「――それで? 何か具体的な勝ち筋はあるの?」
またもや時は遡り、フレイが兼ねてから考えていたらしい「計画」――と言えるほどのモノではないかもしれないが――の全容を聞いてから数分後。
すっかり夜の
その隅にある丸テーブルに手を置いた上で、
「流石のあなたでも、何の考えもなしに勝ちが拾えるような相手じゃないでしょう? あのふたり――カイドウとビッグ・マムを
「……んー……」
質問の相手は当然のように、つい先ほどカイドウとビッグ・マムのふたりを、もうこれ以上自分たちを追い回さないよう「説得」してみせると豪語したイングナル・フレイその人で――ふたりの
「勝ち筋っていうか――『コレ』さえできるようになれば、かなりの勝算が見込める、っていうのはある。……『見聞殺し』、っていう技なんだけど……」
「「何殺しですって?」」
ステューシーとオルビアの戸惑いの声が見事にハモった。それを受けたフレイは「――『見聞殺し』だ」と粘り強く繰り返すと、
「技の名前は、おれが勝手につけた。他の誰かがそれを使っているのを見たり、聞いたりした訳じゃない。……だから、本当に
「――とりあえず、それが具体的にどんな技なのかを先に教えてくれる?」
「だいぶ前……具体的には、魚人島を出て『新世界』に入って、ワノ国を目指すおれたちの前に突然現れた『ビッグ・マム』が、おれたちを追いかけ回すようになった辺りからだな――時々、『変な物』が見えるようになったんだ」
「変な物……?」
小首を傾げるステューシーに対して、フレイは一度「ああ」と首肯して見せると、更に、
「何本にも束ねた蜘蛛の糸……というか……
「『見聞色の覇気』……確か、対象の行動を先読みしたり、周囲の
「それでおおよそ間違いはないわ。……間違いはないけど――」
隣のオルビアの台詞に対して一度頷いて見せた後で、ステューシーは改めて妙なことを言い始めた
「――
ステューシーは眉をひそめた。
「……『それ』が見えたとして――何なの? それが、さっきあなたが言った『見聞殺し』っていう技に繋がるの? というより、そもそも『それ』が本当に、『見聞色』を可視化したものだって確証はあるの? 根拠は?」
「言うまでもないけど」
フレイが淡々と言った。
「その
「だけど?」
コテン、と小首を傾げた状態で呟かれたオルビアからの催促を受けて、フレイは、
「――だけど、途中で気づいたんだ。その
ここで一旦、フレイは何かを考えこむように口元を片手で覆って目を伏せると、
「……そういう光景を何度も見ている内にやがて気づいたんだ。おれの攻撃が『見聞色』で相手に予知されるのは、決まって、連中から出ている『網』が、おれの体に触れているか貫いている時だってことに。逆も然りだ。おれの頭から出ている『網』が――当然、『見聞色』によって
「あなたは、それを狙ってできるようにしたいってこと?」
相変わらず眉をひそめたままのステューシーが、愛する男の台詞を奪った。フレイは頷いた。
「相手から出ている『網』を徹底的にかわして、逆に、こっちの『網』だけは相手を捕らえ続ける。そうすれば、相手の『見聞色』を
――自分が考える『見聞色』のある種の究極形、『見聞殺し』だ、と。
組んだ両手をテーブルの上に置いた状態で、恐らくは無意識の内に淡い金色のオーラを全身から立ち上らせながら。
イングナル・フレイは、そう言った。
「「…………」」
が。
しかし――
◆ ◆
――果たして、
どころか――仮に
「
「……フレイっ……!」
心配そうに相貌を歪ませながら、愛する男の名を呼ぶステューシー。
場所は変わらず20番台
オルビアとロビンの母娘、人魚のシャーリーに、しのぶ、日和、ヤマトの和美女トリオといった、自分以外のフレイの
『七武海』の座を狙うフレイの「知名度」稼ぎをサポートする為に自分が呼んでおいた『世界経済新聞社』の鳥男モルガンズに――かつて、『海賊王』の右腕として活躍した伝説の男『シルバーズ・レイリー』と、その
そうした面々と共にステューシーは、遠方に見える大型のスクリーンへと視線を向けていて――そこには、カイドウやビッグ・マムだけではなく、最近「大将」の座に昇りつめた『
……目立った怪我こそ負ってはいないものの、額からはひと筋の鮮血を滴らせ、荒い息をつき、着ていたTシャツをハンコックに渡した関係で露出させた細身ながらも引き締まった上半身を、大量の汗によって光らせる美丈夫の姿が。
明らかに疲弊し、消耗していた――物心ついた頃から3種の『覇気』を使いこなし、2年前には当時中将だったクザンとサカズキを打倒せしめた上で『バスターコール』を攻略し、その数ヶ月後には、ロビンとオルビアの身柄を狙ってやってきた『金獅子』さえも(何とか)追い払って見せた「神童」である
