※この作品はR-18です。

豊穣の王   作:イロゴト柿

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第11話『戦い終えて』

「お母さん――お母さんっ!」

「ロビン……! よかった……! 無事で……本当に……!」

 

 いまだあちこちで小規模な火の手は上がっているものの、とりあえず直近の危機は去った――というよりは、フレイとステューシーの活躍によって取り除かれたオハラのとある海岸において、ロビンと、膝立ちになったオルビアが抱き合っていた。

 

 本来は望めなかった再会で、だからこそ、嬉しくて堪らない――そんな心情を表すかのように、ふたりの両目からは滂沱(ぼうだ)が如き感動の涙が、大量に流れ落ちていた。

 

 無理もないことだ。まったくもって無理もないことで――そんなふたりの様子を、無傷のフレイとステューシー、フレイの黄金のオーラで形成された巨大な腕によって、海水に浸されて解凍された男性巨人のサウロ。そして、クローバー博士を筆頭とした考古学者たちが、微笑ましそうな面持ちで眺めていた。

 

 少し離れた場所には、ステューシーが無人にして鹵獲してきた軍艦が1隻停泊しており、クローバー博士ら考古学者たちは、そこに各々の必要な荷物を積み込んでいるところだった。海軍や政府の人間たちがフレイの『覇王色』の影響で無力化されている今の内に、全員が島から離れる為の準備だ。

 

 彼らは、故郷に別れを告げるつもりだった。家であり、職場であり、全世界の考古学者にとって憧れの場所――()()()が、物量にモノを言わせた砲撃のせいで、最早人が住めるような場所ではなくなってしまった、故郷の島と……。

 

 ここまでの経緯はこうだ。まず、気絶させた海兵と役人の内、クザンとサカズキを含めた中将たちは、全員を、鹵獲してない軍艦内にある独房へと纏めて放り込んだ。フレイ自身が、『海楼石(かいろうせき)』――幼少期の彼も辛酸を舐めさせられた、能力者の自由を奪う、「海」のエネルギーを持つ特殊な鉱石――で出来た錠で手足を拘束した上で、だ。

 

 更には、それらの鍵を海に捨ててしまうという念の入れようで、当面の無力化を確実なものとすると、その間にステューシーが、『全知の樹』の中で困惑していたオルビアを含む学者たちに、自分たちの目的(=バスターコールの阻止と、オルビアたちの救助)を含めた事情を説明した後で、奪った1隻の軍艦を、艦隊が来た方向とは反対側の海岸へと移動(ロビンには勿論フレイが説明した)。

 

 (いかり)を下ろした時には、ステューシーから事情を聞いて、残された時間が決して多くはないことを、十分に認識していたオルビアを含めた考古学者たちが、既にある程度の(無事な)荷物を持った状態で待機していて、そして――今に至る、という訳だ。

 

「よかったのう……。ロビン……オルビア……」

「……クローバー博士」

 

 ひと際大量の涙を流している、名前通り巨大化した三つ葉のクローバーそのものの、極めてアバンギャルドな髪型をしたご老人――クローバー博士(名前はステューシーから聞いた。何でも、世界的にも有名な考古学者らしい)に歩み寄りながら、フレイが声をかけた。そして、

 

「……オルビアとロビンを、自分たちの旅に連れて行こうと思います」

 

 抱き合っていたニコ親子と、それを穏やかな表情で見ていたサウロや、クローバーを含む考古学者たちの目が一斉にフレイのほうに向いた。が、フレイは怯まなかった。前述したように、残された時間はそう多くない。いつ、自分が『覇王色』で無力化させた海兵や役人たちが意識を取り戻すかわからないし(少なくともクザンを含めた中将たちが既に目を覚ましていることを、フレイは「声」を聴いて把握していた。まあ、それを予想していたからこそ、海楼石の錠による拘束を行ったのだが)、そうなった場合、また改めて気絶させるのは色々と面倒だ。別に難しいと言う程ではないが、やはり、広範囲かつ、オルビアたちを巻き込まないよう繊細なコントロールを利かせた高出力の『覇王色』は、それなりの体力を消耗する――ので、そういった事態になる前に、言うべきことを言いうべきだと判断したフレイに対して、クローバーが次のように返した。

 

「……何となく、そういうことを言い出すだろうとは思っていたが」

 

 くつくつとどこか愉快そうな笑みを(たた)えながら、クローバーが続けた。

 

