※この作品はR-18です。

豊穣の王   作:イロゴト柿

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 話の切り所がわからず、ついにやってしまいましたまさかの2万文字超え。いつかこんな日が来るだろうなとは思ってましたが……。プロットの段階で気づくべきでしたね。まだまだ精進が足りません。

 というか、ちょっと前に、「一度に何万文字も読ませては、感想を書こうと思っていた読者の気力を削いでしまう」的なことを言ってませんでしたっけ? 自分。……ううん……。


第16話『脱出』

 世界にその名を轟かせる『百獣のカイドウ』が率いる海賊団――『百獣海賊団』の本拠地であるワノ国より少々離れた海域にある孤島、通称『鬼ヶ島』の一画には、『天の岩戸』と呼ばれる石の牢獄がある。

 

 格子(こうし)の類はなく、基本的には出入り口を塞ぐ巨大な岩石をずらすことでしか出入りできないそこは、さながら石で出来た巨大なかまくらのようで、天井に設けられた小さな空気穴から差し込む陽光だけが光源のその場所には、現在、3人の男と、ひとりの幼女が幽閉されていた。

 

 その内、幼女が閉じ込められてからは既に10日以上――かつてはワノ国が誇る『大名』だった3人の男たちに至っては、更にそれよりも前からこの岩戸に監禁されていたが、そこはやはり大人と子供。基本的な体力が違う。

 

 地面にうつ伏せになって動かない――動けない、先端にゆくほど青みが増していく、独特な色味の白い長髪と、その間から生えている2本の赤い角が特徴的な少女、『ヤマト』は、1日につきひとり分しか運ばれてこない食料を、()()()()()男たちから譲られているのだが、それでも、である。

 

 とはいえ当然、元『大名』である男たちの方も全然問題ないということはなく、ヤマトのように倒れ込んではいないものの、頬はこけ、肌にも張りがなく、かつては鎧のようだったに違いないと容易に想像できる全身の筋肉も、明らかに放置し過ぎた乾き物のようになっていて――それでも、おもむろに呟かれた次の台詞には、それを微塵も伺わせない程の生気に満ちていた。

 

「……運が向いてきたな。ヤマト」

「え……?」

 

 ヤマトにとっては大好きな「お侍さん」のひとりである、後頭部で纏めて後ろに垂らす(たぐい)の『ちょんまげ』――茶筅髷(ちゃせんまげ)にした青紫色の頭髪と、口に咥えた1本の楊枝(ようじ)が特徴的なその男の台詞を受けて、ヤマトは目をパチクリさせた。当然だが、10日余りの監禁生活によって彼女の和装の身なりは汚れに汚れ、右目のほうは、監禁前のちょっとした騒ぎが原因で腫れ上がった瞼のせいで、半分ほど視界が塞がっていた。また、両手首に嵌められた武骨な石の錠の存在も、彼女のひもじくも痛々しい外見的な印象に拍車をかけていた。

 そんな彼女に対して、彼――自らを『(なにがし)』と名乗っていたその侍は、続けて、

 

「いやあ……凄まじい気配だ……。これほどの傑物が埋もれる筈もないだろうから、恐らくは海外の者だろうな……」

「おでんと同等か……? いや、下手すればそれ以上……!」

「せめて、ヤマトだけでも、『20年後の戦い』の為に逃がそうと思っていた矢先だ……。正しく、天運……! これほど荒々しい『(けはい)』ならば、カイドウの仲間ということもあるまい……! ここを逃せば恐らく、このような好機に恵まれることは、今後ないだろう……!」

 

 面長の侍と、三角の「おむすび」のような頭部が特徴的な侍が(なにがし)の言葉に続き、それの意味がよくわからなかったヤマトとしては、「何を……言ってるの……?」と戸惑うより他なくて、そんな彼女に対して、(なにがし)が次のように問いかけた。

 

「ヤマトよ――この好機を活かす前に、今一度お主に問いたい。……あの程度の量の食事が1日に1回だけでは、拙者たちは当然として、お主のほうも、とても『20年後の戦い』を見届けることは叶わんだろう……。気に食わんだろうが、それでもやはり、お主はカイドウの娘……。建前でも、奴に詫びのひとつでも入れれば、まず助かると思うが……?」

「嫌……だよ……」

 

 ヤマトの返答は実に弱々しいものだったが、言葉の端々に、決して譲れないと言わんばかりの「何か」が見え隠れしていた。

 

「ぼくも……20年後(そのとき)には……お侍さんたちと、一緒に戦う……! お父さん(カイドウ)の息子であるにも関わらず……ぼくに、ずっと優しくしてくれたお侍さんたちを……助けたいんだ……!」

 

 ヤマトの言う通り――彼女はなんと、カイドウの実の娘で、にも関わらず、かの者を後一歩というところまで追いつめた故人の豪傑、光月おでんに強く憧れ、そうした言動を隠そうともしなかった為に、父である筈のカイドウの意向で『天の岩戸(ここ)』に閉じ込められたのだが、そんな彼女に対して、本来なら強く恨んで然るべき筈の3人の侍たちは、実に親切にしてくれた。国の英雄、おでんを殺したカイドウの娘である自分を、だ。錠の鎖を壊し、食事を譲り、ヤマトが隠し持っていた「おでんの航海日誌」を読み聞かせてくれた(難しい字が多かった為に、幼い彼女ではすべてを読むことができなかったのだ)。

 

 だからこそ、そんな大恩ある3人だけを馬鹿親父(カイドウ)の前に立たせる訳にはいかなくて――それ故に、自分も一緒に戦うと、先のような意思表示をしたのだが、

 

「それは心強い――が……スマンな、ヤマト。口惜しいが、拙者たちは、『20年後の戦い』には参加できぬ……」

 

 (なにがし)が言った。今一度、ヤマトの口から「え……?」という疑問の声が漏れた。

 

「拙者たちももう若くはない。そこから更に20年も経った後では――いや、いずれにせよこのままでは、それよりもずっと早い段階で衰弱死してしまうだろう……。ならば……」

「せめて、お主をここで『死なせぬ』というやり方で、未来の戦いに参加するとしよう……!」

 

 面長の侍とおにぎり頭の侍がそのように言葉を続けて――数秒ほどの時間を経て、それらの台詞が持つ意味をようやく理解したヤマトは、ハッとした表情を浮かべると、グググッ……! と何とか上体だけでも起こして、いつの間にか刀を手に持って岩戸の入り口に歩み寄っていた侍たちに視線を向けた。そして……。

 

「駄目……だよ……! そんなことをしたら、父が……!」

 

 相変わらずの、弱々しくもどこか力強い声色で、ヤマトはそう言った。が、当然のように侍たちの意志は変わらず、

 

