※この作品はR-18です。

豊穣の王   作:イロゴト柿

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第14話『鯉の滝登り』

「私の出番だね!」

 

 目に映る海面の殆どを占めている荒れ狂う高波と、陽光の大部分を遮断している分厚い曇天(どんてん)

 

 それを見てどうしたものかと頭を悩ませていたフレイの背後から、先のような幼い声色の台詞が聞こえてきて――思わず、フレイは顔を向けた。

 

 幼いとは言っても、声の主はロビンではない。『魚人島』と呼ばれる、『偉大なる航路(グランドライン)』の中間地点から、後半の海『新世界』へと入る際に仲間となった――と言うよりは、いつの間にか「密航」していた――『人魚族』の幼女が、声の主の正体だった。

 

 フレイの「能力」由来の黄金のオーラで作られた、浮き輪のような物を腰の辺りで巻いた彼女は、甲板から2、30センチ程上の方でプカプカと浮かんでいて、

 

「……毎回申し訳ないけど、そうなるな。……頼んでもいいか?」

 

 深海を思わせる深い藍色の髪に、同色の瞳。青白いツルツルの肌に、何より、(へそ)から下のパーツがまんま鮫のそれであることが特徴的な、『人魚族』の幼女――『シャーリー』に顔だけを向けながらフレイはそう言って、対する彼女の返答はと言うと、

 

「ううん! 全然申し訳ないし、いくらでも頼んでくれていいよ! だって……()()、フレイのお嫁さん候補だもん……♡ 水晶玉にも映ってたし……♡」

 

 ポッ、と赤らめた頬に片手を当てて、わずかに腰をくねらせながら、シャーリーはそう言った。それにどう返せば良いのか見当もつかなかったフレイは、口を閉ざしてモゴモゴと言う他なく、そんな彼の様子を見たシャーリーとロビンが、顔を合わせてニヤリとした笑みを浮かべ、ステューシーとオルビアはやれやれと苦笑した。シャーリーが新たな仲間として加入(密航)してからそれなりの時が経ってはいたが、未だに、フレイに対する彼女の想い(きもち)は変わっていないようだった。

 

 その経緯を説明するには、やはり『魚人島』での、フレイの「活躍」について語らねばならないだろう。オハラからワノ国に至るまでに約2年もかかったのも、ひとえに、その島での出来事が関係している。無論、お節介な賞金稼ぎや海軍、果てには、主に『新世界』に突入してからしょっちゅう「求婚(ちょっかい)」を仕掛けてきた、とある「怪物女」の存在も大いに関係しており、それに伴って、フレイの懸賞金も上昇の一途を辿っているのだが――それはそれとして。

 

 『オハラ』を発ってからほんの数週間で『偉大なる航路(グランドライン)』へと突入し、『ウォーターセブン』という場所での、オルビアとロビンの存在を巡っての、「とある船大工たち」との言い争い、からの和解などのイベントを経て、何とか後半の海である『新世界』への唯一の通り道――少なくとも、「札付き」のフレイたちにとっては、だが――である『魚人島』にも辿り着けたフレイたちは、そこで実に1年半ほどの時を過ごすこととなった。

 

 当然、始めからそれほどの長期間を過ごす予定ではなかったのだが、まあ、やむにやまれず、というヤツで――早い話が、『大海賊時代』の到来によって激増した海賊、および『人攫い』たちの魔の手から人魚族と魚人族を守る為に、フレイはあえて「先」に進まなかったのだ。

 

 特段、両種族に対して何か特別な思いをフレイが抱いている訳ではないし、『バスターコール』を阻んだ――『世界政府』に真っ向から楯突いた自分たちに、『加盟国』の住人である彼らを守る義理も余裕もないことをフレイは重々自覚していたが、それでも、次々とやってくる悪漢たちの存在に怯え、泣き叫ぶ彼らの姿を見て、どうしても立ち上がらずにはいられなかったのだ。……かつて、何も知らないまま『天竜人』の奴隷にまで落とされ、この世の地獄を味わわされたかつての自分と、重なって見えてしまったから。