「一体、オルビアとどういった関係なのかと、そういったことを聞くのは野暮なのだろうな?」

「自分が、一生をかけて守りたいと思っている()()()()()()です」

 

 クローバーの厚意に取り合わず、フレイが淀みのない口調で答えた。オルビアの顔がボッと赤くなり、チラチラとロビンとフレイの間で視線を行き来させた。フレイが見る限り、とても嬉しいけど、できれば(ロビン)がいる前でそういったことは言わないで欲しい、と抗議しているように見えた。が、フレイはそれも無視した。何度でも言うが、時間がないのだ。

 

「一度は、彼女の意思を尊重して別れを受け入れましたが――今回の一件で、完全に考えが変わりました。おれは、やっぱり、オルビアと別れたくない。娘さん諸共、一生をかけて大事にしたい。例えその結果、どれほど強大な敵()()と戦うことになろうとも」

 

 成り行きを見守っていた女性学者の何人かから、キャーキャーと黄色い声が上がり、男性学者の何人かがヒューヒューと冷やかすような口笛を吹いた(後者に関しては、オルビアのひと睨みで、たちまち病床の友を見舞うに相応しいそれへと変わったが)。それらを受けて、今や茹蛸(ゆでだこ)のようになったオルビアの口が、フレイに向けてパクパクと動いた。フレイはそこから「勘弁してよ!」という言葉を読み取ったが、やはり無視した。

 

 いずれにせよ、何の事情も説明せずに、オルビアとロビンを引っ張っていくという手段は流石に採れない。その程度の分別はフレイにもあったし、いくら時間がないとは言っても、その工程を省いてはいけないということぐらいは彼もわかっていた。ので、

 

「可能なら、貴方たちのことも守ってあげたいところですが……」

「いや、いや、気にする必要はない」

 

 顔の前で手を振りながら、クローバーが言った。

 

「流石のわしらも、そこまで厚かましくはなれん。まあ、心配するな。先に言ってしまうと、当てがない訳ではないのだ」

「そうなの?」

 

 初耳だったのだろう。フレイに抗議の視線を向けるのも忘れて、オルビアがきょとんとした表情を浮かべた(可愛いなオイ、とフレイは思ったが、これ以上彼女の不興を買う理由もない為、あえて黙っていることにした)。クローバーは「うむ」と頷くと、

 

「わしが、オハラ(ここ)に腰を落ち着けるよりも前――『空白の100年』の情報を求めて世界のあちこちを回る冒険家だった頃、ひとりの若造と知り合ってな」

「……確か、ゆうに10回は逮捕と投獄を繰り返していた筈よ」

 

 耳元でコソコソと囁かれたステューシーの補足を受けて、フレイは驚いた。この1年間、政府の役人たちに追い回されてきたフレイだからこそわかることだが――よくその歳まで生きていられたなと思った。それどころか、大掛かりな手配もされず、娑婆(しゃば)で学者としての活動をしてこれたなんて……。

 

 一方のクローバーはというと、ステューシーの呟きが聞こえていなかったのか、聞こえた上で敢えて無視したのか、とにかく気にした様子もなく、次のように説明を続けた。

 

「――風の便りで、そやつが『自勇軍』なるものを結成し、世界政府との対立を始めたと聞いた。渡りに船じゃ。あの男がまだそれを使っているならじゃが、『電伝虫』の番号も知っておる。オハラ(ここ)から十分離れた後に連絡を取って、なんとか合流するとしよう……。いずれにせよ毒皿じゃ。政府に目をつけられた以上、こんな大人数でコソコソとしているよりは、いっそのことそれなりの組織として『対立』したほうが、研究も続けやすい」

「対立って……わざわざ、自分のほうからそんなことをしてる人間がいるの? 『ロックス』じゃあるまいし、今じゃどんな大海賊でもそんなことはしてないのに! というか、貴方たちもそれに加わるなんて――それどころか、まだ研究を続けるつもりでいるなんて、正気?」

 

 流石に初耳だったらしいステューシーが、今度はハッキリと疑問の声を上げた。が、クローバーは怯まなかった。それどころか、およそ3、40歳は若返ったのではないかと錯覚する程の活力を漲らせた表情で、「当然じゃ」と断言して見せると、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、考古学者としての矜持を捨てられるか! 何より、ここで泣き寝入りしたら、サカズキという中将に沈められた島民たちにも申し訳が立たんじゃろう?」

