自分は、他の人間とは「違う」――幼き時分のイングナル・フレイが、しかし、そのことを明確に自覚するまでには、相応の時間が必要だった。正面から指摘してくれる人間があまりいなかったからだ。
もっとも、漠然とした疎外感だけは、物心がついた頃から感じていた。周りの子供たちが親から可愛がられながら平和な日常を過ごす一方で、自分だけが真逆の扱いを受け続ける毎日を送っているとなれば当然だ。
その発端が、両親のどちらとも違う、銀髪赤目の自分の外見にあるらしいということだけはわかっていたが、当然、そんなことはフレイ自身にはどうしようもない。にも関わらず、彼の両親は、自身の子に対する虐待行為を日常的に行うことに、一切の躊躇はなかった。
両親同士の仲も決して良好とは言えず、母は、いくら潔白を訴えても信じてくれない父を憎み、父は父で、自分が知らぬ所で知らぬ男の種を受け入れた――真実はフレイにもわからないが、少なくとも父はそうに違いないと思っていたようだ――母を恨んでいた。
離婚をしなかったのが奇跡的なほどだったが、それ以上に憎み、恨んでいる、互いにとっての元凶――と、一方的に決めつけられてしまった――であるフレイの存在が、丁度いいストレスのはけ口として働いたのかもしれない。日常的に息子を相手に
ある意味では夫婦間での摩擦を減らす為の
閑話休題。
平和な日常とは言ったものの、フレイ以外の子供たちも楽をしていた訳ではなかった。彼らが生まれ育った国は貧しかった。厳密には、王族を除いた民衆たちが爪に火を灯すような暮らしを強いられており、それが、『天上金』という上納金を納める為に、稼ぎの殆どを持っていかれてしまうからだということは、フレイのような子供でも知っていた。
だから当然、彼のように幼い人間でも、貴重な労働力として働かされる――少なくとも、この国においてはそれが常識だったが、フレイのように物心がついているかどうかという時期からそうされるのは、流石に異常だろう。両親からすれば、不貞の産物と決めつけられ、近隣の住民から噂されているフレイを、できるだけ家には――視界に入る場所には置いておきたくなかったという訳だ。
事実、家にいる時には、自室としてあてがわれた、かび臭く狭い物置の中で、なるべく音を立てずにじっとしているよう言いつけられていたし、外での仕事やトイレおよび、シャワー代わりに濡れたタオルで体を拭く以外の理由でそこから出ることも、極力禁じられていた。
更には仕事で得た給金は全て取り上げられる上に、食事も極めて質素で、しかも犬の餌のほうがまだマシだと思えるような物ばかりだったというのだから笑えない。調理の過程で不要となった野菜のクズだけが具材の冷めたスープだとか、明らかに食用可能な期限を過ぎた、パサパサでカビが生えかけたパンだとか――酷い時には、飲食店裏にある生ごみの中から、自分で調達してこいと言われたこともあった。
当然、近隣での評価が芳しくないフレイがそんなことをすれば、たちまち石を投げられ、木の棒などで殴られた。殆どタチの悪い野良犬と同じ扱いだ――いや、野良犬でも、通りすがりの人間から食事を恵まれることぐらいはあるだろうから、それさえもないフレイは、あるいは犬以下の立場だったかもしれない。何せ、フレイが街を歩けば、子供と一緒にいる親たちは、その目を隠しながら「さっさとどこかに行け」という視線を向けてくるのだから。
「差別」とは安堵。結局のところ人というのは、大なり小なり「誰か」を見下さなければ生きていけない。ただでさえ貧しい暮らしを強いられている国の民たちにとって、その中でも最底辺のフレイを差別し、虐げることは、きっと生きていく上では必要だったのだろう――なんて、流石にそこまで悟りきったことは考えなかったが、それでも、抗っても仕方がないということぐらいはわかっていた。人間、諦めが肝心だ。