「――このまま衰弱死など、いっぱしの侍として御免こうむる……!」

「ウム……! いずれにせよ、始めから屈する気など毛頭ないゆえ……!」

「ヤマトよ、お主も今の内に、気力を溜めておけ」

 

 おにぎり頭の侍だけが、ヤマトのほうに顔を向けてそのように言った。

 

「海外で言うところの『たいみんぐ』が重要だ……! 恐らく、勝負は一瞬……! 急速にこっちに向かって来ている気配の主と、カイドウたちが戦い始めた『たいみんぐ』で、拙者たちもこの岩戸を破るとしよう……! そして、この気配の主に、お主を託す……!」

 

 顔を出入り口を塞ぐ大岩に向けたままの状態で、面長の侍がそのように言えば、

 

()()が、お主の運命の別れ道だ――ヤマト。これほどの気配の持ち主なら、あるいは、その忌まわしき錠を外す(すべ)も持っているやもしれぬ。そして、もしもそうだった場合――お主は、その者と一緒に海外へ()け。一緒に()き――そして、20年後に戻って来い。……今よりも、もっとずっと強くなって、な」

 

 と、(なにがし)が続き――それを受けて、ついにボロボロと涙を流し始めたヤマトは、それを拭おうともしないまま、

 

「駄目……! 駄目だよ……! それじゃあ……それじゃあ……お侍さんたちは……!」

「言ったろう? このままではどの道、衰弱死するが必定……!」

「ならばせめて、侍として戦場で死に、尚且つ、若き世代に後を託すという『(ほま)れ』を(たまわ)るまで!」

 

 ヤマトの涙ながらの台詞を殆ど一蹴するような口調で、おにぎり頭の侍と面長の侍が跳ねのけた。おにぎり頭の侍の目は、既に岩戸の出入り口に向いていて――代わりに、ヤマトのほうにチラリと視線をやった(なにがし)が、次のように言った。

 

「……お主は、『光月おでん』なのだろう? ならば、拙者たちの『覚悟』――よもや無駄にはしまいな?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら放たれたその台詞を受けて――しかし、目のほうはまったく笑っていない、真剣そのもので――ヤマトはそれ以上、何も言えなくなってしまった。分かっていたつもりでありながら、その実、まったくわかっていなかった、「本物」の侍たちの覚悟――その本領の一端を垣間見たような気がした。

 

 

  ◆          ◆

 

 

「見つけた……!」

 

 高レベルの『(ソル)』と『月歩(ゲッポウ)』の併用によって実現させた超スピードで荒れ狂う海を越え、あっという間に『鬼ヶ島』――鬼の頭蓋を思わせる超巨大な岩山と、その中に収められた巨城から発せられる赤銅の光が、禍々しい雰囲気を放っている孤島――に辿りついたフレイは、その屋外の地面に、たった今下ろされたばかりと思われる4人の仲間と、そのすぐ傍に立つふたりの大柄な男を見つけた。

 

 黒い翼と(どういう訳か)首の後ろ側で燃え盛っている炎が特徴的な全身黒ずくめの男と、袖のない、前を開いた黒いジャケットに、同色の外套(がいとう)とジーンズ、そして、白い二対の角と巨大な金棒が特徴的な巨漢のふたりだ。一方、フレイの仲間たちはと言うと――ロビンとシャーリーは青ざめた表情で全身をガタガタと震わせながら互いに抱き合っており、オルビアとステューシーは、頭から血を流した状態で、地面に横たえられていて(オルビアの右手には、普段彼女が背に負っている愛用の猟銃が握られたままだった)、それを見た瞬間、フレイの頭の中で何かがブチリと切れた。

 

「『実り豊かな君(フレイ・イン・フロージ)』――」

「ウォロロロロ……! 『天の岩戸』に入れてる時間もなけりゃ、話し合いに応じるつもりもねえか! 単に、交渉の材料(カード)として捕らえただけなんだが……!」

 

 何かをゴチャゴチャとのたまっている金棒の男には一切取り合わず、フレイは、全身から噴出させた黄金のオーラを球状にして右手に集めると、即座に投擲。黄金の球体は、金棒の男と黒ずくめの男より数メートルほど前方の地面に着弾し――特に、何も起こることはなかった。僅かに粉塵を巻き上げ、下半分ほどを地面にめり込ませて多少の亀裂を走らせただけだ。「「……?」」とわかりやすく戸惑うふたりの巨漢。そんな彼らには構わず、フレイは、

 

「――『豊穣の樹(ユグドラシル)』!」

 

 高速で地面へと向かいながら、パチンと右手の指を鳴らすフレイ。と同時に、彼が地面にめり込ませた黄金の球体が眩い光を発すると同時に、そこから、ひとつの卵から何匹もの大蛇が(かえ)るかのように、巨大な(つた)――触手? のような物が何本も形成され、その全てが恐るべき早さでグングンと成長しながらふたりの巨漢へと向かっていった。

 

 大男たちの顔色が変わり、黄金の触手の先端が身体に触れるよりも先に、ふたりは宙高く跳び上がった――どちらも、その姿を変えていた。黒ずくめの大男は、やたら(くちばし)が長く、羽毛の類が見られない怪鳥の姿に。そしてもう片方は、全身を青い鱗で覆った巨大な角つきの蛇のような生き物――『青龍』の姿に。

 

 やはり間違いない、とフレイは思った。ここに急行する途中で寄った網笠村、そこの村長から聞かされた通りの姿。それに相違なかった。

 

 戦闘不能となった用心棒の侍たちを介抱する村人たちを見て見ぬ振りをし、現在進行形で連れ去られている仲間たちの元へ急行したい気持ちを必死で抑え、何があったのかを把握する為に村に降り立ったフレイは、村長からことの顛末を手早く聞いた。

 

 フレイが海岸に向かってから程なくして、突如ふたりの巨漢――『カイドウ』と、その右腕である『キング』がどこからともなく現れ、強襲。村の用心棒である5人の侍たちに加え、オルビアやステューシーも抗戦したものの、敗北。そのまま、気を失ったふたりと、それによって抵抗する気持ちを失っていたロビンとシャーリーを合わせた4人を、ふたりの悪漢が連れ去っていったという話を。

 

 網笠村の村長は、守ってやれなくてスマナイ、と涙ながらに謝罪して――村人たちからの必死の治療を受けている5人の用心棒(さむらい)の姿を視界の端に捉えながら、フレイは、そんな村長の胸に、船から跳び出す際に引っ掴んできた真水入りの革袋と、保存食入りの大袋を押し付けると、

 

「厄介事に巻き込んですまなかった――予定を変更して、おれたちはすぐに島を発つことにする! ソイツは迷惑料だ! 少しでも足しにしてくれっ!」

 