この面子が相手では無理もない――そう思ったステューシーは唾を飲み込んだ。
カイドウ、ビッグ・マム、
それが4人! 厳密には――各々の立ち回りを見る限り――何故か、ガープだけがフレイを狙っておらず、それどころか彼を率先して倒そうとしてるクザンを度々妨害し、
ステューシーたちが考えていたもっとも都合の良い展開は、ビッグ・マムとカイドウが結託せず、時間差でやって来たふたりを順番に撃破し、そうした戦闘を治める為に「大将」などがやって来た時には、既に政府がフレイの『七武海』就任を決定している、というものだった。
無論、こんな楽天的という言葉ですら足りないような展開が現実のものになるとは、初めから考えていない。
「大将」たちがやって来る前に、だなんて――カイドウもビッグ・マムも、どちらもそんなアッサリ倒せるような相手ではない上に、よしんばそれができたところで、お堅い政府の高官たちがそんな超スピードでフレイの『七武海』就任を可決するとも思えない。
それでも、その可能性を少しでも上げる為に、リアルタイムで
……ではあったのだが、
(まさか、天竜人との間でトラブルを起こすことになるなんて……!)
ステューシーは歯噛みした。そのせいで、「大将」が来るタイミングがグッと早くなり、カイドウとビッグ・マムの結託および同時襲来という
光明があるとすれば、前述したように、ガープがフレイの味方――というのは流石に早計だろうが、それでも明確に敵対している訳ではない――らしいのと、戦いの直前に、今回の
それが気休めにしかならないぐらいに、状況は悪かった。
これはもう殆ど作戦失敗と言っても過言ではないのではと、そんな考えが頭を過ぎってしまう程に。
だからこそステューシーは、
「――ヤマト」
「う――うん?」
不意に名前を呼ばれ、胸の前で両手を握って固唾を飲みながらフレイの戦いを見守っていたヤマトが、キョトンとした表情をステューシーに向けた。
ステューシーもまた、そんなヤマトにチラリと横目に視線を
「……念のため、いつでも加勢に――いえ、救助に向かえるように準備しておきなさい」
「えっ……?」
こちらの言葉が聞こえたらしいレイリーが眉をひそめ、承服しかねる、とでも言うような視線を向けてくるのを無視しながら、ステューシーは更に、
「フレイが、それを望んでないことはわかってるわ……。途中で乱入なんてしてしまったら、カイドウとビッグ・マム、それから政府に対して何とか取り付けられたらしい『約束』が
脇に下げた両手をギュッと固く握り締めて拳を作りながら、彼女は、
「それでも――『万が一』の展開を受け入れるよりは百倍マシだわ。今更言ったって仕方ないでしょうけど、やっぱり今回の作戦は色々と無理があったのよ。でも――逆に言えば、それは、然るべき周到な作戦さえ立てれば、フレイならきっと何とかできるということ。……しのぶの『
「その時」がきた時の為に、覚悟を決めておきなさい――と、そう言って。
ステューシーは改めて、遠方のスクリーンへと視線を戻した。
上半身裸の状態で汗と泥に塗れながらも、
◆ ◆
一方――件の激戦の舞台となっている、66番台
そこでは丁度、自身の
「ハァっ……ハァッ……! 相変わらずしぶてぇな、『豊拳』……! まぁ、いつもみてえに速攻でトンズラをかまさねえだけマシか? とはいえ、だったらだったで――いい加減、おれの
「……それで、お前が産んだおれとの子が政略結婚に利用されたり、お前と一緒にあちこちの海を荒らし回るのを黙って見てろってのか!? 冗談じゃない! 『
これまでにもウンザリするほど聞かされてきた
それと共に、サイドスローの要領で巨大な炎塊を投げ放とうとするビッグ・マム。それを直前に
「――『
「――『
とてつもない勢いで投げ放たれるは、中型船程度なら丸ごと包み込んで消し炭にしてしまいそうな程の、小さな太陽とも言うべき炎塊。そしてそれを、天まで昇らんとする鎌風を纏った蹴り上げによって真っ二つにするフレイ。
これによって、もっとも被害を受けた炎塊そのもの――プロメテウスが、当然のように空気を裂くような悲鳴を迸らせることとなって、
「……っ!? イデェ~~っ!? くそ~~っ! 駄目だママっ! やっぱりコイツに、
「チィッ――「どいてろ! リンリンっ!」――っ!」
『特別』な
そして、その頭上を飛び越える形で飛来し、その体躯に見合うだけの巨大な金棒を振りかぶりながら肉迫するのは――彼女と並ぶ大海賊のひとり、『百獣のカイドウ』。
青い鱗と元々生えていた角の間から、更に2本の縦角を生やした『獣人型』となりて彼が繰り出すのは、黒雷を纏った文字通り『必殺』の一撃――!