 

 ステューシーが何かを言おうと口を開きかけたが、内容が纏まっていなかったらしく、結局はグリグリとした視線を、隣に立つフレイに向けるだけに留めた。その目は明らかに「どうかしてるわ」と言っていたが、フレイはあえて、小さく肩を竦めるだけにした。ステューシーの心情には正直ある程度共感できるが、だからといって、あまり干渉するべきではないとも思った。ある程度の選択肢がある現在の状況下で「それ」を選んだというのなら、ここから先は彼らの問題、彼らの「道」だ。フレイは、それを尊重することにした。

 

 そんなフレイの思考に、クローバー博士が次のような言葉を挟み込んできた。

 

「ところで、お主のほうは、何か具体的な行き先があるのか――まさか本当に、いつまでも当てのない逃亡生活を続ける訳でもあるまい?」

「ええ、勿論です」

 

 淀みのない口調で、フレイが答えた。

 

「とりあえずは、『ワノ国』を目指そうと思います」

「『ワノ国』……なるほど、()()()()()()()()()()()()、非加盟国――『鎖国国家』か」

「その通りです」

 

 こちらの意図を瞬時に察してみせた、クローバーの見識の広さと頭のキレ具合に内心舌を巻きながら、フレイは、

 

「他にも『魚人島』や『女ヶ島(にょうがしま)』が候補に挙がりますが――やはり、本命は『ワノ国』でしょう。かなりの距離がありますけど、それだけの苦労をする価値はあります。『魚人島』は、現状、人間族(じぶんたち)との軋轢が心配されますし、『女ヶ島』――『アマゾン・リリー』は、男子禁制というだけでなく、外部の人間それ自体に排他的だと聞きますから……。まあ、『ワノ国(ほんめい)』が駄目だった時の次点の候補として、一応頭に留めておくということで……」

「ウム……。一応、こちらでも適した島や国がないか、余裕があれば探しておこう。まあ、案外()()()()が、『組織』の本部を建てる為に、そういった類の島を開拓している可能性もあるが……」

「――ワシぁ、一旦はクローバーらについて行くことにするでよ」

 

 そう言って話に割り込んできたのは、ロビンの友達らしい巨人族、サウロだった(元海兵で、しかも最後の階級が「中将」だと聞かされた時には、フレイとステューシーは少なからず驚いた)。クザンの能力で氷漬けにされた影響で、火傷のような凍傷を負った全身に白い包帯を巻いており、それがかなり痛々しい印象を与えていたが、声の調子を聞く限りでは、見た目よりはずっと元気そうだ、とフレイは思った。

 

「一旦は……?」

 

 顔の涙を拭いながら反芻(はんすう)するロビンに対して、サウロは、

 

「ああ……皆がその、『自勇軍』って連中と合流したら、ワシはそこから別れる。……んで、知り合いの巨人(れんちゅう)と合流したら、そいつらと一緒に戻ってくる。……湖の中の本を、回収する為にな」

 

 事情を知らないフレイとステューシーが「?」と首を傾げる一方で、それ以外の全員が――特に、歴史(しょもつ)の搬出作業に従事していた学者たちが、感謝と驚きの入り混じった表情でサウロを見上げた。しばらくの間は言葉も出ないようだったが、ややするとクローバーが――やっとのことで絞り出したような、掠れた声で――次のように言った。

 

「……スマン……! 恩に着る……!」

「構わんでよ~デレシシシッ!」

 

 顔の前でゆるゆると手を振り、独特な笑い声を響かせると、サウロは、

 

「学のねえおでには、アレの真価を引き出すことはできねえ……。けんども、どれほど価値のある物かは、なんとなくわかる。でなきゃ、アンタらが必死で守る筈もねえからな。……ちゃんと、引き上げとくでよ。アンタらの努力を、無駄にはしねぇ」

 

 クローバーに続く形で次々に礼を述べるロビンやオルビアを含めた他の学者たちに対して、かなりこそばゆそうな面持ちで応えるサウロ。正直いつまでも眺めていたい、心温まる光景ではあったが、前述したように、無力化した「だけ」の海兵たちの件もあって、そういう訳にもいかない――ので、フレイは、一度大きく咳払いして、サウロや学者たちの注目を集めた上で、オルビアの正面まで歩み寄ると、

 