もっとも、変わった外見の忌み子ということだけが、迫害の理由ではなかった。それとはまた別の要因で、民たちはフレイのことを気味悪がっていた。
まず第一に、先に述べたような食事環境では、ガリガリに瘦せ細るのは勿論、何度栄養失調で倒れても不思議ではないのに、彼の場合はそういったことが皆無だった。どころか、特に意識して鍛えている訳でもないのに、その体は力強く引き締まっていて――実際
主に力仕事で金を稼いでいる彼は誰よりも遅くまで働き、誰よりも多くの重い荷物を運んだ。それでも鉄仮面の無表情で――流石に汗ぐらいは流すものの――息切れのひとつもしないというのだから、それもまた、周囲から気味悪がられる要因のひとつだったのかもしれない。
他にもまだ理由はあった。まず、彼は異常に勘が鋭かった。少なくとも、周囲の人々はそのように認識していたようだった。フレイが道を歩けば、親から彼の評判を聞かされている悪童たちが石を投げつけてくるのが常だったが、それにフレイが被弾したことは一度もない。
当然、苛立った彼らは更に多くの石を頻繁に投げつけてきたが、やはり当たらない――
だったらとばかりに、痺れを切らした悪童たちが周りを囲んで――つまりは、逃げ場をなくした上で――より直接的な暴力を振るってくることもしょっちゅうだったが、ここでもフレイの異常性は発揮された。避けきることなどできない多勢による一斉の暴力。そこまではいい。いや勿論、フレイからすればよくないが――彼が痛みを覚えたことはなかった。どころか、殴り掛かってきた悪童たちのほうが、打ちつけた拳を赤く腫れ上がらせた上で、痛みに涙を流すことが殆どだった。
その場合は常に、殴りつけたフレイの身体の一部が、黒曜石のように、光沢を伴った上で
ある時には野良犬にさえ絡まれたことがあったが、その時には避けたり防いだりといった展開にさえならなかった。鬱陶しいとばかりにフレイが強く睨みつければ、それだけでその野良犬は、泡を吹いて倒れた。悪童たちに絡まれた際にも、時折そういったことが起きた。
少し先の未来を見たり、見えない場所にいる人間の存在を察知する力。
意識した体の部位を硬く、強靭にする力。
直接手を下すこともなく、相手の意識を失わせる力。
なぜ、自分にそのような力があるのか? フレイにはわからなかった。教えてくれるような親切な大人が周りにはひとりもいなかったし、そもそも大人たちでさえ、フレイの力の正体を把握していないようだった。もっと言えばフレイは、自分が持つそれらの「力」が特別なものではなく、人間だったら誰もが持っているものだという、盛大な勘違いをしていた。彼からすれば、物心ついた頃には既に自在に扱えていたものだったからであり、他の人間にとってはそうではないと知った時には――顔にこそ出さなかったものの――酷く驚いたものだ。
とはいえ、答えの出ない疑問に時間を浪費しても仕方がない――そんなニュアンスの思考の末に理解を放棄し、劣悪な日常を過ごしていたフレイだったが、周囲の人間はそれをよしとはしなかった。いや、彼らも理解は放棄していたが、だからといってフレイの存在をそのままにしたりはしなかった。変わった外見。不貞の産物(言いがかりだが)。そこまではいい。だが、理解の及ばない謎の「
だからだろう――そんな彼を口減らしの為に「売り」に出すことを、両親を含めた人々は一切躊躇しなかった。フレイがまだ5歳の頃だった。
人を「売る」ことも「買う」ことも、とうの昔に禁止された悪しき文化だ。……その筈だったが、どんな時代、どんな場所にも例外、抜け道は存在していて――特に「世界貴族」の人間などは、権力を盾にそういった悪行を堂々と行っていた。
