※この作品はR-18です。

豊穣の王   作:イロゴト柿

31 / 46
第30話『見聞殺し』

「――それで? 何か具体的な勝ち筋はあるの?」

 

 またもや時は遡り、フレイが兼ねてから考えていたらしい「計画」――と言えるほどのモノではないかもしれないが――の全容を聞いてから数分後。

 

 すっかり夜の(とばり)が下りた時間帯。シャッキーが経営する酒場(バー)の店内にて。

 

 その隅にある丸テーブルに手を置いた上で、竿姉妹(オルビア)と共にソファに腰を下ろしながらも、元『世界政府』お抱えの諜報員(エージェント)にして、現在は『妖魔』の異名で指名手配されているスタイル抜群の金髪(ブロンド)美女――ステューシーは、まず真っ先にそのように尋ねた(離れた場所で座っているヤマトや日和といった他の仲間たちは、シャッキーとレイリーから、彼とロジャーたちの冒険譚を聞いては目をキラキラと輝かせていた)。

 

「流石のあなたでも、何の考えもなしに勝ちが拾えるような相手じゃないでしょう? あのふたり――カイドウとビッグ・マムを()()に相手取るとしたら尚のことよ。……あまりにもゾッとしない予想(はなし)だけど、可能性のひとつとして排除する訳にはいかないわ。前にも言ったと思うけど、あのふたりは、元は同じ海賊団の出身なんだから――イングナル・フレイ(あなた)という共通の『獲物』を理由に、一時的に手を組む可能性も十分に有り得るわ……」

「……んー……」

 

 質問の相手は当然のように、つい先ほどカイドウとビッグ・マムのふたりを、もうこれ以上自分たちを追い回さないよう「説得」してみせると豪語したイングナル・フレイその人で――ふたりの恋人(なかま)と向かい合うようにして同じくソファに腰を下ろした彼は、次のように答えた。

 

「勝ち筋っていうか――『コレ』さえできるようになれば、かなりの勝算が見込める、っていうのはある。……『見聞殺し』、っていう技なんだけど……」

「「何殺しですって?」」

 

 ステューシーとオルビアの戸惑いの声が見事にハモった。それを受けたフレイは「――『見聞殺し』だ」と粘り強く繰り返すと、

 

「技の名前は、おれが勝手につけた。他の誰かがそれを使っているのを見たり、聞いたりした訳じゃない。……だから、本当に()()()()()が可能なのかどうか、正直、かなり疑問なところはあるんだけど――」

「――とりあえず、それが具体的にどんな技なのかを先に教えてくれる?」

 

 ()れったそうに台詞を被せてきたステューシーに対して――そんな彼女に対してオルビアが、咎めるような視線を向けていた――フレイは、一度小さく吐息をついて見せると、次のように語り始めた。

 

「だいぶ前……具体的には、魚人島を出て『新世界』に入って、ワノ国を目指すおれたちの前に突然現れた『ビッグ・マム』が、おれたちを追いかけ回すようになった辺りからだな――時々、『変な物』が見えるようになったんだ」

「変な物……?」

 

 小首を傾げるステューシーに対して、フレイは一度「ああ」と首肯して見せると、更に、

 

「何本にも束ねた蜘蛛の糸……というか……(もや)……? とも違って……とにかくそれが、アイツの頭部を中心として四方八方に広く、大きく伸びた状態で宙に揺蕩(たゆた)っていて……。しかも、よくよく見れば、おれの頭からも同じ物が伸びていて――そこでようやく気づいたんだ。『アレ』はきっと、『見聞色の覇気』――それを、おれが無意識の内にイメージして可視化したものに違いない、って」

「『見聞色の覇気』……確か、対象の行動を先読みしたり、周囲の気配(こえ)を聴き取ったりする技術(わざ)だったかしら? 私はまだ習得できてないから、今いちよくわからないけど……」

「それでおおよそ間違いはないわ。……間違いはないけど――」

 

 隣のオルビアの台詞に対して一度頷いて見せた後で、ステューシーは改めて妙なことを言い始めた愛する男(フレイ)に視線を戻すと、次のように尋ねた。

 

「――()()()()()は流石に聞いたことないし、見たこともないわね……。『見聞色』の可視化なんて……。いや、というより……」

 

 ステューシーは眉をひそめた。

 

「……『それ』が見えたとして――何なの? それが、さっきあなたが言った『見聞殺し』っていう技に繋がるの? というより、そもそも『それ』が本当に、『見聞色』を可視化したものだって確証はあるの? 根拠は?」

「言うまでもないけど」

 

 フレイが淡々と言った。

 

「その(もや)? だか蜘蛛の巣? みたいなものは、さっきも言ったように、おれが無意識下で一方的に可視化(イメージ)したもので、それに身体が触れ――というよりは、重なったり貫いたりしたところで、互いに何か物理的な干渉を及ぼす訳じゃないし、そもそも、見えてない人間(ヤツ)は気付きもしない。実際、おれの頭から出ている『それ』がビッグ・マムとかカイドウの体を貫いたりしても、連中はなんの反応も示さなかったしな――だけど……」

「だけど?」

 

 コテン、と小首を傾げた状態で呟かれたオルビアからの催促を受けて、フレイは、

 

「――だけど、途中で気づいたんだ。その(もや)? だか蜘蛛の巣――ああいや、もう面倒だから、『網』って呼ぶことにするか。『見聞色の網』だ――は、不規則……無秩序に揺蕩っている訳じゃない。基本的には、周囲の人間に向かって複数本、束ねられた状態で伸ばされてるんだ。どれくらいの数を束ねているかは、相手や状況によって違っていて――実際、ビッグ・マムたちを相手にそれが見えるようになった時も、アイツの頭から出ている全ての『網』の内の8割近くはおれの体を貫いていて、それ以外の細々とした『網』は、周囲を意味もなく揺蕩っていたり、時折、おれ以外の仲間(おまえら)の体を貫いていたりしていた訳だけども……」

 

 ここで一旦、フレイは何かを考えこむように口元を片手で覆って目を伏せると、

 

「……そういう光景を何度も見ている内にやがて気づいたんだ。おれの攻撃が『見聞色』で相手に予知されるのは、決まって、連中から出ている『網』が、おれの体に触れているか貫いている時だってことに。逆も然りだ。おれの頭から出ている『網』が――当然、『見聞色』によって()()()()や方向性はコントロール可能だ――連中の体に触れたり貫いたりしていた時だけ、おれはそこからくる攻撃を予知することができて……。一方で、そうじゃない時――運よく連中の『網』から逃れた状態で繰り出した攻撃だけは、決まって不意をつくことができた。要するに……」

「あなたは、それを狙ってできるようにしたいってこと?」

 