「『咆』――『雷』――!」
「……っ!? 『
ゾクリっ……! と寒気を覚えたフレイは、どちらかと言えば普段はあまり使わない、『六式』の回避技を使用。
相手の攻撃を見切り、ギリギリまで引きつけた上で最小限の動きでかわすという技で――しかしそれにしては、やや使用するタイミングが早過ぎた。
カイドウはまだ振りかぶった金棒に
理由は明白。正しく、宙を舞う紙きれのようにヒラリと身体を翻したフレイの背後から、3本の氷の矛が飛び出したからだ。
『アイス
事実、フレイの後方数メートルの位置には、彼に向けて両腕を交差させたクザンの姿があって――フレイがチラリと見やれば、放った3本の氷槍の内のどれひとつとして被弾しなかったこちらの姿を見たクザンが、実に忌々しそうに舌を鳴らしていた。
要するに、先ほどフレイが寒気を感じたのは、カイドウとビッグ・マムに傾倒しかけていた『見聞色』が、すんでのところでかの将校の攻撃を察知したからだった。
(あ……ぶなかった……! おれの
「チイィィッ!」
フレイが苦々しい思いを抱いていると、同じぐらい不愉快そうな表情を浮かべた上で舌打ちしたカイドウが、フレイに繰り出そうとしていた大技を中断し、眼前まで迫っていた3本の氷の矛を、金棒による無造作なひと振りのみで纏めて砕いた。
それが太陽の光を反射し、キラキラとした透明な
「テメエ……クザン――いや、『青雉』ぃ! 邪魔すんじゃねえよ……! おれたちゃあ、オメエみてえな『青二才』に用はねえんだっ!!」
しかし、クザンは答えなかった。というより、
「おいクザン――さっきから言ってるだろうが! 一旦『豊拳』は置いとけ! 今はとにかく、カイドウとビッグ・マムを抑えるか、この
「――ワリィけどよ、ガープさん」
ガープの主張を遮る形で、クザンが言った。
「海兵ならって話なら、尚のこと『豊拳』の確保を最優先すべきだろ――なんてったって、おれは正にそういう『勅命』をマリージョアの『天竜人』たちから受けてんだからよ。……自分たちに無礼を働いた輩に目に物を見せてやれ、ってな」
地面に着地し、油断なく『見聞色』を展開しつつも、フレイが口論するふたりの海兵へと視線を向ければ――ちょうど、相変わらず
「テメエ……!