 

 結論から言うと、彼はやり遂げた。魚人島――『リュウグウ王国』の国王、『海神』、『海の大騎士』の異名を持つ巨大な人魚『ネプチューン』と、彼に従う兵士たちと共に並んで、見事、魚人と人魚を守り抜いて見せたのだ。

 

 その圧倒的な実力と、魚人島をすっぽり覆って尚あまりある『見聞色』の覇気によって――少なくとも、フレイたちが来てから海賊、人攫いの手にかかった国民の数は完全に「ゼロ」で、太陽(タイヨウ)の焼き印を背に負って悪漢たちと真っ向から戦う彼の姿を、島民たちは心底敬い、称えた(これにより、「自由のシンボル」として島民たちの脳裏に刻まれたフレイの背の焼き印が、後に結成される魚人および人魚だけの海賊団のマークにもなるのだが、それはまた別の話である)。

 

 フレイの仲間であるオルビア、ステューシー、ロビンも同様で、フレイの意向で彼女らが戦線に出ることは殆どなかったものの、『英雄』の仲間として、彼女たちも相応の歓待を受けた。具体的には、ネプチューン自らが、王国の総本山、『竜宮城』での宿泊を許可してくれたのだ。

 

 王族の住まいでもあるそこの守りは流石に万全で、だからこそフレイは、何の気兼ねもなく、ネプチューンたちと共に、海賊および人攫いの連中に立ち向かうことができた。

 

 まあ、戦闘力皆無の『オトヒメ』なる人魚族の「王妃」が、幾度となく言葉による説得を悪漢たちに試みようとして――「彼らだって、ちゃんと誠意をもって接すればきっとわかってくれる筈です!」――それを、ネプチューンと共に何度も鎖で縛った上で竜宮城へと運んで閉じ込めるという恒例行事(ルーティーン)に、心底ウンザリしてはいたが、それ以外は基本、際立った困難はなかった。

 

 無法者たちの中には当然、はるばる4つの海から『偉大なる航路(グランドライン)』の前半を乗り越えてやって来た猛者も相応に混じっていたが、『バスターコール』を殆どひとりで止めて見せたフレイからすれば、まったく敵ではない。正直、艦隊を引き連れた海軍『大将』、もしくは『元帥』との戦闘も覚悟していたフレイにとって、これは拍子抜けもいいところだった。

 

 まあ冷静に考えればある意味当然で、彼らも彼らで、『大海賊時代』の到来に伴う海賊被害の急増、それへの対応にしゃかりきになっているのだろう。『新世界』へと派兵する為に、彼らがわざわざ魚人島を経由することもない。フレイたちとは違って、そんなことをせずとも、『政府』側である彼らは、もうひとつの『新世界』への渡航手段――『赤い土の大陸(レッドライン)』の上にある『聖地(マリージョア)』を経由するという手段を採れるからだ。

 

 他には、『歴史の本文(ポーネグリフ)』を読めるオルビアとロビンの存在を含めた自分たちの実力と知識を狙って、世界に名を轟かせるレベルの悪党が、魚人島に乗り込んで来ることをフレイは危惧したが、それについても、ネプチューンがちゃんと手を打ってくれた。彼は、フレイとその仲間たちに関する情報について、住民たちに箝口令(かんこうれい)を敷き、それを受けた住民たちも、フレイたち――特にフレイが存在することによる、自分たちの身の安全を重々承知していた為に、これを一切の不満もなく徹底した。

 

 フレイたち自身も、特に用がある時以外は、極力竜宮城から出ないようにした。自分たちの姿を見た人攫いや海賊たちについても、わざわざ地上へ返さず、王国が管理している牢獄に監禁――もしくは、内々に「処理」するようにしていた為、フレイたちの姿を見た彼らが地上に出て、その情報を拡散させるということもなかった。

 