 と、それだけを言って、サッサと宙に跳び上がって襲撃者たちへの追跡を再開させた。遥か下方にて網笠村の村長が、改めて謝罪と感謝の台詞を叫んでいるのが耳に入ったがそれにもろくに応えず、遠ざかっていく「声」を目指して全速力で宙を駆け――そして、今に至るという訳である。

 

「――『スヴァリンの楯』!」

 

 飛び上がったふたりの巨漢――網笠村の村長から聞いた話と照らし合わせれば、怪鳥の姿となったほうが『キング』で、青龍のほうが『カイドウ』に違いない――から、奪われた仲間たちを守るようにして、彼女らを背にする位置の地面に降り立ったフレイは、怒りと緊張感に満ちた視線を上空のふたりの悪漢に向けつつも、左手より放出した黄金のオーラで球状のバリアを形成。それで4人の仲間たちを包み込んだ。2年前の『バスターコール』において、(オハラ)そのものとロビンを覆って守ったのと同じものだ。

 

「フ、フレイさん……!」

「フ……レイ……」

 

 嗚咽混じりのロビンの声に――意識自体はかろうじて保っていたのだろう――非常にか細い、ステューシーの声。まともに言葉を紡ぐことさえ相当に苦しい状態に違いないとわかる彼女に対して、フレイは、

 

「無理に喋るな、ステューシー……! 後は、おれに任せとけ……!」

「ウォロロロロ……!」

 

 ゴキゴキと両手の指を鳴らしながら臨戦態勢を取るフレイを見て、カイドウは笑った。

 

「『ステューシー』……外見だけじゃなく、名前も一緒か……! それでも、本人ではねえみたいだが――まあ、今はそれはいい。おれが話をしたいのはお前だ、『豊拳』……!」

「話だ?」

 

 眉をひそめ、底冷えするような口調でカイドウの言葉を反芻するフレイ。続けて彼は、

 

「どうしておれが、人がいなくなった瞬間を狙って女を攫うような、下衆の戯言(たわごと)に付き合わなきゃならない?」

「ウォロロロロ! まあ聞け!」

 

 険悪の声音でこき下ろそうとも、カイドウは一切気にした様子を見せずに、次のように返した。

 

「おれも、始めは痛めつけるつもりはなかったんだ――単に、お前への交渉材料(はなしあい)のカードとして確保しておきたかっただけでな……! それを聞き入れなかったから、仕方なく大人しくさせたってだけで――「死ね」」

 

 非常に静か――でありながら、カイドウが思わず口を閉ざすような、冷たくも恐ろしい声色で彼の台詞を遮ったフレイは、いつの間にか上げていた片足を勢いよく地面に下ろしつつ、

 

「――『討狼の足踏み(ヴィーガル・スタンプ)』!」

 

 突如、何もない筈のカイドウの頭上に形成された巨大な黄金の足が、そのまま凄まじい勢いで地面に向かって落下。恐ろしい轟音と共に、龍の姿となったカイドウの頭部を地面にめり込ませた。それを見たキングが「カイドウさん!」と、わずかに心配そうな声を上げると同時に、

 

「お前もだよ――『黄金怪鳥(ヴィゾフニル)』!」

 

 カイドウの安否に注意を向けた一瞬の隙を突く形で、フレイが黄金のオーラを纏わせた『嵐脚(ランキャク)凱鳥(ガイチョウ)』を撃ち放った。巨大な黄金の鳥の形を成した「鎌風」が真っすぐキングへと向かっていき、防ぐ暇も与えないまま直撃。それによる効果をその目で確認することもせずに、フレイは、黄金の膜で覆った仲間たちの元へと急いだ。

 

 「死ね」とは言いつつも、実際にはそこまでガッツリと交戦するつもりはなかった――自身の命よりも大事な恋人(なかま)を傷つけられて、抹殺(そう)したくなる程の激情に駆られていたのは確かだったが、彼とて、伊達に『新世界』に入ってからワノ国(ここ)に至るまでの数ヶ月間、かの「怪物女」から逃げおおせてきた訳ではない。ちゃんと引き際は心得ているし、ここが敵の本拠地で、モタモタしていては、騒ぎを聞きつけた連中の部下たちが至る所から湧いてきて、無事にワノ国を離れられる可能性が加速度的に低くなっていくという現状を、熱くなった頭の片隅でちゃんと理解していた。だからこそ、

 

「『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』……!」

 

 言って、いつものように何もない空中からではなく、背中から直接生やすようにして2本の黄金腕を創造したフレイは、それで仲間たちを覆っている黄金球を掴むと(「フレイさん!」「喋るなロビン――舌を噛むぞっ!」)、そのまま『月歩(ゲッポウ)』で離脱――()()()()()()

 

「――っ! マズイ!」

 

 ギリギリだった。寸前で「未来」を視たフレイは、空に跳び上がろうとしていた身体の向きを無理矢理変えて、横に大きく跳んだ。当然、背中から生やした黄金腕で掴んだ、防護膜に守られた仲間たちもそれに引っ張られる形で彼と共に移動して――それと殆ど同時だった。

 

「『雷鳴八卦(らいめいはっけ)』っ!!」

 

 先ほどまでフレイたちがいた場所を、恐ろしく大きくて危険な「何か」が、同じく恐ろしい速度で通り抜けていった。いつの間にか「人型」――いや、青い鱗と尻尾が残っているのを見るに、正確には「人獣型」だろう――に戻っていたカイドウだ。落雷を連想させるような風切り音。実際、フレイたちを捉え損ねたかの者の金棒からは、幾筋かの黒い稲光がゴロゴロと迸っていて――もしも、アレが直撃していたら? 思わずそんなことを考えてしまったフレイが、それでもなんとか避けることができてよかったと、ホッとひと息つく暇もなく、

 

「『(テン)――『自尊(プラウ)』――」

「お前もかよ――って、はっ!?」

 

 凶悪な「声」を聞き取ったフレイが、先ほど、自身の右足より繰り出した斬撃を直撃させた筈のキングのほうに顔を向けてみれば――どういう理由なのかは、キングのみぞ知るだが――彼は、自身の後方に伸びた頭部を手で掴んで引っ張っているところだった。少々アレな例えだが、頭に被ったストッキングを引っ張ているようにも見えて――不覚にもフレイは笑ってしまいそうになったが、直後に視た「未来」を受けて、そんな愉快な心情も吹っ飛んでしまった。

 

「防御不可か……クソッタレ!」

「――『(ドン)』!」

 