「世界貴族」――通称『天竜人』。
世界を創造したとされる人物たちの末裔。それゆえの権力。それゆえの横暴。
「宝石みたいな瞳だえ~。顔立ちも悪くないし……。少し育ててからの
「アンタみたいな『妖怪』でも必要としてくれるお方なんだ。精々しっかりやってきな!」
抵抗は――しなかった。しようと思えば容易だったろうし、逃れることもできただろうが、その気力がなかった。そんなことをして何になる、という思いもあった。とうの昔に
……もしかしたら心のどこかで、なんだかんだで両親は自分を愛してくれている筈だという、
「天竜人」が来るということも、それによって国全体が
くどいようだが両親がそういった手続きに反対することは一切なかったし、当然それは、フレイを知る職場の人間も、町の人間たちにしても同じことで――改めて突き付けられたそれらの事実は、もしかしたら湧き上がったかもしれない反抗心の
もう、
そう、思ってしまったのだ。
「…………」
冷静になって考えれば、ひとつの島、ひとつの国の中で迫害されたからといって、他の場所でもそうだとは限らない。だから、今回の一件だけで、「世界」という大き過ぎる枠組みの中における自分の価値を断定するのはあまりにも早計だと言えるだろうし、実際早計なのだろうが――先に述べたように、まだ5歳なのだ。幼子の価値観と視野の狭さを侮ってはいけない。
彼のような子供にとっては、自身が見聞きしてきたもの
とはいえ、
「なんだえ『コレ』は!? どれだけ斬っても刺しても殴っても繰り返し
彼の心持ちがどうであろうと、その身に宿りし天賦の才に影響はなく、ほどなくして彼は、他の大多数の奴隷たちがそうであるように、竜の
明らかに他の奴隷たちとは違う――故に彼を買った天竜人も、最初の内こそは先のように面白がってはいたが、それも数日もすれば苛立ちに変わった。元々あった表情の変化の乏しさが、奴隷となった後でも変わらなかったことも要因のひとつにはあるだろう。
そんなフレイに対して、飼い主の天竜人は、
「ちっとも呻きもせず泣きもせず……。流石につまらんえ~! ムカツクえ~! ……あっ、そうだ! 『アレ』があったえ~! 『アレ』を食わせて
「…………?」
「アレ」だの「カイローセキ」だの、幼いフレイには今いちよくわからなかったが、もしや毒のある食べ物か何かだろうか? と身構えた。無論身構えたところで、それを拒否できる筈もないのだが。
そして、ある意味で「毒」というフレイの予想は当たっていた。毒も毒、猛毒――何と、無理矢理口にねじ込まされたソレが、食した者に対して、特別な力を与える代わりに、「海(=一定量以上の水)」に対しての抵抗力を一切なくさせるという異質な果実、通称「悪魔の実」と呼ばれる物の一種だったからだ。
「~~~~っ!」
面妖な渦巻き模様を持つそれの味は酷かった。いや、酷過ぎた。国にいた頃、ひもじさに耐えかねて何度か口にした、生ごみ同然のどんな残飯よりも更に酷い味で、フレイはたちまちむせ込み、それでも吐き出せばどんな目に遭うかも忘れていなかった彼は、なんとか気合で口内のそれを飲み込んだのだが――変化は直後だった。全身を走る謎の悪寒。胃袋に入ったそれから、身体の隅々にまで「何か」があっという間に染み渡っていき、フレイは、今の自分が、ほんの数秒前の自分とは
一方で、事前にそうなることがわかっていたらしい天竜人とその従者の顔に驚きはなかった。フレイが戸惑っているのをよいことに、天竜人から追加の指示を受けた男の従者は、鎖で繋がれた一対の黒い錠を、テキパキとした動作でフレイの手首に嵌めた。
(なっ……!?)
