※この作品はR-18です。

豊穣の王   作:イロゴト柿

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第27話『フレイの思惑』

「『豊拳』イングナル・フレイ……。奴め、一体何を考えている……?」

 

「とりあえず、『ワノ国』を目指していたことは間違いない。日を跨がない内に出国したようだが……」

 

「そうせざるを得なかったということだろう。近辺支部からの報告によると、あの国は大分前から『百獣海賊団』の拠点になっていたらしい」

 

「『百獣のカイドウ』か……。当時見習いでありながらも、『ロックス』が在りし頃からその名を轟かせていた怪物……。流石の『豊拳』でも、何とか逃げおおせるのが関の山か……」

 

「厳密には、まだ()()()()訳ではなく、逃げている最中のようだが……」

 

「カイドウだけではなく『ビッグ・マム』――それに、海軍と世界政府(われわれ)の追っ手からもだろう? そう考えると、中々どうして『虫』にしては大したものだ……。あくまでも逃げ続けるだけで、そこまでの破壊活動をしていない為か、ここ2年間における懸賞金の上がり幅はそうでもないが……」

 

「5億ベリー……か。確かにな……。奴の戦闘力だけに目を向ければ、かなり控え目なほうだろう……」

 

「『ウォーターセブン』では、ニコ・オルビアとその娘を狙っていたと思われる『金獅子』を撃退しているしな……。それを考慮すれば、少なくとも20億相当の実力はある、か……?」

 

「……いや待て。やはりおかしくないか?」

 

「む……?」

 

「懸賞金ではなく、奴の行動についてだ……。『ワノ国』を真っすぐに目指したその目的が、仲間にいる『オハラの悪魔』とその娘に協力する形での、『歴史の本文(ポーネグリフ)』の探索と解読であれ、我々の干渉が及ばぬ『安住の地』への移住であれ――カイドウかビッグ・マムの下についた方が、確実且つ安全に叶えられる筈だろう?」

 

「確かにな……。忌々しいことに、あのふたりの海賊団が、海軍や世界政府(われわれ)でも迂闊に手が出せない程の戦力(もの)になっていることは、世間でも周知の事実……。だからこそ、奴らのような海賊たちの対策として、我々も『例の制度』を作った訳だしな。……下につかん理由がない」

 

「……だが現実として、奴らは今もカイドウとビッグ・マムから逃げ続けている」

 

「連中とは折り合いがつかなかった、と……。あるいは、海賊行為自体を毛嫌いしているのか……?」

 

「2年と少し前の『オハラ』での一件を顧みるに、なくはない、といったところか……。昔知り合っただけの女を救う為に、『バスターコール』に立ち向かうような男だからな」

 

「血の涙を飲んでまで『歴史の本文(ポーネグリフ)』の研究をさせるつもりはない、ということか……。あるいは、『オハラの悪魔』たちにしても、先に言った『バスターコール』がトラウマになって、もう懲りている可能性はある」

 

「『歴史の本文(ポーネグリフ)』の探索と解読を、か? 少しこちらに都合が良過ぎる気がするが……。もしも本当にそうだとしたら、付け入る隙はあるかもな」

 

「付け入る……?」

 

「先ほど少し話題に挙げた、『例の制度』のことだ……。『砂漠の王』などの加入によって、既にある程度の効果が認められたことで黙認していたが――名前の割に、まだ7人揃っていなかっただろう?」

 

「奴を推薦するということか?」

 

「悪手だと思うか?」

 

「そうは言わんが……。妙手とも言い切れん。『例の制度』のメンバーに加入するのに必要なのは『圧倒的な実力』、そして『知名度』……」

 

「どちらも十分だと思うが……?」

 

「いや、『実力』はともかくとして、『知名度』のほうは少し怪しいぞ。この若さで5億という懸賞金は確かに中々のものだが……。その理由を、下界の『虫』たちの殆どが知らん。いや、仮に知っていたとしても、逃避行の末の結果ではな……」

 

「カイドウおよびビッグ・マム。更には、海軍と世界政府(われわれ)の追跡を何度も逃れているのだ。それだけでも十分に凄まじいが……。確かに、下々民(しもじみん)には少しわかりづらいかもしれんな。少なくとも、『箔』は足りていない」

 

「最悪、その辺りは情報操作でどうにでもなるが……。結局のところ、『豊拳』にその気があるのかどうかではないのか?」

 

「先ほども言ったように、奴らの行動指針が『歴史の本文(ポーネグリフ)』の探索と解読ではなく、単なる『平穏』なのだとしたら、試みるだけの価値はある」

 

「仲間たちを含めた奴の懸賞金を取り下げ、『オハラの悪魔』たちも見逃すことを条件に、『例の制度』への加入を勧める、か……。確かに……」

 