 これから繰り出される攻撃の厄介な性質を即座に見抜いたフレイだったが、それでも彼は「回避」ではなく「防御」を選択した――あまりあっちこっちへ激しく移動しては、それに連動する形で、黄金球で保護した仲間たちにも相応の負担をかけることになってしまい、特に、既に相応の手傷を負わされているオルビアとステューシーには厳しいだろう。

 

 そう思ったが故に、フレイは、背より生やしていた2本の黄金腕。仲間たちを守っている黄金球を掴んでいるそれの片方を、盾のように前方で構えると――間一髪、キングの頭部から放たれた衝撃波を受け止め、その軌道を反らすことに成功した。

 

 ……限界まで引っ張ったところで手を離したことで、元に戻る反動で(くちばし)より撃ち放たれたレーザーが如き衝撃波。その威力は凄まじく、まともには受けずに、軌道を反らすことに徹したフレイの黄金腕の1本が爆散する程だった。その事実を受けてフレイは、技の威力よりもそれが繰り出されるまでの過程に狼狽を覚えて、それを見てとったカイドウが、次のように言った。

 

「ウォロロロロ……! アイツが言うには、太古の昔、プテラノドンは――過去に実在したらしい、今のアイツと同じ姿をした怪鳥のことだが――そうやって狩りをしていたらしい……!」

「そ、そうなのか……!?」

 

 それの真偽はともかく――そもそもどうして、アイツ(キング)は無傷なのか? とフレイは疑問に思った。カイドウはまだいい。いやよくはないが、かの者の場合は、単純に生物としての純粋な肉体の強度が、常識の遥か上に位置しているだけだと、なんとなく手応えで理解できた――が、キングは違う。カイドウほどの耐久力を持っているとは思えない彼に対しては、間違いなく、防御させる暇もなく『黄金怪鳥(ヴィゾフニル)』を直撃させた筈だと、そう思ったのだが――

 

(まったく応えてない……!? いやむしろ、()()()()の問題のような……!?)

 

「ウォロロロロっ! そら、どんどんいくぞ――精々、必死で守れ! 特に、考古学者の親子に死なれたら、おれたちも困るしな――『壊風(かいふう)』!」

「『刃裏双皇(バリゾウドン)』!」

「くそ……!」

 

 上空と背後、自分たちを挟み込むようにして放たれる幾つもの斬撃(かまいたち)。それをやはり寸前で「予知」したフレイは、両手を地面に着けた――諦めた? いや違う。連中と仲間たちを分断させる為に生み出した『豊穣の樹(ユグドラシル)』。それの黄金に輝く触手を、地面を通して操作したのだ。

 

 自分と仲間たちを守るように何本もの触手を動かして、ふたりの悪漢が放つ斬撃の嵐から身を守る為の盾とし――ひとまず、それはうまくいった。カイドウの金棒とキングの双翼より放たれたいくつもの「鎌風」は、フレイが寄り集めた極太の黄金触手の束に阻まれた――が、それがそう長くは続かないことを、フレイは察していた。

 

 なんといっても、ふたりが繰り出す斬撃の威力が高過ぎる! 下手をすれば鉄にも近しい硬度を持つ『豊穣の樹(ユグドラシル)』の触手が、みるみる内に削られていって――内側から新たなオーラを常時供給することで修復し、なんとか均衡を保ってはいるものの、これでは身動きを取ることができないし、そうこうしている内に騒ぎを聞きつけたふたり以外の船員(クルー)が、今にもこぞって駆けつけてくるだろう。

 

 明らかに分が悪いと、さしもの超新星であるフレイでも認めざるを得なかった。やはり、守るべき4人の仲間の存在がネックだった。自分ひとりだけならいくらでも逃げ切れる自信があったが、彼女らを覆った黄金球を守り、運びながらとなると……! 黄金球は遠隔で動かすこともできるが、当然、直接自らの手で運ぶよりも大分移動速度が落ちてしまうし、そもそも遠隔操作が可能な距離には限界がある。ここでカイドウとキングを足止めしながらそれをやっても、まず間違いなく自分たちの船に辿りつくことはおろか、ワノ国本土にも届かないまま、黄金球は海に落下してしまうだろう。「能力」で作ったそれは、海水に浸かれば崩れてなくなってしまうし、そうなったら「能力者」であるロビンとステューシーも危ない。

 

 人魚族のシャーリーがいるのだから大丈夫という見方もできるが、ここに来る途中、嫌でも目についた鬼ヶ島を囲む波の荒々しさは筆舌に尽くしがたく、ふたりの大人とひとりの少女を引き連れながらの遠泳は、如何に人魚族であろうとも厳しいだろう。何より、シャーリー自身がわずか9歳という幼い年齢なのだから……。

 

 せめて、オルビアとステューシーの両方、もしくはステューシーだけでも万全の状態だったら――と、フレイがそのように歯噛みしたところで、変わらぬ戦況に苛立ちを覚えたらしいカイドウが再度、その姿を巨大な青き龍のそれへと変えた。何かを察したらしいキングも一時攻撃を中断した上で距離を取り、そして……。

 

「人の本拠地に、気色悪い植物(モン)を植えやがって――ウォロロロロッ! まずは、『野焼き』から始めるとするか――『熱息(ボロブレス)』!!」

「――っ! 待っ――!」

 

 『歴史の本文(ポーネグリフ)』が読めるオルビアやロビンの命はいいのか!? と牽制の言葉を投げる暇もない。大口を開いたカイドウの口内に、煮詰めたマグマを思わせる煌々たる凶悪な光が収束していき――『見聞色』で未来を視るまでもなく、直後に何が起こるのかを察したフレイは、残った触手の全てを使い切るつもりで、『豊穣の樹(ユグドラシル)』を操作。自分たちを守る為の防火壁にしようとした――ところで、事態が一気に動いた。

 

 まず、戦いの舞台より少し離れた場所に設けられていた大岩――よく見ると、入り口を別の大岩で塞がれた建造物であるとわかるそれに亀裂が入ったかと思うと、それが内側から轟音と共に割り切られ、中から3人の男が飛び出してきた。そして、更にその内のひとりが、カイドウの口より放たれた業火の中へと突貫していき――それを見たフレイが危ない! と叫ぶよりも早く、

 

「『狐火流』――『焔裂き』!!」

「はっ……!?」

 

 結果としてフレイの口から漏れたのは、心配の声ではなく呆けた声だった。跳び上がった侍は、なんと、カイドウの口から放たれた業火を、()()()()()()()()()()()()()。まるで、布地のようにズッパリと。一体どういう原理、どういう技術なのかと、フレイが目を白黒させている内に、

 

「うわああああっ!?」

「えっ? ――うぉっぷっ!?」

 