 相変わらず眉をひそめたままのステューシーが、愛する男の台詞を奪った。フレイは頷いた。

 

「相手から出ている『網』を徹底的にかわして、逆に、こっちの『網』だけは相手を捕らえ続ける。そうすれば、相手の『見聞色』を封殺(ころ)した上で、そうした相手の動きだけを、こっちが一方的に予知、あるいは予見し続けることができて、そうすれば――それさえ自由自在にできるようになれば、()()()()、どんな状況で、どんな連中を相手にしようとも、自由に戦況をコントロールし、支配することができる。それが――」

 

 ――自分が考える『見聞色』のある種の究極形、『見聞殺し』だ、と。

 組んだ両手をテーブルの上に置いた状態で、恐らくは無意識の内に淡い金色のオーラを全身から立ち上らせながら。

 イングナル・フレイは、そう言った。

 

「「…………」」

 

 が。

 しかし――

 

 

  ◆          ◆

 

 

 ――果たして、()()()()の最中に『見聞殺し(それ)』を習得できる見込みはあるのだろうか?

 

 どころか――仮に習得(それが)できたところで、()()()()()()()()を支配できるのか? と、『現在』に意識を戻したステューシーの胸中は、疑問と不安で一杯だった。

 

 「窮地(きゅうち)の中でこそ、覇気は開花する――って、レイさんが言ってた」とはフレイの談であり、だから希望がない訳じゃないと彼は語っていたが、ステューシーはとてもそこまで前向きな考えにはなれなかった。状況は、想定していたものよりもずっと悪かった。

 

「……フレイっ……!」

 

 心配そうに相貌を歪ませながら、愛する男の名を呼ぶステューシー。

 

 場所は変わらず20番台GR(グローブ)の海辺。

 

 オルビアとロビンの母娘、人魚のシャーリーに、しのぶ、日和、ヤマトの和美女トリオといった、自分以外のフレイの恋人(なかま)たちの他に、ハンコック、サンダーソニア、マリーゴールドの幼き『ゴルゴン三姉妹』と、暴走した彼女らを迎えに来た女ヶ島『アマゾン・リリー』の現皇帝代理、『グロリオーサ』を筆頭とした『九蛇海賊団』の面々。

 

 『七武海』の座を狙うフレイの「知名度」稼ぎをサポートする為に自分が呼んでおいた『世界経済新聞社』の鳥男モルガンズに――かつて、『海賊王』の右腕として活躍した伝説の男『シルバーズ・レイリー』と、その相棒(ゆうじん)にして、元九蛇海賊団の船長兼、アマゾン・リリーの元皇帝でもある『シャクヤク』ことシャッキー。

 

 そうした面々と共にステューシーは、遠方に見える大型のスクリーンへと視線を向けていて――そこには、カイドウやビッグ・マムだけではなく、最近「大将」の座に昇りつめた『青雉(クザン)』に、あの『海賊王』と幾度となく互角以上の戦いを繰り広げて来た『海軍の英雄』ことガープ中将といった、錚々(そうそう)たる面子を相手に大立ち回りをする自分たちの『王』、イングナル・フレイの姿があった。

 

 ……目立った怪我こそ負ってはいないものの、額からはひと筋の鮮血を滴らせ、荒い息をつき、着ていたTシャツをハンコックに渡した関係で露出させた細身ながらも引き締まった上半身を、大量の汗によって光らせる美丈夫の姿が。

 

 明らかに疲弊し、消耗していた――物心ついた頃から3種の『覇気』を使いこなし、2年前には当時中将だったクザンとサカズキを打倒せしめた上で『バスターコール』を攻略し、その数ヶ月後には、ロビンとオルビアの身柄を狙ってやってきた『金獅子』さえも(何とか)追い払って見せた「神童」である()()イングナル・フレイが、である。

 

 この面子が相手では無理もない――そう思ったステューシーは唾を飲み込んだ。

 

 カイドウ、ビッグ・マム、青雉(クザン)、ガープ。誰かひとりだけでも、神童(フレイ)でさえ確実に勝てるとは言い切れない怪物。

 

 それが4人! 厳密には――各々の立ち回りを見る限り――何故か、ガープだけがフレイを狙っておらず、それどころか彼を率先して倒そうとしてるクザンを度々妨害し、(いさ)めているようだったが、そのような僥倖(ぎょうこう)を考慮しても全然油断はできない。先ほども述べたように、想定していたよりも状況はずっと悪いのだから。

 

 ステューシーたちが考えていたもっとも都合の良い展開は、ビッグ・マムとカイドウが結託せず、時間差でやって来たふたりを順番に撃破し、そうした戦闘を治める為に「大将」などがやって来た時には、既に政府がフレイの『七武海』就任を決定している、というものだった。

 

 無論、こんな楽天的という言葉ですら足りないような展開が現実のものになるとは、初めから考えていない。

 

 「大将」たちがやって来る前に、だなんて――カイドウもビッグ・マムも、どちらもそんなアッサリ倒せるような相手ではない上に、よしんばそれができたところで、お堅い政府の高官たちがそんな超スピードでフレイの『七武海』就任を可決するとも思えない。

 

 それでも、その可能性を少しでも上げる為に、リアルタイムで政府高官(かれら)に戦果が伝わるよう昔の知り合いであるモルガンズにタレコミをしたり、フレイが気兼ねなく戦えるよう――その間の彼の恋人(なかま)たちの護衛を、かの『冥王』が務められる、このシャボンディ諸島での決戦を受け入れたステューシー。

 

 ……ではあったのだが、

 

(まさか、天竜人との間でトラブルを起こすことになるなんて……!)

 

 ステューシーは歯噛みした。そのせいで、「大将」が来るタイミングがグッと早くなり、カイドウとビッグ・マムの結託および同時襲来という()()()()()()()()最悪の展開だけではなく、その上『海軍大将(クザン)』と『英雄(ガープ)』までやって来るという、()()()()の逆境に立ち向かうハメになってしまったのだ。

 

 光明があるとすれば、前述したように、ガープがフレイの味方――というのは流石に早計だろうが、それでも明確に敵対している訳ではない――らしいのと、戦いの直前に、今回の戦闘(これ)を乗り切れたら『七武海』の就任を約束するという言質(げんち)を、()()『五老星』から取れたということぐらいだが……。

 

 それが気休めにしかならないぐらいに、状況は悪かった。

 これはもう殆ど作戦失敗と言っても過言ではないのではと、そんな考えが頭を過ぎってしまう程に。

 だからこそステューシーは、

 

「――ヤマト」

「う――うん?」

 

 不意に名前を呼ばれ、胸の前で両手を握って固唾を飲みながらフレイの戦いを見守っていたヤマトが、キョトンとした表情をステューシーに向けた。

 