「……ああ、ああ。そうだ、そうだよ。おれはただ、『豊拳』を捕まえてぇだけだ。さっきのは、ただの方便だよ」
実にアッサリと前言を撤回した後で、クザンは、胸倉を掴まれた状態のまま次のように述べた。
「さっきも言ったがよ、アイツを捕まえねえことには、おれの海兵としての人生はスタートしねえんだ――おれがあの『オハラ』の事件で敗北してから、どんな思いで過ごしてきたか知ってるよな? ……アンタ、弟子がリベンジする機会を奪う気かよ?」
「縛られるな! 馬鹿め!!」
ガープは一顧だにしなかった。
「『今を生きろ』と教えた筈だっ!!」
「あんだけ
ズシンっ……! と、重くて大きい何かが地を揺らす音がフレイの耳に届いた――ビッグ・マムの隣に立つ形で、カイドウが地面に降り立ったのだ。
ふたりもまた、この状況下でギャーギャーと言い争いをしている海兵×2に対して、心底面倒だとでも言いたげな視線を向けており――ややあって、ビッグ・マムが次のように述べた。
「『青雉』……存外邪魔だねぇ。『豊拳』だけを狙って、アイツの
「……おれもテメエも『炎』を使えるんだ。別に問題はねえと思うが――まあ、目障りだって言いたいんなら同感だ」
「…………」
そんなふたりの会話を耳に入れながら、フレイはひと息ついた。期せずして設けられた戦闘の隙間。その間にフレイは呼吸を整え、更に、今一度戦況を整理した――具体的には、各々の立ち位置と目的の再確認で、フレイが認識している限りでは、それはざっと以下のようなものだった。
『百獣のカイドウ』――
その上で、『
20年前の『ゴッドバレー事件』の一件から、その最大の功労者であるガープの動きを常に警戒しているが――そうでなければもっと苦戦を強いられていただろう、とフレイは思った。
『ビッグ・マム』シャーロット・リンリン――カイドウとは違い、フレイを殺そうとまでは思っておらず、あくまでも夫にした上で
そういう意味では、自分が夫にする予定の男を殺そうとしているカイドウはある種邪魔な存在の筈だが――何故か、互いに妨害し合ったりすることは殆どなく、それどころか時折、前述したようにカイドウとの連携技まで繰り出してくる始末で、同じように厄介極まりない。
暗黙の内に何らかの妥協案を共有しているのか? とりあえず、仲間割れを期待するのは無理そうだ、とフレイは思った。また当然のように、彼女もガープのことは常に警戒していた。
クザン――純粋な戦闘力で言えば先のふたりよりはわずかに劣るが、だからといって警戒しなくていいということは全くなく、『ヒエヒエ』の
目的は自分に対してリベンジを果たすことらしいが、その心は「殺害」か「捕縛」か――言葉としては「捕らえる」という表現を何度か使っているが、そもそも輸送するべき軍艦が見当たらないし(まだ来てないだけかもしれないが。恐らくは彼とガープだけが、先立って急行してきたのだろう)、いざとなれば、きっと殺すことも躊躇わないだろう。
かと言って当然、カイドウやビッグ・マムの味方という訳ではなくて、隙あらばちゃんと彼らにも攻撃している――あくまでも、自分の獲物を横取りされない為の牽制、という形でのものが殆どではあったが……。
先立って意外と頭脳派な一面もあるビッグ・マムが言ったように、既に周囲のあちこちはその
チャンスがあれば瞬殺したいし、恐らくやろうと思えば不可能ではない程度の実力差が、まだ自分と彼との間にはある――が、こちらの目標が『七武海』である以上、「政府側」である
そういう意味では、カイドウやビッグ・マム以上に厄介で悩ましい相手だ――少なくともフレイはここまで、このふたりに対しては殺すつもりで技を繰り出していた。無論目的が「始末」ではなく「説得」であることは依然として変わりないが――ふたりの実力を考慮した場合、それぐらいがきっと丁度いい、と思ったが故にだ。
ガープ――どういう理由かは彼のみぞ知るだが、とにかく、何故か自分を、
それはもしや、こちらの正体が、20年近く前に自分が救った元奴隷の子供であると気づいているからなのか――いやそもそも、そのことを憶えているのかどうか? だったり、それに対する20年越しのお礼を言いたかったりと、聞きたいことも言いたいこも山のようにあるフレイではあったが、流石に今は状況が状況なだけにグッと
……この戦いを乗り越えて無事に『七武海』にさえなれれば、時間も機会もきっといくらでもあると、そう思って。
とにかく、そういった(勧誘目的の)事情もあってか、自分を率先して仕留めんとするクザンを抑えようとしているが――失礼ながら――意外にも「ぶん殴ってでも」、というスタイルではない。
……聞き分けの悪い弟子への鉄拳制裁を躊躇するような性格だとは思えないが? あくまでもクザン自身の意思で行動を改めて欲しいという気持ちの顕れだろうか?
個人的には、さっさとお得意の
何故か? そんなことをすれば、仮にカイドウとビッグ・マムを「説得」できたとしても、自分ではなくガープの手柄となり、『七武海』への就任が叶わなくなる可能性が出てくるからだ――今回の件で、フレイがレイリーに助太刀を求めない理由と一緒である。
『五老星』は、あくまでもカイドウ、ビッグ・マム、海軍大将の襲撃を何とか「攻略」して見せれば『七武海』の一席を約束すると言い、詳細な手段については問わなかったが、流石に第三者の手を借りてそれを成すのを良しとはしないだろうと、そう思って、
(くそっ……!)
