『世界政府』直轄の海上保安組織、通称『海軍』。
その総本山にあたる和風造りの巨大建築物、『海軍本部』――の、とある縦長の一室には多数の海兵が居並んでいた。
単なる寄せ集めではない。背中部分に刺繍された「正義」の2文字が特徴的な、白いロングコートを肩にかけた彼らは、誰もが「佐官」以上の実力者であり、その実績、および気概のほうも申し分ない。
『元帥』、『大将』を含めた彼らだけでも、「時代」の後押しもあって、今や世界のあちこちで暴れ回っているどんな海賊たちが相手でも、対等以上に渡り合えると断言できるような、そんな猛者たちの集まりで――にも関わらず、そんな彼らは、現在、殆ど全員が冷や汗を滲ませた、緊張感のある表情を浮かべていた。
厳密に言うと、その原因となった出来事の詳しい説明が成されるのはこれからなのだが、
今回の件――すなわち、「軍艦10隻と5人の中将からなる『バスターコール』が、たったふたりの人間に止められた」、という「
「……やはり、にわかには信じられん」
手で触れられそうな程に重苦しい沈黙を最初に破ったのは、居並ぶ海兵たちの中でも特に高い権限を持つ、大柄で筋肉質且つ、巨大なアフロヘア―に黒い丸眼鏡が特徴的な男――現「大将」のひとりである『センゴク』だった。
「お気持ちは痛い程わかります。大将殿」
そう返したのは、唯一腰を下ろさずに部屋の一番奥で立つ、ひとりの海軍将校だった。歳は30代半ばといったところか、アフロヘアーとサングラスが特徴的な痩身かつ長身の男で、階級は少尉。名は『ブランニュー』と言う。
その広い知見と深い見識を買われて、今回の緊急会議、その司会進行役を任された彼の顔にも、やはり相応の冷や汗が浮かんでいたが、それでも、進行役としてちゃんとしなければという気持ちのほうが強かったらしく、次の台詞を放った際の口調も、比較的しっかりとしていた。
「しかしやはり、どれだけ情報を精査してみても、出てくるのは信じ難い現実ばかり――それに、当事者のひとりであるクザン中将が、世経の報道内容を全面的に認めているとなれば、我々としても受け入れざるを得ませんし、話し合わなければなりません。……この者たちの脅威度――そして、対応策を」
そこで一旦、ブランニューは一拍の間を挟むと、次のように続けた。
「念の為に、改めて説明しておきますと――今回、我々が行った『バスターコール』とは、『元帥』、『大将』以上の4人のみが発令可能な特殊作戦行動のひとつで、要約すると、大型軍艦10隻と中将5人を基本とした艦隊による『殲滅作戦』を指します。今回、これが発令された経緯については、あえて省略しておきましょう。……会議の趣旨とはズレますので」
説明しつつ、目前に居並ぶ者たちをグルリと見渡しながら、ブランニューは、
「……こうした規模と目的から察せられるように、本来なら何者かによって止められる、という類のものでありません――紛れもなく、国家間の戦争に匹敵する程の戦力です。現在『新世界』の各地で暴れ回っている上澄みの海賊たちの中でも、そんなことができる者はほんのひと握りでしょう。……事実、
そこまで言うと、ブランニューはわずかに身体をずらして、背後の黒いマグネットボードに留められた4枚の写真――1枚につきひとりずつの顔写真が、居並ぶ将校たちに見えるようにした。
そして、近くの端末を操作して、ボードの上に備え付けられていたスクリーンを下ろすと同時に、同じく近くにあった『映像電伝虫』の位置を調整。その片目に、先の写真の1枚を手に取ってかざすと、もう片方の目からは、その視覚情報を反映させた映像が、スクリーンに拡大されて表示された。……ともすれば女性にも見える、美しい顔立ちをした銀髪赤目の青年。その横顔を写した写真が(何人かの女性の将校がポッ、と頬を赤らめた)。
「イングナル・フレイ――残念ながら、彼の経歴については不明な点も多く、その為、恐らくは『非加盟国』の出身と思われますが、それでも、もっとも古い記録では、あの軍事国家『ガルツバーグ』において、少年兵として従軍していたという事実が確認されています」