「それで――オルビア。娘さんと一緒に、おれたちと来てくれるか?」

「え……?」

 

 戸惑うオルビア。そんな彼女に対して、フレイは続けて、

 

「おれたちが敢えてクローバーさんたちと一緒に行かないのは、政府と海軍の目を逸らす為だ。生き残った博士たちの姿を、連中は見ていない。そんな中で、『歴史の本文(ポーネグリフ)』を読めるらしいお前と娘さんを連れ回せば、かなりの確率で、博士たちの安全は担保される。おれたちの追跡と捕縛を優先するに決まってるからだ。……逆に言うと、お前と娘さんに関しては、どうしたって慌ただしい逃亡生活を送らせることになるが――」

 

 クザンに対して、学者たちを鹵獲した軍艦に乗せて逃がす云々の話をしてしまったことを、都合よく思考の片隅に追いやりながら、フレイは、更に一歩オルビアへと近づき、彼女の黒曜石のような美しい瞳を正面から見つめた。それを受けた彼女は顔を赤らめはしたものの、後ろに下がったりはしなかった(ふたりの関係を知らない、彼女のズボンを掴んでいるロビンは、不思議そうな面持ちで、フレイと母親との間で視線を行き来させていたが)。

 

「――約束する。海軍や政府の連中がどれだけの追っ手を差し向けようとも、必ずおれが守って見せる。……それでも、お前と娘さんがクローバー博士たちと一緒に行きたいって言うなら、まあ、無理に止められる筈もないが――頼む。おれにチャンスをくれないか? お前と娘さんを守るチャンス、お前の不安を払拭させる為のチャンスを。……どんなに強大な敵が来ても、おれが必ず、守って見せるから……!」

「……()()()()、ってこと?」

 

 学者たちのキャーキャー、ピューピューという黄色い声と冷やかしの口笛が再開される中で、オルビアの瞳がわずかに細まり、その視線がフレイのすぐ傍に立つステューシーへチラリと向けられ――それを受けたステューシーは、どことなく肝が冷えるような薄い笑みを浮かべると、フレイとの間にある距離を殆どゼロにした上で、彼の細くも引き締まった腕を、その豊満な乳房に挟み込むようにして掻き抱いた。気のせいか――いや気のせいの筈がないが――ふたりの間に漂う雰囲気がわずかに剣呑なものとなったが、フレイは仲裁よりも、説明を優先することにした。本当に時間がないのだ。

 

「自分でも、最低なことを言ってるってのは自覚してる」

 

 渾身のポーカーフェイスで内心の緊張を悟られないようにしながら、フレイは言った。

 

「……でも、それでもやっぱりおれは、どちらかひとりを選ぶなんてことはできない。おれは、何度もステューシーを……その、()()()()()()()()、やっぱり、お前と再会するのを諦め切れなくて――そんなおれのことを、ステューシーは文句のひとつも言わずに手伝ってくれた。……そんな彼女を、今さら袖にすることはできない。勿論、お前のことも……。好きな女をひとりに絞ることもできないクズ野郎と言われたら、まあ、全然ちっとも否定できないけど、それでも――「いいわ」――えっ……?」

 

 ステューシーとの間で見えない火花を散らすオルビアの表情の変化がなさ過ぎて、それが怖くなり段々と言い訳がましい口調になってきたフレイの台詞を、唐突に発せられたオルビアの声が遮った。

 

「いいわ――構わないわ。例え、その人と一緒でも。こんな、不良物件どころじゃない私を、あなたのような素敵な男性(ひと)が愛してくれるというなら――()()()()()なら、全然許容するわ。まあ、かと言って――」

 

 ――素直に「一番」を譲るつもりはないけど、と続けながら、ステューシーそっくりの薄い笑みを浮かべるオルビア。ダラダラと気持ちの悪い汗を流しつつ、フレイがチラリとステューシーのほうに視線を向けると、ちょうど、オルビアと鏡映しになったような笑みを未だに維持しているステューシーの口元が、ボソボソと何かを呟いているところだった。あまりにも小さい声なので聞き取ることはできなかったが、口元の動きから、フレイは「……身の程をわきまえなさい」という台詞を読み取った。見なきゃよかった、とフレイは心底後悔した。オルビアに向けられた黄色い声や冷やかしの口笛は、とうに()んでいた。

 