心中で毒づきつつ、額から流れるひと筋の鮮血を片手で拭った後で、フレイは小さく嘆息した。状況は明らかに悪かった。これだけの猛者たちを一度に相手取ることになるとは思っていなかったというのもそうだが、例の、『見聞色の網』――これを振りほどくことか、一切できなかったのだ。
少なくとも、『
自身の体に纏わりつくカイドウやビッグ・マム、更にはクザンたちの『網』、『網』、『網』――フレイが無意識化で
かと言って、他にどうすれば『
何もかも浅はかだった、という思いが嫌でも湧き上がってきた。ワノ国での敗走以降自分なりに考えてきた、
心のどこかで、ワノ国での敗走は、ヤマトや負傷したステューシーたちを抱えていたからだと言い訳していた。まったくの無関係ではないだろうが、そんなハンデの有無が決定的な難易度の下方修正に繋がる訳ではないと――カイドウもビッグ・マムも、そんな甘い相手ではないと、ちゃんとわかっていた筈なのに……!
せめて、誰が相手であろうと1対1の連戦であれば――そうでなくとも、
習得を諦め、別の策を考えるべきか? ここまでの間に、フレイは一度ならずともそう思った。ステューシーが言ったように、自分の作戦は笑止千万の子供だましのような無謀な試みだったのか? と。
――“疑うな”。
フレイはキリリと奥歯を噛み締めた。ここまでに何度も心中で繰り返してきた言葉を今一度
自分が思い至った『見聞殺し』が実現可能な技術かどうかはさておき、仮に可能だったところで、今のように「疑った」状態では夢のまた夢の話だと確信していたからだ。
「疑わないこと」――それこそが『覇気』を扱う上での大前提だと、知っているが故に。
だからこそ、
「……『
先手必勝。
今回の戦闘が本格化する前に、クザンの『
即興だったが、上手くいった――ここまでの戦いで所々が氷漬けになったり砕かれたり焼かれたりしていた黄金樹は再度その体積を増やしては形を変え、極太の黄金の槍となってカイドウとビッグ・マムに襲い掛かり、それが戦闘再開の狼煙となった。
当然のように応戦し、迫りくる黄金の根を打ち払うカイドウとビッグ・マム。
ふたりに
大気を震わせる衝撃。
周囲を迸る
鉄をも溶かす程の業火。
魂まで凍らされてしまいそうな程の氷結。
海を割る斬撃。
大地を砕く金棒、拳撃。
そして――煌めく黄金のオーラ。
戦いは一層激しさを増し、世界の終わりを連想させる程の激闘の様子を、60番台
カイドウとビッグ・マムも相応に疲弊しているが、一時的に結託している分、ふたりの消耗は少ない。先に膝を着くとしたらきっと自分のほうだろうと、フレイにはわかっていた。悔しいが、ガープの存在が牽制となっていなければとっくにそうなっていただろう、とも。
一体どれだけの時間が経っただろうか? 何時間も経ったのか――それとも、数分も経っていないのか? 一瞬の油断が命取りとなる人知を超えた技の応酬のせいで、とうの昔にフレイの神経はすり減り、時間の感覚も曖昧になっていた。
それでも、彼ひとりだけが一方的に消耗していた訳ではなく――全員だ。カイドウも、ビッグ・マムも、クザンも、ガープも、相応に疲弊していた。
それでも誰ひとりとして致命傷を負っていない辺りは流石と言うべきか――しかし、この均衡は薄氷のものであることを、フレイは察していた。
恐らくは、他の面々もそうだろう――と、そう思って、
「ぐうううぅぅっ!?」
「ハァッ……! ハァッ……! いい加減くたばれ――『
何とかフレイが渾身の『
相変わらず自分へのリベンジを最優先として視界の左側から迫ってきたクザンに対して、フレイはいい加減ウンザリだとでもいうような表情を向けると、
「そうもいかねえんだよ……! つーか、おれは『七武海』を狙ってる関係上、お前とガープさんには手を出しにくいんだから、いい加減――」
そう言いつつも、氷と覇気の両方を纏ったクザンの左ストレートを首を捻って避けたフレイは、その動きの勢いそのままに、『
「――空気を読んで
ドゴウゥンッ! という、とても人の拳によって鳴らせるとは思えない重厚な打撃音が周囲に響き渡り、フレイの手痛い反撃を顔の左側面にモロに受けたクザンは、そのまま海に向かって吹き飛ばされ――「能力者」にとっては「死地」に等しいそこへと達する前に、何とか『ヒエヒエ』の
したたかに背中を打ちつけると同時に、ゴフッ……! と吐血した後で、心底忌々しそうに、右拳を振りかぶった状態で静止しているフレイを見やると、
「くそっ……たれが……! まだ、こんな余力を残して……!」
言いつつ、立ち上がろうとするクザンではあったが、先の一撃が「いいところ」に当たったのか、その細い両脚を小鹿のように震わせていて――しかし、そんな彼に対して、フレイは追撃を加えなかった。
たった今言ったように、『七武海』に就任するに当たっての遺恨を、できる限り残したくないというのも無論あるが、単純にそれどころではなかったからだ――突如、視界の右端から、得体の知れない「何か」が迫ってきたのを感じたからだ!