 ステューシーもまた、そんなヤマトにチラリと横目に視線を()った上で――こう言った。

 

「……念のため、いつでも加勢に――いえ、救助に向かえるように準備しておきなさい」

「えっ……?」

 

 こちらの言葉が聞こえたらしいレイリーが眉をひそめ、承服しかねる、とでも言うような視線を向けてくるのを無視しながら、ステューシーは更に、

 

「フレイが、それを望んでないことはわかってるわ……。途中で乱入なんてしてしまったら、カイドウとビッグ・マム、それから政府に対して何とか取り付けられたらしい『約束』が反故(ほご)になって、今後一切こういったチャンスが訪れないようになってしまうということも……。でも……」

 

 脇に下げた両手をギュッと固く握り締めて拳を作りながら、彼女は、

 

「それでも――『万が一』の展開を受け入れるよりは百倍マシだわ。今更言ったって仕方ないでしょうけど、やっぱり今回の作戦は色々と無理があったのよ。でも――逆に言えば、それは、然るべき周到な作戦さえ立てれば、フレイならきっと何とかできるということ。……しのぶの『能力(ジュクジュク)』のお陰で、肉体の成長と共に、あなたが生まれ持っていた実力(さいのう)も相当引き出されている。私と協力すれば、フレイひとりを連れて離脱することぐらいは、あるいは可能かもしれない――だから」

 

 「その時」がきた時の為に、覚悟を決めておきなさい――と、そう言って。

 

 ステューシーは改めて、遠方のスクリーンへと視線を戻した。

 

 上半身裸の状態で汗と泥に塗れながらも、恋人(じぶん)たちの安寧の為に奮闘する、愛する男の姿へと。

 

 

  ◆          ◆

 

 

 一方――件の激戦の舞台となっている、66番台GR(グローブ)

 そこでは丁度、自身の寿命(ソウル)を与えることで意思を持たせた巨大な炎塊――『プロメテウス』を振りかぶったビッグ・マムが、凶悪な笑みを浮かべながらも眼下のフレイを睨みつけていて、

 

「ハァっ……ハァッ……! 相変わらずしぶてぇな、『豊拳』……! まぁ、いつもみてえに速攻でトンズラをかまさねえだけマシか? とはいえ、だったらだったで――いい加減、おれの(モノ)になっちまえよ! そうすりゃ、お前が大事にしてる仲間共々、おれが匿ってやるからよぉ!? 天上の(ヘブンリー)――」

「……それで、お前が産んだおれとの子が政略結婚に利用されたり、お前と一緒にあちこちの海を荒らし回るのを黙って見てろってのか!? 冗談じゃない! 嵐脚(ランキャク)――」

 

 これまでにもウンザリするほど聞かされてきた求婚(かんゆう)の言葉。

 

 それと共に、サイドスローの要領で巨大な炎塊を投げ放とうとするビッグ・マム。それを直前に予知(さっち)したフレイは、同じく片足を大きく背後へ振りかぶると、

 

「――(フォイア)ぁっ!!」

「――龍断(ろうだん)』・『焔裂き』っ!!」

 

 とてつもない勢いで投げ放たれるは、中型船程度なら丸ごと包み込んで消し炭にしてしまいそうな程の、小さな太陽とも言うべき炎塊。そしてそれを、天まで昇らんとする鎌風を纏った蹴り上げによって真っ二つにするフレイ。

 

 これによって、もっとも被害を受けた炎塊そのもの――プロメテウスが、当然のように空気を裂くような悲鳴を迸らせることとなって、

 

「……っ!? イデェ~~っ!? くそ~~っ! 駄目だママっ! やっぱりコイツに、(おれ)の技は、もう……!」

「チィッ――「どいてろ! リンリンっ!」――っ!」

 

 『特別』な従者(ホーミーズ)の内の1体を真っ二つにされたことで――程なくして元に戻りはしたが――舌打ちするビッグ・マム。

 

 そして、その頭上を飛び越える形で飛来し、その体躯に見合うだけの巨大な金棒を振りかぶりながら肉迫するのは――彼女と並ぶ大海賊のひとり、『百獣のカイドウ』。

 

 青い鱗と元々生えていた角の間から、更に2本の縦角を生やした『獣人型』となりて彼が繰り出すのは、黒雷を纏った文字通り『必殺』の一撃――!

 

『咆』――『雷』――!」

「……っ!? 『紙絵(カミエ)』!」

 

 ゾクリっ……! と寒気を覚えたフレイは、どちらかと言えば普段はあまり使わない、『六式』の回避技を使用。

 

 相手の攻撃を見切り、ギリギリまで引きつけた上で最小限の動きでかわすという技で――しかしそれにしては、やや使用するタイミングが早過ぎた。

 

 カイドウはまだ振りかぶった金棒に黒雷(はおうしょく)を纏わせ始めただけで技名も言い終えていないし、現に彼は、何のつもりだとばかりに眉をひそめていて――直後に、それは驚愕の表情へと変貌を遂げた。

 

 理由は明白。正しく、宙を舞う紙きれのようにヒラリと身体を翻したフレイの背後から、3本の氷の矛が飛び出したからだ。

 

 『アイス(ブロック)両棘矛(バルチザン)』――最近「大将」に昇進したらしい『青雉』ことクザンの技である。

 

 事実、フレイの後方数メートルの位置には、彼に向けて両腕を交差させたクザンの姿があって――フレイがチラリと見やれば、放った3本の氷槍の内のどれひとつとして被弾しなかったこちらの姿を見たクザンが、実に忌々しそうに舌を鳴らしていた。

 

 要するに、先ほどフレイが寒気を感じたのは、カイドウとビッグ・マムに傾倒しかけていた『見聞色』が、すんでのところでかの将校の攻撃を察知したからだった。

 

(あ……ぶなかった……! おれの見聞色(いしき)カイドウとビッグ・マム(こいつら)(かたよ)るのを待ってたのか!? こっちが何とか『網』を搔い潜って『見聞殺し』を会得しようとしてるのに……! これじゃあ立場が逆じゃねえか……!)