「頭に深手を負い、両脚を失っているとはいえ、『金獅子』を退ける程の実力……。『冥王』と同様、本気で()()()とすれば、政府と海軍(われわれ)も相応の痛手を負うことになるだろう」

 

「かといって、力に訴えずに篭絡しようとしても、『7年前』のように失敗するのがオチ、か……」

 

「あの時は逆に、貴重――とまでは言わずとも、それなりに優秀な『駒』を逆に奪われる結果に終わったからな」

 

「確か――現在は『豊拳』の仲間として、『妖魔』という異名で活動している、女の元エージェントだったな……。そうなるとやはり、奴が『ユングヴィ』で間違いないのか?」

 

「アレも既に『ニカ』と同じで、我々にとっても伝説……。にわかには信じ難いが……」

 

「『奴』が戦いの際に必ず見せていたとされている黄金のオーラ……。それに、少数とはいえ、従えている者たちが全員女であるという点を顧みても、その可能性はかなり高い」

 

「……それを詳しく確認するという意味でも、ある程度の自由と裁量を与えた上で、手元に置いておくだけの価値はある、ということか」

 

「だがその為には、事前の話し合いで『歴史の本文(ポーネグリフ)』の探求と解読の一切をしないことを約束させるのが絶対だぞ? 今がどうであろうと、ある程度の自由と安全を得た後では、妙な欲を出す可能性が十分にあるからな……。奴が大丈夫でも、『下』についている『オハラの悪魔』たちが……。だからこそ、始めの内に釘を刺しておかなければ……」

 

「まあ、それもそうだ……」

 

「……と、なるとやはり、とにかく奴とコンタクトをとることが先決か。我々が推測したように、本当に奴の……奴らの最優先目標が『歴史の本文(ポーネグリフ)』ではなく『平穏』なのか、確かめねばなるまい」

 

「報告によると、現在奴らはシャボンディに停泊しているらしい。……好都合だな、すぐに使者を――むっ……?」

 

「何だ? 騒がしいな……」

 

「――ハァッ……! ハァッ……! 失礼……報告します!」

 

「どうした?」

 

「たった今、シャボンディから民間の通報(タレコミ)がありまして――『豊拳のフレイ』が、散歩中のヤリディック聖に手をかけたと! ……あ、いや、命までは取っていないようですが……!」

 

「「「「「……何だと……!?」」」」」

 

「こちらから歩み寄ってやろうと思った矢先にか? なんという……」

 

「それから……!」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「は、はい……! 実は、『新世界』の『G1』支部から緊急の連絡がありまして……! 先日、ミストリア島で共に暴れ回り、『同盟』の疑いさえあったカイドウとビッグ・マムですが、つい先ほど――」

 

 

  ◆          ◆

 

 

 ――という感じの会話が、とある『聖地』にある、とある建物内の、とある一室で繰り広げられていた頃。

 

「……わかりました。その話……」

 

 そこから、時は僅かに遡り――具体的には、昨日の夜。

 

 『シャッキー'S ぼったくりBAR』の店内において、レイリーとシャッキー、および7人の恋人(なかま)たちの前で、

 

「……仲間たちも一緒に受け入れるのを条件として、女ヶ島『アマゾン・リリー』の皇帝に即位し、『恋わずらい』の問題の解決に協力することを――約束します」

 

 と、フレイが宣言した直後――彼は「ただし」と言葉を繋げて、わずかな間を設けると、

 

「その前に、やらなければいけないことがあります。それは――」

 

 

 

 ――この諸島でカイドウとビッグ・マムのふたりと決着を着けた上で、その実績を手土産に、王下『七武海』への加入を果たすことです。

 

 

 

 シィン……、となった。少し前、具体的にはドレスローザを発った直後辺りに概要を教えていたオルビア以外の全員が、驚愕、あるいは何を言っているのかわからないとばかりに、きょとんとした表情を浮かべていた。

 ややあって、前者の筆頭とも言える表情を晒していたステューシーが、

 

「……なんですって?」

 

 と言葉を漏らし、そんな彼女に対してフレイは、

 

「……だから、そう遠くない内に、またおれたちを追ってくるに違いないカイドウとビッグ・マムをこの諸島で叩きのめして、その戦果を理由に――「よく聞こえなかったって訳じゃないのよ。わかってると思うけど」――……」

 

 押さえつけるようなステューシーの物言いに、フレイは思わず黙り込んでしまった。すると、その隙を突く形で、それまでふたりの間で視線を行き来させていた者たちの内のひとりであるヤマトが、次のように問うた。

 

「……あの、話の『こし』を折ってごめんなさい――そもそもその『シチブカイ』って、一体何なの?」

「えーっと……」

 