 オルビアとステューシーの視線による無言の闘争は、それから丸々3分程続き、その間、フレイも、クローバーも、サウロも、それ以外の学者たちも、誰も何も言えなかった(ロビンだけが状況をよくわかっていない様子で母親とステューシーの顔を交互に見ていたので、フレイはそれを心底羨ましく思った)。全員がさっさと島を離れなければいけない、と十分に現状を認識しているにも関わらず、だ。

 

 とはいえ、それでもやはり、いつまでもそうしている訳にはいかない――立場的に、元凶とも言える自分が何とかしなければならないのだろうな、と腹を括ったフレイは、言葉の紡ぎ方を一時的に忘れてしまったらしい口を無理矢理動かすことで、なんとか仲裁を試みようとした――ところで、

 

「……ロビン、話は聞いていたわね? 勝手に色々と決めてしまって申し訳ないけど……。貴方は、それでいい? もしも、クローバー博士たちと一緒に行きたいと言うなら――」

「ううん」

 

 ようやく折れた――訳ではまあ、当然なく、単なる一時休戦だろうが――オルビアの台詞に対し、小さく首を振りつつも、迷いのない口調でロビンは、

 

「私も、お母さんと行く! 博士たちと離れるのは寂しいけど、これが最後って訳じゃないだろうし……。それに、()()()()――」

 

 突然、ロビンの双眸に強い意志の光が宿り、それが正面のオルビアを見据えた。心なしか、どことなく挑戦的な目つきに見えた。

 

「――私だって、お母さんと生きる未来を、諦めたくないもん……!」

 

 オルビアが、見えない鈍器で殴られたかのような、ハッとした表情を見せた。そこまで衝撃的な台詞だっただろうか? とフレイは疑問に思ったが、事態が自分が望む方向に進んでいるのもあって、黙っていることにした。……きっと、親子間でしかわからない、特別なやり取りだったのだろう、と。

 いずれにせよ、

 

「……ぼちぼち、一旦は気絶させた海兵たちの『声』が聞こえ始めた。これ以上はまずい。そろそろ本当に、島を出ないと……」

 

 巨人族(サウロ)でも問題なく乗れるような、海軍の軍艦の存在感が圧倒的過ぎて全く目立っていなかったが、それの脇には、1隻の中型船が停められていた。島民たちが共用で使っていたもので、奇跡的に唯一無事だった物だ。

 

 フレイたちがこれまで乗ってきた船は、彼がオルビアに関する記事を見た直後に、最低限の荷物と戸惑うステューシーを抱えた上で、オハラを目指して『月歩(ゲッポウ)』で急行した為、結果として乗り捨てるような形になってしまい――当然、いちいち回収しに戻るという選択肢はなかった(いずれにせよ、錨も下ろさなかったせいで、とっくに波に流されて場所もわからなくなってしまっているだろう)。

 

 その為、たった1隻でも島の船が無事だったのは、正にフレイたちにとっては僥倖(ぎょうこう)だった。若干(すす)で汚れてはいたが、それ以外はまったく問題は見られなかった。

 

「……ええ、そうね」

 

 フレイの言葉にオルビアが応じ、状況が状況なだけあって、そこから先の展開はスムーズに進んだ。フレイ、ステューシー、ニコ親子の4人が中型船に、それ以外の全員が鹵獲した軍艦に乗り込んで――いざ、出航。

 

 島が完全に見えなくなるまでは同じ航路を進み――段々と小さくなっていく故郷(オハラ)の島を、操舵(そうだ)に集中しているフレイ、ステューシー、サウロ以外の全員がじっと見ていた。フレイとステューシーはあえて何も言わず、自分たちの船が、軍艦が生み出す波に巻き込まれないよう、(かじ)の扱いに集中している振りをした。

 

 オハラが水平線の向こうに消えたら、今度は軍艦に乗る者たちとの別れだ。それぞれの船が同時に、全く逆の方向へと(かじ)を切り――軍艦に乗っている学者たちに向かって大きく手を振り、涙を流しながら、ロビンが別れの言葉を叫び、それにクローバーたちが応えていた。

 

 今頃は島を捜索しているに違いない海兵や役人の存在を考えれば、自重させるべきなのだろうが――この時も、フレイたちは止めなかった。ロビンの為に敢えて訂正はしなかったが――これが「最後」という可能性も、やはり相応にあるのだから。

 