「チイィィッ!」

 

 フレイが苦々しい思いを抱いていると、同じぐらい不愉快そうな表情を浮かべた上で舌打ちしたカイドウが、フレイに繰り出そうとしていた大技を中断し、眼前まで迫っていた3本の氷の矛を、金棒による無造作なひと振りのみで纏めて砕いた。

 

 それが太陽の光を反射し、キラキラとした透明な飛礫(つぶて)となって地面に落下するよりも先に、カイドウは、血走った両目をクザンに向けると、次のように吠えた。

 

「テメエ……クザン――いや、『青雉』ぃ! 邪魔すんじゃねえよ……! おれたちゃあ、オメエみてえな『青二才』に用はねえんだっ!!」

 

 しかし、クザンは答えなかった。というより、応答(そう)するだけの暇がなかったのだろう。事実この時の彼は、同じく先の攻撃に対して不満を持ったらしいガープによって胸倉を掴み上げられていて、

 

「おいクザン――さっきから言ってるだろうが! 一旦『豊拳』は置いとけ! 今はとにかく、カイドウとビッグ・マムを抑えるか、この諸島(しま)から追い出すのが先決だ! ある程度分別がある『豊拳』とは違って、あのふたりは、市民への被害も一切躊躇しねえぞ! お前も海兵なら――」

「――ワリィけどよ、ガープさん」

 

 ガープの主張を遮る形で、クザンが言った。

 

「海兵ならって話なら、尚のこと『豊拳』の確保を最優先すべきだろ――なんてったって、おれは正にそういう『勅命』をマリージョアの『天竜人』たちから受けてんだからよ。……自分たちに無礼を働いた輩に目に物を見せてやれ、ってな」

 

 地面に着地し、油断なく『見聞色』を展開しつつも、フレイが口論するふたりの海兵へと視線を向ければ――ちょうど、相変わらず弟子(クザン)の胸倉を掴んだままのガープが、その額にビキリと青筋を浮かび上がらせているところで、

 

「テメエ……! ()()()()()()()おれの前で、あの『ゴミクズ共』のご機嫌を取るのかよ……!? つーか、連中の事情なんざどうだっていいって、オメエもさっきそう言ってただろうが……!」

「……ああ、ああ。そうだ、そうだよ。おれはただ、『豊拳』を捕まえてぇだけだ。さっきのは、ただの方便だよ」

 

 実にアッサリと前言を撤回した後で、クザンは、胸倉を掴まれた状態のまま次のように述べた。

 

「さっきも言ったがよ、アイツを捕まえねえことには、おれの海兵としての人生はスタートしねえんだ――おれがあの『オハラ』の事件で敗北してから、どんな思いで過ごしてきたか知ってるよな? ……アンタ、弟子がリベンジする機会を奪う気かよ?」

「縛られるな! 馬鹿め!!」

 

 ガープは一顧だにしなかった。

 

「『今を生きろ』と教えた筈だっ!!」

「あんだけひとりの海賊(ロジャー)にこだわってたアンタがそんなこと言っても、説得力ねえってんだよ――頼むから、邪魔しねえでくれ!!」

 

 ズシンっ……! と、重くて大きい何かが地を揺らす音がフレイの耳に届いた――ビッグ・マムの隣に立つ形で、カイドウが地面に降り立ったのだ。

 

 ふたりもまた、この状況下でギャーギャーと言い争いをしている海兵×2に対して、心底面倒だとでも言いたげな視線を向けており――ややあって、ビッグ・マムが次のように述べた。

 

「『青雉』……存外邪魔だねぇ。『豊拳』だけを狙って、アイツの見聞色(いしき)を散らしてくれるならそれで構わねえと放置していたが――それを利用されてさっきみたいな不意打ちをされちゃ敵わねえ。アイツの能力のせいで、いつの間にか周囲のアチコチも氷漬けになってるし――時間が経てば経つほど、青雉(アイツ)にとって有利な状況(フィールド)になっちまうよ」

「……おれもテメエも『炎』を使えるんだ。別に問題はねえと思うが――まあ、目障りだって言いたいんなら同感だ」

「…………」

 

 そんなふたりの会話を耳に入れながら、フレイはひと息ついた。期せずして設けられた戦闘の隙間。その間にフレイは呼吸を整え、更に、今一度戦況を整理した――具体的には、各々の立ち位置と目的の再確認で、フレイが認識している限りでは、それはざっと以下のようなものだった。

 

 『百獣のカイドウ』――ひとり娘(ヤマト)を奪い、更にはしのぶの「能力」によって無理矢理大人にさせた彼女を手籠めにしたフレイを、とにかく殺してやりたい。

 

 その上で、『歴史の本文(ポーネグリフ)』を読めるニコ親子を手中に収めたい。現状、フレイがもっとも多くの見聞色(いしき)を割くべき危険な相手であり、かつて同じ釜の飯を食った関係か、時折ビッグ・マムとの連携技まで繰り出してくる、厄介極まりない存在だ。

 

 20年前の『ゴッドバレー事件』の一件から、その最大の功労者であるガープの動きを常に警戒しているが――そうでなければもっと苦戦を強いられていただろう、とフレイは思った。

 

 『ビッグ・マム』シャーロット・リンリン――カイドウとは違い、フレイを殺そうとまでは思っておらず、あくまでも夫にした上で子種(たね)を絞り取ることに執着している。

 

 そういう意味では、自分が夫にする予定の男を殺そうとしているカイドウはある種邪魔な存在の筈だが――何故か、互いに妨害し合ったりすることは殆どなく、それどころか時折、前述したようにカイドウとの連携技まで繰り出してくる始末で、同じように厄介極まりない。

 

 暗黙の内に何らかの妥協案を共有しているのか? とりあえず、仲間割れを期待するのは無理そうだ、とフレイは思った。また当然のように、彼女もガープのことは常に警戒していた。

 

 クザン――純粋な戦闘力で言えば先のふたりよりはわずかに劣るが、だからといって警戒しなくていいということは全くなく、『ヒエヒエ』の能力(ちから)による範囲攻撃および拘束力には常に一定以上の警戒が必要。事実、先ほどはそれを怠って危うく串刺しにされるところだった。

 

 目的は自分に対してリベンジを果たすことらしいが、その心は「殺害」か「捕縛」か――言葉としては「捕らえる」という表現を何度か使っているが、そもそも輸送するべき軍艦が見当たらないし(まだ来てないだけかもしれないが。恐らくは彼とガープだけが、先立って急行してきたのだろう)、いざとなれば、きっと殺すことも躊躇わないだろう。

 

 かと言って当然、カイドウやビッグ・マムの味方という訳ではなくて、隙あらばちゃんと彼らにも攻撃している――あくまでも、自分の獲物を横取りされない為の牽制、という形でのものが殆どではあったが……。

 

 先立って意外と頭脳派な一面もあるビッグ・マムが言ったように、既に周囲のあちこちはその能力(ちから)によって氷漬けになっていて――『氷結(ヒエヒエ)』の能力者である彼のこと、放置すればするだけ、後で倒すのが難しくなるだろう。

 