 突然、聞き覚えのない叫び声が鼓膜を震わせたかと思うと、フレイの眼前を白い何かが覆い、彼は慌てて「それ」を受け止めた。その正体はロビンやシャーリーと同じぐらいの年頃の小さな和装の女の子で、先端に青いグラデーションが施された(あるいは生まれつきか?)白い長髪と、赤い2本の角、両手首に嵌められた武骨な手枷が嫌でも目についた。

 

 一体何が起きてるんだと、咄嗟に胸に抱いた見知らぬ幼女にグリグリとした視線を向けるフレイ。そんな彼を守るようしにしてカイドウの前に立ちはだかった侍3人。その内のふたり――おにぎりのような輪郭の頭部が目立つ侍と、面長の侍が、次のように叫んだ。

 

「海外の者よ! ここは拙者たちが引き受ける――代わりに、その子の錠を破壊し、共に海外へと連れて行ってやってはくれまいか!? もしもそういうことができるならだが!」

「お主らが無事に逃げられるように、拙者たちが少しでも時間を稼ごう……!」

「アンタら、一体……!?」

 

 やはり咄嗟には状況を飲み込めずにいるフレイ。そんな彼に対して、たった今カイドウの咆炎を切り裂いて見せた、青紫色の髪を後頭部で結った――確か、「ちょんまげ」という名前のヘアースタイルだったか――侍が、上空にいるカイドウから目を離さないようにしながら、

 

「すまぬが、問答をしている時間もない――仲間の為に単身乗り込んだと思われる、お主の気概と心根を見込んで、その少女を託す。どうか錠を外し、仲間と共に逃げてくれ……! その者は――ヤマトは、20年後の戦いに必要な者なのだ!」

「~~~あああっ、クソっ!」

 

 毒づき、それでも、断る理由が見つからなかった――奴隷時代の自分を思い出してしまい、同情したからというのも勿論ある――フレイは、少女を地面に下ろし、その両手首にかけられた錠を自らの両手で掴んだ。それを見て取った少女、ヤマトはぎょっと目を剥いて、

 

「えっ!? あっ……ちょっと待って! 無理に外そうとすると、爆発――」

「――わかってるから! 少し集中させろ! やり方は知ってるけど、実践するのはこれが初めてなんだ!」

 

 思い出すのは、かつてすべてを諦めていた自分を救ってくれた、今なおその名を世界に轟かせている、海軍の『英雄』の姿。彼がかつての自分にしてくれたのと同じことを実践する為、一旦深く息を吸い、そして、

 

「え、えっと……念の為! 一応! 遠くに投げてくれると……! いや、まさか本当に、実の息子に対して、爆弾つきの錠を嵌めたりはしないと思うけどっ!」

 

 集中させろって言ったろ静かにしろっていうか息子ってなんだまさか君はカイドウの息子なのかいやそもそもどう見ても君は女の子だろうがだったら娘が適当だろうが、という諸々の突っ込みを飲み込みながら、フレイは、ヤマトの両手首にかけられた枷を掴んでいる両手に『覇王色』を発動。石製の錠をまるで粘度か何かのようにグシャッ! と潰して千切り、それを、目を丸くして驚いているヤマトの前で、誰もいない彼方へと投げ飛ばした――のと殆ど同時に、爆発。凄まじい衝撃波と爆音が周囲に響き渡り、それを見て、たちまちの内に目頭に透明な液体を滲ませたヤマトが、次のように言った。

 

「う、嘘……! そんな……! お父さん……本当に、僕を殺すつもりで……!?」

「外れたか――拙者たちの見込み通り!」

 

 ボロボロと涙を流すヤマトとは対照的に、勝ち誇ったような声を上げるチョンマゲの侍――を含めた3人の侍を上空から見下ろしながら、カイドウは、

 

「ウォロロロロ……! おれの『熱息(ボロブレス)』を斬るか……! 相変わらず、面白い剣技だが――どうした? 随分派手な登場の仕方だが……? おれの戦力(なかま)になる気になったら、天井の空気穴に向かって叫べと言ったろう?」

 

 相変わらず巨大な龍の姿を保ちながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべるカイドウ。そんな彼に向かって、チョンマゲの侍がドスの聞いた声を漏らした。

 

「たわけが……! 拙者たちも、ハッキリ申した筈だぞ――『答えのわかりきった……愚問(ぐもん)でござる』、と!!」

「ウォロロロロっ! そうか、残念だ――が、やはりおれは嫌いじゃねえ! 侍たちの、()()()()()()()()……!」

 

 ひと通り哄笑したカイドウは、続けて、その鋭い眼光の行き先を、黄金の膜に守られた仲間たちを背に、グジグジと泣きじゃくるヤマトを抱えているフレイへと移すと、

 

「喜べ、『豊拳』! おれは、コイツらの覚悟に報いることにした……! コイツらの息の根を止めるまで、()()()お前とヤマトを追わないと誓おう……! それとも、お前のほうは気が変わったか……? 元々は、お前をおれの戦力にする為の交渉材料(カード)として、『オハラの悪魔』とバッキンの生き写しを痛めつけておいたんだ……!」

「ふざけろっ!!」

 

 カイドウの勧誘を、フレイは一蹴した。突然の事態の急変を受けて大量のクエスチョンマークが躍っていた脳内を、再度、灼熱の溶岩を思わせる怒りの感情が支配し始めた。今すぐ宙を舞うあの巨体をねじ伏せて、ズタズタの輪切りにしてやりたかった――ので、フレイは、

 

「アンタらが誰かは知らないけど、おれも一緒に戦う! そうすれば――「「「否っ!!」」」――っ!?」

 

 善意からの提案をバッサリと切り捨てられたことで、フレイは思わず口を噤んだ。そんな彼に対して畳みかけるように、侍たちはこう言った。

 

「この国には、『郷に入れば郷に従え』、という言葉がある……! 他所(よそ)から来た者は、その土地の風習や考えに準じなければならぬ、という意味だ……!」

「ここ、ワノ国は侍の国! 恥は命に値する国! 拙者たちが覚悟を持って『任せろ』と言った以上、お主はそれを受け止めねばならぬ! 勝手ですまぬが!」

「元より我らは、この男(カイドウ)に屈するつもりは微塵もない……! が、それではいずれ衰弱して尽きるであろうこの命、未来の為の『繋ぎ』として活かせるなら本望! これに勝る最期はなし!」

 

 一拍の間があった。そして……。

 

「「「――行けっ! 我らの覚悟を無駄にしてくれるなっ!!」」」

「~~畜生っ!」

 

 毒づき、せめてもの置き土産として、防御に回すつもりだった『豊穣の樹(ユグドラシル)』の全ての触手を、上空のカイドウとキングへと差し向けながら、フレイは彼らに背を向けた。それが彼らを見殺しにするに等しい行為だと知りつつも、だ。

 