 だからまあ、魚人島の住民たちを、悪意ある者たちの手から守る日々――それ自体は問題なかった。空いた時間には、城の客室に設けられた巨大な天蓋ベッドの上で、オルビアとステューシーが()()()()()()()しっかり――もといしっぽりと癒してくれたし、フレイがネプチューンと並ぶ『守護神』と島民たちから称えられ、仲間たち諸共正式に『国賓(こくひん)』として迎えられてからは、オルビアとステューシーだけではなく、骨身を惜しまず島を守ってくれるフレイの姿に、完全に()()()()()()()()国中の麗しき未婚の人魚(おとめ)たちが、彼に設けられた客室へと迎えられるようになった。

 

 ……というよりは、兵士たちの制止を振り切って押し入るようになり、彼は毎晩、少なくとも30人以上の人魚たちの全身を白濁で染め上げた上で、客室のあちこちに横たわらせることとなり、そんな日々が、ネプチューンの旧友らしい『白ひげ』なる大海賊が(手配書とかではなく、大昔にどこかで見たような気がするな、とフレイは思った)、魚人島を自身の海賊団の縄張り(=領海(シマ))にすると表明するまで続いた。

 

 人魚などにも、人間が使う物と同じ避妊薬の効果が適用されるのが、フレイにとってはまったくの僥倖で、そうでなければ彼は、彼女らが攫われるのを防ぐどころか、彼女たちと同じ数――あるいはそれ以上の数の国民を、リュウグウ王国に()()()ことになったろう。

 

 それはそれで男冥利に尽きると言えるが、さしものフレイも、現状、そこまでの「責任」を負う気にはなれなかった――まだ、政府と海軍の手が及ばない「安住の地」を見つける、という当初の目標さえ達成できていないのだから。

 

 ネプチューンを含めた多くの島民たちは、ぜひ魚人島を「安住の地(それ)」に定めて永住して欲しいと言ってくれたが、フレイはやんわりと断った。オハラを発つ際にクローバーに説明した種族間の軋轢(あつれき)以外にも、様々な問題があったからだ。

 

 『白ひげ』の(シンボル)のお陰で、人攫いなどの問題は一応の解決を見せたものの、そういった行為に及ばないというだけで、『新世界』を目指す海賊たちがひっきりなしに経由するこの場所を「安住の地」と言うのは、いささか無理があったし、魚人島がガッツリ『世界政府』の『加盟国』であるという点も、無視出来ない現実のひとつだった(『世界会議(レヴェリー)』という、4年に1度の世界的イベントには殆ど出席していないようだが)。

 

 今はまだ、『大海賊時代』の到来によって、各地で溢れ返る海賊たちへの対応で手一杯のようだが、ある時、それが落ち着いてそこそこの余裕ができた政府が、「『豊拳の一味』を引き渡せ」と圧力をかけてきたら? それを、フレイは危惧した。

 

 あるいはネプチューンたちなら、政府と対立してでも自分たちを匿ってくれるかもしれないが、既に、ある程度の友好関係を築いた彼らが、そんな無茶をするのを許容できる程、フレイたちは厚かましくはなれなかった。

 

 そして何より――こんなことは、オトヒメなどの前では絶対言えないが――この魚人島が、太陽の光が届かない、深く暗い深海にあるという点も、大きな懸念点のひとつだった。ネプチューンたちからの永住の提案を受け入れるということは、地上の光と空気を諦めることと殆ど同義であり、自分やオルビアやステューシーといった「大人組」だけならまだしも、ロビンのような幼い、未来ある人間にまで、そうした「重い枷」を嵌めたくはなかったのだ――いやもう本当に、こんなことは、オトヒメを含めた魚人島の誰に対しても、絶対に言えないが……。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 そういった諸々の事情もあって、個人的に知り合った『デン』なる船大工に頼んで――前述したウォーターセブンの船大工たちの内のひとりが、彼の兄ということもあって(それまでに使っていた中型船も、その時彼らが造ってくれた新しい物へと変えていた。やたら大きなベッドが複数船内に設けられていて、フレイは、ありがたいというか大きなお世話というか、とにかく複雑な感想を抱いた)、とんとん拍子に話は進んだ。深海を上り下りする為に必要な、『コーティング』という船への特殊な塗装作業を終わらせていたデンに手早く礼を言って、ひっそりこっそりと出航したのだ。