これを受けて、居並ぶ将校たちの面々がわずかにざわめいた。しかし、そうなることをあらかじめ察していたらしいブランニューは、特に慌てることもなく、
「お気づきの方もいらっしゃるようですね――そう、奇妙な偶然もあるように、このガルツバーグとは、先に述べたダグラス・バレットが従軍していた国家でもあります。事実ふたりは、当時同国軍の部隊長であった『ダグラス・グレイ』が率いるチームの少年兵として、ある程度の面識があったそうです。……もっとも、当時から相当な武勲を挙げていたバレットとは対照的に、イングナル・フレイのほうはそうでもなかったようですが」
「と、言うと?」
思わずと言った様子で尋ねるセンゴクに対し、ブランニューは相変わらず淡々とした口調で、
「聞くところによると、彼は『不殺』を徹底していたようです。上官からそれをやめるよう言われた際にも、頑としてそれを固辞した――だけではなく、
「中々口を割らなかった?」
ブランニューの言葉を反芻しつつ、センゴクが眉をひそめた。
「国が崩壊した今でも、あのふたりは繋がっていると?」
「ああいえ、仲間意識によるものではないようです」
センゴクの言わんとしていることを察したらしいブランニューは、顔の前で軽く手を振りながらそのように言うと、
「むしろ、それとは逆――バレットは、当時からイングナル・フレイに対して強烈な敵対心……ライバル意識を持っていたようです。命令違反による懲罰を多々受けようとも、当時から、イングナル・フレイの才覚はズバ抜けていたらしく――それが、バレットは気に食わなかったのだとか。あるいはそうした劣等感が、その後の凶行の動機となったのかもしれませんが、まあそれはそれとして……」
ここで一旦、喉を整える為か、コホン、と小さな空咳を挟むブランニュー。
その後で彼は、こう言った。
「その、バレットの凶行――『ガルツバーグの惨劇』によって国そのものがなくなったのを契機に、当然、イングナル・フレイもまた、バレットと同様に海に出ます。ただ、海賊となったバレットとは違い、彼は、
この説明を受けて、何人かの将校がウンウンと頷いた。「最弱」と言えば聞こえは悪いが、彼らのような海兵からすればそれは平和の証にして、駐在している海兵たちの努力の
「……その実力を買われてかは知りませんが、
それは具体的に何なのか? という質問を、しかしセンゴクは敢えてしなかった。何となく、こうした会議の場には似つかわしくない、浮ついた話題に発展しそうな気がしたからだ。
まあいずれにせよ、その辺りの動機については、正直そこまで重要ではない。ここで真に話し合うべきことは――
「――話を戻しましょう。今回の議題において肝心要の、彼の戦闘力について」
そう、それだ。と、センゴクが心中で首肯する一方で、ブランニューは続けて、
「これは主に、現在安静中のクザン中将、サカズキ中将の両名を含む、今回派兵された5名の中将に聞き取りを経て判明したことですが――まず第一に、彼は、『覇王色』の覚醒者だそうです」
その情報を真っ先に挙げたブランニューの判断は、正しかったと言えるだろう――その証拠に、居並ぶ将校たちがわかりやすくざわめき出した。
単純に『覇気』を扱える人間だけでも、かなり限られているというのに――その上、『覇王色』の使い手。その割合はなんと、数百万人にひとり。
しかしその一方で、世界で武勇を上げる多くの強者は、この「王の資質」を備えていることから、その覚醒者については、判明したその時点でどれだけ名が売れていなくとも、一定以上の知名度が約束されることになる。これがもし海兵だったなら、将来有望な若者として喜ぶところだが、しかし、今回の場合は……。
「『見聞色』の精度と範囲もズバ抜けており、オハラとその周辺一帯を覆うほどのものであることは間違いなく、『
いや、それもきっと『覇気』によるものだ――と、センゴクは胸中で相槌を打った。厳密に言うとそれは『武装色』ではなく、『覇王色』によるものだが、とも。