効果はてきめんだった。後で知ったことだが、その錠の素材として使われている「海楼石」は、海と同等の特性を持っているらしく、悪魔の実を食した人間、通称「能力者」がこれに接触すれば、前述した弱点である「海」に沈むのと同等の現象――早い話が、全身から力が抜け、まともに動けない状態になってしまうらしい。勿論、「呪い」と引き換えに授かった「力」も使えなくなる。
そういった事前知識もなかったフレイは当然驚き、自身の身に宿った「悪魔の力」の詳細もわからないまま――地獄の日々が始まった。海楼石の錠は、フレイが生まれながらに持っていた謎の力も抑え込み、他の奴隷たちと同じように刃が刺さり、金棒の殴打による青痣ができるようになった。天竜人は上機嫌だった。
本当に地獄だった。自分は既に「
が、結果としてそういった地獄の日々が続いたのは、わずか数カ月だった。飼い主の天竜人に引きずられるようにして訪れていた『ゴッドバレー』という島において、それは起こった。当時世界最強として呼ばれ、恐れられてもいた『ロックス海賊団』が、島を襲撃したのだ。
「神の末裔」とされる天竜人。その権力の高さは、彼らに何かをすれば、世界的な海上保安組織――通称『海軍』の最高戦力とされる「大将」位の人間が、軍艦を引き連れてやってくるという出動義務からも伺えようというものだが、それを恐れないからこその「ロックス海賊団」。世界最強の海賊の集まり。
「ひええ~! に、逃げるえ~! おい、お前! もっと早く進むえ~!」
そんな者たちが同じ島で戦いを始めたというのだから、その激しさも推して計るべきで、普段は高慢ちきな天竜人も――いや、高慢であるが故に、こういう時こそ己の命を最優先するフレイたちの飼い主は、四つん這いにさせている大柄な移動用の奴隷に鞭を打ちながら、大慌てで海軍の軍艦が停まっている港へと逃げていってしまった。……なぜかそれに続こうとしないフレイを置いて。
「…………」
断続的に外から聞こえてくる爆音と、それに伴う振動。悲鳴と怒声。あちこちから火の手が上がっている島の様子が伺える向かいの窓にぼんやりとした視線を向けながら、フレイは座り込んでいた。奴隷になってわずか数カ月――されど数カ月。大人よりも子供のほうが時間の流れを遅く感じるのは常識で、そんな状態での数カ月を、人を人とも思わないような扱いをされながら過ごしてきたのだ。
それは、ひとりの幼子が人生を諦めるには十分過ぎる時間で――むしろ、残ったのが自分ひとりであることに、フレイは驚いていた。
だからだろう、ひと際大きな爆発音。それによる衝撃で崩れる向かいの壁。天竜人が一時的な住まいにする程の場所だ。建物は無駄に大きく、重厚な作りで――その一部がゆっくりと向かいから迫ってくるのをぼんやりと見つめながら、ああ死んだな、とフレイは思った。虚ろな瞳で――つまらない人生だったな、と。
が、結果として彼が死ぬことはなかった。更なる爆発音――いや、衝撃音? とにかく大きな音が外から聞こえてきて、それと同時に、横の壁を突き破る形で飛んできた「何か」。それは後ほんの少しでフレイの小さな身体を押し潰そうとしていた分厚い石造りの壁を、ちょうど側面から粉砕し――その先にある壁をも突き破って、見えなくなった。もっとも、地面への激突音から察するに、そこまで遠くには行っていない筈で――案の定、程なくして「それ」は、身体についた粉塵をパンパンと払いながら、のっそりと姿を現した。
「あ~ロックスの野郎め……! どうしておれが、あんな
それは、人間だった。ぶつぶつと何かをぼやきながらのっそりと現れた、所々が破けた白いズボンに黒いシャツ、白ネクタイに黒い短髪の、大柄で筋肉質な男。「正義」の文字が入った白いコートを羽織っていなかった為、少々わかりにくかったが、恐らくは、先に触れた海軍の人間――海兵ではないかと思われた。あれだけの勢いで、少なくとも3枚の分厚い壁を突き破る形で吹き飛んできたにも関わらず、身なりが汚れているだけで怪我らしい怪我もしていない。恐るべきタフネスだった。
「……ん? ガキ?」
大男の目が、初めて鏡を見た猫のような表情を晒しているフレイに留まった。
「何してる? どうして他の奴隷たちのように逃げねえ?」