 

 自分と生涯を共にしたいと願う人魚たちの元から、半ば夜逃げする形での出航。どういう訳か、『白ひげ』が自分たちと話したがっているという噂も聞いていた為、彼らの目にも触れないように、細心の注意を払って――それが、裏目に出てしまったのだろう。周囲にばかり『見聞色』を展開していたせいで、船内への注意が疎かになってしまっていたのだ。

 

 魚人島に滞在した約1年半の期間。その間に、歳が近いこともあってすっかりロビンと仲良くなっていた鮫の人魚の幼女、シャーリーの存在に、フレイは全く気づけなくて――しばらくぶりの地上に出て、そこから数時間の航海を経て、ようやくフレイ、オルビア、ステューシーの大人組は、ロビンに匿われているシャーリーの存在に気づいた。

 

 地上に出てからというもの、ロビンは、自分用の部屋のベッドの上で、シャーリーに対して色々な地上の歴史書を読み聞かせていたらしく、肩が触れ合うほどに近い距離でそれを行っていた為――つまりは、気配が()()()()いた為――フレイが無意識に展開している『見聞色』でも、すぐにはその存在を拾えなかったのだ。

 

 シャーリーとはそれが初対面ではなかった。フレイたちが魚人島で、当分の間、『人攫い』たちからの「盾」になろうと決意したきっかけの出来事。大勢の人魚を捕らえて島を出ようとしていたかの者たちを、その船内から聞こえてくる多数の悲しみの「声」を聞いたフレイが、激情に駆られるままに襲撃。

 

 これによって船内に閉じ込められていた彼女たち(基本的に人魚を狙う『人攫い』たちは女を狙う。一番高値で取り引きされる為だ)を救出すると同時に、こういったことが日常茶飯事であるという魚人島の現状を知り、『国賓』として迎えられる程の活躍を見せる日々を送るようになった、という訳である。

 

 シャーリーは、その時に捕らえられていた人魚のメンバーのひとりだ。自分たちを救ってくれたフレイに対して特に欲情――言い方を変えればひと目惚れした人魚のひとりであったが、当然フレイは、彼女に対してはその気持ちに応える――つまりは、「相応の行為」に及ぶことはなかった。

 

 当たり前だ。如何に自分の節操のなさを自覚しているフレイであろうとも、9歳の幼女に対して食指を動かしたりはしない。でなければ、とっくに10歳のロビンにも手を出していただろう。自分と「そういう関係」を求めている点では、彼女も同様だったからだ。

 

 ある晩、彼女からそういった旨の意思表示をされた時には大層驚くと同時に、考えるよりも先に「ノー」と答えて不興を買ってしまったが、オルビアとステューシーのふたりは納得の面持ちだった。

 

 そうでなければ、4人で政府からの逃避行を始めてから最初の日の出来事――自分たちの交わりを見てしまったロビンが、生まれて初めて(らしい)の自慰行為に勤しんだりはしないでしょう、と。その数時間前には、危うく親子諸共死にかけたところを救って貰ったし、それだけでも大概の女は()()()、とも。

 

 ……そう言われれば悪い気はしないが、それでもやはり、ロビンのような、幼い女の子に求められてもどうすればいいのかわからない、というのがフレイの本音だった。倫理的にも物理的にも、その手の行為に及ぶのは絶対無理だった――まあ前者に関しては、星の数ほどの女を貪っておきながら何を今さらという感じだが、そんな彼でも越えてはならない、越えたくない一線はある、ということだ。

 

 当然、そんなフレイに対して、ロビンは、頬をぷっくー! と膨らませながら大いに不満を覚えて――だからだろう。同じ、フレイと望んだ行為に及べない者同士、歳が近いということもあって、シャーリーと大いに馬が合ったロビンは、一計を案じた。いつになるかはわからないが、フレイが魚人島を発つことを決意した際に、いつでも自分の友人(シャーリー)が密航できるように、と。

