない。
深雪はそっと彼の首筋に触れた。硬質な肌の下で鼓動が異様に速い。
「共に戦ってくれるなら……」
彼女の言葉に応えるようにミノタウロスが嘶く。
だがその声は哀歌にも似ていた。神の怒りが化身したかのような咆哮だった。
白い魔獣の巨躯が月光に浮かび上がる。
まるで大理石を削り出したような純白の表皮には
血管が紫水晶のように透け、巨木の幹を思わせる二本の角は
螺旋を描いて天を衝く——放電器官であると同時に武器であり、標識だ。
この牡牛にとって深雪は餌か獲物か女王か?
「近づいても構いませんか?」
彼女の声は囁きだった。それでも戦場の冷気が共振するように震えた。
白きミノタウロスの喉仏が上下する。
瞳孔が開き琥珀色の虹彩が爛々と燃える。
明らかに彼女を認識している——敵か? それとも……
深雪が一歩踏み出すと、軍靴が小石を蹴った。
その微かな音が合図となったかのように、魔獣の巨体がゆっくりと跪く。
まるで忠誠を誓う騎士のようだ。
だがその股間には異形の生殖器が隆起している。
爬虫類の尾を思わせるそれは鱗に覆われ、先端から粘液が滴っていた。
(生殖器の先端には逆棘が並ぶ——
獲物が絶頂すればするほど深く刺さる仕組み。魔力供給のパイプにもなる)
「あなたは……私に従うのですね?」
深雪の指が伸びる。戦闘で裂けた白い手袋を外す仕草は舞踊のようだ。
彼女が触れた魔獣の肩肉が痙攣する。
その巨体があまりに熱いので一瞬引っ込めかけるほどの高熱。
彼女の瞳が細められた。
「では……始めましょう」
深雪が学園制服のリボンを解く。
しゅるりという衣擦れの音が戦場に溶ける。
その白い首筋があらわになると同時、彼女の周囲の大気が歪んだ。
引力が集中したかのような錯覚——これこそが彼女の最大の武器だ。
(深雪の魔法の本質は視線を媒介にした精神支配。
その結果生まれる“極彩色の渦”は存在の本質を捉え、
空間や鉱物と言った無生物の精神すら虜にしてしまう)
魔獣の鼻孔が開閉し轟音を立てる。
深雪の吐息ひとつで大気中の魔素が結晶化する。
彼女を取り巻く粒子が蛍火のように煌めき、
その光は次第にピンク色に染まっていく——催淫作用を持つ魔力粒子だ。
「怖がらなくてもいいですよ……」
深雪が片膝をつく。制服の裾が地面に円を描き、
そこに薄桃色の魔力陣が形成される。
その中心で彼女はゆっくりと寝そべる。
腰のラインが月光に浮かび上がり、スカートがわずかに捲れ上がる。
白き巨獣が月光を浴びて鎧のように輝いている。
筋繊維が岩石のように盛り上がった前肢は
触れただけで骨が砕け散りそうな威圧感を放つ。
だが深雪が触れたその表面は意外なほど柔らかく、
「ふふ……意外と温かいのですね」
彼女の囁きに応じるかのように白き牡牛は首筋を振った。
その動作には確かに理性の翳があった。
その角だ。
天空へ垂直に伸びた二本の螺旋角は
プラチナより純度の高い光沢を纏い、
竜種すら粉砕する破壊力を持つが、深雪の指先一つで屈服してしまう。
「では……参りますわ」
深雪が制服の胸元をはだけると
溢れんばかりの白磁の乳房が月影に浮かんだ。
その谷間には妖艶な影が溜まり、
まるで禁断の蜜壺のようだ。
戦場の泥汚れとは対照的な清浄さが匂い立つ。
深雪の髪が戦塵を払うかのように空中に舞う。
腰まで届く漆黒の髪束は月光を吸い込んで闇の王冠を戴くがごとく。
その輪郭はもはや人間のそれではなかった。
「あなたが求めるものはこちらでしょう?」
彼女が自らスカートの裾を捲り上げると
純白の下着が戦場の惨状を覆い隠す聖域を演出した。
その布地にはすでに潤みによる濃淡が生じており、
「私の体は……常に愛欲の坩堝なのですわ」
そう言い放つ彼女の唇が不気味に歪む。
口角から覗く八重歯は吸血鬼のそれより鋭利だ。
彼女の口腔内で分泌された唾液が光の粒を撒き散らす。
「それにしても……このような巨獣でも私の魅惑には抗えないのですね」
深雪が挑発的に腰をくねらせると
白き牡牛の巨体が一気に迫ってきた。
その突進が大地を揺るがし
月光の下に舞う砂埃が虹色に輝いた。
「さあ……あなたの欲望を解放してください」
深雪の瞳孔が極彩色に変色する。
それは彼女の魔法陣の召喚紋が網膜に投影されたかのようだ。