3種類ある「覇気」の中では、「見聞色」と並んで基本的な技術故に奥も深い、流動する肉体を持つ、悪魔の身の能力者――通称『
その一方で、前述した『覇王色』は、その希少性の反面、手を下すまでもない、多数の弱者を手っ取り早く無力化する以外の使い道がない――何なら、一定以上のレベルの戦いでは殆ど役に立たない、『死に技』として知られていたが、実際にはそうでもないことを、センゴクを含めた極一部の海兵は知っていた――より高い境地に達した強者ならば、「
更には、それによる攻撃では往々にして、物理的な接触よりも先に、攻撃の成果が形となって現れる、ということも。
馬鹿な、とセンゴクは冷や汗を滲ませた。と同時に、隣に座る同期の「英雄」に目を向けた。実力と実績は確かなものの、普段のいい加減な勤務態度と、上官が相手でも、歯に衣着せぬ物言いが目立つその海兵――センゴクに負けず劣らずの大柄な体躯と、左目にある三日月型の傷跡が特徴的なその「中将」は、しかし、普段の彼らしからぬ真剣な面持ちで、ブランニューの言葉に耳を傾けており、まあそうだろうな、とセンゴクは驚くよりも先に納得した。
今は亡きあの『海賊王』、ゴール・D――もとい、ゴールド・ロジャーと幾度となく死闘を繰り広げ、尚且つ、自身も「同種の覇気」を扱えるからこそ、彼にはよくわかるのだろう。わずか20歳足らずで、その技術――「纏う覇王色」を会得しているという事実。その異常性を。
前述した、世界各地で名を挙げている「王の資質」を持つ者たち、その中でも更に極一部の者――『白ひげ』、『カイドウ』、『ビッグ・マム』など――しか至れない、一種の到達点。
この「若者」も、
「……また、その身に宿した『悪魔の実』の能力も十分以上に脅威です。実の名前はわかりませんでしたが、自身の身体、あるいは何もない空間から、金色のオーラによって巨大な腕や防護膜を作り出し、それを攻撃や防御に使うだけではなく――なんと、他者への『付与』も可能だとか」
「他者への付与?」
思わずといった様子で反芻するセンゴクに、「ええ」と首肯するブランニュー。
「先ほど述べた、CPを
センゴクは声を出さずに唸った(『深い関係』云々に関しては、なんとなく察しがついた上に話が妙な方向に脱線しそうだったので、敢えて指摘はしないでおいた)。他の海兵たちもざわめいていた。
『能力者』というだけなら、正直、現在この部屋で会議に参加することを許されている、『
似たような能力を持つ者を挙げてみろと言われたとしても、精々が、1年前に『カイドウ』と激闘を繰り広げたとされる『ゲッコー海賊団』の船長、『モリア』の、『カゲカゲ』の
切り取った他者の「影」を別の人間に
相手が異性であることと、「相応の行為」が必要であることから、モリアの能力ほど使い勝手はよくないかもしれないが――閑話休題。
「……前置きは、そのぐらいでいいだろう」
そう言ったのは、ブランニューの隣で腰を下ろしている、やはり大柄の体躯の持ち主にして、怪物の背びれのように天に伸びた、トゲトゲのヘアースタイルが目につく現『元帥』――『コング』だった。
「既に、政府からの報告とのすり合わせも終えて、手配書の金額も、正式に決定された筈だ――それを教えてくれ。でなければ、居場所がわかり次第送りこむ、海兵の
「失礼――確かにその通りです。では、手早く発表することにしましょう。イングナル・フレイと――彼との同行が確認されている他3人の懸賞金を」
「3人?」
センゴクが眉をひそめ、それに対し、ブランニューが間髪入れずに説明した。
「ええ、つい数時間ほど前に、
言って、ブランニューは、いつの間にか手に持っていた4枚の手配書の内の1枚を、傍の映像電伝虫の片目の前にかざし、それによって、もう片方の目から映し出した白い長髪と褐色の肌が特徴的な美女の姿を、背後のスクリーンに浮かび上がらせると、
「ひとり目は――ご存じの方も、何人かいるかもしれません。『オハラ』発の『