「えっ……!? そんな……駄目っ! 待ってよっ! お侍さんたちが――お侍さんたちがっ!!」

 

 フレイの行動の意味を察したヤマトが、泣き叫びつつもフレイの胸をポカポカと叩いたが(幼い外見の割に彼女の力は驚くほど強く、フレイは一瞬息が止まりかけた)、彼は止まらなかった。説明している時間もないし、そもそも、説明できるほど彼の心は纏まっていなかった。正直、ヤマトが言うように、その足を止めたかった――再び振り返って、侍たちと並んでカイドウたちと戦いたかった。

 

 が、それが、殆ど自殺に等しい行為であることもわかっていた。自分だけならまだいい。しかし愛する仲間たちや、謎の侍たちから託されたヤマトの安全を考えると、彼らの覚悟に報いる以外の選択肢が見つからなかった。

 

 ギリギリと歯噛みし、唇の端から血を流しながらもフレイは跳び上がり、『月歩(ゲッポウ)』で宙を駆け始めた――背から生やした黄金の腕で掴んだ、仲間たちを守っている黄金の球体、および胸に抱えたヤマトを連れて。

 

「ウォロロロロ……! その妙な剣技も今日で見納めか……! 惜しいなぁ! おれと一緒に来れば、ソイツの伝承だけじゃなく、共に世界を取ることもできただろうに……!」

「いらん心配だ――この剣技は既に、20年後(はたとせ)の未来に受け継がれている! どうせなら拙者の剣技の繋がりよりも、自身の首の繋がりを心配をしたらどうだ――我らにそれを断ち切られぬようにな!」

 

 そんな声がぐんぐんと遠ざかっていく地上より聞こえてきたかと思えば、それよりもさらに離れた位置から、

 

「ちっ、鬱陶しい(つた)だ……! 待ちやがれ、『豊拳』!」

「ム~ハハハハハ~っ!! トラブルかぁ~? カイドウさん~? 祭り囃子(ばやし)が聞こえてきたからやって来た~♪ あえて痩せないタイプの――「モタモタすんなクイーン! カイドウさんは大名たちの相手で手が離せねえ……! おれたちで『豊拳の一味』を確保するぞ!」――え~~~~っ!? いや人の口上を遮んなよアホンダラァっ!!」

「くそっ……!」

 

 などという知らない人間の声までもが聞こえてきたので、さらに『月歩(ゲッポウ)』の速度を上げるフレイ。途中、『覇王色』を放つことで、追っ手の大部分を無力化させることには成功したが、やはりカイドウとキング、それから先ほどクイーンと呼ばれた大男を筆頭とした何人かには通じない上に、3人の侍たちを巻き込まないようコントロールを意識したことと、一刻も早く自分たちの船に戻らなければという焦燥感のせいで出力も甘く、思ったほどの人数は気絶させられていなかった。

 

 フレイは歯噛みし、「戻って! お願いだから戻ってよ!」と泣きじゃくりながらジタバタ暴れているヤマトを何とか抑えつけながら、とにかく無我夢中で足を動かした。そうこうしている内に、『百獣海賊団』の多くの船が停められている港に何とか辿りついて――敵の船(それら)を使うかどうか一瞬迷ったが、フレイはそのまま宙を駆け続けることにした。とにかく今は少しでも速く、少しでも遠くまで逃げることが最重要事項だと、そう思ったからだが――しかし、

 

「……っ! うおっ!?」

 

 「声」を聞いたフレイは、慌てて横に跳ねた。と同時に、つい先ほどまで彼の身体があった場所を、レーザーが如き直線的な衝撃波――キングの『貂自尊皇(テンプラウドン)』が通り過ぎたのだ。いや、それだけではなく――

 

「『ブラック光火(コーヒー)』!!」

「危っ……誰だっ!?」

 

 と、言いつつ――謎の攻撃の出所に目を向ければ、そこには1匹の巨大なトカゲのような怪物がいた。正式な名称はわからない。見たこともない生き物だ――キリンのような長い首と、逆ハの字のレンズの形をしたサングラスが嫌でも目につく。動物系(ゾオン)の能力者? いやしかし、先ほどの攻撃は……? キングの『貂自尊皇(テンプラウドン)』のような、()()()()()()()()()攻撃ではない。正しくレーザーそのもの! 『古代種』であろうと何であろうと、そんな芸当(こと)ができる生物が実在したのだろうか? 

 

 そんな疑問と共に、男のロマン(レーザービーム)を目にしたことで、不覚にも一瞬目を輝かせそうになるフレイではあったが、流石に状況が状況な為自重した。ヤマトでさえ、もう暴れるのをやめており、フレイの胸に顔を埋めていた。当然、彼女の涙と鼻水で胸元がベトベトになったが、それにいちいち文句を言っている暇もなく――今度は、いくつもの砲弾がすぐ脇を通り過ぎ、フレイは慌てて高度を上げ、『見聞色』の精度も高めた。

 

 キングと――恐らくは、先ほど彼に「クイーン」と呼ばれていた――大トカゲに付き従ってきた『百獣海賊団』の雑兵たちが船に乗り込み、空中にいるこちらに向かって、砲撃の嵐を浴びせ始めたのだ。先ほどのフレイの『覇王色』を耐えきったのか、逃れたのか、はたまた一度は気絶したもののすぐさま目を覚ましたのか――真相は定かではないし探っている暇もないが、とにかくその砲撃の激しさときたら、本当に生け捕りにするつもりがあるのかと問いたくなる程で、

 

(マズイな……!)

 

 フレイは今一度歯噛みした。見ず知らずの侍たちがカイドウの足止めを買って出てくれたというのに、それでもハッキリと劣勢だった。レーザーや砲撃を絶え間なく放ってくるクイーンと雑兵たちも当然厄介だが、飛行能力を持つキングなどは、今にも直接こちらへと向かってくるだろう。いや、巻き添えを警戒してかえって近寄って来ない? それならば多少はチャンスはあると、そう思っていたのだが――

 

「『丹弓皇(タンキュウドン)』っ!」

「っ!? マジかっ……!」

 

 翼を叩きつけよるように突貫してきたキングに対して、またもや慌てて回避行動を取るフレイ。結果、彼を狙っていた筈のレーザーや砲弾のいくつかが、キングの身体に見舞われることになって――しかし、

 

(全然効いてない……!? いや、そうか……!)