 しまった、とフレイは内心で冷や汗をかいた。彼女(ヤマト)を含めた、世間の一般常識に疎い『ワノ国』出身の和美女トリオには、まずはそこから説明しないと駄目か、と。

 

 そのようにして、フレイがどうしたものかと戸惑っている間に、彼の代わりに先の問いに応じてくれた者がいた――レイリーだ。

 

「……王下『七武海』とは、『世界政府』公認の7人の海賊たちのことで――って、いや待て。まず先に、『世界政府』については知っているのか?」

「えっ? あ、うん……。え~と……確か……」

 

 自身の額に左の人差し指を当てながらムムムっ……! と唸った後で、ヤマトは、

 

「おでんの航海日誌には……『世界をまとめるすごい組織(やつら)』だって」

 

 レイリーは笑った。

 

「アイツらしいアバウトな解釈だな……。まあ、実際のところ間違いではない。海賊、イコール(すなわち)『悪』という世界の常識も、その『すごい組織(やつら)』が作ったものだが――つい数年ほど前に、連中は自分たちでそこに例外を設けた」

 

 いつの間にか空になっていたグラスに酒を注ぎながら、レイリーは続けて、

 

「……それが、王下『七武海』。政府は、無闇に民間……『加盟国』に対する略奪をしない代わりに、それ以外――具体的には、非加盟(そうでない)国や他の海賊たち――から略奪した収穫物の何割かを政府(じぶんたち)に納めさせることを条件に、『七武海(やつら)』が海賊でいること、海賊行為に及ぶことを許しているのだ。当然、役人たちに逆らってなんぼの他の海賊たちからすれば『政府の(いぬ)』以外の何物でもないが――なんと言っても、星の数ほどもいる海賊たちの中から選び抜かれた、たった7人の海賊たち。その実力の高さは言うまでもない」

 

 まあ、厳密に言うと、()()7人揃ってはいないのだがね――と、そう言いながらグラスに注いだ酒を(あお)るレイリー。そんな彼に対して次に質問を投げかけたのは、相変わらず、露出の多い煽情的な忍び装束に身を包んだしのぶだった。彼女は、

 

「……その制度が設けられたのは、数年ほど前だとおっしゃいましたよね? つまり、最初からあった訳ではない。一体、どんな理由で……?」

「単純に、手が足りなくなったのよ」

 

 カウンター席で酒を自分の喉に流し込むのに忙しいらしいレイリーに代わって、シャッキーがそのように答えた。懐から取り出した1本の煙草を口に咥えながらも、彼女は続けて、

 

「……『海賊王』ゴール・D・ロジャーの公開処刑から早2年――彼の今際の言葉をきっかけとして爆発的に増えた海賊たちの対処に、海軍は完全に後手に回っていたの。ロジャー以外の何人かの『大物』はまだ健在だったし、彼らに対する牽制と警戒だけじゃなく、あちこちからどんどん湧いてくる海賊たちの対処までしなくちゃいけなくなって……。どこもかしも、10対1ぐらいの割合で、海賊たちの数が海軍の上をいっていたわ。元海賊の私からすれば、正直胸がすくような思いもあるけど、当然、政府のお爺様方からすればまったく面白くない訳で――その為の苦肉の策として施策されたのが、王下『七武海』って訳」

「苦肉……なのですか?」

 

 コテン、と可愛らしく小首を傾げながら、翡翠色の長髪が特徴的な垂れ目の美女――日和(ひより)が、そのように尋ねた。そんな彼女に対し、口に咥えた煙草にライターで火を点けながら、シャッキーは、「ええ」とひとつ頷いて見せると、

 

「なんと言っても、海賊たちの抑止力として、同じ海賊の手を借りようって言うんだからね――政府や海軍の中でも、本末転倒じゃないかって意見が今でもそれなりにあるわ。……と言っても、発足当初に比べれば、大分減ったと思うけどね――そう、つまり効果自体は確かにあったってこと。『砂の王者』といったネームバリューのある海賊たちの存在は、確かに、他の有象無象(かいぞく)たちの抑止力として機能していて、時が経つにつれて、その(しょうごう)が持つ影響力は増しつつある。……もっとも、連中がいつまで、あるいはどこまで政府に忠実にいるのか、もしくはいられるのか――その辺りは、個人的にはちょっと疑問だけどね」

 

 口内に溜め込んだ煙をフーッと天井に向かって吐きながら、シャッキーは一気にこれだけのことを言った。そんな彼女に続く形で、フレイは、

 

「まあ、そういう、既に選ばれた連中の人間性についてはともかくとして――おれが狙っているのは、その座に就いた際に要求できる『恩赦』のことだ」

「オンシャ……?」

「簡単に言うと、犯した罪を取り消して貰ったりすることよ」

 