それが、民衆を守るべき海兵の言うことかと思ったフレイだったが、すぐに自分のような奴隷が、その「民衆」という括りにも入れない、底辺以下の存在であることを思い出した。だからこそ彼は、
「……逃げたところで意味ないよ。……
自身に嵌められた首輪を指でつつきながらそう言ったフレイは、それ以上は言葉を続けずに黙りこくった。続ける必要はないと思ったからだ。基本的に海軍は天竜人の使い走りで、奴隷の売買が世界の
「……ちっ!」
忌々しそうな舌打ち。それをした男の行動は早かった。フレイの正面で身を屈めると、彼に嵌められている首輪を掴んで、力を込め始めたのだ――って、
「……っ! おい!? 待ってくれ、そんなことしたら爆発して――!?」
「うるせえ! いいからじっとしてろ!」
奴隷などに嵌められる首輪には基本、逃走防止の為の爆破機能が備わっている。基本的には飼い主への飛び火を防ぐ為、自分で首輪を外そうとする奴隷を瀕死に追い込む程度の爆発しか起きないが、それでも、外そうとした第三者に対しても相応の被害が及ぶであろうことは、想像に難くない。
そう思ったが故に警告するフレイだったが、男は一顧だにしなかった。案の定、ピピピピピッ、という、間もなくの爆発を知らせる電子音が鳴り始めて、直後に起きた爆発によって、フレイと男が爆炎に晒される――ことはなかった。どういうカラクリか、力づくでどうにかなるような代物ではない筈の首輪を、しかし男は実際にグシャリと一部を潰して外して見せると、爆発するよりも早く脇に放り投げて見せたのだ。
爆発自体は止められなかったものの、それがフレイと男を巻き込むことはなく――結果としてフレイは、己の自由を縛っていた首輪から逃れることができた。同じように手錠も外して(=破壊して)くれた。その事実をフレイが飲み込むのに、それなりの時間がかかった。
「え? ……え?」
「とっとと港にでも逃げろ。……まだまだ尻の青いガキの癖に、何もかも諦めたようなツラしてんじゃねえよ」
「……っ! あ、あの……!」
背を向けながら吐き捨てるような台詞を放つ男に向けて、フレイは手を伸ばした。しかし、男は止まらなかった。「待ってろ――ロックスっ!」それだけを言い残すと、目にも留まらぬ速さで姿を消してしまったのだ。いや、厳密には、常人離れした動体視力でもって、その直前に男が地面を10回以上蹴っているのを確かに見たのだが――そんなことはどうでもよくて、
(……どっちに――)
――行くべきか? フレイは迷った。謎の男が消えて行った方向は、港がある場所とは真逆だ。先ほどまでは今生を諦めていたにも関わらず、いざ首輪を外された今はそれなりに欲も湧いてきてしまっていて――逃げるか? 追うか? これが人生の分岐点であることを、フレイは何となく察していた。理由もわからぬまま。
そして、
――ッッッッッッッッッッ! と、爆音。いや、音ではない。音ではなかったが、確かに「何か」が、辺りの――恐らくは、島中の空気を震わせたのだ。同時にフレイの視界に映る、周囲へと広がっていく幾筋もの黒い雷――のようなモノ。あの人だ! フレイは本能的に確信した。そして、走り出した。港ではなく、男が消えて行った先――謎の音なき鳴動の中心地、そうと思われる場所に向かって。
「~~~~~っ!」
現場にたどり着き、フレイは冷や汗を流しながら「その戦い」を見つめていた。当事者は3人。先ほどの海兵と、ひと目で海賊とわかる――海賊帽を被っている男に、剣を持った長い総髪の男。その内、海兵と海賊帽の男が手を組んでいるように見えるのが不可解だったが、それよりもフレイが気になったのは――
(なんて……
フレイはそう思った。戦いはあまりにも激しく高次元で、世界というものについて、まだあまりにも多くのことを知らないフレイでも、視線の先で繰り広げられているそれが、間違いなく世界最高峰のものであることを本能的に察するほどだったが、それよりも、今こそが我が世の春と言わんばかりの笑みを浮かべている男たちの表情のほうが気になった。
それは、物心ついた頃から、束縛と迫害の暮らしを強いられてきたフレイにはないもので――だからこそ、彼の目からはこれ以上なく眩しく映った。羨ましいと、ハッキリそう思った。おれも――おれだって、と。