 

 フレイがあることに思い至ると同時に、それを裏付けるようにして、地上のクイーンが、次のように部下に指示を出した。

 

「ム~~~ハハハハ~~っ! オイ、野郎共ぉっ! キングに遠慮することはねえぞ! 巻き添え上等! ()()()()()()()()()()()()()!! あの『カス』には! ムハハハハ~っ! どんどん撃てぇっ!!」

「…………」

 

 とても同じ仲間とは思えないクイーンの物言いに対し、空中で体勢を直していたキングが、マスクの上からでもわかる程に太い青筋を立てていたが、それでも、カイドウから託された任務を優先したらしく――再度、フレイへと突貫。慌てて避けるフレイ。ただでさえ4人の仲間を囲った黄金球を、背中から生やした黄金腕で掴みながら、胸にはヤマトも抱えているのだから――いつもの速度が出せる筈もなく、それを明らかに察している敵も、威力よりも手数に重きを置いて攻撃を仕掛けてきていた。

 

 いくら数秒先の「未来」が見える程の『見聞色』を常時展開しようとも、このままでは被弾は時間の問題だ。そして、ほんのちょっとでも被弾(そう)なれば、一気に均衡が崩れるのは目に見えている。もう一度『覇王色』を使うか――いや、こんな慌ただしい状況ではロクな出力も見込めないし、それを放つ直前の一瞬の(タメ)を、すぐ近くを飛行しているキングが見逃す筈もないだろう。

 

 しかし、かといって他に有効な手立てがあるのかと言うと――どうすればいい!? どうすれば!? とフレイが今日最大の焦燥を覚えたところで、再び事態が動いた。

 

「フレイ殿~~~~~っ!!」

「えっ!?」

 

 どこからともなく聞こえてきた大音声に、フレイは思わず声の出所(そちら)に顔を向けた。一体誰がどこから? と思いながら視線を巡らせてみれば――いた。少し前に、用が済み次第船を降りるよう言い含めた筈の河松が、正にその船をロープで引いて眼下の海原を泳いでいるところだった。流石は魚人。凄まじい牽引力だ。

 

「どうして、アンタがここにっ!?」

「すまぬが、事情を話している暇はない! とにかくこちらに!」

「~~ああぁ全く!」

 

 一体今日だけでも何回こうして毒づいたのだろう? と思いながら急降下。ただし、着地の際には、黄金球の中で保護している仲間たち、特に傷を負っているステューシーとオルビアに負担(おいうち)をかけないよう、最新の注意を払った結果、獲物目掛けて急降下する猛禽類のように素早く、羽毛のように軽やかに甲板に降り立って見せたフレイ。

 

 黄金球を解除して仲間たちも甲板に下ろすのと、船内へと続くドアが勢いよく開いて、中から見知らぬ女が飛び出してくるのが同時だった。赤茶色の長い髪をツインテールにした、袖なし且つ太腿が大胆に露出した和装の美女で、首に巻いた黄色いマフラー(?)が嫌でも目についた。……って、

 

「いや、誰だよっ!?」

 

 まさか、百獣海賊団の――? と、思わず身構えたフレイではあったが、

 

「しのぶ! 日和様は!?」

「船内の寝具に寝かせておきました――この方が!?」

「そうだ――では、手はず通りに、後は頼むぞ!」

「御意に!」

「いや御意に! じゃねえだろ!? 説明しろっ!」

 

 相変わらず次々と跳んでくる砲弾やレーザーを、仲間たちを甲板に下ろしたことでフリーになった黄金椀を巨大化させた上で虚空で振って防ぎながら、フレイが叫んだ。が、河松は応えず、さっさと海に飛び込んでしまった。おい――? と思わず手を伸ばすフレイ。そんな彼の肩を、例の見知らぬ美女――確か、『しのぶ』と呼ばれていた――が、ガシッと掴んできて、

 

「河松様が時間を稼いでくれます! 薬と食料、水を分け与えてくれた恩に報いたいとのことです――その隙に、ワノ国を出ましょう!」

「だから誰だ――じゃなくて、待て! アイツを捨て石にするのか!?」

 

 ただでさえ、つい先ほど、3人の誇り高くも尊い命を見捨てるも同然の行いをしたばかりだというのに! そんな思いから飛び出した台詞だったが、しのぶは怯まなかった。

 

「あくまでも時間稼ぎです! 我々の船が安全な場所まで離れ次第、あの方も離脱します――河松様の身を案じるならば、なおのこと迅速に行動するのがよろしいかと!」

「我々の、って……」

「日和様共々お世話になります! 必ず役に立って見せますので!」

「~~~~あぁぁもう!」

 

 色々と言いたいことは山のようにあったが、確かに現在の状況をどうにかしたいなら、迅速な行動を心がけるに越したことはない――そう判断したフレイは、危うくマストに直撃しそうになった砲弾を黄金腕で掴んで投げ返しながら、

 

「ロビン! お前の『能力』で、オルビアとステューシー、それからこの子(ヤマト)を船内に運んでくれ! シャーリーは、もしも可能ならまた鯉たちを――「「もうやってる!」」――流石だ!」

 

 正にその通り、フレイが指示を出しきるよりも先に、ロビンは『ハナハナ』――あらゆる所から自分の身体の一部を出現させて意のままに動かすことができる、彼女が食べた『悪魔の実』の能力(ちから)――でふたりの怪我人と、再び暴れ始めたヤマトを迅速に船内へと運び、シャーリーは、入国前にしたのと同じように、水面に向かって何やらパクパクと口を動かし始めていた。

 

 どちらも初見に違いないしのぶは、頭上に「???」と疑問符を浮かべていたが、そんな彼女に対していちいち説明している暇など当然ない。フレイは、改めて時間稼ぎの為の戦いを始めた河松がいる方角へと視線を向けた。

 

 流石は魚人と言うべきか、既にその姿は遠くの船団の内側にあり、時には即席の渦潮を作り、時には蛇のような細長い高波を作っては敵の船に叩きつけ、時には船その物を例の(つば)なしの刀を用いた剣技で切り裂き――正に、八面六臂の活躍を見せていた。数の不利をものともしない、海戦における魚人のアドバンテージを十全に活かした戦いだった。

 

 が――それはあくまでも「海戦」に限った話。それをものともしない厄介な相手が、ひとりいる。そのことにいち早く気づいたフレイは、せめて少しでも河松の援護をしなければという思いから、

 

「スマン! 少しだけ離れる!」

「えっ――?」

 

 戸惑うしのぶを残し、離れ際に船全体を黄金のオーラで作ったバリア――『スヴァリンの楯』で覆いながら、宙を駆けるフレイ。目指すは、突如乱入してきた河松に意識を割かれてわずかに油断していた、黒ずくめの怪鳥――キングだ。

 

「捕まえた……!」

「ぬっ……!?」

 

 正にその通り、河松の奇襲に気を取られていたキングに更に奇襲をかける形で、彼の身体を、右腕から拡張するように伸ばした黄金椀で鷲掴みにすることに成功したフレイ。……だったのだが、