マズイ――フレイは瞠目した。『見聞色』を怠ったか、あるいは神経をすり減らす攻防を続けたことで単純に精度が落ちたのか?
いずれにせよ、回避は間に合わないと瞬時に判断したフレイは、まだ『覇王色』を纏ったままの拳を振るうことで、正体不明の「それ」を打ち消した――と共に、拍子抜けした。
それは、別に何らかの形ある攻撃という訳ではなく、少し前からフレイが目にするようになっていた、例の『見聞色の網』に他ならなかったからだ。カイドウか? ビッグ・マムか? 注視する前に打ち消してしまった為、判断がつかなかったが――とにかく。
自分に向けて放たれた
(……っ! いや……ちょっと待て……!)
……いや、見間違いではない! フレイは再度瞠目した――今まで振りほどこうにも振りほどけず、千切ろうにも千切れなかった『見聞色の網』が、確かに宙で霧散していたからだ。
時間と共に徐々に形を取り戻しつつあるようだが、それでも、一時的とはいえ『見聞色』を阻害できたのは紛れもない事実で――これはどういうことなのかと、フレイの脳味噌が目前の事象の答えを導き出す為に、かつてない程の稼働率を見せた。
今までにも鬱陶しい蠅に対してそうするように手で払おうとしたことはあるが、
では、その時と今回の違いは何か? 圧倒的な集中力によって極限にまで圧縮された時の中で、フレイは考えた。考えて――すぐさま結論が出た。『覇王色』だ。
『覇王色』が鍵なのだ。それ以外にあり得ないと、フレイはそう思って――直後に、ピンと来た。
(まさか……!)
思わず片手で口元を覆いながら、フレイは、
(まさか――『覇王色』の使い方次第では、実力差のある人間の意識だけじゃなく、『見聞色』も
――と。
念願の『見聞殺し』。その実現の為の貴重なヒントを手にしたかと思われたフレイではあったが、残念ながら考察の時間はそこまでだった。自分の頭上を、「何か」が猛烈な勢いで通り過ぎていったからだ。
「何か」とは何だ――ガープだ! 先ほどまで彼がカイドウと打ち合いを繰り広げていた場所に視線を遣れば、復帰したらしいビッグ・マムが、先のフレイと同じく、右の裏拳を振り切った姿勢で佇んでいるところだった。
恐らくは、カイドウとの打ち合いに夢中になっているガープの隙を突く形で不意打ちしたのだろう。その胸元には、先のフレイの『
何も、自身の『
が――そのふたりが、こちらを真っすぐに見つめながら、鏡合わせにしたかのように大剣と金棒を振りかぶっていることが問題だった。
「
「テメェがなクソガキぃ!!」
(~~っ! アレは……まずい……!)
迸る覇気。
鳴動する大気。
後ほんの数秒もしない内に放たれるであろう大技。
その威力を敏感に察知したフレイは、背筋に冷水を垂らされたかのような悪寒を覚えるが――しかし、すぐに気づいた。
自分と――その背後の海に着水したガープではないのだ。視線だけはしっかりこっちを向いているが、戦闘開始から今まで、『見聞色』による「未来視」を行っていたフレイはハッキリとそれを「
技を放つ直前でわずかに身体の向きを変え、フレイから見て左側――能力で作った氷の壁を背にした状態で、いまだに立つことすらできずにいるひとりの海兵へと「それ」を放つ、ふたりの大海賊の姿を。
直後に生じるは、地を穿つ衝撃。
宙を駆ける覇気。
舞い上がる鮮血に、弾け飛ぶ四肢。
流動する「
(狙いは……クザンか!)