 チャンスがあれば瞬殺したいし、恐らくやろうと思えば不可能ではない程度の実力差が、まだ自分と彼との間にはある――が、こちらの目標が『七武海』である以上、「政府側」である海軍大将(かれ)を必要以上に痛めつけるのは絶対にマズイ。妙な摩擦が起きるどころか、『五老星』と交わした約束自体なくなりかねないからだ。

 

 そういう意味では、カイドウやビッグ・マム以上に厄介で悩ましい相手だ――少なくともフレイはここまで、このふたりに対しては殺すつもりで技を繰り出していた。無論目的が「始末」ではなく「説得」であることは依然として変わりないが――ふたりの実力を考慮した場合、それぐらいがきっと丁度いい、と思ったが故にだ。

 

 ガープ――どういう理由かは彼のみぞ知るだが、とにかく、何故か自分を、恋人(なかま)たち諸共海兵(ぶか)にしたがっている。

 

 それはもしや、こちらの正体が、20年近く前に自分が救った元奴隷の子供であると気づいているからなのか――いやそもそも、そのことを憶えているのかどうか? だったり、それに対する20年越しのお礼を言いたかったりと、聞きたいことも言いたいこも山のようにあるフレイではあったが、流石に今は状況が状況なだけにグッと(こら)えることにした。

 

 ……この戦いを乗り越えて無事に『七武海』にさえなれれば、時間も機会もきっといくらでもあると、そう思って。

 

 とにかく、そういった(勧誘目的の)事情もあってか、自分を率先して仕留めんとするクザンを抑えようとしているが――失礼ながら――意外にも「ぶん殴ってでも」、というスタイルではない。

 

 ……聞き分けの悪い弟子への鉄拳制裁を躊躇するような性格だとは思えないが? あくまでもクザン自身の意思で行動を改めて欲しいという気持ちの顕れだろうか?

 

 個人的には、さっさとお得意の拳骨(ゲンコツ)弟子(クザン)を沈めて貰い、こちらの負担を減らして欲しいというのが本音だったが――その一方で、カイドウとビッグ・マムを相手取る自分に対しての、過剰な手助けはしないで欲しい、ともフレイは思っていた。

 

 何故か? そんなことをすれば、仮にカイドウとビッグ・マムを「説得」できたとしても、自分ではなくガープの手柄となり、『七武海』への就任が叶わなくなる可能性が出てくるからだ――今回の件で、フレイがレイリーに助太刀を求めない理由と一緒である。

 

 『五老星』は、あくまでもカイドウ、ビッグ・マム、海軍大将の襲撃を何とか「攻略」して見せれば『七武海』の一席を約束すると言い、詳細な手段については問わなかったが、流石に第三者の手を借りてそれを成すのを良しとはしないだろうと、そう思って、

 

(くそっ……!)

 

 心中で毒づきつつ、額から流れるひと筋の鮮血を片手で拭った後で、フレイは小さく嘆息した。状況は明らかに悪かった。これだけの猛者たちを一度に相手取ることになるとは思っていなかったというのもそうだが、例の、『見聞色の網』――これを振りほどくことか、一切できなかったのだ。

 

 少なくとも、『(ソル)』などの技によって、機動力にものを言わせて振りほどける類のものでないということは確かで――というより、ある一定以上の『見聞色』の使い手が相手となると、「速さ(それ)」は殆ど意味を成さない。そうする前に初動や行き先を把握されてしまうからだ。

 

 自身の体に纏わりつくカイドウやビッグ・マム、更にはクザンたちの『網』、『網』、『網』――フレイが無意識化で可視化(イメージ)したものである為、振り払ったり千切ったりすることも当然できず、これではやはり、『網』というよりは蜘蛛の糸と言ったほうが正確かもしれない――と、フレイはそう思った。

 

 かと言って、他にどうすれば『見聞色の網(それ)』から逃れることができるのか? と自問すれば全く見当がつかなくて。

 

 何もかも浅はかだった、という思いが嫌でも湧き上がってきた。ワノ国での敗走以降自分なりに考えてきた、恋人(なかま)たちとの安寧の日々を勝ち取る為の計画。自分なりに脳味噌を振り絞って考案し、ステューシーやオルビアらとも煮詰めたそれが、とんだ子供だましの愚策のように思えてきた。

 

 心のどこかで、ワノ国での敗走は、ヤマトや負傷したステューシーたちを抱えていたからだと言い訳していた。まったくの無関係ではないだろうが、そんなハンデの有無が決定的な難易度の下方修正に繋がる訳ではないと――カイドウもビッグ・マムも、そんな甘い相手ではないと、ちゃんとわかっていた筈なのに……!

 

 せめて、誰が相手であろうと1対1の連戦であれば――そうでなくとも、海兵(クザン)たちの到着がもう少し遅ければ――あるいは、『見聞殺し』に()らずとも勝利を収められたかもしれないが、今となってはそんなことを嘆いても仕方ないし、何なら、本当に『見聞殺し(そんなこと)』が可能なのかさえ怪しい。

 

 習得を諦め、別の策を考えるべきか? ここまでの間に、フレイは一度ならずともそう思った。ステューシーが言ったように、自分の作戦は笑止千万の子供だましのような無謀な試みだったのか? と。

 

 ――“疑うな”。

 

 フレイはキリリと奥歯を噛み締めた。ここまでに何度も心中で繰り返してきた言葉を今一度反芻(はんすう)した。

 

 自分が思い至った『見聞殺し』が実現可能な技術かどうかはさておき、仮に可能だったところで、今のように「疑った」状態では夢のまた夢の話だと確信していたからだ。

 

 「疑わないこと」――それこそが『覇気』を扱う上での大前提だと、知っているが故に。

 

 だからこそ、

 

「……豊穣の樹(ユグドラシル)!!」

 

 先手必勝。

 今回の戦闘が本格化する前に、クザンの『氷河時代(アイスエイジ)』を相殺する為に発動させた同名の技。それによって生まれた大量の黄金樹――足元にあったその根の1本を掴むと、そこに改めて自身の生命力(エネルギー)を流し込むことによって、それの増大と形体変化を図ったのだ。

 

 即興だったが、上手くいった――ここまでの戦いで所々が氷漬けになったり砕かれたり焼かれたりしていた黄金樹は再度その体積を増やしては形を変え、極太の黄金の槍となってカイドウとビッグ・マムに襲い掛かり、それが戦闘再開の狼煙となった。

 

 当然のように応戦し、迫りくる黄金の根を打ち払うカイドウとビッグ・マム。

 

 ふたりに見聞色(ちゅうい)を割くフレイの隙を突く形で、彼に向かって『ヒエヒエ』の力を行使する青雉(クザン)と、いよいよそれをぶん殴ってでも止めようとしつつも、時にはその圧倒的拳撃でカイドウとビッグ・マムへの牽制も行うガープ。

 