 眉をひそめるシャーリーに対してそのように答えたのは、フレイではなくステューシーだった。彼女は更に、

 

「今回――『七武海』の場合だと、まずは例外なく、発行された手配書が無効になるわね。ある意味で『政府側』の人間になる訳だから当然だけど。何らかの問題行為を起こして地位を剥奪されない限りは、再手配されることもないわ。つまり、そうなった海賊はもう、政府や海軍の追っ手に怯える必要はなくなるって訳。……まあ、『七武海』に選ばれるような猛者は、そもそも()()()()()に怯えたりはしないんだけど。……後、場合によっては、恩赦を受けられるのは称号を授かった本人だけじゃなくて、例えば――」

「――その部下や配下の海賊たちに対しても、懸賞金の取り下げや海賊行為の容認が適用されるようになる」

 

 と、ステューシーの台詞を引き継いだフレイは、そのまま以下のように続けた。

 

「例えば、おれがその『強さ』と『知名度』を政府に認められた上で、見事『七武海』の一席に選ばれた暁には、おれだけじゃなくて、ステューシーやオルビア、ロビンにかけられた懸賞金も取り下げられた上で、晴れて自由の身になれるって訳だ。まあ、厳密に言うとお前たちはおれの部下って訳じゃないけど、政府からすればそんなことは――」

「――わからないでしょうけど、ええ、問題はそこじゃないでしょう?」

 

 ()れったそうにステューシーが言った。

 

()()バレット――『鬼の跡目』さえ攻略できなかった『バスターコール』をほぼひとりで破ったあなたには既に、『強さ』も『知名度』も十分にあるのよ? それでも、2年前のあの時点で、あなたが『七武海』の一席に選ばれなかったのは――」

「――私とお母さんのせい、よね……?」

 

 深みのある特徴的な声で、オルビアの娘であるロビンが、ステューシーの台詞を先取りしたかと思うと、

 

「私たちが、その『バスターコール』を向けられる程の大罪人で、それを助けた上に匿ったりしたから、フレイさんとステューシーさんは――」

「――別に、あなた達を責めてる訳じゃないわよ!」

 

 いつになく慌てた様子で、ステューシーが言った。フレイにしても、ステューシーがそんなつもりで言った訳でないことぐらいはわかっていたが、それでも、咎めるような視線を向けずにはいられなかった――今の話の流れで、オルビアやロビンに罪悪感を抱くなと言う方が無茶だろう、と。

 

「ただ、私はあくまでも、元政府の諜報員(サイファーポール)として客観的事実を言ってるだけで……。政府や海軍からすれば、あなたに『七武海』の称号を与えて他の海賊たちへの抑止力にするメリットよりも、そのせいで、恩赦を与えたオルビアとロビンが、自由に『歴史の本文(ポーネグリフ)』を探したり調べたりすることを許すデメリットのほうが――「諦めるわ」――えっ?」

 

 ピシャリと叩きつけるようなオルビアの言葉を受けて、ステューシーがらしくもない素っ頓狂な声を上げた。そんな彼女に向けて、オルビアは更に、

 

「もう、『歴史の本文(ポーネグリフ)』を探したり解読したりはしないと、そう言ってるのよ。クローバー博士や他の皆と一緒に『義勇軍』に入らなかった時から、いつかこういう日が来ることは覚悟していたし――それを踏まえた上で、私はフレイと共に生きることを選んだのだから。……そういった意思を表明すれば、政府の人間だってフレイの登用を考えるでしょう?」

 

 ここで、オルビアは「勿論」と台詞を区切った上で、同じ男を愛するひとり娘(ロビン)へと視線を向けると、こう言った。

 

「ロビン……あなたが、そんなのは嫌だ、『歴史の本文(ポーネグリフ)』の探索と研究と諦めたくないって言うなら――」

「――いいえ、大丈夫」

 

 と。

 最初のほうこそ驚いた表情を浮かべてはいたものの、すぐにそれを穏やかなものに変えた上で、そのように述べるロビン。……何だか今日は、色んな人間の色んな台詞が途中で遮られているような気がするナァ、とフレイがどうでもいい所感を抱いていると、彼女は続けて、

 

「少し驚いたけど……。元々、私が考古学者になろうと思ったのも、『歴史の本文(ポーネグリフ)』の文字を読めるように頑張ったのも――全部、クローバー博士や、お母さんたちと、もっと長く一緒にいたいと思ったから。……もしも、『歴史の本文(ポーネグリフ)』のほうを諦めることで、お母さんやフレ――お父さんとの穏やかな時間だけでも手に入れられるというなら、私もそれに従うわ。……お母さんが、悩み抜いた末にそういった結論を出したのなら、尚更ね」