元の懸賞金額である7900万から、2000万近いジャンプアップ。とはいえ、それぐらいは当然だと思っている海兵が多いのか、そこまで大きなざわめきは起こらず――だからという訳でもないだろうが、ブランニューは、さっさと2枚目の手配書を取り出した。それの写真に写っているのは、先のニコ・オルビアとよく似た顔立ちの、幼い黒髪の少女の姿で、
「続いてはこちら――先ほど軽く触れたように、わずか8歳という年齢ながら、CP9長官のスパンダイン氏の証言によって、『
要するに、母親の元の懸賞金と同じ額を据え置かれた形だ。あるいは、『
いずれにせよ、彼がそうであるように、そこまでのざわめきは起こらなかった。無論、8歳という年齢で7900万という金額は異常と言えばそうに違いないだろうが、ここまでのブランニューの説明をちゃんと聞いていた者からすれば、ありえない、と騒ぎ立てる程のことでもないのだろう――と、センゴクがそう考えたところで、またもスクリーンに映された写真が、別の物に切り替わった。
フワフワとした金髪に白い肌、青い瞳。赤いルージュが塗られた唇が、エキゾチックな印象を際立てている、妖艶な美女――
「3人目はこの女です――ここまで何度か述べてきた、元CPの諜報員。高いレベルの『六式』に、出奔してから今に至るまでに、政府からの追っ手をかわし続けてきたという事実から、元CPらしく、その手の情報戦の能力も高いと見ていいでしょう。現時点における『豊拳の一味』の主力のひとり――『妖魔』ステューシー! 1億2400万ベリー!」
「1億越え……!?」
「馬鹿な……!」
「カイドウやビッグ・マムでさえ、初頭手配は7000万台だぞ……?」
イングナル・フレイが、『覇王色』の覚醒者であるとわかった時と同じぐらいのざわめきが起きたが、それを予想していたらしいブランニューは、特に慌てた様子もなく、こう言った。
「皆様の動揺ももっともです――が、当時はまだ幼い年齢だったそのふたりに対し、この『妖魔』は、それなりの期間をCPで過ごしたことによって得たに違いない、豊富な『
厳密に言うと、その「3人の中将を云々」というくだりに関しては、先にチラッと説明されたように、フレイの能力の『恩恵』による効果もあるのだろうが――それについて、センゴクはいちいち指摘したりはしなかった。そういった事実を含めての
センゴクは改めて、スクリーンに映る金髪の美女を注視した――やはり、似ている。かつて「とある海賊団」を追っていた自分からすれば、いやでも想起せざるを得ない、今では『白ひげ』として恐れられている大海賊、エドワード・ニューゲートに常に侍っていた、ひとりの女海賊に。他人の空似だろうか? いやしかし、それにしても……。
その「とある海賊団」――『ロックス海賊団』も、20年前には壊滅していて――その大事件に居合わせたこの男も、自分と同じ
案外、自分と違って順当に、「他人の空似」で済ませているのか、あるいは、間もなく発表されるに違いない、「本命」のほうに意識を向けているのか――両方だろう、とセンゴクは思った。いずれにせよ、こういった会議で、この男がいまだに居眠りのひとつもしていないこと、それ自体がある種の奇跡のようなものだ、とも。
「……ちなみに、彼女については、何らかの『能力者』であるという情報も挙がってきています。これについては、裏付けに足る情報がCPより上がり次第、より詳しくすり合わせていくとして――」
そんなことをセンゴクが考えている内に、いよいよブランニューが、その「本命」についての説明に入っていて、
「そして――お待たせ致しました。今回の事件の主犯。オハラを含めた海域全体に轟く程の広い範囲と、その中にいる中将以外の海兵、政府の役人たちを無力化する程の『覇王色』! 大将昇進を確実視されている、ふたりの『
センゴクは目を見開いてブランニューを見つめた。ガープも同様だったが、他の海兵たちは、そこまで
「3億……3億!?」
「馬鹿な――『カイドウ』や『ビッグマム』の海賊団の幹部クラスではないか!」
「初頭で『億』を超えるだけでも異常だと言うのに!」
「何かの間違いじゃないのか!?