 

「学習しねえ奴だ……! 闇雲に攻撃したって意味はねえと、さっきの攻防で学んだ筈だが!?」

 

 むしろ、そっちから近づいてきてくれて手間が省けた、とでも言いたげな勝ち誇った口調でキングが言った。が、当然フレイは()()を踏まえた上で奇襲を仕掛けていて、

 

「関係ねえんだよ……! お前の体質がどうであろうと!」

 

 唸りつつ、チラリと眼下に視線を向けるフレイ。そこから彼の意図を察したらしいキングが、「まさか……!?」と呟くと同時に、何とかフレイの『雷神の籠手(ヤールングレイプル)』から逃れようとするが――もう遅い。凄まじい握力と、更には駄目押しで、『覇王色の覇気』を手中から直接放つことで彼の無駄な抵抗さえも阻んだフレイは、そのまま、

 

「不死身だろうと何だろうと――『能力者』である以上、()()ばかりはどうしようもねえよなっ!?」

「おい――待てっ!」

「待つ訳ねえだろっ! ボケっ!」

 

 ギリギリとキングの巨体を握り締めながら、幾筋もの漆黒の稲光を迸らせる黄金の巨椀を頭上まで振りかぶったフレイは、そのまま、

 

「――『海底落下(ブルーホール)』っ!!」

 

 翼を広げて離脱することもままならぬ速度と空気圧。それを実現させる程の勢いで海面へと叩きつけられたキングの巨体は、そのまますぐには浮かび上がることもないまま、どんどん海底へと向かって突き進んでいき――事実上のリタイアだ。例え彼の体質が「窒息死」の概念さえない特殊なものだったとしても、『能力者』である以上は、少なくとも自力で浮かび上がることはできない筈!

 

 そう判断し、即座に『スヴァリンの楯』を解除した後で、自分たちの船の甲板に降り立つフレイ。と同時に、ちょうどタイミングよく、シャーリーの呼びかけに応じた数匹の巨大な鯉が海面から顔を出し、河松が船の牽引の為に使用していたロープの端を口に咥えた。それが意味するところを察したフレイは、遠くのほうで未だに船団と戦い続けている――戦い続けて()()()()()河松に顔を向けると、

 

「河松ーーーーーっ!!」

 

 あらん限りの声で、フレイは、

 

「お前の侍としての覚悟は確かに受け取った! おれたちはもう行く――日和としのぶは任せてくれ! いつか必ず、ふたりを連れて戻ってくるから! だから――『ありがとう』っ!!」

 

 最後の台詞をひと際大きな声量で放ったフレイは、巨大鯉たちの牽引によって危うく甲板の上を転がりそうになったしのぶと、フレイの能力由来のシャボンの浮き輪のせいで宙に取り残されそうになったシャーリーの身体を掴むと、両の足裏に力を込めて体を固定。

 

 河松からの返事はなかったが、それを期待して言い放った訳ではないし、そんな余裕もないだろうとフレイは思った。せめて、先ほどの自分の声さえ聞こえていれば、それだけで――と、彼がそう思ったタイミングで、

 

 ――礼には、及ばぬっ! どうか、ふたりを……!

 

「…………っ!」

 

 目を見開き、巨大鯉たちの凄まじいのひと言に尽きる牽引によって、既に水平線の向こうへと消えた戦場に視線を向けるフレイ。幻聴か? 否。隣を見れば、しのぶも同様の表情で海――ではなく、ワノ国を囲う湖の彼方を見つめており、唇を噛み締め、その目頭には涙が溜まっていた。

 

 それを見たフレイは、先の耳に届いたセリフが幻聴の類ではないことを確信し――ある意味同族とも言える、見知らぬ魚人の命懸けの行為を目にしたことで、シャーリーもまた悲哀と感謝の入り混じった複雑な表情で、フレイやしのぶと同じように水平線の向こう側へと視線を遣っていた。

 

 入島する際に昇った所とは別のワノ国を囲う大瀑布のひとつに辿り着き、鯉と共に国外の「海」へと飛び出すまで、3人は同じ方向を見つめ続けた。再び『豊穣の樹(ユグドラシル)』を発動し、甲板にいる自分たちを含め、『見聞色』で位置を把握した船内の5人の身体を、あちこちから生やした黄金の触手で固定するフレイ。

 

 悲鳴を上げるしのぶとシャーリーを、両の手でも掴んで支えた状態で遥か下方の海原へと落下しつつ、彼は決意した。3人の名も知らぬ侍たち、そして河松。彼らの命懸けの協力がなければ――彼らが殿(しんがり)を務めてくれなければ、自分たちの命はここで終わっていたか、良くても望まぬ隷属を強いられていただろう。力では決して劣っているとは思わないが、大事な仲間の誰かを人質に取られたら、フレイでも(こうべ)を垂れるより他にない。

 

 そうなっていた可能性は十分にあって、自分たちはそこを救われた。にも関わらず、その恩を返さぬまま、この国での出来事の一切を忘れて、どこか遠くの地で安穏(あんのん)と暮らすことなどできようか? いや、できる筈がない。

 

 いつか必ず――遅くとも、『トキ』という人が言っていたとされる20年後(はたとせ)までには必ず戻ってくる。フレイはそう誓った。自分も、今よりももっと強くなって――頼もしい仲間も集めて、しのぶや日和、そして20年後に現れるとされる彼女の兄と、何人かの家臣と共に。カイドウとオロチからワノ国を取り戻す為に――必ず!

 

 轟音と共に、凄まじい高さの水しぶきを着水と共に打ち上げた船の甲板の上で、フレイはそのように決意した。前方の視界を覆う白いカーテンのような水しぶきの間からは、遠くの水平線に沈もうとしている真っ赤な自由の象徴(タイヨウ)が見えたが――彼は気落ちしていなかった。

 

 明けない夜は、ないのだから。




 (なにがし)さんが狐火流を使える、および「あの侍」に技を教えていたというのは、完全な独自設定です。オニ丸のビジュアルを見てピン! と思いつきました。まあ、似たような考察をしている人もいるとは思いますが。

 また、少なくともここでしのぶさんを仲間にすることは、かなり前から決めていました。理由はまあ、鋭い読者の方々なら既に察しているでしょう。あの能力は反則過ぎんよ……。

 最後に、次の投稿では絶対に濡れ場を入れます。読者の為というのは勿論ですが、それと同じぐらいに、自分も濡れ場を書きたいんです。変な禁断症状が出そうです。いや別に、エロ以外の描写を書くのが苦痛という訳ではないのですが。今回の話も、かなりノッて書けましたし(だからこそ2万文字という大台を超えてしまったとも言えます)。

 また次の投稿でお会いしましょう!
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