「……ありがとう、ロビン」

 

 愛娘からの同意を得られたことで、オルビアは心底ホッとした様子で――フレイも同様だった。ついでに言わせて貰うと、不意に飛び出した「お父さん」呼びに内心でかなり悶えてしまったフレイは、もう一度言ってくれと強請ろうとしたが、寸前で自重した――今はふざけている場合ではない。

 

「……でも、それがどうして、カイドウとビッグ・マムの両方と決着を着ける、という話になるのかしら? オルビアとロビンが『歴史の本文(ポーネグリフ)』を諦めると言うのなら、わざわざそんなことをして更に『知名度』を稼ぐ必要はないと思うけど。確かに、『オハラ』での一件からは既に2年の月日が経過しているけど、それでも――『バスターコール』を、殆どひとりで攻略したという事実を踏まえれば――特に必要のない宣伝行為(デモンストレーション)だと思うけど?」

「別に、目立ちたくてやる訳じゃない。単にそうせざるを得ないってだけだ」

 

 顔をしかめ、ステューシーに向けて開いた手を振りながら、フレイが言った。

 

「首尾よく『七武海』になれたとしても、その場合追ってくるのをやめるのは政府と海軍だけで、あのふたりには関係ないだろ? 『七武海』っていう称号だって、連中にはきっと無意味――なんの牽制にもなりゃあしない。……そりゃそうだろうさ。何せあいつらは、その椅子を断ったクチだし――とにかく、政府や海軍だけじゃなくて、あのふたりのストーキング行為もやめさせるには、アイツらを丁寧に『説得』した上で、『約束』させるしかないんだ。……もう、おれたちのことは追い回さないように、ってな」

「『説得』――しかし、フレイ様……」

 

 熱弁するフレイに対し、しかし、おずおずとした様子で異を唱えたのはしのぶだった。彼女は、不安に揺れる瞳をフレイの顔へと向けながら、

 

「『説得』も、『約束』も――どちらも、望みは薄いと思いますが……。特に、カイドウは……」

「いや、そうでもない」

 

 きっぱりとした口調で、レイリーが言った。全員の視線が、いつの間にかグラスを空にしていたレイリーのほうへと向いた。意外な人物からの援護射撃にフレイは内心かなり驚き、そんな彼の心情を知ってか知らずか、レイリーは、再びグラスへと酒を注ぎながら、

 

「フレイが言いたいのは、要するに、あのふたりを叩きのめして――気絶させるなりなんなりして――『詰み』の状態、つまりは負けを認める以外にない状況にした後で、これ以上しつこく追ってこないよう要求するということだろう?」

「ええ……。ですので――ビッグ・マムという大女のことはいまだによくわかりませんが、少なくともカイドウの場合は、あの男の人間性を考えた場合……」

「いや、人間性(そこ)はあまり問題ではないのだ」

 

 グラスに並々と酒を注いだレイリーは、穏やかな表情でそう言うと、続けて、

 

「確かに、卑怯、裏切り、騙し討ちというのは海賊の世界では常識だが――()()()()()、一流の海賊ほど絶対に破ろうとはしない(ルール)はある。通さなければいけない『仁義』もある。具体的には――」

「――『敗者は勝者に絶対服従』」

 

 レイリーの最後の台詞を、シャッキーが引き継いだ。その後で彼女は、空になったボトルをレイリーから受け取って背後の棚に置くと、振り向きながらも以下のように続けた。

 

「今も昔も変わらない。()()()()()たちにとっての、破ってはならない不文律よ。具体的な勝ち負けの条件を、事前に決めておく必要はあるけど……。まあ、暗黙の了解ってヤツね――『デービーバックファイト』の勝負を拒否するのと同じ。破れば一生、海賊の世界では笑われ者として生きていくことになる。……それを許容するようなふたりではないでしょう。戦う前に口頭で約束したりできれば、より確実ね」

「もしもおれが敗れた場合には、おれも、オルビアも、ロビンも――全員の身を差し出すということを引き合いに出せば、それも可能だと思います。……いや、勿論、そんなことには絶対にならない――させないけどな!? カイドウとビッグ・マムの言質を取る為の方便だ! 方便!」

 

 日和、ヤマト、シャーリーの3人が、まるで世界の終わりを告げられたような表情をしたのを見て取ったフレイが、慌てて最後の言葉をつけ加えた。

 