戦闘開始から今まで、カイドウもビッグ・マムも、不自然なぐらいクザンを狙った攻撃が少ないなとは思っていたが――まさか、自分たちへの警戒が薄れるのを待っていたのか? あるいは単に、ここらへんで落としやすい駒からサッサと落としてしまおうという魂胆なのか?
想像するしかないが――いずれにせよ、当の本人は気づいていない! 2年前よりは格段に腕を上げたようだが、流石に未来視までは会得していないのか、あるいは先の自分の一撃によって『見聞色』に
しかも、視線までこちらに向けたままで、今まさに致命の一撃を放たんとしているカイドウとビッグ・マムには目もくれていないときている!
何をしてるんだ、サッサと立って逃げろ――クザンが中々立ち上がれないのは、先の自身のクロスカウンターが原因であるという厳然たる事実を棚に上げてそのように苛立つフレイではあったが、しかしすぐに、いや待て、と思った。それならそれで好都合なのではないか? と。
クザンが目障りという点では自分も同様だが、ここまでに何度か触れたように、『七武海』への就任をスムーズなものにする為にも、フレイには、あまり「政府側」の人間である
しかし、カイドウとビッグ・マムがかの氷結人間を勝手に仕留める分には何も問題ないのではないか? フレイはそう思った。
いくら言葉を尽くしても諦めてくれないのは明白だし、カイドウとビッグ・マムを何とかした後で沈める手間を考えれば、いっそここで息絶えてくれたほうが――と、普段の彼らしからぬ黒い思考を巡らせるフレイ。
また彼は、クザンを見捨てることによって得られるもうひとつのメリットにも気づいていた。それは、
(チャンスだ……! カイドウとビッグ・マムの『見聞色』……! 視線だけはこっちを向いてるけど、『網』の大多数はクザンに向かってる……! アイツに技を放った瞬間に突貫して、最大威力の『
自分を捕らえようと
(そうだ――何もためらうことはない! こっちが散々
――
「~~~~クソッタレっ!」
結局。
イングナル・フレイは、クザンを見捨てることができなかった――損得を超越したもっと根幹にある部分。天竜人の
そしてクザンは、そんな、自分にとっての大恩人の弟子。2年前、オハラでの戦いの際に知ったその情報だけで、フレイがカイドウとビッグ・マムではなく、クザンの元へと駆け出す理由としては十分過ぎた。
自分を救ってくれたガープの教え子を、彼の目の前(厳密にはまだ海に沈んだまま上がってきていないが)で見殺しにするなど、あり得ないことだった。
「なっ……!?」
今日一番の速さ――『
もしかしたら反撃しようとしたのかもしれないが、いずれにせよ遅過ぎた。フレイは、彼の顔面を片手で鷲掴みにし、最大出力の『覇王色』によってクザンの
「――『
名前の通り、本来は海底まで沈める勢いで掴んだ相手を地面に叩きつける技だが、今回、フレイはそれを「横」に向けて行使した。
必然、弾丸のような勢いで投擲され、水切り石のように何度も海面をバウンドしながらどんどん姿を小さくしてくクザン。海面を凍りつかせられる能力の特性上、あのまま沈んで息絶えることはないだろうと、フレイがそう思うのと同時だった――カイドウとビッグ・マムの「合わせ技」が、満を持して放たれたのは。
「「『
「――っ! 『
避けるのは――無理だ。クザンをできるだけ遠くに投げ飛ばすことに全力を注いだせいで体勢が不自然である上に、未来視で
故にフレイが選択するのは、回避ではなく防御。しかし、あまりにも時間がなさ過ぎた。ふたりが放った攻撃がこちらに届くまで、殆ど瞬き程度の時間しかなかった。黄金のオーラを素に球状のバリアを形成する『スヴァリンの楯』。これを発動させる暇もない。
それでも『武装色』を身に纏った上で、なんとか『六式』のひとつ、全身の筋肉を締め上げて文字通り鋼鉄と同等の耐久力を実現させる『
――――――――――――――――――――――――――――っ!! と。
あまりにも
「……っ! か……がっ……あっ……!?」