瞳の中で渦巻く曼荼羅模様は見るものを狂気へと誘う。
ミノタウロスの陰茎が深雪の大腿部に擦りつけられる。
その質量は明らかに尋常ではない。
鱗状の表面が摩擦を起こし
深雪の白磁の肌に朱色の擦過傷を刻んでいく。
「痛いわ……でもとても素敵……」
彼女の指が魔獣の肩甲骨を愛撫する。
冷たい岩壁に背を預けた深雪の肌が震える。
触れた指先から伝わる体温はまさしく人の温もりだった。
(これがあの忌まわしき魔獣と同じものだと言うのか)
白き怪物が彼女の腰を抱き寄せる。
獣の匂いに混じるのは血と硝煙の臭い——戦場で慣れ親しんだ香り。
彼の荒い息が項を撫でるたびに背筋が粟立つ。
「力を貸して……煌夜を守るために」
言葉が闇に溶けた瞬間、重厚な影が覆いかぶさってきた。
胎内で蠢く異形の感触に深雪は呻く。
人智を超えた融合の痛みが全身を貫く。
(私が救世の母になってみせます……)
白い巨人の熱が彼女の奥深くを侵食し、世界の法則を歪める。
嵐の中の船旅のように彼女の意識が揺らぐ。
破壊と創造が同時に行われる禁忌の瞬間——
胎内に宿ったものは憎むべき敵か慈しむべき子か。
戦女神と娼婦が共存する矛盾に脳髄が灼かれていく。
やがて彼女は理解した。
これは生命の循環に過ぎないと。殺戮者が母になり
怨嗟が生命へと変わる理不尽さこそ宇宙の真理なのだと。
産道を灼く苦痛に涙が溢れる。
この涙は誰のためか——故郷を喪った同胞たちへ捧げる鎮魂歌か
それとも新たなる脅威を生み出す贖罪の証か。
深雪は虚ろな目で虚空を見つめていた。
腰から生まれた熱が拡がり、内側からは甘い痺れが湧き上がってくる。
それは今まで感じたことの無い感覚であった。
彼女の瞳に光が戻る。
「あ……っ……」
震える声が喉から漏れた。
その時、彼女は自分が何を望んでいたのか思い出したのだ。
そう、煌夜との再会のために。ただそれだけのために。
深雪の頬を伝う涙が月明かりに照らされキラリと光った。
それは悲しみからくるものなのか、
それとも安堵からくるものなのか自分でも判らない。
其の為なら、伸し掛かり、腰を振る凶猛な魔獣の凌辱すら受け入れる。
異形の生殖器用に適応を終えた腟内が彼専用の蠢きを学習していく。
戦女神と呼ばれた少女は母胎期を迎えた乙女となり淫売女の笑みを浮かべる。
その光景を見下ろす月は嘲笑っているようにも思えた。
──-
月明かりが冴える荒野。
崩壊したビル群の瓦礫が月影に照らされて奇妙な紋様を作り出している。
戦火で抉れた大地には人工物の残骸が散乱し、
その狭間を夜風が通り抜けるたびに乾いた音を立てていた。
その中央に蹲るのは白き巨躯。
全高3メートルを超える人型だが、頭部は牡牛のそれだ。
黄金の角が双牙のように聳え立ち月光を跳ね返す。
その肉体は彫刻家が生涯を賭して削り上げたかのように美しい筋肉に覆われ、
戦場を駆ける勇壮さと神殿に祀られる威厳を兼ね備えていた。
そしてその巨獣の腕の中で揺蕩うのは少女──司波深雪である。
学園制服の原型は留めていない。
ボタンは吹き飛び裾は煤け、スカートは辛うじて腰を覆っているのみ。
しかし月下に浮かぶ裸身は息を呑むほどに美しかった。
背中まで流れる漆黒の髪が天使の輪を纏い、
鎖骨の窪みや脇腹の陰影が石膏像のごとき清廉さを湛えている。
白い牡牛の角が優雅に揺れる。
深雪が差し伸べた手に応じるように顎を落とし鼻先を寄せる様は
主人に甘える大型犬を思わせた。
だが次の瞬間──
彼の腰が唸りを上げる。
「んぁ……っ!」
深雪の白磁の喉が反り返った。
学園生活では到底考えられない甘美な声が夜陰に溶ける。
月光に晒された結合部には異形の器官が深々と沈んでいた。
人外に蹂躙される腰は捩じ曲がり、足首が天に向かって突き出されている。
魔獣の股間に備わった陰茎は人間男性のそれとは比較にならない。
蛇腹状の組織が重なり合い根元に向けて棘状の突起が生え揃う。
まさに捕食器官──獲物を逃さぬ設計だ。
「ああっ……そこは……!」
深雪が震える指で魔獣の首筋を掴む。
異種の巨獣との交わりだ。
本来ならば恐怖で卒倒していてもおかしくない。
だが──
「こんなに……大きいなんて……」
彼女の唇が恍惚の弧を描く。
その瞳には怯えではなく悦楽の色が滲んでいた。