 勿論フレイとて、内心では、そう上手く事は運ばないだろう、という思いのほうがずっと強かった。が、悲しいかな、他に「諦めさせる」為の妙案を思いつかなかったのも事実だった。先に述べられたような風潮――というよりは暗黙の了解が海賊の世界にあることは知ってはいたし、そのことにレイリーとシャッキーからのお墨付きが貰えたことは正直かなり嬉しいが、やはり、一笑に付される可能性のほうが高いだろう、と。

 

 ……この際、上っ面だけの口約束でもいい、とフレイは思った。とりあえず言質(げんち)さえ取れれば、と。何故なら――と、そこまでフレイが考えたところで、

 

「……だから、そこらの適当な無人島ではなく、この諸島でそれをしようと言うのか? ……民衆や記者の目を利用しようと?」

 

 何かを悟ったらしいレイリーが言った。それに対し、ハッとしたフレイはひとつ頷いて見せると、

 

「ええ……。心配のし過ぎだとは思いますけど、おれ自身もまだ、連中の器を計りかねてる部分がありまして――それだけに、目撃者のいない無人島では万が一ということもありますし。……あ、いや勿論、一般人(カタギ)にはなるべく、いや極力迷惑をかけないようにしますけど……」

「あのふたりを同時に相手取るとあっては、それもかなり厳しいと思うがなあ」

 

 ビクビクしながら言い訳じみた言葉を並べるフレイに対して、苦笑混じりにレイリーが言った。

 

「まあ……あのふたりだって、その必要がなければ積極的に民間に被害を出したりはしないだろう……と思いたい。無論、意図せずとも戦いの余波だけでそうなってしまう可能性もかなりあるが――そうだな……。政府の港や海軍の駐屯地が集中している、60番台GR(グローブ)の辺りを戦いの場に選べば……」

「なるほど……」

 

 うんうん、と頷き合いながら話を進めていくフレイとレイリーのふたり。どちらも、カタギに迷惑をかけるのは気にするが、海軍や政府関係者に対しては別にそうでもないというスタンスで――更に言えば、それに意見する者もこの場には皆無だった。鎖国国家の出身であるヤマト、日和、しのぶの3人はそもそもピンときていない様子だったし、それ以外の面々にしても、政府や海軍の関係者に良い思い出など何もないからだ。まあだからといって勝手に死ねばいいとまでは言わないが、愛する恋人(なかま)たちの平穏な未来を勝ち取る為ならば、そういった連中を危険に晒すこともフレイは一切いとわない覚悟で――そんな心持ちでいる彼に対して、ステューシーが、

 

「……多分、わかった上で言ってるんでしょうけど」

 

 ジトーっとした目つきでフレイを見ながら、彼女は、

 

「あのレベルの海賊たちと本気でぶつかり合おうものなら、民間への被害(それ)を懸念した海軍が、()()()()『大将』クラスの人間を差し向けてくるわよ? 本部は目と鼻の先だし――この際、あのふたりと戦うこと自体は仕方ないにしても、場所についてはどうにかならないの? もう少しここから進んだ――というよりは、戻った場所にある『ウォーターセブン』とか……」

「おいおい、勘弁してくれよ」

 

 フレイの眉がきゅっと吊り上がった。

 

「おれたちが今乗ってる船を造ってくれたり、レイさんを紹介してくれたトムさんに対して、迷惑をかけられるか! そうでなくても、今、あの島は色々と問題を抱えていて、それを何とかする為に、トムさんたちはまだ『あの船』――アレを『船』と呼ぶべきなのかどうか、おれにはまだ自信がないけど――を造るのにしゃかりきになってるっていうのに……。おれと『金獅子』が()り合った時も相当住民たちから批難の声が上がったし、その上あのふたりと本気でドンパチした日には、間違いなく島を出禁にされるだろうよ――いずれにせよ、民間人に一切被害を出さずに戦えるだけのスペースが、あの島には――」

「わかったわ、わかったわよ」

 

 ため息混じりにそう言うことで、フレイの口上を遮るステューシー。その上で彼女は、

 

「そこまで言うなら、これ以上はもう反対しないけど――ひとつだけ。……ねえオルビア? メンバーの中であなただけが平然としてるけど、もしかして、この件について事前にフレイと話を詰めていたりするのかしら? ……私を差し置いて?」

「そうだけど……それが何? フレイの『1番の女』として、当然の役割だと思うけど……?」

「あー、それと――日和っ!」

「えっ? あ――はいっ! なんでございましょう……?」

 

 何やら不穏な空気を漂わせ始めたステューシーとオルビアを牽制するかのように、少し大きめな声で日和の名を呼ぶフレイと、不意を突かれたように目をパチパチさせながら応答するワノ国の姫君。そんな彼女に対し、フレイは続けて、

 

「……本当に、20年も待たないと駄目なのか?」

「……っ!」

 