ギャアギャア、ワアワアと一向に収まる気配を見せない程の大騒ぎ。そろそろ、大きな声を出して事態の鎮静化を図るべきか? センゴクは迷ったが、その必要はなかった。
「この金額は――『五老星』が直々に決定したものです」
途端に、会議場全体が水を打ったような静けさに包まれた。
『五老星』――世界最高の権力を持つ5人の賢人たち。自分たち海軍や、世界政府の雇用主とも言える『天竜人』。その中でも「最上位」の存在。
そんな者たちの決定事項に異を唱えるような愚か者など、この場に集められた将校たちの中にはいなかった。まあ、「コイツ」は別だろうが――チラリと隣に座る
何せ、この男――恐ろしいことに――その気になれば、平気で盾であり矛である筈の
とはいえ、今回のイングナル・フレイの懸賞金額については、特になんの異論もないようで、相変わらず、らしくもない難しそうな顔で、むっつりと黙り込んでいた――いやまあ、今回に限らず、それが誰であろうと、この男は元々、そういった
いやしかし、それにしても何故そんなに難しい表情を? とセンゴクは疑問に思った。イングナル・フレイが『纏う覇王色』を会得していることに対する思慮だとしたら、少々スパンが長過ぎはしないか? と。
そう思ったところで――そんなセンゴクの思考に、ブランニューの言葉が割り込んできた。
「その理由、背景については想像するしかありませんし、間違っても、こちらから詮索するべきではないでしょうが――個人的には、異常……と言える程の金額ではないと、私は思っています。今回の件で、この男が打ち倒したふたりの海兵――クザン中将とサカズキ中将の実力は、皆様も知っての通り……。肩書きこそは中将であるものの、その実力が、既にその上――『大将』の域に達しつつあることは、周知の事実である筈。……しかし、そのふたりが、殆ど何もできずに無力化された……! 最初に申し上げましたように、我々は、この事実から目を背けるべきではないと思いますし、それがすぐにはできない、他の海兵たちに注意を促す意味でも、『初頭で3億越え』という今回の決定は、むしろ英断と言えるかもしれません。我々が派遣される際の兵の選定において、
「そうだな……」
と、ブランニューの説明に対して首肯を返したのは、すぐ隣で腰を下ろしていた
「この男が何故、『バスターコール』を防ぎ、考古学者たちを救ったのか? その理由は現状ではわからないし、いずれにせよ、そこはさほど重要ではない――重要なのは、この男が既に、『悪の芽』という領域を超えた、ハッキリとした『脅威』となって、我々の『正義』を脅かす存在となっていることだ」
言いつつ――彼は、おもむろに立ち上がり、ツカツカと会議室の出入り口へと歩いていきながら、
「……しかし、それは我々が臆する理由にはならん! これほどの脅威に成長する前にその芽を摘めたなら、それに越したことはなかったろうが――それができなかったからと言って、仕方ないと下を向く理由にはならん!」
会議室から出て、屋外と面した廊下に出ながらそんなことを言うコングの背中を、センゴクは真剣な目で見詰めた――ガープでさえ、その姿を横目で追っているのが、気配でわかった。
やがて、コングは足を止めた。彼は屋外と面した渡り廊下、そこに設けられた転落防止用の柵の上から、下のほうを見下ろしており――その視線の先にある本部前の広場には、会議室には入り切らなかった、大勢の将校たちが立ち並んでいることを、センゴクは知っていた。
「だが、それでも『3億』という金額を前に腰が引けるというのなら――構わん! 逃げたい奴は今すぐ逃げ出せっ!!」