白い巨獣が吠えた。
荒涼とした戦場に響く轟音は祝福の讃歌か呪詛の宣言か。
腰使いは精密な機械のごとく一定のリズムを刻みながら
時に大胆に引いては叩きつける。
深雪の胎内では魔力の奔流が渦巻いていた。
白き牡牛の精虫たちは獰猛に泳ぎ回り卵子を探し求める。
その過程で彼女自身の体内環境を改変していく──
「ふあっ……熱い……体が変わってしまう……!」
乳房にむしゃぶりつく牙を柔軟に受け入れる柔肌は、
もう銃弾すら容易に通さない硬度を獲得し始めていた。
そして下腹部では生命の芽生えが胎動する。
──-
月が西に傾き始めた頃──
深雪の腹が急激に膨張した。
「あっ……来る……!」
彼女が両腕を宙に掲げた瞬間。
巨大な塊が秘裂を押し拡げて現れる。
産声ではない。
それは爆砕の咆哮だった。
直径60センチの球体が鈍い音と共に転がり落ちる。
羊水に塗れたその表面は灰色の鱗で覆われていた。
やがて殻を破るようにヒビが走り──
小さな頭が顔を出す。
月光に照らされたそれは紛れもない人型でありながら
額には二本の角の萌芽を宿していた。
母と認めたのか。
嬰児は這いずるようにして深雪の乳房に縋りつく。
「可愛い……赤ちゃん……」
滂沱の涙が彼女の頬を伝う。
それは母親となった歓喜か
人間を捨てた悲愴か。
白き牡牛が静かに傍らに屈む。
その瞳には確かな誇りと微かな哀愁が映っていた。
月の光が親子を優しく包み込む。
廃墟となった都市の一隅で
戦争と生殖が混ざり合った儀式が完成したのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深雪の白い手が高く掲げられた。
その仕草はかつて教室で挙手を求めた学生時代を思い起こさせたが、
今の彼女の周囲には学友たちではなく異形の軍勢が蠢いている。
白いミノタウロスが轟く声で号令を発した。
応じる眷属たちの咆哮が荒野を揺るがす。
彼らの体格は様々だ──
深雪の初産で生まれた者はまだ幼子ながらも
すでに角が三叉に枝分かれし
瞳には老成した戦略家のような鋭さが宿っている。
少し離れた場所ではヒーローとヴィランの代表格が
睨み合いながらも協定を結んでいる。
スーパーマンとクラーク・ケントが同一人物であるように
英雄の鎧と悪党の装甲が同じ素材で作られている矛盾。
それは北米大陸が抱える深い闇と光の境界線そのものを映していた。
先住民の戦士たちが大地に描く祈祷陣は
古代文字と現代兵器の図柄が融合している。
その中央で深雪が瞑想する姿は神託を授かる巫女そのものだ。
かつて学園の図書館で魔法史を読み耽っていた少女の姿はすでに消え去り
代わりにこの大陸を統べる女王としての威厳が宿っていた。
彼女の胸元に輝くペンダント──
それは煌夜から贈られたアクセサリーの残骸と
白き牡牛の角の欠片を合成したものだ。
内部では二人の魔力が渦巻き生命のエネルギーを放出している。
北米大陸の戦況地図が浮かび上がる。
深雪軍の領域は緋色に染まり
敵対勢力との接触面では小さな火花が散っている。
それは熾烈な戦闘の予兆か
あるいは新しい繁栄への序章か。
空には深雪の眷属による飛翔隊が編隊を組んで飛んでいる。
翼を生やした者
炎を噴射して飛ぶ者
どれも白き牡牛の遺伝子を受け継いでいる証左だ。
地上では巨大化した個体が樹木のように屹立し
要塞のような防御陣を構築している。
かつて人類文明の象徴だった摩天楼は
いまや異種族の住居となっていた。
ガラス張りの窓からは眷属ミノタウロスの巨大な影が揺れ
屋上ではヒーローとヴィランが共同訓練を行っている。
深雪の視線が遠く南方へ向かった。
煌夜がいるであろうその地平線を睨みつけ
唇が微かに動く。
「待っていて……必ず貴方のもとに……」
その呟きに応じるように
白い牡牛がゆっくりと頭を垂れた。
王冠のような黄金の角が月光を反射し
深雪の足元に光の輪を作る。
こうして北米大陸は新たな秩序へと舵を切った。
その中心に立つのは一人の少女と一体の異形──
彼女たちの目指す未来には光と影どちらが多く含まれているのか。
答えはまだ誰にも分からない。
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