 

 具体的には、あらかじめ空の酒樽を船内に用意し、出航の意志をロビンがフレイから聞くと同時に、それをシャーリーに報告。自分たちが船に乗るよりも前に、彼女が例の酒樽の中に入り込むことで、密航を成功させたという訳である。

 

 大分(ガバ)がある作戦だし、実際、船に乗り込む際に、一応その中に『見聞色』を向けていればあるいは気づけたかもしれないが――この時のフレイは、いつ背後から、大勢のモノにした(してしまった)人魚たちや、自分たちと話したがっているらしい『白ひげ』が追いかけては来やしないかと、背後(そちら)のほうに『見聞色(しんけい)』をピリピリさせていたこともあって、まんまとふたりの幼女の目論見通りになってしまったという訳だ。

 

 シャーリーの存在に気づいたのは、前述したように出航(それ)から裕に数時間は経ってからで――当然、魚人島からも相当な距離が離れてしまった為に、船を引き返させるという選択はできなかった。

 

 いずれにせよ、深海を行き来する『シャボン』のコーティングが、海上に出ると同時に解かれてしまった為に、再度の潜水は不可能で――無論、水圧に生まれながらの適正があるシャーリーだけなら、帰ることも不可能ではないかもしれないが、彼女と知り合った経緯(いきさつ)が、人攫いに捕まっていたところを助け出した、という点を考慮すると、それも得策とは言えない。

 

 ただでさえ、魚人島周辺の海域は――海上だけではなく、海中も含めて――魚人島から上がってきた人魚目当ての『人攫い』が大勢目を光らせているし、そんな中、幼い人魚がひとりノコノコと帰りの途につくなど、殆ど自殺と同じだった。

 

 そういった理由もあって、フレイたちはシャーリーを渋々――本当に渋々、同行者(なかま)として認めることにした。地上からある程度浮き上がるよう「設定」した、フレイの黄金のオーラを「素」とした浮き輪のような物を与えた上で、である(魚人島で何度も見た、人魚たちが使っている『シャボン』の浮き輪を参考にした)。

 

 一体どうしたものかと、最初の内は随分とヤキモキするフレイではあったが、それなりの日々を過ごす内に、彼女の有用性を認めない訳にはいかなくなった。

 

 貴重な同年代の友人として、ロビンの精神面の安定に一役買っているというだけではない。ただでさえ気候や波の状態が不安定で、相応の航海術が必要となる『偉大なる航路(グランドライン)』――その後半である『新世界』ともなればそれは特に顕著で、シャーリーが持つ、人魚族特有の「魚と話せる能力」がなければ、フレイたちは大いなる苦労を強いられただろう。

 

 彼女に悲しい思いをさせない為に、魚料理を一部制限しなければならないという制約が生まれはしたものの(「友」であるが故に、魚や肉を食べる習慣は人魚族にはないらしい。フレイたちだけがそれをする分には構わないらしいが、その前段階で、彼女の前で魚を捕らえる――つまりは殺す必要がある為、結局は自粛する必要があった)、それを補って余りあるほどの有用性を、シャーリーは示してみせたのだ。

 

 ……元々が、リュウグウ王国のスラム的な場所である、『魚人街』暮らしの孤児という身の上で(厳密には兄がいるらしいが、兄妹らしい触れ合いはほぼ皆無だったらしい)、帰ったところで迎えてくれる家族がいないという点も、フレイたちが彼女を受け入れた要因ではあるが。

 

 ともあれ――『ワノ国』近海。そこへの入国を阻むかのように荒れ狂う高波の障壁を乗り越える為に、シャーリーの協力の申し出を快く受け入れたフレイは、海面に向かってパクパクと口を動かしている、彼女の背を黙って見つめていて――アレで一応、魚類や人魚族には聞こえる音波のやり取りを行っているらしい。フレイの耳では当然聞き取れなかったが、『見聞色』によって、何らかの意思のやり取りを行っていることだけは把握できた。