コングは叫んだ。
「いい加減、認めねばなるまい――『見せしめ』になる筈だった、2年前の『海賊王』の処刑……。アレが逆に、『大海賊時代』と呼ばれる現状の、『きっかけ』となってしまったことを! しかし! だからこそ! 我々には一切の弱みは許されん! 望まぬ時代の到来は、あくまで我々の落ち度――か弱き民衆に罪はない! 必要な
まさにその2文字が刺繍された、コングの白いロングコートが、風に揺られてバサァッ! と揺れた。彼の言葉に当てられた会議室、および外の広場に集められた海兵たちの士気がグングンと高まっていくのを、センゴクは肌で感じ取っていた。
「強大な『悪』がこの世にあるならば! 我々『海軍』が! その力でもって! それらを、全力で駆逐せねばならんのだ――」
わずかな間が空いた。そして……。
「――『絶対的正義』の名のもとに!!」
空気を裂くような元帥の叫びに、間髪入れずに「「「はっ!!」」」と返す広場の海兵たち。直後に彼らは、腰の剣や拳を頭上に掲げながら歓声を上げ――こういった空気の引き締め方は流石だな、と、胸の前で手を叩きながら、センゴクはそう思った。
その後は、ある程度場が収まったところで、改めて会議室内の海兵だけの話し合いとなり、『豊拳の一味』の今後の行動予想や、実際に接敵した際に、具体的にどのように対処するべきか? などの話し合いに移った。しかし、その間もやはり、隣に座るガープは、らしくもない難しい表情で黙り込んでいて――そんな彼を流石に不審に思いながらも、センゴクはあることを思い出していた。
かつて――具体的には、『ゴッドバレー事件』の直後。彼がふとした拍子に
◆ ◆
発令、すなわち対象の確実な殲滅を意味する筈の、『バスターコール』。
それを、たったふたりの無名の人間が破ったということと、そのふたりが、『
その中には当然、既に時代に名を残す程の『覇』を示した者、および、これからそれを成すに違いない程の素質を持つ者も含まれていて、例えば、『新世界』のとある海域を悠々と進んでいる大型船の甲板の上。そこに設置された巨大なソファに腰を下ろしている、天を突くような大男は、手に持った号外に目を落としながら、
「『シキ』の奴が、『インベルダウン』初の脱獄者になったかと思えば……。今度は、ロジャーんとこの合体小僧でもやれなかった、『バスターコール』を止めて見せるガキが現れる、か……。グラララララ……! 中々どうして、威勢のいい奴がいやがる……!」
「威勢がいいってだけで、できることでもねえでしょうよい」
脇から記事を覗き込んでいたパイナップル頭の青年が、そんなことを言った。口元は笑っていたが、目は真剣だった。何せ……。
「歳は……多分、おれとそう変わらねえか……。これは、負けちゃいられねえな……」
「ライバル意識か? マルコ?」
「まあ、全くねえとは言わねえが――」
自らのおとがいをポリポリと指でかきながら、『マルコ』と呼ばれた青年は、次のように答えた。
「――おれとしては、一緒に手配されたちっこい娘と、その母親のほうが気になるよい。『
呆れたように首を振るマルコの言葉を受けて、大男は、脇の小机に置かれた手配書を手に取った――ただし、マルコが述べたニコ親子ではなく、『妖魔』の異名が記された、金髪の美女の手配書のほうを。マルコには申し訳ないが、大男の関心の大半は、むしろその女性のほうに向けられていて――なんとなれば、
(『バッキン』……。いや、若作りっつっても、流石に限度があるか……?)