フレイはその戦いを、「最後」まで見ていた。3人の表情だけではない。戦いの最中に繰り出された技の数々と、その予備動作。呼吸、足運び、
生まれて初めてと言ってもいい、好奇心に満ちたキラキラとした「瞳」で。
何ひとつとして見逃さず、忘れないように――「最後」まで。
◆ ◆
それから少しして、フレイは空を飛んでいた。より厳密には、超人的な脚力でもって空を蹴り、その反動によって移動していた。先の「見稽古」によって獲得した、数ある技の内のひとつで――どう考えても、5歳の子供が出来てよい芸当ではないが、フレイにその自覚はないし、いずれにせよ、今の彼は、先の戦いを脳内で
海楼石の錠が外れたことで使用可能となった筈の、「悪魔の力」の詳細を確かめようという気にさえならない程に――少なくとも今は、それが最優先ではない――何度でも思い出し、死ぬまで絶対に忘れないようにしたいと思った。自分に「未来」を与えてくれた、「原点」となるであろう記憶――その一部始終を。
戦いは、海兵の男と海賊帽の男の勝利に終わった。総髪の男は死んだ。なんだったら、舞台となった島も消えた。
3人の男たちの戦いの激しさと、島が消えたことの間に関連性があるのかどうか? フレイにはわからなかったし、正直に白状すると、そこまで興味はなかった。あくまでも彼の胸中は、3人の男たちの戦い、その際に見られた技術の数々と――彼らの活き活きとした表情に占められていた。
羨ましいと思った。
数秒後にはどう死んでもおかしくはない程の激闘の最中に、あのような表情ができるなど――心底羨ましいと。
(おれも……
再度そう思ったフレイは、海兵の男が言ったように港へは行かなかった。数えきれない程の海軍の船――軍艦の数に若干気圧されたというのもあるし、そもそも天竜人が支配者である『世界政府』直轄の海軍に保護されれば、奴隷として再び首輪を嵌められる未来もありうる。そうなっては、あの男の善行を無駄にしてしまうだろう、と。
だから、あの男に礼を言うことも諦めた。天竜人の所有物を独断で解放したりそもそもが彼らを「ゴミクズ」呼ばわりしたり――察するにあの男は海軍の中でも異端なのだろうが、礼を言う為にノコノコと近づいた結果、近くにいるであろう他の海兵が、男と違って
その代わり、名前だけは覚えた。戦いが終われば、今回の件で「英雄」となったその男の名前を、ほぼ全ての海兵が声高に叫んでおり――モンキー・D・ガープ。それが、あの大男の名前らしかった。ひとりが名声を高めれば、それに付随する形で、その相手や協力者の名前も必然的に
他には――未確認だが、どうも同じ島にいたらしい名のあるロックス海賊団の船員たち、『ニューゲート』、『リンリン』、『シキ』、などなど。他にも何人か騒がれているのがいたような気がするが、正直、そこまで興味はなかった。
フレイの心を占めるのは、あくまでもガープと、海賊でありながら彼と協力したロジャーに、そのふたりと相対したロックス。この3人の戦い――その「表情」と、戦いの最中に繰り出された、人知を超越した
(……少なくとも、あの時、あの場所では、あの3人こそが、世界でもっとも「自由」を「オーカ」していた)
フレイはそう確信していた。物心ついた頃には自分には縁がなく、それゆえに心のどこかで渇望していた「自由」。それを行使することによって得られる「幸福」。善や悪といった価値観を超越した先にある至上の境地。それが、あの時の3人の表情にはありありと表れていて――だからこそ、同じ景色を見たいと思ったフレイが今回の一件で学んだことは、主に3つ。
今の世界で「幸せ」を感じるには、まずは「自由」でなければならないこと。
そして、「自由」で
その「強さ」が、今の自分ではまだ十分ではない――ということだ。
(……やるべきことは多い……)
海軍の保護を諦め、別の海岸から、覚えたばかりの特殊な空中移動法――『
「…………」
無自覚に凄まじい速さで空を駆けるフレイの頬を、心地よい温度の風が撫でては髪を後ろに引いていき、チラチラと見え始めた星空が、幾筋もの白い線となって視界の端へと消えていく。
どこまでも続く広大な空に、地平線の隅々まで満たす海原。その先へと向けられたフレイの真紅の瞳には、確かな「
「自由」が、そこにはあった。