 極めて短い問いかけ――でありながら、それだけでフレイの言いたいことを察したらしい日和の表情が、あからさまに強張った。それを見たフレイは正直かなりの罪悪感に苛まれたが、聞かない訳にもいかない、とも思っていた。

 

 執拗な追っ手たちに悩まされる日々から抜け出す為に必要な、カイドウとビッグ・マムへの対処の仕方について、フレイは『説得』という言葉を使った。つまりは、殺してまでそれを成そうとは思っていない、ということだ。

 

 ビッグ・マムにについては、そのしつこさを受けて辟易(へきえき)とした感情を抱きつつも、殺したいと思うほど恨んではいないというシンプルな理由だが――カイドウについては、殺害(それ)を成せた暁には、大事な恋人(なかま)である日和やしのぶ、ヤマトの為に元のワノ国を取り戻せる()()()()()()、とわかっているにも関わらず、だ。

 

 それでもフレイが『説得』という括りで、対応の仕方をビッグ・マムと一緒くたにしているのは、先の3人から、日和の母、光月トキの遺言を聞いていたからに他ならない。曰く、

 

 ――月は夜明けを知らぬ君。

 ――叶わばその一念は。

 ――二十年(はたとせ)を編む月夜に九つの影を落とし。

 ――まばゆき夜明けを知る君と成る。

 

 要は、カイドウとオロチによる悪政は20年後の未来に終わりを告げるという意味で、それを願う民たちが縋っている遺言(うた)なのだが――なぜ20年なのか? フレイは幾度となくそう思った。海賊と暴君の圧政に苦しむ民たちにしても同じ心境の筈だと――チャンスさえあれば、もっと早いタイミングで討ち取ってしまっても良いのではないか? と。

 

 無論、フレイにしても、日和の母のことを悪く言うつもりは毛頭ないが――()()()()()()()()()遠い未来が「視える」のか、あるいは別の理由か――彼女の遺言を重視するあまり機を逃したりしたら本末転倒だろうと、そう思って。

 

 しかし、それに対する日和の返答はというと――ただ、ひと言。

 

「……母様を、信じます」

「……そう、か……。わかった……。他でもない、お前が下した決断なら――おれは、()()()()は、それを尊重する」

 

 薄々予想がついていた答えではあった。日和にしたって似たような葛藤は抱えたいたに違いなくて、その証拠に、現在の彼女の表情は、何かを必死に堪えるような苦悶に満ちたそれで、そんな彼女を慰めるかのように、隣に座ったしのぶが手を肩に置いていて――それを見たフレイの心が、改めてチクリと痛んだ。

 

 が、同時に、やはり「コレ」だけは事前に念を押して確認しなければならない。それもまた確かだった。もしも、何としてでもカイドウを殺して欲しい。20年と言わずに、機会さえあればと、そうした我が儘――否、「妥当な要求」ができる人間がいるとしたら、それは、数カ月前に両親をカイドウに奪われた日和以外にあり得ないからだ。……自分たちの大事な仲間の中に、仇敵(カイドウ)の実の娘であるヤマトが含まれていることを踏まえても、である。

 

 しかし――結果として、日和は母の遺言(ことば)()った。そこに込められた何らかの意味を信じた。彼女の娘として、更には、()()()()()()()光月家唯一の生き残りとして――20年という、決して短くはない「暗い夜」の年月を踏まえた上で、である。

 

 となれば、フレイとしても、これ以上しつこく尋ねるような愚は犯さず――疑問と葛藤のすべてを胸の内に飲み込んだ上で、まるで何事もなかったかのように、自分たちのやり取りを神妙な面持ちで見守っていたレイリーに視線を向けると、

 

「そういう訳で――レイさん」

「む……?」

 

 わずかに小首を傾げる元『海賊王の右腕』。伝説を生きる男である彼に対して、フレイは、

 

「もしも――」

 

 ――自分がしくじった暁には、おれの愛する恋人(なかま)たちのことを、どうかお願いします、と。

 

 そう続けようとして――しかし、フレイは寸前で言葉を飲み込んだ。それを言ってしまったら作戦の頓挫が決定的なものになってしまうような気がしたし、今から弱気になってどうするとも思った。その為、彼は、

 

「――いえ、おれがあのふたりの『説得』を試みている間は、どうか恋人(なかま)たちのことをお願いします。戦いの余波が届くことも十分に有り得ますし……」

「それはまあ、全然構わんが……」

 

 ピアノの鍵盤を思わせる、黒い4本の縦線の顎髭を撫でながらレイリーは、

 

「……むしろ、私がきみと共にあのふたりと戦うというのはどうだ? 既に引退した身ではあるが、君には、『我々』にとって仲間同然のトムや日和を助けて貰った借りもある。どうしてもというなら――」