 

 そんな状態が数分ほど続いて――突如、フレイたちの船より数メートルほど先の地点で、いくつもの巨大な水しぶきが上がった。その大きさたるや、シャーリーがいつも助けを求める魚たちとは明らかに違う! もしや、ワノ国近海を縄張りとする海獣か、下手をすれば海王類の襲撃か――シャーリーの様子を見守っていた4人の間にピリリとした緊張感が走ったが、心配は無用だとすぐにわかった。現れた()()()からは、悪意や敵意といった感情は、(見聞色では)一切感じられなかったし、親愛の意を表すかのように、シャーリーがブンブンと手を振っていたからだ。

 

 現れたのは――赤、白、黒、金などの不揃いな色彩が特徴的な、見たこともない巨大な魚だった。が、そう思ったのはフレイだけで、他3人の人間の女性たちには既知の魚だったらしく(そこにロビンも含まれているのを見て、自身の見識の狭さを知ったフレイは少し恥ずかしくなった)、

 

「えっ……『(こい)』!?」

「凄く大きい……! いや、問題はそこじゃなくて……」

「淡水魚の筈よ! 『鯉の住めない池は最悪』とは言うけど、流石に海で生きていられるなんて……!」

 

 たんすいぎょ? タンスイギョ――確か、池や湖でしか生息できない魚のことだったか……? ということは、自分たちは知らない内に、ワノ国に入っている? 海にしか見えない現在の場所は、同国の巨大過ぎて、全貌が把握できない湖か何かなのだろうか?

 

 そんなことを、目をグルグルさせながら考えていたフレイだったが、そういった思考にシャーリーの声が割り込んできたことで、一気に現実に引き戻された。いわく、

 

「うん……うん……わかった……。フレイさんっ! フレイさんの能力で、太くて長くて頑丈なロープを作れない? 作れたら、それの片方をマストに巻きつけて、もう片方を、鯉さんたちに向かって投げて欲しいの!」

「えっ? あ、ああ、わかった……」

 

 混乱しつつ、それでも、ここまでの航海において、何度も自分たちの助けになってくれた、シャーリーの能力と言葉を疑う理由はない。言われた通りの物を、フレイは、『悪魔の実』の能力由来の黄金のオーラでもって、何本か創造。それらを海に向かって投げ入れた。そして――

 

「――っ! オルビア、ロビンっ! 何かに掴まれ! ステューシーは、もしも大丈夫なら、帆を――「もうやってるわ!」――流石だ!」

 

 間一髪。『見聞色』で数秒先の未来を把握したフレイは、大急ぎで仲間たちに警告を発した。彼がシャーリーのことを信頼しているように、彼女たちも当然、自分たちの「王」である彼のことを信頼していて――すぐさま、言われた通りにした。

 

 オルビアとロビンは近くの柵に捕まり、ステューシーは猛スピードで帆を閉じて――それが正解だった。放った何本かのロープの片方が着水するや否や、それをガッチリと咥え込んだ鯉たちが、そのまま、猛スピードで船を牽引し始めたからだ。

 

 あまりの勢いに船の船首がガクンと下向きになり、間一髪、フレイの指示を聞き受けてそれを予想していた4人の女性たちは、甲板の上を無様に転がらずに済んだ。シャーリーなどは、言質は取ったとばかりに、「キャーっ♡」とわざとらしい悲鳴を上げながら、フレイの腰に――具体的には、彼の股間に頬ずりするようにして――抱き着いてきたので、彼は大いに狼狽(ろうばい)した。

 

 「能力」で作った黄金のロープは、「弱点」である海水に触れた端からボロボロと形を崩していくので、常に内側からそれを修復するように新たなオーラを形成しなければならなかったし、頬を上気させたシャーリーが、どさくさに紛れてズボン越しにチュッ♡ チュッ♡ と股間に口づけしながら上目遣いに見上げてくるので、正直気が気ではなかった。まだ9歳であるというのも勿論だが、彼女が「鮫」の人魚であるという点も重要で、その歯はノコギリよろしくのギザッ歯で、時折ギラリとした凶悪な光を放っていた――フレイは、何かの拍子で、自分の大事な息子と、突然で永遠の別れを強いられてしまうのではないかと、心底肝を冷やした。