 大気を震わせる衝撃。

 周囲を迸る黒雷(はおうしょく)

 鉄をも溶かす程の業火。

 魂まで凍らされてしまいそうな程の氷結。

 海を割る斬撃。

 大地を砕く金棒、拳撃。

 そして――煌めく黄金のオーラ。

 

 戦いは一層激しさを増し、世界の終わりを連想させる程の激闘の様子を、60番台GR(グローブ)のあちこちに仕掛けられた小型の『映像電伝虫』が世界中へと配信していたが、当然、そんなことに気を配る程の余裕は、現在のフレイにはなくて――錚々(そうそう)たる面子との激闘によって、既に彼の限界は目前まで来ていた。

 

 カイドウとビッグ・マムも相応に疲弊しているが、一時的に結託している分、ふたりの消耗は少ない。先に膝を着くとしたらきっと自分のほうだろうと、フレイにはわかっていた。悔しいが、ガープの存在が牽制となっていなければとっくにそうなっていただろう、とも。

 

 一体どれだけの時間が経っただろうか? 何時間も経ったのか――それとも、数分も経っていないのか? 一瞬の油断が命取りとなる人知を超えた技の応酬のせいで、とうの昔にフレイの神経はすり減り、時間の感覚も曖昧になっていた。

 

 それでも、彼ひとりだけが一方的に消耗していた訳ではなく――全員だ。カイドウも、ビッグ・マムも、クザンも、ガープも、相応に疲弊していた。

 

 それでも誰ひとりとして致命傷を負っていない辺りは流石と言うべきか――しかし、この均衡は薄氷のものであることを、フレイは察していた。

 恐らくは、他の面々もそうだろう――と、そう思って、

 

「ぐうううぅぅっ!?」

「ハァッ……! ハァッ……! いい加減くたばれ――氷拳(アイスグローブ)!!」

 

 何とかフレイが渾身の『六王銃(ロクオウガン)』によって、頭髪を炎のように燃え上がらせたビッグ・マムを、覇気を纏った金棒と拳による打ち合いを繰り広げているカイドウとガープの更に向こう側へと吹き飛ばした直後だった。

 

 相変わらず自分へのリベンジを最優先として視界の左側から迫ってきたクザンに対して、フレイはいい加減ウンザリだとでもいうような表情を向けると、

 

「そうもいかねえんだよ……! つーか、おれは『七武海』を狙ってる関係上、お前とガープさんには手を出しにくいんだから、いい加減――」

 

 そう言いつつも、氷と覇気の両方を纏ったクザンの左ストレートを首を捻って避けたフレイは、その動きの勢いそのままに、『指銃(シガン)』の速度で撃ち出す(パンチ)、通称『獣厳(ジュゴン)』を、『覇王色』を纏いながらライトクロスのカウンターとして撃ち放とうとしていて――その結果、

 

「――空気を読んで退()いてろ! この針金野郎!!」

 

 ドゴウゥンッ! という、とても人の拳によって鳴らせるとは思えない重厚な打撃音が周囲に響き渡り、フレイの手痛い反撃を顔の左側面にモロに受けたクザンは、そのまま海に向かって吹き飛ばされ――「能力者」にとっては「死地」に等しいそこへと達する前に、何とか『ヒエヒエ』の能力(ちから)を行使した彼は、まだ体が陸地の上にある内に、氷の壁を作ることによって入海を阻止。

 

 したたかに背中を打ちつけると同時に、ゴフッ……! と吐血した後で、心底忌々しそうに、右拳を振りかぶった状態で静止しているフレイを見やると、

 

「くそっ……たれが……! まだ、こんな余力を残して……!」

 

 言いつつ、立ち上がろうとするクザンではあったが、先の一撃が「いいところ」に当たったのか、その細い両脚を小鹿のように震わせていて――しかし、そんな彼に対して、フレイは追撃を加えなかった。

 

 たった今言ったように、『七武海』に就任するに当たっての遺恨を、できる限り残したくないというのも無論あるが、単純にそれどころではなかったからだ――突如、視界の右端から、得体の知れない「何か」が迫ってきたのを感じたからだ!

 

 マズイ――フレイは瞠目した。『見聞色』を怠ったか、あるいは神経をすり減らす攻防を続けたことで単純に精度が落ちたのか?

 

 いずれにせよ、回避は間に合わないと瞬時に判断したフレイは、まだ『覇王色』を纏ったままの拳を振るうことで、正体不明の「それ」を打ち消した――と共に、拍子抜けした。

 

 それは、別に何らかの形ある攻撃という訳ではなく、少し前からフレイが目にするようになっていた、例の『見聞色の網』に他ならなかったからだ。カイドウか? ビッグ・マムか? 注視する前に打ち消してしまった為、判断がつかなかったが――とにかく。

 

 自分に向けて放たれた見聞色(それ)に、特に害のない幻覚(それ)に、みっともなく過剰反応してしまったフレイは、大袈裟にも『覇王色』を纏った裏拳で打ち消してしまい、それによって大いなる羞恥心を覚えて――って、

 

(……っ! いや……ちょっと待て……!)

 

 ()()()()()

 

  ……いや、見間違いではない! フレイは再度瞠目した――今まで振りほどこうにも振りほどけず、千切ろうにも千切れなかった『見聞色の網』が、確かに宙で霧散していたからだ。

 

 時間と共に徐々に形を取り戻しつつあるようだが、それでも、一時的とはいえ『見聞色』を阻害できたのは紛れもない事実で――これはどういうことなのかと、フレイの脳味噌が目前の事象の答えを導き出す為に、かつてない程の稼働率を見せた。

 

 今までにも鬱陶しい蠅に対してそうするように手で払おうとしたことはあるが、()()はならなかった。

 

 では、その時と今回の違いは何か? 圧倒的な集中力によって極限にまで圧縮された時の中で、フレイは考えた。考えて――すぐさま結論が出た。『覇王色』だ。

 

 『覇王色』が鍵なのだ。それ以外にあり得ないと、フレイはそう思って――直後に、ピンと来た。

 

(まさか……!)