「――流石に、そこまでお世話になる訳にはいきませんよ……」

 

 フレイは苦笑した。正直、かなり魅力的で現実的な提案ではあったのだが、この件についてはオルビアと事前に話し合って決めていたことでもあった。

 

 なんだかんだで『オハラ』の一件から2年も経過した現在。先ほどのステューシーの言葉とは意見を(こと)にするが――それまでに殆ど大きな事件を起こしてこなかった自分が『七武海』に加入するには、やはり改めて相応の「箔」が不可欠で、仮にカイドウとビッグ・マムを「説得」できたとしても、それが『冥王(レイリー)』の手を借りた末の結果とあっては、『七武海』の称号には至れない可能性がある。

 

 それでは、カイドウとビッグ・マムのしつこい追従からは逃れられても、海軍や政府の追っ手が途絶えることはないだろう。今回の作戦の目的はあくまでも、カイドウとビッグ・マムを()()()「説得」し、それを評価した政府から『七武海』の称号を得ることで、現在自分たちを悩ませている全ての問題にカタをつけることが肝なのだ、と。

 

「シャッキーさんは、近くの島で停泊してるっていう『九蛇海賊団』に、皇帝就任を了承する、おれからの返事を伝えるついでに――まだそのまま『待機』しているよう伝えてくれますか? おれが、カイドウとビッグ・マムを相手取るまで……。そして、おれがあのふたりと戦い始めたら、その時こそはこの諸島に船をつけておいて、いざという時には、いつでも離れられるようにしておいて欲しい、と」

「ええ、わかったわ」

 

 コクリと頷きながら、シャッキーが言った。

 

「グロリオーサ様には、私から伝えておきましょう。その『いざという時』に、あの人たちが男のレイさんを乗せてくれるかどうかって部分だけがちょっと心配だけど――まあ、先々代皇帝としての権力を、久々に活用することにするわ。そんなものがまだ残っていれば、だけどね……」

「まあ、難しければ私だけが島に残っても問題ないだろう」

 

 と、レイリー。その上で彼は、

 

「フレイがさっき頼んだように、日和たちを傍で守ることはできなくなってしまうが――『九蛇』の戦士たちも相当に優秀だからその点については心配ないし、私も、自分の身ぐらいは自分で守れる。……既に現役は退いた身の為、まったく不安がない訳ではないがな」

 

 最後の台詞を悪戯っぽくつけ加えるレイリーではあったが、それが本心からのものではないと、フレイは察していた。かの『冥王』の全身から醸し出ている『覇気』から、彼がまだまだ現役で通用するほどの実力の持ち主であることを見抜いていたのだ。

 

 が、敢えてそこには触れず――どの道、自分()()の脅威度と知名度を政府に示して『七武海』になる為にも、現役であるかどうかに関わらず、彼の手を借りることはできないのだから――フレイはただひと言、「感謝します」と告げると、

 

「作戦の性質上、ビッグ・マムとカイドウの到着待ちで――ちょっとしんどいけど、常に『見聞色』を保っておかないとな――作戦開始のタイミングはこちらでは決められない上に、連中との2連戦になるのか、多少の間を空けてやってくるのか、最悪、同時に相手取ることになるのかは定かではないけど……。とにかく全員、いつ『その時』が来てもいいように心構えはしておいてくれ」

 

 自分たちも手伝う、と息巻くしのぶやヤマトの提案をやんわりと断った上で――まるで、自分自身に対しても言い聞かせるかのように、

 

「……ここが正念場だ。どうか皆、おれを信じて待っててくれ。必ずビッグ・マムとカイドウを『説得』することで『七武海』になって、この終わりの見えない逃亡生活に幕を下ろして見せる。その為なら――」

 

 固く握りしめた右拳を眼前に掲げながら、

 

「――ビッグ・マムだろうと、カイドウだろうと、海軍大将だろうと、元帥だろうと……漏れなく全員、ぶん殴ってやるさ」

 

 ()()()譲りの拳骨(グーパン)でな、と。

 

 フレイは――そう言った。

 

 ……どんな困難もものともせず、己の拳のみで、現在(いま)もどこかで「自由」を貫いているに違いない、ひとりの『英雄』の姿を思い浮かべながら。




 話が進まない……だと……!?

 後、話の展開的に、次の濡れ場までの期間が過去最長になりそうな予感。まあ、前々からこの作品をご覧になって下さっている読者の方々からすれば「何を今さら……」という感じでしょうが、個人的に色んなキャラとフレイ君をさっさとズコバコさせたいと思っているのも事実(そもそも、そういったことを書きたくて本作を載せ始めた訳ですし)。

 さて、どうしたものか……。
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