 

 と、そんなことをしている内に――「フレイさんっ!」――どことなく引きつったようなロビンの声を受けて、フレイは我に返った。彼女は、船が進む先を指で示しながら目を見開いていて――同じ方向に目を向けたフレイは、同様に息を飲んだ。

 

「滝だわっ! なんて大きい……!」

「何とか止まらないと! この船じゃとても――「大丈夫!」」

 

 オルビアに続いたステューシーの言葉を、シャーリーが遮った。フレイは彼女を信用することにしたが、それでも内心は不安で一杯だった。横幅だけでも間違いなく5、60メートルはありそうな巨大な滝が、それの数倍はある高さから大量、という表現では済まない程の水――海水か淡水かは知らないが――を落としていて、この鯉たちはシャーリーを含めた自分たちを騙していて、滝壺に沈んで船と共に海の藻屑(もくず)となった自分たちを、後からゆっくりとおやつにでもするつもりなんじゃないかと、殆ど本気でフレイはそう思った。

 

 せめて、船全体を、黄金のオーラでコーティングするぐらいのことはやるべきか――と、そう思っている内に、

 

「えっ……!?」

「マジか……!?」

 

 思わずといった様子のロビンの驚きの声に、フレイが続いた。ロープを牽引していた鯉たちが、()()()()()()()()()。……いや、本当にどういうことだろう? 物理的な法則のアレコレを無視し過ぎではないだろうか? それとも、鯉というのはそういう生き物なのかと、半ば現実逃避気味にそう思っている内に、そんな彼らに牽引されているフレイたちの船も、当然、同様の道を辿ることになって――つまり、

 

「滝を……昇ってる……!?」

「もう、何が何だか、って感じね……!」

 

 オルビアとステューシーの言う通りだった。もう、船首が下を向いているとか、そういう次元ではない。船そのものが滝壺に対してハッキリと垂直になり、鯉たちに引き上げられる形でグングンと滝を登っていき――瞬く間に天辺に到達。登った勢いそのままに上空へとうち上がって――着水先の海(河?)の流れが逆だったり、更にその先で、激しい渦潮が自分たちの行き先を阻んでいるのを見たフレイは、即座に決断した。

 

 まずは、鯉たちと繋がっている黄金のロープを解除。新たに全身から立ち上らせたオーラで、2本の巨大な黄金の腕――『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』を形成すると、片方で船を掴んで空中で固定。とりあえずの安全を確保すると、もう片方には更に大量のオーラを供給し、それをグングンと遠くへ伸ばした。

 

 陸地だ。荒れ狂う波の向こう側で、それの一端を数舜前に見つけていたフレイは、そこに生えている、奇妙に曲がりくねった巨木を、黄金の腕でもってガッチリと掴んだ。そして――

 

()()……!」

 

 フレイの言葉通り、伸ばした黄金の腕が元来の長さに戻ろうとし――物理の法則に従って、ただ宙に浮かばされているだけの、フレイたちが乗っている船のほうが、掴まれた巨木の生えている陸地に向かってグングンと近づいていった。「掴まってろ!」――今一度そのようにフレイが指示を出し、それを聞くよりも先に、女性陣全員が手近な物を掴むとほぼ同時に、着陸。正直、殆ど墜落と言っていい程の勢いだったが、とにかく……。

 

「ここが……『ワノ国』……!」

 

 舞い上がって頭に落ちて来た大量の砂を払いながら、フレイはそう言った。彼の視線の先では、変わった形の木々と雲が天地に並び、更にはその向こうにある、天を貫くような縦長の巨峰が、フレイたちを見下ろすようにしてそびえ立っていた。




 シャーリー可愛いよシャーリー。
 今回の投稿はここまでです。また次回にお会いしましょう!
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