 

 思わず片手で口元を覆いながら、フレイは、

 

(まさか――『覇王色』の使い方次第では、実力差のある人間の意識だけじゃなく、『見聞色』も威圧する(おさえる)ことができるのか!? もしそうだとしたら――)

 

 ――と。

 念願の『見聞殺し』。その実現の為の貴重なヒントを手にしたかと思われたフレイではあったが、残念ながら考察の時間はそこまでだった。自分の頭上を、「何か」が猛烈な勢いで通り過ぎていったからだ。

 

 「何か」とは何だ――ガープだ! 先ほどまで彼がカイドウと打ち合いを繰り広げていた場所に視線を遣れば、復帰したらしいビッグ・マムが、先のフレイと同じく、右の裏拳を振り切った姿勢で佇んでいるところだった。

 

 恐らくは、カイドウとの打ち合いに夢中になっているガープの隙を突く形で不意打ちしたのだろう。その胸元には、先のフレイの『六王銃(ロクオウガン)』によってつけられたふたつの拳の痕がハッキリと残っていたが、致命傷と言う程のダメージではないようで――フレイは、三度(みたび)瞠目した。

 

 何も、自身の『六王銃(ロクオウガン)』がそこまで大きなダメージを与えられなかったから、という訳ではない――「鉄の風船」とでも言うべきビッグ・マムの常軌を逸した耐久力。カイドウと比べてもなんら遜色ないそれに、今さらそこまで驚きはしない。

 

 が――そのふたりが、こちらを真っすぐに見つめながら、鏡合わせにしたかのように大剣と金棒を振りかぶっていることが問題だった。

 

()()()()が通じるのは1回きりだ――しくじるんじゃねえぞババアっ!!」

「テメェがなクソガキぃ!!」

(~~っ! アレは……まずい……!)

 

 迸る覇気。

 鳴動する大気。

 

 後ほんの数秒もしない内に放たれるであろう大技。

 

 その威力を敏感に察知したフレイは、背筋に冷水を垂らされたかのような悪寒を覚えるが――しかし、すぐに気づいた。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分と――その背後の海に着水したガープではないのだ。視線だけはしっかりこっちを向いているが、戦闘開始から今まで、『見聞色』による「未来視」を行っていたフレイはハッキリとそれを「()た」。

 

 技を放つ直前でわずかに身体の向きを変え、フレイから見て左側――能力で作った氷の壁を背にした状態で、いまだに立つことすらできずにいるひとりの海兵へと「それ」を放つ、ふたりの大海賊の姿を。

 

 直後に生じるは、地を穿つ衝撃。

 宙を駆ける覇気。

 舞い上がる鮮血に、弾け飛ぶ四肢。

 

 流動する「自然系(ロギア)」の特性を無に帰す程の、『覇気』込みの大技によって絶命している――これから「そう」なるであろうその男は、紛れもなく、

 

(狙いは……クザンか!)

 

 戦闘開始から今まで、カイドウもビッグ・マムも、不自然なぐらいクザンを狙った攻撃が少ないなとは思っていたが――まさか、自分たちへの警戒が薄れるのを待っていたのか? あるいは単に、ここらへんで落としやすい駒からサッサと落としてしまおうという魂胆なのか?

 

 想像するしかないが――いずれにせよ、当の本人は気づいていない! 2年前よりは格段に腕を上げたようだが、流石に未来視までは会得していないのか、あるいは先の自分の一撃によって『見聞色』に(ほころ)びが生じたのか、それとも、本当に怨敵(こちら)のほうにしか意識を割いていないのか――いずれにせよ、確定した数秒後の未来を前に、クザンがいまだ立ち上がれない状態のままでいるのは確かだ。

 

 しかも、視線までこちらに向けたままで、今まさに致命の一撃を放たんとしているカイドウとビッグ・マムには目もくれていないときている!

 

 何をしてるんだ、サッサと立って逃げろ――クザンが中々立ち上がれないのは、先の自身のクロスカウンターが原因であるという厳然たる事実を棚に上げてそのように苛立つフレイではあったが、しかしすぐに、いや待て、と思った。それならそれで好都合なのではないか? と。

 

 クザンが目障りという点では自分も同様だが、ここまでに何度か触れたように、『七武海』への就任をスムーズなものにする為にも、フレイには、あまり「政府側」の人間である海軍大将(クザン)を痛めつけられないという事情がある――考え過ぎかもしれないが、政府側の心証をあまり悪くするべきではないという彼なりの配慮だ。

 

 しかし、カイドウとビッグ・マムがかの氷結人間を勝手に仕留める分には何も問題ないのではないか? フレイはそう思った。

 

 いくら言葉を尽くしても諦めてくれないのは明白だし、カイドウとビッグ・マムを何とかした後で沈める手間を考えれば、いっそここで息絶えてくれたほうが――と、普段の彼らしからぬ黒い思考を巡らせるフレイ。

 

 また彼は、クザンを見捨てることによって得られるもうひとつのメリットにも気づいていた。それは、

 

(チャンスだ……! カイドウとビッグ・マムの『見聞色』……! 視線だけはこっちを向いてるけど、『網』の大多数はクザンに向かってる……! アイツに技を放った瞬間に突貫して、最大威力の『拳骨衝突(ギャラクシーインパクト)』を食らわせれば、どちらか――うまくいけば、両方に大ダメージを与えられる!)

 

 自分を捕らえようと躍起(やっき)になっている海兵を見捨てるだけで、そんなビッグチャンスを得られるのだ――フレイとしては、そうしない理由はなくて、だからこそ彼は、自分に言い聞かせるように、

 

(そうだ――何もためらうことはない! こっちが散々退()くよう説得したのに、聞き入れなかったのはアイツのほうだ――その結果どうなろうと、アイツの自己責任だ! 手を下すのはあくまでのあのふたりだし、『七武海』就任の際におれが責められることはない――と、思う! そう思うことにする! そうでなくたって、元よりこっちには、アイツを守る義理なんかひとつもないんだ! 何たってアイツは、オルビアとロビンの故郷を焼き払った当事者のひとりで! ふたりをつけ狙う政府の使いっ走りで! 他のおれの仲間もろとも牢獄(インペルダウン)にぶち込もうとしていて、そして――)

 

 

 

 

 

 ――大恩人(ガープさん)の、愛弟子だ。

 

 

 

 

 

「~~~~クソッタレっ!」

 

 結局。

 イングナル・フレイは、クザンを見捨てることができなかった――損得を超越したもっと根幹にある部分。天竜人の奴隷(おもちゃ)だった自分を「人間」に戻してくれた『海軍の英雄』モンキー・D・ガープ。

 

 そしてクザンは、そんな、自分にとっての大恩人の弟子。2年前、オハラでの戦いの際に知ったその情報だけで、フレイがカイドウとビッグ・マムではなく、クザンの元へと駆け出す理由としては十分過ぎた。

 

 自分を救ってくれたガープの教え子を、彼の目の前(厳密にはまだ海に沈んだまま上がってきていないが)で見殺しにするなど、あり得ないことだった。

 

「なっ……!?」

 

 今日一番の速さ――『(ソル)』で肉迫してきたフレイを見て、クザンは瞠目した。

 

 もしかしたら反撃しようとしたのかもしれないが、いずれにせよ遅過ぎた。フレイは、彼の顔面を片手で鷲掴みにし、最大出力の『覇王色』によってクザンの能力(はんげき)を封じ込めると、そのまま、

 

「――海底落下(ブルーホール)』!!