「クローバー博士っ! サウロっ! 皆っ! 今まで、ありがとう! 本当に……! 皆のお陰で……私……私は……!」

「達者でな! ロビン!」

「おれたちのことは心配するな! 場所が変わるだけで、やるべきことは今までと変わらない!」

「そうさ! お前とオルビアさんも研究(それ)を諦めなければ、いつかきっとまた、会える時がくる!」

「オルビアさん! 新しい旦那さんと幸せにね!」

「ロビン! オメェさんも、今まで寂しかった分、オルビアと新しい父親に、沢山甘えるといいでよ! デレシシシシシッ!」

「フレイとやら! ロビンとオルビアをくれぐれも頼むぞ――もしも、ふたりを悲しませるようなことがあったら、承知せんからな!」

 

 そういった言葉が海原の上を飛び交う中――「新しい父親」、「旦那さん」という言葉を聞いて、柵に手を置きながら波を見ている振りをしていたステューシーが、()()()()手に力を入れてしまって、柵の一部をバキッと握り潰し、それを見たフレイが人知れず冷や汗を流すという、ちょっとしたハプニングを挟みつつも――やがて、巨大な軍艦は段々とその姿を小さくしていき、ついにはオハラと同じように、水平線の向こうへと消えて見えなくなった。

 

 ロビンは手を振るのをやめたが、それからしばらくの間は、軍艦が消えた方角をじっと見つめて動かなかった。静かに涙を流し、傍で一緒に立ってくれているオルビアのズボンをギュッと握り締めながら……。

 

 そして、それを見ていたフレイは、心底羨ましいと思った。彼にとって「故郷」や「母親」というものは、辛い過去を思い出させる呪いの単語でしかなかったからだ。もしかしたらこういう「道」もあったのかもしれないと思うと、少々物寂しい想いを抱くと同時に――だからこそ、このふたりだけは命懸けで守らなければ、と改めて決意した。このふたりが幸せになれずして、一体どんな親子なら幸せになれるのか、と。

 

 そんな状態が30分ほど続いて、ようやくふたりの親子は船内に入ることを承知した。錨を下ろし、簡単な食事とシャワーを済ませると、まずはロビンをベッドに潜らせ――今日だけでも随分と色々あり過ぎて、疲れていたのだろう。本当にあっという間に眠りにつき、すぐに彼女の可愛らしい寝息が、モッコリと膨らんだベッドの掛け布団の中から聞こえてきた。

 

 それを耳に受けたフレイ、ステューシー、オルビアの3人は、数分の時間をかけて、間違いなくロビンが寝入ったのを確認すると、まるで示し合わせたかのように、どことなく急ぎ足で甲板へと出た。飛び出した、と表現しても良いかもしれない――明らかに、何かを()いている様子だった。

 

 早く「何か」をしたくてたまらない、といった様子で――フレイは、オルビアもステューシーも、自分と同じ気持ちに違いない、と思った。少なくとも自分は――白状してしまえば――先の海岸で、オルビアと5年振りの再開を果たした時から()()だったし、オルビアも同様の状態だったに違いないと、『見聞色』を使うまでもなく確信していた。そして、それにステューシーが激しい対抗意識を燃やすことも、容易に想像できた。だから――

 

「「「…………」」」

 

 外は既に夜だった。太陽は沈み、交代で浮かび上がっていた月の光が、さざめく海面を照らしていた。丁度、オルビアと初めて情を交わした、5年前のあの日の夜のように……。

 

 フレイは嫌でもその時を思い出し、頬を紅潮させたオルビアの表情を見る限りでは、彼女も同じらしかった。そして、私を忘れないでよ、と言わんばかりの抗議の視線をフレイに注ぐステューシーの頬も、オルビアに負けず劣らず紅潮していて――全員が、裸だった。一糸纏わぬ姿で甲板に立ち、三角形で向かい合いながら、無言で見つめ合っていたのだ。そんな状態からナニを始めるつもりかなどと、わざわざ問うまでもない。なんと言っても――オルビアに関しては、実に5年振りなのだから。

 

「オルビア……ステューシー……」

「「フレイ……」」

 

 それぞれが相手の名を呼び、それだけで、各々(おのおの)の気持ちが同じであることを、フレイは確信――既に相当な膨張を見せていた陰茎のサイズを、更に大きな物として――肌寒いとさえ言えるような夜風をものともしない程の、熱く爛れた行為が、今まさに行われようとしていた。

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