彼が思い出すのは、忘れようにも忘れられない、以前の海賊団に所属していた時代に、ことある毎に侍ってきたひとりの女。確か、その海賊団が解散――というよりは壊滅――した後は、妙な研究をしていた謎の組織に、一時期身を置いていたと風の噂で聞いたが、それと何か関係があるのだろうか? と大男は思った。いくら考えたところで、正確なところはわかる筈もないが、いずれにせよ……。
「……もしも会うようなことがあれば、ちっとは話を聞いてみるのもいいかもな……。グララララ……!」
そんなことを言いながら、大男――三日月型の見事な白い口ひげと、波打つ金髪が特徴的な、現在は『世界最強の海賊』とも呼ばれている『エドワード・ニューゲート』は、愉快そうに笑い、手配書を持った手とは逆の方の手で握っていた酒瓶を口元に近づけ、グイっと
◆ ◆
また、同海域の『ワノ国』。その外れにある孤島に設けられた、和風造りの城の一室でくつろいでいた大男も、同様の記事を目にしていて、
「ウォロロロロ……! おでんを孤立させ、この国を手に入れる算段がついた矢先に、今度は、『
「ただのガキではなく、『バスターコール』を破り、初頭で3億を超える値をつけられるようなガキですがね」
淡々とした口調で、キングと呼ばれた黒ずくめの大男が応じた。顔をマスクで覆っていた為、その表情を窺い知ることはできなかった。
自身の右腕の返答に、鬼のような白い大角と、左肩からその前腕の中ほどにまで彫られた、見事な鱗上の入れ墨が嫌でも目につく大海賊――『百獣のカイドウ』は、再び「ウォロロロロ……!」という、特徴的な笑い声を上げて見せると、
「――
そこで一旦言葉を区切ったカイドウは、巨大な
「戦力を十分に整え、おでんとその家臣たちを始末するまでは、おれも迂闊には離れられねえが――念のため、近隣の海域を常に監視するよう、下の連中に伝えとけ。こっちから出向く前に向こうから来てくれりゃあ御の字だ。ウォロロロロ……!」
「了解だ、カイドウさん」
◆ ◆
そして、やはり新世界の、とある島のとある巨城の一室では、少々丸みが目立つ、色々と巨大な女が同様の号外を手にしていて、
「ロジャーの馬鹿を超える為にゃ、『
「「「はいっ、ママっ!」」」
彼女の実の子供を含めた大勢の部下が一斉に応じ、それが部屋の壁に反響してわーんと鳴った。
「カイドウの奴も狙ってるに違わねえが、有利なのはこっちさ。距離的にも、情報力の高さでもな……! それに……」
一旦言葉を切った女――『シャーロット・リンリン』、通称『ビッグ・マム』は、今度は傍らに置いていたイングナル・フレイの手配書を手に取って、それを顔の前まで持ってきてしばらくの間注視すると、
「――いいね♡ 気に入った! ついでに、コイツを次の夫にすることにしようっ!」
「「「はいっ、マ――えっ?」」」
再びの即答ハモり。ただし、今度のそれには、明らかな戸惑いが混ざっていたが――ビッグ・マムは
「このガキも、おれに種をつけられる名誉と引き換えなら、喜んで、例の親子共々仲間になる筈さ! バッキンから、おれのことは聞いてるだろうしな~~♪ 実力のほうも
頬をわずかに赤らめながら、この世の春と言わんばかりの
◆ ◆
当然、ニュースが届く時間は、過酷な海域として知られる『新世界』を含めた『
実際、その内のひとつ、「最弱の海」――ブランニュー少尉に言わせれば最も平和な海――の、とある島に接近しつつある小型船。その甲板の
「……やっぱり気になるのか? 歳も、おれたちとそう変わらねえしな……」
そんな声を受けて、赤髪の青年は顔を上げた。精々が10代後半程度だろうとわかる、多少の幼さを残した顔を、現状唯一の仲間である、黒い総髪の青年へと向けた彼は、
「まあな……。とはいえ、変に焦ったりはしねえさ。おれたちには、おれたちのペースがある、だろ?」
「違いねえ」
ハハハッ……! と愉快そうに笑う『副船長』に対して、ニヤリとした笑みを返す赤髪の青年。そして彼は、程なくして辿り着いた島に
「――なあアンタ、『ヤソップ』って男を知ってるか? ソイツの評判を聞いて来たんだが……。ああ、ちなみに、おれの名前は『シャンクス』――海賊だ」