 

 名前の通り、本来は海底まで沈める勢いで掴んだ相手を地面に叩きつける技だが、今回、フレイはそれを「横」に向けて行使した。

 

 必然、弾丸のような勢いで投擲され、水切り石のように何度も海面をバウンドしながらどんどん姿を小さくしてくクザン。海面を凍りつかせられる能力の特性上、あのまま沈んで息絶えることはないだろうと、フレイがそう思うのと同時だった――カイドウとビッグ・マムの「合わせ技」が、満を持して放たれたのは。

 

「「覇海(はかい)』!!」」

「――っ! 鉄塊(テッカイ)(ごう)』!!

 

 避けるのは――無理だ。クザンをできるだけ遠くに投げ飛ばすことに全力を注いだせいで体勢が不自然である上に、未来視で()たように範囲が広すぎる!

 

 故にフレイが選択するのは、回避ではなく防御。しかし、あまりにも時間がなさ過ぎた。ふたりが放った攻撃がこちらに届くまで、殆ど瞬き程度の時間しかなかった。黄金のオーラを素に球状のバリアを形成する『スヴァリンの楯』。これを発動させる暇もない。

 

 それでも『武装色』を身に纏った上で、なんとか『六式』のひとつ、全身の筋肉を締め上げて文字通り鋼鉄と同等の耐久力を実現させる『鉄塊(テッカイ)』、その上位版を発動させるフレイではあったが――しかし、

 

 ――――――――――――――――――――――――――――っ!! と。

 

 あまりにも心許(こころもと)なかった。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ! か……がっ……あっ……!?」

 

 音という概念諸共消し飛ばす程の埒外の波動が、両脚を踏ん張ったフレイを含めた一帯を襲撃。

 

 地面が抉れ、大気が弾け、音が消し飛び――それと殆ど同時に眼前で両手を交差させたフレイを襲う、人生最大の衝撃。

 

 痛みを越えた痛み。あまりにも痛すぎて、逆にそれを感じられないレベルだ。

 

 これは――マズイ。壊れた電球のように視界――というよりは意識が明滅し、全身の筋肉が悲鳴を上げ、何本もの骨から鳴ってはいけない音が聞こえた。

 

 ガフッ! と吐血した顔が上半身諸共()け反ったが、両脚だけは地面を離さないよう踏ん張り、何なら、足裏から『豊穣の樹(ユグドラシル)』を発動させることで身体を固定して――しかし、逆にいえばそれぐらいしかできなかった。

 

 黄金のオーラやそれで作った触手で何とか身体をガードしようと思っても、顕現させた端から消し飛ばされてしまって――ややあって、衝撃と轟音が収まった。

 

 実際にはほんの数秒程度の被弾時間に違いないだろうが、フレイにはまるでそれが永遠の責め苦のように感じられて――そして、その効果は絶大で、()()()()()

 

 ……自分を。

 イングナル・フレイを、戦闘不能に(おちい)らせるには――!

 

「あ……がっ……!」

「お……おい……!?」

「――プハッ! ハァッ……っ!? ……『豊拳』……!?」

 

 口から漏れ出るのは、意味を成さない呻き声のみ。

 

 自分が間一髪のところで助けられたという事実に気づいたらしいクザンと、海から顔を出したガープの戸惑いの声を、どこか意識の遠いところで聞くと同時に、ようやく痛覚という機能を身体が取り戻し始めたが――なんの意味もない。

 

 四肢を含めた重要な部位の欠損などは見られなかったが、それでも、生命活動を維持する上で大事な何かが、恐ろしい勢いで身体の中から失われていくのが嫌でも自覚できて――そうでありながらも、それをどうにかすることができないというのがまた最悪だった。

 

 明滅する視界。

 慌ただしくオンとオフを繰り返す意識。

 仰向けに倒れる身体。

 明らかに小さく、か細くなっていく、自身の呼吸と――心臓の音。

 

(……く……そっ……! せっかく……『見聞殺し』の……コツが……掴めたと……思ったのに……! ……いや……まだ、だ……! まだ……おれは……)

 

 やれる――そう言おうとしたが、喉の奥からはガラガラとした無意味な音が鳴るばかりで、わずかな声を絞り出すことすら叶わなかった。

 

 意識が小さくなっていくのと反比例して、耐えがたい程の絶望感と敗北感が胸中を覆い始めたが、それでも何とか意識を繋ぎとめようとするフレイ。

 

 具体的には、自身がこんなところで倒れている場合ではない理由。

 身命を()してでも守りたいと願っている、大切な恋人(なかま)たちの名前と姿を思い浮かべる彼ではあったが――しかし。

 

(……ステューシー……ロビン……シャーリー……日和……ヤマト……しのぶ……)

 

 ()()()()では当然、このあまりにも無慈悲な現実を覆すことなど叶わなくて。

 

(……オル……ビア……!)

 

 ――トサリ、と。

 力を失った右手が地面に落ちるのと、辛うじて繋ぎとめていた意識が闇に落ちるのが、ほぼ同時だった。

 

 その直前に見た、カイドウの、大量の苦虫を噛み潰したような表情がやたら印象的で――そして、すべてが終わった。

 

 

  ◆          ◆

 

 

 『豊拳』イングナル・フレイ。

 『百獣のカイドウ』。

 『ビッグ・マム』シャーロット・リンリン。

 海軍本部大将、『青雉』ことクザン。

 『海軍の英雄』モンキー・D・ガープ。

 

 5人の超人による、シャボンディ諸島66番GR(グローブ)での闘争。それが始まってから47分24秒。

 

 イングナル・フレイ――脱落。




 正直、やっちまった感が半端ないです。文字数が過去最多であることもそうですが、まだ原作でもロクに説明されてない技を勝手に解釈した上で使ってしまうというね……。まあだからこその「独自解釈」「独自設定」のタグであってだから問題ないという言い訳もできそうではありますが。

 しかし実際のところ、『見聞殺し』とはどういうプロセスで使われる技術なんでしょう? REDのファンブックの記述を見る限り、『覇王色』を何らかの形で応用するのは確かなようですが……。でもアレ、ほんの思いつきのメモ書きっぽい感じでしたし、何なら、この先ボツになって公式に出ない可能性さえあります。纏う覇王色と違って、どうしても「絵」による表現は難しそうですし。まあ、尾田先生ならどうにでもしてしまいそうではありますが……。『神避』を受けた時のおでんやキッドの、直前まで気づけなかった風な表情も気になりますね。

 長々と失礼しました。ではまた次回の更新でお会いしましょ~。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。