音という概念諸共消し飛ばす程の埒外の波動が、両脚を踏ん張ったフレイを含めた一帯を襲撃。
地面が抉れ、大気が弾け、音が消し飛び――それと殆ど同時に眼前で両手を交差させたフレイを襲う、人生最大の衝撃。
痛みを越えた痛み。あまりにも痛すぎて、逆にそれを感じられないレベルだ。
これは――マズイ。壊れた電球のように視界――というよりは意識が明滅し、全身の筋肉が悲鳴を上げ、何本もの骨から鳴ってはいけない音が聞こえた。
ガフッ! と吐血した顔が上半身諸共
黄金のオーラやそれで作った触手で何とか身体をガードしようと思っても、顕現させた端から消し飛ばされてしまって――ややあって、衝撃と轟音が収まった。
実際にはほんの数秒程度の被弾時間に違いないだろうが、フレイにはまるでそれが永遠の責め苦のように感じられて――そして、その効果は絶大で、
……自分を。
イングナル・フレイを、戦闘不能に
「あ……がっ……!」
「お……おい……!?」
「――プハッ! ハァッ……っ!? ……『豊拳』……!?」
口から漏れ出るのは、意味を成さない呻き声のみ。
自分が間一髪のところで助けられたという事実に気づいたらしいクザンと、海から顔を出したガープの戸惑いの声を、どこか意識の遠いところで聞くと同時に、ようやく痛覚という機能を身体が取り戻し始めたが――なんの意味もない。
四肢を含めた重要な部位の欠損などは見られなかったが、それでも、生命活動を維持する上で大事な何かが、恐ろしい勢いで身体の中から失われていくのが嫌でも自覚できて――そうでありながらも、それをどうにかすることができないというのがまた最悪だった。
明滅する視界。
慌ただしくオンとオフを繰り返す意識。
仰向けに倒れる身体。
明らかに小さく、か細くなっていく、自身の呼吸と――心臓の音。
(……く……そっ……! せっかく……『見聞殺し』の……コツが……掴めたと……思ったのに……! ……いや……まだ、だ……! まだ……おれは……)
やれる――そう言おうとしたが、喉の奥からはガラガラとした無意味な音が鳴るばかりで、わずかな声を絞り出すことすら叶わなかった。
意識が小さくなっていくのと反比例して、耐えがたい程の絶望感と敗北感が胸中を覆い始めたが、それでも何とか意識を繋ぎとめようとするフレイ。
具体的には、自身がこんなところで倒れている場合ではない理由。
身命を
(……ステューシー……ロビン……シャーリー……日和……ヤマト……しのぶ……)
(……オル……ビア……!)
――トサリ、と。
力を失った右手が地面に落ちるのと、辛うじて繋ぎとめていた意識が闇に落ちるのが、ほぼ同時だった。
その直前に見た、カイドウの、大量の苦虫を噛み潰したような表情がやたら印象的で――そして、すべてが終わった。
◆ ◆
『豊拳』イングナル・フレイ。
『百獣のカイドウ』。
『ビッグ・マム』シャーロット・リンリン。
海軍本部大将、『青雉』ことクザン。
『海軍の英雄』モンキー・D・ガープ。
5人の超人による、シャボンディ諸島66番
イングナル・フレイ――脱落。
正直、やっちまった感が半端ないです。文字数が過去最多であることもそうですが、まだ原作でもロクに説明されてない技を勝手に解釈した上で使ってしまうというね……。まあだからこその「独自解釈」「独自設定」のタグであってだから問題ないという言い訳もできそうではありますが。
しかし実際のところ、『見聞殺し』とはどういうプロセスで使われる技術なんでしょう? REDのファンブックの記述を見る限り、『覇王色』を何らかの形で応用するのは確かなようですが……。でもアレ、ほんの思いつきのメモ書きっぽい感じでしたし、何なら、この先ボツになって公式に出ない可能性さえあります。纏う覇王色と違って、どうしても「絵」による表現は難しそうですし。まあ、尾田先生ならどうにでもしてしまいそうではありますが……。『神避』を受けた時のおでんやキッドの、直前まで気づけなかった風な表情も気になりますね。
長々と失礼しました。ではまた次回の更新でお会いしましょ~。