◆ ◆
また、本来は『外界』とは隔絶されている筈の、『
「グロリオーサ様! 例の記事を、ご覧になられ――てますね。どう思われますか?」
「どうもこうも……。これだけの情報じゃあね……。しかし、黄金のオーラか……。ただの偶然にしては……。ステューシーの目当てもそれか……? まあ、もう一度、外界に出向くぐらいの価値はあるだろう。シャクヤクにも一応連絡を入れて――それからすぐに、出航の準備を始めなっ!」
「承知しました! ……ところで、あの幼い三姉妹ですが……」
「アイツらは中々伸びしろがデカイ……。特に、長女のほうは、いずれこの国を背負って立つ程の存在になるだろう。異例だが、経験を積ませる意味も込めて、次の航海からは船に乗せるのもアリかもね」
「なるほど……」
◆ ◆
――そして。
肝心の、イングナル・フレイとその仲間たちはと言うと――『オハラ』を出港してから、
ようやく、念願の『ワノ国』――その近海にまで辿りついたフレイは、しかし、眼前に広がる光景を見て、わかりやすく顔をしかめた。
「さて、どうするか……」
彼の視線の先では、辺り一面の海を満たす程の、ただならぬ高波の数々が、侵入者を阻むように、轟々とした音を辺りに響かせていた。
初めて、太字による強調描写に挑戦してみました。機能自体は当然以前から知っていたのですが……。
懸賞金や異名については少々悩みましたが、まあ変にひねるような真似はせずに、無難(?)なものにしときました。フレイ君の金額については、初頭にしては高過ぎるし、クザンとサカズキを倒したにしては低過ぎるとも言えるでしょう。それと……ステューシー……どんまい!
また、独自の設定や解釈をふんだんに盛り込んだ回になりましたので、一応の説明をば。興味ない方はスルーでOKです。
・プランニューが少尉
>この時点ではまだ原作開始(ルフィがフーシャ村を出港する)より20年前。原作においての彼の初登場時の階級は少佐。そこから2年で准将になったことを考えれば、流石に違和感を覚えますね……。「お前は20年間何やってたんだ!?」って影山君に言われてそう……。とはいえ、彼以外の人間がこういった場での司会進行をする状況も思い浮かばなかったので、ゴリ押ししました。あんまり階級が低過ぎると、それはそれで、そんなペーペーがこういった会議に参加できる訳ないやろ、という話になるので。どうかお許しを……。
・ベックマンの存在
>副船長なんだから真っ先にシャンクスの仲間になった筈……! とも思いますが、冷静に考えればそうでなければいけない決まりもありませんし、エピソード0(「BLUE DEEP」というファンブックに収録されています)ではその存在を確認できませんでした。まあ単純に、コマを食うが故に出番を省いただけかもしれませんが……。とにかく本作では、順当にヤソップよりも先にシャンクスの仲間になっていた、ということでひとつ。
あとはまあ、それとはまた別に、公式設定でのふたりの出会いが気になるところです。というのもベックマンって、出身が『
・グロリオーサ(後のニョン婆)の存在
>確信を持つには至らなかったのですが、あらゆる資料やサイトで調査したところ、どうも出奔した彼女がアマゾン・リリーに戻ったのは、タイガーの手によって奴隷の身分から解放されたハンコックたちを保護して、故郷に届けるついでに、というのが正確なところのようです。だからまあ、奴隷になる以前の三姉妹と共に島にいると思われる、今回の話での描写は矛盾します。「原作改変」タグが珍しく仕事をしましたね。まあ、オリ主を加えて、原作の女性キャラと散々ズッコンバッコンさせておきながら、何を今さらという感じでしょうが……。それに正直、そこまで大きな改変でもないですしね。彼女やシャッキーの濡れ場を書くかは要検討です。
……大体こんなところでしょうか? あとはまあ、いくらなんでもワノ国に辿り着くまでに2年もかかるとかトロトロし過ぎやろアホやろ、というのがありますが、その辺りの事情については、明日投稿予定の話で説明しますのでひとつ。
長文失礼しました!